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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第26章 絆の盟友達
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26.18 新たな留学生達

 シノブ達がアマノシュタットに帰還したのは十八時前、太陽は地平線の向こうに消えようとしていた。

 先ほどまでいたナンカンの都市ウーロウは零時近かったから、初めて時差を経験する者達は思わずといった様子で声を漏らす。それはナンカンの皇女と第二皇子、玲玉(リンユー)忠望(ヂョンワン)だ。


「聞いてはいたけど、本当に太陽が……。それに涼しい……」


 虎の獣人の女武人リンユーは夕暮れで赤い空を見つめたままだ。よほど驚いたのか、彼女の背後では虎縞の尻尾が不規則に揺れている。

 魔法の家が出現したのは『白陽宮』の中、それも『小宮殿』の庭だから地平線までは見えない。しかし薔薇色に染まった西の空を見れば、今が夕方遅い時刻というのは明らかだ。


「それだけ遠くに来たのですね。差が六時間分……この大地を四分の一も回ったわけですか」


 姉に比べるとヂョンワンは冷静だ。それに彼は人族だから、揺らす尻尾など存在しない。

 二人は転移前、時差についてシノブ達から教わった。そしてヂョンワンは正しく理解したようで、故郷と経度が90度近く違うことも自然と導き出していた。


「そうだ、だいぶ北方だと伺いましたが……」


 ヂョンワンは星の位置で緯度を確かめようと思ったらしく、暗さを増した空を見回す。

 ウーロウは北緯36度かそこらだが、ここアマノシュタットは10度ほども北だ。普段から星空を観察している者なら、これだけ違えば遥か北だと実感できるだろう。


「ヂョンワン。彼が君の指導役、ボドワン男爵レナンだ」


 空を見上げる少年に、シノブは最古参の従者レナンを紹介した。

 シノブはメリエンヌ学園なら魔術を深く学べると伝えたが、ヂョンワンは従者となる道を選んだ。どうも彼は、シノブから直接教わりたいらしい。

 手取り足取りの教授は望んでおらず、シノブの側で総合的に学びたいだけ。こう言われては断る理由もないから、シノブも見習い扱いで側に置くことにしたのだ。


「レナンです。ようこそアマノシュタットへ」


「ヂョンワンと申します。ご指導ご鞭撻(べんたつ)のほど、よろしくお願いします」


 レナンが柔らかな表情で歓迎の意を示すと、ヂョンワンも笑みを浮かべる。

 更にヂョンワンは故国の流儀に則り、抱拳(ほうけん)れいで先輩への敬意を示していた。留学したら皇子扱いしないとシノブが宣言したのもあるが、彼に嫌々やっている様子はない。

 レナンは十四歳でヂョンワンより一つ上だが、ほぼ同年代ではある。したがって自分は皇子だと侮りかねないところだが、ミケリーノとの試合で()りたのか後輩としての態度を崩さない。


「よし、後はレナンから聞いてくれ」


 シノブは微笑みと共に二人を送り出す。これならレナンに任せておけば大丈夫だと感じたのだ。

 もっとも今日のところは部屋を割り当てたら終わりだろう。ヂョンワンのいたナンカンは深夜だから、あまり長々と説明するわけにもいかない。


「マリエッタ、エマ。リンユーを」


 シャルロットも同様にナンカン皇女の指導係を決め、後を一任した。

 マリエッタとエマはウーロウ行きの供を務めたから、既にリンユーとも多少の言葉を交わしている。したがって紹介は不要で、シャルロットの言葉も短かった。


「お任せあれ、なのじゃ!」


「リンユー、少しだけど『小宮殿』を案内する。眠くなければだけど」


「お願いします。……シャルロット様、失礼します」


 マリエッタが満面の笑みで拝命し、エマが先輩らしく世話を焼く。そしてリンユーも素直に応じ、シャルロットに深々と頭を下げてから連れ立って去っていく。

 ちなみに年齢はマリエッタが十三歳、エマが十四歳、リンユーが十六歳だ。しかし軍では先任が優先されるからか、年少者が指導役となってもリンユーに不満の色はない。

 リンユーはシャルロットに弟子入りし、早くも敬慕を顕わにしている。それに彼女にとってマリエッタ達は一門の先輩だから、年齢など関係ないのだろう。


 他も同じように帰途に着く。

 シメオンはミレーユ、マティアスはアリエルと公邸に向かう。こちらは近いこともあり、徒歩を選んだらしい。

 侯爵夫妻が徒歩というのは他国なら驚かれるかもしれないが、虚礼を嫌うシノブが国王だからか他にも倣う者が多かった。それにシメオンとマティアスは子爵家、アリエルとミレーユは男爵家の出で、四人とも簡素で効率的な行動が好みらしい。

 イヴァールとアルノーは魔法の家の中にある転移の絵画を使っての帰還だ。アミィがイヴァールをバーレンベルク伯爵領、アルノーをゴドヴィング伯爵領へと送っている。

 親衛隊の面々は隊長のエンリオを先頭に、『小宮殿』の入り口近くにある詰め所へと戻っていく。エンリオは今回の戦闘の評を伝えてから、部下達を解散させるそうだ。


「上には上がいる……。足手まといにならずに済んだが、それも隊長が目を配ってくれたからだ」


「ああ。部族の若手一番と誇っていたのが恥ずかしい」


 肩を落としているのは見習いとして加わったばかりの二人、ジャル族の若者ヒュザとメジェネ族の若者ハジャルだ。

 ジャル族とメジェネ族は、双方ともアスレア地方の少数民族だ。しかしアマノ王国とはオスター大山脈を挟むだけと近く、どちらもアマノ王国内の自治領となる道を選んだ。

 そして二人は最近になるまで部族の中しか知らず、出会ったときも自分の部族が上と反発したらしい。しかし所詮は数万人の中での話、人口二百五十万人を数えるアマノ王国の精鋭達が相手では埋もれてしまったのだ。


「気を落とすな。俺達のウピンデ族も小規模だから、気持ちは良く分かる。しかし、これから学べば良いじゃないか」


「そうだぞ。ここの修行で伸びた者は多いんだ。何しろシノブ様やアミィ様の指導法だからな……。お前達は二日前に来たばかり、これから幾らでも強くなる」


 落ち込む二人に声を掛けたのは、エマの兄のムビオと同じくウピンデ族のキグムである。

 ウピンデ族は人口六万人ほどでジャル族やメジェネ族よりは多いが、ここ王都アマノシュタットの三分の二程度でしかない。アマノ王国は最も小さな伯爵領ですら人口十万を超えているから、ムビオ達も来た当時は目を丸くしていたものだ。


 そして『アマノ式魔力操作法』を始めとする新たな修行法で、見違えるほど大きく伸びた者が多いのも事実だ。

 シノブの影響でアムテリアの強い加護を得たシャルロットは例外としても、大人から子供まで事例は枚挙のいとまがない。

 それらを聞き、ヒュザとハジャルの表情は明るくなる。そして彼らは先輩達の逸話を聞きながら、足取りも軽く歩んでいった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 宰相ベランジェは、まだ『大宮殿』の執務室に残っていた。シャルロットが通信筒で定期的に状況を伝えていたが、直接話を聞こうと(とど)まっていたのだ。

 そこでシノブは彼を夕食に招き、ミュリエルやセレスティーヌも含めてナンカンでの出来事を語っていく。もちろん食事の場に相応しくない事柄は避け、結果と今後の方針についてが話題の中心だ。


「……というわけでアルバーノ達はホクカンへの潜入、大神官の願仁(ユンレン)殿はセイカンへの使者となりました。おそらく双方とも、明日中には出立するでしょう」


 シノブは禁術使い達に関しても軽く済ませ、これからの動きに移った。

 ホクカン軍を追い払ったものの、再びの侵攻を(くわだ)てる可能性は高い。しかしホクカンの中枢は謎に包まれており、更に彼らの背後には狂屍(きょうし)術士の祖師である神角(シェンジャオ)大仙がいると思われる。

 そこでアルバーノ達が潜入調査に赴くと同時に、ナンカンはセイカンとの同盟を組むべく大神官を使者として送り出した。


「過去にもナンカンは何度か使者を出していますが、セイカンは全て追い返したそうです。自分達がカン帝国の正統後継者で他は配下になるべき……このようにセイカンは主張しているとか」


「ふ~む。そういう立場で通すなら、国としての申し込みは拒絶するしかないねぇ」


 シノブがセイカンの言い分を伝えると、ベランジェは(あき)れたような納得したような複雑な表情となった。

 自分達はカン皇帝家の直系、他は血が入っているだけで厳密には別家。その証拠にカン皇帝家の姓である(リュウ)を名乗っているのはセイカン皇帝家のみ。したがって対等な同盟など、おこがましい。

 理屈は分かるが、そんなことを言っている場合かとベランジェは思ったのだろう。


「もし国として認めたらセイカンの根本に関わり、求心力を失いかねない。そういうことですね?」


「そうですわね」


 問うたミュリエルに、セレスティーヌは静かに頷き返した。

 ミュリエルは知性溢れる少女だが、外交は専門外だ。そのため時折、このように自身の考えが正しいかセレスティーヌに訊ねることがある。

 セレスティーヌは外務卿代行だから、この手の質問をするには最適なのだろう。


「ですがシノブ様、セイカンという国は最も人口が少なく、しかも山奥で耕地も少ないとか。やはり過去の栄光に(すが)るしかないほど困窮しているのでしょうか?」


 セレスティーヌは再びシノブへと顔を向ける。

 流石は専門としているだけあり、セレスティーヌはセイカンの危うさに気付いていたようだ。表情にも憂いが強く滲んでいる。


 既にシノブはミュリエルやセレスティーヌにも三国の国情を伝えている。

 ホクカンが人口百六十万人近く、ナンカンが九十万人ほど、セイカンが七十万人。これはナンカンで収集した情報が中心だから他の二つについては多少の乖離(かいり)があるだろう。

 しかしセイカンが最も少数なのは間違いないし、光翔虎達が空から探ったときも他に比べて集落や農地の少なさが目立ったそうだ。これがセイカンの国土の多くが深山幽谷だからである。


「そうだね。耐えかねて国を脱する者も多いらしい」


「上は誇りで統制できても民には通じません。ナンカンが得た情報の多くは、亡命した民からだそうです」


「他国との交流を制限しているのは、それもあってのことらしいです。これ以上亡命者が増えたらと……」


 シノブにシャルロット、そしてアミィは先ほどウーロウで知ったことを明かしていく。

 ナンカンやホクカンは肥沃な大地を持ち、開墾可能な場所も残っている。それに両国は長く戦っており、農民を兵士に回す有様だ。


 そのためナンカンではセイカンから流れてきた者達を受け入れているが、向こうからすれば気に障るどころの話ではない。

 しかし交流を拒む相手に苦労して送り返すのも馬鹿らしいと、ナンカンは難民に対する扱いを変えなかった。何しろ断交しているのだから、そんな者は知らないと言い抜けするのも簡単である。


「なるほどねぇ……これは大神官でも(まと)めるのは難しいかもねぇ」


「今まで二百年近く、誰も出来なかったことですからね」


 憂鬱そうな面持ちのベランジェに、シノブも重々しい声で賛意を示した。

 ユンレンならばと思いつつ、気位の高そうなセイカン中枢を動かすのは困難だとも感じていたのだ。もっとも逆説的に言えば、それだからこそ大神官が(みずか)ら出馬を申し出たわけで、簡単に解決するなら彼も政治介入まがいの行動に出なかった筈だ。


「誰か一人くらい聡明な者がいないかねぇ……出来れば皇太子とかに」


「伯父上、それは『次代の力に期待する』ということでしょうか?」


 ベランジェの意味ありげな発言を、シャルロットは理解しかねたらしい。彼女は食事の手を()め、続きを待っている。


「それもあるけどね。……君に弟子入りしたリンユー殿の嫁ぎ先にならないかなぁ、とね。ホクカンには期待できないようだから、セイカンにいてくれたら助かるじゃないか。セレスティーヌやミュリエル君も、そう思うだろう?」


 語り終えたベランジェは片目を(つぶ)ると、ニヤリと笑う。そして彼は一同の反応を確かめるように、ゆっくりと視線を巡らせた。


「確かに……叔父様の仰る通りですわ」


「そ、その……」


 セレスティーヌは素直に賛同するが、ミュリエルは顔を赤くして黙り込む。しかし表情からすると、こちらもリンユーをシノブに嫁ぎかねない女性と捉えていたようだ。


「義伯父上、そういうつもりはありませんし心配無用ですが?」


「しかし相手がだねぇ……何しろ君は救世主なんだろう?」


 シノブは誤解されては(かな)わないと、少々強い口調で反論した。しかしベランジェはナンカン側がどう思うかが問題だと切り返す。

 するとミュリエル達は、ますます顔を曇らせる。


 ナンカン皇帝の(スン)文大(ウェンダー)はシノブを救世主とした。それに彼は娘を嫁がせたいと思っているらしい。

 今は留学のみだが、更に押し込んでくる可能性は充分にあるだろう。


「大丈夫です。リンユーは純粋に武術だけを志しています……かつての私のように。ですから二人とも案ずることはありませんよ」


 シャルロットはシノブに勝る強い口調で問題ないと断じた。そして彼女は一転して笑みを浮かべると、ミュリエルとセレスティーヌに優しい口調で語りかけた。


 シノブは頷きつつ、ベランジェの言うような逸材がセイカンにいてくれたらと願っていた。カン地方に平和を(もたら)すためというのもあるが、自身の家庭の平穏にも大きく寄与すると思ったからだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 翌日シノブは早朝訓練で、ヂョンワンを含む魔術師志望の面々を呼び集めた。ただし魔術師と呼ばれるほどの者は騎士級の武人よりも希少だから、集まったのは大人を含めても十数名である。


 教える側はシノブに加え、メリエンヌ学園でも魔術の教師を務めているアリエルだ。アミィはミリィの補佐をすべくナンカンに出かけたから、アリエルが代役に名乗りを上げたのだ。

 学ぶ側も魔力が多い者ばかりで、ナンカン皇子以外もネルンヘルムのような上級貴族の子弟が殆どだ。元エンナム王子のヴィジャンも、まだ六歳だが聴講のみとして加わっている。

 これらが簡素な訓練着で、シノブとアリエルの前に整列する。


「相手の魔力を感じるのは大切だが、過信してはならない。感じ取れるのは外に漏れている魔力だから、このように相手が隠したら誤魔化される」


 シノブは自身の魔力を意識的に抑えた。力を制限する神具ではなく、自身の意志で魔力の放出を少なくしたのだ。


「シノブ様の魔力が消えた……」


「凄い……」


 昨日来たばかりのヂョンワンや、同じく半月少々のヴィジャンは目を丸くする。皇族に元王族、どちらも優れた素質を受け継いでいるから魔力の大幅な減少に気付いたのだ。


 一方ネルンヘルム達だが、こちらは既に同様の講義を受けているから二人のようには驚かない。ただし感嘆が滲む表情で一心に見つめているのは同じだ。

 実際のところ、ここまで自在に魔力を操れる者など滅多にいない。そのため多くは戦闘時ほどではないにしろ、日常でも一定の魔力を発している。

 多くの場合、これを感じ取って魔力の大小としているのだ。


「修行を積み重ねたら、隠した魔力も感じ取れる……つまり真の魔力量に近いものを把握できるようになる。ここまで達すれば(だま)されることも減るだろうが……」


「そういう人は魔術師と名乗れる者でも千人に一人程度です。しかも相手が更に高度な隠蔽をしたら読み取れませんから、油断しないでください」


 シノブの後を引き取ったのはアリエルだ。

 身に付けた技術ではシノブの方が上だが、アリエルは学園で多くの事例を(まと)め上げている。そのため統計的な観点での実態は、彼女の方が遥かに詳しかった。


「加えて戦闘では、魔力量も大して当てにならない。ヂョンワン、君なら分かるだろう?」


「総量が少なくとも、一瞬に多くを注ぎ込める者がいるからですね?」


 シノブの問いに、ヂョンワンは僅かに頬を染めながら答える。彼は昨日の出来事、魔力量では圧倒的に劣るミケリーノに負けたのを思い出したのだろう。

 あのときミケリーノの身体強化は、普段の全力の十倍近くに達していた。つまり彼は一瞬だが十倍もの魔力を駆使したわけだ。

 もちろん消耗は激しいが、ここ一番で上手く使えば絶大な効果を発揮する。そして追い詰められた相手なら、相打ち覚悟で全ての力を振り絞るだろう。


「そうだ。これから実際にアリエルに見せてもらう」


 シノブは遠方に光鏡を出現させた。今日は普段と違い、神具である光の盾を着けてきたのだ。

 光鏡の大きさは直径10mほど。それだけの攻撃がアリエルに出来るのだろうと、ヂョンワンやヴィジャンは強い興味と期待で瞳を輝かせる。


「……行きます! 水弾!」


 アリエルは両手を前方に突き出したまま、暫しの間を瞑目(めいもく)していた。そして彼女は目を開くと、馬車ほどもある水の塊を光鏡へと打ち出す。

 しかも水弾は矢のような速さで突き進んでいく。そして青い(きら)めきは、(またた)きする間に光の中に消えていった。

 それを見届けたシノブは光鏡を消し、アリエルに魔力を補充していく。彼女はシノブがいるからと可能な限りの魔力を注ぎ込んでいたのだ。


「す、凄い……」


「夢じゃない……よね」


 ここまでの術をアリエルが行使したのは初めてだから、新参の二人以外も大きくどよめいた。

 メリエンヌ学園の授業で、アリエルは同様の大技を披露したことがある。ただし授業ではシノブからの魔力補充がないから程々に抑えており、水弾の直径も五分の一以下だったのだ。


 このような形で、シノブはアリエルと共に魔力の上手な使い方を指導していった。

 大人になるまで魔力量は増えていくが、そこで上限に達するのが普通だ。しかし魔力の使い方に熟達すれば、何倍もの力を発揮できる。

 ここにいる者達なら、きっと正しく使いこなしてくれる。そうなるように指導する。シノブの声から熱意を感じ取ったのか、囲む者達は一心に耳を傾けていた。


 一方シャルロット達は、拳法の稽古に(いそ)しんでいた。これは拳姫と(うた)われるリンユーを仲間に迎えたからだ。

 いずれはベルレアン流槍術なども学んでもらうが、初日くらいはリンユーの得意なものにしよう。どうやらシャルロットは、そう考えたらしい。


「はい、終わり~。まだまだ甘いですね~」


「どうして……。拳法は学び始めたばかりだと……」


 こちらでもシャルロットの親友が指導に回っている。ミレーユは合気道のような動きでリンユーを地に転がしたのだ。

 リンユーは立ち上がるのも忘れたのか、目を大きく見開いたまま呟いていた。それもその筈、彼女が得意とする八佳掌(はっけいしょう)を、ミレーユは一目見ただけで真似ていた。


 最近シャルロット達は、ヤマト王国やカンの武術も研究していた。ヤマト王国は大使館もあるから直接話を聞けるし、カンの武術はシノブやアミィから教われば良い。

 それに全ての武術は戦の神ポヴォールが伝えたもので、地方ごとに合わせた変化はあるものの根本は同じである。そのためシャルロット達が異国の武術を学ぶのは、それほど難しいことではなかったのだ。


「この動きはベルレアン流槍術の『大跳槍』にも通じていますからね~。敵の隙を突いて(すく)い上げるのが『大跳槍』、それを転がす力に変えれば良いだけですし~」


 一つの流派を極めれば、他流の本質すら見えるのだろう。ミレーユは涼しい顔で慣れ親しんだ技の応用だと明かしていく。

 そしてミレーユは手を差し伸べ、(ほう)けていたリンユーを立ち上がらせる。


「ミレーユ様、もう一本お願いします!」


「良いですよ~」


 再び組み手を始めた二人を、少し離れた場所からシャルロットが微笑みと共に見守っていた。

 長年共に歩んだ友人の見事な腕前、そして優しいようでありながら厳しい指導。新たに加わった弟子の前向きな姿勢と、秘めたる大きな可能性。そのどちらもシャルロットは(いと)おしく思っているのだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 訓練後は汗を流すために温泉に向かう。

 『小宮殿』にはシノブが掘削して作った温泉があり、一階の裏手にアマノ王家と仕える側の双方の浴場がある。もちろん男女ごとに分かれており、合わせて四つが二十四時間いつでも使えるように保たれている。

 お湯は各部屋の浴室にも回しており正確には全室が温泉だが、シノブは一階の広い浴槽の方が好きだった。そのため訓練後は必ずといって良いほど、こちらを使っている。


「既に聞いているかもしれないけど、ヴィジャンはエンナムの王子だったんだ。だから、この中では君と一番近い場所から来たわけだね」


「そうだったのですか……」


 風呂の中で寛ぎつつ、シノブはヂョンワン達と語らっていた。

 シノブの両脇にヂョンワンとヴィジャン。そして向かいにレナンとネルンヘルムだ。レナンはヂョンワンの指導役、同じくネルンヘルムはヴィジャンの担当だからである。


「ヂョンワンさん、よろしくお願いします」


「こちらこそ頼むよ! ……いや、先輩だから『頼みます』かな?」


 頭を下げたヴィジャンに、ヂョンワンは陽気に応じた。

 僅か半月ほど早く来ただけだが、ヴィジャンが先輩なのは事実だ。しかし相手は六歳で自分より七つも下だから、ヂョンワンもどういう言葉遣いが良いか困っただろう。


「丁寧な言葉が望ましいけど、こういった場なら年齢に応じた話し方で良いよ。ただし身分を持ち出すのは厳禁だから」


 レナンは側仕えとしての在り方を伝えていく。

 これはメリエンヌ王国なども同じだが、従者として奉公に上がったときは実家の身分を持ち出さないように指導される。もし身分を振りかざすようなら、最悪は役目を解かれて実家に戻されるのだ。


「はい、分かりました!」


 ヂョンワンの(いら)えに、レナンは頷きつつもどこか怪訝そうな顔となった。

 レナンはシノブからウーロウでの出来事を聞いており、決闘の際にヂョンワンがミケリーノを侮ったことも知っていた。そのため予想外に素直な返答を意外に思ったのだろう。


「実は以前から、術士の修行に専念したかったんです。幸い魔力に恵まれていますし、跡継ぎは兄ですから……」


 ヂョンワンは唐突に一人語りを始めた。どうやら彼は、レナンの表情の変化に気付いたらしい。

 次期当主は兄だから他の道で助けようと考えた。こういった事例は多いから、レナン達も納得顔になる。


「それに術士の道に進めば、先々起こるかもしれない災いも防げます。最初は術への純粋な憧れからでしたが……」


「皇太子の宝虎(バオフー)殿とは一歳違いだったね。確かに微妙な年齢差だ」


 やはりヂョンワンが魔術に傾倒した背景には、別の理由があったのだ。シノブは昨日の予感が当たっていたと思いつつも、表情を曇らせていた。


 ヂョンワンは聡明な少年だが、敢えて身を引こうと考えるくらいだから言葉に出せない苦労もあったのだろう。

 バオフーは早くから武術の才を示し、皇太子に相応しい威厳も備えつつあるという。したがって多くは彼を次期皇帝に推すだろうが、大きな魔力も魅力的だ。

 魔力量は遺伝するから、ヂョンワンを皇帝に据えた方が長期的には得という考え方もある。シノブはバオフーに会っていないが、ミリィによれば弟より魔力量が少ないのは確からしい。

 ミリィは神具である魔力眼鏡を使って測ったというから、間違いないだろう。


「それで派手な服を着たり魔術に独自の名前を付けたりしたのかな?」


「はい……でも、半分は私の好みですけど」


 シノブの問いに、ヂョンワンは頬を染めつつ答える。

 やけに凝った命名は、術を極めようとするあまり常識が失せたと示す演技だった。しかしヂョンワン自身の趣味でもあったのだ。

 これにはシノブも思わず声を立てて笑ってしまい、他の三人も続く。


「さて、そろそろ上がろうか!」


「ヂョンワン、側仕えとしての初仕事だよ」


 シノブが声を掛けると、少年達は立ち上がり入り口へと歩んでいく。

 これからレナン達はシノブの体を拭い清める。これにヂョンワンも見習いとして加わるのだ。

 皇子であるにも関わらず、ヂョンワンに従者の仕事を嫌がる様子はない。やはり彼は、アマノシュタットでの修行生活を心から楽しんでいるらしい。


 そのころシャルロットも風呂を上がろうとしていた。こちらはアリエルとミレーユ、そしてマリエッタとエマにリンユーの六人だ。


「シャルロット様は凄い……」


「そうじゃろ? 武術は伝説級、あの美貌に加えてコレもじゃ!」


 呆然(ぼうぜん)とするリンユーに、(いきどお)りが滲むマリエッタ。二人の顔はシャルロットに向けられているが、視線の先は師匠の顔ではなく幾らか下だった。


 客観的に見て、この六人で最もスタイルが良いのはシャルロットだ。

 マリエッタやリンユーも虎の獣人だから大柄だし、武術で鍛えているから均整も取れている。しかし残念ながら多くの人はシャルロットを上とするだろう。


「あまり気にしない方が良い。二人は充分に立派だと思う。それにマリエッタは十三歳、まだこれから」


 普段通りの表情と声音(こわね)で、エマは同僚達に慰めらしい言葉を掛ける。彼女は高身長にしては細いが、これはウピンデ族に共通する形質で当人は全く気にしていないのだ。

 そのため先ほどシャルロット達の体を拭ったときも、淡々と進めていくだけだった。


「あの子達は……」


「気持ちは分かりますけどね~。私も少々背が欲しいですから~」


 (あき)れを顕わにするアリエルに、しみじみとした口調でミレーユが応じた。

 確かにミレーユは六人の中で最も小柄だし、容貌も実年齢より少し下に見える。もっとも彼女は十七歳だから、充分に若いのだが。


「馴染めているようで何よりです。それに昔の私達のようではありませんか」


 服を着けたシャルロットは、どこか懐かしげな顔で弟子達を見つめていた。おそらく彼女は、アリエル達と共に修行した少女時代を思い浮かべているのだろう。


 祖父のアンリの厳しい指導を共に乗り越えた日々。競い合い励まし合った宝物のような時間。今もシャルロットを、そしてアリエルやミレーユを支えているだろう彼女達の原点。確かにマリエッタ達と重なるものがあった。

 きっとマリエッタ達も、ここで築いた友情を胸に人生を歩んでいく。自分達がアンリから受け継いだ大切な教えを、弟子達が更に広めてくれる。

 まだ十九歳のシャルロットだが、幾多の稀なる経験を重ねたからか何倍も生きたような深みが声に宿っていた。

 しかし慈愛に満ちたシャルロットの表情は、ほろ苦さを宿した笑みへと変ずる。


「マリエッタ、そういうことは成人を迎えてからにしなさい! さあ、行きますよ!」


「わ、分かったのじゃ!」


 シャルロットの視線の先で、マリエッタは慌てて手を下ろす。

 マリエッタは自身の胸に手を当て、マッサージめいたことをしていた。十三歳にしては充分豊かで羨む者も多い筈だが、彼女にとっては満足のいくものではないらしい。

 マリエッタの母フィオリーナは更に女性らしい肢体の持ち主だから、早く母のようにと思ってしまうのだろうか。


 他は既に服を着けている。それ(ゆえ)マリエッタは慌てて衣装籠へと手を伸ばした。

 その様子を面白く感じたのだろう、シャルロットは楽しげに笑い始めた。そしてマリエッタが装いを整える間、五人の朗らかな声が脱衣所の中に響き続けた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年7月14日(土)17時の更新となります。


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