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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第26章 絆の盟友達
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26.07 新たな地下道と仲間達 中編

 オスター大山脈を挟んで西のエウレア地方と東のアスレア地方を結ぶ、全長150kmにもなるクルーラ地下道。もちろん人間の技術では実現不可能な代物で、造り上げたのは玄王亀の(つがい)クルーマとパーラである。


 この想像を絶する大トンネルのエウレア地方側の入り口は、アマノ王国ゾルムスブルク伯爵領の東端に存在する。

 西側から陸路でクルーラ地下道に行く場合、ゾルムスブルクの都市ハーフェボンから大よそ東北東に向かう新街道を使うことになる。これは新街道と呼ぶようにアマノ王国となってからの整備で、真新しいと表現すべき道だ。

 新街道は鉱山からの荷や山で伐採した木々を降ろすために造ったものだが、終点近くはオスター大山脈の幅が最も狭い場所でもあった。そこで良い道もあるからと、クルーマ達は新街道の先から東へと掘り進んでいったわけだ。


 一方シノブ達は交通量も増えるからと新街道の拡幅を決め、更に製錬した鉄や銅を街に運ぶ鉱山鉄道も併設していく。

 こうなると素っ気ない名も似合わないから、地下道に(ちな)んでクルーラ街道と改称された。鉄道が都市まで繋がるのは半年以上も先だが、完成したら地下道への旅客も運ぶ。

 そのため街道に倣い、鉄道もクルーラ線と名を変えた。ゾルムスブルクは鉱山が多いだけに、地下を知り尽くし鉱物にも詳しいクルーマやパーラは大人気となったのだ。


 そういった背景もあり、開通式典には大勢の人々が押しかけた。

 アマノ王国での開通式典は入り口の近くで行われたが、深い山中だからハーフェボンからでも片道一日は必要だ。ましてや領都シュトックベックは倍も遠いというのに、合わせて二千人以上も祝いに来た。

 この半数以上が鉱業や林業の関係者と交易商人だ。前者は整備された交通網による出荷量増加の礼、後者はアスレア地方の情報収集である。

 抜けた先は険しい山地で僅かに遊牧可能な地がある程度、その先は幅1000kmもの大砂漠でオアシスが点在するのみだ。これらに住む少数民族はアマノ王国の自治領となる道を選択したが、全て合わせても七万人程度でしかない。

 しかし珍しい品々が入手できれば巨万の富を得られるかもしれないし、飛行船を使えば更に東のアスレア地方の国家群にも渡れる。そこで遠方まで視野に入れた大商会から近場を前提とした行商人まで、様々な顔ぶれが揃ったのだ。


「素晴らしい式典だったね!」


 ハンドルを握るベランジェは、進行方向を向いたまま満足げな声を上げる。

 既にアマノ王国側の開通式は終わり、シノブ達は蒸気自動車でクルーラ地下道を抜けている最中だ。シノブ達は四十人以上乗れる大型を五台も連ねて東へと向かっている。


「伯父上、あまり飛ばさない方が良いのでは?」


 シャルロットは流れていく壁面を見つめている。

 トンネルの壁には一定間隔ごとに距離が書いてあり、眺めていれば大よその速度が分かる。そしてシャルロットは騎士としての経験が豊富だから、現在どのくらいか正確に把握したらしい。


「……確かに二十分は早く着きますわね」


「予定では四時間ですから、一割以上は速いですね」


 セレスティーヌは懐中時計と壁の数字を見比べている。それにミュリエルも彼女に倣い、小型の懐中時計を取り出していた。


 ちなみに今乗っている大型蒸気自動車は長距離連続走行用として開発され、地下道にサービスエリアのようなものは置いていない。

 車内には大型の魔力冷蔵庫や保温の魔道具を備え付けたし、浄化の魔道装置付きのトイレもある。そのため地下道に休憩所は不要なのだ。

 実は試算した結果、休憩所を設けるより各種魔道装置を積んだ方が安上がりであった。そのため他の地下道も含め、内部には保守時に使う詰め所しか置いていない。

 それに鉱山夫などは別として、全く日の当たらない場所で一日を過ごしたい者も少なかった。


「後続も問題なく付いてきています!」


 後ろに走っていったアミィが、二台目も大丈夫だと続ける。

 この蒸気自動車は外観も含めて地球のバスを模しており、後ろは広いガラス窓となっている。そして大窓から見える同型は、先ほどと同じ幅を保って追いかけていた。

 軍用の灯りの魔道具を元にした前照灯は(まばゆ)いほどに輝いており、車体をはっきり見て取るのは不可能だ。しかし光の大きさや届き方は同じだから、車間距離が変わっていないのは確かである。


「大丈夫だよ。この最新式の最高速度はもっと上だし、今くらいなら往復しても問題ない」


 女性陣に応じたシノブだが、外の様子を見ていない。

 シノブは超越種達と共に、座席を外して空けた場所に絨毯を敷いて座っていた。一号車に乗ったのはアマノ王家の面々とアミィにベランジェ、他は全て超越種だったのだ。

 乗っているのは十四頭。まず海竜リタンと玄王亀ケリス、更にケリスの親にして地下道の製作者であるクルーマとパーラ。今日仲間に加わったばかりの三頭の幼体と、預けに来たついでに式典を見ていこうと言い出した両親達。それに嵐竜ラーカも、同族の幼子の世話したいと車内に残った。

 なお他の飛翔できる子や磐船を運んだ朱潜鳳フォルスは、先導役として少し手前を進んでいる。


 二号車は親衛隊のエンリオ達など王都から来た人々に、代官としてゾルムスブルクを預かるデグベルトなどだ。

 ゾルムスブルク、ゾットループ、エッテルディンの伯爵はシノブが兼ねており、それぞれ子爵が代官として預かっている。そこで乗車時間も長いから領内の現状を訊ねようと、シノブはデグベルトを一号車に招こうとした。

 しかしデグベルトは固辞し、二号車を選んだ。旧帝国時代の彼は鉱山の顔役に過ぎず、四時間も王家の側に(はべ)るのは(こた)えるらしい。


 更に後ろの三号車は大商人など民間の招待客だ。シノブの御用商人達であるファヴリのボドワン商会にメグレンブルク伯爵夫人となったモカリーナのマネッリ商会からも、ゾルムスブルクの支店長が選ばれた。

 残る四号車と五号車は抽選で当たった者達だ。デグベルトは領内の民にも記念の日を共に楽しんでもらおうと、合計八十名の枠を設けたのだ。


「国王から民まで揃っての通り初め、我が国に相応しい催しで大変結構!」


 ベランジェが上機嫌なのは、国を挙げてと表現すべき多様な面々の参加も大きいようだ。

 統治者に武官や文官、各種産業の代表者達、そして街からも老若男女が集まった。空前絶後の大トンネルや最新式の乗り物も嬉しいが、最大の喜びは日々の成果を強く感じたが(ゆえ)なのだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 地下道に入ってから三十分ほどが過ぎた。

 蒸気自動車は順調に走っているが、ベランジェは少々退屈したらしく姪のセレスティーヌを呼び寄せた。そしてミュリエルも加わり、三人で雑談を始めている。

 道は真っ直ぐだから運転は容易だが、逆に暇すぎて眠気を誘う可能性がある。そこでベランジェは早々に予防策を講じたわけだ。


 ベランジェ以外も蒸気自動車の運転を学んでおり、交代しても問題ない。それに休憩の場は設けていないが、交代に使う場所は一定間隔で置いている。

 ただしベランジェは、可能な限り自分が運転すると言い張っている。運転好きな彼は、単独完走を狙っているらしい。

 後続を置いていくわけにいかないから一時間ごとに停車するが、彼が運転席から離れることはないかもしれない。


 一方のシノブだが、相変わらず中央付近の床の上だ。

 シノブも蒸気自動車の運転は得意だが、いつ超越種の幼体が魔力を欲しがるか分からない。そこで交代要員からも外されたが、今現在に限っては幼子達に魔力を与える必要はない。


「お守りの仕方も色々だね……」


 自身を囲む超越種達を眺めつつ、シノブは呟く。

 幼体達は三頭とも眠ってしまったから、今は父母の側にいる。そしてリタンとケリスにラーカの三頭は、少し上に浮いて弟分や妹分を見守っていた。


 玄王亀アノームとターサは腕輪の力で地球のゾウガメの五割増しといった程度に変じ、少し手前に小さな枕くらいの雄の赤子タラークがいる。タラークは甲羅に半ば手足を納めており、黒くこんもりと盛り上がった碗を伏せたようでもある。

 嵐竜ヴァキとサーラはとぐろを緩く巻いており、幼体のルーシャは母が作った輪の中だ。嵐竜の赤子は、彼女のように親達に物理的にも守られて過ごすのだ。

 海竜マートとティアは、やはり母のティアが娘のラームを(ひれ)の下に入れている。しかもラームは、自身の(ひれ)の下に頭を突っ込んでいた。海竜は首を後ろに向ければ前足や背にも届くとはいえ、なかなか面白い寝相である。


 ケリスの両親クルーマとパーラは、アノーム達の側だ。二頭は先々娘と(つがい)になるだろうタラークを見つめている。

 ミュリエルが後ろの様子に気付いて間仕切りの厚いカーテンを広げたから、車内は先ほどと打って変わっての静けさだ。


「住む場所も色々ですよ」


「マート殿とティア殿の住まいは遥か東……今は真夜中ですね」


 起こさないようにと気遣ったらしく、アミィとシャルロットは足音を殺して歩んでくる。それに二人は声も(ささや)き程度に抑えていた。


 海竜マート達の棲家(すみか)は地球で例えるならハワイの近くだ。それに嵐竜ヴァキ達もフィジーの近くといった辺りだから、経度でいえば20度ほど西なだけである。

 シノブ達は双方に転移の神像で訪れたが、どちらも絶海の孤島で更に魔獣の海域の中央に位置している。しかも行ったときは天気が悪かったから棲家(すみか)の洞窟を離れなかった。

 そのため東の果てまで知ったとは言えないが、一応は経度180度を越えていたのだ。


──我らからすれば、このように人の子との共存が始まっていることに驚きを感じるぞ──


──人々が協調を選んだとき境を取り払って導くように……。そのように神々は仰せになったと教わりましたが、実現した例を知ったのは初めてです──


 マートとティアは地下道の見学を望んだ理由に触れる。

 新たな段階に進んだ証を目にしようと、幼体の親達はシノブに子を預けてクルーラ地下道への移動を望んだ。そこで存分に見てもらおうと、シノブは魔法の家を使って彼らを先行させた。


 ここにはクルーマとパーラがいるから、普段は停止している権限を有効にすれば呼び寄せ出来る。そしてシノブは超越種の棲家(すみか)近くに転移の神像を設置したように、彼らが超常の手段を用いるのを良しとしていた。

 シノブは技術発展を促すべく、自分達は神像での転移を無闇に使わないと決めた。しかし超越種は神々の意思を受けて動いているから、恩恵も受けるべきと考えたのだ。


──近い将来、大陸の東も同じようになる……俺達が、そうなるよう後押しするから──


──先日ヴィンやマナスが調べた海域にも道を付けるのか?──


 幼子達の眠りを邪魔せぬよう思念へと切り替えたシノブに、嵐竜ヴァキが問い掛ける。

 ヴァキが挙げたのは、アコナ列島と大陸の間だ。符術を悪用したエンナム王家は廃されて代わりにヴェラム共和国が誕生したから、確かに海竜の道を造る日も近いだろう。


──もう少し様子を見てからですね──


──ヴェラム共和国とカンの間の海に魔獣はいないので、最低でもナンカンが信用できると確信した後になります──


 アミィの(いら)えが短かったからか、シャルロットは少々細かく触れていく。

 ヴェラム共和国は三月に入ってから誕生したばかりで、まだ臨時の体制だから落ち着くまで待つべきだ。それにナンカン皇帝とは近日中に会える筈で、彼と語らった結果を含めて判断したい。

 ナンカン皇帝は行幸中だが、予定通りなら今日戻ってくる。それにヴェラム共和国とナンカンが友好関係を樹立してからでも充分だと、シャルロットは結ぶ。


──海竜の道を頼むときはダイオ島の東にするし、そこまでナンカンの軍船が来る可能性は低い。とはいえ急ぐ必要もないから、やはり会談次第だね──


 シノブは既存の交易に配慮し、アコナ列島の南西端とダイオ島の少し南が良いと考えていた。ここには魔獣の海域が非常に狭い場所があり、海竜達も苦労せずに済むという利点もある。


 その場合ナンカンで最も南の港から1000kmも離れており、ヴェラム共和国が健在であれば彼らが軍を送るのは不可能だろう。しかし誕生したばかりの国を過信するわけにもいかないから、早期の開通は避けることにした。


──我らも昨秋から森の民との交流を始めた。マート殿やヴァキ殿も、さほど待つことはなかろう──


 玄王亀のアノームとターサの棲家(すみか)は、アゼルフ共和国の地下にある。そして()の国を含むアスレア地方では、超越種が人の前に姿を現すようになってから半年近い。


 長い時を生きる超越種からすれば、半年など人間にとっての半月のようなものだ。それ(ゆえ)マートやヴァキも強い喜びを覚えたらしく、魔力波動を大きく振るわせる。


──うぅん……父さま?──


──とても楽しそう──


──もう着いたのですか?──


 至近で大きな魔力が動いたから、嵐竜ルーシャと海竜ラームが目を覚ました。すると釣られたのか、玄王亀のタラークも首を(もた)げる。


「まだだよ。でも、嬉しい出会いが待っているって、お父さん達は期待しているんだ」


 シノブの返答に納得したのか、三頭は再び夢の世界へと戻っていく。

 もしかすると幼子達は、シノブ達が目指す共存と融和の時代にいるのだろうか。彼らが発する春の光のように優しい波動から感じたことを、シノブは皆に伝えた。


 シャルロットとアミィは笑顔、超越種達はそれぞれの種族の仕草で賛意を示す。そして一同は、より良い未来を紡ぐための語らいを再開した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 五台の蒸気自動車がクルーラ地下道を抜けたのは予定より二十分も早かった。

 これは先頭を走る一号車が快調に飛ばし続けたのが大きい。ベランジェは休憩こそしたものの、交代はしなかったのだ。

 もっとも走り通したのはベランジェだけだ。二号車から五号車までは、それぞれ四人の運転手が順に運転を担当したのだ。

 この運転手達は新設されたゾルムスブルク伯爵領軍特殊輸送大隊所属の兵士、ありていに言えば軍が運営する交通機関の運転士だ。そのため事前の訓練を別にすると、これが転属後の初仕事でもあった。

 そこで一台ごとに四人を配し、晴れの舞台を多くで分かち合おうとしたわけだ。


「良い天気だな」


「ああ、記念の日に相応しい……それに涼しくて過ごしやすそうだ」


 降車する運転士達の顔は、高地に降り注ぐ陽光に劣らず輝いている。

 国王を始めとする貴顕達、幼体も含めたら二十を超える超越種達。どちらも滅多に会える相手ではない。しかも歴史に残るのは間違いなしの開通式典で運転を務めたのだから、現在編纂中の史書に全員の名が記されるかもしれない。


 このように栄えある役目を果たした者達のみならず、外に出た者達は一様に顔を綻ばせていた。

 地下道を出てすぐの場所はクルーマとパーラにより大きな広場に整えられた。これはシノブ達が乗ってきた大型車を百台並べても充分に余るだろう場で、そこには既に数百人も集まっており、高地の冷涼な風とは対照的な熱気で歓迎してくれた。


「右がジャル族の方々、左がメジェネ族の方々ですね」


「高地の厚い服に、大砂漠に向いた通気性の良い服……違いがあって助かります」


 こちらはレナンとパトリック、シノブの側近の少年達である。

 両部族の服は、一見すると良く似ている。頭にはターバンのような布を巻き、裾が長い前合わせの外套(がいとう)という組み合わせだ。下には緩めに作られたシャツやズボンを着けているが、外套(がいとう)で完全に隠れて見えはしない。

 ただし高地のジャル族が毛織物で砂漠のオアシスのメジェネ族が麻の布と、素材が大きく異なるから判別は容易である。


 ちなみにジャル族とメジェネ族だが、間に砂漠を挟んでいるから最近まで交流がなかった。しかし服や日用品のデザインは良く似ており、元は同族だったと思われる。

 実際ジャル族には、遥か昔に砂漠のオアシスから移り住んだという言い伝えが残っていた。


「す、涼しい……」


「ヴィジャン、大丈夫?」


 こちらは元エンナム王子のヴィジャンと、旧帝国の伯爵家出身のネルンヘルムだ。先ほどの二人とは違い、双方とも十歳以下である。

 エンナム王国は亜熱帯から熱帯にかけてで、しかも山地が殆ど存在しない。先日までヴィジャンが暮らしていた都も海に近いから、彼はアマノ王国で初めて高山を目にしたという。

 世話役のネルンヘルムが気を利かせて冬季用の制服を着せたが、それでもヴィジャンは頬を撫でる風の冷たさに驚いたようだ。


 一方のネルンヘルムだが、雪解け間もない高地でも充分に快適らしい。

 旧帝国、つまり現在のアマノ王国は高緯度で標高のある場所も多い。そしてネルンヘルムの父エックヌートが治めていたのはメグレンブルク伯爵領、高地が多く気温も低い土地だから尚更だ。


──ヴィジャンも大丈夫そうだね──


──ええ。ネルンヘルムとも相性が良いようです……貴方の考えたように──


 シノブの密やかな思念に、シャルロットは優しさと誇らしさが滲む波動で応じた。

 メジェネ族とジャル族はアマノ王国の一員になるが、自治としたように彼らの生活は山脈の西と大きく異なる。

 そこで今回、シノブは文官向きの少年達を連れてきた。護衛はエンリオ以下の親衛隊やシャルロット付きの女騎士がいるから、見習いは先々為政者になりそうな子を選んだのだ。


 その中でもネルンヘルムとヴィジャンは似たところが多い。

 ヴィジャンが王子の地位を失ったように、一旦ネルンヘルムは伯爵継嗣から騎士の子へと身分を落とした。つまりアマノ王国誕生に伴いエックヌートがドラースマルク伯爵となるまで、今のヴィジャンと同じような境遇だった。

 そこでシノブは、ネルンヘルムなら遠い異国に来た元王子を上手く導けるのではと考えた。同じ経験をした彼なら、単なる同情ではなく真の理解と共に希望を示せると期待したのだ。


「大丈夫です。本当に色んな人々がいるのですね……」


「その通りです。でも、この方々とも仲良く出来ますよ……君と僕のように」


 六歳の元王子に、九歳の伯爵継嗣が微笑みかける。

 近くでミュリエルの側付き達の一人、十一歳の少女が頬を緩ませる。彼女はネルンヘルムの姉、フレーデリータだ。どうやら弟と似た素質の持ち主らしく、商務卿代行としてのミュリエルを微力ながらも支える逸材である。


──先々が楽しみだよ──


 超越種の子供達に、側仕えの少年少女。それぞれが広げていく絆を目にし、シノブは顔を綻ばせる。

 先月二十歳(はたち)になったばかりの若造が、と思いもする。しかし自分には既に息子がおり更に国父と呼ばれる立場なのだから当然と、積極的に目を配るようにもしている。


 優しいだけでは国を率いていけないが、とはいえ愛なき君主など害悪でしかない。人を動かすのは、心を動かしてこそ。その原動力は、恐怖ではなく共に歩みたいという思い(ゆえ)。そうでなくてはベーリンゲン帝国を打ち倒した意味がない。

 奴隷制度を敷いた帝国の否定が、アマノ王国の誕生へと繋がった。つまりアマノ王国の原点は自由と愛にあると、シノブは考えていた。

 そして未熟な自分が王として立てるのは、掲げた理念の象徴だからとも。


──はい! それにここの人達、メジェネ族やジャル族の皆さんにも広がりますよ!──


 アミィの言葉に、シノブは正面へと目を向け直す。

 ちょうど最後の一人が蒸気自動車から降りたところだ。これからシノブ達は二つの自治領の人々が見つめる中、新たな融和の時代が来たと示さなくてはならない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ジャル族とメジェネ族は、それぞれ百人ほどいるようだ。二千人以上が集ったアマノ王国側と比べたら少ないが、彼らの人口から考えると充分に多いだろう。


 この高地に住むジャル族が約三万人、大砂漠のオアシス群を居住地とするメジェネ族も一万人ほど多いだけだ。

 オスター山脈は幅1000kmもあり、その各地にジャル族は散らばって小集団の遊牧生活をしている。それにメジェネ族のオアシスは、一番近いものでも300kmは離れている。

 もちろん歩いてきたのではなく、超越種の運ぶ磐船に乗って集まった。朱潜鳳フォルスの(つがい)でシノブ達と暮らすディアスの母、ラコスがオアシスと山脈の斜面を巡っていったのだ。

 そのため整列した両部族の後ろにはラコスがおり、彼女の後方には黒光りする装甲を張った巨船が置かれている。


 過酷な土地での暮らしだから、ジャル族とメジェネ族は双方とも(おさ)の殆どが男性だという。

 この世界には魔力による身体強化があるし、強化を含め魔術の適性に男女の差は存在しない。しかし身篭っている女性が崖を登ったり砂漠に出たりする筈もなく、自然と男性が(おさ)に選ばれるようになったのだ。

 したがって集まった者に女性は少なく、双方合わせても十名以下だ。それも極めて近くに住むジャル族が妻や娘を伴った程度で、(おさ)の印である金属細工の頭飾りを着けている女性は二人のみだった。


 両部族の者は頭に巻いた布を別の縄で縛って留めているが、この布留めの輪に金属を使えるのは(おさ)のみだ。ジャル族なら遊牧の一団を率いる指導者、メジェネ族なら村長(むらおさ)以上である。

 ちなみにターバンのように巻いた布は、余った部分で後ろや横まで覆っており、長く全身を覆う外套(がいとう)もあってシノブは『アラビアのロレンス』で描かれた人々を思い出した。


──大砂漠だから、参考にしたのかな?──


──その……私からは何とも──


 シノブは問い掛けるが、アミィは言及を避けた。

 創世の内幕に触れるなど、眷属としては畏れ多いことらしい。それ(ゆえ)こういったときアミィ達が真実を示すことは極めて稀だ。


 それに今はすべきことがある。これからシノブ達は、双方の族長の挨拶を受けるのだ。

 シノブは共に来た一団の前に立ち、そこに四人の男が歩いてくる。事前にゾルムスブルク伯爵領の代官デグベルトから聞いたところだと、どちらも族長と跡継ぎだという。


 四人はシノブから数歩手前で立ち止まると(ひざまず)いた。族長同士が左右に並び、その後ろに跡継ぎ達が控える形である。

 更に後方、整列したまま残っていた者達も族長達に倣って跪礼(きれい)の姿勢となる。


「我らが偉大なる主、アマノ王国の統治者シノブ様。私がジャルの族長、ラギョル・ダリュム・ラビャールと申します」


「我らが偉大なる主、アマノ王国の統治者シノブ様。私がメジェネの族長、リュグ・ジャフド・ギャロファルと申します」


 族長達の名乗りは、一族と自身の名を除くと全く同じだった。これは代々伝わる仕来りで定められた挨拶だからである。

 やはり双方の先祖は同じで、メジェネ族から分かれた者達がジャル族となったのだろう。


 見上げる顔も類似が顕著だ。強い日差しで焼けた肌、高い鼻の下に族長達は黒々とした鼻髭、細く締まっているが頑強そうな肉体も兄弟のようである。

 瞳は金眼。父子の種族は同じ、ジャル族が豹の獣人でメジェネ族の猫の獣人だ。そのため四人が頭に巻いた布は、上部が僅かに膨れている。


「ヒュザ・ラギョル・ラビャールと申します」


「ハジャル・リュグ・ギャロファルと申します」


 この二つの部族は、自身の名に父の名、所属集団の名と続く。それらは聞いていたシノブだが、とあることが気になった。

 ジャル族の若者ヒュザが名乗ったとき、隣のハジャルの表情が僅かに(ゆが)んだのだ。


 族長達は手前だし、一族は後ろだから自治領の者達は気付く筈もない。それにシノブと共に地下道を抜けてきた人々でも、最前列中央にいるアマノ王家の女性達やアミィにベランジェが察したかどうかだろう。


「我々はシノブ様に忠誠を誓い、アマノ王国の一員として良き未来を招くべく……」


 双方の族長は声を揃えて誓詞を唱え始めた。二つの自治領を同格としたから、順番に述べるのを避けたのだろう。確かに一人ずつだと、先に加わったのは自分達だなどと言い出す者が現れるかもしれない。


──ハジャルはヒュザを嫌っている……いや、対抗心を抱いているのか?──


 誓いの言葉が続く中、シノブはアミィとシャルロットのみに思念を発した。声に出すわけにはいかないから、問える相手は彼女達のみなのだ。

 厳密にはシノブ達の後ろに超越種達も控えているが、彼らの見解を求めるほどのことでもあるまい。


──どうも、そのようですね──


──それにヒュザさんも意識したような気がします──


──ああ、そうらしいね──


 シャルロットとアミィの評を受け、シノブは視線の動きを悟られないように注意しつつ二人の若者を眺めていく。

 歳は双方とも十九歳。身軽そうなのは親達と同様、それに武術の修練を相当に重ねたらしきところも共通している。あくまで印象だが、真面目そうな若者達だとシノブは感じていた。

 まるで兄弟のように似通っており仲良くしても良さそうだが、逆に対抗心が湧くのだろうか。それだけなら大した問題でもあるまいと、シノブは結論付けようとした。

 すると後ろから、オルムルの思念が響いてくる。


──似た者同士のようですね。歳も同じですし、フェルンとディアスのようなものだと思います──


 空を飛ぶ竜は人間より遥かに視力が良いし、オルムルには加護により桁違いに強くなった感応力がある。そのため彼女はヒュザとハジャルがどのような若者か読み取ったらしい。


──なら大丈夫かな──


──はい──


 シノブは表情を動かさないように苦労しつつ応じる。するとシャルロットも笑い出したいのを我慢しているような思念で続く。


 超越種とはいえ、オルムルは生後二年にも満たない。しかもフェルンとディアスに至っては八ヶ月半を超えたばかりだ。

 つまりヒュザ達は赤子と一緒にされたとも表現でき、それを彼らが知ったらとシノブは思ったのだ。


──ミリィさんが言っていた『なかなかやるな』『お前もな』となるかもしれませんね──


──喧嘩して分かり合う……あるかもしれませんが──


 オルムルに同意しつつも、アミィは出典が気になったらしい。しかし(とが)めるほどでもないと、彼女は思い直したようだ。


「……我ら二つの自治領の者、全ては心からの喜びと共にアマノ王国に加わらせていただきます」


「誓いの言葉、確かに受け取った。(われ)、シノブ・ド・アマノが、そなた達を庇護しよう」


 族長達の言葉が終われば、シノブが応える番だ。そこで気付いた出来事は一旦置き、ジャル族とメジェネ族を仲間に迎えるとシノブは宣言する。


 密かなやり取りなど全く感じさせぬ威厳に満ちた声と態度に、ジャル族とメジェネ族の全員が深く頭を下げる。するとシャルロットは、一瞬だがシノブに微笑みかけた。


 仮に面倒事があったとしても、シノブなら苦もなく解決する。彼女の青い瞳の(きら)めきは、深い信頼と理解によるものだろう。

 降り注ぐ陽光や吹き渡る涼やかな風も、善き日を祝福しているようだ。そしてオルムルを皮切りに、超越種達が力強い咆哮(ほうこう)で記念すべき瞬間に華を添えていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年6月6日(水)17時の更新となります。


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