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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第26章 絆の盟友達
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26.31 再生と消滅

 聖人小无(シャオウー)の魂は、カン帝国の聖剣から解放された。アミィやタミィと同じ天狐族らしき眷属は、半ば透き通った不明瞭な姿だが確かにシノブ達の前に浮かんでいる。

 神角(シェンジャオ)大仙を名乗った男も魂となり、アミィ達に捕らえられた。今はミリィが治癒の杖を使い、彼の力を奪っているところだ。

 自称大仙の力の源は、彼が吸い取った多くの魂だ。そして治癒の杖は状態異常を解いて元に戻せるから、これらの不当に得た力も除去できる。


 これで大丈夫と思ったシノブは光の大剣を背の鞘に収め、異空間に集った各国の軍を磐船に戻していく。

 待っている者達に状況を伝えたい。それにシャオウーや自称大仙から聞き取りをすればカンの汚点に触れるだろうから、同席する者を限定したかったのだ。

 ナンカン皇帝の(スン)文大(ウェンダー)、ヴェラム共和国の大統領コンバオ、西メーリャ国王ガシェク、東メーリャの少年王イボルフ、スキュタール国王カイヴァル。カンの狂屍(きょうし)術士の被害を受けた国々の代表のみが異空間に残る。


 異空間の出入りもシノブにとっては慣れたもの、大軍も一瞬にして元の場所に戻る。

 そしてシノブは、真実を確かめるべく半透明のシャオウーへと顔を向けた。しかし急変する事態は、穏やかな語らいを許さない。


「シノブ様、シャオウーさんの魂が消えてしまいます!」


「聖剣として搾り取られたのだと!」


 アミィとホリィの叫びは極めて切迫したものだった。それに残る眷属達、マリィにミリィ、タミィも深刻そのものの表情だ。

 しかしアミィ達は自称大仙の魂を保持しているから動けない。治癒の杖による除去が終わるまで、このままなのだ。


「ミリィ、急いで!」


「精一杯です!」


 マリィは急かすが、ミリィも全力で杖の力を行使している。実際ミリィは自身の力の大半を杖に回し、先ほど飛翔したときと同じ金光を放っていた。


「結界を弱めたら逃げられますし……でもシャオウー先輩が!」


 最年少だからか、タミィは動揺を顕わにしていた。確かにシャオウーの魂が放つ波動は、加速度的に減少している。


「剣に奪われた……いや、違う!?」


 シノブが手にする聖剣、先ほどまで彼女が宿っていた代物も魔力が殆ど失せている。

 どうもホクカン皇帝の(ツァオ)紫煌(シファン)が、(いま)だにシャオウーと聖剣の魔力を吸収しているらしい。それもシノブが気付けぬ、何か特別な方法のようだ。

 しかしシファンは戦いに負け、気絶して倒れたままだ。どうして彼が先刻同様に魔力を吸えるのか、シノブには理解できなかった。


──兄貴、早く神々のところに!──


 光翔虎のシャンジーが焦りの滲む思念を響かせた。

 こうなってはシャオウーの魂が消滅する前に、神界から迎えに来てもらうしかない。それほどまでに彼女の波動は弱まっており、もはや一刻の猶予もないのは明らかであった。


──母上、兄上! シャオウーを神界に戻してください!──


 母なる女神アムテリア、闇や冥界を司るニュテス。あらん限りの力を振り絞り、シノブは二柱へと呼びかける。

 するとシノブから溢れた魔力が、衝撃波となって七色の空と無限に続く荒野に広がっていく。


「何が起きた!?」


「魂が消えるとか!?」


「おそらく神々への……」


 ウェンダーやコンバオ、ガシェクにイボルフにカイヴァル。歩み寄りつつあった五人は、顔の前に手を(かざ)して目を細めていた。

 シノブが発した波動は、暴風となり彼らに襲い掛かったのだ。五人は頑健な体の持ち主だから問題とならないが、常人なら転倒したかもしれない。


──シャオウーは帰還を望んでいません。彼女は己の過ちを償うため、消え去るつもりです──


 遥か彼方から降ってきたのは、神々の長兄ニュテスの意思だった。

 ニュテスの言葉には、どこか突き放すような冷徹さが宿っていた。自身の扱う領域に違いないが、(みずか)ら動きはしないと言いたげな距離感があるのだ。


──そんな! ……シャオウー、君は充分に役目を果たした! その証拠にカン帝国は二百年以上も栄えたじゃないか!──


 シノブは薄れゆく少女の幻影、シャオウーの魂へと語りかける。

 創世暦440年ごろ、シャオウーは道半ばで聖剣に姿を変えた。しかし彼女が守った(リュウ)大濟(ダージー)は十年ほど後にカン帝国を興し、長く栄えさせる。

 カン帝国は創世暦680年ごろから始まった荒禁(こうきん)の乱により滅びるが、それでも約二百三十年の平穏を与えたのは間違いない。


 それに現在カン地方に存在する三国はカン帝国に由来する。

 創世暦800年ごろから二百年ほどのホクカン、ナンカン、セイカンの均衡状態も戦乱とは程遠い。つまりシャオウーの成果は現代まで及んでいるのだ。

 これだけの結果を残したなら堂々と神界に戻るべきと、シノブは声なき語りかけを続けた。


──いい。かわりに……たすけて──


──まさかシファンを!?──


 シャオウーの思念とも呼べぬ波動は、シノブに一つのイメージを送り込んできた。

 それはシファンへの魔力譲渡。彼は自称大仙に多くの魂を注ぎ込まれて自我を失いかけたが、核となる部分はシャオウーが保護していたのだ。

 シファンは聖剣に対する高い適性を持ち、使い手として選ばれた。裏を返したら聖剣さえなければ、彼は普通の皇帝として生を全うした筈だ。

 それ(ゆえ)シャオウーは自身が運命を狂わせたと感じたらしい。消えゆく聖人の波動は、自分よりシファンと彼の子供達の保護をと願っていた。


「俺が全て助ける! シファンも! そして君も!」


 シノブは消滅寸前の魂へと絶叫した。そして今までに勝る魔力を振り絞っていく。

 先ほどの戦いとは比べ物にならない量。もはや物質化しそうな密度。激しい光の渦は一瞬にして竜巻と化し、白き神衣を(まと)う青年を包み隠す。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 まずシノブは、シファンへの魔力供給を引き継いだ。シャオウーに倣い、ホクカン皇帝の魂を包み込むように自身の力を注ぐ。

 続いてシノブは、改めてシャオウーに呼びかける。


「シャオウー、生きるんだ! そしてシファン達を見守ろう!」


 過ちなど誰にでもある。後悔するより(みずか)らの行いで取り返すべき。シノブは自身の思いを声に乗せた。


 神々はシャオウーの消滅を許したが、消えずに新たな生で己を高めるのが輪廻の輪の趣旨だろう。ならば自身が彼女を新たな道に導く。

 たとえ母なる女神や兄姉(けいし)たる神々が許さなくとも。


──みまもる……みまもりたい──


「そうだ! 俺やアミィ達と歩もう!」


 シャオウーの微かな思念に、シノブは力強く応じた。そして次の瞬間、周囲を巡る光の奔流の半分ほどがシャオウーの魂へと向かう。

 そして目が(くら)むような輝きは、不規則に踊りつつも徐々に形を成していく。


「まさか!」


「ええ!」


 アミィ達は何かを感じ取ったらしく、互いに顔を見合わせる。ただし(いま)だ強烈な光がシノブ達を隠し、中の様子を知る(すべ)はなかった。

 それに自称大仙への処置が終わっておらず、アミィ達は動けない。彼は数百年も魂を溜め込んだ上に現在の弟子達まで何百人も糧にしたから、簡単には元に戻らないらしい。


「くっ……まだだ!」


 一方シノブは歯を食いしばり、己の力を放出し続けていた。

 シノブの眼前では頭ほどの光る球体が誕生し、そこから下に輝きが伸びる。この地に向かった奔流は少し細くなったかと思うと太さを増し、左右と下に合わせて四つの枝が生まれる。

 そう、シノブはシャオウーに新たな体をと願ったのだ。


「……やった!」


 光は凝縮し、徐々に輝きが失せていく。そしてアミィやタミィと同じ狐の獣人の少女が現れる。

 シノブが思い浮かべたのはアミィ、自身が最も信頼する導き手だ。シャオウーは天狐族のようだから、シノブは同じ姿が良いと考えたのだ。


「シノブ様……」


 狐の獣人の少女、生まれ変わったシャオウーは薄紫色の瞳でシノブを見上げている。

 アミィやタミィに似たオレンジ色の髪、その上には狐耳。背後には髪と同じくオレンジ色が強い狐のように太い尻尾。ただし外見からすると五歳かそこら、タミィよりも更に二つは幼い姿だ。

 シャオウーの幻影は十歳ほど、アミィと同程度だった。それより遥かに幼くなったのは、シノブの魔力量が関係している。

 幾ら神の血族といえど、今のシノブが注げる量では五歳程度の体しか用意できなかったのだ。


「初めまして、シャミィ」


 見上げる少女に、シノブは心に浮かんだ名を伝えた。そして自身の背からマントを外し、シャミィと名付けた少女に巻きつける。

 当然ではあるが、再誕した少女は衣服を着けていなかった。もちろんアムテリア達なら服も用意できるだろうが、そこまでシノブは達していない。


「ありがとうございます……」


 真紅のマントを(まと)った少女、シャミィは僅かに頬を染めた。そして彼女はマントをドレス風に整えると、深々と頭を下げる。


──シノブ、善き選択をしましたね。……一つ助言をしましょう。シャミィは過去の殆どを忘れています。昔の出来事を知りたければ、そこの(けが)れた魂……消え去るべき者に問うのです──


 収まりゆく輝きの中、ニュテスの祝福と忠告めいた言葉が響く。

 どうもニュテスは、この結果を望んでいたらしい。祝意と共に喜びの滲む波動から、シノブは兄神の試しだったのではと感じていた。


──兄上、ご忠告ありがとうございます──


 シノブは思念で応じると同時に一礼した。そしてニュテスが最後に言及した人物、大仙を(かた)った男の魂はと振り返る。


 取り巻いていた輝きは残光程度に減じている。それ(ゆえ)シノブの目には、駆け寄ってくるアミィ達が映っていた。

 既に自称大仙が吸い上げた魔力の除去は終わったようだ。アミィは彼の魂を抱えているが、もはや複数で結界を張る必要はないらしい。


「シノブ様、大丈夫ですか!?」


──兄貴~!──


 まずはアミィを先頭とする五人の眷属。次にシャンジーが嬉しげに()えつつ駆けている。

 更に各国の統治者達も、遠慮を滲ませつつも寄ってくる。


「魔力は!?」


「問題ないよ。紹介しよう……君達の妹、シャミィだ」


 ホリィはアミィと同様にシノブを案じた。しかしシノブの力強い声音(こわね)に安堵したらしく、彼女を含めた五人は笑顔になる。

 そうなれば関心が向くのは新たな仲間、つまりシャミィだ。


「シャミィさん! 良い名ですわね!」


「可愛いですね~!」


「私達と同じ、狐の獣人なのですね!」


「先輩の皆様、ご指導よろしくお願いします」


 マリィにミリィ、タミィは華やいだ声を上げたが、シャミィの挨拶に少々怪訝な顔となる。これはシャオウーが五人よりも遥かに早く眷属になったからだ。

 しかしシノブがニュテスの残した言葉を伝えると、誰もが納得顔となった。ここにいるのはシャオウーの魂を引き継いでいるが、生まれたての眷属シャミィだと理解したのだ。


「ミリィ、お疲れのところ悪いけどシファンの魂も元に戻してくれないかな?」


「分かりました~!」


 シノブが肩に手を置くと、ミリィは満面の笑みと共に引き受ける。実はシノブが自身の魔力を渡し、彼女を回復させているのだ。


「ふふ~ん。吸った魂、自称大仙より少ないですね~。それにシノブ様の魔力があるから、あっという間です~。シノブ様、『四十秒で始末しな』って言っても良いですよ~」


「ミリィったら……」


 普段の調子に戻ったミリィは鼻歌まじりで治癒の杖の力を行使する。その様子にマリィは(あき)れながらも、邪魔してはならぬと思ったのか見守るのみだ。


「魂……」


 シャミィは不思議そうな顔でシファンを見つめるのみだ。やはり彼女の記憶が殆ど失われたというのは本当なのだろう。

 しかし何かを感じたのも事実らしく、シャミィが倒れたホクカン皇帝から視線を外すことはなかった。


「終わりました~。もう少ししたら目覚めると思いますよ~」


 宣言通り、ミリィは一分もしないうちに杖を降ろす。

 シファンは少なくとも二年以上前から他の魂を注ぎ込まれたらしい。したがって、そのころからの記憶は多くが失われるとミリィは告げた。

 シファンがナンカン侵攻に意欲的になったのは創世暦1000年ごろ、一年半ほど前だから魂改造の結果だろう。大筋は時期的な符合で推測できるが、詳細は自称大仙の魂に問うしかないようだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 そのころ異空間の外では、ローヤン宮城への突入が最終盤を迎えていた。

 ホクカンの都ローヤンには数え切れぬほどの式神が伏せられていたが、宮城は別格に多かった。宮城の外壁は特大の式神に変じ、城内からも人間大の岩像が山ほど出現したのだ。

 しかし前者には巨大木人やオルムル達、後者には武人達が応じて突入部隊の道を切り開いた。


 そのためシャルロット達は幾らもしないうちに最奥に到達し、ホクカン皇族らしき者達との対面を果たす。もっとも相手は飛行船が照射した催眠の波動で眠っており、起こさないと本物か確かめようがない。


「式神には通用しないんですね~」


「催眠は心に働きかける術だから」


 ミレーユの呟きに、アリエルは解除の術を行使しながら応じる。

 皇族らしき者は七人、全員が人族だ。おそらく先帝の夫人達、現皇帝シファンの妻二人、皇太子の垣重(ユェンヂョン)、皇女の雪蘭(シュエラン)小蘭(シャオラン)だろう。

 今アリエルは皇太子と皇女らしき者達の側に屈みこみ、眠りを解いている。正体を確かめるだけなら全員を起こさずとも良いし、子供の方が扱いやすいという判断だ。


「竜紋の服は皇族のみに許されたもの、お顔も記憶にある通りですし……」


 ホクカンの少女陽明(ヤンミン)は、成人女性四人と少年の顔を順に確かめていた。彼女は高位武人の娘だから、宮殿に上がり拝謁を許されたことがあるのだ。

 ヤンミンは大勢の中の一人として遠方から眺めたのみ、それに十歳と五歳の皇女達は奥から出ないらしく見たことがないという。

 ただし皇太子に関しては今年一月の成人式典、つまり十五歳になったときヤンミンも祝賀の末席に連なった。そのため彼女は、この少年がユェンヂョンだと断言した。


「楽じゃったのう。もっと技を確かめたかったのじゃ」


「私達はシャルロット様の護衛。残敵掃討はアルバーノさん達の役目」


「姉上、凄い先輩達ですね」


「ええ、毎日が楽しいわ」


 涼しげな顔でマリエッタとエマが言葉を交わすと、ナンカン皇帝の第二皇子忠望(ヂョンワン)が姉の玲玉(リンユー)(ささや)く。先日リンユーはシャルロットの側付き、ヂョンワンはシノブの従者になったのだ。

 今もマリエッタ、エマ、リンユーの三人はシャルロットの側を固めている。一方ヂョンワンは室内を眺めていたものの、少々暇を持て余したらしい。


 ここには他に五人いる。ヤマト王太子の健琉(たける)にエレビア王子リョマノフ、ナンカンの(グオ)師迅(シーシュン)に『(ファ)の里』の美操(メイツァオ)、セイカン皇帝の(リュウ)月喬(ユエチァオ)だ。

 しかしタケルにリョマノフ、シーシュンにメイツァオと親しい同士で語らっているし、ユエチァオは二十数歳も上で今日会ったばかりである。そこでヂョンワンは姉を話し相手に選んだらしい。


「シャルロット様、三人の意識が戻りました」


 アリエルは立ち上がり、シャルロットへと振り向く。

 それに少年と二人の少女、皇太子と皇女達と思われる者達も身を起こし始めた。三人の意識は明瞭らしく、立ち上がる動作も機敏で異常は感じられない。


「私はシャルロット、新世紀救世主シノブの妻です。貴方がユェンヂョン殿、そしてシュエラン殿にシャオラン殿ですね?」


 シャルロットはナンカン皇帝ウェンダーがシノブに与えた異名を持ち出した。

 この新世紀救世主とはカンの伝説で、先日のウーロウ攻防戦でシノブが名乗ったとホクカンにも伝わっている。そのためシャルロットは、アマノ王国という彼らが想像したこともない遠国を理解させるより楽だと思ったのだろう。


「救世主様の……」


「……奥方?」


「お母さま達、どうしたの?」


 年長の二人は伝説との関連が気になったらしい。しかし五歳のシャオランは眠りについたままの妃達へと顔を向ける。

 まだ五歳だから、母を気にするのは当然だ。しかも祖母達も含めた四人は身じろぎ一つしないから不安に思ったらしく、彼女は瞳に涙すら浮かべている。


「大丈夫ですよ……」


「駄目じゃ!」


 シャルロットは(うつむ)くシャオランの頭に手を差し伸べた。しかし二人の間に割って入った者がいる。

 それはマリエッタだ。悲鳴に近い叫びを上げたカンビーニ公女はシャルロットを突き飛ばし、僅か五歳の少女から遠ざける。


「どうして分かったのだ? ……あの邪悪な横顔を見れば気付いて当然なのじゃ!」


「マリエッタ!?」


「まさか!」


 唐突に一人芝居を始めたマリエッタに、エマが驚きも顕わに呼びかける。しかも漆黒の少女は、親友に愛槍を向けていた。

 そして押しのけられたシャルロットも体勢を立て直し、小剣を抜き放つ。こちらも愛弟子に向けるとは思えぬ鋭い表情と、実戦さながらの構えである。


「これは!?」


 リョマノフも太刀を抜き放つ。何が起こったか分からぬといった(てい)だが、彼も禍々しいものを感じ取ったようで表情が険しい。


 まるで今のマリエッタは二重人格。しかも前半の問いかけめいた言葉を発したときの表情は、天真爛漫(らんまん)で多くの人に愛されるカンビーニの華とは思えぬ(ゆが)みようだった。

 皇太子ユェンヂョンは血相を変え、上の妹シュエランと共にシャオランを抱えて遠ざかる。シャオランは気絶したらしく、崩れ落ちていたのだ。


「憑依!?」


「シャオラン殿に邪霊が宿っていた!?」


「察しの良い者がいるな。そう、私はシェンジャオ大仙の魂の欠片……分霊と呼ぶべき存在だ。理解できるかな?」


 他より早く真実を悟ったのはメイツァオとタケルだった。前者は操命(そうめい)術士、後者は符術を学んでおり、魂を感じる力が磨かれているからだろう。

 そのため隠し通せぬと思ったのか、マリエッタに宿った者は素直に正体を明かす。


「言われんでも分かるのじゃ! それに貴様は大仙を(かた)るインチキ術士だと聞いておる! ほれ、本当の名を明かしてみよ! どうせ珍妙な名じゃろうが聞いてやるぞ!」


 異空間から帰還した五国の軍は、簡潔にだが見聞きしたことを報告した。これはアルバーノの配下である情報局員が持つ魔力無線で、シャルロット達にも伝えられている。

 そのためマリエッタは、自身に宿った存在を大仙の偽者としたわけだ。


「よかろう、教えてやる。かつて私は英角(インジャオ)と名乗った……師匠である大仙を殺し、彼の体を乗っ取る前のことだ」


 マリエッタに宿った魂は、インジャオと名乗った。そして自分はシェンジャオ大仙の弟子であり、殺害者でもあると宣言する。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 インジャオの誕生はカン帝国の建国から百三十年ほど後、つまり創世暦580年ごろだった。もちろんインジャオというのは術士として授かった称号で、両親が与えた名とは違う。

 このころ本当のシェンジャオ大仙は存命で、鋼仕(こうし)術士としてカン帝国に尽くしていた。彼は聖人シャオウーから長命の術を学んだようで、人族であるにも関わらず百八十歳近くになっても第一線で働いていたのだ。

 そのため人々は聖人の直弟子を不世出の大術士と称え、神角(シェンジャオ)大仙と呼んで敬った。飛びぬけた長寿だから先々は祖霊に至る筈と、『神』や『仙』の字を織り込んだのだろう。


 後にインジャオと名乗る男も大仙に憧れ弟子入りした一人だ。しかし彼は長寿の術を会得できないまま半世紀ほどが過ぎる。

 魂を符に移す技などは早々に会得したし、秘術とされる分霊すら学んだ。後者は概念を教わったのみだが、更に五十年の修行を積めば体得できるとインジャオは考えた。

 しかし既にインジャオは七十歳近く、そんな時間は残されていない。彼は長命の術に向いておらず、死は目前に迫っていた。

 大仙という成功例を間近に目にしているから、インジャオの心には狂おしいまでの思いが膨らんでいく。いや、この時点で彼は狂っていたのだろう。

 ついにインジャオは師の殺害と成り代わりを決意した。彼は大仙の体に長命の資質があると(にら)み、乗っ取り自体を目的として行動を起こす。


 しかし成り代わりは成功したが、大仙の体は老化を始める。そこでインジャオは狂屍(きょうし)術を打ち出し、自身は若い体に移り直した上で弟子達にも木人や鋼人(こうじん)を含めた乗り換えを推奨していく。

 この狂気そのものの行いは、術士達に大きな衝撃を与えた。しかし長命に憧れる者は多く、三十年ほど後に始まる荒禁(こうきん)の乱の一大要因にもなった。


 一方でインジャオは、優れた弟子への警戒を顕わにした。彼は自身と同じように下克上を狙う者を恐れたのだ。

 スワンナム地方を経てイーディア地方に流れた大戮(ダールー)、アスレア地方へと渡った大角(ダージャオ)小角(シャオジャオ)。彼らの素質にインジャオは嫉妬し、難癖を付けてカンから追放した。


「つまりインジャオこそがカン帝国滅亡の原因……そして帝国を壊した彼は、聖剣を使える者を探しました。どうもホクカン皇帝家は、初代カン皇帝の剣才と魔力を濃く継いだようですね……降嫁した皇女か婿入りした皇子からだと思いますが……」


 ここは異空間、七色の光が舞う空の下。シノブは集った者達に自称大仙ことインジャオの魂から読み取った事柄を語っていた。

 かつてニュテスから教わった幻夢の術を使えば、魂の辿(たど)った道を読み取るなど容易だ。元々この術は魂の審判に用いるもの、心に働きかけて幻影を見せるのは単なる応用に過ぎない。


 しかしインジャオの生は四百年以上、概要を追いかけるだけでも結構な時間を費やした。そのためシノブが読み取ったのは二百五十年ほどで、現代まで到達していない。

 ニュテスなら一瞬で調べ上げるだろうが、まだシノブは順に探るだけで精一杯なのだ。


「確かにセイカンのユエチァオ殿は術士系……。それに我らは武辺者、ヂョンワンのように術にも向いた者など滅多に現れぬ……」


「そのようなことが……」


「ええ、双方を併せ持つ……」


 半ば自身の思考に沈んだらしきナンカン皇帝ウェンダー、先ほど目覚めたばかりで驚愕も顕わなホクカン皇帝シファン。シノブは二人に応じようとしたが、紡ぐ言葉は半ばで途切れることになる。


──シノブ! マリエッタが!!──


「シャルロット!」


 間違えようもない妻の思念、それも切迫した響き。シノブは反射的に叫び返し、同時に異空間を解除して彼女の側へと念じる。

 次の瞬間、シノブ達はローヤン宮城の一室へと出現する。シノブとシャミィを加えた六人の眷属、光翔虎のシャンジーに五つの国の代表、ホクカン皇帝シファンの全員だ。


「シノブ! マリエッタに大仙を(かた)った者の分霊が!」


「この男は自身が滅びたときに備え、魂を分けていたのです!」


「シノブ様、マリエッタを助けてください!」


 まずシャルロットとタケルの鋭い声がシノブの耳に入る。そして続いて響いたのはエマの悲痛な叫びだ。


「我が魂は消えていなかった? ……シノブ様、こやつはシャルロット様に宿り、救世主の子として……神の子として生まれようとしたのじゃ!」


 マリエッタはインジャオの(たくら)みを看破していた。寄生により彼の魂と触れたから、言葉にしない部分まで読み取れたのだろう。

 ちなみにインジャオの分霊が目覚めたのは、本体が異空間に移って通常空間と切り離されたからのようだ。つまり本体の存在が感知できなくなったとき、分霊が目覚める仕組みだと思われる。


「そうか……マリエッタ、ありがとう。身を挺してシャルロットを守ってくれたんだね」


(わらわ)はシャルロット様の側付き、当然のこと……。それに(わらわ)はシノブ様と同じくらいシャルロット様が好きなのじゃ」


 歩み寄るシノブに、マリエッタは頬を染めつつ応じる。

 マリエッタの強い精神力が押さえ込んだのか、あるいはシノブの存在が力となったのか。いずれにしてもインジャオは言葉を発しない。


「……ありがとう。俺も君が好きだよ」


 仲間として、弟子として。マリエッタが望む意味とは違うと知りつつも、シノブは好意を伝えずにはいられなかった。

 しかし本心には本心を。それがマリエッタの求める語らいでは。シノブの思いは当たっていたようで、カンビーニ公女は朗らかな笑みを浮かべる。


「シノブ殿、この邪霊を消し去ってくだされ」


「カンの過去よりも、この少女の未来を」


「勇敢な少女に救いを」


 ナンカン皇帝ウェンダーとセイカン皇帝ユエチァオが裁きをと促す。更にホクカン皇帝シファンも、マリエッタに助けをと言い添えた。


「ええ。……インジャオ、二つに分かれたお前に相応しい罰がある」


 シノブはマリエッタから分霊を引き出す。

 まだ一体化に至っていないから、治癒の杖を使わずとも抜き取れた。もちろん神の血族たるシノブならではの技で、他に可能とするのは眷属くらいだろう。


「大丈夫!?」


「うむ……少々ふらつくがの」


 支えるエマに、マリエッタは微笑みで応じる。どうやら言葉通り、多少の脱力のみで済んだらしい。


「互いに食い合え……覚えた術の全てを使うのだ」


 一方シノブは抜き取った分霊を右手、アミィから受け取った本体の魂を左手に持つ。そして幻夢の術を使い、二つの魂を永劫の闘争へと放り込んだ。


──う、うわぁ!?──


──なっ、魂が!?──


 闘争は幻覚でしかないが、インジャオが知る全ての技を使っての悲惨な潰し合いでもある。

 魂が変容する激痛、他の魂と融合して己が失われる恐怖、道具とされる屈辱に不快感。それらをインジャオと名乗った二つの魂は永遠に味わうのだ。


 内心の(けが)れを示すかのように黒い二つの球体は、激しく揺らぎつつも消えることはない。いや、シノブが消滅を許さない。

 インジャオが本当の大仙を殺してから三百五十年ほど。その長きに相応しい罰を与えねばと、シノブは思ったのだ。


──シノブ、後は引き受けましょう。まだ魂を消す苦しみを知るには、早すぎますから──


──兄上……お願いします──


 ニュテスなら更に相応しい罰を与えるだろう。そう思ったシノブは、二つの魂を彼に委ねた。

 すると二つの黒い球体は消え失せる。インジャオだった魂達は、闇の神ニュテスが創り出した無限の牢獄へと移ったのだ。


「……カンの狂屍(きょうし)術士は消え去りました。これからは皆さんの手で、新たなカンを作ってください」


 シノブはカンの皇帝達を順に見据えていく。

 ナンカン皇帝ウェンダー、セイカン皇帝ユエチァオ、ホクカン皇帝シファン、そして囲む者達。後は彼らがカンの明日を作るのだ。


「仰せの通りに。……ユエチァオ殿、シファン殿。大神の誓いをしようではないか」


「はい。三国の和を願って」


「新しい時代を作るために」


 ウェンダーが手を伸ばすと、ユエチァオとシファンは自身の手を重ねる。そして三人の皇帝は、心を同じくして助け合うと高らかに宣言した。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年8月29日(水)17時の更新となります。


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