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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第5章 領都の魔術指南役
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05.17 亡霊商会 中編

 人払いをしたベルレアン伯爵の執務室。そこには、部屋の主のベルレアン伯爵に先代伯爵、家令のジェルヴェ、そしてシノブ達ヴォーリ連合国への旅をした面々が集まっていた。


「忙しいところ済まない。マクシムの件で、父上が新たな情報を持ち帰ってくださった」


 シノブ達がソファーに座るや否や、ベルレアン伯爵コルネーユ・ド・セリュジエは、真剣な顔で本題へと入る。普段、余裕を持った態度を崩さない彼にしては珍しく単刀直入に切り出す様子に、シノブは緊張した。


 もっとも表情を改めたのはシノブだけではない。

 隣のシャルロットにシメオン、向かい側でもコルネーユ自身に先代伯爵アンリ、もちろんジェルヴェを始め囲む者達の全てが真顔となっている。


「お爺様、黒幕がわかったのですか!?」


 シャルロットは、王都メリエでの調査の進展を早く聞きたいようだ。祖父のアンリ・ド・セリュジエに、身を乗り出すようにして問いかける。

 それにシャルロットの背後でも、アリエルとミレーユが息を呑んで続きを待っている。再びの襲撃も否定できないから、側近としては一刻も早く背景を明らかにしたいのだろう。


「まあ待て。残念だが、そこまではいっとらん。だが、儂とジェレミーは大きな手がかりを(つか)んだのだ」


 先代伯爵アンリは、平静を保ったまま応じる。彼の顔は立派な頬髭に覆われて分かり(づら)いが、先を急ぐ孫娘に若干(あき)れている様子でもある。


「父上が、マクシムの借金を商人達に返済したのは知ってるね?」


「はい。伯爵家とブロイーヌ子爵家で折半したと聞いております」


 確認するような調子で伯爵が問いかけると、シメオンが一同を代表して答える。

 伯爵は一旦頷いたものの、アミィと共にシノブの後ろに控えるイヴァールを見て説明の必要があると思ったようだ。彼は事件後の経過について、簡単にだが語り始める。


 事は、マクシムがシャルロット暗殺未遂事件に関与していると判明し逮捕された、8月下旬まで遡る。

 尋問の結果、マクシムは暗殺に関わったことを認めた。しかし彼は、王都で借金を詐欺紛いの手口で背負わされ、それを盾に脅されたため暗殺に手を貸すしかなかったと供述した。

 つまりマクシムの言葉を信じるなら、王都には彼を(そそのか)した謎の男がいるらしい。そこで先代伯爵アンリは商人達への借金返済と同時に、実在するかも不明な謎の男を調査しに行ったのだ。


「まずは、彼に貸し付けた商人達について調査していたわけだが……」


「コルネーユ。ここからは儂が話そう」


 ベルレアン伯爵コルネーユが商人達に話題を転じると、先代伯爵が(さえぎ)った。すると伯爵は父親の言葉に頷き、説明役を譲る。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 先代ベルレアン伯爵であるアンリ・ド・セリュジエは、王都メリエに滞在中であった。彼がマクシムの件を調査するため王都に来て、既に二ヶ月になろうとしている。

 彼は、腹心のジェレミー・ラシュレーと共に、王都の伯爵家別邸に逗留していた。

 ベルレアン伯爵家をはじめ建国の功臣である七伯爵家は、王宮から程近い場所に屋敷を割り当てられている。ベルレアン伯爵家の別邸も、水晶宮と謳われる王宮のすぐ側、大通りを挟んだ向かい側にあった。


「しかし、金貸しには(ろく)な奴がおらんな!」


 別邸の自室で、先代伯爵アンリは憤慨していた。どうやら彼は、これまで会った商人、マクシムに金を貸した者達を思い出しているらしい。


「彼らも商売ですから……」


 ラシュレーは腹心だけあってアンリのことを熟知しているのだろう。彼は穏やかな笑みを浮かべつつ、不満げな老人に応じる。


「商売も用兵と同じで欺道ということか? まあ、あんな手に引っかかったマクシムが馬鹿なのだが……」


「本店の場所を偽るなんて、あの性格では思ってもみなかったでしょうね」


 ラシュレーは、子爵の息子とはいえ武術一辺倒で経済のことなど詳しくなかったマクシムのことを思い出したようだ。

 既にマクシムは伯爵継嗣暗殺未遂の罪で、この世を去っている。

 彼は、王都の貴族や高官をもてなす資金を得るために、多額の借金を作っていた。本人は明言しなかったが、伯爵家の婿に入るために高額な金品を贈ったり派手な接待をしたりと随分散財していたようだ。


「どうせ、その辺も黒幕とやらに(だま)されたのだろう!

あのマクシムが、接待なんて婉曲(えんきょく)な事を考えるものか。そもそもの始まりから黒幕とやらがマクシムの陰にいたとしか思えんな!」


 先代伯爵は、マクシムの性格を思い出しながら、吐き捨てるように言った。


「ええ。まずは借金を作らせる。マクシムも返済可能な金額だと思って契約した。今は手持ちがなくても半期毎の俸給が入れば返済できると思ったのでしょう。

ところが、そこには仕掛けがあった」


 怒りを(こら)えたような表情でラシュレーが言った通り、借金には詐欺と言いたくなるような絡繰りがあった。

 貸借契約書に記された利息。その金利は本店の所在する領地の法に則ると記されていた。マクシムは王都に店を構える商会で金を借りた。彼は、金利の算定や変動の根拠は王領の法に準拠すると考えたはずだ。


「フライユ伯爵領にあるのが本店で、王都の店は王領本店だとはな。そんな手口に引っかかるようでは、どちらにしろ婿に迎えるわけには行かなかったか……」


 先代伯爵は、大きな溜息をついた。


「しかもフライユ伯爵領に、領外の貴族との貸借契約に特別法があったとは。……軽々しく借金を作るべきではないと思い知りました」


 ラシュレーも顔を(しか)める。

 彼が言うように、フライユ伯爵領では、領外の貴族との長期の貸借契約に付則があった。なんと長期貸借契約には、金利に特別保証金という名の上乗せがあったのだ。


「まさか、これもフライユの産業振興の一環なのか? 領外の貴族から金を(むし)り取るつもりで作った……さすがにそれは考えすぎか」


 当代のフライユ伯爵クレメン・ド・シェロンは、自領の魔道具製造業を躍進させた傑物である。

 先代伯爵アンリの意見は深読みのしすぎ、あるいは偏見が入っているようにも思える。しかし経済通のフライユ伯爵が絡んでいるというのは、どこか説得力を伴って響いた。


「……それで先代様、今日はどちらを回るおつもりで? クールベやザルドにもう一度足を運びますか?」


 気を取り直したラシュレーは、先代伯爵に今日の行き先を尋ねる。彼らは、ここしばらくマクシムと貸借契約を結んでいた商会を再び訪問していた。

 マクシムに金を貸していたのは、クールベ商会とザルド商会だ。これらの商会の主はフライユ伯爵領出身ではないが何故(なぜ)かそこに本店を置いていたため、再調査の対象となっていた。


「ソレル商会だ」


 先代伯爵は、腹心に短く答えを返す。


「あそこはマクシムに金を貸していませんが……」


 ラシュレーは、不審そうな顔をする。

 ソレル商会は、ここ数年で王都でも急激に成長した商会だ。だが、今回マクシムに金を貸したのは、ソレル商会ではない。そのため、調査対象にはなっていない。


「だが、今やフライユ伯爵領で一番の大商会ではないか。あのダルデンヌやヴェルネも一目置いているとお前も言っていただろう」


 クールベ商会とザルド商会に資金を提供していたのは、フライユ伯爵領の老舗商会であるダルデンヌ商会とヴェルネ商会だ。先代伯爵達は、この二つも一度ずつ訪問していた。


「先代様は、ダルデンヌとヴェルネの裏に、さらにソレルがいると?」


 先代伯爵の考えが理解できたようで、ラシュレーは納得したような顔付きになった。


「わからん。だが儂が行けば、向こうも何か動くかもしれんだろう。さあジェレミー、行くぞ」


 先代伯爵はラシュレーに外出を促した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ソレル商会からの帰り道。先代伯爵アンリと腹心ラシュレーは、ベルレアン伯爵家の別邸に向けて王都の道を歩いていた。彼らは、急いでいるためか大通りまで遠回りせず、裏道を横切っている。

 冬が近づき日も短くなっている。完全に日が落ちきる前に別邸まで戻るつもりなのかもしれない。


「……ソレルの店主は武人だ。それも相当できる」


「やはりそうですか。一見ただの商人のようでしたが、隙のない身のこなしに目配りをしていると思いました」


 ぼそりと呟いた先代伯爵の声に、ラシュレーは頷いた。


「うむ。上手く隠しているが、間違いない。しかも、あれは騎士ではないな。裏仕事の匂いがする」


 先代伯爵アンリは、ソレル商会の店主をただの商人ではないと言う。しかも彼の言葉が正しければ、正道を歩んできた者ではなさそうだ。


「そ、それは気がつきませんでした」


 ラシュレーはそこまでは察することができなかったのか、思わず声を上ずらせた。


「只者でないとわかるだけで上等だ。並の騎士なら愛想の良い主とでも思うだろうよ。

……で、もう一つ気がついているか?」


 先代伯爵はラシュレーへと笑いかけると、彼にしか聞こえないように(ささや)く。


「はい……来ました!」


 今度はラシュレーも先代伯爵の言いたいことを悟っていたようだ。

 彼は、油断のない身ごなしで素早く剣を抜いた。いつの間にか彼らの前後を塞ぐように、小剣を持った覆面の男達が立っている。どうやら、いずれも獣人らしい。覆面の上には獣耳、背後には尻尾が見える。


「お前達! 『雷槍伯』アンリと知っての狼藉か!」


 先代伯爵も、大音声(だいおんじょう)で呼ばわると腰に佩いた愛用の剣を抜き放った。

 軍の兵士でも思わず立ちすくむような大喝(だいかつ)にも、男達は(ひる)むことはない。

 明らかに特殊な訓練を受けているとわかる無駄のない動きで、十名ほどの襲撃者は先代伯爵とラシュレーを逃がさないように包囲網を狭めていく。


「命を惜しむなら立ち去るが良い……といって聞く相手でもなさそうだがな!」


 先代伯爵アンリは一声()えると目の前にいた男に肉薄し、紫電のような突きを放つ。槍でこそないが『雷槍伯』の名に恥じない電光石火の突きは、一瞬にして相手の命を奪った。

 そして先代伯爵は倒れ行く相手に目もくれず、その隣さらに隣と合わせて三人を(ほふ)っていた。

 ベルレアン伯爵コルネーユやアリエルほどの魔力を、アンリは持っていない。しかし熟練の技は、ごく僅かの魔力消費で通常の何倍もの身体強化を実現していた。

 倒された男達には、彼が接近するところすら見えていなかっただろう。


「先代様、何名か残しておいてください!」


 鎧袖一触と言わんばかりに無造作に三名を片付けた先代伯爵に、ラシュレーは思わず叫んだ。


 ラシュレーも無難に二人を倒している。

 既に半数を失った相手に、負けることはないだろう。そして、折角、夕暮れに裏通りを通ってまで(おび)き出した相手だ。全員殺してしまっては意味がない。

 ラシュレーの叫びには、そんな思惑が滲んでいるようだ。


「わかっとる!」


 先代伯爵は四人目の相手は殺さずに、手足の筋を切った上で剣の(つか)で昏倒させた。そして、疾風のような動きで、さらに二人を切り倒す。

 その間に、ラシュレーも一人を倒し、最後の相手に相対する。彼は、この相手を生け捕りにするようだ。今までのような急所狙いではなく、牽制するような突きを相手の頬を(かす)めるように放った。


「あっ! お前!」


 牽制後、二段目の突きを相手の肩に放つはずだったラシュレーは、何故(なぜ)か動きを止めていた。そして覆面を切り裂かれた男は好機と見たのだろう、逆襲すべく鋭い突きを放つ。


「油断するな!」


 ラシュレーの命を奪うかと思われた突きは、先代伯爵の剣で防がれていた。

 最後の襲撃者は、二人を相手にしては勝てないと思ったのだろう。後退(あとじさ)って体勢を整えようとする。


「何をする!」


 先代伯爵アンリは、怒りの叫びを上げた。


 アンリが男に間を与えず、無力化しようと突きを繰り出した瞬間。なんと最後の襲撃者は持っていた小剣を投擲(とうてき)し、先代伯爵が生け捕りにした男に止めを刺したのだ。

 己の身も(かえり)みず剣を投げる姿に、先代伯爵の剣先は思わず鈍った。だが、それでも彼の剣は襲撃者の腕を(かす)り、血しぶきが舞う。

 怪我をした男は、先代伯爵の動きが鈍った隙を突いて逃げ出した。男は、そのまま両脇の建物の壁を交互に蹴り、駆け上がっていく。そして、あっという間に、薄暗くなってきた街の屋根の上に消えてしまった。


 ラシュレー同様に、先代伯爵は男を手捕りにする目論見だったようだ。その甘さを突かれたせいで、軽業師のような動きに後れを取ったのかもしれない。


「ちっ、結局逃したか……儂もお前のことを怒れんな。だがジェレミー、お前らしくないぞ。一体どうしたと言うのだ?」


 先代伯爵アンリは、いきなり石のように動きを止めたラシュレーに、不審そうな顔で問いかけた。

 彼は、腹心の唐突な変化を心配しているのか、その顔をまじまじと覗き込む。


「……あれは、アルノー……行方不明になった従士のアルノー・ラヴランです」


 先代伯爵の問いに、ラシュレーは蒼白な顔で声を絞り出した。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 本作の設定資料に貨幣制度を追加しました。貨幣の種類以外にも、作中に出たものの価格や、伯爵家家臣の収入などを例示しています。

 設定資料はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


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