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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第26章 絆の盟友達
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26.21 獅子王の血 中編

 カンビーニ王太子シルヴェリオとエレビア王女オツヴァの結婚式は、海の上で行われた。シルヴェリオは海洋国家の跡取りらしく、船上結婚式を望んだのだ。

 船上結婚式は船乗りだと一般的で、シュドメル海を挟んで西隣のガルゴン王国でも広く行われている。それに昨年九月、アマノ王国でメグレンブルク伯爵アルバーノがモカリーナを娶ったときも船上だった。

 そのため招かれた人々も航海好きなシルヴェリオなら当然と受け取り、蒼き空と海から盛大に祝福した。


 シノブ達は朱潜鳳フォルスとラコスが運ぶアマノ号、メリエンヌ王国の王太子テオドールは南方海軍旗艦メレーヌ号、ガルゴン王国の王太子カルロスも同じく同国の旗艦から。空には磐船、海には各国の誇る艦船が並び、めでたき場に華を添える。

 もちろんシルヴェリオ達は、カンビーニ王国海軍の旗艦マティルデ号の上である。マティルデ号にはカンビーニ王家が勢揃い、エレビア王家も第二王子リョマノフと彼の婚約者であるキルーシ王女ヴァサーナが乗り込んだ。

 両国は2000km以上も離れており、しかも王都同士だと3000km近い。この結婚式の直前シルヴェリオはエレビア王国の王都エレビスまで挨拶しに行ったが、そのときの航海は往復で四十日を超える。そのためエレビア王家はリョマノフを名代とする一団を送り込んだのだ。


 暖かな三月、しかも晴天で風も程よく船は軽やかに海原を駆け巡る。そして蒼い(きら)めきが満ちる中、シルヴェリオとオツヴァは結ばれた。

 続くパレードも大盛況だ。王都カンビーノの人々は港から『獅子王城』までの道を埋め尽くし、自国の王太子と彼の第二妃となった女性を祝福した。

 エレビア王国はアスレア地方の玄関となる地で、既に多くの船が行き来している。そのため両国の友好を象徴する婚儀は、交易商や船乗りを中心に大歓迎されたのだ。


「これで肩の荷が降りました」


「少し正直すぎるんじゃない?」


 冗談らしき言葉と共に現れたリョマノフに、シノブは微笑みで応じる。

 既に披露宴も終わり、舞踏会へと移っていた。シノブもシャルロット、ミュリエル、セレスティーヌと踊って自席に戻ってきたところだ。

 そしてリョマノフはシノブ達が一休みするのを待っていたらしく、婚約者のヴァサーナと共に足早に寄ってきた。何しろリョマノフ達はエレビア王国の代表だから、今までは新郎新婦に続く忙しさだったのだ。


「いや、本当ですよ。姉上に先んじての結婚は嫌ですし」


「リョマノフ様……」


 肩を(すく)める婚約者に、ヴァサーナは頬を染めつつ顔を向ける。

 ヴァサーナは七月で成人年齢の十五歳となり、間を置かずにリョマノフに嫁ぐ。王族や貴族だと成人直後の結婚も珍しくないが、この二人はエレビア王国とキルーシ王国の融和の象徴でもあるから特に急いでいた。


 既にキルーシ王国は、リョマノフが婿入りしたら東部大太守という特別な地位を与えると宣言している。

 この東部大太守領は昨年反逆したガザール家と同調者の領地で、現在は臨時の代官が治めている中途半端な状況だ。そのためキルーシ王国は二人を早く結婚させ、リョマノフを東部大太守にしたい。

 エレビア王国も待ち望んでいた。東部大太守領はキルーシ全土の四分の一ほどもあり、リョマノフが隣国で大きな地位を占めるのは確実だからである。

 しかしオツヴァはリョマノフより二つ上の十九歳、彼が気にするのも当然だろう。エレビア王国を含むアスレア地方でも、王族や太守の娘くらいだと二十歳(はたち)前の結婚が普通だからである。


「ともかく座ってよ。色々聞きたいこともあるし」


「ええ。私達もアスレア地方を巡りますから」


 シノブが返答に困る話題を避けると、シャルロットも夫への支援らしき言葉を発する。

 一週間もしないうちに、シノブ達はアスレア地方に旅立つ。未訪問や非公式訪問のみの三国を巡るのだ。

 既に各国にはアマノ同盟の領事館が置かれ、シノブ達にも各国の情報が随時入ってくる。とはいえ向こうで生まれ育った者達、しかも王子と王女からの忠告は更に貴重だろう。


「そのことです! 実は私達も同行したいのですが……」


 リョマノフはシノブのアスレア地方訪問に便乗して戻りたいと言い出した。

 既にヴァサーナとも相談済みらしく、こちらも驚く様子はない。ただし唐突な頼みとは思っているらしく、豹の獣人の王女は苦笑いというべき表情だった。


「まさかタジース王国まで?」


 シノブは思い当たることがあった。シノブ達の訪問先にはタジース王国も含まれており、そこでの予定には東域探検船団のイーディア地方出港式もあったのだ。


 タジース王国とはアスレア地方で最も南東の国だ。そして同国は魔獣の海域を挟んでだが、イーディア地方と隣接している。

 この魔獣の海域だが、実は数日前に海竜達が航路を完成させて航行可能となっていた。今月アスレア地方の全ての国がアマノ同盟に加入し、そのとき彼らも更に東との交流を望んだからだ。


「はい。ナタリオ殿から乗船許可もいただきました」


 最初リョマノフは、飛行船を使ってタジース王国に渡るつもりだったという。既に飛行船の航路はアスレア地方の各地に伸びており、ここカンビーノからでも急行便なら一週間もあればタジース王国に着けるのだ。

 しかしシノブが出港式典に行くなら共に旅したい。リョマノフは、そう考えたわけだ。


「ああ、それは聞いているよ。……なら一緒に行こうか。人数は?」


 乗船許可を出したのはシノブ自身だ。

 ナタリオは船団の総司令だが、王族の乗船ともなれば独断で済ますわけにはいかない。そこで彼は早々にシノブに判断を求めたのだ。


「ありがとうございます! 供は探検船団に加わる者のみです。ただ、ヴァサーナの侍女を合わせると十名ですが……」


「まあ、ヴァサーナ様も?」


「お恥ずかしゅうございます。七月になれば東部大太守ですから、それまでに見聞を深めようと……」


 喜色満面となったリョマノフは、婚約者の同行にも触れた。するとセレスティーヌが驚きの声を上げ、ヴァサーナが恥じらいつつも嬉しげに応じる。


「イーディア地方は暖かくて良いところですよ。歌や踊りも素敵ですし、食べ物も美味(おい)しいです。でも、カレーは凄く(から)いので気を付けてください」


 ミュリエルは一月の訪問、密かにイーディア地方北西部を巡ったときのことを語り出した。大半は空から眺めただけだが、アーディヴァ王国のサシャマ村では舞踏や食事で交流している。

 そのためミュリエルの話は具体的で、リョマノフやヴァサーナも一心に聞き入っている。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アマノ王家とリョマノフ達の交流を、少し離れた場所から見守る者達がいた。それはカンビーニ王家の面々である。

 特に国王レオン二十一世は、ひっきりなしにシノブ達に視線を向けていた。流石に祝いに来た者達の相手をするときは別だが、他は気もそぞろという様子で密かな観察を続けている。


「大丈夫では?」


 見かねたらしきティアーノ、アルストーネ準公爵が義父へと(ささや)く。

 カンビーニ王家は結婚式の主催側、しかもレオン二十一世は新郎の実父である。その彼が浮ついた様子では、国の恥にも繋がりかねない。

 何しろ初代『銀獅子レオン』以来、カンビーニ王は武王として名高い。その栄光と伝統を受け継ぐ獅子王には、どっしりと構えてほしいと思うのが普通だろう。

 もっともレオン二十一世も接客中は普段の威厳を保っており、各国の王族を挨拶回りしたときは堂々たる姿だった。そのためシノブ達はもちろん、メリエンヌ王国のテオドールやガルゴン王国のカルロスも何かを察した様子はない。


「いや、安心は出来んぞ……ほら見ろ!」


「父上、声が高いのじゃ」


 僅かに声を荒げた獅子王に、娘のフィオリーナが酒杯を突きつける。どうやら、これでも飲んで落ち着けと言いたいらしい。

 もっともフィオリーナや夫のティアーノも、レオン二十一世と同じくアマノ王家の席に顔を向けている。


 シノブ達は広間の中央で踊る少年と若い女性を見つめていた。ナンカンの第二皇子忠望(ヂョンワン)と皇女玲玉(リンユー)が、それぞれの相手と踊っているのだ。


「あれはリョマノフ殿に紹介しているだけでは?」


「ナンカンの皇子と皇女ですから……」


 こちらは第一王妃と第二王妃、つまりレオン二十一世の妻達だ。

 ちなみに先王妃のメルチェーデは老齢を理由に自室へと下がり、そしてシルヴェリオの第一妃アルビーナは夫達と共に正面だ。そのため現在カンビーニ王族の席にいるのは、この五人だけである。


 それはともかく、どうやら王妃達の指摘通りらしい。

 リョマノフ達がヂョンワンやリンユーに会うのは今日が初めてで、先ほど簡単に挨拶したのみだ。したがってシノブが改めて語るのは、自然なことだろう。

 実際シノブがダンスを眺めたのは僅かな間で、今は再びリョマノフ達に顔を向けている。


「なかなか微笑ましいのう。これで男女が逆じゃったら……」


「ヂョンワン殿は魔術師だからね」


 フィオリーナとティアーノは、シノブが視線を外した後も広間中央を見つめたままだった。

 実は二人の子供達、アルストーネ公女マリエッタと公子テレンツィオがナンカンの貴人を持て成しているのだ。マリエッタはヂョンワン、弟テレンツィオがリンユーと踊っている。


 カンビーニ王家で未婚かつ舞踏会に出席できるのは、この二人のみだ。

 シルヴェリオには三歳の長男ジュスティーノと、昨年十二月に生まれた長女ミリアーナがいるのみ。他はフィオリーナの次男、つまりマリエッタの二番目の弟ストレーオだが彼は今年二月に誕生したばかり。この三人が踊れる筈もない。


「ヂョンワン殿、意外に上手いのう」


「では炎の踊り手という異名も加えましょうか?」


 意外そうな顔をしたマリエッタに、ヂョンワンは上機嫌そうな声を返す。もちろん踊りながらだが、双方とも華麗な舞に揺らぎは生じない。

 マリエッタは自国の舞踏など目を(つぶ)っていてもこなせるし、武術で鍛え上げた彼女は今程度なら一日中でも息を乱さず踊り続けるだろう。しかしヂョンワンも彼女ほどではないにしろ、充分に及第点というべき域に達していた。

 ジェルヴェ達の指導も良かったのだろう。まだエウレア地方の音楽に数日しか触れていないにも関わらず、ヂョンワンは確かな動きでマリエッタを引き立てる。

 二人は共に十三歳、ただしマリエッタは虎の獣人だから大柄で幾らか背が高かった。しかしヂョンワンは意外に力もあるらしく、リフトも楽々こなしている。


「リンユー殿は、こちらに来たばかりですよね?」


「はい。ですがジェルヴェ殿……アングベール子爵にご指導いただきましたので」


 驚嘆を顕わにするテレンツィオに、リンユーは僅かな笑みと共に(いら)える。しかし少年の表情が変わることはない。

 リンユーは十六歳でテレンツィオは七歳だから釣り合いが取れていないが、二人は他と同じくリフトも組み入れていた。実はリンユーが自身で跳躍し、それにテレンツィオが合わせているのだ。

 まるで体重を持たぬように宙に舞う皇女の姿は、広間でも一際目立っている。


「テレンツィオ殿も素晴らしいですよ。学園では武術修行をなさっていると」


「その……幼年部ですが武術特級に入れていただきました」


 こちらも踊りながら言葉を交わすくらい、簡単なことらしい。

 リンユーとテレンツィオは仲良さげに語らいつつ舞い続ける。どちらも姉弟という組み合わせだから、親近感が湧いたのかもしれない。


「ふん! リンユー殿ではマリエッタと大して変わらん。いや、マリエッタの方が……」


 やはりレオン二十一世は、リンユーを強く警戒しているらしい。しかも実際に会って、ますます要注意人物と感じたようだ。


 最初レオン二十一世はシャルロットへの弟子入り、つまりマリエッタと同じ武才溢れる乙女という点を案じただけらしい。

 リンユーがシャルロットの側付きとして頭角を現したら、マリエッタを追い越してシノブの婚約者となるかもしれない。ミュリエルやセレスティーヌなど以前からの婚約者達はともかく、他に先を行かれるなど我慢ならない。カンビーニ国王としては当然の心配であり心理だろう。

 加えて今の様子、テレンツィオを(いたわ)りつつも華を持たせる姿からは器の大きさも明らかだ。単なる腕自慢ではない様子が、余計にレオン二十一世の焦りを誘ったのだろう。


「素直に孫達のダンスを楽しんだらどうじゃ? どちらも相当に腕を上げておる。のう、ティアーノ?」


「確かにね。やはり早くに留学させて良かったようだ」


 父に意見しても無駄だと思ったのか、フィオリーナは夫へと顔を向けた。

 対するティアーノも、子供達の成長を喜ぶのみだ。どうやら彼は、ナンカン皇女への評を避けたらしい。

 今朝の密談で、とある策を決行するとレオン二十一世は宣言した。ここで何を言おうと彼の意思は変わらぬと、二人は一種の諦めの境地に至ったのかもしれない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ごく一部で不穏な空気が渦巻いた舞踏会だが、もちろん表面化することはなく和やかなまま閉会する。そして翌日の午前中、シノブ達はカンビーニ王家が主催する狩りに招待された。


 行き先はセントロ大森林の王家の狩場、シノブ達も一年近く前に訪れた場所だ。狩場は王都カンビーノから30kmほど東で、朝食を済ませると早々に出発する。


 饗応(きょうおう)役は王太子一家、つまりシルヴェリオと二人の妻女である。

 神々は一夫多妻を認めているが、同時に平等に接するように定めた。そのため新婦のオツヴァのみならず、第一妃のアルビーナも接待役を務めるのだ。

 客はシノブ達アマノ王家にアミィ、エレビア王国の第二王子リョマノフと婚約者ヴァサーナ、メリエンヌ王太子テオドールと妻達、ガルゴン王太子カルロスと妻達、それにエマもカルロスの婚約者として招かれた。そして友人のエマがいるからかマリエッタも接待側として参加し、姉が行くならとテレンツィオも名乗りを上げた。


 この二十人近くを中心に、それぞれの護衛が周囲を固めてセントロ大森林の狩場へと向かっていく。

 幸い昨日に続いての晴天、しかも王家の狩場への道は大街道並みに整っている。そのため大して時間も経たないうちに、一行は大森林へと入った。


「この森でフェイニー達と会ったんだよ」


「そうなのですか!」


「ヂョンワン殿は森での狩りもするのかい?」


 シノブは愛馬リュミエールの上から、前方の緑の奥を指し示す。するとヂョンワンが興奮気味の声を上げ、リョマノフが少年皇子へと顔を向けた。

 ヂョンワンはシノブの従者、リンユーはシャルロットの護衛として一行に加わっている。まだナンカンはアマノ同盟と正式な交流を始めていないから、どちらも側仕えとしての参加である。

 もっとも周囲も二人の出自を承知しているから、リョマノフを含め相応に遇している。


「ええ。ナンカンも緑が多い国でして、狩りは盛んです。私も一応は弓を教わりましたし、姉は結構な腕前ですよ」


 ヂョンワンは快活な笑みを浮かべつつ、故国での様子を語っていく。

 主な獲物は猪や鹿、この辺りはカンビーニ王国と変わらない。しかしナンカンの森は魔獣も多いし、普通の動物でも虎や狼などの猛獣もいる。

 そのため森の奥に入るのは、よほどの者のみとヂョンワンは付け足す。


「私など、最初は思わず魔術を使ってしまったくらいで……。あやうく自分が焼け死ぬところでした」


「それは……」


「炎の魔術の使い手ですから、反射的に用いるのも無理ないことでしょう」


 ヂョンワンが付け足した一言にテオドールは絶句するが、カルロスは澄まし顔で応じた。カルロスは一行で最年長、その分だけ本心を韜晦(とうかい)する技に()けているのだろう。


「あの、水の術は苦手なのですか?」


「そうでした。地水火風のどれも使えると聞きましたが?」


 接待役の二人、テレンツィオとシルヴェリオも会話に加わる。

 今回は人数が多いこともあってか、自然と男女の集団に分かれていた。シノブ達の少し後ろではシャルロット達が同じように馬を並べながら語らっている。

 もっとも女性のうち幾らかは馬車の中だ。そのためシャルロット達の接待はオツヴァとマリエッタ、アルビーナは馬車の女性陣を持て成している。


「一番熱心に学んだのが火属性なので、咄嗟(とっさ)のときには」


「実は私も、やはり焦って出してしまったことがあります。水の術ですが……」


 頭を掻くヂョンワンに、テオドールは自身も子供のころ失敗したと明かす。

 メリエンヌ王家も四属性を使いこなすが、テオドールが一番得意なのは水の系統だという。妹のセレスティーヌも水の攻撃魔術を得手としているし、おそらくは遺伝的なものだろう。


「俺は武術だけだから羨ましいですよ」


「同感だよ。私も火は着火くらい、水も多少を出せる程度さ」


 一般に獣人族は放出系の魔術を苦手としている。そのため獅子の獣人の二人、リョマノフやシルヴェリオは大魔力を備えているにも関わらず攻撃魔術と呼べる技を使えなかった。


「ガルゴン王家も似たようなものですよ。魔力は充分にあっても外に出すのが苦手ですから」


 カルロスは人族だが、こちらも武術寄りの家系で魔術は二人より少し上といった程度でしかない。

 普通の戦いなら鍛えた剣術や槍術の方がよほど使えるし、いざとなれば王家に伝わる炎の細剣(レイピア)がある。そのため彼も、身体強化や硬化のような自身の肉体に働きかける技しか使わないという。


「武術の方が役に立つと思いますよ。火炎の術は派手で好きですが、室内だと威力がありすぎて……。かといって抑えると、皆さんのような達人には躱されますから」


「ええ。大きな術は発動までの時間が長いですし、それに水弾程度でも下手をすると先手を取られます」


 慰め半分なのだろうが、ヂョンワンとテオドールは魔術も万能ではないと言い始める。

 放出系の魔術の場合、発動後に向きや威力を変えるのは事実上不可能とされている。極めて大きな魔力があれば対象に到達するまで操れるが、それなら魔力そのものをぶつけた方が手っ取り早い。

 そして高度な身体強化を使える相手なら、一直線に進む塊を見切るのは容易だ。加えて優れた武人は魔力感知能力も高いから、仮に死角からでも避けるだろう。


 実際ヂョンワンは、先日のミケリーノとの闘いで圧倒的な攻撃力を誇りつつも当てられずに敗北した。

 魔術による攻撃は優れた武人に効かないというのが常識、しかも数が揃わない。そのためエウレア地方では投石機(カタパルト)大型弩砲(バリスタ)が発達し、軍では治癒術の方が重宝されている。


「シノブ様は、どちらがお好きですか? 武術も魔術もお得意ですが、もし一方を選ぶならどちらになさいますか?」


 どうもテレンツィオは、シノブが黙っていたから話を振らなくてはと思ったらしい。彼は自身の乗馬をシノブのリュミエールに寄せると、可愛らしい微笑みと共に問いを発する。


「そうだね……」


 アムテリアの血族という特殊な生まれ(ゆえ)、シノブは莫大な魔力を持っているし全属性を自在に使える。それに瞬間での魔術行使や遠方まで魔力障壁を伸ばしたりも出来るから、ヂョンワンやテオドールが挙げた短所も問題としない。

 その自分が魔術を使いにくいと言うのも変だと、シノブは口を挟まなかった。しかしテレンツィオは、そんな姿に孤独を感じたのかもしれない。


「……やっぱり武術かな?」


 シノブは僅かな沈黙の後、武術を選んだ。

 どちらも不自由を感じたことはないが、ここは武王が治めるカンビーニ王国だ。ならば武人に敬意を表しておくべきだろうと、シノブは考えたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「武術が好きか……ならば、俺と戦ってもらおう!」


「動くな! 動いたら、こいつの命はないぞ!」


 大声は前後の二方向から響いた。

 手前の道を(さえぎ)る男と同時に、後ろの女性達の一団に別の男が樹上から襲い掛かった。どうやら何らかの魔道具で気配を消していたらしく、シノブも感知できずに接近を許してしまったのだ。


 どちらも虎縞の覆面を付けており、素顔は窺えない。体は上が裸で下が細いズボンに膝までの長靴(ちょうか)、そして黄と黒の縞のマントを着けている。

 体型は筋骨隆々、しかも相当な大男である。敢えて近いもの挙げるならカンビーニ王国の徒手格闘の選手、地球ならプロレスラーといった風体だ。

 二人は虎の獣人らしく、縞模様の尻尾が背後から覗いている。鮮やかな黄と漆黒の縞は、他の種族にない特徴だ。


「な、何をするのじゃ!」


「マリエッタ!」


「駄目、狙えない!」


 後続を襲った男は、マリエッタを羽交い絞めにすると馬から引き摺り降ろした。シャルロットとエマが手にした槍を動かすが、人質がいるから手出しのしようがない。

 よほどの身体強化が使えるらしく、覆面男はマリエッタを抱えたまま一瞬で前方に抜ける。そして彼は、もう一人の後ろに控える。


「馬から降りろ! それと武器を捨てるのだ!」


「動くなと言っただろう!」


「これでは……」


 追ってきたシャルロット達は、焦燥を顕わにしつつも馬を(とど)めた。そしてシノブ達も含め下馬し、(たずさ)えていた武器を地に投げ捨てる。


「お前達、誰だ!?」


「覆面を取れ!」


 叫んだのはリョマノフとヂョンワンだ。前者は(こぶし)を固め、後者は魔術を放つつもりか右手を男達に向けている。


「ふふ……俺は虎仮面一号!」


「同じく虎仮面二号!」


 手前にいた方が一号、マリエッタを羽交い絞めにしている方が二号と名乗った。

 確かに覆面には虎耳らしきものがあるし、縞も密林の王者を模している。ただし二号と名乗った方は額に赤い印があり、区別は容易であった。


──アミィ、まさかミリィの悪戯じゃないよね?──


──違うと思いますが……でも──


 シノブの思念に、アミィは動揺を滲ませつつ応じた。しかし彼女にも確信はないらしく、表情にも戸惑いが滲んでいる。


──悪戯とは?──


──地球に似た話があるんだ。それと何か魔道具を使っているらしいが、よく分からない──


 シャルロットの問いに、シノブは覆面男達を(にら)みつけながら答えた。

 男達は奇妙な魔力を漂わせている。おそらくは魔道具らしいが、シノブが知る魔力波動ではなかった。

 男達自身の波動もシノブの知らないもの、それに体型や声にも覚えがない。つまり魔力波動や外見を信じるなら初対面だが、何らかの幻惑をされた可能性もあるとシノブは判断を保留する。


「姉上!」


「テレンツィオ……」


 弟の叫びに、マリエッタは弱々しい言葉で応じたのみだ。

 もしかすると、マリエッタを逃さないための道具か。最初を別にすると彼女に抵抗する様子はないし、体力や抵抗する意思を奪われている可能性はある。

 普段の元気一杯な公女とは別人のような姿に、シノブは魔術の関与を疑わずにいられなかった。


「戦えと言ったな……誰と誰が?」


「もちろん俺とお前だ! ただし魔術を使ってはならん!」


 薄々感付いていたが、シノブは念のためにと問いかける。すると一号と名乗った男が嬉々とした様子で声を張り上げ、更に一歩踏み出す。


「それと自身に使う術も駄目だ。お前が強化したら、軍隊でも(かな)わんからな」


「卑怯な!」


 二号の言葉に、カルロスが(いきどお)りの声を上げる。

 覆面男達は相当の武人、つまり高度な身体強化を使えるのは間違いない。もしシノブだけが強化を封じたら、一方的な勝負になるのは明らかだ。

 そもそも身体強化や硬化は体術の一種とされており、決闘でも使用を認められている。それらも含めて身体能力というのが常識なのだ。


「もちろん俺も強化を使わん。正々堂々の果たし合いをしようではないか」


「人質を取って正々堂々とは……」


「そうですわ! それに覆面などして!」


 傲然たる宣言に、テオドールが普段の貴公子然とした姿からは想像できない憎々しげな声を漏らす。するとセレスティーヌが兄に続いて非難の言葉を投げかけた。


「この卑劣漢!」


「どうせ酷い顔に違いありませんわ!」


「だから出せないのですか!」


 ミュリエルやヴァサーナ、更にリンユーなど他の女性達も続く。

 例外はカンビーニ王家の女性達だが、これはマリエッタを案じているからだろうか。シノブはシルヴェリオの様子を窺うが、彼は苦渋に満ちた表情で両の(こぶし)を握ったまま立ち尽くしている。


──なんとなく分かった気がする──


──私もです──


──もしや、あの二人は──


 シノブと同じことに思い当たったのか、アミィとシャルロットは僅かに和らいだ思念を返した。

 どうも魔道具で体格や声すら誤魔化しているらしい。しかし口調や雰囲気から、とある者達をシノブは連想していた。この場にいない、そしてカンビーニ王家の狩場に自在に出入りできる二人を。


「ええい、うるさい! ……どうだ、受けるのか!? それとも……」


 どうも一号と名乗った覆面男は、女性達の非難に憤慨したらしい。彼は声を荒げ、更にシノブへと歩み寄りつつ返答を求める。


「受けますよ。……ところで見事な尻尾ですね。先の房が素敵ですが、獅子の獣人ですか?」


 シノブの目に映っているのは、先ほどと同じで虎の獣人の尻尾だ。しかし正体を確かめようと、敢えてシノブは見えているものと別の種族を挙げる。


「そ、そんな! まさか聖人の!?」


「罠です!」


 思わずといった様子で一号は自身の尻尾へと振り向き、それを二号が大声で制する。

 しかし時は既に遅し。獅子の獣人という問い掛けに対する反応、そして聖人という言葉。この二つから、シノブは彼らの正体を確信した。

 それに多くも気付いたようで、一種異様な沈黙が辺りを支配する。


「レオン殿とティアーノ殿ですね? 聖人ストレガーノ・ボルペの魔道具で変装したようですが、どうして……」


「父上、やはりシノブ殿を騙すなんて不可能ですよ」


「くっ……」


 シノブの言葉は単なる推測だが、実の息子シルヴェリオから呼びかけられては観念するしかない。そう思ったらしく、レオン二十一世は反論しなかった。

 それにティアーノも娘を解放し、これで終わりと言いたげに肩を(すく)めた。


「シノブ殿……儂は……」


 レオン二十一世は覆面をしたまま、大きく肩を落とした。もしかすると、恥ずかしくて顔を出せないのかもしれない。


「分かっていますよ。一度、私と真剣勝負をしたかった。そうですね?」


 大よそを察したシノブだが、わざと推測とは異なる言葉を口にした。

 おそらくレオン二十一世は、リンユーの登場で焦ったのだろう。気持ちは理解できるし、マリエッタの件を棚上げしている自分にも責任がある。

 ならば恥を掻かせるような真似をすべきではない。シノブは、そう思ったのだ。


「私も興味があったのですよ。魔力を使わずに獅子王と戦えるか……ところで、どのような勝負を?」


「シノブ殿……ありがとう」


 シノブは微笑みと共に手を差し出す。するとレオン二十一世は顔を上げ、両手で握り返す。

 魔道具で気配や声は違うが、宿っているのは普段と変わらぬ力強く高貴な心だ。それを感じ取ったシノブは、自然と笑みを深めていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年7月25日(水)17時の更新となります。


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