25.16 エンナムの謎 後編
シノブ達は魔法の馬車を使い、スワンナム地方の密林へと移動した。ここのところマリィ達が拠点の一つとしている、エンナム王国の王都アナムに近い森の奥だ。
転移の絵画で遥か東に渡ったシノブ達は、マリィの魔法の幌馬車から木々の合間に降り立つ。
シノブとアミィ、そして虎の獣人に変じたホリィ。地中探索を受け持つ、玄王亀の長老夫妻アケロとローネ。姿を現したのは、この三人と二頭である。
月明かりが僅かに差し込む場では、マリィと四頭の光翔虎のみが迎える。エンナム王国は零時を回っているし、夜行性の動物達も光り輝く虎を畏れたのか物音すらしない。
「ホリィ、貴女も?」
マリィは意外そうな顔をし、背後で縞模様の尻尾も揺れた。彼女も虎の獣人の姿、服は慣れたものを選んだのかシノブ達と似たエウレア地方風の軍装である。
それはともかくシノブ達は急いでいたから、通信筒の返信では細かいことを書かなかった。そのためマリィは、イーディア地方にいる筈のホリィが来ると思わなかったのだろう。
「ええ、アーディヴァ王国も落ち着いたので戻りました」
ホリィは自身が担当する地域の国、シノブ達も訪れたことのある場所に触れる。ただし今回の件と直接の関係はないから、詳しく語りはしない。
既にアーディヴァ王国は、周囲の国々と和解した。
先日までのアーディヴァ王国は他国への侵攻を企んだが、それは禁術使いのヴィルーダが二百年近くも裏から操った結果であった。しかしヴィルーダは倒され国王は正気を取り戻し、ホリィ達の支援もあって周囲との関係修復も順調に進む。
シノブはアーディヴァ王国に隣接する三国に情報局の諜報員を送り込み、調査と同時に多少の情報操作をした。もちろん怪しげな扇動ではなく、アーディヴァ王国が正道に立ち返ったと噂を流したのだ。
アーディヴァ王国の再建には光翔虎のドゥングも関わっており、彼は前面に出ないが存在自体は示した。そのため周囲の国々も、神獣が後見しているならと好意的に受け止めた。
そこでホリィは自然の成り行きに任せても大丈夫と判断し、今後は時々見に行く程度に留めるという。
「ヴァクダさんも大神殿に宿って見守ります。きっとヴァシュカも喜んでいるでしょう」
「良かったわね……」
ホリィが微笑むと、マリィは感慨深げな呟きを漏らした。
ヴァクダとは初代アーディヴァ王、今は祖霊となって国を守護している。そしてヴァシュカは彼の幼馴染みにして、神々の眷属に生まれ変わった女性である。
建国王として称えられるヴァクダだが、彼も友のドゥングと同様に禁術使いに魂を縛られた。しかし強い魂は祖霊となるに相応しく、解放された後も輪廻の輪に戻らなかった。
ヴァシュカは悲運にも幼馴染みと離れ離れになり戦乱で命を落としたが、今は闇の神ニュテスに仕える眷属としてアーディヴァ王国の魂を守っている。そして彼女は、祖霊となったヴァクダを影から支えるという。
これから二人は手を携え、自分達の生きた国を導くのだろう。それは眷属達にとって、一つの理想に違いない。
照らす月光に、シノブは厳しくも優しい神々の長兄の姿を重ねる。ニュテスがヴァシュカを遣わしたのは、二人の幸せを願ったからと感じていたのだ。
もっともホリィとマリィは短く言葉を交わしたのみ、シノブが月の化身に思いを馳せたのも僅かな間でしかない。
「……式神の部品だけど、魔術師ハールヴァがいる軍施設に運び込んでいるんだって?」
「はい。軍港から少し離れた高台まで広がっているのですが、彼の勤め先は後者で軍人でも許された者しか入れません。そこで秘密裏に組み立て、海中から外に出すのだと思います」
シノブが確かめると、マリィは表情を引き締めつつ語っていく。
ハールヴァという男は軍人でもあり、軍の施設にいるのは自然なことだ。しかし魔術を使う彼の勤務地に式神を作るための部品が運ばれるなど、偶然にしては出来すぎである。
おそらくハールヴァはヤマト王国でいう符術士、カンでは狂屍術士と呼ばれる魂を操る技の使い手だ。そして彼が海猪を模した式神を組み立て、密かに海へと放っているに違いない。
「ダージャオがスキュタール王国でやったように、式神に地下工場を任せているのでしょうか?」
『その可能性は高い。軍人達すら何を作っているか知らないようだ』
小首を傾げたアミィに、光翔虎のヴァーグが重々しく頷き返す。
マリィやヴァーグ達は一日かけて王都アナムの街や港を巡り、部品を作っている職人にも接触した。しかし巨像を造っているなど、街の者は誰も知らないらしい。
これは部品を種類ごとに別々の造船所に作らせ、全体像を隠しているからだ。
部品の納品先は魔術師ハールヴァの職場だが、そこからが不明なままだ。おそらくハールヴァを始めとする一部しか、組み立てに関わっていないのだろう。
それどころか式神を組み立てに使っているなら、真実を知っているのはハールヴァのみかもしれない。
「密かに組み立て、海猪の毛皮を被せてから海に送り出す。そうすれば周囲は魔獣使いと思うか……」
シノブの想像は、おそらく真実なのだろう。
毛皮で偽装した式神を、アコナ列島の漁師は本物の魔獣と見間違えた。海中での遭遇、それも戦いの最中だから見抜けないのも当然だ。
もし傷を負わせたら、出血しないのを不審に思ったかもしれない。しかし仲間の漁師達も襲われ退くだけで精一杯、彼らを責めるのは酷というものだ。
『呼吸も不要ですから、潜水したまま沖に出れば良いのでしょう』
発声の術で応じたのはリャンフ、つまりヴァーグの番だ。そして彼女のみならず、ヴァーグを含む三頭の光翔虎は一斉に頷く。
アコナの漁師が遭遇したのは体長6mもある大物だった。しかしリャンフの示した方法なら、見つかる危険は殆どない。
もしかすると式神は潜水したまま魔獣の海域まで移動し、そのまま隠れ家に潜むのかもしれない。あるいは沖で待つ軍船と合流して隠し港に向かうのだろうか。
『やはり島の地下にでもいるのだろう。発見は我らに任せてほしい』
『とはいえ、まずは邪術の使い手を押さえるべきです。人の子も多く住んでいるそうですから』
アケロとローネは自分達の出番だと主張する。
玄王亀は居ながらにして地下の広範囲を探れるから、秘密の地下工場であっても全く問題ない。そして魔獣の海域の無人島より、王都アナムへの対処を優先すべきだ。
もしかすると地下工場には、完成済みや間近な式神があるかもしれない。それらを片付けてから海に向かえば良いだろう。
◆ ◆ ◆ ◆
式神との戦いになる可能性があるから、光翔虎達も木人への憑依はしない。ヴァーグとリャンフ、フォーグとファンフ、番ごとに並んで空へと浮かび上がる。
シノブとアミィは光翔虎ヴァーグの背、同様にアケロはフォーグ、ローネはリャンフの上に収まった。ホリィとマリィは本来の青い鷹の姿で、光翔虎達の横に並ぶ。
もちろん全員が姿消しや透明化の魔道具を使っているから、人目に付くことはない。
一行は密かに王都アナムの港を目指す。まだ闇の深い、星と月のみが飾る空を彼らは一気に駆け抜けた。
──あれが例の軍施設です──
──予定通り、我らの背に乗り換えてくれ──
マリィが示した先に降りると、アケロは光り輝く虎の背から離れて本来の大きさに戻る。もちろん番のローネも同様だ。
シノブとアミィは早速アケロの背に飛び乗り、更にホリィとマリィも虎の獣人に姿を変えて騎乗する。そして腕輪の力で小さくなった光翔虎達は、もう一頭の玄王亀ローネの上だ。
玄王亀の地中潜行術を使えば、わざわざ入り口を探す必要もない。それに警戒しているだろう場所を選ぶなど、愚かしいにも程がある。
もし問題ないと判断したら、そのまま潜入し式神や部品を片付ける。仮に人がいても、催眠の術でも使うか光の額冠で異空間に移すなどすれば良い。
それら事前に相談したことをシノブが思い浮かべているうちに、アケロとローネは地下への潜行を始めていた。そして体が全て沈んだかどうかという早さで、二頭の超越種は向きを変える。
──この先に大きな空洞がある──
──魔力を感じます……何かの魔道具に式神らしき動くもの……僅かですが生き物もいるようです──
順調な発見に幸先の良さを感じたのか、アケロの思念には微かな満足感が滲んでいた。しかし続くローネの指摘は、大きな嘆きを伴うものだった。
シノブも思わず表情を厳しくする。式神らしい魔力とは、命ならぬものに変じたことを意味するからだ。
直後にシノブも、無機物と成り果てた存在の波動を感じ取った。結界があるらしく地上からは分からなかったが、これだけ接近すれば違いは明白だ。
シノブが感じた魔道具は、灯りなどの知っているものから用途不明な品まで様々だ。それらとは違い、動き回る魔力も十数ほど存在する。
今までシノブが目にした、動物霊を用いた式神に似た波動だ。
──さほど大きくない……作業用か?──
──おそらくは……海猪の式神は巨大ですから──
シノブとアミィは顔を見合わせる。
式神らしき魔力は、成人の倍ほどの大きさを満たしていた。それに形も人間に酷似しており、海猪のような四つ足とは明らかに違う。
つまりスキュタール王国で目にしたものと同じ、組み立て作業用の式神だろう。
他に人間の波動が一つ。相当の魔力を持っているから、魔術師ハールヴァに違いない。
そこまで読み取ったシノブは、突入を決断する。
──魔術師を捕まえて、額冠で作った異空間に作業用や作りかけごと移す……だからアケロは真っ直ぐ進んでくれ。ローネ達は、ここの見張りを頼む──
シノブは潜る前に探ったが、地上の施設に大きな魔力はなかった。しかし誰かが地下に来るかもしれず、騒がれないような対処も必要である。
超越種達であれば眠らせるなり拘束するなり自由自在、万一強敵が現れても空間歪曲が使える玄王亀なら容易に退却できる。
──『光の盟主』よ。我も同行させてくれぬか? もしドゥングを捕らえた者の流れを汲んでいるなら、自身の目で確かめたいのだ──
──ヴァーグの兄貴の頼み、どうか聞き届けてほしい。そして可能なら、我にも助太刀をさせてくれ──
ヴァーグは我が子を縛った相手、禁術使いヴィルーダの同門であったらと言い出した。そして残る一頭の雄、フォーグも後押しすべく頼み込む。
ヴィルーダはカンからスワンナム地方を通過し、イーディア地方に入ったらしい。あくまで推測でしかないが、どうもカンの狂屍術士、大戮がヴィルーダらしいのだ。
ダールーは『威戮大』と称された術士で、異名を誇りに思った彼はイーディア地方に入ったときも似た名を用いたのでは。シノブ達は、そう考えていた。
これはヴァーグ達にも伝えており、彼らは同系統の術士がいるのではと熱心に探索を続けていた。
──それならヴァーグとフォーグは乗り換えてくれ──
──シノブ様、私がこちらに残りましょう。アミィは魔法のカバンでの回収がありますし、マリィはスワンナム地方担当ですから──
シノブが光翔虎達の参加を認めると、ホリィが残留組に移ると提案する。
何もないと思うが、眷属がいた方が安心できる。そこでシノブはホリィの意見を取り入れ、二頭と一人の交代が決まる。
アケロとローネは接近し、それぞれの歪曲空間を繋げる。長老夫妻ともなると、このような技も容易に使いこなすのだ。
ちなみに玄王亀同士でも、良く知る者としか出来ないらしい。基本は番や親子など、あるいは双方が相当の域に達している場合のみ可能だという。
そしてホリィ達が乗り換えると、二頭の巨大な黒亀は静かに離れた。シノブの目からは、ローネが淡い光を放つ壁の向こうに消えたように移る。
──行くぞ!──
──承知した──
──邪術を消し去りましょう──
シノブの思念に、アケロとローネが固い決意を示す。そして他の者達の魔力も一瞬だが大きく震える。
魂を改変し意思を奪って道具とする忌まわしき術を、決して広めてはならない。世界が定める輪廻の在り方を崩し、先々生まれる命すら脅かすからだ。
これから目にする式神にも、本当なら来世が待っていた。それは個々の命に与えられた権利、彼らの持つ可能性だ。
素晴らしき生、苦難に満ちた年月、あるいは平凡な生涯。人間かもしれないし、他の生き物かもしれない。ただ何れにしても、第三者が勝手に奪うなど許せない。
もし禁術使いが弱肉強食の定めと主張するなら、自分達が誅するのも大自然の営みの一つ。シノブは邪術の使い手に鉄槌を下すべく、呪わしき場へと突入した。
◆ ◆ ◆ ◆
アケロが歪曲空間を解除すると、岩の大広間が目に入る。
この辺りは深く掘ると強固な岩盤に到達するが、その中を刳りぬいて式神工場としたようだ。もちろん人力では不可能だから、式神にやらせたか術者が木人に憑依して掘ったかであろう。
表面は殆どを綺麗に整えているが、所々に爪痕らしきものが残っている。どうやら最後の仕上げをしたのは、海猪の式神らしい。
大広間の一方、海に近い側にはプールのように水を湛えた場所がある。これが海に抜ける通路の入り口だろう。
海と繋がっているから水の上下があるのか、縁は水面より随分と高い。そのため洞窟内に港を造ったようにも映る。
もっともシノブが広間自体を眺めていたのは、僅かな間でしかない。アケロは組み立て中の式神へと迫っていたからだ。
「造っているのは海猪の式神だけか!」
既にシノブは光の額冠の力を発動し、異空間を形成している。そこで目に付いたものを全て、手当たり次第に放り込む。
もっとも手で掴むのではなく、異空間への入り口となる黒い円盤を対象に被せるだけだ。
腕か脚か、単なる丸太のような部品。それらを組み合わせ、体の一部と分かる程度になったもの。そして後は毛皮を被せるだけと思われる巨大木像。少しだが完成済みらしき品もあった。
作業用の式神も見逃さない。大人の倍ほど、しかし組み立てに従事するからか意外に細身の巨大人形を、シノブは黒円を通して神具の作った場へと移す。
「あれがハールヴァですわ!」
マリィが指差す先には、アオザイに似た白一色の衣装に身を包んだ人族の男がいた。もちろん彼女が叫んだ通り、魔術師のハールヴァである。
シノブはハールヴァの服から白衣を連想した。チャイナ服に似た形状で前は閉じているが、彼の細い体も相まって研究職を思わせたのだ。
ここは式神製造工場で、命なき作業者達が整然と働いていた。そのためシノブは日本にいたころ見た工業用ロボットを思い出し、更に研究者へと続いたのだろう。
「な、何者!?」
ハールヴァに叫ぶのみで、立ち竦んだままだ。
とはいえ浮遊する巨大な亀や何処かに消え去る式神達を目にしたら、殆どの者が我を忘れるだろう。これで平然と出来るのは、よほど胆力がある者だけだ。
「話は後だ!」
シノブは短く応じたのみで、異空間に移す入り口を進ませる。
大切なのは、逃さぬこと。何を聞くにしても異空間なら逃亡の恐れはないし、邪魔が入ることもない。
全ての部品や作業用式神を移すには今しばらくの時間が必要で、ハールヴァに準備の時間を与えてしまう。しかし彼が送り込んだものを操ったとしても、シノブ達にとっては禁術使いを追いかける手掛かりが増えるだけだ。
それ故シノブは躊躇せずにハールヴァを異空間に送り込み、更に部屋にあった工具や魔道具も含め一切合切を続かせる。
──『光の盟主』よ。邪術に溺れた者を問い詰めるとしよう──
「ああ。……それじゃホリィ、後は頼んだよ」
意気込むヴァーグにシノブは頷き返し、更に見送る者達に声を掛けた。そしてシノブは、アミィとマリィに加え超越種のうち雄の三頭のみを連れて異空間に移動する。
「お前は何者なのだ!?」
どうやらハールヴァは、出来る限りの準備をしたらしい。
作業用の式神のみならず、先ほどまでは単なる動かぬ像だった海猪の式神が十数体も彼を囲んでいる。そして式神の群れは、シノブ達が出現すると一斉に向き直ったのだ。
本物の海猪は哺乳類で立派な四つ足を持っている。ただし四肢の先には刀ほどもある長い爪が生えており、その根元には水掻きの膜もあるから陸上行動は苦手であった。
しかし式神には関係ないのか、意外に軽快な動きで転じていた。
「……遥か西から来た者だ。魂を踏みにじる禁術使いを追いかけて……な」
シノブは名を明かさぬまま、ゆっくりと進み出る。
作業用と合わせても三十少々、これまで戦った相手に比べれば何ほどのこともない。しかしハールヴァの技を確かめるには良い機会である。
アーディヴァ王国で目にしたヴィルーダの術と共通するのか、あるいはスキュタール王国に潜んでいたダージャオ達に近いのか。戦い方を見れば何か分かるかもと、シノブは考えていた。
シノブの左右を固めるのは無言のアミィとマリィ、更に普通の虎ほどの大きさに変じた光翔虎達が続く。
一方のアケロは出現した場所から動かない。彼はシノブ達を乗せたときと同じ小山のような巨体で佇むのみである。
「に、西!? まさか……いや! 我ハールヴァが命ずる! 我を守る式神達よ、今こそ力を示せ! 秘術で練った力で、あの者達を倒すのだ!」
両手を掲げて絶叫するハールヴァの姿より、彼の言葉にシノブの注意は向かう。かつて耳にしたものと、明らかに重なったのだ。
──シノブ様、ヴィルーダの呪文に似ています!──
──確かに!──
──ああ、俺もそう思う!──
アミィとヴァーグはヴィルーダとの戦いに加わった。そのためシノブと同じく、ハールヴァとヴィルーダの類似に気付いたのだ。
──皆さん、符を回収しますから消し去らないように!──
──心得た!──
──我は控えるとしよう──
マリィは魔風の小剣を抜き放つと駆け出し、空からフォーグが続く。一方アケロは加勢の必要がないと思ったらしく、先刻同様に動かぬままだ。
──どうも頭部らしい!──
──はい、魔力の流れからすると間違いありません!─
──ならば首を落とすか!─
シノブも魔術よりはと思い、光の大剣のみにする。アミィも炎の細剣を抜いたが火炎は発しないまま、ヴァーグも切断系の技を選んだのか、魔力を抑えて飛翔する。
シノブは巨像の群れを擦り抜け、側面からフライユ流大剣術の『神雷』を連続して放つ。大上段からの剣に猪首は呆気なく落ち、どれも鈍い音と共に異空間の大地に転がっていく。
アミィとマリィも同様に、剣で式神を倒していく。こちらも狙いは首で、相手の頭や背に飛び乗って駆け抜けると式神の頭と胴が泣き別れとなる。
ヴァーグとフォーグは車輪の絶招牙だ。彼らの猛烈な回転で、猪に似た像は首どころか胴も含めて輪切りとなっていた。
続いてシノブ達は、作業用の式神を倒す。こちらの魂も輪廻の輪に戻れぬほど変容しているから、手加減する必要はない。
「こ、こんな……」
「さて、話してもらおうか……。死にたくなかったら、素直に答えろ」
蒼白な顔で震えるハールヴァに、シノブは酷薄な声を作りながら迫った。両脇には得物を構えたままのアミィとマリィ、更に超越種達も逃がさぬように囲んでいく。
「お前はカンで術を学んだのか? それともカンから来た術士に教わったのか?」
『ヴィルーダ、あるいはダールーという名に心当たりがあるだろう? もしくはウェルーダーはどうだ? ここスワンナム地方にも寄ったカンの狂屍術士だ、知らぬ筈はあるまい?』
シノブに続いたのはヴァーグだ。
ヴァーグは六百歳を超えており、重ねた歳月に相応しい落ち着きを備えている。しかし今の彼は少々性急に感じるほど立て続けに問いを並べていく。
しかし、それも無理からぬことである。息子のドゥングを苦しめた邪術の源流に迫り、悲劇が繰り返されないように消し去る。おそらくヴァーグは、そう決意したのだろう。
「ど、どこでその名を!? だ、だ……ダァウゥ……ぐぁあっ!!」
「どうした!? おい!」
絶叫と共に倒れたハールヴァを、シノブは抱え起こす。しかしハールヴァの顔は大喀血で真っ赤に染まり、心臓も動きを止めていた。
「……シノブ様、これは符術の一種だと思います」
「まさか心の臓に?」
屈みこんだアミィとマリィは、ハールヴァの胸元へと手を当てる。そしてヴァーグの問いに応じたことで奪命の術が発動したらしいと、二人は続けていった。
◆ ◆ ◆ ◆
調べた結果、ハールヴァの心臓には米粒より小さな符が入っていた。そしてアミィは、どこか太い血管から送り込んだのだろうと語る。
多少の切開をしても治癒魔術で塞げば問題ないから、このような所業も優れた治癒術士がいれば可能だ。もっとも仕込む品は符術士にしか作れず、アミィ達も初めて目にしたという。
残念ながら符は自壊済み、魔法回路も大半が消えていた。せめて魔力波動が判っていればと、シノブは思ってしまう。
詰問できぬまま終わったが、ハールヴァがダールーの弟子筋なのは確かだろう。最期の瞬間、彼はダールーと言いかけたからだ。
ダールーがヴィルーダか明らかではないが、似たような叫びを放ったくらいだから最低でも元を同じくしている筈だ。それに式神の魔法回路を探れば、更なる何かが得られるだろう。
ヴィルーダは式神を残さなかったが、アーディヴァ王国には彼の作った大規模な魔道装置があった。それ故アミィ達は、ヴィルーダとダールーの関係に充分迫れると保証した。
そこでシノブは地下施設を後にし、とある場所へと向かった。それはエンナムの王城、しかも最奥にある国王の寝所だ。
「……起きろ」
変装の魔道具で姿を替えたシノブは、エンナム国王ヴィルマンに囁きかけた。まだ夜明けまで相当あり、ヴィルマンは眠りに就いていたのだ。
「何者だ?」
飛び起きたヴィルマンは、枕元に置いていた湾刀を掴むと部屋の片隅へと降り立つ。
ヴィルマンもハールヴァと同じで人族だが、王となるに相応しい武技を身に付けているらしい。彼は身体強化まで使ったのか、壮年にも関わらず野獣のような反応速度だ。
もっとも武術ならシノブは異神と渡り合える域に達しているし、気配や魔力も自在に断てる。そのためヴィルマンは、声を掛けられるまで接近に気付かなかったのだろう。
「禁術を憎む者……そしてエンナムの野望を阻む者だ」
今回もシノブは名を明かさなかった。ヤマト王国風の名を口にしたら、彼らやアコナ列島に迷惑が掛かると思ったのだ。
ヤマト王国の交易商達は、ここから少し東のダイオ島まで渡っている。しかもダイオ島はエンナム王国に朝貢しているし、ヴィルマンはアコナへの遠征を企むくらいだから一定の知識を備えている筈である。
そこでシノブは、馬鹿正直に名乗る愚を避けた。もちろん変装もエンナム王国風の容貌や服で、出身を悟られぬようにしている。
「我らの野望?」
「ハールヴァは倒し、式神も消し去った。愚かな望みは捨て、武力ではなく商いで競え。それが国を富ませ、お前が生き延びる唯一の道……死にたくなかったら心に刻んでおけ」
表情を改めたヴィルマンに、シノブは脅しの言葉を重ねる。そして言い終えると同時に、短距離転移で王城の上空へと移った。
長居をしてもボロが出る。謎のまま消え去るのが最も衝撃的、ここで問い詰めなくとも見張っていれば真実は明らかになる。
それにハールヴァの二の舞となる可能性も否定できない。ならば今は泳がせようとシノブは考えたのだ。
転移先はヴァーグの背の上である。もちろん彼は姿消しを使っており、夜空を眺める者がいたとしても見つかることはない。
「いかがでしたか?」
「これで思い留まってくれたら良いが……」
アミィの問い掛けにシノブは応じかけたが、途中で口を噤んでしまう。
確かに暫くは警戒するだろうが、これでヴィルマンが諦めるか。シノブは彼から強い意志を感じ取っただけに、そう簡単に大人しくするとは思えなかった。
「マリィ、やはりヴィルマンは相当な魔術師だ。かなり訓練された波動だからね……得意とする術は分からないけど」
「あの符術を仕掛けたのは彼でしょうか?」
シノブがヴィルマンとの対面で感じ取ったことに触れると、マリィが緊張を滲ませる。
ハールヴァを死に至らしめた術は、当然だが彼が生まれた後に仕掛けたものだ。つまり施術した者は、二百年以上前にイーディア地方に渡ったヴィルーダではない。
もちろん術者は過去にエンナム王国に滞在しただけかもしれないが、まずは近場から当たるべきだろう。そしてハールヴァと接する機会があり高い魔力も持つヴィルマンは、調査対象の筆頭である。
「済まないが、それはマリィ達が確かめてくれ」
「分かりましたわ! きっと明らかにしてみせます!」
予断を避けようとしたシノブの意図を察したのだろう、突き放したようにも聞こえる言葉にマリィは不満を漏らさなかった。そして彼女は、自身が真実を明らかにすると高らかに宣言する。
『我も誓おう。我の不用意な一言がなければ、あの男は死ななかった……』
「それは違うよ。ヴァーグが言わなくても俺が訊ねたからね。……ともかく式神を始末できたのを喜ぼう。まだ魔獣の海域に残っているだろうけど、すぐにアケロやローネが見つけてくれるさ!」
自分のせいだと悔やむヴァーグに、シノブは即座に反論した。そして過去より未来だと続けていく。
早速ホリィは東に飛んだ。まず彼女が隠し港のある島に行き、魔法の幌馬車でアケロ達を呼び寄せるのだ。したがって近日中に、残りの式神の所在も分かるに違いない。
ハールヴァの最期は悲惨だったが、そうなるだけの非道を彼は重ねた。もし式神に変えられた魂に意思が残っていれば、因果応報と喝采したに違いない。
少なくとも当面は新たな式神が作られることはないし、その間に真実を掴めば良いだけ。シノブの言葉に、皆が頷く。
「それじゃ俺達は帰るよ。皆も遅くまでありがとう、まずはゆっくり休んでね」
シノブは帰還を宣言し、続いてマリィ達を労った。今はアマノ王国でも二十一時を回っているし、ここエンナム王国では朝の三時過ぎなのだ。
少なくとも今日明日に事態が動くことはないだろうから、せめて一日くらいは疲れを癒してほしいとシノブは強調した。
「ありがとうございます。ですがホリィが手伝ってくれますし、ミリィに負けるわけにもいきませんから」
「マリィ、最後のが本音でしょう?」
意気込むマリィに、アミィが意味ありげな笑みを向けた。そして指摘は事実だったらしく、マリィは無言のまま頬を染める。
ヴァーグが飛翔する先を、シノブは静かに見つめる。マリィに笑顔をと思うが、どんな言葉を送ろうが今は追い討ちにしか聞こえないだろうからだ。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2018年3月3日(土)17時の更新となります。