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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第5章 領都の魔術指南役
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05.12 馬場と騎士と企みと 前編

「イヴァール、どうしたんだい?」


 シメオンとフライユ伯爵領について話してから2日ほど経った日の夜。

 魔法の家で夕食を取っているとき、シノブはイヴァールの様子がおかしいのに気がついた。

 いつも食事時は陽気に話す彼だが、今日は口数が少ない。食事自体も、あまり進んでいないようだ。

 一緒に食卓を囲んでいるアミィや侍女のアンナも、イヴァールへと視線を向けている。


「うむ……」


 イヴァールは、彼にしては珍しく口ごもった。


「イヴァールらしくないじゃないか。困ったことがあるなら相談してくれよ。訓練で何かあったの?」


 シノブは、彼が領軍本部で参加している軍人達との武術訓練で何かあったのかと心配した。

 イヴァールの武技はこちらの武人と比べても数段上だ。だが、それゆえ軍人達と衝突でもしたのかと思ったのだ。


「いや、訓練ではない。ヒポのことだ」


 イヴァールは、自身ではなくセランネ村から領都セリュジエールに連れてきた愛馬ヒポの事だと言う。

 ヒポは、普通の馬とは全く種類が異なるドワーフ馬である。ドワーフ馬は、まるで首が長めで毛皮を持つカバのように見える生き物で、肩高130cmから140cmほどだが体重は700kgや800kgになる。

 ちなみに普通の軍馬は肩高170cmから190cmくらいで、体重は500kgから800kgほどである。つまりドワーフ馬は軍馬より肩高が40cm以上も低い。

 そのため身長150cmくらいのドワーフにとっては乗りやすく、彼らにとって馬といえばドワーフ馬を指す。


「暑いところに来たから調子が悪いのですか?」


 アミィが心配そうな表情でイヴァールを見た。彼女の狐耳もイヴァールの言葉に集中するあまりか、一瞬ピクッと動かした後、彼のほうに向けて固定されていた。


「いや。もうすぐ冬だからな。毛も短めに刈ってやったし、それは問題ない」


 イヴァールによれば、セランネ村より気温が高いのは確かだが、冬に入りつつある時期だからドワーフ馬にとっても過ごしにくくはないらしい。

 ドワーフ馬は北方に生息するため、毛は山羊のように長く、寒さに強い。逆に暑さには弱いので、夏場であれば(つら)いだろうが、この時期であれば毛を短く刈れば問題ないという。


「それじゃ、何があったんだ? さっきも言ったけど、俺達にも話してくれよ」


「そうです! ヒポも一緒に竜の狩場まで行った仲間じゃないですか!」


 シノブとアミィは、口々にイヴァールへと相談するように促した。彼らの脇ではアンナも心配そうな顔で頷いている。


「……すまん。実は、騎士共がドワーフ馬の能力を疑っていてな」


 真剣な顔をしたシノブ達の様子に、イヴァールは軽く頭を下げた。

 そして、領軍本部の騎士が見慣れないドワーフ馬の能力を疑問視していると言った。


馬上槍試合(トーナメント)でもやってみる?」


 シノブは、地球の騎士達も馬上槍試合(トーナメント)をしていたと思い出した。騎士の決闘といえば馬上槍試合(トーナメント)細剣(レイピア)での剣術試合ではないか。シノブはそんな連想をしたのだ。


「それではヒポの能力より、俺の戦闘力の証明になってしまう。ドワーフ馬が力強いのは奴らも認めているのだが、戦場でこちらの軍馬ほど役に立つのか疑問らしい」


 気に入らなかったのか、イヴァールは大きく首を振った。

 確かに馬上槍試合(トーナメント)では、馬と騎士双方の能力が問われる。それに単純に言えば真っ直ぐ突進してぶつかるだけだから、馬の能力の証明としては物足りない。

 ちなみに騎士達もドワーフ馬の怪力は認めている。したがって荷駄を積んで走ったり荷物を引いたりするだけでは、彼らを説得できないだろう。


「ヒポだけで、軍馬と競争するとか?」


 アミィは少し頭を傾げながら、イヴァールに提案する。

 真面目な話の最中だが、頭を傾げた際に彼女のオレンジがかった明るい茶色の髪が揺れるのを、シノブは可愛らしく思った。


「長距離の速さでは軍馬に負けるな。それに速いだけでは、戦場で生き残れん」


 イヴァールは、ますます苦い顔となった。

 こちらの軍馬は身体強化が得意な馬を掛け合わせているため、短距離なら時速120kmは出せるそうだ。そして特別な名馬ともなれば、短時間だが時速150km以上で駆ける。

 それに対してドワーフ馬は、非常に短い距離であれば時速70kmから時速100kmほども出せるが、軍馬ほどの瞬発力はない。軍馬は速度でドワーフ馬は力強さと、身体強化能力の使い方が違うらしい。

 騎士達もそれはわかっているので、単純に速度を競う必要はない。そのようにイヴァールは語る。


「そうか。馬術競技でもする?」


 シノブは、オリンピックでやっているような馬術競技を思い浮かべた。


「王国にも軍馬や騎手の能力を競うための馬術競技はありますよ。『戦場伝令馬術』というもので、柵を飛び越えたり、坂を登ったりします。あと水濠(すいごう)を渡ったりもしますね」


 従士の娘であるアンナは、騎士や従士の鍛錬や競技にも詳しいようだ。彼女の父も伯爵の館で衛兵として勤務しており、現役の武人である。そのため、実際にそれらの競技を見たこともあるという。

 アンナは、シノブ達にメリエンヌ王国の馬術競技『戦場伝令馬術』について簡単に説明した。彼女の話を聞いたシノブは、オリンピックで見た総合馬術のクロスカントリーみたいな競技だと思った。

 アンナによれば『戦場伝令馬術』では、競技用に坂や濠が造られ障害物が設置されたコースを、どれだけ速く回れるかを競うという。戦場での伝令には必須の技能であり、軍事訓練の一環として盛んに行われているそうだ。


「なるほどね。それなら馬の能力を見るのにも良いのかな。明日シャルロットにも聞いてみるか」


 こちらに来てから乗馬を習ったシノブには、ヒポの能力証明に『戦場伝令馬術』が適切なのか、判断がつかなかった。そこでシノブは、専門家である女騎士達に聞いてみようと思ったのだ。


「すまんな。お主達の手を煩わすのも気が引けるが、馬は賢い生き物だ。周囲に侮られていてはヒポも暮らし難かろう」


 イヴァールは、ヒポが周囲の空気を気にしないか心配しているらしい。

 確かに、動物は周囲の様子を敏感に察する。シノブも、馬丁など世話をする者達の感情に、ヒポが敏感に反応するかもしれないと思った。


「そうですね! ヒポにはお世話になりましたし、恩返ししないといけません!」


 アミィは、こぶしを握り締めてヒポを助けると宣言している。


「ああ。わざわざ遠くまで来てもらったんだ。少しでも居やすくしてあげないとね!」


 シノブとアミィは、二十日(はつか)以上も一緒に旅したヒポを可愛がっていた。

 シノブもイヴァールの言葉に深く頷き、どこか愛嬌のあるドワーフ馬ヒポのために動こうと心に決めた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「え~、『戦場伝令馬術』ですか~? それはヒポには不利な勝負だと思いますよ」


 シノブの話を聞いたミレーユが、素っ頓狂な声を上げた。彼女は目を見開き、その青い瞳でシノブの顔を見つめていた。

 シノブ達は、参謀のミュレなどに対する魔術の講義を終えた後、領軍本部でシャルロット達と昼食を共にしていた。そして食事をしながら、シャルロット達にヒポについて相談していたのだ。


「……そんなに不利なのか?」


 ミレーユの言葉に、イヴァールは自身の黒々とした髭を撫でながら唸り声を上げた。

 シノブも、彼女の驚きように『戦場伝令馬術』で競うのは無理なのだろうかと思ってしまう。


「そうだな。単純に速さを競うわけではないが、人の背ほどもある生垣や丸太などの障害を飛び越したりするからな。

身軽なこちらの軍馬のほうが適している」


 シャルロットはそう言うと、シノブ達に『戦場伝令馬術』について説明した。

 彼女の説明は、昨日のアンナの話と同じ内容も含まれていたが、より詳しいものだった。

 それによると『戦場伝令馬術』では10kmを超えるコースを、およそ15分で駆け抜けるという。中距離に分類される競技であるため、長距離を高速で走ることのできる軍馬のほうが有利である。

 そして障害の跳躍は、足が長く跳躍力に優れた軍馬のほうが有利なのは言うまでもない。


「だいたい、馬とドワーフ馬は得意なものが違うんですから、比べるほうが間違っていると思いますけど。

それがわかっていないなら、文句をつけた人は騎士として失格ですね」


 ミレーユは、眉を(ひそ)めながらシノブに言った。

 彼女の言うとおり、軍馬は速度に、ドワーフ馬は力強さに特化した生き物だ。身体強化のおかげでどちらも地球の馬からすれば驚異的な能力を誇るが、得意な分野ははっきり分かれている。


「うむ。言いがかりに近いな」


 シャルロットは、部下にそのような難癖をつける者がいるのが許せないようだ。

 申し訳なさそうな顔でシノブ達を見る。


「そうか……でも、かといってヒポに有利なルールで戦っても、騎士達を納得させられるか疑問だしね」


 シャルロットの言葉に、シノブは一瞬競技ルールの変更を考えた。でも、そんなことをしても言いがかりをつけた騎士達が納得するとも思えない。

 シノブは、彼らの意図はわからないが、喧嘩を売っているのであれば簡単に引くことはないのでは、と考えた。


「一度、『戦場伝令馬術』を見てみますか?

領都の外にある演習場には専用のコースもあります。久しぶりにリュミ達に乗ってあげるのもよいと思いますし。シノブ様の乗馬ですから、時々は乗らないと」


 アリエルは、シノブへと優しく笑いかける。

 リュミとは、ヴォーリ連合国への旅の間、伯爵家からシノブが借りていた軍馬リュミエールのことだ。

 アリエルの言うとおり、リュミエールは正式にシノブの乗馬として伯爵から譲られていた。領都に戻ってから、アミィの乗っていたフェイもあわせてシノブ達へ贈られたのだ。

 今は、ヒポも合わせて伯爵家の馬房におり、普段は馬丁達に世話されている。だが、確かに彼女の言うとおり、たまには乗るべきだろう。


「ああ。今日のジェルヴェさんの講義はお休みにしてもらっているんだ。だから皆で演習場の馬場に行ってみよう」


 シノブは、昼食後に行っている伯爵家の家令ジェルヴェからの講義を、今日は中止にしてもらっていた。彼からは貴族の作法などを教えてもらっているが、今日はイヴァールとヒポの問題解決に充てたかったのだ。


「はい! 私もフェイに乗ってみたいです!」


 フェイは身長140cm強のアミィにあわせた、比較的小柄な軍馬だ。フェイが軽やかに駆ける様子を思い出したシノブは、フェイとアミィなら『戦場伝令馬術』に向いているのでは、と思った。


「私、『戦場伝令馬術』は得意なんですよ! アミィさん、一緒にやってみませんか?」


 ミレーユは、馬場に行くと聞いて嬉しそうだ。燃えるような赤い髪を揺らすと、アミィへと笑いかける。


「そうだな。ミレーユの馬術に(かな)う者は、伝令騎士にも中々いないぞ」


 シャルロットも、彼女の言葉に頷いた。

 彼女は、ミレーユの言葉を優しい笑顔で肯定する。


「シャルロット様も同じくらい馬術を修めていらっしゃるんですよ」


 アリエルは、琥珀色の瞳に優しい色を浮かべながら、主のことをフォローする。


「ありがとう。だが正直ミレーユには負けると思う。私はアルの能力に頼っているからな」


 シャルロットは、アリエルに礼を言いながらも、ミレーユをさらに褒めた。

 アルとはシャルロットの白馬アルジャンテの愛称である。光り輝くような毛並の非常に優秀な軍馬であり、確かに彼女の言うとおり、他の軍馬に比べてその能力は一段抜きん出ているようだ。


「リュミやアルは別格ですから。ともかく、馬場ではミレーユに模範演技をしてもらいましょう。私が留守番をします」


 アリエルは、謙虚な主の様子に微笑みながら、シノブ達に提案する。

 シノブの軍馬リュミエールはアルジャンテの兄にあたる。リュミエールもアルジャンテと同じく、銀色と言っても良い輝くような毛並みをした巨大な軍馬だ。


「すまんな。お主達には感謝する」


 イヴァールは自分のために時間を割いてくれるシャルロット達に頭を下げた。

 言葉こそ短いが、その声音(こわね)には彼女達への深い感謝が篭もっている。


「イヴァール殿……我らは共に戦った友、つまり戦友だ。そんな水臭いことは言わないでほしい。……さあ、馬場へと行こう!」


 シャルロットはイヴァールに笑いかけ、一同へ馬場への移動を促した。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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