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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第26章 絆の盟友達
685/745

26.30 光の眷属達

──あれほどの力を備えているとは──


──しかも戦いを始めるまで隠し通す技……これも恐ろしい──


──ええ、油断ならない相手です──


 漆黒の夜空、竜達の思念が響き渡る。もっとも彼らは音声を用いていないから、聞き取れるのは意思を魔力で伝達できる者のみだ。

 岩竜ガンドに応じたのは、同族の長老夫妻ヴルムとリントだ。彼らは磐船の運搬役として、ホクカンの都ローヤンでの戦いに加わっていた。


 今はシノブ達が異空間に転移する少し前、まだ中央治療院の地下で激闘を繰り広げている最中だ。そしてガンド達は、シノブ達の魔力波動で戦いの様子を感じ取っている。


──あの神角(シェンジャオ)大仙という者、確かに人の子の域を超えている……それどころか我らすら──


──眷属の皆様にも勝る力……何百年も溜め込んだとはいえ、ここまで達するなど信じられません──


 炎竜の長老夫妻アジドとハーシャも、不快感を滲ませる。

 シノブは思念を使い、簡単にだが地下の様子を伝えていた。これはシャルロットの他、つまり超越種達にも届いているから彼らも大よそを理解している。


 アミィとホリィがホクカン皇帝の(ツァオ)紫煌(シファン)、そしてマリィとミリィにタミィとシャンジーがシェンジャオ大仙。アミィ達はシノブの用いた秘奥義で眷属本来の力を取り戻したにも関わらず、多数で攻めている。

 実際シェンジャオ大仙とシファンの魔力は、上空からでもありありと感じ取れるほどだ。しかもヴルムが触れたように、戦いを始めるまで神の血族たるシノブにしか感じ取れない域まで抑える技量も備えている。


──しかし弟子達の魂を吸い取るとは──


──ああ、なんたる見下げ果てた(やから)だ──


 憤懣(ふんまん)やるかたないといった嘆きは、炎竜のゴルンとジルンだ。

 先ほど大仙は弟子達の魂まで吸収した。そのため今の彼と皇帝シファンの力は成体の超越種どころではなく、全力の眷属を複数相手にしても互角以上に戦えている。

 これは長く修行をした術士が、常人とは桁違いに多くの魔力を備えているからだ。


 しかし自身を慕って門下に入った者達を糧にするなど、まさに唾棄すべき所業。幾らシノブ達に負けたら全てが終わりとはいえ、手を出してならぬ領域である。

 しかも末端の術士まで対象にしたらしく、生け(にえ)となった魂は数百を超えている。ゴルン達が嘆くのも当然だろう。


──シャルロット、大仙や皇帝と共に異空間に移る!──


 シノブの思念は、更に幾つかの事柄を続けていく。

 魂吸収がシェンジャオ大仙の最後の手段らしいこと。しかし他にも策があるかもしれず、注意してほしいことなどだ。


──打ち合わせ通り、状況が許せば宮城に部隊を送り込んで!──


 これを最後にシノブの思念は途絶えた。そして彼や眷属達、光翔虎のシャンジー、シェンジャオ大仙にホクカン皇帝シファンと、巨大な魔力が治療院の地下から消失する。


 宮城への突入とは、ホクカン皇太子垣重(ユェンヂョン)などの確保を目的としたものだ。

 シファンはシェンジャオ大仙の操り人形らしく沈黙したままだし、戦っていても意思が感じられない。したがって代わりに交渉可能な相手を探し出し、大仙を倒した後の和平へと繋げたい。

 もし現在のホクカンがシェンジャオ大仙の支配下にあり皇帝も傀儡(くぐつ)でしかないなら、皇太子を後継に立てても良い。まだ彼は十五歳、つまり成人直後で父と違って狂屍(きょうし)術士とも関わっていないだろうからだ。

 仮にユェンヂョンに罪過があるなら妹達、雪蘭(シュエラン)小蘭(シャオラン)に継いでもらうことになる。しかし二人は十歳と五歳、更にカン地方に女帝の前例はないというから順当に皇太子を跡継ぎにしたいところだ。


 ともかく皇太子達を確保するなら、シェンジャオ大仙や皇帝シファンがいない今が狙い目だ。

 宮城に何らかの仕掛けがあったとしても、眷属を超える魔力の持ち主達と戦うより遥かに勝算がある。そして相手は弟子すら糧とする卑劣漢、皇太子達が無事な間に保護すべきだ。


──これで終わりだな──


──ああ。どうやら手を出さずに済むようだ──


 安堵が滲むガンドの思念に、同じ岩竜のヘッグが応じる。

 この戦いは人間達のもの、なるべく手出しを控えてほしいとシノブは超越種達に要請した。それ(ゆえ)ガンド達も輸送を担当するのみだった。

 しかし何事も万一ということはある。もしシノブが劣勢に陥るようなことがあれば、超越種達は事前の取り決めを破ってでも介入すると決めていた。


 『光の盟主』シノブには、それだけの恩義がある。人との共存に導き、彼ら超越種の交流を進めてくれたシノブを失いたくない。たとえ彼自身に叱責されようとも。

 それは岩竜や炎竜のみならず、全ての超越種達に共通する思いであった。


──まだ安心するのは早い!──


──巨大な魔力が! これは宮城という場所か!?──


 岩竜の長老ヴルムと炎竜の長老アジドは、揃ってローヤンの北方を(にら)んでいた。

 二頭の視線の先にあるのは最も壮麗な区画、つまり政務の場である太極(たいきょく)殿(でん)や皇族が住み暮らす宮殿が収まる場所だ。そこに今まで存在しなかった魔力が幾つも湧き上がっている。


 僅かに遅れ、人間達も魔力の異常に気付く。その中で最も早かったのは飛行船の一番艦、つまり広域魔力波動感知装置を見張るガルゴン王国の王女エディオラだった。


「ローヤン宮城に多数の大魔力発生! これは……巨大式神!」


「シャルロット様に! 宮城に巨大式神!」


「至急! 宮城に巨大式神多数!」


 エディオラの叫びを受け、一番艦を指揮するミュレがアマノ号への通信を命ずる。ただし通信手は言われずとも準備をしており、ミュレの指示と重なるように送信が始まった。

 そしてシャルロット達がいるアマノ号では、各方面からの情報を元に新たな動きに移ろうとしていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シャルお姉さま、飛行船一番艦から巨大式神が出現すると入電!」


「二番艦からも同じです!」


 セレスティーヌとミュリエルは通信手として働いていた。

 二人やシャルロットがいる魔法の家のリビングには複数の魔力無線が置かれており、それらが僚艦との即時連絡を可能にしていた。しかし操作に熟達しているのはアマノ王国の者が殆どだから、ベランジェやシメオンも魔力無線の前に陣取っている。


『ヴルム様からも巨大な魔力が宮城の各所に生じたと』


『それに小さな魔力も多数発生したようです』


 こちらは玄王亀の子ケリスと海竜の子リタンだ。

 シャルロットは思念を理解できるが、他はヤマト王太子の健琉(たける)くらいだ。そのため二頭を始め、飛翔が苦手な超越種の子達が伝達役を務めている。


「確かに人型の何かが立ち上がりつつありますね……」


 シャルロットはリビングの窓から前方を見据える。

 アマノ号は双胴船型で、魔法の家が置かれているのは二つの艦体を繋ぐ構造物の上だ。そのため窓からは眼下の街を一望できた。


 ただし夜半ということもあり、宮城で(うごめ)く巨像らしきものは輪郭しか分からない。

 大多数の都市と同じくローヤンも囲む城壁の上に灯火があるし、宮城と周囲を隔てる壁にも魔道具の照明が設置されている。とはいえ灯りの向いた先は城壁の下、侵入者の警戒用で高みを照らすためではない。

 飛行船や磐船という航空戦力を得たのはアマノ同盟のみで、まだ他の地域は空からの攻略など想定していないからだ。


 おそらく巨大式神は城壁や近くの石畳などを取り込んでいるのだろう。まず頭が現れ、次に上半身がと目で追っていけるほどの速度で形成されていく。

 ただしシェンジャオ大仙が制御していないからか、もがくように体を振るなど動きを予想しにくい。それに既に十以上も出現したが、まだ続くらしい。

 どうやら大仙は、宮城を囲む城壁全体に符を仕掛けていたようだ。


「伯父上、後の指揮をお願いします! こちらも巨大木人を出します!」


 巨大木人を収めているのは、シャルロットが手にした魔法のカバンだ。そして神具である魔法のカバンを扱えるのは極めて一部、シノブを含むアマノ王家と眷属達のみである。

 つまり現状では、シャルロットが地上に赴いて木人の操縦者達に渡すしかない。


「頼むよ! ……シャルロットが出る! 巨大木人の操縦者は憑依準備!」


 ベランジェは魔力無線を使って地上の各隊に叫ぶ。

 巨大木人を操れるのは符術士としての頂点、そこで大半はローヤンの各所に仕掛けられた符を取り除くべく降りていた。これは休眠中の符を感知できる者が極めて少ないからだ。


 ヤマト王国のエルフで現ヒミコの豊花(とよはな)、彼女の直弟子でタケルの婚約者でもある桃花(ももはな)。やはり同系統の褐色エルフ、アコナ女王の有喜耶子(うきやこ)。西からはデルフィナ共和国の巫女メリーナや兄のファリオス、アゼルフ共和国の長老ルヴィニアや(おさ)のクロンドラなど。

 このような高位術士は、現在ローヤンの市街に散らばっているのだ。


「マリエッタ! エマ! タケル殿とリョマノフ殿も!」


「お供(つかまつ)ります、なのじゃ!」


「本陣への斬り込み、とても楽しみ」


立花(たちはな)刃矢女(はやめ)夜刀美(やとみ)、行ってきます!」


「ヴァサーナ、留守は頼んだぜ!」


 シャルロットの声を受けるまでもなく、女騎士と若武者達は立ち上がっていた。それに次の行動を読んでいた者は他にもいる。


「シャルロット様! ホクカンの陽明(ヤンミン)さん達をお連れしました!」


「宮城への突入、皇太子の確保なら必要かと」


 活気に満ちた声を張り上げたのはミレーユ、対照的に落ち着いた声音(こわね)はアリエル。シャルロットの親友達だ。

 二人を呼んだのはシメオン、ミレーユの夫である。彼は魔力無線を使い、船内で待機していた者達に突入の時が来たと伝えたのだ。


 シノブ達はホクカン皇太子ユェンヂョンと会ったことがないし、ローヤンの宮城に入ってもいない。今朝方ホリィやアルバーノが多少を調べたが、これもシェンジャオ大仙を警戒して最小限に留めていた。

 そこでホクカンの武人の子、ヤンミンの出番というわけだ。彼女はユェンヂョンを見たことがあるし、宮城の内部も知っている。

 皇太子との対面は公式行事で他と一緒に遠くから眺めたのみ、宮城の知識も家臣に許された場に関してだけだ。しかし何も知らずに突入するより遥かに良いだろう。


 もちろんヤンミンの他にも同行者はいる。

 まずナンカンの皇帝の子供達、長女の玲玉(リンユー)と次男の忠望(ヂョンワン)。同じカン地方の皇帝家であれば、宮城内の構造も大よそ見当が付くだろう。それに片や拳士、片や魔術師と修行半ばだが護身くらいは充分な域に達している。

 更にナンカンからは(グオ)師迅(シーシュン)も名乗りを上げた。皇帝家の二人が出るのにと、彼は同行を申し出たのだ。こうなると同じ操命(そうめい)術士の少女『(ファ)の里』の美操(メイツァオ)も黙ってはいない。


 セイカン皇帝の(リュウ)月喬(ユエチァオ)も動いた。セイカン皇帝家はカン帝国皇帝家の直系、つまりローヤンについても多少の知識を持ち合わせているからだ。

 ユエチァオの先祖がローヤンを離れたのは三百年以上も前だから、彼の知識も大して当てにならないだろう。しかし直系ならではの伝承に頼るときがあるかもと、シャルロットは同行を認めた。


「アリエル、ミレーユ……頼りにしていますよ」


『私達が運びます!』


 シャルロットの言葉と同時に、窓の外にオルムル達が現れる。アマノ号は高空にあり、飛び降りるわけにはいかないからだ。

 シャルロットと女騎士達がオルムル、他は女性陣がシュメイ、男性陣がファーヴに乗ってアマノ号から離れていく。


「儂らも地上に行くか……だが、その前に一仕事だ」


「ええ」


 光輝く子竜達を見送ったのはシャルロットの祖父アンリと父コルネーユ、先代と当代のベルレアン伯爵達だ。左右の舳先に立つ二人は、どちらも大型弩砲(バリスタ)用の巨矢を肩に担いでいる。


「儂が『雷槍伯』の名を授かったのは、投槍の技をお褒め頂いたから! これだけは譲れんな!」


「どうでしょう!? 失伝しないように取り組んでいますよ!」


 笑みを交わした父子は、誕生したばかりの巨像達に巨矢を投じた。

 距離は1000m以上、更に矢は彼らが普段使う槍よりも遥かに長く太い。しかし二筋は夜空を流星の(ごと)く切り裂き、それぞれ巨人の頭に突き刺さる。


「岩巨人の頭部、炸裂! そのまま崩壊!」


「こちらも炸裂! 同じく修復せず!」


 アマノ号の甲板では、観測兵達が歓声を上げる。

 どうも巨大式神の符は頭部にあるらしい。そして大型弩砲(バリスタ)用の矢は炸薬を仕込んでいるから、命中と同時に符も散り散りになったようだ。


「本当なら大型弩砲(バリスタ)で狙いたいが……」


「宮殿にでも当たったら大変だからな」


 一方で射撃兵達は悔しげだった。

 距離がある上に、巨人達は立ち上がり歩き始めている。そのため大型弩砲(バリスタ)だと照準が付けにくく、しかも外れたら多くの人が住む場に落ちるだろう。

 そして射撃兵達では、『雷槍伯』アンリや『魔槍伯』コルネーユのような先読みは不可能だ。この二人は磨きぬいた戦場勘や魔力感知まで使っているから尚更である。


「シノブ達から習った魔力操作のお陰だな」


「はい。教わる前なら、これほどの遠投は無理……それに、これほどの精度も」


 ベルレアンの名を持つ男達は、更なる矢を手にしていた。二人は味方の巨大木人が揃うまで、ここから牽制を続けるつもりなのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 七色に空が輝き、どこまでも荒野が続く場。シノブが作り出した異空間でも、式神と人間達の激闘が繰り広げられていた。


(われ)はナンカン皇帝、(スン)文大(ウェンダー)! ナンカン皇帝家の秘宝、嵐月(ランユエ)を受けてみよ!」


 ナンカン皇帝ウェンダーは、グオ将軍達を従えて中央を走っている。今回は馬達まで持ち込めなかったから、自身の足での疾走だ。

 しかしウェンダー達は相当な身体強化を駆使しているらしく、名馬もかくやという速さで戦場を割っていく。それに彼が手にした大薙刀嵐月(ランユエ)は既に数え切れぬほどの岩像を断ち斬っているが、一向に切れ味が落ちぬままだ。


 異空間に移されたのはローヤンの市街区に伏せてあった式神で、どれも大きさは人間の大人か倍程度だ。とはいえ岩の像を切断すれば、普通は刃こぼれくらいするだろう。

 しかし優れた武人は魔力を得物に通して硬度を上げる。そしてウェンダーやグオ将軍は紛れもない達人、武の精華を体得した男達だ。

 それに左右を受け持つ軍団も負けず劣らずの精鋭ぞろいである。


「カンの狂屍(きょうし)術に縛られた恨み、晴らさせてもらうぞ!」


 右隣はヴェラム共和国の大統領コンバオが率いる一団だ。彼らは揃いの槍を手に、岩像達を潰している。

 ヴェラム共和国の前身、先月までのエンナム王国は狂屍(きょうし)術による支配を続けていた。およそ二百二十年、代々の王は奪命符による恐怖政治を敷いたのだ。

 そのためコンバオ達が、狂屍(きょうし)術士の祖師たるシェンジャオ大仙に強い嫌悪を(いだ)くのは当然だろう。


「こんな岩像、日輪(にちりん)の敵ではないわ!」


月輪(がちりん)の餌食となれ!」


 左側は東西メーリャの二軍だった。中央に近い側を西メーリャ国王ガシェク、その外側はアマノ王国メリャド自治領太守パヴァーリである。

 東メーリャ国王イボルフは十歳だから、パヴァーリに代わりを頼んだのだ。


 この二つはドワーフ達の国、どちらも振るう武器は重量級で岩だろうが関係なく断ち割っていく。それに各隊にはエルフなど符術に()けた者がおり石像の急所も把握済み、彼らは符を収めた頭部を次々と破壊していた。


「スキュタールの勇士よ! 今こそ雪辱の時!」


 右翼の端を受け持つのはスキュタール王国、先陣を切るのは国王カイヴァルだ。

 スキュタールの戦士達が使うのは豪槍である。本来は馬上用の長大な代物だが、選び抜かれた者達だけあって徒歩(かち)でも苦にしていない。

 しかもスキュタールの武器はメーリャからの輸入品、硬化の術に向いた特別製だから岩だろうが紙のように貫く。


 スキュタールと東西メーリャはカン地方から来た狂屍(きょうし)術士に国を乱された。既にシノブ達により解決済みとはいえ、意気込みはナンカンやヴェラム共和国にも劣らない。

 五つの国の戦士達は競争とばかりに快進撃を続け、式神の群れを一方的に蹂躙(じゅうりん)していく。そしてシノブ達が異空間に現れたのは、彼らが式神の半ばを倒したころだった。


「むっ!?」


「あれはシノブ様か!?」


 ナンカン皇帝ウェンダーと脇を固めるグオ将軍は前方を見据える。

 七色に光る空が一瞬だけ割れたかと思うと、そこから光り輝く青年と五人の少女、更に同じく聖光を放つ虎が現れた。しかも彼らの向こうには二人の成年男子らしき者もいる。


 生憎と距離があり、更に式神軍団の向こうだから判然としない。しかし白き神衣を着けた青年の姿はウェンダー達がアマノ号で見たまま、それに静かに舞い降りた五人の少女が放つ金光も忘れる筈がない。


「ということは、あれがシェンジャオ大仙だな!」


「はい! そして残る一人はホクカン皇帝シファンでしょう!」


 ガシェクとパヴァーリも戦斧を操りながら笑みを交わす。そして彼らは暴風のような斬撃を更に速め、岩像達を蹴散らしにかかった。

 どうやら二人は、邪魔な式神軍団を早々に片付けてシノブに加勢しようと考えたらしい。


「シノブ殿が待っているぞ! ヴェラム共和国が一番乗りを果たすのだ!」


「我らスキュタールが先だ!」


 残る者達も突撃の速度を上げていく。どの国が最も早くシノブ達の支援に移れるか、戦士達は名誉を懸けた競争に入ったのだ。


 しかし戦士達の思惑は外れる。何故(なぜ)なら彼らと戦っていた岩像達は一箇所に集まると、巨大な何かへと変じていったからだ。

 それは巨大な人型、しかも八面六臂の異形であった。そして像は岩製の剣や槍を振り上げると、戦士達に向かって振り下ろしていく。


「散開!」


「あれは受けられん!」


 ウェンダー達は賢明な選択をした。

 相手は大人の十倍近い巨体、既に撃破した岩まで吸収した大物である。おそらく質量は人の千倍を優に超えているだろう。

 こうなると強化や硬化を使っても対抗しきれない。アンリやコルネーユのように急所を狙うしかないが、六本の腕が投擲(とうてき)を阻む。


「シャンジー、岩像を!」


『分かりました~!』


 遠方から響いたのはシノブの声、そして光り輝く若虎が巨像と並ぶ大きさに変じて空に舞い上がる。

 こうして戦士団と式神軍団の激闘は、唐突に終幕を迎えた。そして戦いは人の手の届かぬところへと移っていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



小无(シャオウー)、応えてくれ!」


「がああああっ!」


 シノブは皇帝シファンと剣を交えていた。いや、シファンが持つ剣に宿る聖人の魂への呼びかけを続けていた。


 シノブが持つ光の大剣とシファンのカン皇帝の聖剣が衝突する(たび)、極彩色の閃光が生じる。それは並外れた魔力の激突が生み出す光、二つの剣から溢れた力の奔流だ。

 ほぼ同じ長さと幅。とはいえ片や最高神たるアムテリアが授けた剣、片や聖人シャオウーが作ったとされる剣だ。神剣と聖剣、似ているものの両者には厳然たる差がある。

 その二つが拮抗を保っているのは、シノブが加減しているからであった。


「シャオウー! 俺達は君を助けに来たんだ! ここにはアミィ達、君の仲間もいる!」


 シノブは聖人シャオウーの魂がカン皇帝の聖剣に宿っていると感じ、全力での攻撃を控えた。

 聖剣を破壊したらシャオウーの魂が消えるかもしれない。そこでシノブは声や魔力に加えて魂での接触など、あらゆる手段で語りかけを続けている。


「ぐおおおおっ!」


 ホクカン皇帝シファンは相変わらず野獣のような叫びを発するだけだ。剣の技は確かだが、それも機械的に振るっているだけのようにも思える。

 シファンも救いたいが、正直なところ彼の意思は全く感じられない。確かに魔力はあるが、シノブはシファンの魂が残っているのか疑問に思いつつあった。

 しかしシファンの魂がどこかにあり、体に戻せる可能性もある。そのためシノブは、彼への攻撃も避けていた。

 つまりシノブは二重に人質を取られたようなものだ。


「無駄だよ! 聖人シャオウーは己の過ちを償うため、聖剣に変じた! そのとき心を失ったのさ!」


 憎々しげな声を張り上げたのはシェンジャオ大仙だ。そして彼はアミィ達五人の眷属を相手にしながらも、滔々(とうとう)と語り出す。

 それはカン帝国が誕生する十年ほど前、創世暦440年ごろのことだ。つまり今から五百六十年ほど前の出来事である。


 後に初代カン皇帝となる(リュウ)大濟(ダージー)は、このころ連日というべき戦いに身を投じていた。これを支えたのは聖人シャオウー、そして後にシェンジャオ大仙となる男も聖人の直弟子として側に控えていた。

 眷属の支援もあり、ダージーは順調に支配域を広げていった。それに両腕と呼ぶべき二人の勇将、(ツァオ)聚嵩(ジュスン)(スン)武京(ウージン)の存在も大きい。

 姓が示す通りジュスンはホクカン皇帝家、ウージンはナンカン皇帝家の祖である。そして二人は子孫達に劣らぬ力を振るい、ダージーを支えていた。

 しかし順風満帆すぎる進撃が災いしたのか、あるときダージーは絶体絶命の窮地に陥る。


「慢心からだろうね。ダージーはジュスンとウージンを別方面に派遣したまま軍を進めた。そして彼は反撃により生死の境を彷徨(さまよ)う……。このときシャオウーは(とど)めなかった自分に責任があると激しく後悔し、命を懸けての治療に挑んだ」


 結果は成功、しかしシャオウーは人としての姿を保てなくなりダージーの愛剣に宿った。それが聖剣の生まれた理由だとシェンジャオ大仙は結ぶ。

 このとき後に大仙を名乗る男も、シャオウーを助けて働いた。そして聖剣誕生の一部始終を目撃したのは、彼のみだという。


「つまりシャオウーは『神霊剣変化の術』を使ったのか!?」


「ああ、そうさ! 我が師シャオウーは、そう言い残したよ!」


 剣を振るいながらのシノブの問いかけに、シェンジャオ大仙もアミィ達と戦いながら応じる。

 五人の眷属を相手にし、魔力障壁や攻撃魔術を駆使しながら。火炎や暴風を発し、大河のような激流や(そび)え立つ岩壁を出現させつつ。その余裕からだろう、大仙の返答は誇らしげに感じるほどだ。

 しかし大仙は気付いていない。既に自身がシノブの仕掛けた罠に落ちていることを。


「やはりそうか……『神霊剣変化の術』なんて嘘っぱちだよ! お前は本物のシェンジャオ大仙じゃない……少なくとも初代、シャオウーから直接教えを受けた男とは違う!」


「くっ!? ……だ、だからどうした!」


 シノブが知りたかったのはシャオウーの魂を剣に封じた術、元に戻す手がかりだ。しかし目の前の男が真実を知らないなら、もう付き合う必要はない。

 慌てふためく自称大仙には目もくれず、シノブは皇帝シファンへと攻め込む。今度こそ本気、今まで習い覚えた全てを使っての猛攻だ。


 とはいえシファンに神授の剣を受けるほどの腕はなかったらしい。

 シファンはフライユ流大剣術の天地開闢、横一文字の斬撃を腹に受けて気絶した。シノブは剣の腹で相手を打つのみに(とど)めたのだ。

 カン皇帝の聖剣は宙に高々と舞い上がり、そしてシノブの手の中に収まる。これで後は大仙と称した男を倒すのみだ。


「アミィ! ホリィ! マリィ! ミリィ! タミィ! 今こそ真の力を示せ!」


「はい、シノブ様!」


 シノブの叫びに、アミィ達が異口同音に応じる。そして高々と飛び上がった彼女達の金光は、真夏の太陽を思わせるほどに強まっていく。


 飛翔する少女達は光背と呼ぶべき輝きを発している。それは母なる女神の象徴のようでもあり、空を舞うための翼のようでもあった。

 放射する清らかな光からか、あるいは神力に近い強烈な波動のためか。アミィ達の背負う光輪が、シノブには四対の翼に見えたのだ。


「私達が貴方を裁きます!」


「貴方に吸われた魂達のために!」


「この国の人々を邪術から解き放つために!」


「貴方の弟子達に乱された国々のために!」


「そしてシャオウー先輩のために!」


 アミィ達は断罪の言葉と共に突き進む。七色に輝く空にも勝る光を放ちつつ、五つの流星は狂屍(きょうし)術士の祖師を(かた)る男を目指していく。


「その程度……な、なんだと!?」


 どうやら自称大仙は、今までと同様に魔力障壁で受け流そうとしたらしい。しかしアミィ達は易々と突き破り、驚愕で顔を(ゆが)める男を打ち倒す。


「これが本当の眷属……神々の使徒の本気だよ」


 シノブが呟く中、アミィがシェンジャオ大仙を名乗った男の魂を回収していた。心の(よど)みを示すような、濃く濁った球体だ。


 いつから本当の大仙と成り代わったのか、出来れば確かめたい。

 そこでマリィが魔封(まふう)の杖で結界を作り、ホリィとタミィが支える。これからミリィが治癒の杖を使い、大仙と称した魂が吸い上げた力を奪うのだ。


「シャオウー、君の後輩達の活躍を見ただろう? これでカンは狂屍(きょうし)術士から解き放たれ、あるべき姿に戻る……だから君も剣に縛られなくて良いんだ」


──わたし……やくめ……おわった──


 先ほどまでと違い、シノブの呼びかけに応える波動があった。

 とても弱々しい声、どうにか言葉と呼べる程度の曖昧さ。しかし聖剣は、確かに意思を示していた。

 もちろん聖剣自体は微動だにせずシノブの手に収まっているが、伝わってくる力はシノブが良く知るものだ。それはアミィ達と同じ、神々の眷属が放つ慈しみの光である。


「ああ……。だから、そんなところから出ようよ。皆が君を待っている」


 シノブが口にした通り、アミィ達も聖剣を見つめていた。正しくは、そこに宿る仲間の魂を。

 それに光翔虎のシャンジーも、シノブの後ろで畏まっている。既に彼は巨大石像を片付けていたのだ。


──みんな……あいたい──


 シノブの誘いが届いたのか、カン帝国の聖剣が(まぶ)しく輝き始める。

 そして神秘の光に包まれた剣から、アミィやタミィに良く似た少女の像が浮かび上がる。どうもシャオウーの魂が形を得たものらしく、宙に浮かんだ像に実体はなく半分透き通っている。

 細部は判然としないが、頭上の獣耳や背後の太い尻尾からするとアミィ達と同じ天狐族なのだろう。


 長き封印のためか、シャオウーの魂の波動は眷属と思えぬほど弱い。

 しかしシノブは強い喜びを(いだ)いていた。これでシャオウーは神界に戻れるし、そうなれば神々が癒してくれる筈だからだ。

 これで一件落着とばかりに、シャンジーが高らかな咆哮(ほうこう)を上げる。そして遠巻きに見つめていた各国の軍が、盛大な勝どきで若き光翔虎に和した。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年8月25日(土)17時の更新となります。


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