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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第26章 絆の盟友達
682/745

26.27 アマノ同盟軍、出撃せよ!

 創世暦1002年3月20日の朝、シノブは早々に政務を終えた。朝議も半分ほどに短縮して執務室に移ってからも多くは侍従長のジェルヴェに任せ、自身とシャルロットは各国との調整に(いそ)しむ。


 何しろアマノ同盟の殆どの国が、対ホクカン戦に加わると答えた。それにナンカンやヴェラム共和国のように、当事者や因縁のある国々も同様だ。

 実際に戦う機会はないかもと念を押したが、各国は考えを変えなかった。大半は国を代表する武人達のみだが、狂屍(きょうし)術士に苦しめられた国々は待機で良いからと精鋭軍の参加を望む。

 控えているだけなら磐船の中で我慢してもらえば良い。そこでシノブは数を限ったのみで彼らの要望を受け入れた。

 何しろヴェラム共和国のように二百年以上も禁術使いが支配した国もある。それだけ大きな苦難を味わったなら、相応の配慮をすべきだろう。


「東西メーリャやスキュタールとの調整も済んだか……パヴァーリのお陰で助かったよ」


 シノブは顔を綻ばせる。手に持つのは通信筒から取り出した手紙、アマノ王国メリャド自治領太守パヴァーリが記した(ふみ)だ。

 メリャド自治領があるのは東西メーリャ王国の間にある緩衝地帯、両国の繋ぎ手として今年に入ってから置かれた。そしてメリャド自治領からであれば、西メーリャ王国、東メーリャ王国、スキュタール王国と魔力無線で連絡できる。

 この三国はカン地方から流れてきた狂屍(きょうし)術士に荒らされた。特に東メーリャとスキュタールは双方とも国王を鋼人(こうじん)に変えられ、国自体を牛耳られたほどだ。

 そのため三国は、自国の軍から一部だけでもと願い出た。そして彼らとの対応をパヴァーリが受け持ってくれたのだ。


「しかし予想していたけど、パヴァーリも来るか。やっぱりイヴァールの弟だね」


「奥方が西メーリャ王女のマリーガ殿ですから。……もっとも一番は彼自身の受け継ぐ血でしょう」


 シノブの呟きに、シャルロットは柔らかな笑みで応じた。どうやら彼女も各地との連絡が一段落したらしく、先ほどまで足繁(あししげ)く行き来していた侍女や女騎士は自席に戻っている。


 シャルロットはエウレア地方との連絡を担当していた。

 エウレア地方の統治者には通信筒を渡しているが、最近は可能な限り魔力無線で済ませている。そこで今回も大半は人間の開発した装置を用いた。

 これは長距離用の魔力無線、特に超空間魔力無線が普及してきたからだ。空間を越えた通信は転移の魔道装置から得た技術を応用したもので、設定箇所が限定される代わりに1000km以上もの遠方と交信できるのだ。

 したがってシャルロットが自身の通信筒を使う(かたわ)らで、側付き達が魔力無線装置のある部屋に走っていた。


「何しろ周囲の三国は王自身が出るからね」


 シノブは各国の事情に思いを馳せる。

 スキュタール王カイヴァルと東メーリャ王イボルフ。二人は狂屍(きょうし)術士に父を殺されたから、この機会を逃す筈もなかった。

 これらの術士は既にシノブが倒したものの、ホクカンには彼らを仕込んだ神角(シェンジャオ)大仙がいる。そのため両国王のみならず家臣達も戦いへの参加を望んだし、未成年のイボルフは後方で観戦するしかないから自身が推す戦士達をと主張した。

 こうなると西メーリャ王ガシェクも東に劣らぬ陣容でと張り切ったし、スキュタール王国も同数を送り込むと申し出た。かくしてパヴァーリは三国の仲立ちをしつつ、割り当てを確定させることになったわけだ。


「そうですね……。シノブ、エウレア地方は代表者と側近を中心に(まと)めました。こちらも騎士の参戦を希望する国がありましたが、最小限に(とど)めています」


 シャルロットは自身の担当について語り始める。

 狂屍(きょうし)術士が到達したのはアスレア地方までだから、更に西のエウレア地方に害が及ぶ筈もない。そこで今回は被害のあった国を優先し、他は軍団を小規模にしてもらった。

 実際のところ武人達は念のためで、肉弾戦が行われず終わる可能性はある。それにアスレア地方の三国、更にナンカンとヴェラム共和国の合わせて五軍があれば数は足りた。

 そこでエウレア地方は合同軍を結成する。これにアスレア地方の南西からエレビア王国とキルーシ王国の合同軍が加わり、七つの戦士団が誕生した。


 他にアスレア地方からはエルフのアゼルフ共和国が参加するが、アルバン王国とタジース王国は六日後に迫るイーディア地方への探検船団出航があり遠慮した。それに昨秋の動乱後に誕生したズヴァーク王国も建国直後だから縁もない遠国への派遣を避けた。

 東からはヤマト王国、アコナ列島、ダイオ島も加わる。こちらは程度の差こそあれ全て狂屍(きょうし)術士への脅威に晒されており、是非にと返答したのだ。

 これだけ多くが参加するのだから、シノブ達の朝が大忙しだったのも無理からぬことである。


「シノブ様、ただいま戻りました。それと少しお話が……」


 国王の執務室に入ってきたのは、アミィと彼女の妹分のタミィだ。

 双方とも僅かだが顔が強張(こわば)っている。どうやら話とは、よほど重大なことらしい。

 シャルロット達も察したらしく、表情を改めた。これほどまでにアミィが衝撃を受けるなど、滅多にないことだからだ。


「一段落したところだよ。シャルロットも一緒が良いかな?」


「はい。応接室で構いませんので、お願いします」


 立ち上がったシノブに、アミィは隣の応接室に移動したいと言い出した。それも自分達とシノブにシャルロットの四人だけでと続ける。


「分かった。……ジェルヴェ、後を頼む」


「畏まりました」


 各国との連絡は終わったから、シノブは侍従長や側付き達に後を任せることにした。それにジェルヴェは通信筒を持っており、よほどのことがあれば(ふみ)を送って知らせるだろう。

 シノブはシャルロットを伴い、アミィとタミィに続いていく。そして四人は側付き達が注視する中、隣室へと消えていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 応接室に入ると、タミィは扉に鍵を掛けた。そしてソファーの片方にアミィとタミィ、向かいにシノブとシャルロットが腰掛ける。

 全員が着席すると、アミィは魔法のカバンから長さ20cmほどの筒を取り出してテーブルの上に置いた。もちろん筒は魂を収める魔道具、ホクカンの都ローヤンで狂屍(きょうし)術士達が使っているものだ。


「シノブ様。この魂を封じる魔道具ですが、一部に眷属の術式が使われていました。やはりシェンジャオ大仙は眷属……聖人小无(シャオウー)から秘術を学んでいます」


「そうか……」


 これ以上ないほど深刻な顔をしたアミィに、シノブも負けず劣らずの険しい表情で応じる。

 とはいえ、これは予想された事態でもあった。シェンジャオ大仙はカン帝国誕生を支援した聖人シャオウーの弟子だったから、ある程度の術を教わったと考えるべきだろう。

 そのためホリィは魂封印の魔道具をアミィに送って解析を頼んだし、アミィとタミィも全力を挙げて調べたのだ。


 しかし魂を封じる技まで教えたとは。眷属にも関わらず、輪廻の輪を断ち切る行為に手を貸したのか。もしくは別の用途がある魔法回路で、それをシェンジャオ大仙が魂の保管に転用したのか。

 シノブは様々に思いを巡らすが、魔道具製造に詳しくないから答えなど出る筈もない。そこで時間を無駄にせず、素直にアミィに訊くことにした。


「それは魂の封印だけにしか使えないの?」


「封印のみとは限りませんが、霊魂に限定された術です。……それと本当は、魂の保護に使います」


「上手く使えば木人や鋼人(こうじん)を行動不能に出来ます。ですが相手も魂を守る術で備えている筈ですし……かなり難しいとは思います」


 シノブの問いに、アミィとタミィは他に使える技だと答えた。しかし二人によると、問題の術は魂の保存が目的で他に転用した例はないらしい。


 本来は死者の魂を冥神ニュテスの腕へと(いざな)うための技。それもニュテス付きの眷属達が直接行使するのみで、魔道具にしない。

 つまり闇の神に届けるまでの保護と癒し、輪廻の輪を維持するための術である。


「そのような神聖な技を悪用するなど……」


 シャルロットは細く美しい眉を(ひそ)めていた。

 まさに神をも恐れぬ行為、命の尊厳を踏みにじる暴虐。敬虔で慈しみ深いシャルロットにとって、決して見逃せぬ大悪であろう。


「ああ、本当に酷いことだ。……アミィ、魔道具からシャオウー自身の作品か調べるのは難しいよね?」


「はい。私達はシャオウーさんと会ったことがありませんので」


 念のためシノブは訊ねてみるが、アミィの返答は予想通り不可能というものだった。

 シャオウーが姿を消したのはカン帝国成立の十年ほど前の創世暦440年ごろ、しかも神界に戻った様子もないという。そしてアミィ達が眷属に生まれ変わるのは更に後だから、直接シャオウーを知らないのだ。


「もしアミィお姉さまが会っていれば、そしてシャオウーさんの作った魔道具を見たことがあれば判別できたと思いますが……」


「どうでしょう? ですが一つだけ確かなことがあります。この魔道具を作った者は眷属並みの魔力制御を会得しています……それに魔力自体も近いか超えているでしょう」


 悔しげなタミィにアミィは優しい笑みを向けたが、真顔に戻ると衝撃的な言葉を発する。

 筒の製作者はシャオウー自身か、同じ域まで達したシェンジャオ大仙。アミィは、こう言っているのだ。もちろん第三者の可能性もあるが、その場合は眷属級の敵が増えるわけだから更に困ったことになる。


「やはりマリィやミリィも呼ぶべきですね。もしかするとシャオウー殿とシェンジャオ大仙の双方……それに、あくまで可能性ですが更にいるかもしれません」


 シャルロットが指摘したように、シェンジャオ大仙に続く実力者が控えているかもしれない。

 シャオウーが大仙を眷属級まで導いたのか、あるいは大仙が自力で辿(たど)りついたのか。どちらにしても、常識外の成長を成し遂げる方法があるのは確かだ。

 もちろん成功するのは、極めて稀な素質に恵まれた者のみだろう。しかし何百年もあれば、そういった人材を複数発見しても不思議ではない。


「遠方で待機しても意味がないからね。……ただ、眷属の域に達した者は多くない筈だ。あまり広めると大仙の優位性が薄れるし、反逆されるかもしれないから。とはいえ二人か三人くらいは……」


 元々シノブはマリィ達も呼ぶつもりだった。そこでシャルロットの提案に賛意を示すと、続いて大仙の思惑を量ろうとした。


 非常に信頼できる、片腕と呼べる弟子のみに秘技を伝える。そのくらいはあるかもしれないが、十人や二十人と教えていけば歯向かう者も現れる。

 それにイーディア地方に渡った大戮(ダールー)や、東メーリャとスキュタールの王を害した大角(ダージャオ)も相当な高弟の筈だ。彼らに明かさないままなら、伝えたとしても数名だろう。

 別の流派、操命そうめい術士の系統でも『(ダー)』の文字は高弟に与えられていた。こちらは自然との共存を目指した神操シェンツァオ大仙と慕う者達で狂屍(きょうし)術士とは全く異なるが、術士の階梯(かいてい)などはカン風だから参考にして良いだろう。


「シノブ様、やはり例の件を……」


「私からもお願いします!」


 アミィとタミィの声が、シノブの思考を破る。

 例の件とは、このような事態に備えてアミィが示した神界由来の秘奥義だ。かなり難易度の高い技だが、彼女は今のシノブなら使いこなせるという。

 ただし実践は初めて、しかもアミィ達に用いる技だから簡単には試せない。そのためシノブとしては使用せずに済ませたかった。


「……分かった。やれることは全てやろう……後悔しないために」


 シノブは秘奥義の行使を決断した。

 こうなっては躊躇(ためら)っていられない。出し惜しんだばかりにアマノ同盟軍やローヤンの人々に大きな被害が出たら、悔やんでも悔やみきれないからだ。

 アミィとタミィ、そしてシャルロットは静かに頷き返す。そしてシノブを含む四人は、更なる詰めをすべく密談を続けていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アマノ同盟軍はアマノシュタットの真昼ごろから現地への集結を開始した。行く先はローヤン北の森林、アルバーノ達が臨時の潜伏に選んだ場所だ。

 潜伏地点はローヤンから200km以上離れており、更に森の奥だから人目に付く恐れはない。そのため武人達は堂々と魔法の家や馬車から現れる。

 今回は各地からの集結ということもあり、アミィ達は大忙しだ。魔法の家には三百人ほども入れる石畳の広間があるから、そこに軍人達を詰めて呼び寄せている。更に魔法の馬車や魔法の幌馬車も全て使った。


「綺麗な湖だな」


「ああ……」


 これから戦いということもあり、武人達の言葉は少ない。

 集結場所に選ばれたのは、広大な湖の岸辺だった。そして彼らがいるのは東の湖岸で、夕焼けや赤みを帯びた水面(みなも)を思う存分に鑑賞できた。

 しかし集った者達の表情は硬かった。どうやら彼らは、この見事な朱の情景から戦いで流される血を連想したらしい。

 神々の定めた掟に背いたやから、禁術使いは倒されるべきだ。しかし巻き添えになるかもしれない街の人々、それに戦友達の運命を思えば見惚れてばかりもいられない。


「私達の国……ガルゴン王国の蒼穹(そうきゅう)(じょう)には、軍議の間に美しい空と海が描かれている。戦いに赴く前に、この美しい国土を血で染める必要があるか自答しろと……。だから、この光景は神々が我らの覚悟を問うていらっしゃるのだと思う」


「そうか……」


「禁術は許せないが、怒りに任せた暴虐も同じだからな」


 ガルゴン王国の軍人の呟きに、近くにいた者達は耳を傾けた。そして各国の武人達は暫しの間、残照の映える空と湖面を見つめ続ける。


 そうしているうちに、竜や朱潜鳳が到着し始めた。彼らが磐船を運び、空からローヤンへと赴くのだ。

 岩竜や炎竜が棲むのは遥か西のエウレア地方、ここから6000km以上も離れている。そのため彼らは軍人達と同じく神具での移動だ。

 朱潜鳳は意外な経路を使ってやってきた。フォルスは自身の棲家(すみか)の至近にある転移の神像からイーディア地方の北部に置かれたものに移動し、そこからカンの西にある砂漠に住む仲間を誘ってやってきたのだ。


『長丁場になると困りますから、ラコスに留守を頼みました。こちらはラコスの兄のガストルです』


──お初にお目にかかります。そして声を掛けていただいたこと、(まこと)に感謝しております──


 真紅の巨鳥の片方フォルスが紹介すると、もう一羽が深々と頭を下げる。彼らの向かい側にはミリィがいるのだ。


 朱潜鳳の成体は、それぞれ砂漠の維持をしている。これは神々から授かった使命で、各地方の境界に踏破不能な場を形成するのが目的である。

 フォルスとラコスの(つがい)はアスレア地方の西部、オスター大山脈の東側。同じくガストルもルニスという雌の朱潜鳳とカン地方西部の砂漠に棲家(すみか)を構えている。

 しかしフォルスが触れたように、長期間の不在は砂漠の環境維持に差し支える。そこで双方とも雄のみが現れたわけだ。


「よろしくお願いします~。今、ホリィがアマノ号を出しますから~」


 ミリィは会釈を返すと、湖面に顔を向けた。そこにはホリィを背に乗せて湖の上を飛び回るシャンジーの姿があった。

 この湖は広く、磐船や飛行船の待機場として最適である。磐船は名前に相応しく水上に浮かべられるし、飛行船は水面(みなも)すれすれに降ろして係留するのだ。


 魔法のカバンに生き物は入らないから、出現した乗り物は無人である。

 そこで湖の上空には竜達が待ち構えており、自身が担当する磐船が現れると保持していく。続いて軍人達が乗り込み、碇で(とど)めるのだ。

 飛行船は光翔虎達が魔力で固定している間に乗船だ。その後は同じで、こちらも碇を降ろして風に流されるのを防ぐ。


『それではアマノ号に向かいます。ガストル義兄上に説明したいですから』


──頼みましたよ──


 発声の術の習得には時間が掛かるから、フォルスと違ってガストルは思念と『アマノ式伝達法』の併用である。とはいえ移動の間に学んでしまうのだから、彼ら超越種が如何(いか)に優れているか分かろうというものだ。


「また後で~」


 ミリィは小さな手を掲げ、大きく振って見送った。

 外見は十歳程度としか思えない虎の獣人の少女だが、周囲の武人達は顔に畏れすら浮かべていた。何しろ鳥に変じたり一瞬で転移する魔道具を使ったりする相手だから、初めて会う者ですら常人とは全く異なる存在と理解せざるを得ないだろう。


「ナンカン皇帝(スン)文大(ウェンダー)陛下、到着なさいました!」


「カンビーニ国王レオン二十一世陛下、ならびに王太子シルヴェリオ殿下のご到着です!」


「ヴェラム共和国大統領コンバオ閣下、ご到着!」


 アマノ王国の騎士達は大忙しだ。シノブの親衛隊長エンリオが彼らを指揮し、各国の統治者や重鎮達を出迎えていく。


「初めまして。アマノ王国軍務卿マティアス・ド・フォルジェと申します」


「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。私はトゥーレイ・コンバオ、以後よろしくお願いします」


 マティアスは初顔合わせのコンバオと固い握手を交わす。

 多くはアマノ同盟の加盟国、それにナンカン皇帝ウェンダーとはウーロウ攻防戦で見知った。しかしヴェラム共和国はアルバーノを含む一部のみ、アコナ列島やダイオ島も同様だ。

 今は先ほど到着したアコナ列島の女王有喜耶子(うきやこ)がベランジェと、ダイオ島の王パジャウがシメオンと語らっている。

 ちなみにシノブは、とある人物を迎えに行った。そのためアルバーノやアルノー、更にイヴァールまでも応対に回っている。


「これだけの戦力なら楽勝だろう」


「いや、これだけの戦力が必要とも言えるぞ」


 集った者達の顔には、安心と不安の双方が浮かんでいた。

 東端はヤマト王国、西端はアルマン共和国。双方の時差は九時間ほどもある。種族も人族、獣人族、エルフ、ドワーフと全てが揃い、更に超越種までいる。

 そして磐船と飛行船なら安全にローヤンまで到達できるし、まだカンに空を飛べる装置は存在しない。降下時はともかく、上空に陣取るだけなら危険など存在しない筈だ。

 それでも武人達の顔に不安が滲むのは、相手が怪しげな禁術の使い手だからである。しかもホクカンの都ローヤンを人質に取られたようなものだから、不用意な攻撃は禁物だ。

 流石に要人達は平静なままだが、どこか張り詰めた空気が湖畔の仮設陣地に漂っている。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブがローヤン北の森に着いたのは、現地時間の二十時ごろだった。そのため空に日輪はなく、代わりに星々が(またた)いている。


 湖上には飛行船や磐船が十隻ずつ並んでいる。そして僅かな者を除き、集まった者達は空飛ぶ船に搭乗していた。

 シャルロット、ミュリエル、セレスティーヌはアマノ号。ヤマト王国の健琉(たける)やエレビア王国のリョマノフなども、この双胴船型の旗艦に乗っている。

 湖畔に残っている人々はアミィを始めとする眷属達、それにナンカン皇帝ウェンダーと僅かな側近のみである。


「遅くなったね」


 シノブは魔法の家の前に並んだアミィ達に笑いかける。そして彼に続き、カン風の鎧を着けた数名の男とナンカンの大神官願仁(ユンレン)が現れた。


『シノブさん、待っていました!』


 真っ先に寄ったのは岩竜の子オルムルだ。

 オルムルを含め子供達の全員が同行を希望し、シノブは一歳未満の子をアマノ号に(とど)めるという条件で許可を出した。そのため湖畔には合わせて二十四の(つぶ)らな瞳が(きら)めいている。


「ああ、お待たせ。……ウェンダー殿、こちらがセイカン皇帝の(リュウ)月喬(ユエチァオ)殿です。ユエチァオ殿、さあどうぞ」


 魔法の家をカードに変えてから、シノブは隣の男にナンカン皇帝ウェンダーを示す。

 シノブが迎えにいったのは、セイカン皇帝ユエチァオだった。カンの大事件なのに仲間外れにしたら後々の禍根になりかねないから、セイカンにも代表者を出してもらおうと考えたわけだ。


 まず使者を務めていた大神官ユンレンと合流し、そのままセイカンの都チェンへと飛んだ。シノブには短距離転移の連続使用による超高速移動があるから、これらは大して時間もかからない。

 そこからは少々荒っぽい。シノブはユンレンを連れてチェンの宮城内に転移し、ユエチァオと直談判したのだ。

 これはウェンダーとも相談済みで、彼は楽しげな笑みを浮かべて隣国の主に歩み寄っていく。


「お初にお目にかかります。私がセイカンのユエチァオです」


「これはご丁寧に。私がナンカンのウェンダー……過去は水に流し、これからは手を取り合って進もう」


 セイカン皇帝ユエチァオは、勧められるままにナンカン皇帝ウェンダーと握手を交わす。

 ユエチァオは人族で三十代半ば、ウェンダーは虎の獣人で四十歳近い。後者の方が年長で種族通りに大柄だから、威厳はウェンダーの方が上だ。

 しかし感知能力に優れた者なら、ユエチァオの魔力波動が遥かに強いと察するに違いない。そう、代々のセイカン皇帝は優秀な魔術師だったのだ。

 セイカン皇帝家はカン皇帝直系だから、おそらくはカン皇帝家の特徴なのだろう。


「嘘だろ……ナンカンとセイカンの皇帝が笑顔で話しているぞ」


「俺は驚かん……何しろ新世紀救世主様のなさることだからな。しかし、これでカンの平和が大きく近づくんじゃないか?」


 磐船の上で顔を見合わせたのはナンカンの武人達だ。彼らは二百年も続いた三国の争いを嫌というほど知っているから、これが歴史的な大事件だと受け取っていた。

 対照的にカン地方以外から来た者の多くは、どういうことだと周囲に問うなど怪訝そうだ。しかし国の統治者同士の挨拶だから、彼らも声を抑えてはいる。


「救世主殿……シノブ殿が貴国で何をなさったか、船上で聞かせてもらいますぞ。二時間ほどかかるそうですから」


「分かりました。あれが空飛ぶ船ですね……それに超越種の皆様方も」


『さあ、乗って~』


 ウェンダーとユエチァオの会話が一区切りすると、シャンジーが自身に乗るように促す。そして皇帝二人は供達と一緒にアマノ号へと向かっていく。


「いよいよ出発……禁術使いとの対決か」


「大丈夫さ、救世主様がいらっしゃるんだ」


 船上の多くはシノブを見つめていた。親しい者達は信頼の眼差し、初めて会った者は僅かに興味混じりでと異なるが、共通している感情もあった。

 それは微かな緊張、不安と称しても良い感情だ。どうやら正体不明の術士集団との戦いは、大きな負担になっているらしい。

 特に武人達は、自身の技が通用するのかと(ささや)き合っている。


──シノブ様、例の件を済ませましょう──


──そうですね。良い景気付けになると思います──


──ここは皆さんを励ますべきですわ──


──神界にいます母なる大神の御子、一子相伝のアマノ神拳です~!──


──ミリィさんったら……でも必要だと思います!──


 アミィは思念で秘奥義の行使を促す。するとホリィ、マリィ、ミリィの金鵄(きんし)族の三人、更にタミィまで後押しする。

 そこでシノブは大きく頷き返し、眷属達に向き直る。


「母なる女神、大神アムテリア様に願い奉る! 我が導き手達に大いなる力を授け給え!」


 シノブは湖全体に響き渡るような大声で祝詞(のりと)めいた言葉を唱えた。すると彼の全身は太陽のように力強くも優しい光を放つ。

 そしてシノブを包んだ光輝はアミィ達へと伸び、更に彼女達を包み込む。


 これが秘奥義、シノブの力を譲渡して眷属本来の域に届かせる技である。

 祝詞(のりと)自体は一種の偽装と、母なる女神に決意を示すため。つまり実質的な効力はなく、あくまでシノブ自身がアミィ達の力を向上させている。

 もちろん制約はあり、アミィによれば約一日で効果が失われるという。それにアミィ達の負担も激しく、何度も連続して使うのは無理だった。

 しかし今回は短期決戦を想定しており、問題ない筈だ。


「おおっ、アミィ様達が!」


「魔力が桁違いに上がっていくぞ!」


 光の奔流の中、魔術師達は何が起きているか察していた。それに武人達も感知能力が高い者は、同じように真実の一端を(つか)む。


──そうだ……皆にも──


 シノブは自身の力を更に広げていく。

 磐船や飛行船に乗る者達、集った超越種達、そして周囲の生き物全て。アミィ達と違って随分と量を抑えたが、生きとし生ける者を魔力で照らしていく。


 すると呼応するように、天地の魔力が高まっていく。

 天空の星々が、吹き渡る風が、星の奥深くに宿る熱が、全てを支える大地が、美しい湖面が、豊かで深い森が。六つの存在、シノブの兄姉(けいし)たる神々が祝福したのだ。

 更に夜半にも関わらず、頭上を春の陽光が飾る。そして神界からの波動は、シノブと共に愛し子達を励ましていく。


「おお……」


「力が湧いてくる……」


 光が包む中、喜びの声が広がっていった。人のみならず、超越種も嬉しげな咆哮(ほうこう)を響かせている。


 神秘の光は暫し一帯を包むが、唐突に消え失せる。秘奥義の発動が終わったのだ。


「上手くいったようだね」


「はい、シノブ様」


 金色の淡い光に包まれたまま、シノブとアミィは短い言葉と共に微笑み合う。それにホリィ達の体も同じように輝いている。

 アミィ達は一時的だが、眷属本来の力を取り戻したのだ。


──では皆さん、アマノ号に行きましょう!──


──乗ってください!──


 岩竜の二頭オルムルとファーヴがシノブ達に寄る。

 シノブは重力魔術で飛べるが、人前では使わないようにしている。それに天狐族のアミィやタミィは飛翔できないからだ。


「いえ、今の私達は飛べます。さあ、行きましょう!」


「ああ。……オルムル、一緒に飛ぼう」


 アミィの(いざな)いにシノブは頷き返し、揃って宙に浮かび上がる。

 シノブと五人の眷属は金の光を発しながら、オルムル達は神々から授かった力で輝きながら。彼らは流星のように(まばゆ)い尾を引きつつ、アマノ号を目指していく。


「なんと美しい……」


「救世主様……」


 聖なる光輝に包まれた青年が、同じ力を宿した五人の少女を引き連れて湖の上空を渡っていく。その周囲にも祝福の波動、それぞれ縁のある神の加護を得た神獣達だ。

 まさに人々が思い描く神と眷属の姿。船上の人々には、シノブ達に祈りを捧げる者すらいる。


「勝てる……勝てるぞ!」


「ああ! 俺達を率いるのは『光の盟主』、神々に愛されし御方だ!」


 喜びも顕わな人々は、甲板に舞い降りたシノブ達を地鳴りのような大歓呼で迎えた。一方手を上げて応えたシノブは、皆が待ち望む言葉を発すべく口を開く。


「アマノ同盟軍、出撃せよ!」


 シノブの命令が響き渡ると、先ほどに勝るとも劣らない音の怒涛が押し寄せた。そして空飛ぶ軍船の群れは、鏡のように美しい湖面から舞い上がる。

 輪廻の輪を乱す禁術使いに鉄槌を降し、ホクカンに真の平和を(もたら)すため。合わせて二十隻の船は、ローヤンへの進軍を開始した。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年8月15日(水)17時の更新となります。


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