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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第26章 絆の盟友達
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26.09 ナンカン動乱

 時は少々戻り、シノブ達がクルーラ地下道の開通を祝っているころ。遥か東のナンカンではミリィやアルバーノなどが、北の国境ジヤン川の近くで暗躍していた。

 暗躍といっても単なる偵察活動だが、文字通りに暗がりの中を跳躍していく(さま)は闇の一族とでも呼びたくなる見事さだ。もしヤマト王国の者が目にしたら、伝説の忍者が現れたと思うに違いない。


 先頭を駆けるのは猫の獣人に化けたミリィ、隣に外見上は同族のアルバーノが並ぶ。

 ミリィは金鵄(きんし)族本来の青い鷹に戻って飛べば良さそうなものだが、今は黒いカン風衣装を着けての疾走である。鷹の姿だと会話できないしモールス信号もどきの『アマノ式伝達法』では細かなニュアンスを伝えにくいから、人の姿を選んだらしい。

 アルバーノは変身など出来ないから、正真正銘の猫の獣人だ。こちらもミリィと同じく闇夜を思わせる服で細身の長身を包み、足音どころか周囲の草すら揺らさず駆け抜けていく。


 続くのは五人の若者達、やはり黒の揃いで深夜の草原に溶け込んでいる。

 まず諜報員でアルバーノと同じく猫の獣人のミリテオ。次に伯爵令嬢にして女騎士のフランチェーラ、ロセレッタ、シエラニアの三人。最後は先日メリエンヌ王国のフライユ伯爵領から来たばかりのファルージュ・ルビウスである。

 女騎士達は虎の獣人や獅子の獣人だから、人族はファルージュのみだ。しかし彼は昨年四月のアルマン島潜入以来アルバーノに師事しており、種族の違いを感じさせぬ軽やかにして密やかな身ごなしで追っていく。


 一行は大河ジヤン川の南岸近く、天気が良ければホクカンも望める丘の上で(とど)まる。彼らはホクカンの様子を探りに来たのだ。

 ここから少し南にナンカン皇帝の(スン)文大(ウェンダー)がいる。彼は行幸の最中で、今回予定している訪問地の一つウーロウに滞在しているのだ。

 なおウーロウから50kmほど南に進めば都のジェンイーだから、ほぼ旅を終えたと表現しても良いだろう。


「あれは軍船……正確には船乗り達ですね~」


 真っ暗闇だがミリィは魔力眼鏡を装着しているから、遥か遠方の人を発見できた。彼女の片目を覆う緑色のガラス状の板には、対象の姿と同時に魔力量が数字で表示されるのだ。

 かつて光翔虎のシャンジーが年長の従兄弟フェイジーと決闘したとき、姿を消した両者を見るためにアムテリアが授けた品である。


 このときフェイニーも同行したが幼すぎ、約三百歳の兄や百歳に達したシャンジーが本気の姿消しを使うと位置すら分からなくなった。それをアムテリアは可哀想に思ったらしく、他の者が使う分も含めて四つを与えた。

 その後は使われることが少なかった魔力眼鏡だが、最近ミリィは暗視装置の代用としていた。今のように相手が見えないほどの暗闇でも、映った映像と魔力で概要を(つか)めるからだ。

 生物以外は魔力を発しても強調表示されないから、この闇では装備どころか船の大きさも分からない。しかし乗員の数や位置で大よそを推測でき、戦力を充分に把握できる。


「練達の武人でしょうか?」


「殆どは七か八くらい、兵士からギリギリ従士という辺りですね~。ちなみに普通の人が五くらいです~。でも、少しですが十や二十、つまり騎士でも上級から貴族の武人に相当する人もいますよ~」


 アルバーノの問いに、ミリィは表示内容をエウレア地方の軍人に当てはめて説明していく。

 もちろん武術の腕は魔力だけで決まらないが、魔力量の多寡は身体強化の程度に直結する。したがってミリィの挙げた数字は大よその強さを示していると考えて良い。


「おそらく今は意識的な強化をしていないでしょ~。だから戦いになれば更に強くなる人もいる筈です~」


「その……ちなみにアルバーノ様はどのくらいなのでしょうか? いえ、彼我の差を(はか)ろうかと思いまして……」


 説明を終えたミリィに、ロセレッタが隠し切れない興味を滲ませつつ訊ねる。

 年長の同僚フランチェーラはヤマト王国のクマソ王子刃矢人(はやと)、後輩のシエラニアはアルバーノの甥ミケリーノへと狙いを変えたらしい。しかしロセレッタは、以前と変わらずアルバーノを一途に慕っているのだ。

 もっとも他の四人、つまり彼女の同僚達やミリテオとファルージュの男性二人も興味津々といった(てい)だ。一方のアルバーノは、微苦笑といった曖昧な表情である。


「その~」


「構いませんよ」


 見上げたミリィに、アルバーノは頷き返す。

 ここにいる若者達は、今やアルバーノの弟子達といった感すらある。とはいえ軽々しく明かして良いことでもないとミリィは思ったらしい。

 そこでアルバーノは遠慮なく伝えてやってくれと答えたわけだ。


「アルバーノさんはですね~、普段が十二です~」


「えっ、それだけ!? ……い、いえ失礼しました!」


 よほどミリィの示した数字が意外だったのだろう、ロセレッタは思わずといった様子で声を上げた。

 ホクカンの船団は少なくとも2kmは離れており聞こえはしないが、偵察中だから無用心と叱られても仕方ないだろう。実際フランチェーラは厳しい視線を向けたし、シエラニアも僅かだが笑みを漏らしていた。


 一方ミリテオは諜報員らしく無表情を保ち、ファルージュも僅かに眉を動かしたのみである。

 どうやら男性陣の方が、アルバーノの力を深く理解しているようだ。同性の方が日常的に接するから、女騎士達よりも多くを教わっているのだろう。


「あのですね~、アルバーノさんは本気のときが凄いんですよ~。そうです、ちょっとお願いします~」


 ミリィは全力を出してくれとアルバーノに頼む。

 まだホクカンの船団と距離があり、シノブのような例外を別にすれば気付かれる恐れはない。先行したシャンジーも何も言ってこないから、そこまで案じなくても良いとミリィは判断したらしい。


「分かりました……はあっ!」


「流石ですね~! 今の魔力量は二百、平時の十六倍以上ですよ~!」


 見かけ上、アルバーノは軽く気合を入れただけとしか思えない。しかし彼の魔力波動は桁違いに増し、感知力に優れた者なら目を疑ったであろう。

 ここにいる若者達は明確な数値など分からないが、これだけ増えれば全く別物と理解できる筈だ。実際に五人は目を見張り、無意識だろうが身構えてすらいた。


「一般的に普段が十から二十の人は、全開の身体強化でも倍くらいですね~」


「そ、そうなのですか……やはり……」


 ミリィの補足に、ロセレッタが驚愕と納得が半々といった様子で言葉を漏らす。

 普段放出している魔力量が二十、つまり常人の四倍でも五万人に一人という逸材だ。そして強化時が二百となると、百万人に一人くらいかもしれない。

 つまりアルバーノは、人口二百五十万人のアマノ王国で三本の指に入る。もちろんシノブやシャルロット、それにミリィを含む眷属達という例外を除けばではあるが。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 このように魔力眼鏡があれば闇でも見逃さないだけではなく、外見から得られる以上の情報も手に入る。しかし頼りきりといかないのは、アルバーノの件でも明らかだ。

 しかもホクカンには魂を操る狂屍(きょうし)術士が潜んでいる筈で、相手が式神や木人の可能性もある。こうなると正体を見定めない限り、常の魔力量など参考程度でしかない。

 魔力眼鏡だと種族は分からないし、式神のような擬似的な生き物かも判別不可能。そして狂屍(きょうし)術士でも特に優れた者は人間そっくりの像を作るから、仮に至近で見ても決め手とは言えぬ。

 シノブのような魔力波動や質での区別など、眷属達でも無理なのだ。


「もしアルバーノ様のような相手がいたら……」


「まずあり得ないと思いますが、可能性を無視するのは愚かですね」


 ミリテオとファルージュは、北へと顔を向ける。

 迫り来る軍船は黒く塗られているらしく、かなり目を凝らしても存在を(つか)める程度でしかない。もちろん船上にいる筈の武人達など尚更で、双方とも視認できずに終わったようだ。


 二人のみならず、女騎士達も憂いを宿した瞳で大河を見つめるのみである。これはホクカンの進撃を察知したのに介入を禁じられているからだ。


 まだアマノ王国はナンカンと正式な接触をしていない。シノブはナンカン皇帝ウェンダーとの会談を望んでいるが、申し込みすら終わっていなかった。

 仲介役を務めてくれるのはナンカンの大神官願仁(ユンレン)で、彼はウェンダーの叔父だから間違いなく会えるだろう。しかし逆に言えば、ユンレンを通さずに突然赴いても周囲が近づけない筈だ。


「せめて投げ文でも……」


「そのようなもの、信じると思えないわ」


 焦りの滲むロセレッタの呟きは、フランチェーラの平静な声に(さえぎ)られた。

 ナンカン側が独力で奇襲に気付く可能性もある。そこで危急の事態でもない限り彼らに任せるべきだと、ミリィは一同を制した。

 全てにシノブや配下の者が口や手を出したら際限がないし、それはアマノ王国による世界統一と同じである。そのようにミリィは諭したのだ。


 シノブ達は命を(もてあそ)ぶ禁術使いを追ってきただけで、版図を広げに来たのではない。

 そもそも現在のアマノ王国は、急激に増えた同盟各国との融和だけで手一杯だ。自国で出来ることは自国でとしておかないと、無尽蔵とも思える魔力を持つシノブ以外は疲労で倒れてしまうだろう。


「今は様子見ですね~。シノブ様もジャル族やメジェネ族と開通式典の最中ですし~」


 敢えてなのだろう、ミリィは気楽な様子を崩さない。

 ナンカンが戦乱の時代に戻るのは見過ごせないから、皇帝ウェンダーや支える者達が危うくなったら助ける。しかし救出なら、ここにいる者達とシャンジーだけで充分だ。

 そのためミリィは式典が終わるまでシノブへの連絡を控えるつもりで、アルバーノも彼女に反対しなかった。二人は限界点を見定めるだけの眼力があるし、そこまで待つ胆力も備えているのだ。

 この辺りはロセレッタも理解しているが、真っ直ぐな彼女は(はや)る気持ちを抑えきれないようだ。


「ええ。それに我らが万一に備えているのですから……ファルージュも間に合って良かったな」


「はい、危うくアルバーノ殿に恩返しする機会を逃すところでした」


 アルバーノがヴェラム共和国からナンカンに移ったのは一週間前、ファルージュが加わったのは更に後である。


 まずアルバーノだが、旧エンナム王国が新体制となり初代大統領が選ばれたのを見届けてきた。これはソニアやミケリーノも同じで、二人も今はナンカンの都ジェンイーで君主会談に向けた情報収集をしている。

 ファルージュが北大陸の東端に来るのは今回が初めてだから、東方文化を学ぶ時間が必要だった。他にも数名がナンカンに入ったが、彼らも含めアマノ王国の情報局で数日の講習を受けたのだ。

 したがってホクカンが数日早く仕掛けたら、この二人は他所でナンカン動乱の知らせを聞いただろう。


「……シャンジーさんが戻ってきました~。船の様子を聞いてみましょ~」


 頭上の猫耳を二人へと向けていたミリィだが、唐突に空を見上げた。

 光翔虎の姿消しは魔力も大幅に隠蔽するが、神具たる魔力眼鏡を逃れることは出来ない。しかし肉眼や自身が備える魔力感知能力のみのアルバーノ達は、ミリィが見つめる先を向いたものの若き光翔虎を探すように視線が動いていた。


『あれ~? その道具、久しぶりだね~』


 二呼吸ほどの後、地上に降り立ったシャンジーは姿を現した。もちろん元の巨体ではなく普通の虎程度に大きさを変えているから、背の高い草むらが彼を隠してくれる。


「シャンジーさんは四十万ですか~。以前より大きく上がりましたね~」


『それは嬉しいな~。でもフェイジーの兄貴は五十三万だし、シノブの兄貴は計測不能だからね~』


 良く似た話し方の一人と一頭は、やはり気が合うらしい。まず雑談から入る辺りも含め、まるで姉弟のような相似である。


 それはともかくシャンジーだが、十ヶ月前にフェイジーと決闘したときの魔力量は三十七万だったから三万も増えたことになる。

 誕生から成体になるまで二百年という長寿な彼らからすれば、これは激増と表現すべきだ。それ(ゆえ)シャンジーは非常に喜んだようで、大きく尻尾を揺らしている。


「四十万に五十三万……伝説の英雄達でも、子育て中で何とか勝負にってなる筈だ……」


「万全の状態で勝てるのは、我らが主くらいでしょうね」


 ミリテオが(あき)れ気味の呟きを漏らすと、ファルージュが声を落としつつも誇らしげに応じた。

 かつてシノブは隷属状態の竜達と真正面から戦って制し、解放を成し遂げた。これは魔力に加えて重力魔術での飛翔があり、互角以上の条件だったのが大きい。

 しかし普通の人間は空を飛べないから、相手を地上に(とど)める策が必要である。


 過去の例では、飛べない幼体がいるときに洞窟内で戦いを挑んでいた。

 相手は子供を守るために力を割き、洞窟を壊さないようにブレスなどの威力も抑える。そして伝説に残るほどの英雄なら強化の倍率も別して高いし、瞬間的であれば更に一桁上の力も出せる。

 とはいえ全てを重ねても双方の差は相当に残っており、この域に達した武人や魔術師が何人も力を合わせて勝負になるかどうかだそうだ。


『シノブの兄貴と比べたらダメだよ~。だって兄貴は……おっと、今は船の話だったね~』


 駄目と言いつつもシャンジーは、ますます嬉しげな様子で会話に加わろうとする。しかも大きく尻尾を打ち振り、発声の術で作った声も喜色満面というべき浮き浮きした様子が明らかだ。

 おそらくシャンジーは、自身が慕う兄貴分を盛大に自慢したいのだろう。しかし彼は直前で己のすべきことを思い出したようで、偵察の結果を語り始めた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ホクカンの軍船は本格的な上陸作戦を意図したものらしく、大勢の兵を乗せていた。総数は最低でも二千人以上、三千を超えている可能性もある。

 二千や三千といってもホクカン全体で百六十万人弱だから、最大で全人口の五百分の一にもなる。ホクカンは長い国境線を持っているから、一箇所にこれだけの数を割くのは結構な覚悟をしての行動だろう。

 対するナンカンだが皇帝滞在中のウーロウは都市としているが住民は五千人ほど、そこに五百人程度の守護隊が駐留しているのみだ。これに行幸の供である近衛達が総勢五百、現在は合わせて千人の軍人がいることになる。


『だから相手はナンカンの倍や三倍だね~。皇帝ウェンダーの側近には(グオ)将軍もいるけど、数が違いすぎるから厳しいかも~。だって外を荒らされたら、閉じこもってばかりもいられないし~』


 シャンジーも人間の軍学を多少だが聞き及んでいる。シノブ達との交流で自然と覚えたものだから大雑把も良いところだが、それでも都市攻略に三倍の兵が必要とされることや多少の駆け引きは知っているようだ。


 三倍というのは完全な篭城戦を選んだ場合で、当然ながら攻め寄せる側は様々な手を用いて釣り出そうとする。

 その中で最も有効とされるのが、近郊の田畑を荒らすことだ。仮に篭城側が増援の到着まで守り通しても残されたのが荒廃した農地では生産力が大きく落ちるし、農民達を中心に人心乖離も(はなは)だしい。

 そのようなわけで都市を預かる太守達は、せめて一戦くらいはと城外に軍を出す。安全策を採るあまり敵の好き放題にさせては、生き残っても君主からの叱責は間違いないからだ。


 しかも今回は皇帝自身が都市におり、威信に懸けても完全篭城とはいかないだろう。

 都のジェンイーまでは一日程度だから、石橋を叩いて渡るなら増援を待つべきだ。しかし皇帝への求心力維持に目を向けたら、到着前に兵を出して自身が強い君主だと示すべきである。

 僅か一日を守りきれば良いのだし、申し訳程度に百名か二百名の兵を出すだけでも印象は大きく上向くに違いない。人間以上に高い知能を持つ超越種だけあって、シャンジーは自分の使うことのない知識を理路整然と語っていた。


「流石はシャンジー様。おそらく皇帝は、この初回の迎撃を野戦とするでしょう。己の技量に自信があれば直接率いて、なければ勇将と名高いグオ将軍に任せて……どちらにしてもジヤン川南岸と都市ウーロウの中間辺りで激突する筈です。

ウーロウには高楼がありますから、幾ら夜陰といっても船が岸に寄せれば発見できるでしょう。軍船に馬が殆どいないのでしたら、仮にウーロウ側の初動が遅れても中間地点より先に進ませはしないかと」


 現在のファルージュは、フライユ伯爵領軍の参謀長だ。そのため彼は若いにも関わらず、自信に満ちた表情で自説を披露する。


「この田畑が荒らされるなんて……」


 ロセレッタは背後へと視線を転ずる。そこには都市に向けての低地に広がる田んぼや、丘の上に作られた畑や果樹園があった。

 今は三月中旬だから、夏に向けての作物が植わっていたり準備が進められていたりと様々だ。しかしどこも綺麗に整えられ、それらが農民達の大きな期待を示している。

 これを無残に踏みにじるなど騎士道精神に(もと)る行為だと、ロセレッタは憤慨したらしい。


「悲しいことですが仕方ありません。これは戦争なのですから」


 対照的に冷静な様子を崩さないのは、最年少のシエラニアだった。

 どこか現実的なところがあるシエラニアらしい発言だが、声音(こわね)には自分自身に言い聞かせているような響きも僅かだが含まれていた。やはり彼女も痛ましくは思っているのだろう。


「……上陸が始まりましたよ」


 ミリテオの言葉通りにホクカンの軍船は最大限に岸へと寄せ、更に上陸用の小船が数隻ずつ水面に降ろされた。

 岸には川船用の桟橋もあるが、そこに着けたら守護の兵が都市ウーロウに走るだろう。そこでホクカンの船団は敢えて港以外を選んだが、こちらは接岸できないように自然のまま川砂を堆積させているから端まで寄れない。

 そこで各船は上陸用のボートを積んでいたのだ。


『街の塔でも動きがあったね~。やっぱり気付いたみたいだよ~』


 シャンジーはウーロウの塔の上で灯りが明滅したと指摘した。光の点滅は周辺に注意を促すためのものだから、彼らも遅れず初動を取ったと理解できる。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 予想通り、ナンカン皇帝ウェンダーは近衛軍をウーロウの外に出した。しかも自身が率いてである。

 兵数は五百、つまり行幸に伴った一団の全て。このうち三百を先鋒としてグオ将軍に任せ、残る二百を自身の直衛かつ本陣とする攻撃的な布陣だ。

 近衛軍は基本的に騎馬軍団だから、一戦して敵を削ったら引き返してウーロウに篭もる算段かもしれない。もし壊走でもさせたら重畳(ちょうじょう)、最低でも時間稼ぎと皇帝の名誉に恥じぬ防戦を演ずる。都のジェンイーまで一日だから、一当てした後は堂々とウーロウに()れるというわけだ。

 もっとも近衛軍は意気軒昂で、自分達がいれば充分に撃破可能だと言いあっている。その辺りからすると一戦して篭もるという推測は、シャンジーやファルージュの言葉を聞いたが(ゆえ)の思い込みかもしれない。


「中央は私が率いる! 右翼は父上、左翼は師明(シーミン)だ! さあ行くぞ、ユェンチー、シュンナン!」


 三百の先鋒をグオ将軍は更に三つに分けた。口に出した通り、右が父の師貢(シーゴン)で左が弟のシーミン、そして三人とも使役獣の大虎達を連れての進軍だ。

 グオ将軍の騎馬を含め軍馬達も慣れたもので、虎の軍団と並んでも(おび)えはしない。それどころか将軍への返答らしき虎達の咆哮(ほうこう)に和して(いなな)くほどである。


「我らはグオ将軍に続くぞ!」


「将軍は百戦百勝、手柄は思いのままだ!」


「ああ! 大将首を上げてやるぜ!」


「猛虎騎馬団の恐ろしさを見せてやる!」


 副官達が士気を高めるべく声を張り上げると、待っていたと武人達が応ずる。そして彼らは命じられた通りに軍団を三つに分けていった。


 三つの軍団は、それぞれ矢尻のように後方を斜めに広げた紡錘陣形を取っていた。この外縁部を虎達が囲んでおり、馬達が作る三角形を黄色と黒の縞で覆ったようでもある。

 中央のグオ将軍の一団を例に挙げると、別格に大きいユェンチーとシュンナンの二頭を最前列として直後にグオ将軍と愛馬を頂点とした尖った三角形の馬群、その両脇に虎達の壁という陣形だ。人馬を突入させる道を虎達が切り開き、馬上の武人達は生じた裂け目で思うがままに長槍を振るおうという意図である。


 しかし百戦錬磨の猛虎騎馬団も、今日は思わぬ敵に足を(すく)われてしまう。どうやったのか、ホクカン軍は戦場となった一帯に罠を仕掛けていたのだ。


「ど、どうして我が国の牧草地に!?」


「まさか農民達が裏切ったのか!?」


 戦場に選ばれたのは休耕中の畑が多い一帯だ。もちろん一部には作物が植わっているが、多くは輪作の牧草で馬を走らせるのに絶好の場所である。

 低い場所には田んぼが多く、そこはナンカンの軍馬もホクカンの歩兵も避けて通る。グオ将軍が三つに隊を分けたのもそのためで、両軍の邂逅地点は自然と限定された。

 それ(ゆえ)グオ将軍も、自分達に有利な駆けやすい場所に疑いを(いだ)かず牧草地に踏み入った。しかし単なる草原に見えた場には、無数の落とし穴が掘られていたのだ。


「動揺するな! 虎達に続いて駆け抜けるのだ!」


 グオ将軍は声を張り上げつつ、自身の騎乗で示してみせる。彼は先陣の一頭ユェンチーが不規則に跳びつつ進むのを馬に追わせているのだ。


 落とし穴といっても小さく、せいぜいが(ひづめ)を取られる程度でしかない。しかし、それでも馬達からすれば恐るべき致命の罠であった。

 細い縦穴に足を突っ込んで骨折し、背の武人を放り出す馬。それを目にして狂奔(きょうほん)し、仲間達を巻き込んで倒れる馬。これが昼間で緩やかに歩を進めれば馬達も余裕で避けただろうが、暗闇での疾駆だから成す(すべ)もない。

 しかし虎達は猛獣ならではの超感覚で見つけるらしく、疾走にも関わらず見事に跳び抜けていく。


「このままでは壊走……いや、あれは!?」


 グオ将軍は撤退を決意したようで、悔しげな表情で何かを言いかける。

 半数ほども倒れ、残った者達も動揺が激しい。それにホクカン軍は(とど)めを刺す好機に歓呼しつつ、一斉に前進を始めた。

 こうなっては一刻も早く退()くべきだ。しかし何故(なぜ)かグオ将軍は驚愕の叫びを上げ、紡がれる筈だった言葉は永遠に消え失せた。


「私は大聖母神様の使者、陽光仮面だ! 友の危機を救うべく、遥かな遠方より駆けつけたぞ!」


 白い衣装と同色のマント、目を残して白布で頭も覆った異様な男が高々と声を張り上げる。そして彼は手にした長槍を振り回しつつ、迫り来るホクカン軍を蹴散らしていく。


 この怪しげな人物は、アルバーノが扮した仮の姿である。

 もちろん発案者はミリィで、彼女は全員の分の衣装を準備していた。それも頭の白布は額に来る部分に太陽を模したらしき刺繍(ししゅう)を施しているという念の入れようだ。


 残る二つにもアルバーノ以外が向かった。しかも右翼はミリィ、左翼はシャンジーが支援しているから中央と同じように易々とホクカン軍を制している。


「もしや貴殿は!?」


「私は陽光仮面である! そなたを救うようにと大聖母神様がお告げを下さったのだ!」


 グオ将軍の問いに、アルバーノは僅かに揺れた声で応じた。

 どうやらアルバーノは少々照れたらしい。寸劇めいた扮装に加えて、最高神アムテリアの使者と名乗ったからだろう。


 照れつつもアルバーノが役を貫く理由は、現段階でアマノ王国が支援した証拠を残さぬためだ。

 ミリィは単なる友として助けるようにと、仮の姿を用意した。つまり公人ではなく私人として事に当たれと勧めたのだ。

 シノブもアマノ王国として手を貸すのは時期尚早としたが、個人としての行動まで縛ってはいない。そのようにミリィは指摘し、アルバーノ達も確かにと同意を示したわけである。


 アルバーノはグオ将軍と会ったことがあるし、将軍の長男で跡取りの師迅(シーシュン)を僅かな間だが配下としてもいる。そのため彼はシーシュン少年を悲しませぬよう、グオ一族を救出したかった。

 もちろんアルバーノは口に出さなかったが、ミリィにはお見通しだったらしい。彼女が提示した収拾策には当人の趣味が強く反映されているが、内容自体は意外にも真っ当なものであった。

 今どき旅芸人でも見かけないほど陳腐な演出だが、どうせ演劇じみた登場をするならとアルバーノも同意した。もっとも、これは考える時間がなかったのも大きいだろう。


「……分かりました。それでは陽光仮面殿、また会える日を楽しみにしています」


「私もだ! ともかく無事に生き残ってくれ!」


 状況を理解したらしきグオ将軍に、陽光仮面ことアルバーノは大きく頷き返した。そして彼は再びホクカン軍へと走り出す。

 一方ホクカン軍だが、これではグオ将軍の隊を叩くどころではない。彼らも残りを(まと)めつつ、少々後ろの川辺に近い場へと撤退していく。


 その間にグオ将軍は戦闘継続可能な者達で隊を再編し、負傷者の応急手当を済ませた。それらを見届けたアルバーノは、風のような疾走で姿を消す。

 このときグオ将軍の部下達は、どこからともなく現れてどこかに去っていく謎の人に深い感謝の念を捧げ続けた。そして彼らは都に戻った後、陽光仮面の逸話を後世に残すべく子や孫に語り伝えたという。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年6月13日(水)17時の更新となります。


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