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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第25章 輪廻の賢者
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25.04 カンビーニ王家の秘技

 アマノ号は予定通り昼前に、カンビーニ王国の王都カンビーノに着いた。そして『獅子王城』に招かれたシノブ達は、間を置かずに王太孫ミリアーナとの対面を果たす。

 といっても主役は生後三ヶ月と少々のリヒトと一ヶ月半を目前としたミリアーナで、シノブ達は見守るのみである。


 ミリアーナはカンビーニ王太子シルヴェリオの長女で第二子、先々アマノ王国の第二代国王となるだろうリヒトと結ばれる可能性もある。実際カンビーニ王国では早くも似合いの二人と期待しており、アマノ号がカンビーノに到着したときは城どころか街の者も含めて歓呼の声で迎えたほどだ。

 とはいえ今の二人は言葉すら使えぬ赤子達、シルヴェリオが生涯に渡る友誼をと寿(ことほ)ぐのみである。


「女の子も同じ聖句なのですね」


 別室に移ったシノブは、ソファーへと(いざな)う銀髪の王太子に笑いかける。

 シノブは許婚を意味する文言ではと、少しだけ危ぶんでいた。しかしシルヴェリオが唱えたのは、アルストーネ公爵の館でティアーノが口にした言葉と同じだったのだ。


 シノブはカンビーニ王国やシルヴェリオ達を好ましく思っているが、それでも国や親の都合で赤子達の将来を束縛したくなかった。

 せめてリヒトやミリアーナが愛や恋を理解する年頃まで待ちたい。それがシノブの偽らざる思いである。


「王家直系であれば生まれた直後という例もありますよ。カンビーニ王家の場合、次代も獅子の獣人でなくてはという思いが強かったですし」


 代々のカンビーニ王は全て獅子の獣人だ。もちろんシルヴェリオや長男のジュスティーノ、それに本日の主役の一人ミリアーナも同様である。

 これは初代の『銀獅子レオン』が異名通り、獅子の獣人だったからだ。


 妻を同じ種族から迎えれば、子も同じになる。そこで現国王レオン二十一世や次代のシルヴェリオも含め、カンビーニ王家直系は第一妃を獅子の獣人とした。


 しかし獣人族が多いカンビーニ王国とはいえ、上級貴族以上で年齢的に釣りあう獅子の獣人など多くはない。カンビーニ王国には虎の獣人や猫の獣人もいるからだ。

 そこで相応しい家系に獅子の獣人の娘が生まれたら、代々の王家は生後直後でも婚約者と定めた。もっとも娘が妃に向かないこともあるから、多くは内々に(とど)めるという。


「ただし今回は私達が嫁入りさせる側、こちらの都合のみで予約できません。もちろんシノブ殿が賛成してくださるなら、今すぐにでも婚約の儀を執り行いますが?」


 二人のみだからであろう、シルヴェリオの言葉は冗談交じりであった。アマノ王家とカンビーニ王家、シノブとシルヴェリオ以外は今も隣室で赤子達を囲んでいるのだ。


「まだ早すぎますよ」


「ええ、ポヴォール様からの祝福がいただけただけでも望外の幸せです」


 シノブが首を振ると、シルヴェリオは雄獅子の(たてがみ)のように柔らかな髪を揺らしつつ頷き返した。

 アルストーネ公爵家でのストレーオとの出会いと同様に、リヒトはポヴォールが贈った『勇者の握り遊具』を差し出した。そしてミリアーナは共に(つか)み、戦の神からの祝いを受けた。

 カンビーニ王国では戦の神ポヴォールを特に信奉しているし、『銀獅子レオン』に試練を与え技を授けたのも()の神とされている。したがってシルヴェリオ達にとっては既に最上の日で、これ以上を望まぬというのも心からだろう。


「ともかく楽しみは先に取っておきましょう。それにシルヴェリオ殿は、これから御多忙でしょうし」


「ああ、オツヴァ殿との件ですね。既にベティーチェはエレビア王国訪問の艦隊を率いて出港しました。私達はシノブ殿の生誕祝いに出席しますが……」


 シノブが水を向けると、シルヴェリオはエレビア王国の王女オツヴァを第二妃として迎える段取りを語り出す。

 カンビーニ王国とエレビア王国は婚儀に関する詳細を詰めている。後はシルヴェリオがエレビア王国に訪問し、正式な申し入れをするのみである。


「ベティーチェ殿なら安心できますし、アルビーナ殿やオツヴァ殿も寛げるでしょう」


 シノブは記憶にある虎の獣人の女艦長を思い浮かべた。

 まだ二十歳(はたち)のベティーチェだが南方航路を往復したほどで実績も豊富、しかも女性だから王太子妃や婚約者などが乗る船を預けるには最適である。


 エウレア地方では新たな婚約者を迎えるとき先に妻や婚約者となった女性も同席するし、シルヴェリオも先例に倣った。そのためシルヴェリオの第一妃アルビーナどころか、まだ十歳で結婚まで五年以上はあるテポルツィア侯爵の娘ティレディアも同行する筈だ。

 この二人やオツヴァは侍女を伴うから、旗艦の乗組員も女性を優先するだろう。もしかすると男はシルヴェリオだけかもしれない。


「アマノスハーフェンで合流した後は全て船、久々の長期航海だから楽しみです。王都エレビスからの戻りだけでも半月少々ですが、カンビーニの航海術を示す意味もありますから。それにリョマノフ殿なら楽しんで下さるでしょう」


 シルヴェリオは東域探検船団の司令官の一人だったから、エレビア王国までの航路にも詳しい。それに彼は海洋国家が陸路や空路に頼ってどうするという思いも強いようだ。

 今なら飛行船もあるが、カンビーニ王太子としての訪問だから自国が誇る高速軍艦を選ぶのも当然だろう。ここカンビーノと同じく王都エレビスは港を持っており、そこに自慢の艦船で乗りつけたい気持ちはシノブにも良く理解できた。


 もっともシルヴェリオによれば、往復一ヶ月以上航海して滞在は三日程度というから随分な強行軍である。遠洋航海に憧れるリョマノフはともかく、海岸近くを巡るだけのエレビア王国人にとっては少々厳しい旅かもしれない。

 もしかすると結婚式の列席者が七月にはキルーシ王国に婿入りする予定のリョマノフとなった理由は、その辺りであろうか。根拠はないものの、そんな気がしたシノブであった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 このようにカンビーニ王国は、東との交流を積極的に進めている。そしてカンビーニ王国の交易商も、競ってアスレア地方へと向かっていた。

 何しろ南のアフレア大陸とは違って海岸沿いに航海できるから、小規模な船でも行き来は可能だ。それに端から端まで行かなくとも、特定の二点を往復する仕事に限っても良い。


 それに対し西の隣国ガルゴン王国は南方中心に傾いていた。カンビーニ王国からシュドメル海を挟んで更に西ということもあるが、南は南で充分な旨味(うまみ)があるからだ。

 アフレア大陸は地球のアフリカに相当する広大な地だが、エウレア地方からの船が巡ったのは北海岸の一部でしかない。そこでガルゴン王国は、自身が南の開拓を主導すると決めたわけだ。


 この住み分けはカンビーニ王国と語らってのことで、両国は今でも密に連携している。実際ガルゴン王国でも小さな商船は海岸伝いに東を目指すし、カンビーニ王国でも一山当てようと2000kmも向こうの大陸に大船団を出す者もいる。

 そのためシルヴェリオ達は、ガルゴン王国の動向も充分以上に把握していた。


「話は変わりますが、エマ殿の件はご存知で? ババロコ殿がガルゴン王国との縁組みを進めているそうですが?」


「聞いてはいます……今はシャルロットの側仕えですからね。お父上までに(とど)めてほしいのですが、カルロス殿の婚約者に推したいと内々に打診がありました」


 少々声を潜めたシルヴェリオに、シノブも同じく(ささや)くような小声で応じた。

 ウピンデ国の大族長ババロコの娘がガルゴン王国の王太子の婚約者となっても、エウレア地方の者なら驚かないだろう。しかし予想できるからといって第三者から(おおやけ)になるなど、信義に(もと)ること(はなは)だしい。


「エマ殿は十四歳でしたね?」


「五月で成人ですが、それほど急いではいないようです。アマノ王国で一通り学び終えてからで良いとか……ただカルロス殿には二人の妃がいますから、席が埋まらないうちに婚約を決めたいのでしょう」


 重ねて問うシルヴェリオに、シノブは更に少しだけ最新情報を明かす。ババロコから通信筒で知らせがあったのは二月に入って数日、つまりまだ一週間足らずであった。


 情報局によると、ガルゴン王国もカルロスの第三妃を探しているそうだ。こちらも海洋国家だから狙いは交易先との関係強化、そして将来に備えて縁組み可能な王族を増やしたいらしい。

 そのためウピンデ国とガルゴン王国の意向は基本的に一致しており、縁組みが成立する可能性は高い。そこで両国と関係深いカンビーニ王国にも、念のため伝えておこうとシノブは考えた。


「なるほど……ご配慮ありがとうございます。ですがカンビーニ王家からガルゴン王家に嫁ぐ者は、当分現れないでしょう。お気付きだと思いますが、まだマリエッタはシノブ殿を狙っていますよ」


 どうやらシルヴェリオは、シノブの意図を正確に読み取ったらしい。

 カンビーニ王家の直系はシルヴェリオと子供達、しかし息子のジュスティーノは三歳半、娘のミリアーナは赤子でしかない。つまり娶る方も含め、十数年以上も先である。

 では分家のアルストーネ公爵家はというと、こちらも娘は十三歳のマリエッタのみで男子を加えても七歳のテレンツィオと生まれたばかりのストレーオだけだ。


 つまりマリエッタがシノブを諦めていないなら、シルヴェリオの言うようにカルロスの嫁取りを気にしても仕方ない。

 幾ら親や家が結婚を決めるとはいえ、他者への未練があるようでは先々が危ぶまれる。せっかく嫁いでも子供すら生まれなかったら意味がないし、国同士の関係にも差し支える。

 それ(ゆえ)なるべく納得済みの結婚をと親達も心を砕く。王家とはいえ跡取り問題でも生じない限り、無理強いなど極力控えるのだ。


「それは……」


 シノブもマリエッタの気持ちを察してはいる。毎日のように武術の指導をしているのだから、気付いて当然だ。

 そしてマリエッタの側も、シノブの心を感じてはいるだろう。そのため双方とも口にしたことはないし、周りも表立って触れることはない。

 とはいえシルヴェリオからすればマリエッタは姪、そしてカンビーニ王家の一員でもある。機会があれば一押しや二押しと思うのも無理からぬことで、シノブも返す言葉がなかった。


「まあ、その件は置いておくとして……。ウピンデ国の結婚観は向こうに行ったとき多少学びましたが、娘自身の判断も重視されると聞きました」


 シルヴェリオはカルロスと共に南方探検船団の司令官を務めたくらいで、ウピンデ国となる前のウピンデムガも含め知っている。そのため二人は南方の権威と言って良いほどの情報通であった。


「ええ。私の誕生日にカルロス殿が来たとき、当人同士が語らう場を設けるそうです。エマもカルロス殿の腕を知っていますが、それだけが判断材料でもないでしょう」


 シノブは自身が初めてアフレア大陸に渡ったときを思い出す。砂漠で魔獣の群れに襲われていた一団を助けたときのことだ。

 あのときシルヴェリオやカルロス、それにエマやマリエッタも魔獣と戦った。したがってカルロスの腕が超一流だと、ウピンデ国にも知れ渡っているそうだ。

 その上カルロスは王太子だから、ババロコが娘を嫁がせようと思うのも当然である。


「そうですか……もし立ち合いにでもなるなら、ぜひ観戦したいですね。ちょうど私もアマノシュタットに滞在することですし」


「……流石はシルヴェリオ殿」


 武王の家系に相応しい発言に、シノブは笑みを隠せなかった。

 マリエッタも含め、カンビーニ王家は武術への(こだわ)りが非常に強い。獣人族の本能だろうが、それにしても男女関係なく殆ど全てというのはシノブも彼らくらいしか知らない。


「それにカンの武術も見たいですが、こちらはマリエッタに任せるかな」


「槍術と拳術ですか。確かにミリィから聞いた限りでは、カンビーニ流と似ています。それに棒術に暗器(あんき)など、多彩な技があるようです」


 言葉とは裏腹の懇願するような視線を受け、シノブは調査中のカンに少しだけ触れる。

 ヤマト王国でも大陸に近い筑紫(つくし)の島には、カンビーニ流拳術と似た技があった。獣人の住む場所だから、ここと同じくポヴォールが伝授したのだろう。

 そしてミリィによれば、カンにも同じような東洋武術系の技があるようだ。ごく僅かだがヤマト王国から大陸の至近まで行く者がいるから伝わったのか、それとも神々や眷属が教えたのか。

 経緯は分からぬものの、ミリィの語った通りなら似た系統であるのは間違いない。


「ほう、それは! シノブ殿、もし御存知でしたら……」


「僅かですが、お見せしましょう」


 期待を顕わにしたシルヴェリオに、シノブは頷き立ち上がった。

 シノブはカンの技を直接知らないが、ポヴォールから伝授された中には共通するものがある。そしてミリィは、どれとどれをカンで見たか教えてくれたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブの武技に興味を示したのはシルヴェリオだけではなかった。

 まずマリエッタと学友の三人、そしてエマ。マリエッタの父、都市アルストーネから来たティアーノ。そして当然と言うべきか、カンビーニ武人の頂点に立つ国王レオン二十一世。彼らは嬉々として『獅子王城』の奥庭へと集まった。


 ちなみにシャルロットだが他国で息子から離れるのを嫌ったらしく、ミュリエルやセレスティーヌと共に第一妃アルビーナの部屋に残った。ちょうどリヒトとミリアーナの双方とも眠ってしまったから、抱えて見物するわけにもいかないと遠慮したのだ。

 そしてオルムル達だが、こちらは元から不在であった。超越種の子供達は、岩竜の長老夫妻ヴルムとリントの引率で海竜の島へと出かけたのだ。


 親衛隊長のエンリオや孫のソニアとミケリーノは、カンビーノに残した親族と会いに行かせるため休暇を与えた。そのためシノブの演武を見つめるのは、解説役のアミィを加えても十名足らずだ。


 裂帛(れっぱく)の気合と共に、(こぶし)や手刀が空気を切り裂き、踏み降ろした足が大地を揺らす。ただし奥庭は王家の武術訓練専用で高い壁に囲まれており、他の注意を惹くことはない。


「あれは『獅子破(ししは)』です。下段を狙った突きは獅子の前足、頭突きは獲物に打ち込む牙を模したと言われています。……この『一指鋼(いっしこう)』は指先を極限まで硬化して、まさに(はがね)と化す技です」


 まずは素手の演武、つまり拳法である。シノブが一つの技を数回繰り返し、その間にアミィが簡単な説明をしていく。

 エウレア地方と共通するものを省いたから、多彩な技が連続する型のような派手さはない。しかし見学者達は(しわぶき)一つせず、シノブの動作を注視している。


「アミィ、向こうの武具を出してくれ」


「はい、シノブ様」


 一通りを披露したシノブは、武器を使った技へと移る。そして手を差し出す彼に、アミィは魔法のカバンから出した長い鎖の先に玉が付いたものを渡す。


「これは流星錘(りゅうせいすい)と呼びます。錘を投げつけるか振り回すかして戦うものです。錘の代わりに小さな刃物を付ける場合もあります」


 更にアミィは双節棍や三節棍、峨嵋刺(がびし)と言われる針状の隠し武器なども取り出す。これらもエウレア地方にもある剣や槍は避け、カン独特の物だけだ。

 多種多様な武器を端から披露したら、とても一日では終わらないだろう。


「アミィ、ありがとう」


 この辺りで良いだろうと、シノブは終幕を宣言する。

 ポヴォールは異神との戦い以降も、機会を見つけては技を授けてくれた。しかし暗器などはシノブも使い手が現れたときに備えたのみで、最低限を押さえたに過ぎない。

 そのためシノブとしても、基本の型を見せたら充分だろうと考えたのだ。


「ありがとうございます!」


「これは良いものを拝見した!」


 シルヴェリオが満面の笑みと共に礼を述べ、レオン二十一世は手を打ち鳴らしつつ大声で賞する。そして他の者達も二人に倣っていく。


「アミィ様。流星錘(りゅうせいすい)というのを借りて良いですか?」


(わらわ)は手裏剣を使いたいのじゃ!」


 エマとマリエッタが高らかに声を上げると、他の少女達もアミィへと向かっていった。そして彼女達はシノブの披露した型を真似たり、投擲(とうてき)武器を壁際の的に放ったりと訓練に(いそ)しむ。

 一方の男性陣は、こちらは三人ともシノブへと寄ってくる。


「これらの武器は、どのような者が使うのですか?」


「正規の軍人が使うにしては、少々変わっているが……」


 言葉を発したシルヴェリオとレオン二十一世だけではなく、ティアーノも怪訝そうな顔をしている。彼らは有用な技だと認めはしたものの、暗器を使う状況にも思いを馳せたらしい。


「ご想像の通り、軍用ではありません。民の護身術であったり、後ろ暗いことに使われたり……ただ、カンは二百年ほど前まで荒禁(こうきん)の乱という戦いの時代があったそうです。そのため自衛手段として街の者達も素手や携帯が容易な武器の術を学んだとか」


「元は大きな国があったそうですが、その大乱で三つに分かれたといいます。この乱は禁術使いが起こしたのですが……」


 シノブとアミィは顔を曇らせつつ応じていく。

 ミリィや彼女を助ける超越種の調査によれば、荒禁(こうきん)の乱の後は武器の所有も大幅に制限されたようだ。輪廻を乱す邪術を恐れて符や魔道具を取り締まるのと同時に、正規の軍人や国が認めた者を除いて剣や槍を禁じたらしい。


 しかし武器の禁止は、地方の者達にとって死活問題だった。都市の中であれば問題ないが、魔獣の多い地域では生活に支障を(きた)すからだ。

 そのため他では脚光を浴びない技の数々が重宝されたのだが、なんと多くは神殿が継いできたらしい。


峨嵋刺(がびし)や手裏剣など刃物は別ですが、錘や多節棍は神官達の護身術が起源のようです」


 シノブの説明に、シルヴェリオ達は納得の表情となる。

 武人であれば剣や槍など攻撃力の高いものを使うし、わざわざ隠し持ちはしない。それに対し神官が殺生を避けて棒などを選ぶのも、極めて自然なことである。


「ふむ……暗器はともかく、我らが知らぬ(こぶし)の技には興味がある。向こうに行くときは是非ともマリエッタを連れていってほしい」


 レオン二十一世は孫娘へと顔を向けた。

 先ほどまで手裏剣を投げていたマリエッタだが、今は三節棍を振り回している。華麗に跳ねながら水車のように回す(さま)は中々堂に入っているし、シノブの演武とも酷似している。

 やはりカンビーニ王家の血は別格なのだろう、先ほど目にしたばかりというのが信じられないほどだ。


「あの子の幸せは、どうやら武の中にあるようだ。ならば『光の盟主』と『光の戦王妃(せんおうひ)』に付き従うのが最良というもの」


 獅子王に相応しい威厳と力強さに満ちた独白に、どう答えるべきかシノブは迷った。

 言葉通りに武術の師として受け取れば良いのか、それとも更に深い意味を()むべきか。まさか聞き返すわけにもいかず、シノブは共に公女の技を見守るのみに(とど)めた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 武術を堪能したシノブ達は、男女の二組に分かれ汗を流す。そして再び一行はシルヴェリオの妃アルビーナの居室で顔を会わせる。

 すると、そこには先ほどまでいなかった新たな顔が待っていた。


「姉上、お久しゅうございます!」


「おお、テレンツィオ! 久しいのう!」


 笑顔で姉へと駆け寄るテレンツィオに、同じくらい朗らかな表情で迎えるマリエッタ。そして二人は手を取り合い、再会を喜んだ。

 つい先ほど、テレンツィオは留学先のメリエンヌ学園から飛行船で帰国したのだ。飛行経路も天候は良かったのだろう、魔力無線で聞いていた通りの到着時間である。


「今日一日だが、ゆっくり語り合うと良い」


 二人の肩を抱いたのは、父のティアーノである。

 飛行船の航路の関係上、まずテレンツィオは王都カンビーノにやってきた。そして彼はティアーノと共に都市アルストーネに帰り、弟ストレーオと対面する。

 一方のマリエッタだが逆周りで戻るから、ここカンビーノでしかテレンツィオに会えないのだ。


「そうだ! 写真の魔道具があるぞ! それに録音もしよう!」


「父上、またそれですか……」


 レオン二十一世が四角い箱を手に取ると、シルヴェリオが(あき)れたような声を上げる。

 およそ五ヶ月前アマノシュタットで披露された写真の魔道具と録音の魔道具は、既に各国での生産も始まっている。そして新聞にも写真が掲載されるくらいだから、費用さえ気にしなければ幾らでも写真を撮れるようになった。

 録音の方は更に高いが国王からすれば気軽に使える範囲らしく、レオン二十一世は頻繁に孫達の記録を残しているらしい。


 しかし共に暮らすジュスティーノやミリアーナはともかく、留学中のマリエッタやテレンツィオまで揃うなど初めてだ。そのためレオン二十一世が孫四人の集った姿を残しておこうと思うのは当然だろう。


「アルビーナ、済まぬがミリアーナを抱いてくれ! ジュスティーノはそこ、マリエッタとテレンツィオも早く!」


「はい、お義父様」


「私はよろしいので?」


 興奮気味の獅子王の指示通り、アルビーナは揺り籠から我が子を抱き上げソファーへと移る。そしてジュスティーノが右隣、反対側にマリエッタとテレンツィオが手を繋いだまま腰を降ろす。

 そしてシルヴェリオが口を挟むが、どうも孫だけいれば良いらしく言葉は返ってこない。


 最初はミスリル塗布の感光板を用いた写真の魔道具も、今は録音の魔道具と同様に帯を送る形となった。この魔力感光フィルムとでも言うべき品で連続撮影も可能となったから、レオン二十一世は一心に撮り続けている。

 無意識だろうが尻尾を大きく揺らしつつ撮影する姿は、普段の威厳ある姿との落差が激しい分だけ実に微笑ましい。


 これは普段からで、王妃の二人を始め共に暮らす者達は何も言わない。それに先ほどは目を丸くしたマリエッタの学友達やエマも、二度目ともなると落ち着いている。


「ストレーオがいれば良かったのだが……」


「首が据わったら連れてきますので」


 撮影しつつ呟く国王に、娘婿のティアーノが微笑みつつ弁明した。もっとも笑みを浮かべているのは彼だけではない。


 リヒトを寝かせた『天空の揺り籠』の脇ではシャルロット、ミュリエル、セレスティーヌの三人が頬を緩めている。実はシノブとシルヴェリオが密談している間も、このようにカンビーニ国王による撮影大会が繰り広げられたのだ。

 もっともシノブ達が良く行くベルレアン伯爵家でも似たような光景は目にするし、そもそもシノブもリヒトの記録を残している。

 そのためシャルロット達も最初は驚いたものの、すぐに慣れたようである。


「リヒトは良く眠って……あれ、起きた?」


「そのようです」


「あぅ……う」


 シノブとシャルロットが見つめる中、リヒトが身じろぎし目を開ける。随分と騒々しさが増したから、リヒトが起きるのも当然だろう。

 幸いなことにリヒトは泣いたりせず、声のする方向へと顔を向けただけだ。


「父上、リヒト殿が」


「おお、起こしてしまったか……」


 シルヴェリオが(ささや)くと、レオン二十一世は済まなげな顔で振り向いた。頭上の獣耳も僅かに伏せ気味で、少々可哀想なくらいである。


「せっかくだから、リヒトも加えていただけませんか?」


「ええ、この子も興味あるようですし」


 しおらしげなカンビーニ王の姿に、ついついシノブは我が子も被写体に加えてと言ってしまう。もっともシャルロットも同じ気持ちだったようで、彼女は揺り籠からリヒトを抱き上げた。


「あ~、あ~!」


 リヒトは自分と近い小さな子が集まっているのが気になったらしく、ミリアーナ達がいるソファーへと顔を向けていた。

 一方ミリアーナも既に目を覚ましていた。しかも彼女は偶然だろうがリヒトのいる側に顔を向けており、シノブは幼子達が見つめ合っているように感じてしまう。


「おお、かたじけない!」


「シャルロット様、こちらに! ミリアーナが待っているのじゃ!」


 破顔した祖父に続き、マリエッタが手招きする。そして彼女は弟と共に動き、アルビーナとの間に一人分の場所を作り出す。


「これは良い写真が撮れそうですね。焼き増しをお願いしても良いですか?」


「もちろんです。アルストーネで留守番している姉上への土産もありますから、三枚ずつですね」


「ありがとうございます」


 シノブの頼みにシルヴェリオが大きく頷いた。そして礼を述べたティアーノと共に、レオン二十一世の側に寄っていく。


 ソファーは左からテレンツィオ、マリエッタ、シャルロットとリヒト、アルビーナとミリアーナ、ジュスティーノの順だ。両脇の男の子も七歳と三歳だから、可愛らしい盛りである。

 そしてマリエッタは十三歳だが、シャルロットと大して変わらないくらい背が高くなった。そのため反対側のアルビーナとも釣り合いが取れ、種族こそ違うが歳の近い三人姉妹が並んでいるようでもある。


 シノブとしては更にミュリエルやセレスティーヌが加わってもと思ったが、主役は子供達だから声を掛けるのを躊躇(ためら)う。既に成人しているセレスティーヌはともかく、マリエッタよりも年少のミュリエルは気にしそうだと思ったのだ。


「可愛らしいですわね」


「本当ですね……」


「お二人にも同じくらい可愛い子が生まれますよ」


 二人はアミィと共に楽しげに(ささや)き合っているし、このままで良いだろうとシノブは正面に向き直る。すると直後に、シノブは予想外の光景を目にする。


「あ~、あ~、あぅ!」


 おそらくリヒトは、すぐ近くの似たような存在が気になったのだろう。彼は横抱きにされているミリアーナへと顔を近づけた。

 するとアルビーナが抱きかかえた娘を持ち上げ、直後にリヒトが驚いたような声を上げる。


「流石は我が娘、見事な先制攻撃です」


「アルビーナ様……」


 どうやらアルビーナは二人の顔を触れさせたらしい。シノブからは良く見えなかったが、シャルロットには赤子達がキスしたように映ったらしく頬を染めていた。

 それにマリエッタを始めとする少女達も歓声を響かせる。


「でかしたぞ!」


 別して大きな叫びを上げたのは、撮影中のレオン二十一世だ。どうも彼は決定的瞬間を捉えたらしい。


「り、リヒト……」


「どうやら脈がありそうですね」


「カンビーニ王家の秘技と呼ぶべきでしょうか。しかし、早く証拠の写真を見たいですね」


 絶句するシノブに、からかうような声音(こわね)でシルヴェリオが笑いかける。そしてティアーノが追い討ちをかけた。


 果たしてどのような写真が撮れたのだろうか。これでカンビーニ王家が婚約をと言い出すこともないだろうが、物心ついた子供達に見せて後押しするくらいは充分にありそうだ。

 シノブは今までとは違った意味で、我が子が強く育つように願わざるを得なかった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2018年1月20日(土)17時の更新となります。


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