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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第5章 領都の魔術指南役
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05.14 舞え! ドワーフの愛馬 前編

 領都セリュジエールの外にある領軍の演習場。そこに併設された馬場で、イヴァールとその愛馬ヒポが『戦場伝令馬術』に挑もうとしていた。

 そもそもの始まりは、騎士ジョフレがドワーフ馬であるヒポの能力に疑いを示したことに端を発している。イヴァールはシメオンに相談した直後、彼に対して『戦場伝令馬術』でヒポの能力を証明すると返答した。

 ジョフレは、自分は乗馬が苦手だから馬術の得意な者を出して良いか、と答えたそうだ。その露骨な言い訳を聞いたシノブは、これは単純な馬術比べでは終わりそうもないと憂えたものだ。


「……ボーニ。お前がイヴァール殿の相手か……」


 シノブ達の前には、細めの体をした赤毛の伝令騎士が立っている。

 シャルロットは、彼に見覚えがあるようで躊躇(ためら)いつつも声をかけていた。それにシノブには、彼女の側に控えるアリエルとミレーユの表情も曇りがちに見えた。

 彼女達が伝令騎士に挨拶する様子を、シノブとアミィはその後ろから見ていた。女騎士達が戸惑う様子に、シノブは凄腕の相手なのだろうかと思いつつボーニを眺めた。


「はっ! ジャレット参謀から王国の馬術を披露してほしいと頼まれまして……」


 リエト・ボーニは元ヴァルゲン砦所属の伝令である。現在は領都第七伝令小隊に所属している彼は、シャルロットに綺麗に敬礼して答えるが、彼女の様子に疑問を(いだ)いたようだ。

 シメオンの予想通り、騎士ジョフレの裏には参謀ジャレットがいるようだ。シノブに隔意を(いだ)いているらしいジャレットが、現役の伝令騎士を引っ張り出してきたらしい。


「……いや。我がベルレアン伯爵領軍の中でも随一の腕、楽しみにしているぞ」


 幸い、ボーニにはシノブ達に含むところはないようだ。

 シノブからシメオンの推測を聞いていたシャルロットは僅かに顔を(くも)らせたが、ボーニのせいではないと思ったのだろう、彼に微笑むと激励した。


「ありがとうございます! 領軍伝令の名を汚さぬよう頑張ります!」


 シャルロットの励ましにボーニは一礼すると、軍馬へと歩み寄っていった。


「やはり伝令を出してきましたか。それも精鋭ですよ。彼なら12分台は確実です」


 シメオンは、ボーニが領軍本部でも一際優れた伝令騎士だとシノブに告げた。

 領軍演習場に設置された『戦場伝令馬術』用のコースは約12kmだ。山あり谷ありの自然を模したコースには、人の背ほどもある生垣や、丸太で作られた柵、広々とした池などが設置されている。

 このコースを、平均的な伝令騎士は約15分、並の騎士で16分台から17分台で駆け抜けるという。そして馬術に非常に長けたミレーユの最高記録が12分なのだ。

 つまり参謀のジャレットは、文字通りミレーユに並ぶ達人を連れてきたわけだ。


「そうか……でも、イヴァール達だって負けていないさ」


 今日は10月31日。シメオンと相談してから四日が過ぎている。その間の特訓を思い出しながら、シノブは微笑み返す。


「お話だけしか伺っていませんが、期待していますよ。それではイヴァール殿、健闘を祈っています」


 先日相談を受けた際に、シメオンはイヴァールとヒポの記録が16分だと聞いている。だがシノブ達を信頼しているようで、彼は何の疑念も挟まずにイヴァールを激励した。


「おう! お主達の助力、無駄にはせんぞ!」


 シノブ達に片手を挙げたイヴァールは、馬丁が引いている愛馬ヒポに向けて歩み出していった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達は、馬場の中に設置された観戦塔に登っていった。

 そこには、既に騎士ジョフレや参謀ジャレットが待っていた。見届け役として軍の幹部達もいる。


「シャルロット様。それでは競技を始めたいと思いますが、よろしいでしょうか?」


 領都守護隊司令のマレシャルが隣のシャルロットに『戦場伝令馬術』を開始してよいか確認する。

 観戦塔から見ると、コース脇には既に監視担当らしい兵士も配置されている。

 そして出走位置やゴールには、出走の合図や計測を担当する騎士もいる。ゴールには、正式な競技同様に計測用の時計が三つ設置されているのが、観戦塔にいるシノブにも見えた。


「問題ない。開始してくれ」


 シャルロットが、マレシャルの言葉に頷き、開始を許可する。

 シノブは事前にシャルロットから聞いていたが、マレシャルは中立的な立場らしい。見届け役を買って出たのも、参謀のジャレットがシノブ達に無礼な態度を取らないか心配したからだという。

 そして、『戦場伝令馬術』ということもあるのか、観戦塔にいる幹部達は現場寄りの者が多いようだ。

 領都守護隊の本部隊長アジェや、東門守護隊長ジオノのような叩き上げの武人が多い。そのため、まるで筋肉の壁が(そび)え立っているようである。逆に、参謀はジャレットくらいしか見当たらなかった。


「それでは、競技を開始します。まずは、伝令騎士ボーニから出走します。デラン! 合図を!」


 デランと呼ばれた騎士は、緊張した様子で観戦塔に備え付けられた鐘を三回鳴らした。


「公平を保つため、出走順は(くじ)で決めております。コースや障害についても同様です」


 領都守護隊司令マレシャルは、シャルロットとその隣に立つシノブに説明する。

 彼は伯爵継嗣であるシャルロットはともかく、シノブにも主家筋の者に対する敬意を払っていた。

 シノブとシャルロットの婚約はあくまで内々のもので、公表されてはいない。だがカトリーヌの侍女など事情を知っているものもいる。既に、家臣の間にはある程度広まっているのだろう。

 マレシャルが説明しているうちに、準備が整ったようだ。馬場から観戦塔の大時計を確認していた騎士が、高らかにラッパを吹くと、出走位置にいた伝令騎士ボーニが、その乗馬を疾駆させた。


「さすがに速いな……やっぱりミレーユに匹敵すると言われるだけのことはあるね」


 素晴らしいスピードで最初の障害である生垣に向かっていく騎馬を見て、シノブは感嘆の声を上げた。

 人の背ほどの高さがある生垣までは登り勾配になっており、コース自体もS字に曲がりくねっている。しかし、そんなことなど関係なくボーニは軍馬を操り、生垣へと向かっていく。


「速いだけではないぞ。ボーニの馬術はとても理に(かな)っている。見ろ、あの跳躍を!」


 シャルロットが言うとおり、跳躍や着地の際に全く速度を落とさず、ボーニの馬は駆けていく。そして、第二の丸太の障害も、同様に飛び越えていった。


「確かにね。全く速度を落とさずに飛び越えたよ。これはやっぱり12分台が出るのかな」


 先日見たミレーユに劣らず乗馬を自在に操るボーニの姿を見て、シノブは好記録が出ることを予感した。


「そうですね。このペースなら間違いないでしょう」


 アミィは、シノブの言葉に頷いた。

 彼女は、シノブが地球にいたとき持っていたスマホから得た能力で、時刻が正確にわかる。スマホにはストップウォッチなどの機能も含まれているため、ボーニのペースが先日のミレーユ以上だと悟ったようだ。


「さすがはボーニさんですね~。池や水濠(すいごう)は馬が緊張するから難しいんですよ」


 シャルロットの後ろに控えていたミレーユは、自身に匹敵するボーニの馬術を久しぶりに見て、感心したような声を上げていた。

 『戦場伝令馬術』には飛び越し可能な水濠(すいごう)と、飛び越し不可能な広さの水濠(すいごう)や池が存在する。今、ボーニが渡っているのは、川を模した幅広い水濠(すいごう)だ。

 だがミレーユの言葉通り、ボーニの操る軍馬は腹の下まで水に()かっているにも関わらず危なげない様子で渡っている。


「……どうですかな。我がベルレアン伯爵領軍の馬術は?」


 ボーニがコースの終盤に差し掛かった頃、それまで黙っていた参謀のアリスト・ジャレットが、シノブへと得意そうな声をかけた。騎士のジョフレもその後ろに静かに控えている。

 伝令騎士ボーニの快走に、ジャレットも好記録を確信したのだろう。慇懃(いんぎん)な様子ではあるが、彼の表情には喜びが溢れている。


「素晴らしいですね。流石、王国一の武勇を誇るお家柄です。初代シルヴァン様の武技が脈々と受け継がれているのを目の当たりにしたように思います」


 シノブは自慢げなジャレットの様子に、内心苦笑していた。しかしシャルロットやマレシャル司令の手前、表面上はにこやかに言葉を返す。


「そうでしょうとも。我ら領軍は、平静から伯爵家のため研鑽しております。五百五十年の長きに渡り我らが継承してきた武術、たとえドワーフの英雄であっても見劣りするものではありませんぞ」


 ジャレットは含みのある表情でシノブに語りかける。

 彼は言葉を飾ってはいるが、竜を鎮めたシノブやイヴァールであっても長年培った伯爵領軍の武芸を軽んずるな、と告げたいのかもしれない。シノブはジャレットの言葉の裏をそのように読み取った。


「あっ、シノブ様、ゴールします!」


 シノブとジャレットの様子を見ていたアミィが、己の主に声をかける。

 ボーニがゴールするのも事実だが、不毛な会話に巻き込まれている主に救いの手を差し伸べたようだ。


「12分15秒か。ボーニの馬術は衰えていないようだな」


 計測を担当していた騎士から伝えられたのは、予想通りの好記録だ。

 これから出走するイヴァールの手前、シャルロットも複雑な様子ではある。だが、久しぶりに見る彼の馬術が従来どおりに卓越したものであるのは、やはり嬉しいようだ。

 ボーニはヴァルゲン砦司令を務めていたときの部下である。それに、現在も領軍本部で目にすることがあるのだろう。彼女の表情には、ボーニの技が健在であることを喜ぶ気持ちが滲み出ていた。


「そうだね。素晴らしい伝令騎士がいて頼もしいじゃないか」


 シャルロットの気持ちを察したシノブも、ボーニを褒め称える。

 体重の重いイヴァールのハンデを解消するために、ボーニの軍馬には40kgほどの重りを乗せている。シノブは重りなしなら12分を切るのではないかと考えた。

 そう思ったシノブは、素直にボーニの技量を賞賛していた。


「シャルロット様、イヴァール殿が出走位置につきました」


 アリエルが、感慨深げなシャルロットに声をかけた。

 彼女の言うとおり、ヒポに騎乗したイヴァールが出走位置にいる。

 そして、コースの脇の兵士達が、路面や障害物の様子を確認すると、白い旗を上げた。彼らは監視と共にコースの状態確認も担当しているらしい。


「それでは、イヴァール殿が出走します。合図を!」


 ボーニの出走前と同様にマレシャル司令が傍らの騎士に告げる。司令の言葉を受けた騎士は、前回同様に鐘を鳴らして合図した。


「お聞きした特訓の成果、見せてもらいますよ」


 シメオンが、隣のシノブへと小さな声で語りかける。

 彼の言うとおり、シノブはイヴァールと一緒に三日間ヒポの特訓をしていた。

 馬場ではジャレット達に知られてしまうし、それでは劇的な効果をもたらすことはできないだろう、というシメオンの意見に従い、彼らはわざわざ領都から10km離れた大演習場まで行って特訓をしていた。

 そしてシメオンの進言で、シノブが大規模な魔術の実験をするとシャルロットに布告してもらい、大演習場を借り切った。

 シノブはそんな理由で軍が納得するのかと疑問に思った。だが、ヴァルゲン砦でのシノブと攻城兵器の一戦は領都にも知れ渡っていた。そのため、軍人達は不思議に思わなかったらしい。

 運よく大演習場の利用申請が出ていなかったのもあり、すんなり貸し切りにできた。


「まあ、期待してくれよ」


 シノブはニヤリとシメオンに笑いかけた。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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