26.06 新たな地下道と仲間達 前編
創世暦1002年3月11日の朝八時、シノブは普段通り閣議の間に赴いた。もちろんシャルロット達も一緒である。
円卓に着くのは十一人。国王シノブに王妃シャルロット、宰相ベランジェ、内務卿シメオン、軍務卿マティアス、商務卿代行ミュリエル、外務卿代行セレスティーヌ、財務卿代行シャルル、農務卿代行ベルナルド、そして大神官アミィと侍従長ジェルヴェである。
代行が多いのは先々後任に譲ると示すためだ。ここにいる者達はシノブとアミィを除けば全てメリエンヌ王国の生まれだが、他国の出身者にも席を残しておきたいとシノブ達は考えていた。
「やっと暖かくなってきましたね。この歳になると冬は堪えますから助かりますよ」
「同感です。早く後任に譲りたいものですな」
シャルルはシメオンの祖父だけあって六十半ばを超えているし、ミュリエルの母方の大伯父ベルナルドも六十過ぎだ。
そのためか二人は時々このように隠居したいと仄めかすことがある。どうも後ろに控えている副官達に、早く伸びろと炊きつけているようだ。
そもそも数年間だからと代行を引き受けた身、それに暖かなメリエンヌ王国が恋しいのも本音ではあるらしいが。
二人は後釜と見込んだ何人かを競わせ、朝議の場にも代わる代わる連れてくる。
新たな国造りの中心となったのはメリエンヌ王国の者達だが、後押ししてくれた国々からの移籍者も多い。それに元から住んでいる旧帝国の人々も、有能であれば積極的に加えたい。
ただし最終的には能力や人品で決めるから、次代もメリエンヌ王国出身者になるかもしれない。
「まだ建国から九ヶ月少々ですわよ?」
「それに、お二人から教わりたいことが沢山ありますし……」
セレスティーヌは笑いながら、里心が芽生えるのは早すぎると取り合わない。一方ミュリエルは先達として導いてほしいと率直に訴えた。
この硬軟取り混ぜた返しに老人達は降参したらしく、ほろ苦い笑みを浮かべるのみだ。
特にミュリエルの言葉は効いたらしい。
シャルルは先代ベルレアン伯爵アンリの弟、つまりミュリエルの父方の大叔父である。そのようなわけで、こちらもベルナルドと同じく彼女を孫のように可愛がっているのだ。
ただしミュリエルも承知の上での発言らしくもあり、そうであれば流石は英姫と呼ぶべきかもしれない。
「さて、いつもの掛け合いは済んだようですね! しかし御両人、どうも孫娘に構ってもらいたい祖父のようで威厳を損なうと思いますが!?」
「義伯父上……。これから暖かくなりますし、時折は副長官達に任せて帰省されるのも良いと思います。先々への試しにもなるでしょうし、アスレア地方の同盟加入も済みましたから多少は時間も空くのでは?」
からかい混じりの開会宣言をベランジェがすると、シャルル達は少しばかり気恥ずかしげな表情となる。そこでシノブは助け舟を出しつつ、話題を昨日の同盟加入式典へと持っていく。
アマノ同盟はアスレア地方の全国家を新たな仲間に迎え、加盟国は十八となった。
まずエウレア地方がアマノ王国の他にメリエンヌ王国、ヴォーリ連合国、カンビーニ王国、ガルゴン王国、デルフィナ共和国、アルマン共和国で七つだ。
南のアフレア大陸からウピンデ国。エウレア地方と同じ北大陸の更に東の島国、ヤマト王国。これにアスレア地方の九つの国が加わった。
シノブが公式に訪問済みのエレビア王国、キルーシ王国、アゼルフ共和国、西メーリャ王国、東メーリャ王国、スキュタール王国の六つ。非公式に訪れたアルバン王国と、未訪問のズヴァーク王国にタジース王国。これらが新加盟国の内訳である。
新たな国々を含めると、アマノ同盟内の総人口は約二千万人だ。二百万人のヤマト王国を日本相当と考えたら、この星の人口の一割や二割に匹敵するかもしれない。
「ジャル族やメジェネ族も正式にアマノ王国の自治領となりましたし、大砂漠を含めても全てですな!」
マティアスが挙げたのも、アスレア地方の人々である。前者はオスター大山脈の東斜面を巡って暮らす遊牧民族、後者は続く東西と南北の双方が1000kmを超える巨大な砂漠に住む人々だ。
オスター大山脈はエウレア地方とアスレア地方の境、アマノ王国の東端でもある。ただし8000m級の山々が連なり、東西の行き来を完全に阻んでいる。この東側、アスレア地方の僅かな高地に住むのがジャル族だ。
大砂漠と違って高地は生活に適した気温だから、一定の標高に限ってだが草木の多い場所がある。とはいえ急な斜面が殆どだから遊牧生活が中心で、ジャル族全体でも僅か三万人ほどしかいない。
メジェネ族も同じく四万人程度の少数民族だ。彼らは大砂漠に点在するオアシスを生活の場とし、その僅かな良地で農耕と牧畜をしている。
アウスト大陸のウピンデ国のようにメジェネ族はラクダを飼っており、オアシス同士を行き来したり東のキルーシ王国などに訪れたりもする。しかし大砂漠は巨大魔獣が出没する地で、僅かな安全地帯を伝っていくという厳しさだ。
そのためアスレア地方の国々でメジェネ族の実態を知る者は少ないし、ましてや彼らのオアシスまで足を運んだ者など、皆無に近かった。
「大砂漠……飛行船があればこそですが、クルーラ地下道の誕生も大きいですね」
「はい。クルーマ殿とパーラ殿の尽力があればこそです」
シャルロットの呟きに、シメオンが静かに賛意を示す。
明日開通式典を行うクルーラ地下道は、オスター大山脈を東西に貫通する全長150kmもの大トンネルだ。もちろん人間の手で造るのは不可能で、玄王亀のクルーマとパーラの作である。
二頭はアマノ王国とヴォーリ連合国を結ぶ地下道に、娘のケリスの名を付けた。そこでシノブは新たな地下道に彼ら自身の名を冠してはと勧めた。
ちなみに名前をくっつけたのは、長老夫妻アケロとローネに倣ったが故である。この二頭が造ったメリエンヌ王国とヴォーリ連合国を結ぶ大トンネルは、アケローネ地下道というのだ。
「これだけ長いと蒸気自動車にするしかないね」
「蒸気自動車なら片道四時間弱ですが、馬車なら身体強化が得意な馬でも六時間以上ですし……」
シノブに答えかけたアミィだが、最後は口を濁す。
馬だと速度差に加え、排泄物という大きな問題もある。それに対し蒸気自動車は魔力で湯を沸かすだけで、排ガスや煤とも無縁で環境に極めて優しい。
クルーマ達が玄王亀の知識を駆使して風が通るように通風孔を設けたが、それでも酸素を減らす要因は可能な限り避けるべきだろう。そういう意味でも蒸気自動車は、地下道と極めて相性の良い乗り物だ。
飛行船より遥かに安いから大量輸送にも向いている。先々ジャル族の住む高地の道を拡幅したら、交易も充分に成り立つだろう。
「明日が待ち遠しいね!」
「ええ。ケリスも楽しみにしていますよ。ちょうど新しい子供達が来ますし」
上機嫌のベランジェに、シノブは超越種の子供達の様子を伝える。
両親が造った地下道だからケリスが行くのは当然、そうなれば他の子も共に動く。しかも今回は一週間ほど前に生まれた三頭が仲間入りするから、ますます賑やかになるだろう。
きっと楽しく賑やかな式典になるに違いないと、集った者達は一様に顔を綻ばせていた。
◆ ◆ ◆ ◆
「五月にはアスレア地方にも地下道が出来ますわね」
「シューナ地下道か……三分の一ほど掘り終わったそうだよ」
外交担当だけあり、セレスティーヌはアスレア地方の出来事にも常日頃から関心を示していた。そこでシノブは、せっかくだからと当事者から聞いたばかりの進捗状況を彼女に披露する。
シノブは玄王亀のシューナに通信筒を渡していた。
今のシューナは棲家のメリャド山を離れ、地下道掘りに精を出している。それに玄王亀の移動速度は、人間の歩みと同程度でしかない。
この地下道はスキュタール王国と東メーリャ王国を繋ぐ大トンネルだが、掘削期間を短縮すべく間のファミル大山脈の幅が最も狭い場所にした。そのためメリャド山から100km以上も東で、シューナの移動速度だと気軽に戻れない。
こうなると棲家の近くに置いた転移の神像が使えないから、シノブは別の連絡手段を用意したわけだ。
「シューナは修行を兼ねて独りで掘っているし、まだ成体となったばかりだから長老達や親世代と違って慎重に進めている。それでも約40kmの地下道を三ヶ月程度で完成させるって……本当に凄いよね」
シノブは感嘆半分呆れ半分といった声を響かせる。
アスレア地方にはドワーフの国が二つあり、それぞれ西メーリャ王国と東メーリャ王国という。この二国は長く反目しあったが、先月の初めに関係修復に成功する。
更に仲を取り持つべく、両国の国境地帯にイヴァールの弟パヴァーリを太守とするアマノ王国メリャド自治領が誕生した。ここには分裂前の王都メリャフスクが存在したが、どちらも相手のものにしたくないと牽制し合った結果、廃墟として打ち捨てられたのだ。
これで東西メーリャは協調の道を歩み始めるが、もう一つ関係深い国がある。それが騎馬民族国家のスキュタール王国だ。
こちらは人族と獣人族の国だが、昔から東メーリャ王国と親しかった。スキュタール王国がドワーフから金属製品やドワーフ馬を輸入していたからだ。
ドワーフ達は背が低いから、騎獣もドワーフ馬と呼ばれる本当の馬とは別種の生き物を使う。これは寒さに非常に強く、高地が殆どで寒冷なスキュタール王国に適していた。
そのためスキュタール王国の人々は、人族や獣人族としては珍しくドワーフ馬を愛用している。
ちなみに西メーリャ王国にもドワーフ馬はいるが、こちらは大砂漠の影響で暑いから品種改良して得た短毛種を使う。そのためスキュタール王国の交易相手は気候が近い東メーリャ王国となるが、山脈に邪魔されて西メーリャ経由でしか行き来できない。
そこでシューナは、この三つの国を対等な関係にすべく地下道の建設を決意した。彼が棲むメリャド山は三国の国境でもあり、昔から心を痛めていたからだ。
「人々が真の融和へと動いたら手助けをする……超越種は神々の意思を受けて動いているのですな」
「真にありがたいことです」
強い感動を滲ませたベルナルドに、同じく敬虔な様子でシャルルも和した。
この二人はシノブ達と違い、超越種達と接する機会が少ない。もちろん普通の文官とは比べものにならないほど頻繁に会っているが、それでも神々の意思を継ぐ者達と敬う気持ちが大きいのだろう。
一方シノブは仲間という思いが強いから、尊敬はしていても家族のように親しく身近な存在だと感じていた。オルムル達を預かり育てているから、他と違った捉え方になったのだ。
これはアミィやアマノ王家の女性陣も同様だから、ベルナルド達を微笑ましげに見つめるのみで感想を控えている。そのためかシャルロットが口にしたのは、超越種に関係しているが別の事柄だった。
「最近は朱潜鳳のフォルス殿のお力を借りることも多いですね。明日のクルーラ地下道の開通式典にも運んでいただきますし、シルヴェリオ殿とオツヴァ殿の結婚式にアスレア地方訪問と続きます」
「お二人の結婚式は18日、アスレア地方訪問は下旬ですね」
シャルロットが挙げた三つには、ミュリエルやセレスティーヌも伴う。そのためミュリエルは嬉しげな声で姉が触れなかった日程を挙げていく。
シルヴェリオ達の結婚式は当然カンビーニ王国の王都カンビーノで行われるが、アマノシュタットからだと片道1400kmもある。
アスレア地方訪問はシノブが公式訪問をしていない三国への旅で、更に距離が長い。アルバン王国、タジース王国、ズヴァーク王国と三つの王都を巡ると7000km以上である。
もし三国に飛行船で訪れたら、滞在期間を含めて十日以上となるだろう。そこでシノブは超越種で最も速く飛べる朱潜鳳の力を借りることにしていた。
「シノブ君、またまた外遊続きだねぇ」
「ええ。しかし盟主として働く以上、避けられません。ですから国内は、よろしくお願いします」
冷やかすようなベランジェに、シノブは少々軽い口調で応じた。
シノブは度重なる国外訪問について、アマノ同盟として共に栄えるには必要なことだと受け入れるようになった。何しろ加盟国は自国を除いても十七もあるし、エウレア地方とアスレア地方だけでも東西6000km近く、南北は最大で2000kmを超えるのだ。
こうなると同盟の仕事があるときは、宰相たるベランジェに国を任せて旅立つしかない。距離の問題がなくとも、仕事自体が溢れてしまう。
「任せてくれたまえ! そのために私達はいるのだからね!」
丸投げされた形のベランジェだが、莞爾と表現するのが相応しい満足そうな笑みを浮かべていた。おそらく彼は、また少しシノブが統治者として成長したと受け取ったのだろう。
預けられることは最も適した者に預け、自分しか出来ない役目に邁進する。君主に限らず、人の上に立つ者には必要なことである。
どれだけ広い目で物事を眺め、どれだけ上手く割り振っていけるか。もちろん当人の実績が優れており周囲の信頼があってだが、それらを含めて高い域に達しなければ広域国家連合など率いてはいけない。
「はい。それと当面カンはミリィとアルバーノ達に頑張ってもらいます。よほどの変事が起きれば別ですが、ファルージュ達も加わりましたから」
「それが良いよ! 何も君が最初から最後まで出張る必要はないんだ。活躍の場を求める者達に舞台を用意するのも、上に立つ者の役目だからね!」
「お言葉の通りです。陛下は着実に王の中の王へと歩まれています。それでいてセリュジエールでお会いしたときと同じ慈しみの心をお持ちで……大神アムテリア様も、きっとお喜びでしょう」
シノブの言葉に、ベランジェは大きく頷く。すると今まで無言で控えていたジェルヴェが、情感溢れる声で寿いだ。
囲む者達も、それぞれの仕草で賛意を示した。シャルロットを始めとするアマノ王家の女性達は喜びに顔を輝かせつつ。年長の者達は自身の若き日と重ねているのか目を細めて。そしてアミィは導き手として誇らしげに。誰もが若き国王の成長を心から祝福していた。
◆ ◆ ◆ ◆
翌3月12日の朝。シノブ達はクルーラ地下道の開通式典に出席すべく、アマノシュタットを出発した。
主な同行者は以下の通りだ。
まずシャルロットにミュリエル、そしてセレスティーヌのアマノ王家の女性陣。そして侯爵家筆頭のベランジェに大神官のアミィ。最後は親衛隊長のエンリオが率いる近衛達である。
国外に関する式典や歓談であれば、これで大抵のことは足りてしまう。王と王妃、宰相に外務と商務の長、大神官が揃えば国家行事から純粋な祭事まで対応できるからだ。
そしてエンリオ達がいれば、警護に加えて華やかな場でも問題ない。
「初めての場所に出かけるときは、ワクワクするね! しかも今日は二つも式典があるし!」
「叔父様ったら子供みたいなことを仰って……」
「でも分かります! 私も普段より早く起きてしまいました!」
常に増して上機嫌なベランジェに、セレスティーヌとミュリエルが顔を綻ばせつつ応じる。
この日は快晴、真っ青な空は、それだけで心を浮き立たせる。眼下に広がる大地も春らしく緑に色づき、高山に残る雪も冬場と違って美しさと清水だけを提供してくれる。
「アマノ王国側のみでは自治領の者達と手を取り合う機会を逃しますし、かといって向こうのみでは国内に不満が生じるでしょうから」
シャルロットが触れたように、今回は双方ともシノブが参加しないと不公平感が募る。
新たに仲間となった者達については、二日前のアマノシュタットの式典に続いてお互いを知る良い場となる。しかし向こう側の式典にシノブが出席してアマノ王国側をベランジェ達としたら、軽視されたと憤る者が現れるかもしれない。
そこで午前にアマノ王国側で式典を実施し、続いて午後にアスレア地方側でも実施する。
「それにケリスのためにも通り初めをしたいですから」
アミィはケリスが地下道の通行を熱望した様子を思い起こしたらしい。これも約四時間を蒸気自動車の旅客として過ごす理由の一つだ。
まず朝九時にアマノ王国側で式典を開始し、十一時ごろに蒸気自動車に乗って向こう側に移動する。そして十五時からアスレア地方側での式を始めて十七時に終了だ。
その後ジャル族やメジェネ族の代表者達と歓談をしてから、アマノシュタットに帰る。おそらく向こうを発つのは日も落ちて幾らかした後で、地下道までの移動に時間をかけたくない。
そこで今回も超越種最速の朱潜鳳に頼んだ。アマノ王国側の入り口まで800kmもあるが、成体のフォルスなら二時間程度で移動できるのだ。
「フォルスさんのお陰で助かります」
『いえいえ、どういたしまして!』
甲板から見上げたアミィに、フォルスは誇らしげに応じる。そして喜びを示すかのように、真紅の巨鳥は更に速度を上げていく。
800kmを二時間というのは、少し急いだ場合である。朱潜鳳達は短時間であれば倍ほども出せるし、急降下などであれば更に早く飛べるのだ。
このような速度を出せるのは翼による揚力の他に、重力操作や風の術を駆使しているからだ。そのためフォルスは速度を上げても、羽ばたく回数は少し増えただけである。
──父さま、速すぎます!──
思念を発したのはフォルスの息子ディアスだ。
ディアスは生後八ヶ月少々だから、短い距離なら急ぐ親達にも付いていける。しかし更に飛ばされては遅れるのもやむなしだ。
こちらは忙しなく羽ばたいているし、魔力の動きからすると重力や風を操る力も限界に近いらしい。そのためか、ディアスは呼びかけに思念しか使わない。
ただし別種族の子供達は飛行せずに磐船に乗っており、決してディアスが遅いわけではない。
巡航速度で比べると嵐竜が朱潜鳳の半分程度、岩竜、炎竜、光翔虎は四割弱だ。しかも残る海竜と玄王亀だが、通常だと緩やかな浮遊のみだから全く相手にならない。
『うっかりしていたよ!』
フォルスは速度を落とし、先ほどまでと同程度にする。
今の応えのように、フォルスは少々軽いところがあった。それは皆も承知しているから、驚きはしない。
──ディアスには、まだキツイですよね~──
──僕ならとっくに離されていますよ──
声での指摘は悪いと思ったのか、光翔虎のフェイニーと嵐竜ラーカは思念だけで言葉を交わす。
フェイニーは呆れを表すように尻尾を大きく左右に振っている。ラーカは龍に似た体でとぐろを巻き、同じく身振りで感情を示した。
ただし双方ともアムテリアから授かった腕輪の力で人間の子供くらいに姿を変えており、周囲の邪魔になりはしない。
──あれだけ速いのは少し羨ましいですね──
──私達なんて普通は浮遊だけですから、余計に憧れますよ。シノブさんから教わった方式で水流を吹き出せば飛べますが、あれは凄く魔力を使うから長くは無理ですし──
こちらは岩竜オルムルと海竜リタンだ。
オルムルは飛ぶときを思ったのか、翼を大きく動かした。一方のリタンだが、翼を持たないから鰭で応じる。
岩竜と炎竜は属性的に風を操る能力が低く、更に翼も小さめだから空力でのみでは飛翔できない。光翔虎は風属性に長けているが、こちらは翼がないから速度は同程度だ。
嵐竜も翼はないが、彼らは風の支配者というべき存在だ。それに蛇のように細い体だから、空気抵抗も少ないのだろう。
とはいえ朱潜鳳の最速は揺らがないし、小回りや上昇能力なども同様だ。
「フォルスさんったら……」
「微笑ましくてよろしいではありませんか」
一方で飛翔能力のない人間達は、速度よりフォルスの失敗に意識が向いていた。
このように思念が聞こえていないミュリエルやセレスティーヌですら、飛ばしすぎたフォルスが文句を言われたと察している。
「他の朱潜鳳はどんな感じだろうね?」
「さあ……」
ベランジェの問いにアミィは曖昧な答えを返す。
シノブ達が知っている朱潜鳳は他にフォルスの番のラコスだけだが、彼女が粗忽な行動をしたことはない。つまりフォルスの軽さは個性で、種族の特徴とは無関係なのだろう。
もっとも今更だから、気にしたのはベランジェくらいのようだ。他は皆、朱潜鳳の親子からシノブへと向き直る。
◆ ◆ ◆ ◆
──シノブさん、魔力おいしいです──
──早く大きくなりますね──
──大好きです──
シノブは腕の中に、超越種の幼体を三頭も抱えている。3月4日に生まれた玄王亀の雄タラーク、その翌日に誕生した嵐竜の雌ルーシャと海竜の雌ラームである。
何れも人間の新生児より小さい。タラークの甲羅が30cm少々の長さ、先々龍のように長くなるルーシャは全長50cm強、ラームは60cmほどだが首長竜のような体型で胴体はタラークと大差ない。
ちなみに三頭とも、思念や外見だと雌雄の違いは分からない。シノブは魔力波動で性別を判定できるが、他の者は全く区別できないだろう。
暫くすると思念にも男の子らしさや女の子らしさが出るし、発声の術を覚えるのは更に後だから同じく性差が感じられる。ただし外見に関しては何れの種族も差が少なく、過去の伝説でも雌雄が明確な例は皆無である。
「ああ、たっぷり吸収してね」
久々に味わう幼体達との触れ合いに、シノブは目を細めていた。
重さも大きさ相応で、纏めて抱えても全く苦にならない。三頭を合わせても、生後十ヶ月の義弟アヴニールより幾らか軽いだろう。
シノブは幼体時代の炎竜シュメイや岩竜ファーヴを、思い出す。それに昨秋ケリスと出会ったころも。超越種の子は生後一ヶ月で今の四倍ほどの重さになるし二ヶ月少々で成人女性の体重を超えるから、極めて貴重な時間なのだ。
子供達は魔力、シノブは抱えた感触。至福の時間を堪能する三頭と一人の周囲を、更に大勢の子が囲んでいる。
『タラークが眠ったら私が預かります! だってお姉さんですから!』
『では私がラームを!』
『僕もルーシャのお守りをしますよ!』
まず玄王亀のケリス、続いて海竜リタンと嵐竜ラーカが名乗りを上げる。それぞれ同族の年長者として、弟分や妹分の世話を焼きたいのだ。
ケリスは緩やかに宙に浮き上がり、同じく低速で横に一回転する。
今の磐船は殆ど等速運動をしているが、もし加速や減速をすれば甲板から放り出される危険がある。そのためケリスは魔力障壁の応用で自身と甲板を繋ぎつつ、宙へと浮いたのだ。
ゆっくりと舞い上がったのはリタンも同様だ。こちらは首を高く立て、誇らしげに少し前に出る。
最後のラーカは飛翔に自信があるからだろう、素早く宙へと移ると長い体をくねらせた。彼なら相対速度が大きく変わらない限り追いつけるから、魔力での固定を不要としたらしい。
「君達に任せるのが一番だから、そのときは頼むよ」
シノブが最適としたのは同族だからである。
しかも上手く異性同士の組み合わせとなっているから、きっと将来は一生を共に過ごしていくだろう。雄雌の順で挙げると、玄王亀がタラークとケリス、海竜がリタンとラーム、嵐竜がラーカとルーシャである。
ただし子供達自身は、まだそこまでの意識はないらしい。何しろ相手は生まれたばかりだから、見守らなくてはという思いが先に立つようだ。
「ああ……どうやら願いが叶ったようだよ。皆ぐっすり寝ている」
シノブはケリス達に腕の中の子を渡していく。この時期の幼体は魔力を吸収しては寝ての繰り返しで、栄養源を別にしたら生活サイクルは人間の赤子と大差ないのだ。
ただし超越種の幼体はヨチヨチとだが歩けるし、先ほどのように思念も使えれば同時に『アマノ式伝達法』での表現もする。つまり身体能力は歩き始めた乳児程度、知能は人間の子供を上回る。
そのため赤ちゃん扱いもどうかと思うシノブだが、このように無垢な姿を目にしていれば自然と甘くなってしまう。
『私達も世話しますね』
『可愛いですね』
岩竜オルムルが囁き声ほどに変えると、シュメイも発声の術の音量を絞った。この術は魔力障壁の振動で音を作り出すが、今や大小や感情表現も自由自在である。
抑えた声の代わりだろう、宙に浮いた二頭は尻尾を大きく揺らしていた。それも何かのリズムを刻んでいるような、とても軽快な動きである。
どうも二頭の動きは、シノブが教えたガールズアイドル集団のポップスが元らしい。こちらに相応しい内容に歌詞を変えたからオルムル達は気が向くと歌うし、曲に合わせた魔力操作訓練の踊りも伝えたからシノブは気付いたのだ。
『船内が良いのでは?』
『そうです~。本来なら~、棲家の~、洞窟を出ない~、時期ですし~』
小首を傾げたファーヴに、光翔虎のフェイニーが歌いながら相槌を打つ。フェイニーは教わった曲に合わせているのだ。
ファーヴとフェイニーも、オルムル達に倣って浮き上がるとダンスのように体を揺らし始めた。
やはり二頭も新たな仲間が加わったのが嬉しいのだろう。天真爛漫なフェイニーはともかく、雄らしくと常々自制しているファーヴが続くのは珍しい。
「ここは少し風があるからね」
シノブが応じたように、甲板の上には緩やかな空気の流れが存在する。フォルスは磐船の周囲に防風の障壁を張りながら飛んでいるが、完全には囲っていないからだ。
飛翔や遊泳をする超越種の場合、それらを習得するまで外に出ない。玄王亀も地底潜行術を覚えるまでは、同じく洞窟の中である。
これらは通常だと生後三ヶ月ほど、生まれた直後からシノブの魔力を吸って育った子でも四週間ほど早まる程度だ。したがって睡眠中は風の当たらない場所に移るべきだろう。
超越種の子が風邪を引いた姿などシノブは見たことがないが、生後間もなくだから用心しておくべきだと考えた。
『シノブさん、失礼します』
──僕も行きます!──
独りでは詰まらないと思ったのか、炎竜フェルンも続いていく。すると上空からディアスも舞い降りて加わった。
飛ぶのが好きなディアスだが、年少者達の様子も眺めたいらしい。
空を飛べる超越種は、猛禽類に勝るほど視力が良い。そのため彼は飛翔の最中もチラチラと甲板を眺めていたのだ。
そしてフェルン達も、踊るような飛び方で船内へと向かっていく。種族は違うが兄弟姉妹として暮らすだけに、阿吽の呼吸というべき息の合いようである。
「可愛らしいですね」
「ああ。皆、俺達の子供だよ」
歩んできたシャルロットに、シノブは笑みを向けた。
アマノシュタットで留守番しているリヒトはもちろんのこと、種族が異なるオルムル達もシノブは分け隔てなく愛している。そしてリヒトの兄や姉に加えて弟や妹まで加わったのだから、今日のシノブは別して大きな喜びに満ちているのだ。
シャルロットの思いも同じなのだろう。彼女の声音には夫に勝るとも劣らぬ慈しみが宿っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2018年6月2日(土)17時の更新となります。