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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第26章 絆の盟友達
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26.29 神角大仙

 アマノ同盟軍は予定通り二十二時ごろ、ホクカンの都ローヤンの上空に到着した。

 空に集う十隻ずつの飛行船と磐船。ただし透明化の魔道装置が機能しており、街の者は気付かぬままだ。

 先乗りした光翔虎達も、ローヤンの市街は静穏と伝えるのみである。


 しかしシノブは急ぐべきと決断する。それは魂を封じた魔道具がある筈の治療院に、異様なほど巨大な魔力を感じたからだ。


「おそらく今のアミィ達に匹敵……いや、超えるかもしれない。それも二つだ」


 シノブは上空、アマノ号の上からでも治療院の地下まで探れた。

 今のシノブは四つの神具を装備し、光の大剣による魔力増幅も使っている。そのため超越種たる光翔虎達でも見逃す波動を、ありありと感じ取っていた。


「それほどの……」


「しかも二つ……」


 魔法の家のリビングには各国の統治者達もいるから、シノブは眷属並みだとは触れなかった。だがアミィ達と同じ、つまり聖人級という事実は誰もが重く受け止めていた。

 先ほどアミィを始めとする五人の眷属は、一時的に本来の力を取り戻した。シノブが行使した神界の秘奥義で、今の彼女達は空すら飛翔できる。

 そのアミィ達に並ぶか超える魔力の持ち主が二人もいる。ある程度は予想していたが、やはり重い事実には違いない。


「おそらく神角(シェンジャオ)大仙……」


「……それと弟子か何かでしょうか?」


 アミィとホリィの声も重苦しい。それに無言のままのマリィとミリィ、タミィも畏れにも似たものを(おもて)に浮かべている。

 眷属と同等の力を持つなら、おそらく祖霊と化しているだろう。あるいはカン帝国の誕生に関わった聖人、小无(シャオウー)そのものかもしれない。


 カン帝国の伝説だと、シャオウーは建国の十年ほど前に姿を消したとしている。

 しかし消失は表向きで、本当は生きていたのではないか。シェンジャオ大仙はシャオウーの弟子だから、師匠を(かくま)うこともあるだろう。おそらくアミィ達は、そう考えたに違いない。

 しかし仮にシャオウーが生きていたとしたら、禁術使いたる狂屍(きょうし)術士達に手を貸していることになる。それは神々の眷属として、とても許容できることではない。


 どうか大仙と弟子であってほしい。五人の眷属の顔には、そう書いてあるようだった。


「たぶんね……。シャルロット、俺達は治療院の地下に転移する! 後は任せた!」


「はい、御武運を」


 シノブは強攻策に出ることにした。ただし想定範囲内でもあり、応じたシャルロットにも動揺はない。


 余裕があればシノブ自身がローヤンの各所を巡り、符が仕掛けられていないか調べるつもりだった。

 休眠状態の符を魔力感知で発見するのは難しく、魂を広げて触れていくしかない。これを出来るのはシノブだけ、加えて魔力感知よりも狭い範囲しか分からないから順に巡ることになる。


 しかし今、そんな時間は存在しなかった。もしかすると、この瞬間にも狂屍(きょうし)術士達が魂を式神に変えているかもしれないからだ。

 治療院の地下に保存されている大量の魔道具は、式神にするまで魂を収めるための品だ。その保管場所に別格の魔力の持ち主が訪れるなど、シノブには不吉な予想しか出来なかった。


──シャンジー、呼び寄せるぞ! 治療院の地下に転移する!──


 シノブは窓から外に飛び出し、夜空を飛翔する。そして光翔虎のシャンジーに思念を送った。

 治療院の地下に潜入したのはシャンジーだけ、そこでシノブは彼を同行させることにした。他はアミィを始めとする眷属のみ、五人もシノブと同様に金光を発しつつ飛んでいる。


 こちらも母なる女神から授かった白き神衣(しんい)を着けている。そしてアミィは炎の細剣(レイピア)、ホリィが魔風(まふう)の小剣、マリィが魔封(まふう)の杖、ミリィが治癒の杖、タミィが覇海(はかい)の杖である。

 自身と同等の相手ということもあり、アミィ達も完全武装を選んだのだ。


──兄貴、いつでもどうぞ!──


 シャンジーの(いら)えを受けた直後、シノブは短距離転移で彼を側に呼んだ。そして次の瞬間、シノブはアミィ達やシャンジーと共に治療院の地下へと転移する。


「伯父上、強攻策の一番です」


「了解! イヴァール殿、アルノー殿、アルバーノ殿、強攻の一番! 各隊を率いて地上に降下! マティアスも行ってきたまえ!」


 命じたシャルロットにベランジェは陽気な声を返すと、更に魔力無線へと叫ぶ。

 強攻策の一番とは、シノブが符の探知に回れない場合を想定した場合である。アルバーノ達が符術士と共に地上に降下し、街の各所を巡って除去していくのだ。

 符術士でも特に優れた者であれば、休眠中の符に魔力を通して察知できる。感知範囲はシノブより大幅に狭いが数で補うし、透明化の魔道具を装備しての潜入だから騒動になる恐れもない。

 シノブ達が戦いに入ったら敵が式神を起動させるだろうが、それまでに少しでも取り除くのが目的だ。


「オルムル、頼む!」


『分かりました!』


「シュメイ殿、準備完了!」


『行きます!』


 降下を担当するのは超越種の子供達だ。

 イヴァールが配下やエルフの符術士と共にオルムルの背、同じくアルバーノ達がシュメイの背と、次々に飛び乗って地上を目指す。それに今までローヤンを見張っていた光翔虎達も集まり、運び手に加わった。

 その中にはエンリオなどシノブの親衛隊、そしてフランチェーラ達三人の女騎士もいる。アマノ王国の騎士達は魔道具を使っての戦いにも慣れており、隠密行動も得意としているのだ。


「私達も降りたいところだが……」


「休眠状態でも感知できるのは、最優秀の符術士のみでしたな」


「はい。桃花(ももはな)ですら、最近どうにかといったくらいで……」


 カンビーニ王太子シルヴェリオとガルゴン王太子カルロスの確認に、ヤマト王太子健琉(たける)が頷き返す。

 タケルの婚約者モモハナ、そして彼女の師匠であり現ヒミコでもある豊花(とよはな)にアコナ女王の有喜耶子(うきやこ)。更にデルフィナ共和国の巫女メリーナや兄のファリオス、アゼルフ共和国の同じく優れたエルフ達。特別な才能を磨き上げた者のみがアルバーノ達に同行していた。


『アルノー第一小隊、降下完了! 探索開始!』


『アルバーノ第一小隊、降下完了! 式神の探索に移る!』


『イヴァール第一小隊! 早速発見したぞ! トヨハナ殿が見つけてくれた!』


『マティアス第一小隊! 予定の場所に降下!』


 各隊からの連絡が魔力無線を通じて入ってきた。

 中には早くも符を発見したという報告もある。やはりローヤンの狂屍(きょうし)術士達は、自身の身を守る策を講じていたのだ。


 そして上空に残った武人達は、静かに時を待っている。全身に溜めた力を解き放つ瞬間を。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 治療院の地下は、夜半にも関わらず煌々と照らされていた。広間に設置された数多くの灯りの魔道具は、全て光を放っていたのだ。

 その(まぶ)しさすら感じる場で、シノブはカン風の衣装を着けた二人を見つけた。どちらも外見通りなら人族の男、一人は四十前後で残る一人は二十代半ばほどだ。


 四十前後の男は武人風の立派な体格、そして嵐竜を図案化した見事な細工の甲冑を(まと)っていた。しかも背には、やはり金銀を(つか)に施した巨大な剣を背負っている。整った容貌に加え、王者というべき威厳も漂わせた人物だ。

 もう一方、二十代半ばの男性は武器や防具を着けていなかった。それに細身で肉付きも薄いから、戦いとは縁がない人生を送ってきたかのように映る。こちらも端正な顔立ちだが、学者や文官のような繊細さが目立つ優男だ。

 しかし後者も前者に勝るほどの魔力を宿している。単に放射しただけで相手を縛り付けるほどの、人とは思えぬ波動を双方とも秘めているのだ。


「お前がシェンジャオ大仙だな。……こちらはホクカン皇帝の(ツァオ)紫煌(シファン)か?」


 シノブは若い方をシェンジャオ大仙だと断じた。今まで対峙した狂屍(きょうし)術士と似た波動を、彼から感じたのだ。

 残る一方を皇帝シファンとした理由は単なる直感だ。ただし伝え聞く年齢や武術や魔術の達人という情報との一致、そして竜の紋が入った上等な鎧を着用する者など限られるから確信に近いものはある。


「良く分かったね。そう……私がシェンジャオ大仙、こちらは皇帝シファンだよ。……お前が新世紀救世主を名乗った男、シノブという者かな?」


 口を開いたのは若い方だ。やはり彼がシェンジャオ大仙、そして残る一人がホクカン皇帝だったのだ。

 ホクカン皇帝シファンは新世紀救世主を自称している。そして彼に対抗すべく、シノブはナンカンの都市ウーロウを守る戦いで新世紀救世主と名乗った。

 これはホクカン軍の多くが耳にしており、ローヤンまでも伝わっていたわけだ。


「ああ、俺がシノブだ」


「やはり……。治療院の術士達が行方不明になったから、もしやと思ったが……」


 シノブが正体を明かしても、シェンジャオ大仙は平静さを保っていた。

 深夜にも関わらず大仙と皇帝シファンが秘密の倉庫に来たのは、朝の出来事が理由らしい。アルバーノ達がホクカンの武人の娘、陽明(ヤンミン)を助けた事件だ。

 あのときアルバーノ達は、追いかけていた治療院の男達を拘束してアマノシュタットへと送った。彼らも狂屍(きょうし)術士、魂を集めて大仙の元に送る役目を担っていたのだ。

 そして部下達が消えたのを不審に思った大仙は、魂を収めた魔道具をどこかに移すなど何かの対策をしに来たのだろう。


──シノブ様、あの剣から凄まじい魔力を感じます!──


──それも眷属の!──


 アミィとホリィの鋭い思念がシノブの両脇から響く。彼女達が見つめているのは、皇帝シファンが背負った大剣だ。

 それにシャンジーも低い唸りを発していた。普通の虎ほどに大きさを変えた彼は、溢れる怒りからか全身の輝きを増している。


──初代カン皇帝の聖剣ですわ!──


──動かせない筈でしょ~!──


──やはり大仙が何かしたのでは!?──


 マリィとミリィ、そしてタミィも同様に思念を用いる。わざわざ相手に伝える必要はないから、彼女達は密かなやり取りを選んだのだ。


 初代カン皇帝の聖剣とは、聖人シャオウーが残したと伝わる品だ。ただし聖剣を使えたのは初代の(リュウ)大濟(ダージー)のみ、他は誰も動かせなかったという。

 セイカン皇帝(リュウ)月喬(ユエチァオ)は、聖剣がローヤンの宮城奥深くに封じられたと語った。しかし現にシファンが背負っている以上、何らかの手段で封印を解いたのだろう。


「これは思念……。となると救世主というのも嘘ではなさそうだね」


 なんとシェンジャオ大仙は、思念のやり取りに気付いていた。

 思念の内容は対象とした相手にしか伝わらない。しかし大仙は魔力波動の特徴から、アミィ達が何をしたか察したのだろう。

 やはり五百年以上を生き、眷属であるシャオウーから直接教えを受けただけはある。そう感じたシノブは、大仙への警戒を強めた。


 シェンジャオ大仙は二十代半ばにしか見えないが、おそらく新たな体に乗り換えたからだろう。

 狂屍(きょうし)術士でも高位に達した者は、鋼人(こうじん)に魂を移したり他人の体を乗っ取ったりして長い時を生き続ける。祖師と呼ばれる大仙なら、もちろん習得している筈だ。

 シノブが魔力で感じた通りなら、どちらも木人や鋼人(こうじん)ではない。ただし生身であったとしても、眷属に匹敵する力があれば(はがね)にすら勝るだろう。


「とりあえず、魂は返してもらうぞ」


 シノブは短距離転移を使い、魂を収めた筒の山を上空に飛ばした。

 もちろん転移させた先には超越種達がおり、筒の群れを回収している。空を飛び交う偉大なる種族が道具とされかけた魂を拾い上げていくのを、シノブは転移に付随する空間把握能力で感じていた。


「……転移術まで? まさか眷属の上か!?」


「その通りです! シノブ様は大神アムテリア様の血族、貴方などが(かな)う相手ではありません!」


 驚愕のあまりか目を大きく見開いたシェンジャオ大仙に、アミィが誇らしげな声音(こわね)でシノブの出自を明かした。

 もはや大仙は打ち倒すしかない。ならば真実を伝えても良かろう。それとも神の使徒として、あるいは新たな神の眷属として、断罪の名乗りを叫ばずにはいられなかったのか。


「ふふふ……はははっ! これは面白い! 私が神になれるか、これが最後の試しというわけだ!」


 高笑いと同時に、シェンジャオ大仙の魔力が急激に膨れ上がっていく。先ほどはアミィ達と同等だった波動が、今は最低でも三倍以上となっていた。

 しかも皇帝シファンも同様に力を増している。こちらも二倍や三倍に達しているらしく、まるで別人のようだ。


「シファンよ、行け! それにローヤンの式神達も! こうなったらローヤンの魂を全て使ってでも生き延びてみせる!」


「うおおっ!」


 シェンジャオ大仙の絶叫と共に、皇帝シファンが抜剣する。皇帝は背負っていた聖剣を抜き放ち、シノブ達へと突進を始めたのだ。

 どうもシファンは大仙に操られているらしい。先ほどから一言も発しなかったが、おそらくは何らかの術の影響だろう。


 それにシノブはローヤン中から魔力の動きを感じていた。大仙が命じた通り、街の各所で式神が動き出したようだ。


──皆、暫く持ちこたえてくれ! 式神を異空間に移す!──


 シノブは光の額冠で異空間を作り出し、都中に散らばる式神を順に投じていく。

 休眠中ならともかく稼動すれば感知は容易、それに光の大剣の魔力増幅があるからシノブは地下室からでも都市全域を感じ取れた。

 しかし無数とも思える量だから、全てを転移させるには暫しの時間が必要だ。


──分かりました!──


 アミィを先頭に、五人の眷属達がシェンジャオ大仙と皇帝シファンへと走り出す。もちろんシャンジーも彼女達と並んで疾駆している。

 片や神になろうとする禁術使いと操り人形、片や神々の眷属達と若き光翔虎。両者の戦いは、誰も知らぬ地下で始まったのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ローヤンの街の各所では、人間大から倍ほどの石像が数え切れないほど生じていた。しかし、それらは順にどこかへと消えていく。

 もちろんシノブが異空間へと飛ばしているからだ。転移させるまでは地上に降りた隊が応戦したが、さほど待つこともなく岩の像は消えていく。


「シノブから連絡です。ナンカン軍とヴェラム共和国軍を異空間に移します。式神の群れは出現地点の前方1km、撃破をお願いします」


 シャルロットはシノブからの思念を受け、新たな命令を発する。彼女は思念を遠方に飛ばせないが、受けるだけなら充分であった。


 なおシャルロットが思念を受けられることは今まで秘していたが、ローヤンに行く途中で魔法の家に集う者達には明かした。もちろん他言無用と念押しをした上である。

 超越種が受けてシャルロットに伝えても良いのだが、それだと一刻を争う事態に間に合わないかもしれない。ならば万全を期すべきと、シノブは考えたのだ。


「了解した! 儂も飛ばしてほしい!」


「私もお願いします!」


 ナンカン皇帝の(スン)文大(ウェンダー)とヴェラム共和国大統領コンバオが、シャルロットの前へと歩んでいく。


「了解しました」


『では私が伝えます!』


 シャルロットが頷くと、玄王亀ケリスが伝達すると請け負った。

 一歳未満の子でも炎竜フェルンや朱潜鳳ディアスは飛翔が得意だから輸送役に回ったが、ケリスや海竜リタンは特別な技を使わない限り浮遊程度だ。そこでケリス達は、今月生まれたばかりの玄王亀タラークに嵐竜ルーシャ、海竜ラームと共に魔法の家に残っていた。

 リタンは一歳四ヶ月、ケリスも生後半年近い。そのため思念も成体並みに遠方まで届き、連絡役としては申し分なかった。


「儂らも異空間で備えるべきではないか?」


「どうでしょう? こちらで戦いがあるかもしれませんよ」


「そうですね……一度に飛ばせないほど出る可能性もあります」


 勇んだのは西メーリャ国王ガシェク、疑問を呈したのは東メーリャの少年王イボルフ、そして後者に同調したのはスキュタール国王カイヴァルだ。

 この三国は狂屍(きょうし)術士に国を危うくされたから、ぜひとも参戦したいと意気込んでいた。しかしカイヴァルが指摘したように、異空間だけで済むとも限らないだろう。


「シノブから新たな連絡! ローヤン全域に催眠の魔道装置を行使!」


「よし来た! こちらベランジェ、各飛行船に告ぐ! 催眠の魔道装置を起動、都市の全域に照射!」


 シャルロットが凛々しい声を張り上げると、ベランジェが魔力無線を通して十隻の飛行船に伝える。

 今は無きベーリンゲン帝国との戦いで、シノブ達は都市攻略用の大型魔道装置を何種類も開発していた。体力減衰をさせる無力化の魔道装置、隷属を解く解放の魔道装置などだ。

 そして今回の戦いでは何が起こるか予想が難しかったから、これらも飛行船に積み込んでいた。


「住民にも何か?」


「そのようです……。シノブは無力化や解放も起動準備をするようにと……念のためにと言っていますが」


 表情を険しくしたシメオンに、同じくらい憂いを滲ませつつシャルロットが(いら)える。

 二人の会話に、エウレア地方の者達が動き出す。もし支配の魔道具が使われているなら、それはベーリンゲン帝国の再来だからである。


「我らも下に行くぞ」


「ええ。ここはお任せします」


「久々に槍を振るいたくなりました」


「父上と槍比べも良いですね」


 まずカンビーニ王国とガルゴン王国双方の国王と王太子、四人が動く。

 更にメリエンヌ王太子テオドール、ヴォーリ連合国の大族長エルッキ、デルフィナ共和国の大族長エイレーネ、アルマン共和国大統領ジェイラスも続く。するとマリエッタやエマが物言いたげにシャルロットを見つめた。


「まだ私達は待機ですよ」


「わ、分かったのじゃ!」


「今は我慢……」


 シャルロットが笑みを向けると、弟子の二人は少々残念そうに応じる。

 もっともマリエッタの声は上擦っていたし、エマの方は自身に言い聞かせているようだった。どちらも自身の技を振るいたくて(たま)らないのだろう。


 相手が式神なら命を奪う葛藤なしに戦える。式神は魂を元にしているものの、もはや輪廻の輪に戻れない無機物と化しているからだ。

 最近アマノ王国やメリエンヌ学園では、木人を相手にした模擬戦を取り入れている。しかし戦闘に使えるほど高性能の木人を造るのは一苦労だ。

 そのためシャルロットの側近といえど、そうそう木人や鋼人(こうじん)との全力戦闘をする機会はなかった。


「俺達も待つか」


「そうですね……シノブ様の(めい)があるまでは」


 エレビア王子リョマノフとヤマト王太子タケルも待機を選んだ。

 おそらく戦いは序盤でしかない。シノブが眷属級の相手がいると言い、そして実際にシェンジャオ大仙とホクカン皇帝シファンはアミィ達を超える力を示したのだから。

 シノブは地下での出来事を簡単にだがシャルロットに伝えており、彼女を通して魔法の家のリビングにいる者達にも知らされた。それ(ゆえ)タケル達は、まだ戦いが始まったばかりだと理解していたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ホクカン皇帝シファンは暴風のような剛剣を振るい続ける。それも(いかずち)を伴う、光と轟音の魔法剣だ。

 (まと)う稲妻は初代カン皇帝の聖剣が持つ力だろうが、巨体が放つ技も確かだった。シファンはアミィとホリィの二人を相手にしながら、一歩たりとも退()かない。


「貴方、本当に人間ですか!?」


「やはり多くの魂を!?」


 アミィは細剣(レイピア)からの炎撃、ホリィも小剣が発する衝撃波を駆使している。

 しかしシファンの雷撃は炎や風すら防いでいた。やはり聖剣の能力だけあり、単なる電気現象ではないようだ。


「うおおおっ! がああっ!」


 目も(くら)むばかりの放電を続ける聖剣は、槍となり壁となってシファンを支える。そして大剣が放つ魔力は、アミィやホリィが持つ神具にも負けていなかった。


 相変わらずシファンは言葉らしい言葉を発しないままだ。

 自意識を奪われているのか、あるいはシェンジャオ大仙に何か言い含められているのか。どちらにしても皇帝とは思えぬ有様である。

 アミィとホリィはシファンを殺さずに捕らえようとしているらしい。しかし仮に捕縛しても、彼に心が残っているか疑わしく感じる姿だ。


「貴方も随分と溜め込んでいますね!」


「嘆かわしいことです!」


「どうせ(ろく)でもない手段でしょ~!」


『本当にね~!』


 マリィとタミィが右、ミリィとシャンジーが左から攻め立てる。こちらは主に魔術での戦いだ。

 シャンジーが自身の技で切り裂こうと飛翔し、タミィが覇海(はかい)の杖で水の(やいば)や巨弾を放つ。マリィは魔封(まふう)の杖での防御、ミリィは治癒の杖を仲間の体力回復に当てていた。

 しかしシェンジャオ大仙は鉄壁の魔力障壁で防ぎ、放つ炎や雷撃は眷属や超越種の技にも負けていない。


「そう……私は何百年も魂を吸ったよ。お陰で眷属三人に超越種一頭とも互角に戦える……もはや充分に祖霊と呼べる域だろう? ……しかし長い時間をかけて作り溜めた式神が、こうも簡単に消されていくとはね」


 最初シェンジャオ大仙は自慢げに言葉を紡いだが、途中から不満を顕わにする。

 優れた術者は自分の作った式神の有無を判別できる。つまり大仙と呼ばれるほどの者なら、自身が仕込んだ式神が消えていくのを感じ取れて当然だ。


 既にシノブはローヤンに現れた式神の七割以上を異空間に放り込んでいる。このままだと幾らもしないうちにシェンジャオ大仙の作り出した式神はローヤンから消え去るだろう。

 多くの場合、符術士が死亡したら式神や符は暴走する。これは術士と符の繋がりが切れるからで異空間に連れ去った場合も同様だが、大仙が造った式神は自律性が強いのか異空間に移った後も秩序だった行動を保っている。

 しかし追加でアスレア地方の東西メーリャにスキュタールの軍も異空間に移したから、充分に対応できている。そこでシノブは現状のまま、つまり地下室でシェンジャオ大仙やホクカン皇帝シファンと戦うつもりだった。


「貴方のような者が祖霊などと!」


「ええ、認めるわけにはいきません!」


 アミィとホリィは目を貫くような金色の光に包まれた。そして二人の剣は、今までに数倍する速度でホクカン皇帝に襲い掛かる。

 アミィの炎の細剣(レイピア)は秒間千回を超える突きを放ち、ホリィの魔風(まふう)の小剣も同じ速さで斬撃を繰り出す。普段ならシノブしか実現できない領域だが、今の彼女達は本来の力を十全に発揮しているのだ。


「がああああっ! ぐおおおおっ!!」


 しかし皇帝シファンも剣速を上げていく。もはや聖剣は(かす)んで目に映らず、シファンは電光のみに包まれているようだ。

 紫電の突きには同じく不可視の刺突、空気すら絶つ剣にも互角の超速。二方向からの攻めでも、野獣のような雄叫(おたけ)びと共にシファンは抗し続ける。


「アミィお姉さま達が!?」


「やはり、あの剣には……」


「私達と同じ力が宿っています~!」


『ええっ、それって~!?』


 驚愕するタミィ、予想済みだったらしいマリィとミリィ。そして三人の言葉に何かを察したらしきシャンジー。三人と一頭の叫びが地下室の中に反響する。

 こちらも眷属三人は(まばゆ)い輝きに包まれ、シャンジーも光翔虎の名に相応しく白い聖光を放っていた。どちらも全力を出しているのだが、それでもシェンジャオ大仙の守りを崩せないままだ。


「よく分かったね! そして教えてあげよう、私とシファンは奥の手を残しているのさ!」


 シェンジャオ大仙は憎々しげな声を上げると、両手を大きく広げた。すると異様な気配が周囲から集まってくる。

 寄ってくるのは数多くの魂だ。それも極めて強い力を持つ命、おそらくは優れた術士のものだとシノブは感じ取った。

 そして集まった魂達は、一瞬にしてシェンジャオ大仙やシファンに吸い込まれていく。


「……まさか配下を殺したのか?」


「弟子など再び集めれば良いだけ……そもそも、お前達に勝てなければ全てが終わりだからね」


 シノブの問いに、大仙は表情も変えぬまま頷いた。

 命を落としたのは狂屍(きょうし)術士達、つまり何らかの罪を問われるべき者達だ。ヤンミンの父の魂を式神に変えようとした術士達と同じく多くの命を(もてあそ)んだ筈で、同情する必要もない。

 しかし祖師と崇めた相手に魂を吸われるなど、あまりに哀れではないか。仮に生き延びても極刑となる運命だろうが、常の死なら輪廻の輪に戻れはするのだ。


「シファンを聖剣の適格者にするときも多くの魂を使った。それに皇帝に据えるため兄達も始末した……今更だよ」


 大仙とシファンに吸収される魂は、怨嗟(えんさ)の声を上げていた。

 魂達は術士だったから、自分達が輪廻の輪に戻れず消滅すると察したようだ。それだけに彼らの叫びは切実極まりないもので、シノブの心に長く残った。

 しかし大仙は全く気にならないらしく、声も平静なままだ。


「これが……これが、お前の奥の手……」


「そうだよ。ここに集めた魂があれば、最後の手段を使わなくても良かったのだが……。いや、弟子達の魂を集めた方が上……結局は使ったかな?」


 眼光鋭く(にら)みつけたシノブにも、シェンジャオ大仙は余裕たっぷりな顔と声音(こわね)を保っていた。

 しかし大仙の自信も無理からぬことだ。彼と皇帝シファンの魔力は、魂を吸収する前の倍近くにも膨れ上がっている。

 おそらく大仙は、ローヤンにいる弟子の全てを自分達の糧にしたのだろう。


「……()()()()()ね。ならば、もう終わりにしよう」


 つい先ほど、シノブはローヤン内の式神を全て異空間に転送した。そしてシェンジャオ大仙は、これが最後の策だという。

 もちろん大仙が真実を言っているという保証はないが、再び誰かの魂を吸われる危険を考えたら勝負をかけるべきだろう。


 後はシャルロット達に任せよう。まだ磐船にはエウレア地方の戦士団がいるし、エレビア王国とキルーシ王国の連合軍も残っている。それにヤマト王国の者達も。

 魔法のカバンはシャルロットに預けているし、その中には巨大木人を含め各種の品を収めている。何よりシノブは、自身の妻を深く信頼していた。

 シャルロットなら自身の不在を安心して任せられる。それだけの力を彼女は備え、集めた力を有効に駆使できる。

 そこでシノブはシャルロットに思念を発すると、再びシェンジャオ大仙に向かって口を開く。


「シャオウーを返してもらう! その聖剣とやらに封じられた、神々の使徒の魂を!」


「気付いていたか……流石は神の血族だな」


 シノブの叫び、シェンジャオ大仙の(いら)え。二つの声は地下室に広がり、いつまでも陰々と反響した。

 何故(なぜ)なら対峙する二つの集団はシノブが作った異空間へと消え、秘密の地下室は人影一つない空間へと戻ったからだ。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年8月22日(水)17時の更新となります。


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