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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第25章 輪廻の賢者
653/745

25.33 エンナム符術大戦

 かつてのカン帝国では禁術使いが憑依や魔獣使役の術を悪用し、国が崩壊するほどの混沌たる時代に突入した。この荒禁(こうきん)の乱と呼ばれる騒動はエンナム王国でも知る者は多く、終息から二百年は経った今でも話に上がるくらいだ。

 流石に狂屍(きょうし)術士や操命(そうめい)術士といったカン風の呼び名は流行っていないが、エンナムの廷臣には憑依術で巨大な像を操れると認識している者もいた。それに商船はナンカンの港に赴くから、北に呪符を使う魔術師がいるという程度なら街にも広まっている。

 そのため今回の騒動は、後に『エンナム符術大戦』と呼ばれることになった。王都アナムの人々の大半は巨大木人を目にしたし、続く騒動も符術によるものと理解したのだ。


「ヴィルマンの他にも憑依術を使える者がいたのでしょうか?」


 エンナム海軍司令官のコンバオは、外を見つめつつシノブに問うた。

 もはやヴィルマンを王と認めていないのだろう、コンバオは敬称を省いていた。名を口にしたときも強い苦味を滲ませ、先ほどまで自分達を縛った男を嫌悪しているのが明らかだ。

 もっとも苦さの一部は、自身にも向けられているらしい。今のヴィルマンは彼らの手に負えぬ存在となったからだ。


 コンバオの視線の先には、海側を向いた初代国王ハイヴァンの像がある。この大人の身長の十倍ほどもある岩の巨人に、ヴィルマンは宿っているのだ。

 ヴィルマンは自死して魂のみの存在となったから、普通の憑依と違って肉体を傷つけようが術は解けない。つまり彼は死霊と化すことでシノブ達の包囲を逃れ、反撃に出ようとしたのだろう。

 しかしエンナム王が選んだ道は、明らかに神々の定めた掟に反している。アムテリア達は生き抜くための努力を尊いものとしたが、死したら輪廻の輪に戻って新たな生に挑むようにと教えたからだ。


 灰色の岩巨人は夕日に照らされ、血で濡れたように怪しく輝いている。

 もちろん見つめるシノブの嫌悪が影響したに過ぎず、何も知らなければ美しい光景と感じたかもしれない。しかしシャルロット達も同じように受け取ったのだろう、謁見の間にいる誰もが不快そうに眉根を寄せたり顔を曇らせたりしている。


「よほど優れていないと、あの巨体は動かせません。ヴィルマンの場合、肉体を捨てて魂のみになったからでしょうが……」


 シノブは魔力感知で探ったが、今のヴィルマンは外に出ている魔力が生前と一桁違う。

 似たような例は他にもあり、ガルゴン王国の王女エディオラは木人に宿ったとき限定的ながら思念を行使できた。これは憑依の最中は感覚が研ぎ澄まされ、内に秘められた魔力を自在に使えるようになるからだ。

 しかもヴィルマンは完全に肉体を捨てたから、エルフの大魔術師に並んだかもしれない。


 それに像の構造も動かすのに向いている。

 ハイヴァン像は建国直後の三十代を模しており、衣装も鎧兜と勇ましい。兜は顔以外を覆い、鎧は板状の胸甲を除くと方形の鉄片を編んだ札甲(さつこう)というカン風だ。

 ただし比較的軽装で二の腕や大腿部は服のみ、腰鎧も股下程度である。どうやらカンから取り寄せた品を亜熱帯の気候に合うように改良したらしい。

 したがって動きやすく、組み合っての戦いも充分できるのだ。


「ですが豊花(とよはな)さんや有喜耶子(うきやこ)さんなら問題ありません」


「はい。トヨハナ殿は巨大木人の第一人者である女王ヒミコ、ウキヤコ殿も同じ巫女王です」


 アミィに続き、シャルロットがヤマト王国やアコナ列島の木人に触れていく。

 ハイヴァン像と向き合うように降り立ったのは、女王ヒミコ専用の巨大木人『衛留狗威院(えるくいいん)』である。伊予(いよ)の島には予備も含めて三体あり、トヨハナは一つをウキヤコに貸し与えたのだ。

 女王専用機だけあって女性を模しており、白く優美な外装はエウレア地方のドレスのようでもあった。腰から下を長く覆う複数に分かれた装甲はスカート、肩覆いは大きめのパフスリーブにも似ている。

 そして頭には縄で模した長い髪、加えて顔は慈母の笑みを(たた)えている。


 このように優しげな姿だが、伊予(いよ)の島のエルフ達は何百年も磨いた技で恐るべき代物に育て上げた。

 遠距離であればレーザーに似た光魔術、中距離は髪を模した縄からの電撃、近接格闘には太刀。そのどれもが一撃必殺の威力を誇るのだ。


『死霊となってまで現世に(とど)まるとは、外道にも程があるのう』


『しかも王のくせに民の命を(もてあそ)び、道具として磨り潰したなど……絶対に許さないのじゃ!』


 成敗する前に、エンナムの者達に理由を知ってもらう必要がある。それ(ゆえ)トヨハナとウキヤコは、王都アナム全域に断罪の言葉を響かせていく。


 二体の白い巨人の後ろでは、運搬を務めた光翔虎のシャンジーとヴェーグが静かに見守っている。

 同じく光翔虎のヴァティーがトヨハナとウキヤコの体を背に乗せて飛来する。もっとも彼女は姿を消しているから、気付いたのはシノブやアミィ達くらいだろう。


 これは木人への憑依を継続したまま異空間に移すためだ。

 このまま王都内で戦えば多くの死傷者が出るだろう。そこでトヨハナ達が断罪を終えたら、シノブが光の額冠を使って巨人達をアナムから引き離す。

 しかし既に死霊となったヴィルマンと違い、トヨハナ達は体も運ぶ必要がある。幾ら彼女達が優れた術者でも、魂と肉体を別々の空間に置いたら命を落としかねないからだ。

 そこで二人の体を守るヴァティーも共に転移させる。更にシャンジーやヴェーグにも付き添ってもらうから、巨人達が激しい戦いを繰り広げようが問題ない。

 そう考えていたシノブだが、少々予定を変更することになる。


『家臣や民をどう使おうが、文句を言われる筋合いはない。……エンナム王国は名の通り、我が王家のもの。生殺与奪を含め、このエンナム・ヴィルマンが全てを握っているのだ』


 初代国王の巨像は憎々しげな口調で言い放つと、右手を大きく横に振った。すると王都のあちこちから、岩の擦れるような音が響き始める。


「もしや、各広場の王像が!?」


 叫びと同時にコンバオは、顔を幾らか横に向ける。すると彼の見つめる先に、像らしきものがあった。

 大きさは初代国王像の半分ほどだが、それらも符人形の一種らしく確かに動いている。しかもシノブが魔力感知で調べたところ、二十体以上はあるようだ。


「王像は幾つあるのですか?」


「に、二十五です! 大きいものは中央広場の像の半分程度、小さいものでも大人の三倍はあります!」


 アルバーノの問いに文官の一人が悲鳴混じりの声を返す。

 答えた者は人々が踏み潰される様子を思い浮かべたのだろう。(おもて)は蒼白で今にも気絶しそうなほどだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは城内の符を全て取り除いたが、それより先は調べていない。魔力感知や額冠の行使に比べ、魂で探れる範囲は遥かに狭かったからだ。

 しかし休眠中の符と違い、動き出せば魔力で感知できる。つまり全て異空間に移せば良いだけ、それに戦力不足を補う手段もある。


──シノブ様! こちらも木人を追加します!──


 海の方からタミィの思念が響く。彼女はアコナ製の海戦用『素航狗(すこうく)』を送り出したのだ。

 光翔虎のフェイジーが真紅の木人達を背に乗せて飛んでくる。そして(つがい)のメイニーは同じように憑依した者の体を運んでいた。

 新たな木人の操縦者達も、全て大魔力を持つエルフである。アスレア地方の長老ルヴィニア、エウレア地方の兄妹ファリオスとメリーナ、残りはヤマト王国やアコナ列島の者らしい。

 木人は十体ほどと数では劣るし、海戦用『素航狗(すこうく)』の大きさは成人の三倍程度で最小の岩像と同程度だ。しかし最大級は『衛留狗威院(えるくいいん)』が二体に対し相手はヴィルマンの憑依した像のみだから、戦力としては釣り合うだろう。


──これらも異空間に転移します! 全部で二十五体、気を付けてください!──


「シノブ、お願いします!」


「ああ!」


 アミィは巨大木人やシャンジー達に思念で呼びかけた。一方シノブは隣の妻に頷き返し、額冠の力を行使する。

 次の瞬間、王都中央の広場を含めて全ての巨像が消え失せた。もちろんシャンジー達、若手の五頭も一緒である。


「異空間に移ったのですね?」


「ええ、他の像もシノブ様が飛ばしてくださいました。よほど近くにいた者以外は無事でしょう」


 コンバオ達には自己紹介と共に説明しているが、実際に目にしたら問いたくもなるだろう。そこでアルバーノが心配無用と笑いかける。


「皆さん、大丈夫です!」


「邪術の像はエンナムから消え去りました!」


 健琉(たける)や婚約者達も安心するようにと呼びかけていく。それにクマソ王子の刃矢人(はやと)やダイオ島の島王パジャウと妃のミカヤも声を張り上げる。

 これを聞いて、一時は浮き足立ったエンナムの人々も落ち着きを取り戻した。武人達は外にも伝えようと走り出し、少し遅れて文官達も街を安堵させねばと動き出す。


──シノブさん、僕も行きます! トヨハナさん達を守りたいんです!──


──我らも行こう──


 空から降ってきたのは岩竜の子ファーヴの思念、続いたのは親世代の光翔虎ヴァーグのものだ。それに他の子供達や親世代の光翔虎も名乗りを上げる。

 ただし超越種達は、なるべく手出しを控えるという。死霊に変じたとはいえヴィルマンは人間だから、これも人同士の戦いだと考えたのだろう。


──分かった、頼んだよ──


 シノブはファーヴを含む五頭の子供に加え、光翔虎ヴァーグと(つがい)のリャンフを異空間に移す。

 ファーヴ以外の子供は岩竜オルムル、炎竜シュメイ、光翔虎のフェイニー、嵐竜ラーカだ。つまり一歳以上で飛翔が得意な者達である。

 なお海竜リタンも一歳を超えているが、彼は海の種族だからヤマト王国の軍船の側に残っている。


「ホリィ、マリィ、念のため行ってくれるか?」


「はい!」


「もちろんですわ!」


 万一のことを考え、シノブは眷属の二人も送り込む。

 残った眷属は王城にアミィとミリィ、沖の軍船にタミィの三人だ。それに超越種は光翔虎の(つがい)フォーグとファンフに海竜リタンのみである。

 異空間は便利だが、額冠で繋がない限り内部がどうなっているか分からない。そこでシノブやシャルロットを含め、アナムの安全を見届けてから追うことにしたのだ。

 そしてシノブ達の判断は正しかった。


──『光の盟主』よ。あの像がオーマの木から作った薬を撒いていったぞ──


──少量ですが、側にいた人の子が吸いました──


 フォーグとファンフの思念が響いた直後、街の各所から常軌を逸した(わめ)き声が上がり始める。

 アナムの各地に置かれた王像は、異空間に移る直前に僅かだが黄色い粉を撒いた。これはフォーグが語ったように、オーマの木に由来する魔法薬らしい。


 オーマの木とは、エンナム王国を含むスワンナム地方の熱帯や亜熱帯に存在する植物だ。

 この木の葉や枝には心を穏やかにする効果があるが、大量に摂取すると凶暴化する。特に酷いのが何百年かに一度咲く花で、花粉を吸った者は激しく狂乱する。

 おそらくヴィルマンか先祖の王がオーマの木から花粉を得たか、葉などの成分で近いものを作り出したのだろう。


 シノブはシャルロット達に予防薬を服用させたから問題ないが、エンナム王国の人々は粉を吸ったら暴徒と化してしまう。早期の転移で少人数に抑えられたが、逃げ惑った人々で大混乱に発展する可能性もある。


 しかし、これにもシノブは手を打っていた。

 夕闇深まる空に目に鮮やかな青や赤の巨鳥が現れた。しかも数十羽、もしかすると百を超えているかもしれない。


「今助ける! 神操(シェンツァオ)大仙が授けてくださった中和の薬で!」


「あの馬鹿王、自分が死んだら後はどうでもいいのかよ!?」


 『(ファ)の里』のエルフの少女美操(メイツァオ)やナンカンの少年(グオ)師迅(シーシュン)も、巨大なオウムの背の上だ。双方とも他の術士達と同様に空から白い粉を撒いている。

 予防薬だと事前の服用が必要だが、これはシェンツァオ大仙こと眷属のメイリィが作ってくれた秘薬で狂乱状態になってからでも正常に戻せるのだ。


「あれは!?」


「鳥に人が!?」


 エンナム王国の廷臣達は、目まぐるしく変わる事態を追いかけるだけで精一杯らしい。修辞や礼法を極めた筈の貴顕すら、子供のような叫びを放つのみだ。


「ふふふ~。その者、青きオウムに跨りて……い、いえ~、あれは『操命(そうめい)の里』から来た心正しき術士さん達と帝王オウムです~」


 ミリィは何やら重々しい口調で語り出した。しかし彼女はアミィの冷たい視線に気付いたようで、途中から改める。

 一方のアミィだが、ミリィが冗談を中断したとたんに普段の柔らかな雰囲気へと戻る。そのためエンナム王国の者達は、密かなやり取りを知ることもなく静かに耳を傾けている。


 そして街では騒動の収拾に取り掛かった者がいた。それはエンナム王国の民に扮したアマノ王国の諜報員達だ。


「あれは伝説のシェンツァオ大仙の一派では!? それに先ほどの光る虎は神獣様ですよ!」


「きっと僕達を助けに来てくれたんです!」


 ソニアとミケリーノの姉弟は、この地に残る逸話に重ねつつ安心するよう呼びかけていた。同じく各所に二人か三人ずつが散っている。

 そのため奇想天外な出来事が続いたにも関わらず、人々は僅かな間に日常を取り戻していく。


「これでヴィルマンが仕掛けた罠は終わりでしょうか?」


「そのようだ。……コンバオ殿、私達三人は異空間に移ります」


 シャルロットに頷き返した後、シノブはエンナム海軍司令である豹の獣人へと向き直る。

 帝王オウムの飛来から幾らか経ったが、新たな異変が起きる様子はない。それにシノブはシャルロットとアミィのみを伴い、他にはアナムを見張ってもらうつもりだ。

 ここは残った者達で充分に対処できるし、後はヴィルマンを倒すのみとシノブは判断したのだ。


「どうか随伴をお許しください。この国を長く操った邪悪の滅びを見届けとうございます」


 なんとコンバオは(ひざまず)いた。そして彼は今までに増して(うやうや)しげな様子で、自分も同行させてくれと願う。


 確かにエンナム王国の者としては、どこかで消滅したと聞いたのみでは収まらないだろう。

 建国以来およそ二百二十年も魂を握られたし、王像は人型だから先祖の魂が使われたかもしれない。もしそうなら、多くの者が輪廻の輪に戻れず消えた筈だ。

 せめて立ち会いのみでもと思うのだろう、エンナムの廷臣達もコンバオの後押しをするようにシノブを見つめている。


「分かりました。……アルバーノ、タケル。後を頼む」


「御意!」


「お任せください!」


 シノブはコンバオを立ち上がらせ、残る者達に後事を託す。するとアルバーノは華麗な仕草で、タケルは誇らしげに諾意を示す。

 対するシノブは大きく頷き返し、光の額冠が創り上げた異空間に自身を含む四人を移した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 七色の光が(きら)めく空、果てしなく広がる荒野。異空間に移ったシノブが目にしたのは、激しい格闘戦を繰り広げる巨人達だった。


 シノブ達の正面ではトヨハナとウキヤコの憑依した『衛留狗威院(えるくいいん)』が、初代国王ハイヴァンの像を相手している。それも武器を使わず人の十倍もある(こぶし)や脚の応酬である。

 左右では海戦用『素航狗(すこうく)』と小型王像が同様に激しくぶつかり合っている。アコナの木人は剣や槍などは装備していないし魔法攻撃もできないが、相手も同じらしく殴打や蹴撃が交わされるのだ。


『ウキヤコ、近づきすぎじゃ!』


『わ、分かったのじゃ!』


 木と岩の違いからか、トヨハナ達は攻撃と離脱を小刻みに繰り返す。それに対しヴィルマンが操る巨大石像は一箇所に(とど)まり迎え撃つ形だ。


『逃げ回るだけか? それで女王などと、恥ずかしくはないのか?』


 ヴィルマンは攻撃の合間に挑発の言葉を発する。暗く(ゆが)んだ声は、まさに死霊王と呼ぶべき陰々滅々たる響きだ。


『言わせておけば! トヨ姉さま~!』


『聞き流すのじゃ!』


 質量の差もあるし強度も違うから、組み合えば『衛留狗威院(えるくいいん)』が不利だ。それを理解しているのだろう、トヨハナ達はヒットアンドアウェイを続ける。


『硬いですね』


『下手に爪や角を突き入れたら折れそうです』


『ええ……』


 長老ルヴィニアも攻めあぐねているらしい。それにファリオスやメリーナも海戦用『素航狗(すこうく)』の長所が活かせず苦労しているようだ。

 ルヴィニア達が使う木人は両手に長い爪、頭上に一角獣のような長い角を備えている。これらは刺突を想定したものだが、今は腕で払うか蹴りを繰り出すかで苦戦が明らかだ。


 小型の王像に会話する能力はないらしく、無言で技を繰り出すのみだ。それに攻撃も死霊王ヴィルマンの操るものと違い、少々単調な気がする。

 とはいえ数は海戦用『素航狗(すこうく)』の倍以上、しかも大きさは同等か五割増しだ。結果としては、こちらも均衡状態となっていた。


「……太刀や魔法装備が通用しないのでしょうか?」


「ああ。岩巨人達は硬化を使っているらしい」


『あの岩の像、かなりの魂を(まと)めたようです~』


 シャルロットとシノブが言葉を交わすと、シャンジーが寄ってきて交ざる。

 巨大木人の第一人者トヨハナや最年長の長老ルヴィニアの推測では、岩像は魔術で鋼鉄以上の硬度を得ているらしい。実際トヨハナはレーザー風の光線技で試したが、表面すら傷つかなかった。


 この常識外れの防御力を、トヨハナ達は多くの魂が集まった(ゆえ)(にら)んだ。

 電撃も通じないから単なる硬度の上昇でもなさそうだが、太刀では刃こぼれするだけと抜かぬままにした。幸い動きは木人達の方が速いから、今は頭部や関節などを狙って弱点を探っているという。


 シャンジー以外の光翔虎達は、中空で静観を続けている。親世代のヴァーグとリャンフを中心に、右にフェイジーとメイニー、左にヴェーグとヴァティーと横一列に並んだまま動かない。

 ホリィとマリィは本来の姿に戻り、巨人達の上空で旋回している。人の姿より鷹の方が、万一のときに素早く割って入れると思ったのだろう。


『……まだ加勢は不要だと思うけど~』


 一方シャンジーは残念そうに結ぶと、巨像達に顔を向け直した。彼はトヨハナ達の顔を立てようと、参戦を我慢しているらしい。


「案外と……」


「超越種は二百歳で成体になりますが、シャンジーさんは百歳ほどですから」


 コンバオが意外そうな顔でシャンジーを見上げると、アミィは理由を察したらしくシャンジーの歳などに触れた。

 するとコンバオは僅かに表情を緩ませた。シャンジーは成体と殆ど変わらぬ大きさだから、成獣だと誤解していたのだろう。


『手を出すにしても支援だけが良いと思います』


『とはいえ適切なものがありませんが……』


 オルムル達も手出しは控えたいようで、舞い降りるとシノブ達の側に並ぶのみだ。

 シュメイが指摘したように、打つ手がないのも事実であった。岩竜オルムルは精神への感応力、炎竜シュメイは神託めいた直観力、光翔虎のフェイニーは彼女が森の浄化と呼ぶ命の癒し、嵐竜ラーカは大気を操る力だからである。

 オルムルとシュメイは相手の弱点を探ったが空振りで、フェイニーはトヨハナ達が麻痺でもしない限り出番がない。残るラーカは戦闘向きの技だが戦うだけならブレスや絶招牙で足りており、神々から授かった力を使うまでもない。


『僕がテッラさまの加護を使えたら……』


 岩竜ファーヴが悔しげな様子で呟いた。

 確かにファーヴの加護は鍛冶と大地の神が授けたもので、硬化術や岩の操作に向いていそうだ。しかし彼が一歳になってから十日少々、色々試してはいるが発動には至っていない。


『まだ一歳になったばかりですよ~』


『そうです。僕は二十ヶ月を超えていましたし』


 フェイニーとラーカが慰めるが、ファーヴは浮かない様子のまま巨人達の戦いを見つめるのみだ。

 加護の力に開眼するのは、一歳を超える他にシノブと過ごした期間が関係するらしい。そしてファーヴは生後十日ごろからシノブと暮らしており、もう使えるころだと焦ってしまうようだ。


「ファーヴ、落ち着いて……君なら絶対できる」


 シノブは思わず歩み寄り、ファーヴを撫でさする。

 既にファーヴは体長4mを僅かだが超えた。初めて会ったとき片手で抱けたのが嘘のような堂々たる巨体である。

 子供達にはアムテリアから授かった腕輪があり、『白陽宮』で過ごすときは猫くらいから大人程度まで自在に大きさを変える。そのため今でも抱き上げはするが、本当は最大級の軍馬よりも重たいのだ。

 しかしどれだけ大きくなろうと、シノブにとっては我が子リヒトと同じく愛おしい存在だ。種族こそ違うがオルムル達を含め、リヒトの兄弟姉妹だとシノブは思っている。

 シノブは短い言葉の中に、そして触れた手の先に、ありったけの愛情を注ぐ。


『シノブさん……はい、頑張ります!』


 ファーヴは高々と首を(もた)げると大きく羽を広げ、ふわりと空に舞い上がる。そして彼は宙に(とど)まると自身の魔力を引き出していく。


 これなら大丈夫と、シノブは顔を綻ばせて見送った。

 強い心で前に進むなら、自分は信じて応援するのみ。何故(なぜ)なら今のファーヴは手取り足取り導くほど弱くないからだ。

 トヨハナ達も同じで、憑依術の使い手の誇りを尊重しよう。最後の一押しならともかく、何から何まで世話を焼かれるなど誰も望んでいまい。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは(はや)る心を押さえつけて巨人達の戦いを見守るが、均衡は唐突に崩れた。

 焦りなのか、あるいは集中力が途切れたのか、ウキヤコの『衛留狗威院(えるくいいん)』が初代国王像に(つか)まったのだ。とはいえ彼女は七歳だから、無理もないだろう。


『降伏しろ。こいつを潰されたくなかったらな』


『ゆ、油断したのじゃ……』


 ヴィルマンの宿った岩巨人は白き木人を羽交い絞めにしつつ、トヨハナへと警告を発する。

 ウキヤコの木人は相手の腕を押さえて抵抗するが、力では(かな)わないのか少しずつ束縛は狭まっていく。それに時折生じるミシリという不吉な音が、長くは耐えられないと示している。


『ウキヤコ、体に戻るのじゃ!』


『無駄だ。押さえつけている間は、こちらの符で干渉できる。しかし随分と出来が良いのだな……中に式神を送り込めぬぞ』


 トヨハナの叫びに、ヴィルマンは傲然たる声で応じた。しかし続いての言葉には、僅かながら感嘆が混じっている。

 初代国王を模した岩巨人の腕から不気味な黒い(もや)が生じ、ウキヤコの木人へと向かっている。これが干渉と奪取を担う式神の波動なのだろう。


「仕方ない!」


『シノブさん、僕が守ります! この鎧竜(がいりゅう)ファーヴが!』


 飛び出そうとしたシノブを制したのはファーヴ、一直線に巨像達に向かう岩竜の子だ。しかもファーヴの体は普段の白に近い灰色と異なり、磨き上げた鋼鉄のように輝いている。

 ついにファーヴは大地の守りに目覚めたのだ。そう悟ったシノブは足を(とど)め、愛しき子竜の晴れ姿を見守る。


『ウキヤコさん、テッラさまの御力です! トヨハナさんも!』


 今やファーヴは(まぶ)しいほどの金属光に包まれていた。しかも別して強い二筋が白き巨人達に伸びていく。

 そして光が二体の巨大木人に到達すると、表面がファーヴと同じ僅かに黒みを帯びた銀へと変じていく。まるで鋼人(こうじん)のような(きら)めきは、美麗さが減じた代わりに力強さを大幅に増している。


『力が溢れてくるのじゃ!』


『もしや!?』


 ウキヤコの木人は岩巨人の腕を押し返していく。一方トヨハナの木人は鞘に収めていた太刀を抜き放ち、天へと掲げた。

 人間が扱うものの十倍近い巨大刀も、やはり神秘の輝きを放っている。今なら斬れると確信したのだろう、トヨハナは大上段の構えへと移す。


 シノブも『衛留狗威院(えるくいいん)』や太刀の硬度が大幅に増したと感じていた。元々名機と名刀ではあるが、今は伝説の武具にも劣らぬ域となったようだ。


『くっ……』


『トヨ姉さま!』


 ついに岩巨人の束縛からウキヤコの木人が逃れた。そして銀色に輝く巨人は一足飛びに離れ、初代国王像の手の届かぬところに移る。


『成敗!』


 すかさずトヨハナは間合いを詰め、死霊王ヴィルマンが宿る巨像を真っ向唐竹割りに断った。ファーヴの光を受けて神刀と化した(やいば)は、あっさりと岩巨人の頭上から股下まで通りぬけたのだ。


「シノブ様!」


「ああ、逃がすものか!」


 アミィが魔法のカバンから取り出した人間大の木人を、シノブは小脇に抱えた。そしてシノブは重力魔術の飛翔で宙を渡り、小型王像へと向かうヴィルマンの魂を捕らえて木人の中に封印した。

 ヴィルマンには聞くべきことが沢山あるから、仮初(かりそ)めの牢獄に放り込んだわけだ。


『残りも解放するのじゃ!』


『はい、トヨ姉さま!』


 一方トヨハナとウキヤコは、小型王像の始末に移っていた。相手は大きなものでも半分以下、それに彼女達には神秘の利剣があるから鎧袖一触の勢いで薙ぎ払う。


 やはり小型王像を操っていたのは人間の魂を使った式神らしい。

 斬り倒された岩像からは、人に似た波動が離れていく。しかし既に魂と呼べぬ存在と化していたようで、全て一呼吸か二呼吸の間に消えてしまう。

 そして幾らもしないうちに、全ての小型王像が動かぬ岩塊へと戻った。


──哀れな──


──せめて手向けを──


 宙に控えていた光翔虎達、その中央のヴァーグとリャンフが思念に続いて長い咆哮(ほうこう)を発する。すると両脇の四頭も和し、更にシャンジーやフェイニーへと神秘の虎達の合唱が広がっていく。

 オルムル達も(とむら)いの歌に加わった。そして竜虎の哀切たる響きは、異空間の果てまでも響き渡る。

 そして見事に役目を果たしたファーヴは(まばゆ)い光を収めつつ、誇らしげに仲間達へと向かっていく。


「シノブ、お疲れ様です」


「ああ……」


 地に戻ったシノブを、シャルロットが柔らかな笑顔で迎えた。隣にはアミィ、そしてホリィとマリィも少女の姿に変じて並んでいる。


「これで我らは……そして先祖達は救われました。感謝の言葉もございません」


 コンバオはアミィ達から、あれらが人間の魂を(まと)めた式神だろうと聞いた。彼は目に光るものを(たた)えつつ、深々と頭を下げる。


「まだ早いですよ。これからヴィルマンを問い(ただ)し、エンナム王家の悪業を暴かねばなりません」


 シノブの言葉に一同は頷き返す。

 しかし大きな山場を越えたのは事実だ。そのためだろう、誰もが喜びを(おもて)に浮かべている。


 シノブも晴れ晴れとした笑みで応じる。エンナム王国から邪術は消え去ったし、コンバオのように誠実な人物もいるからだ。

 もちろん道は険しいが、必ずコンバオ達は乗り越えていく。そして彼らは、今回集ったアコナ列島、ヤマト王国、ダイオ島の人々と手を取り合う。

 シノブが紡いでいく明るい未来図に、囲む者達は更に顔を綻ばせていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年5月2日(水)17時の更新となります。


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