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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第26章 絆の盟友達
687/745

26.32 新たな道

 カン地方は狂屍(きょうし)術士の支配から解放されたが、統治者達の仕事はこれからだ。

 まず飛行船の魔道装置からローヤン全体に催眠解除の波動が照射され、都の人々は目を覚ます。そしてホクカン皇帝の(ツァオ)紫煌(シファン)は街の平穏を保つため、臣下に真実の一端を伝えていった。

 ローヤンの各所が荒れているのは、神角(シェンジャオ)大仙が建物や街路の石材を式神の体に用いたから。シェンジャオ大仙は偽者で裏からホクカンを操っていたが、既に倒した。配下の狂屍(きょうし)術士は治癒術士として潜伏していたが、大仙の偽者が道連れにした。これらを急ぎ街に伝えるのだ。

 そしてシファンは家臣にシノブを引き合わせ、彼こそが真の新世紀救世主でホクカンを正しい姿に戻してくれた恩人だと宣言した。


 更にシファンは家臣団に街を任せると、自身はナンカン皇帝の(スン)文大(ウェンダー)やセイカン皇帝の(リュウ)月喬(ユエチァオ)との会談に移る。

 既に日も変わろうという夜更けだが、ナンカンの都ジェンイーは300km近く離れているしセイカンの都チェンは800kmを超える遠方だ。そのため気軽に対面できるわけもなく、概要のみでもと三人は語り合った。


 一方アマノ同盟軍として集った者達は、それぞれの国に戻っていく。

 ヤマト王国やアコナ列島は更に東だから零時過ぎだ。ヴェラム共和国やダイオ島はローヤンと殆ど同じ経度、西のアスレア地方も日没を過ぎている。アマノ王国を含むエウレア地方は夕方から日没前だが、もはや戦う相手は消え去ったから長居は無用だ。

 そこで飛行船や磐船をローヤン郊外で魔法のカバンに収納し、魔法の家や魔法の馬車などによる転移が始まった。


 シノブは同盟軍の帰還をアミィ達に任せ、自身はカン三皇帝の会合に同席した。

 騒動の元凶であるシェンジャオ大仙を(かた)った男、英角(インジャオ)を倒したのは自分達だ。ならば最後まで見届けるべきだろうし、幻夢の術でインジャオの過去を探ったから助言できることもある。そのようにシノブは考えたのだ。

 ただし三皇帝の語らいは一時間もしないうちに終わる。国境線は現時点で確定、国境軍は最低限に縮小、互いに交流団を派遣する。こういった基本方針を打ち出したのみで、三人の皇帝は固い握手をして別れた。

 これはシノブが長距離用の魔力無線装置を貸し出すと伝えたからだ。後に禍根を残さぬためには形だけでも家臣達に(はか)る必要があるから、三皇帝も連絡手段の登場を大いに喜んだ。


「ちょうど夕食時か」


 アマノシュタットに戻ったシノブは、僅かに明るさの残った空に視線を向けた。

 まだ十九時前だから、宮殿や城壁の輪郭は充分に見て取れる。『白陽宮』には魔道具による灯りが数多く配されているが、もし存在しなくとも歩くのに不自由するほどではなかった。

 シノブの心にも明るさが増す。カン三国の和平が成ったこと、出陣した者達が無事に戻れたこと、それらを見慣れた風景が強く感じさせてくれたのだ。


「お帰りなさいませ。『小宮殿』にて晩餐会の準備が整っております」


 魔法の家から歩み出た一同を迎えたのは、侍従長のジェルヴェだった。

 シノブは通信筒でジェルヴェに連絡を入れ、自国からカンに遠征した者達の慰労会をしたいと頼んでいた。そこで『大宮殿』を含め、幾つかの広間に地位や所属に応じた宴席が設けられた。

 シノブを含むアマノ王家、それにベランジェを始めとする重臣達は王家主催の晩餐、シノブの親衛隊や護衛騎士達は別の場。全員を一堂に集めるのは難しいし、騎士達も国王や重臣のいる場では羽目を外せないからである。


「ありがとう。ジェルヴェ、彼女はシャミィだ。アミィ達の妹分で一緒に暮らす」


 シノブは新たな眷属シャミィを紹介する。

 既にシャミィは服を替え、アミィ達と揃いの姿になっている。母なる女神が新たな眷属への贈り物を、魔法のカバンに入れていたのだ。

 今はアミィとタミィも本来の狐の獣人の姿、そのため三人姉妹が並んでいるようだ。なおホリィとミリィはカン地方、マリィはヴェラム共和国と現在の担当区域に戻っていったから、ここにはいない。


「シャミィです。よろしくお願いします」


 迎えの者達が注目する中、シャミィは進み出ると一礼する。

 僅か五歳ほどの外見に反し、言葉や挙措は大人同様に確かなもの。この宮廷でも見本となるほどの振る舞いだ。

 それにアミィ達と同じ薄紫色の瞳にオレンジ色の髪、種族も同じ狐の獣人だ。ジェルヴェはもちろん従者や侍女も彼女の正体を悟ったらしく、聞き入る者の顔には敬虔さすら滲んでいた。


「こちらこそよろしくお願いします。私はシノブ様の侍従長を務めるジェルヴェ、こちらは妻のロジーヌで侍女長を務めております。何かあれば遠慮なく私共に申しつけてください」


 ジェルヴェはロジーヌと共に最敬礼で応じた。そして後ろに並ぶ者達も二人に倣い、新たに宮殿の住人となる少女に深い礼を捧げる。


 アミィ達の妹分なら大神官補佐となるだろうから、これは当然の対応である。

 アマノ王国は建国時にアムテリアが祝福の声を響かせたこともあり、神官や神殿には別格の敬意が払われている。そして大神官や補佐は、国王や王族並みの待遇を受けているのだ。


「それでは中に」


「そうだね。食事しながらでも話せるし、細かいことは明日でも良いだろう」


 (いざな)うジェルヴェに頷き返し、シノブは屋内へと向かっていく。

 続く一団には、エレビア王子リョマノフとキルーシ王女ヴァサーナもいる。二人はアマノシュタットに逗留中だったから、出陣前と同様に『白陽宮』への滞在となったわけだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 『小宮殿』の晩餐会には、マリエッタとエマも加わった。これはシノブとシャルロットが、マリエッタの活躍に感謝を示したからだ。

 そうなるとマリエッタの親友エマも呼ぶのは当然だろう。こうして二人はリョマノフやヴァサーナと共に王家の客として食事を楽しんだ。


「マリエッタ、本当にありがとう」


 シャルロットは隣に招いたカンビーニ公女に笑みを向ける。

 席に着いた大半はローヤンに赴いた者達だが、宮殿に突入したのは一部だけだ。ベランジェはアマノ号で指揮、ミュリエルとセレスティーヌにシメオンは通信。マティアス、イヴァール、アルバーノ、アルノーの四人は地上で戦ったがインジャオの分霊が現れたときは別の場所だった。

 そこでシノブは、改めてマリエッタがシャルロットを守ったときのことを語っていた。


「あ~、あう~!」


「リヒトもありがとうって言っているよ。俺達の気持ちから、何か大変なことがあったと思ったみたいだ」


 シノブは隣、妻の膝の上にいる我が子を見つめる。

 リヒトはシャルロットの側を離れない。どうもシノブやシャルロットの感情から、母に危機が迫ったと知ったらしい。

 食事中は幼児椅子に移ったリヒトだが、シャルロットに手が触れる位置に椅子を置かないと不機嫌になったくらいだ。


「それは光栄なのじゃ……」


「マリエッタさん、本当にありがとうございます」


「シャルお姉さまに宿ろうなどと……ゾッとしますわ。本当にマリエッタさんのお陰ですわね」


 照れるマリエッタに、ミュリエルとセレスティーヌも感謝を伝える。

 もしシャルロットにインジャオが宿ったら、アマノ王国の王子か王女が邪術師になったかもしれない。そのときシノブやシャルロットは我が子を倒せるのか。仮に倒せたとしても心に深い傷を残すのでは。悲劇的な未来を想起したらしく、二人の顔は青ざめていた。


「本当に感謝するよ! ……ところでシノブ君、これからカンとはどう関わるのだね?」


 ベランジェは唐突に話題を変える。どうも彼は、マリエッタが賞賛の嵐に困っていると見たらしい。

 もっともシノブの答え次第では、明日以降の仕事は大きく変わる。たとえば自身を含む誰かがカン三国を支援すべく駐留するなら、早々に代理を決めなくてはならない。


「ミリィとホリィ、それにソニアとファルージュ。この四人に任せますよ」


 四人には多数の配下を付けるが、侯爵や伯爵は派遣しない。シノブは自身の腹案を披露していく。

 ホクカン、ナンカン、セイカンの三つは純然たる独立国だ。しかもナンカンは安定しているし、セイカンは旧弊たる老臣達を隠居させただけで国家自体は意欲溢れる若者が支えていく。

 ホクカンについても、まずは兄弟国たる二つに支援させれば良いだろう。実際に三皇帝は、大神の誓いで宣言したのだから。

 生まれた日は違っても、心を同じくして助け合う。国のため民のため尽くし、いつまでも共に歩む。三人の宣言は本心からで、ならば最小限の協力に(とど)めるのが最善。シノブは、そう判断していた。


「つまり我が甥ロマニーノの初赴任先は、カン地方ですな」


 アルバーノはメグレンブルク伯爵であると同時に情報局長で、ソニアは局長代行だ。ちなみにロマニーノがアルバーノの長兄の息子、ソニアが次兄の娘である。

 甥と姪、しかもロマニーノも情報局所属になったからアルバーノが確認したくなるのも当然だろう。


「ロマニーノには悪いけどね。もちろん結婚式は、こちらで盛大に行うけど」


 シノブは苦さの混じる笑いと共に応じた。

 ロマニーノは先日カンビーニ王国からアマノ王国に移籍したばかり、しかもソニアと婚約済みで近々結婚する。夫婦で共に働けるのは嬉しいかもしれないが、遥か東の異国が勤務先とは思っていなかっただろう。


「夫婦一緒なら構わぬと思うがな。それに、あの三国がアマノ同盟に加われば戻るのだろう?」


「ナンカン以外は内情調査からだよ」


 イヴァールは早期の同盟加入を想像していたようだ。しかしシノブは、まだホクカンやセイカンの実情を充分に知らないと返す。


「ナンカンだけが先行するのも角が立つでしょうね。私も残る二国を充分に調べた上での同時加盟が望ましいと思います」


「我が国の方が、などと先々争いかねないですからね~」


 シメオンに続いたのは隣に座る女性、妻のミレーユだ。

 三国は二百年も対立した過去を持ち、杞憂(きゆう)とは言い切れない。それは誰もが認めたようで、二人に反論する者はいなかった。


「しかし、また留学生が増えそうですな」


「そうですね。ホクカンとセイカンの両陛下は、ナンカンの皇族が二人もアマノシュタットで学んでいると聞いて強い興味を示されていました」


 フォルジェ侯爵夫妻、つまりマティアスとアリエルは『白陽宮』が更に賑やかになると指摘する。

 仮にナンカンの例に倣うなら、皇帝の子で跡継ぎ以外となる。そして該当者だが、ホクカンに皇女が二人でセイカンに皇女が一人だ。

 三人とも十歳以下だが、シノブ達は見習いという形で五歳以上の少年少女も受け入れている。そしてナンカンと平等にするなら、留学を認めた方が良さそうだ。

 カン地方の南、ヴェラム共和国からも六歳の元王子ヴィジャンがシノブの従者見習いとなった。彼の場合は王制廃止の余波でもあるが、この例もあるから年少を拒否の理由にするのは難しいだろう。


「女の子だからシャルロット達……年齢からするとミュリエルのところかな?」


「はい! 良い話し相手になっていただけそうです!」


「あまり幼い子ばかりというのも大変でしょう」


「そうですわね。武官向きならシャルお姉さま、文官向きなら私で如何(いかが)でしょう?」


 シノブがミュリエルに顔を向けると、シャルロットとセレスティーヌが自分のところでと名乗りを上げた。もっとも来るかどうかも定かではない相手だから、たわいのない言葉のやり取りではある。


「ヴァサーナ、俺達の子も預けたいね」


「リョマノフ様……」


 二人が結婚するのは四ヶ月ほど先、生まれてもいない子供の留学を語るなど相当に気が早い。そのためシノブ達は声を立てて笑ってしまう。

 もっともリョマノフがシノブ達の会話に乗っただけなのは明らかで、ヴァサーナも頬を染めているが微笑みを返している。彼女も戦勝で浮き立つ夜に無粋な指摘は不要だと思ったのだろう。


「アミィお姉さま、アマノシュタットには転移の神具が沢山あるのでしょうか? それとも、あの磐船や飛行船に乗って来るのですか?」


「神具は特別なときにしか使いませんよ。それに飛行船は広めているところで、まだ足りていません。オルムル達と出会って一年四ヶ月、飛行船が誕生して九ヶ月ほどですから」


「きっとすぐに広まります! 私が来た半年前は、まだ飛行船の定期便もありませんでしたし!」


 疑問を示すシャミィにアミィとタミィが答えと、眷属三人は仲良く語らっている。こうして新たな仲間を迎えた夜は、和やかなまま更けていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 翌朝、起床したシノブとシャルロットは身繕いを済ませるとリヒトの育児室に向かった。そして常と同じく夜勤の乳母達を早退させると、我が子との時間を満喫する。

 もっとも今日の二人はソファーに座り、子供達が遊ぶ様子を眺めているだけだ。


──リヒト~、今度は回転ですよ~! それ~!──


「あ~! あ~!」


 光翔虎のフェイニーが、リヒトを背に乗せて宙を回り出す。すると後ろにオルムル達が続き、育児室の中に即席のメリーゴーラウンドが誕生した。

 実はオルムル達も、まだ飛翔や浮遊が出来ない子供達を乗せていた。ここには生後約半月の幼子が三頭もいるのだ。


──ルーシャ、これで我慢してくださいね──


──あと二ヶ月……早く飛びたいです!──


 岩竜オルムルは嵐竜ルーシャを乗せている。

 最近のリヒトは超越種達に乗せてもらっての浮遊を楽しんでおり、まだ飛べないルーシャは(うらや)ましそうに見つめることが多かった。そのためオルムル達は、彼女にも少々早い飛翔体験をさせるようになったのだ。


──ラームは少し遅いかもしれませんね──


──私は泳げれば構いません──


 炎竜シュメイが乗せているラームは海竜で、浮遊しても飛翔と呼べるほどの速度は出せない。そのため彼女は種族の得意技である遊泳や潜水に興味を向けていた。


──タラークは地中潜行ですか?──


──はい。潜行できない玄王亀なんて意味ないですから──


 嵐竜ラーカが玄王亀タラークである。なお超越種達は同性同士で組になっており、最初の二組が雌でラーカ達だけが雄だ。


──次は僕が乗せますよ!──


──同族の私が──


 岩竜ファーヴ、海竜リタン、炎竜フェルン、朱潜鳳ディアス、玄王亀ケリス。こちらも輪の中にいるが乗り手はおらず、次は自分達がと意気軒昂であった。


「お茶の仕度が出来ました!」


「済まないが、こちらでお願いできるかな?」


 居室側の扉を開いて現れたシャミィに、シノブは天井近くで輪になって踊るオルムル達を示しつつ応じた。楽しげに宙を巡る子供達を邪魔したくないし、かといって離れるのも惜しく感じたのだ。


──シノブさん、このまま向こうに行きますよ~! ハイヨ~、銀虎~!──


「はい~!」


 フェイニーは言葉通りに居室への扉に向かい始める。それも掛け声の部分で(いなな)く馬を模し、前半身を起こして前足で宙を掻く芸の細かさだ。

 この動作が気に入ったらしく、背の上ではリヒトが上機嫌な声を上げる。なおフェイニーは魔力でリヒトを固定しており、仮に上下逆になっても問題ない。


「……銀虎か。叫ぶのは乗り手だろうに」


「アルジャンテと同じで銀に由来する名馬がいるのでしたね……ミリィから聞きました」


 シノブとシャルロットも立ち上がり、居室へと向かう。

 アルジャンテとはシャルロットの愛馬で、銀にも映る見事な毛並みの白馬である。そのため彼女はミリィが何かの折に口にしたことを強く記憶したようだ。


「このような子育ては、ここだけですよね?」


「そうだね。さっき話したけど、超越種と暮らす子供はリヒトだけ……少なくとも俺達が知っている限りではね」


 見上げるシャミィの頭を、シノブは軽く撫でた。すると彼女の頭上で狐耳が僅かに揺れる。


 生まれ変わる前のシャミィ、聖人小无(シャオウー)の意識は聖剣と化しても残っていた。しかし初代カン皇帝(リュウ)大濟(ダージー)は没する直前に聖剣を宮城の地下深くに封じ、それ以降の彼女は長い眠りに就いた。

 そして二年ほど前に現ホクカン皇帝シファンが聖剣を手にするまでシャオウーは目覚めぬまま、つまりカンの歴史すら知る機会はない。加えてシャミィとして生まれ変わったときに過去の殆どを忘れ、彼女が持っているのは眷属としての基礎的な知識や技能のみだった。

 それ(ゆえ)シャミィは、もしかしたら他にも宙を飛翔する種族にあやされる赤子がいるかもと思ったのだろう。


 それはともかくシノブとシャルロットは居室のソファーに座りなおし、子供達の輪舞を眺めつつのお茶を味わう。

 普段なら早朝訓練の準備をするところだが、今日は違う。それにシノブ達は普段の室内着ではなく、アムテリアから授かったヤマト服に似た衣装を着けていた。


 シャルロットの小袖(こそで)は季節に合わせた薄い桃色、帯も桃の花をあしらっている。しかも彼女は長い髪を結い上げており、更に(かんざし)(まと)めている。

 アミィを始めとする眷属三人も同じく小袖(こそで)姿だが、こちらは外見相応の可愛らしいものだ。揃いの服には大輪の椿(つばき)の花が大胆に散らされ、少女らしさを強調している。

 ちなみにシノブは紋付き(はかま)、グレーに黒筋の上下にアマノ王国の紋を記した白い羽織という装いだ。男物だから当然だが、女性のような華やかさはないし白羽織以外は基本に忠実ですらある。


「……イソミヤの神域か」


「はい。春のヤマト、美しいでしょうね」


 シノブとシャルロットは密やかに言葉を交わす。

 室内にはアミィとタミィを加えただけ、それにオルムル達もシノブが神々に呼ばれたと知っている。とはいえ神域で母なる女神に会うなど、軽々しく触れることでもあるまい。


「シノブ様が初めてヤマト王国に行ったのは五月の頭でしたね」


「今日は初めての弥生(やよい)を堪能してください!」


 アミィとタミィはシノブ達の向かい側で微笑む。二人の隣にはシャミィも腰掛け、合わせて五つの湯飲みからは緑茶の香気が和の雰囲気を室内に広げている。

 和装そっくりのヤマト服、日本に相当する場所への訪問、そして日本由来の神々に会う。ならばヤマト王国産の茶にすべきと、アミィ達は考えたようだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ミュリエルやセレスティーヌと合流し、シノブ達は魔法の家に入る。リビングにある転移の絵画からイソミヤに設置した転移の神像に抜けるのだ。

 ちなみにミュリエルの小袖(こそで)矢車草(やぐるまそう)、セレスティーヌは沈丁花(じんちょうげ)を散りばめている。どうやらアムテリアは季節の花で揃えたらしい。


 そしてイソミヤで待っていた神々も、シノブ達と同じヤマト服を着けていた。女神は守護するものに(ちな)んだ色をあしらい、男神(おがみ)は中がシノブと同じで羽織が各々の象徴色だ。


「シャミィ、お帰りなさい」


「アムテリア様……」


 白地に金の刺繍(ししゅう)を施した着物で装った母なる女神は、再誕したばかりの眷属を胸の内に招いた。

 アムテリアは静かに涙を流し続けるのみだ。しかし彼女の表情や姿が、幾百万の言葉より雄弁に想いを表している。


 まさに幼き娘と再会した母そのもの。シノブは思わず目頭を熱くする。

 シノブの隣でもシャルロット達が目元を拭い、アムテリアの後ろでは六柱の従属神も厳粛な表情で控えている。

 まだ生後四ヶ月半のリヒトすら何かを感じ取ったのか、シノブに抱かれたまま大人しく見つめる。


 これほどまでに愛しているのに、手を貸せぬのか。長く剣に封じられたシャオウーを見つめ続け、消滅しそうになっても黙して見守るしかないのか。シノブは神々の厳格な姿に胸を打たれる。

 (いと)おしい相手だからと介入すれば、いつかは重大な過ちも犯すだろう。実際ヤマト王国には神々の思い入れが強く作用し、種族の隔意に繋がった。

 偽のシェンジャオ大仙、インジャオを放置し続けたのも神々が己を律した(ゆえ)か。シノブの胸の内に昨日の一件が(よぎ)った。


「シノブ、ありがとう……。さあ、あちらに」


 常の笑顔に戻ったアムテリアは、シノブを抱き寄せた。そして彼女は背後を指し示す。

 そこには今まで無かった筈の緋毛氈(ひもうせん)が敷かれており、食事の用意が整っている。


 今はアマノシュタットなら朝七時になろうという時間、ヤマト王国では十四時前だ。つまりシノブ達にとっては朝食である。

 なお神々に食事は不要で、嗜好の一種だという。それにアムテリア達は眠らずとも問題なく、この星を常に見守っている。

 一方シノブは双方とも必要で、まだ本当の神とは歴然たる差があった。


「今日は全部ヤマト風、それも祝いの食事よ!」


「シャミィのお祝いですものね」


 若草色の着物のアルフール、青に波のような模様が美しい着物のデューネ。森と海の女神達がシノブ達を誘う。

 この二柱が持ち寄ったらしき山海の珍味が、見事な漆塗りの重箱に収まっていた。それもシノブが良く知る和風料理として並んでいるのだ。

 そのためシノブは朝食にも関わらず非常な食欲を覚え、自然と真っ赤な敷物へと歩み始めていた。


「それではシャミィの再生を祝して」


 音頭を取ったのは闇の神ニュテス、黒い羽織を着けた神々の長兄だ。

 季節は三月下旬に入ったばかり、風も少しあるから昼過ぎでも羽織を取るほどではない。もっとも真夏の太陽に照らされようが、ニュテスなら黒衣のまま涼しげな様子を保つだろうが。


「シャミィの再生を祝して!」


 シノブはヤマト酒、つまり清酒の入った杯を掲げる。

 成人済みのシャルロットとセレスティーヌも最初は祝い酒とし、ミュリエルやアミィ達は桃のジュースが入ったグラスを掲げる。ちなみに神々は全員が酒、リヒトは少し早いが離乳食としても使えるとの勧めもあり桃のジュースである。

 そう、リヒトもお座りして哺乳瓶を両手で持っているのだ。


「リヒト、ゆっくり飲んでね」


「あ~! ん……んく」


 乾杯の後、シノブとシャルロットの間でリヒトが桃ジュースを飲み始める。そして集った者達は乳児が一心に哺乳瓶を吸う様を見つめていた。

 もっとも初めてということもあり、哺乳瓶に入れたのは少しだけだ。そのためリヒトは僅かな時間で飲み終わる。


「お~!」


「そうか、美味(おい)しかったか!」


 リヒトの魔力波動には強い喜びが宿っていた。そのためシノブは頬を緩め、声も自然と大きくなる。

 春の晴れた日に、自身の故郷に似た場所で我が子が新たな一歩を踏み出した。少し遅いが、桃の節句と呼んでも良いだろう。シノブも強い歓喜に(ひた)りつつ、我が子の姿を胸に刻み込む。


 シャミィの祝いにリヒトの成長が重なり、皆の食は進む。そのため大量にあった重箱は、幾らもしないうちに空となった。

 アミィとタミィはシャミィに神域を案内しようと言い出し、ならば一緒にとシャルロット達も立ち上がる。そこでシノブ達は、食後の散歩を楽しむことにした。

 先頭は眷属三人、そしてリヒトを抱いたシャルロットにミュリエルとセレスティーヌが追い、神々とシノブが続いていく。シノブは訊ねたいことがあり、シャルロット達と距離を置いたのだ。


「ニュテスの兄上……本当のシェンジャオ大仙は、どうなったのでしょうか? もう眷属や祖霊に?」


 シノブが読み取った限りでは、インジャオは師の魂を吸収しなかったらしい。まだ当時のインジャオだと、祖霊に近い霊魂を扱いかねたようだ。

 そのためシノブは、真の大仙の行方を知らないままだった。


「彼の魂は輪廻の輪を巡っています。未熟な弟子に秘術を伝え、嫉妬の種を植え付けた罪を償うために」


 ニュテスの答えは意外なものだった。

 確かにシェンジャオ大仙が弟子の胸中を見抜いていれば、後の悲劇は避けられただろう。インジャオが適切な段階に至るまで秘術を伝えないだけでも、結果は大きく違った筈だ。

 ニュテスはシェンジャオ大仙の魂にやり直しを命じ、大仙自身もカン地方での再修業を望んだという。


「では、今も?」


「ええ。彼の魂は三度ローヤンに戻りました。カン帝国崩壊後の混乱期、ホクカン誕生、そして今です。……実は今、彼はホクカン皇帝シファンとして生きています」


 驚きを顕わにしたシノブだが、更なるニュテスの言葉に目を丸くする。

 一方のニュテスだが、これも偶然ではないという。シェンジャオ大仙の魂は、ホクカン皇帝家に生まれてインジャオの暗躍を抑えようとしたのだ。


 しかし道は険しく、半ば罰のようなものであった。

 実際にシファンはインジャオの道具となり、多くの魂を注ぎ込まれて一時は自我を失ったくらいだ。これは非常な苦しみで、常人なら心が完全に消え去った可能性もあるという。


「初代カン皇帝ダージーも同じです。こちらは若き日の暴走を悔い、自身の過失で命を落としたシャオウーが救われるまではとカンを巡っています」


 ニュテスはダージーが誰か告げなかった。もしかすると現在は没した直後で生まれ変わりを待つ最中か、幼児や未成年なのかもしれない。

 ただし祖霊に匹敵する相手と戦い続けたのは同じだろうと、シノブは想像する。


「シノブ、祖霊かどうかの境目は曖昧です。しかも成り代わりを決意した時点のインジャオは祖霊に遠い……断言できる域に達したのは最近ですね。そのため私達は動けなかった」


「……そして認定できるほどになった時には、私がいた?」


 歩みつつ独白めいた言葉を続けたニュテスは、シノブの問いに微笑みのみを返した。やはり神々は、シノブに解決させたかったようだ。

 もちろん怠慢ではない。神に近くとも、人として確かに存在しているシノブが正すべき。シノブが率い、カンの人々も関わって解決してほしい。そして更なる歩みに繋げてほしい。

 これも一つの愛情の姿、大きな心の在り方なのだろう。


「シノブ、それだからこそ私は幾つもの意味で嬉しいのです。シャミィの再生、貴方の成長、そしてカンの者達が手を取り合った姿……本当にありがとう」


「いえ、礼を言うのは私の方です。禁術使いを追う旅で、多くのことを学びましたから」


 (ささや)きかけるアムテリアに、シノブも密やかな声で応じた。ただし声音(こわね)には熱い思いと深い感謝を篭めている。


 アウスト大陸のチュカリ、イーディア地方のサシャマ村の子シダールやアーシュカ。異なる風土や暮らしで育つ子供の姿は、それぞれの場所や人に合った教育があると教えてくれた。

 東西メーリャの衝突や歩み寄りは、立場や風習の違いの難しさを改めて感じたが乗り越えて手を結べると再確認できた。スワンナム地方の旧エンナム王国や森の操命(そうめい)術士達、そしてカンの三国は輪廻の輪の真の姿に近づく機会を与えてくれた。

 どれも今後の自分に必要なものだと、シノブは感じていたのだ。


「その言葉、とても頼もしく思いますよ」


「いえ、まだまだ修行中の身です……でも、今日は皆で楽しみます。せっかくの祝いの場なのですから」


 アムテリアは頭上の日輪を思わせる笑みを浮かべ、応えるシノブも似た輝きで応じる。そしてニュテスを始めとする六柱は、母なる女神と最も若き弟を誇らしげな顔で囲んでいた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回から第27章になります。


 次回ですが一週間後、2018年9月5日(水)17時の更新となります。その後は再び週二回に戻す予定です。


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