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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第5章 領都の魔術指南役
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05.16 亡霊商会 前編

「えっ、先代様がお帰りになったの?」


 伯爵家の家令ジェルヴェの言葉を聞いたシノブは、思わず彼の顔に見入っていた。

 早朝訓練の後、シノブ達が朝食を終え寛いでいると、ジェルヴェが魔法の家へと訪れ先代伯爵アンリ・ド・セリュジエの帰還を告げたのだ。

 先代伯爵は、8月に起きたシャルロット暗殺未遂事件の真相を調査するため、王都メリエに赴いていた。シノブは、何らかの手がかりが(つか)めたのだろうかと考えた。


「はい。昨晩遅く、お戻りになられまして」


 急いで知らせに来たらしいジェルヴェは、緊張した面持ちでシノブに頷く。

 一緒にソファーに座っていたアミィやイヴァール、側に控えている侍女のアンナも、真剣な表情で彼の言葉に聞き入っている。

 彼らも、先代伯爵が何のために王都に行っているか承知している。先代伯爵の帰還が、新たな事件の到来を告げているように思ったのだろう。


「それじゃご挨拶に行かないと」


 調査のことはともかく、先代伯爵が帰還したのであれば、まずは挨拶に行くべきだとシノブは思った。なにしろシノブは、彼の孫娘と内々とはいえ婚約しているのだ。

 先代伯爵が王都に旅立ったのは8月末である。まだシャルロットと決闘をする前だ。

 その頃、彼女と婚約するとはシノブは考えてもいなかった。それゆえ、彼は先代伯爵もさぞ驚いたのではないかと想像した。


「それが例の事件のこともありますので、これからお館様の執務室にお集まりいただけないかと……」


 ジェルヴェは、ベルレアン伯爵コルネーユ・ド・セリュジエや先代伯爵が既に執務室にいるとシノブに伝えた。


「早速行くよ。アミィはミュリエルやミシェルちゃんの魔術訓練があるけど、どうすれば?」


 シノブは、アミィも同席すべきかジェルヴェに尋ねた。

 アミィは、普段朝食後にミュリエル達に魔力操作を教えているのだ。


「お館様は、アミィ様やイヴァール殿にもお越しいただけないかと仰っておりました」


 ジェルヴェはアミィやイヴァールにも同席してほしいと言った。

 シノブは、伯爵達も説明を一度にすませたいのかと考えた。もし黒幕の捜索をシノブが手伝うのなら、従者の彼らもいずれは知ることになるだろう。それであれば一度に説明したほうが効率は良い。


「俺も行ってよいのか?」


 事件の解決に関わったアミィはともかく、イヴァールは自分も参加して良いと聞き、思わずジェルヴェに問い返した。


「はい。イヴァール殿はシノブ様の従者です。つまり御一族の腹心ですから」


 既にジェルヴェの中では、シノブは伯爵家の一員となっているらしい。シノブは面映ゆさを感じつつ、ジェルヴェの言葉を聞いていた。


「アンナ、ミュリエルお嬢様には今日の魔術訓練を午後にしていただくようお伝えしなさい」


「はい、わかりました」


 ジェルヴェの指示にアンナは頷き、早速ミュリエルの元へと伝えに行く。


「ではシノブ様、申し訳ありませんが早速ご足労お願いします」


 アンナに続き、シノブ達もジェルヴェと共に魔法の家を後にした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ヒポの『戦場伝令馬術』対決から既に二日過ぎた。

 11月に入った領都セリュジエールは、朝方の気温は10℃を切るようで、早朝は吐く息も白い。そして、昼頃でも15℃には届かないようだ。そのため、ミュリエル達の魔力操作訓練も外で行うことはなくなっていた。


「薔薇の花も、もうそろそろ終わりですか?」


 アミィは先導するジェルヴェを見上げ、問いかける。


「ええ。あと一週間もすれば、だいぶ散ってしまうでしょう。来年の春までお休みですね」


 薔薇庭園が好きなジェルヴェは、アミィに微笑みかける。


「先代様も薔薇が散る前に戻られ、ようございました。実は、この庭園は亡き大奥様がお造りになったのですよ。先代様も、この庭園をそれは大事(だいじ)にされておりまして」


 先代伯爵アンリの妻マリーズは、三年前に逝去している。そして彼は、マリーズしか妻を持たなかった。シノブは、そんな愛妻の思い出が残る場所だったと、このとき初めて知った。


「そんなところに、魔法の家を設置してよかったのかな?」


 シノブは、彼のいない間に勝手に設置してよかったのだろうか、と今更ながら思った。


「先代様も、ご承知ですよ。お館様が王都へお知らせしましたが、快くお許しいただけたそうです。

それに、ミュリエルお嬢様や奥様方があれだけ気に入っていらっしゃるのです。先代様も調査や傭兵の件がなければすぐにでも戻って見たいのだが、とお返事されたそうで」


 ジェルヴェはシノブの心配を笑って否定する。


「……そういえば、募集していた傭兵は?」


 先代伯爵は、来るべき戦いに備えた傭兵募集を、王都訪問の表向きの理由にしていた。

 シノブは、傭兵は結局どのくらい集まったのだろう、と思いジェルヴェに聞いてみる。


「昨夜、100名ほど到着したようです。今頃、領軍本部が配属先を決めているのではないかと」


「当面は、魔獣退治や砦の修築などに回すのだったね」


 ジェルヴェの返答に、シノブは彼が以前言っていたことを思い出した。

 ベーリンゲン帝国との戦いに備えて集めた傭兵だが、戦争が起こらない間は、訓練がてら領内で有効に使うようだ。


「ええ。まだ帝国との戦いは本格化していないようです。どうも、このまま冬を越すようですね……」


「シャルロット達や、参謀のミュレさんもそう言っていたなぁ」


 シノブは、確か昨日そんなことを聞いたな、と領軍本部での会話を思い出した。


「はい。帝国の動きは、夏頃に一旦活発化したようなのですが、このところ落ち着いてきたようです。

帝国との国境は、ヴォーリ連合国との峠ほどの高地ではありません。ですが、ヴァルゲン砦よりは標高が高いので」


 ジェルヴェの言うとおり、ベーリンゲン帝国との国境は高地であるため冬場は積雪量が多く、軍の展開は困難になる。


「ああ、そうだった。そうなると冬場の戦いは大変なのかな……」


「はい、厳冬期は雪もそれなりに積もります」


 ジェルヴェはシノブに国境の様子について説明する。

 国境のあたりがヴァルゲン砦より標高が高いのであれば、そろそろ雪が降り始めてもおかしくない。

 ヴァルゲン砦近辺も峠に近いあたりは、既に雪が降っているだろう。シノブは旅してきた道のりを思い出した。


「寒さ次第だが、俺達なら戦えるかもしれんな」


 ジェルヴェとシノブの会話に、黙って歩いていたイヴァールが低い声で呟いた。


「う~ん。確かにイヴァール達なら戦えるだろうけど、相手は人族以外を奴隷にするっていうからなぁ」


 シノブは、ジェルヴェから教わった帝国の制度を思い出した。

 帝国には高度な魔道具技術による『隷属の首輪』が存在する。首輪を付けられ奴隷となった獣人達は逆らうこともできないという。

 『隷属の首輪』がドワーフの彼にどう作用するか、シノブにはわからない。彼は、不要な危険を冒すつもりはなかった。


「俺は、帝国なんかに捕まらんぞ!」


「でも『隷属の首輪』があります。万が一、捕まったら帰って来れませんよ」


 イヴァールが憤然と叫ぶが、アミィも反対する。

 シノブと同じく彼女も『隷属の首輪』について警戒しているようだ。


「イヴァール殿。20年前の戦いでは、我らの同胞からも多くの未帰還兵が出ました。帝国を侮ってはなりません」


 自身の意見をシノブとアミィに否定され不機嫌そうなイヴァールに、ジェルヴェが忠告する。


「その首輪とやらは何とかならんものか?」


 さすがに、三人の反対を受けたイヴァールは、少し思い直したようだ。シノブに『隷属の首輪』に対抗できないか問いかける。


「どんなものか見たこともないから、わからないな。……ともかく今は先代様の話を聞こう。帝国との戦いはまだ当分無いそうだし」


 シノブも知らないものについては答えようがない。期待した様子で自分を見上げるイヴァールに、シノブは柔らかな言葉で率直な言葉を返す。


「それはそうだ。まずは目の前のことを片付けてからだな」


 イヴァールも、自分が先走っていることに気がついたようだ。彼はシノブに笑い返すと、再び前を向いて大股に歩みだした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ殿、久しぶりだな!」


 シノブが伯爵の執務室に入ると、先代伯爵アンリ・ド・セリュジエが声をかけてきた。そして顔中を笑みで一杯にしたアンリは、上機嫌さが窺える歩みで足早に寄ってくる。

 その様子は、まるで可愛い孫と再会した老人のようだ。


「はい、お久しぶりです。お変わりありませんでしたか?」


 シノブも、どこか自身の祖父に似た先代伯爵に好感を(いだ)いていた。そのためシノブも同じく笑みを浮かべ、明るく返事する。


「見ての通りだ。儂の体は頑丈だからな。それにやっとシャルロットの婿が見つかったのだ。お陰で儂も一安心、心身共に快調そのものよ。……孫を頼むぞ」


 アンリの言うとおり、軍人らしくがっしりした体躯は覇気に満ち溢れ、老いて益々盛んという言葉の見本のようだ。そして彼は、いつもどおり力強い声でシノブに孫娘を託すと告げた。


「はい、命の限りシャルロットと共に歩みます」


 シノブも表情を改め、自身の決意を誓った。すると先代伯爵は、更に顔を綻ばせ嬉しげに頷く。


「うむ。ところで、そちらがイヴァール殿だな。シノブ殿の従者になったとか」


 先代伯爵は、シノブの背後に控えているイヴァールを見て、声をかける。


「アンリ・ド・セリュジエ殿。アハマス族エルッキの息子、イヴァールだ。

大族長エルッキの命を受けて『竜の友』シノブの従者となった」


 イヴァールは、ヴォーリ連合国で村長(むらおさ)達との挨拶で見せたような厳粛な態度で、先代伯爵に答えた。


「『竜の友』か! コルネーユから聞いてはいたがな……本当に竜と友誼を交わしたのか」


 先代伯爵は、思わず唸り声を上げ、シノブの顔をまじまじと見た。既に伯爵から岩竜の一件を聞いているようで、その顔は驚きに溢れていた。


「そうだ。シノブは称号どおり竜の信頼を勝ち得た。我らセランネ村をはじめドワーフ一同、『竜の友』シノブに対して畏敬の念を(いだ)いている」


 唖然(あぜん)とした様子の先代伯爵に、イヴァールは淡々と説明する。


「そうか……イヴァール殿。シノブ殿をよろしく頼む」


 イヴァールの声に、先代伯爵は我に返ったようだ。彼に相対するよう向きなおると、居住まいを改め軽く頭を下げた。


「言われるまでもない。シノブは俺の友だからな。この命はシノブのものだ」


 イヴァールは、己の髭に手をやりながら、シノブのために命を捧げると答えた。ドワーフにとって髭は神聖なものだ。その様子に、先代伯爵も一層表情を引き締め、深く頷いた。


「まあ、堅苦しい話はそこまでにしよう。朝からすまないね」


 ベルレアン伯爵コルネーユ・ド・セリュジエは、微笑みながらシノブ達に歩み寄ってきた。


「いえ、王都で何かあったのですか?」


 シノブは、先代伯爵が新たな情報を持ち帰ったのかと思い、伯爵に問うた。


「ああ、父上の調査で新たなことがわかってね」


 伯爵は、真顔になってシノブに頷いた。


「大きな手がかりが一つ増えた、という程度だ。まだ黒幕がどこにいるのかすら見当がついておらん」


 先代伯爵アンリの表情は冴えない。シノブは、どうやら事件解決にはまだ遠そうだと考えた。


「ともかく座ってくれ。シャルロットやシメオン達も呼んでいる。もう少し待ってほしい」


 伯爵がそう言ったとき、侍従がシャルロット達の到着を告げた。

 シャルロットにアリエル、ミレーユの女騎士三人に続き、シメオンが入室してくる。


「これで揃ったか。それでは、本題に入るとしよう」


 彼らの入室を見て、伯爵は改めてシノブ達をソファーへと(いざな)った。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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