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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第26章 絆の盟友達
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26.17 拳姫と魔皇子

 突然やって来たナンカンの皇女と第二皇子。シノブは二人の人物像を、ホクカンの術士達を取り調べ中のミリィに訊ねた。

 これは皇帝の(スン)文大(ウェンダー)に、二人をシノブのところで学ばせたい(ふし)があるからだ。わざわざ広間に通すのも縁繋ぎをしたいからと、シノブは受け取っていた。


 皇女と皇子は近くの部屋で控えているらしく、あまり時間はない。それに隣にウェンダーがいるのに席を外すわけにもいかない。

 そこでシノブは思念を用いたが、今はソニアを中心に尋問しておりミリィは手が空いていた。すぐさま彼女はジェンイーで集めた逸話を披露する。


──皇女の玲玉(リンユー)さんは拳法の名手として有名です~。『拳姫(けんき)』という異名もあるのですが、女性には不要と街には伏せています~──


 ミリィは一ヶ月以上、大半をカンで過ごしている。そして拠点をナンカンの都ジェンイーに置いたから、彼女はシノブより遥かに詳しかった。

 もちろんシノブの隣のシャルロットや側に控えるアミィも初耳で、ミリィの思念に耳を傾けるのみだ。


 長女だからか、リンユーは責任感が非常に強いようだ。宮城で働く者達は、彼女が武術に励んだのは皇帝家を支えねばという意思の発露と噂している。

 二歳下には皇太子の宝虎(バオフー)もいるが、万一に備えるのは悪くない。それに性に合っていたようで、リンユーはバオフーの成長後も修行を続けた。


 それだけ武術好きならシャルロット達に興味を示すだろうし、アマノシュタットでの厳しい訓練にも付いていけるだろう。

 留学を断るのは難しそうだと、シノブは悩む。リンユーは十六歳で未婚、婚約者もいないからウェンダーがシノブに嫁がせたいと願う可能性は高いのだ。


──第二皇子の忠望(ヂョンワン)さんも一部の情報を伏せていますね~。ちょっと変わった性格みたいです~。私的な場では『炎の魔皇子(まおうじ)』とか自称していますし~──


 ミリィによると、秘匿はウェンダーが命じたことらしい。彼は次男の才を認めつつも、突飛な言動には頭を痛めているという。


 ヂョンワンは皇太子バオフーの一歳下で十三歳、兄がいることもあって早くから魔術の道を選んだ。しかも彼は魔力量が多く、周囲も積極的に後押しした。

 カンでは魔術の習得を制限しており、禁術以外も国に仕える者にしか明かさない技が多い。そのため民間から優れた術士が出ることは少ないようだ。

 ナンカンは十歳になった子供の全てに魔力検査をするが、力の引き出し方を知らない者が好成績を得るのは難しい。それに軍人にされて戦場に送られるのを嫌い、手抜きするように親が助言する例も多いらしい。

 こういう状況だから見出されるのは官人や武人の子供が多く、術士の絶対数は少ない。それ(ゆえ)ウェンダーも、ヂョンワンには大きく期待しているという。


 これなら留学を望みそうだが、あまりに奇矯な性格なら断るしかない。そう感じたシノブは、自身の目でヂョンワンを確かめようと決めた。

 側仕えにするなら相応の言動を求められるし、メリエンヌ学園で学ぶ場合も和を乱すようでは困る。シノブとしては縁談の心配がないヂョンワンを選びたかったが、王としては周囲が首を傾げる選択など禁物だ。

 そんなことをシノブが考えているうちに、二人がやってきたようで衛兵達が広間の大扉を開く。


「皇女リンユー殿下と第二皇子ヂョンワン殿下のご入室!」


 扉近くで、近衛兵が声を張り上げる。そして声に続き、虎の獣人の若い女性と人族の少年が並んで広間に入ってくる。


「やはり戦に加わろうと……」


「無茶な……」


 抑え目に(ささや)いたのは、ナンカンの近衛達だ。普段から皇帝の側に控える彼らは、拳姫としてのリンユーを良く知っているのだろう。


 リンユーは武官と同じ服を着けていた。(きら)びやかな甲冑は彼女専用らしいが、下の筒裾の袴や革製の長靴(ちょうか)は他と似たようなものだ。

 腰には細めの長剣、左手で兜を抱えている。黒髪は結い上げたままで、そこはシャルロット達と同様だ。

 ただしリンユーの背丈は並の女性より少々上、近衛兵達に比べると明らかに低い。その辺りからすると、力より技で制する戦い方かもしれない。

 表情も鋭く、若いながらも武人の雰囲気は充分にある。まるで出会ったころのシャルロットのようだと、シノブは感じた。


「嘆かわしや……」


「救世主様の御前だというのに……」


 こちらは側付きでも官僚と表現すべき者達だ。彼らはヂョンワンの派手な衣装に目を向けている。


 男性用のカン服は、前合わせの上衣と緩い筒裾の袴だ。ちなみに女性の場合、上は同じ形式だが下は巻きスカート状の裙子(くんす)を着ける。

 そしてヂョンワンだが、男性服の形式を守っているものの金糸銀糸を多用した美麗な服だった。加えて色も派手な赤、全面に刺繍(ししゅう)を施している。

 頭の冠も同様で、真紅の地を金の縁取りや宝玉で飾っている。皇帝の冠より随分と小振りだから一応は身分相応だろうが、側付き達の様子からすると独自に飾り立てたのではないだろうか。


 ヂョンワンは少年とはいえ十三歳だから、背も姉と同じくらいだ。しかし細身で肉付きの薄い体が示すように、武術から距離を置いているらしい。


──ちょっと趣味に問題がありそうだ──


──私は嫌いじゃないですけどね~。地球の中二ってヤツじゃないですか~? 向こうなら中学生くらいですし~──


 ぼやいたシノブに、ミリィが応じる。

 ミリィの本来の姿は鷹だし透明化の魔道具もあるから、宮城に潜り込むなど造作(ぞうさ)もない。実際に彼女は何度も探ったことがあり、どんな服でヂョンワンが来たか想像できたのだろう。


──まあ、確かに才能には恵まれているね──


 シノブは破天荒なところのあるミリィなら気に入るだろうと思いつつ、別のことを指摘した。

 ウェンダーやリンユーは虎の獣人だが、ヂョンワンは人族だ。そのため彼は父や姉のような獣人族特有の戦闘勘を持たないだろう。

 しかしシノブは、少年から溢れる大きな魔力に気付いていた。荒削りで制御の練度が低いのかもしれないが、彼が高位の術士になる可能性を秘めているのは間違いない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「救世主様、リンユーと申します」


「ヂョンワンでございます。未熟者ですが記憶の端にでも(とど)めていただけば幸いです」


 上座の側、およそ十歩といった辺りまで寄った二人は、揃って抱拳(ほうけん)れいの姿勢となり更に深々と頭を下げた。既にシノブが新世紀救世主と聞いているから、皇族にも関わらず物言いも丁重極まりない。


「どうしてウーロウに来たのだ? ジェンイーでの待機を命じた筈だが?」


 ウェンダーは二人に渋い顔を向けたが、声は穏やかだ。家臣の手前もあるから一応は叱っておこうと思ったのもしれない。


「申し訳ありません。しかし国の一大事に座して待つだけというのは……せめてウーロウの守りをと思いまして。それに都にはバオフーがおります。私は先々嫁ぐ身、たとえ戦場で散っても国は続きます」


「姉上だけを危地に送るわけには行きませんから。しかし高錦(ガオジン)の目を誤魔化すのは難儀しました……姉上、これは大きな貸しですよ?」


 リンユーとヂョンワンは、もっと早くウーロウに来たかったようだ。しかし宰相の(チョウ)高錦(ガオジン)が制し、抜け出すのが遅くなったらしい。


「軽率ではあるが、皇帝家の一員として義務を果たそうという意気込みは認める。……シノブ殿、どうでしょう? 片方でも良いから鍛えていただきたく……」


 売り込むためか、ウェンダーは子供達への苦言を控えた。そして彼は早々にシノブに顔を向け、子供のいずれかを連れ帰ってほしいと言い出す。

 救世主への嘆願だから皇帝とは思えぬほど礼儀を尽くしているし、断られても仕方ないと思ってもいるようだ。しかし可能ならばという熱意を、シノブは強く感じていた。


「それではヂョンワン殿を。彼の魔術の才能に興味を覚えました」


 既にシノブは、どちらを選ぶか決めていた。

 シノブの言葉にシャルロットとアミィは微笑み、エンリオ達も同様に表情を緩めた。側近達もシノブの選択を予想していたらしい。


 ヂョンワンの性格には問題がありそうだが、他に悪影響を与えるようなら帰還させれば良い。それに政略結婚に繋がりかねない年頃の女性をアマノシュタットに招くより、少年の方が気楽である。

 要するにシノブは、自身の都合を優先したわけだ。


「お、おお! それは嬉しいお言葉!」


 シノブの選択を聞き、ウェンダーは一瞬だが表情を動かした。やはり彼としては娘を預からせ、あわよくば嫁がせようと思っていたのだろう。


「ありがとうございます!」


「喜ぶのは早いよ。ヂョンワン殿には私の課す試練に挑んでもらう。ああ、危険はない……同い年の子と勝負してもらうだけだから」


 純真なところもあるのか満面の笑みとなったヂョンワンだが、シノブの言葉に一旦は緊張を顕わにする。しかし試練が同世代との試合と知り、彼は再び表情を緩めた。


 最初ヂョンワンは、シノブ自身が試すと思ったらしい。既に彼はシノブの逸話を聞いているし、魔力感知にも優れているようで幾らか手加減されても(かな)わないと焦ったに違いない。

 しかしシノブの弟子でも同年代なら、かなりの勝機があるだろう。自分は皇帝家の強い魔力を継いでおり、幼いころから魔術の修行に多くの時間を費やした。自信満々と表現すべき表情は、そんな内心を示しているかのようだ。


「ヂョンワン、頑張るのだぞ」


 ウェンダーも含め、皇子の勝利を確信しているらしい。

 救世主が皇帝家の一員を鍛えてくれたら、学んだ技は先々ナンカンに還元される。側付きを付ければ、魔術のみならず技術や武術も得られるだろう。そんな未来図を(ささや)く者もいる。


「良い結果を期待していますよ」


 ウェンダーの隣では、大神官の願仁(ユンレン)も顔を綻ばせている。

 政治が絡んでいるとはいえ単なる留学試験、それにユンレンにとってヂョンワンは甥の子だ。アムテリアは神官の結婚を認めたから彼にも子や孫がいるが、ウェンダーの子も孫同様に可愛がっているのだろう。

 激励も神官らしい表現を保っているが柔らかく、親族への愛情が宿っているのは明らかだ。


 唯一の例外は選ばれなかったリンユーだが、まさか救世主の決定に逆らうわけにもいかないだろう。彼女は湧き上がる不満を押し殺したらしく、愛想笑いと表現すべき硬い笑みを浮かべている。


──やはりシャルロット様に弟子入りしたいのでしょうね──


 アミィはリンユーを可哀想に思ったらしい。

 挨拶を終えてから、リンユーはシャルロットを見つめ続けていた。もちろん周囲に悟られないようにだが、鋭敏な感覚を持つアミィが気付かぬわけもない。


──木人の大群との戦いは聞いている筈だからね。あのときシャルロット達は大活躍だったから──


──ウーロンを守っている最中、守護隊の指揮官と多少の武術談義をしました。共に守護する以上、互いに力量を把握しておく必要がありますから──


 シノブやシャルロットも皇女の視線を感じていた。特にシャルロットは自身に対してだから、察しないほうが不思議だろう。

 しかしシノブ達のやり取りは、皇帝ウェンダーの声で終わりとなる。


「シノブ殿、あの少年が相手でしょうか?」


「ええ、ミケリーノです。……アミィ、彼を呼んでくれ。それとミリィに聞きたいことがあるから、術士達を頼む」


「分かりました!」


 ウェンダーに頷き返したシノブは、アミィにミケリーノへの伝言を頼む。

 更にシノブはミリィを呼び寄せ、代わりにアミィを術士達の監視に回すことにした。ナンカンに一番詳しいのはミリィだから、ヂョンワンを見極めるには側にいてもらった方が良いと考えたのだ。

 思念でも会話できるが、いちいち問うのも面倒だ。それに彼女も目にしなくては答えかねることもあるだろう。


「城砦の前庭で如何(いかが)でしょう? 私が魔力障壁を張りますので」


「それでは早速準備しましょう。……お前達、支度を急げ!」


 シノブの提案に、ウェンダーは一も二もなく賛成した。

 大軍をものともせず、大人の十倍を超える巨大像すら一瞬で消し去ったシノブだ。それに救世主なら、どのような技を使っても不思議ではない。

 そう思ったようで、ウェンダーを含めナンカンの人々は欠片ほどの疑問すら感じていないようだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 夜も更けた城砦の前庭は、魔道具の灯りで煌々と照らされた。

 その中央に、ミケリーノとヂョンワンが向かい合わせに立っている。前者は猫の獣人でアマノ王国の軍服、後者は人族で派手なカン服。違いは多いが、端正な顔に細身の体と共通点もある。

 周囲はシノブが張った直径20mほどの魔力障壁で囲んでいる。これから競う二人以外は障壁の外だ。


「致命の攻撃は障壁で防ぐから、全力を出してくれ。ただし守られた者は敗北、決闘の終了を意味する。それと……」


 シノブは両者に注意を与えていく。

 不可視の魔力障壁には、音を通す穴を随所に空けている。もちろん攻撃が当たりそうになったら閉じるが、今は全て開けていた。

 そのため音の通りは良く、両者は頷きつつ聞いている。


「なお、体術で倒しても構わない。こちらも命に関わる場合は転移で飛ばすから心配無用だ。……以上、質問はあるか?」


「大丈夫です!」


「私も理解しました!」


 ミケリーノに続き、ヂョンワンが答える。

 広間では冗談めいた言葉もあったヂョンワンだが、決闘となれば別らしい。彼は皇子に相応しい凛々しい顔を敵手に向けていた。


「それでは……始め!」


「魔皇流、超級(ちょうきゅう)炎弾(えんだん)乱舞(らんぶ)!」


「くっ!」


 シノブの宣言と同時に二人は動き出す。ヂョンワンが十数もの火炎弾を放ち、ミケリーノが同じく複数の水弾で対抗したのだ。

 しかし皇子の飛ばした火炎弾に比べ、ミケリーノの水弾は半数ほどで大きさも(こぶし)より小さい。そこで彼は素早く横に跳躍し、迫り来る炎を躱した。


「ミリィ、魔皇流って?」


「魔皇子と同じで、ヂョンワン君が自称している流派です~。技も同じですが、良い趣味だと思います~」


「お恥ずかしい……」


 シノブが問うと、ミリィが待っていたとばかりに顔を綻ばせて応じる。するとシノブの隣でウェンダーが顔を赤らめつつ言葉を漏らす。


 観戦者の大半は広間にいた者達だ。

 中央には四つの席が用意され、ユンレン、ウェンダー、シノブ、シャルロットの順で座っている。そしてユンレンの斜め後ろに皇女リンユーが立ち、同様にミリィがシノブとシャルロットの少し後ろに控えている。

 左のナンカン側は皇帝の側近や近衛。右のアマノ王国はエンリオ達シノブの親衛隊、アリエルやミレーユ、マリエッタやエマなどシャルロットの護衛騎士達。こちらは見やすいように横に広く並んでいた。


 ホクカン潜入が決まったアルバーノは諜報員達と今後の相談をしようと下がり、ウーロウ駐留武官となったファルージュも行動を共にした。それにソニアも術士達の尋問を続けているから姿を現さない。

 アルバーノ達はミケリーノが良い勝負をすると信じているようだ。魔力が圧倒的に少なくとも、シノブやアミィから教わった訓練法や自分達が教えた技があれば対抗できると考えたらしい。


「ミケリーノ君……」


 心配げな呟きを漏らしたのは、女騎士の一人シエラニアである。彼女はミケリーノを将来の結婚相手と定めており、それを知っているミリィが連れてきたのだ。


「大丈夫じゃ。ギリギリのように見えるが充分な余裕がある」


「ミケリーノ君の体術は確か。ソニアさん達が教えたから当然だけど」


 マリエッタとエマが友人へと言葉を掛ける。どちらも本心からのようで、魔術の戦いを見つめる二人は平静な顔のままだ。


「逃げるだけか! 魔皇流、超級(ちょうきゅう)業火(ごうか)炎幕(えんまく)!」


 (あなど)ったのか、ヂョンワンは嘲弄(ちょうろう)めいた言葉を投げかける。そして同時に金糸銀糸で飾られた両袖を大きく振り、壁状の青い炎を作り出してミケリーノへと放つ。

 炎の壁は幅が二十歩分はあるし、高さも人の背の倍近い。その分だけ薄く炎の向こうが透けているが、色からすると高温の筈で火傷は確実だ。


 火炎弾の大きさは人間の頭くらい、十数も殆ど同時に生み出す技も見事。ミケリーノの水弾より遥かに大きく数も倍以上だから、ヂョンワンが稀なる素質を持っているのは間違いない。

 しかし強化に優れた武人なら、涼しい顔で火炎弾を避け続けるだろう。そこでヂョンワンは広範囲への攻撃へと切り替えたわけだ。


「飛び越えたら……」


 ヂョンワンの意図は上への誘導、宙に浮かせての狙い撃ちらしい。そのため彼は、少し強化に優れた武人なら越えられる高さにしたのだろう。

 魔術のある世界とはいえ、跳び上がっている間の方向転換は困難だ。風属性に優れた魔術師なら強風を発して多少は移動できるが、生憎ミケリーノの風の術はほどほどだ。

 魔力障壁を足場にした再度の跳躍、障壁そのもので防ぐ、極めて高度な身体強化による衝撃波で炎を断ち斬る。方法は他にもあるが、そこまでの技が使えるのは伝説級の術士か国が誇る武人のみだ。


 しかしミケリーノは、ただの少年ではない。彼はアマノ王国が誇る隠密名人アルバーノの甥、同じイナーリオの姓を持つ一人だ。


「き、消えた!?」


「ミケリーノ君、あれほどの強化を……」


 驚愕の叫びをヂョンワンが発し、シエラニアが感嘆の表情となる。

 ミケリーノは今までと桁違いの身体強化で、右に駆けた。そのため身体強化は並程度のヂョンワンは見失ったが、優秀な武人のシエラニアは別だ。

 シエラニアはマリエッタやエマに続く腕、彼女も同様のことが出来るのだ。


 しかしミケリーノは魔術ほど強化を得意としておらず、瞬間移動を思わせる疾走など出来ない筈だ。

 その不可能を可能にしたのは、アルバーノが伝授した秘訣である。彼は二十年間の戦闘奴隷としての暮らしで引き出された信じ難いほどの力を発揮する要諦を、甥に教えたのだ。

 ただし会得には過酷な修練のみならず、かなり稀な適性を必要とする。戦闘奴隷から解放された者でもアルバーノと並ぶ域はアルノーのみ、誰にでも習得できる技術ではない。

 おそらくミケリーノは、叔父ほどではないにしろ相当の適性があったのだろう。


「稲荷忍法秘伝、闇駆けの術……とでもしておきますか」


「ぐっ……」


 一瞬で相手の背後に周りこんだミケリーノは手刀を振るうと、アルバーノを思わせる口調で呟いた。

 そして首筋を打たれたヂョンワンは、短い苦鳴(くめい)を発して倒れる。おそらく彼は、何がどうなったか理解できぬまま気絶しただろう。


「勝負あり! ミケリーノの勝ち!」


 シノブは宣言と同時に魔力障壁を消し去り、続いてミケリーノへと足早に進んでいく。

 ミケリーノは自身の魔力の大半を、疾走の一瞬に注ぎ込んでいた。そこでシノブは、早く魔力を回復させねばと思ったのだ。

 見事に勝ったミケリーノだが、顔は蒼白で今にも倒れそうだ。まだ彼は、叔父のような自在の域に至っていないから当然ではある。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブがミケリーノの魔力を補充し、ナンカンの近衛兵が気絶したヂョンワンに活を入れた。そして彼らは観戦席へと歩んでいく。


「残念ですが留学は……」


「いえ、お預かりします。あの火炎弾の連打、広域を覆った炎の壁、優れた素質は明らかです。それに上に跳躍させて狙い撃つ作戦も悪くありませんでした……ミケリーノが秘伝の技を学んでいなければ、あれで終わったでしょう」


 落胆も明らかな皇帝ウェンダーに、シノブはヂョンワンの合格を伝えた。

 そもそもシノブは負けたら断るなどと言っていない。決闘から素質や人柄などを知りたかっただけだ。

 素質は充分以上、少々(おご)りもあったが十三歳という年齢を考えたら無理もない。何しろ将来は大魔術師も確実と思わせる逸材である。

 それにシノブの勘でしかないが、おどけたような言動には何か事情がありそうだ。たとえば周囲が皇太子の兄を優先するあまり、人目を惹こうと考えたのかもしれない。

 そうであれば、暫く国を出るのも悪くないだろう。


「おお!」


「ありがとうございます!」


 ウェンダーは歓喜し、ヂョンワンは満面の笑みを浮かべ頭を下げた。それに大神官ユンレンを始め、周囲は第二皇子に祝福の言葉を贈る。

 しかし和やかな空気を、鋭い声が破った。


「救世主様、どうか私にも挑戦の機会を!」


 硬い表情で進み出たのはリンユー、彼女はシノブの前で(ひざまず)く。

 弟は試しで腕を認められ、学ぶ機会を得た。なのに自分は挑むことすら出来ない。そんな不満が聞こえそうな声と表情だ。


「分かった。貴女にも試練を……」


「私が見極めます。……リンユー殿、私を一歩でも動かしたら貴女の勝ち……如何(いかが)でしょう?」


 シノブの言葉を(さえぎ)ったのはシャルロットだ。そして彼女は戦士の気配を放ちつつ、ナンカンの拳姫へと向き直る。


 流石は戦王妃(せんおうひ)、リンユーとは格が違う。(まと)う闘気は()いだ海のように穏やかだが、大海同様に底知れぬ。

 ナンカンの近衛達からは思わずといった感嘆、アマノ王国の武人達は誇らしげな顔。武術に(うと)いらしいヂョンワンも何かを感じたらしく、(ほう)けたような顔で見つめている。


「異存ありません!」


「では、あちらへ」


 意気込むリンユーに、シャルロットは短く応じると庭の中央へと歩み始めた。

 留学の可否は先刻同様に健闘できたかで決まるだろう。誰の目にもシャルロットの勝利は明らかなようで、そんな言葉が各所から聞こえてくる。


「掛かってきなさい」


「は、はい!」


 自然体で立つシャルロットに、リンユーは実戦さながらの表情で身構える。

 左半身(ひだりはんみ)で腰を落とし、いかにも拳法といった姿勢だが手は開いたままだ。それも手刀のように固めてはおらず、どこか柔らかな印象である。


──女性向けの流派かな?──


──はい~。八佳掌(はっけいしょう)という名で基本は柔の技ですね~。カンでは女性が護身用として学ぶのですが、極めれば達人の剛拳すら受け流して倒します~。でも、この場合は~──


 シノブの問いにミリィは技の特徴を語っていったが、最後は少々言葉を濁した。

 シャルロットが自身から攻めない以上、崩しで入る技は使いにくい。つまり見せ技で釣るしかないが、目論見通りに隙を見出せるか。

 何しろ相手は百戦練磨のシャルロットだ。段違いに優れた相手を自身の流れに引き込むなど、困難極まりない。


「くっ!」


 とはいえ攻めねば始まらない。リンユーは流れるような動きでシャルロットに迫ると、左の掌からの連続攻撃に移る。

 リンユーは閃光を思わせる速さで腕を動かすと、相手の顔面へと掌を突き出し、斬り降ろし、斬り上げる。そして同時に彼女はシャルロットの右足に強烈な足払いを仕掛けていた。

 手は幻惑、本命は足。躱すか受けで足を動かしても一歩には違いないから、合理的な攻めだ。

 しかしシャルロットは動じず、手技は軽やかに流した上に足技にも備えていた。


「硬化!?」


「良い攻撃ですが少々安易でしたね。さあ、もう一度」


 驚愕も顕わな相手をシャルロットは押し戻した。するとリンユーは十歩を超える遠方へと吹き飛ぶ。

 軽く触れたようにしか見えないし、シャルロットは腕しか動かしていない。しかし全力の突き込みもかくやという速さでリンユーは飛ばされたのだ。


「その技、必ず学び取る!」


「ならば貴女の全てを出しなさい」


 鬼気迫る顔のリンユーに、シャルロットは母なる女神を思わせる微笑で応じた。

 もはや言葉を発する者はいない。二人が作り出した神聖な場を汚してはならぬとばかりに、固唾を呑んで見つめるのみだ。

 皇女の技は美しき舞踏、神々しさすら覚えるシャルロットへの捧げ物。華麗な手技や足技の連続を人々は無心に見つめ続けた。

 しかし、このままではリンユーに勝ち目がないのは明らかだ。素早く動く彼女はシャルロットより消耗が激しいし、幾ら虎の獣人とはいえ早晩限界が訪れる。


 リンユーも不利を悟ったのか、大きく跳び下がった。

 どうやら今までと異なる技を使うらしく、彼女の構えは明らかに変わっている。両手を広げた一種独特の姿勢となったのだ。


「あれは『南都(なんと)神殿(しんでん)(けん)』……」


「ああ、ユンレン様がお伝えになったのだろう」


 近衛はナンカン神殿に伝わる技だと(ささや)き合う。

 確かにリンユーの構えは、ユンレンがシノブ達に披露した虎襲(こしゅう)(けん)と瓜二つである。つまり彼女は遠方から衝撃波で攻撃するつもりなのだ。


 巻き(わら)すら両断する危険な技だが、シャルロットなら心配はないと(にら)んでのことか。確かに彼女なら避けるのは容易だろうし、狙いはそこだろう。

 しかしシャルロットは、シノブから虎襲(こしゅう)(けん)を始めとする『南都(なんと)神殿(しんでん)(けん)』の技を聞いていた。


「はっ!」


「甘い!」


 リンユーの放った衝撃波に、シャルロットも同じ技で応じた。二人の間に旋風が発生し、土埃(つちぼこり)が散っていく。

 全身を使ったリンユー、右手を軽く振ったようにしか思えぬシャルロット。やはり両者の間には、想像できないほど大きな差があったのだ。


「勝てない……」


「当然です。私は貴女より長く修行しましたから……ですが貴女も大きな可能性を秘めています。合格としましょう」


 呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす皇女に、シャルロットは柔らかな笑みで応じた。そして彼女はリンユーへと歩み寄ると、手を取って(ねぎら)う。


「……よろしいのでしょうか?」


「貴女は昔の私に似ているのですよ。……危ういところも」


 遠慮がちにリンユーが問うと、シャルロットは密かな(ささや)きを返す。

 微かに頬を染めたシャルロットには、先ほどと別種の美しさがあった。近づき難い闘気は失せ、どこか姉のような雰囲気すら漂わせている。


「リンユー殿の諦めず闘う姿勢に心を打たれた。留学を歓迎しよう」


 シノブの一言に周囲は大きく沸き立つ。そして彼らは皇女の健闘を称え、戦王妃(せんおうひ)の絶技に賞賛を贈っていく。


──シノブ、済みません──


──構わないよ。俺も昔の君のようだと思っていたんだ──


 謝るシャルロットに、シノブは内心感じていたことを伝える。そしてリンユーには救いの手が必要だったのだと続けた。


──これにて一件落着ですね~。でもシノブ様、似ているからって惚れちゃダメですよ~──


──もちろんだよ! 彼女には良い嫁ぎ先を探すさ!──


 ミリィの思念に、シノブは(なび)きはしないと即座に返した。その様子が面白かったのか、シャルロットは僅かに笑みを深くする。


 こうしてシノブは、ナンカンの皇女と皇子をアマノシュタットに連れ帰ることになった。しかし双方とも真摯に学ぶと感じていたから、面倒事を背負ったという思いはない。

 シャルロット達も良き仲間を得たとばかりに、誰もが笑顔で楽しげに語らっていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年7月11日(水)17時の更新となります。


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