表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第24章 西と東の繋ぎ手達
620/745

24.32 千穐楽

 創世暦1002年2月2日の朝、シノブ達は食事をしつつ知らせを待っていた。ここアマノシュタットとタジース王国の王都タジクチクには三時間近い時差があり、今はナタリオとスキュタール王国の王太子カイヴァルの馬比べの前なのだ。

 もっとも話題は勝負についてではない。昨晩ナタリオから報告を受けているし、この期に及んでは彼を信じるだけである。


「ミュリエルさんも、あと一ヶ月で十一歳ですわね!」


 セレスティーヌは華やかな声に相応しい満面の笑みをミュリエルに向けた。

 先ほどからシノブ達は、今月からの祝い事を挙げていた。まずは十四日にシノブの誕生日、翌日は岩竜ファーヴが一歳となる。それに二月末にはヤマト王国の王太子健琉(たける)が思い人の立花(たちはな)を妻に迎える。それに後一週間ほどでマリエッタの母、カンビーニ王国の女公爵フィオリーナが出産する筈だ。

 続く来月は三日がミュリエルの誕生日、今月は二月だから残り三十日を切っている。


「はい! こちらとフライユの二箇所で祝っていただけますから、嬉しさも倍です!」


 ミュリエルはセレスティーヌと同じく、シノブの婚約者としてアマノ王家の一員となった。しかし彼女は未来のフライユ伯爵夫人でもあり、祝賀の式典は向こうでも行われる。

 アマノ王国の王都アマノシュタットとフライユ伯爵領の領都シェロノワは800kmほども離れているが、魔法の家などを使えば移動は問題ない。そこでシノブの誕生祝いも含め、双方で準備が進められていた。


「そのころは大忙しだよ」


「リヒトのお友達が何人も生まれますものね」


「あ~、う~!」


 シノブとシャルロットは、脇に置かれた『天空の揺り籠』へと顔を向けた。すると揺り籠の中で、腹ばいになったリヒトが頭を上げる。

 三日後に生後三ヶ月のリヒトだが、既に寝返りをものにしていた。そして彼は新たな姿勢や視界が気に入ったのか、起きている間は頻繁に向きを変える。

 おそらく上を向いた状態とは違い、シノブ達の姿を追いやすいからだろう。


「イヴァールさん、三月までに戻れそうで良かったですね!」


「ティニヤさんも安心なさったかと!」


 アミィとタミィが口にしたように、イヴァールは我が子の誕生までに帰還できそうだ。

 イヴァールとティニヤの初めての子は、三月上旬に生まれる予定だ。なお同時期にマティアスとアリエル、シメオンとミレーユ、アルノーとアデージュの三組が子を得る筈だが、こちらは基本的に国内勤務だからイヴァールと違って問題ない。

 マティアスも先日アスレア地方に遠征したが、軍務卿として全軍を預かる身だから既に帰国済みだ。同じく岩の式神との戦いに加わったアルノーも、領主を務めるゴドヴィング伯爵領に戻っている。そしてシメオンは内務卿だから、国外に出ること自体が稀である。


 一方イヴァールはメーリャの二国の関係作りが一段落するまでと言っていたが、それも詰めの段階となったようだ。そして飛行船なら十日もあれば充分だから、彼を含むアスレア地方北部訪問団は二月中に帰還できるだろう。

 つまりシノブの友人達は、(いず)れも生まれて間もない我が子を抱ける見込みである。


「ああ。無理矢理イヴァールを転移させなくて済みそうだ」


 リヒトの誕生に感激したシノブだけに、万一のときは強引にでもと思った。しかしイヴァールは訪問団の団長だから特別扱いを嫌ったのだ。

 それを皆も知っているから、弾むような笑い声が広がっていく。


「ともかく、これでメーリャも大丈夫だ。彼らの選択は少々意外だったけど……」


「シノブ様、ミリィです! カイヴァル殿下は王の道を選びました!」


 メーリャ地方の今後にシノブが触れようとしたとき、アミィが待ち望んでいた知らせを響かせる。そして彼女は、通信筒から取り出した紙片を読み上げていく。


 馬比べに勝ったのはカイヴァルだが、彼は王位を継ぐと宣言した。ナタリオとの激走や周囲の声援が、彼の心境に変化を(もたら)した。それらを綴った(ふみ)を、アミィは満面の笑みで披露する。


「カイヴァル殿下の帰国に、スクラガンに逗留中の飛行船を使いたいそうです」


 アミィは頭上の狐耳を傾げつつ、シノブを見つめる。

 今スキュタール王国の王都スクラガンには、アスレア地方北部訪問団の飛行船の一隻が(とど)まっている。副団長アレクベールの指揮で、メリエンヌ学園の研究者が禁術使いダージャオ達について調べているのだ。

 そして現在、スキュタール王国からタジース王国に向かう道は雪で閉ざされていた。そのため陸路だと豪雪に覆われた峠を命懸けで越えるか、素直に春を待つしかない。

 そこでミリィは飛行船の使用許可を願ったわけだ。


「直線距離で1200km弱だからギリギリ半日程度、それに超空間魔力無線も届く……構わないよ。そうだ、念のためミリィに同乗してもらおうか」


 シノブは東域探検船団が停泊中のタジクチクの港と、スクラガンの距離を思い浮かべる。

 イヴァールやナタリオと同じく、アレクベールも通信筒を持っている。そのため彼がスクラガンに残れば連絡は可能、それに東域探検船団もナタリオの旗艦に超空間通信の部品を取り付けたから移動中の飛行船とも交信できる。

 この経路を飛行船が飛ぶのは初めてだが、間のズヴァーク王国を含め友好国となったから危険もない。それならミリィに付き添ってもらえば充分だと、シノブは判断したわけだ。


「分かりました!」


「これでスキュタール王国も一安心……やはり正統後継者の帰還が最善です」


 アミィが返信を記し始めると、シャルロットは水を入れたグラスを掲げてみせる。

 これは西メーリャ王国で()んできた名水で、味が良い上に魔力を僅かに含んでおり滋養強壮にもなる。そのためシャルロットだけではなくシノブ達も好んでいた。


「そうだね。昨日のナタリオの報告だと、カイヴァル殿下は高い徳をお持ちのようだし……」


 シノブはカイヴァルが王に相応しい人物で安心していた。

 仮にカイヴァルが統治に不向きでも血筋で王となるだろうが、あまり酷ければ国が乱れる。しかし居留地の人々に尽くす彼なら、きっと優れた為政者になる筈だ。

 ダージャオ達の魔の手から逃れたくらいだから、カイヴァルは機転が利く人物だろう。逃れる際に従兄弟のパムダルに密書を送る配慮も好感が持てる。そのためシノブは深く案じていなかったが、実際に仁慈高徳の士と知れば笑みも増すというものだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 カイヴァル一家を迎えにいく飛行船は明朝早くの出発となった。初めての航路だけに、日のあるうちが良いとされたのだ。

 それに一度国に戻ったら、いつ会えるか分からない。カイヴァルや家族は親しい人々と挨拶したいと望み、タジース王国側も持て成したいと願った。

 居留地には共にスキュタール王国へと希望する人も多かったが、受け入れ準備もあるし極寒の山越えも危険である。そのため慕う人々がカイヴァルと再会できるのは早くても春以降、せめて一夜の語らいをと思うのは当然だ。


 それらを知ったシノブはシャルロットとアミィを連れ、アスレア地方へと旅立った。といってもタジース王国やスキュタール王国ではない。

 シノブが向かったのはメーリャ地方、それも西メーリャ王国と東メーリャ王国の国境地帯である。かつて東西メーリャが一つだったときの都、廃都メリャフスクに魔法の家で転移したのだ。


 出現場所は軍の施設だったらしく、広い空き地を備えていた。しかしそこに緑はなく、壮麗だったろう建物も無残に崩れ落ちている。

 ここメリャフスクは東西の二国に分裂して幾らもしないうちに放棄され、以降は無人の地と化した。それも建物の殆どを打ち壊し、草木が生えぬように塩を撒くという徹底ぶりである。

 そのため扉を開けたシノブが目にしたのは、土の茶色と石の灰色のみという寂しい風景だった。


「イヴァール、お待たせ! それにオルムルも!」


 外に出たシノブは、扉の前にいた友と後ろの子竜に声を掛ける。魔法の家を呼び寄せたのはイヴァールなのだ。


「早速だが頼むぞ!」


『さあシノブさん、乗ってください!』


 イヴァールが指し示すと、オルムルは身を伏せる。これからシノブは、彼女の背に乗って空を巡るのだ。

 シノブも重力魔術で飛翔できるが、あまり目立ちたくない。しかも今回は大規模な魔術を使うから、そちらに集中したいという事情もある。


「よし、行こう! 塩抜きの開始だ!」


──はい!──


 シノブが出発を宣言すると、オルムルは思念と共に青空に舞い上がる。そして同時にシノブは抽出の魔術を行使し、空き地から塩分を吸い上げていく。

 これからシノブ達はメリャフスクを人の住める場に戻すのだ。


「おお、凄いな!」


「まるで粉雪が天に昇っているようですね」


「キラキラして綺麗です……」


 イヴァールは思わずといった様子で叫び、シャルロットとアミィが感嘆の声で続く。

 大砂漠から遠いメリャフスクだが、まだ充分に熱を残した風が吹き込んでくる。そのため暑からず寒からずという好条件で、雪が積もることはない。

 しかし地面から浮き出た白い粉が上昇していく(さま)は、確かに細かな雪が大空に還っていくようでもある。


 集めた塩は宙の一点で球状の塊となり、それをシノブは手にした魔法のカバンに入れていく。仮に誰かが撮影して映像を逆回しにしたら、シノブが袋から出した巨大な雪玉を砕いて撒いているように見えるだろう。


「俺達の下は大丈夫なのか?」


「はい! ここの塩を周りに移してから上昇させています!」


 足元を見つめるイヴァールに、アミィが自慢げに背後の尻尾を揺らしながら応じる。

 シノブは人の立つ場所のみ周囲に塩分を移してから吸い上げた。そのため敷地内の全てが、かつてのような草木を植えられる場所に戻っている。


「ここは大丈夫かな……それじゃ、次に行こうか!」


──分かりました!──


 メリャフスクは人口三万人が住んだ大都市だ。これだけ広いと幾らシノブでも一箇所から吸収するのは不可能だから、オルムルと共に上空を巡っていく。


「それではシノブ、私達は相談をしに行きます」


「何かあったら連絡しますので!」


 シャルロットとアミィはシノブ達を見上げ手を振る。そしてイヴァールも背負っていた戦斧を抜き、天へと掲げた。

 メリャフスクを含む国境は幅10km弱が緩衝地帯で、その全域が無人の荒野である。これは東西対立の悲劇が生み出した産物で、和解が成ったからには元の豊かな土地にすべきだろう。

 もちろん人が住むなら統治体制も整えねばならず、三人は東西双方の王と最後の詰めをしに行く。


 働いている者はシノブ達の他にもいる。実は先行して周囲でも塩の除去を始めていたのだ。


──シノブの兄貴~、これをお願いします~!──


──兄貴、こっちも頼みます!──


 光翔虎のシャンジーとヴェーグが白い玉と共に青空を飛んでくる。

 土属性に()けた玄王亀であれば、土中から特定の成分を抽出するなど造作もないことだ。そこでシューナやケリス、更に親世代や長老達まで参加して大規模な土質改良を実施している。

 メリャフスクを廃棄したときに撒いたのは海塩だというから、他のミネラル分も合わせて平常に戻す。ごく小規模なら可能とする魔術師はいるが、都市全体や近郊までとなるとシノブや超越種の力が必要であった。


「ありがとう!」


──また行ってきますね~!──


──こちらも!──


 シノブが短距離転移で塩の塊を呼び寄せると、シャンジーとヴェーグは飛び去っていく。そして更に他の光翔虎達が輝く大玉を運んでくる中、シノブは地上に予想外の者達を発見した。


『この岩、そこの空き地に集めましょう!』


「グーギャギャギャ! ギャグー!」


 岩竜ファーヴは大地に空いた縦穴から大小の岩を取り出した。どうやら魔力操作の応用で浮かせたらしい。その岩を大人の倍ほどもある巨大な猿達が抱えると、ファーヴが頭で示した方向に運んでいく。

 どうやらファーヴと森猿達は井戸の修復をしているらしい。ここを捨てたとき、全ての井戸を石で埋めたのだ。


「カカザン島からスンウ達を連れてきたの?」


 シノブは森猿の叫びが『アマノ式伝達法』に基づいていると理解していた。ファーヴへの(いら)えは伝達法で『はい』に相当するものだったのだ。


 カカザン島とはオーストラリアに相当するアウスト大陸の北に浮かぶ島だ。魔獣の海域の真っ只中で人を寄せ付けない場所だが、そこには王のスンウを始めとする一千頭の森猿が住んでいる。

 そして最近オルムル達は、森猿に人と交流する(すべ)を教えているのだ。


──はい! 街を直すって言ったら手伝いたいって……あの、イヴァールさん達の許可は取りました!──


 オルムルは最初のうち得意げな様子で語っていた。しかし途中で彼女はシノブに伝え忘れたことに気付いたらしく、思念に焦りめいたものが滲む。


「それなら構わないよ。皆が見てくれているし、伝達法を知っている俺達なら何を言っているか判るから」


 シノブは問題ないと笑顔で伝える。

 森猿には超越種が同行しているそうだし、イヴァールや弟のパヴァーリなど訪問団の面々は伝達法も習得しているから、超越種を通さずともやり取り可能だ。

 それにオルムル達は、ここに来たメーリャの人々にも森猿を引き合わせたという。


 案外これは良い機会だったのかもしれない。イヴァールやパヴァーリには森猿のことも伝えているし、東西メーリャも国の中枢たる重鎮しかいない筈だ。

 そのように限られた者達だけに会わせるのは、交流の第一歩として最適ではなかろうか。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 先日イヴァール達が廃都メリャフスクを通ったとき、西メーリャ王国の王女マリーガは争いと反目が(もたら)した不毛の地を嘆いた。しかし彼女の顔を曇らせた傷は、徐々に消えていく。


 瓦礫を取り除き、建物を修理し、井戸を整備し、メリャフスクから遠ざけた川を元の経路にも流し。多くの力を借りて、メリャフスクは生活できる場に戻り始める。

 地中は玄王亀、地上は岩竜や炎竜に森猿達、川は海竜だ。残る嵐竜や朱潜鳳も光翔虎と同じく各所で手伝っている。

 もちろん人間達も働いている。運んできた苗木を塩が除かれた地に植え、竜達が組み直した石造りの建物に戸板などを()め、井戸に釣瓶(つるべ)を取り付け、川の水門を直す。ドワーフ達は得意の技を振るって都市や周辺を整備していく。

 全てが住めるようになるのは先の話だが、まずは先乗りの一団が暮らせる環境を。東西の職人達は、今まで仲違いしていたのが嘘のように力を合わせて働いた。


「今日はここまでにしよう!」


「皆さん、お疲れ様でした!」


 西メーリャ王国の壮年王ガシェクと東メーリャ王国の少年王イボルフが、高らかに終了を宣言する。すると集った者達は、一斉に歓声を上げた。


 ここはメリャフスクの大神殿の大聖堂だ。流石に神々の宿る地を打ち壊すのはと思ったのだろう、ここだけは建物が残っていた。ただし百年もの間に窓や扉も枠だけとなり、土埃は入り放題で汚れ切っていた。

 しかし清掃と応急の修理を済ませた今、往時の美しさが甦った。特に聖壇の向こうに並ぶ七柱の神像は、シノブとアミィが修復したこともあって新造したかのように光り輝いている。

 中央には土俵も整えなおした。メーリャ地方の神殿の例に漏れず、ここにも奉納素無男(ずむお)のための場が用意されているのだ。


『綺麗になりましたね!』


『皆で力を合わせたからな!』


「グーギャギャギャ! ギャグー!」


 すぐ近くのメリャド山に棲む玄王亀シューナが感慨深げに。その親友かつ兄貴分の光翔虎ヴェーグが誇らしげに。そして森猿の王スンウが、その通りだと肯定し。もちろん他の者達も、それぞれの言葉と仕草で寿(ことほ)いでいく。


「さあシノブ!」


「再出発と融和の証を!」


「東西を繋ぐ新たな地の始まりを!」


 イヴァールが期待の顔を向けると、隣でエレビア王国の王子リョマノフとキルーシ王国の王女ヴァサーナが続く。アスレア地方を代表する者達として、この二人もメリャフスクの復活を見届けに来たのだ。

 シノブは既に神像の前に進み出ていた。両脇のシャルロットとアミィを含め、三人は聖壇を背にして立っている。


「アハマス族エルッキの息子、パヴァーリ。西メーリャ王ガシェクの娘、マリーガ。我が前に」


 シノブは厳粛な場に相応しい重みのある声で、ドワーフの男女を呼ぶ。すると二人は静々と進み出て、シノブの正面へと移っていく。


 緊張した顔のパヴァーリは、愛用の角付き兜と鱗状鎧(スケイルアーマー)の上から、白い布を羽織っている。そして僅かに頬を染めたマリーガは西メーリャ機織り名人の労作、白い薄衣と透けるように薄いヴェールだ。

 そう、二人は今日この場で結婚するのだ。そのため魔法の家を使い、エルッキと妻のティーナを始めとする一族も招いている。


 シノブはドワーフの神官達の司式でと主張したが、メーリャの者達が是非にと押し切った。これから始まるのは結婚式に加えて新たな地を祝う儀式でもあり、それを取り仕切る理由がシノブにはあったのだ。


「アハマス族エルッキの息子、パヴァーリ。(われ)、シノブ・ド・アマノが、お主をアマノ王国メリャド自治領太守に任ずる。『新たなる太守よ。大神アムテリア様の教えを守るべし。民を守護し、この地に和を(もたら)すべし』……そしてマリーガと手を(たずさ)え、末永く寄り添い歩み続けるのだ」


 シノブが宣言した通り、この東西メーリャに挟まれた地はアマノ王国の一部となる。ただし自治領と宣言したように、この地で暮らすドワーフ達が統べていく。


 メリャフスクの扱いは東西メーリャにとって極めて微妙で、どちらかが領地としたら新たな(いさか)いの元となりかねない。双方とも、それだけの重みが統一時代の王都にあるという。

 そこで当面は国境の緩衝地帯をシノブが預かる。ただし一時的な措置で、最終的にはアマノ王国が関与しない形を目指す。

 何年、何十年も掛けて再び東西の統一を目指すのか。それとも東西の繋ぎ手として独立した国に育つのか。それはパヴァーリやマリーガ、そしてメーリャの人々次第である。


「『神々と父祖の教えを胸に、(われ)は民を守る斧となり鎧となる』……誠心誠意、人々の為に尽くします! 我が妻マリーガと二人で!」


 パヴァーリの返答は、メーリャの地に伝わる成句を元にしている。似たような宣誓はエウレア地方の叙爵や騎士就任の際にもあるが、最大の違いは結婚の誓いも含めていることだ。

 マリーガは西メーリャ王国の王女だから、アマノ王国の一男爵が相手では少々釣り合わない。しかしメーリャと無縁の者がメリャフスクの太守となるのも望ましくない。そこでパヴァーリが自治領の主に就任し、同時にマリーガを娶る形としたわけだ。


 それはともかく顔を真っ赤に染めて言葉を返すパヴァーリは、とても微笑ましい。もっとも司式の者が顔を緩めるわけにもいかず、シノブは真顔を保つよう努力しつつ次なる相手に顔を向ける。


「よろしい。アハマス族エルッキの娘となりしマリーガよ、お主の覚悟も聞こう」


 先ほどからのシノブの口上もメーリャ流で、ドワーフ達の父権社会に強く影響されている。結婚の誓いが夫婦の双方に愛を問うものではなく夫が妻を得る形なのは、そのためだ。

 ちなみにイヴァールやパヴァーリの故郷ヴォーリ連合国でも、似たような言葉と流れだという。これはシノブにとって随分と違和感があるが、彼らの風習を尊重して合わせている。


「夫を支え、母として子を育て、この地の女性の(かがみ)となります。そして、いつの日かメーリャの地に真の融和を」


 マリーガも頬を染め、恥じらいを顕わにしていた。とはいえメーリャの融和をと付け加える辺り、王族生まれだけあってパヴァーリより儀式慣れしているのが明らかだ。


 このマリーガの支えがあれば、初めて領主となるパヴァーリも心配ないだろう。

 東西メーリャで若き勇者として名を上げたパヴァーリだが、武力のみでは治まらない。しかしマリーガには王女としての経験があり、ここメーリャの風習や心にも通じている。

 西のエウレア地方から新風を運んだパヴァーリと、東のアスレア地方で健やかに育ったマリーガ。この二人の結びつきも、東西の融和の一つであろう。シノブはドワーフ達の未来に明るいものを感じていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「今、ここに新たな夫婦と良き街が生まれた。このめでたき日を祝し、歌を贈ろう。とはいえ(われ)はメーリャの祝歌に不案内、そこで代わりに新婦の父君ガシェク殿にお願いする」


「はっ!」


 司式の流れを全て終えたシノブが顔を向けると、黒の薄衣を着たガシェクが中央の土俵に上がっていく。

 メーリャの男性の正装は、慶弔の双方とも黒を基調にしていた。この地のドワーフは玄王亀も特別な存在としているから、別して黒を(たっと)んだらしい。

 背に巨大な戦斧を背負っているから慶事には少々場違いな気もするが、メーリャの人々にとっては当たり前なのか(いず)れも厳粛な表情を崩さない。


「それでは失礼して……『高砂(たかさご)や~。この馬上(うまうえ)()を上げて~』……」


 なんとガシェクは、王家の秘宝である日輪(にちりん)を掲げて舞い始めた。それもシノブには聞き覚えのある節である。


──高砂って……世阿弥(ぜあみ)だよね? テッラの兄上が教えたのかな?──


 シノブはアミィとシャルロットのみに思念を届けた。超越種も思念を使えるが、地球に関係することだけに相手を限ったのだ。


──そうだと思います。たしか地球では『この浦舟に帆を上げて』でしたね──


──ドワーフは海を嫌うから変えたのでしょうか?──


 アミィはシノブのスマホの情報を引き継いでおり、その中には元の謡曲もあるようだ。一方のシャルロットはアミィの触れた箇所に興味を示していた。

 ここメーリャ地方の北岸は大北洋だが、そこはヴォーリ連合国の近海と同じく巨大な海生魔獣が棲む恐るべき場所だ。そのため行き交う船はなく、元のままだとドワーフ達に似合わないのも事実である。

 そんなことをシノブ達が語らっているうちに、謡曲は終わりに差し掛かった。


「『差す(かいな)にて悪事を払い~、納める手にて寿福を(いだ)き~、千穐楽(せんしゅうらく)は民を撫で~、万歳楽には命を()ぶ~。東西の夫婦(めおと)颯々(さつさつ)の声ぞ楽しむ~、颯々(さつさつ)の声ぞ楽しむ~』……未熟な芸ですが、これを祝いとさせていただきます」


 ガシェクが一礼すると、万雷の拍手が沸き起こる。それに超越種達も感ずるところがあったようで、高らかな咆哮(ほうこう)を上げた。

 ちなみに、この付祝言と呼ぶべき箇所も僅かに変えていた。殆どは古語を修正した程度だが、一部は先ほどのようなメーリャの地に合わせた変更もある。


「お見事! それでは、千穐楽(せんしゅうらく)を始める!」


 シノブの口にした千穐楽(せんしゅうらく)とは、相撲の千秋楽ではなく原義に近いものである。雅楽や能で最後の曲を千秋楽または千穐楽(せんしゅうらく)と称したように、神々への奉納素無男(ずむお)で締めるのだ。

 そして玄王亀を聖獣とするメーリャでは『亀』が入る千穐楽(せんしゅうらく)を用いる。地球でも縁起を担いで『火』を避けたというが、似たような発想だろう。


「まずは東、ドロフ殿! 西、リョマノフ殿!」


 シノブが呼び上げると、二人の若者が(おう)と叫ぶ。片や西メーリャの王太子ドロフ、対するはエレビア王国の王子リョマノフだ。

 二人は正装の下にまわしを締めており、服を脱ぐだけで準備完了である。そして若者達は、舞い終えたガシェクに代わって土俵へと上がっていく。


「はっきよい! のこった、のこった!」


 行司役の老ドワーフは、東メーリャ王国の重臣ロウデクだ。

 土俵の周囲には大勢のドワーフが集い、後ろからは超越種や森猿達が覗き込んでいる。ドワーフ達の中には次の取組に備えてまわし姿となった者もいるが、ガシェクやイヴァールなど横綱級は服を着たまま悠然と語らっている。

 ガシェクなど西メーリャ王族の側には、新郎の両親であるエルッキとティーナもいる。それに東メーリャ王国の少年王イボルフも、妹のエルヴァと共に交流の輪に加わっていた。エルッキはヴォーリ連合国の大族長だから、ドワーフ三国の首脳会談とも言えるだろう。

 もっともエルッキ達の視線は、正面に据えられたパヴァーリとマリーガに注がれている。その辺りからすると、親族や仲間としての会話らしくもある。


『シノブさん、私達も素無男(すむお)を取りたいです! それにスンウ達もやってみたいって!』


「えっ!? 女の子は土俵に上がれないんだけどな……」


 オルムルの願いに、シノブは驚いてしまう。素無男(すむお)は相撲と同じで男性のみなのだ。


『オルムルお姉さま、ここで観戦しましょう』


『そうですね、ファーヴやフェルン達に任せます』


『よ~し、頑張るぞ!』


『僕だって!』


 シュメイとオルムルの声が聞こえたのだろう、雄の超越種の子達が威勢よく()える。そして彼らは四股を踏むような動作をしたり組み合ったりと、準備を始め出す。

 森猿のスンウ達も同様だ。どうやら王のスンウが仕切っているらしく、彼が指差した者が嬉しげに(こぶし)を突き上げる。


「東西の交流、随分と遠くまで広がったなあ」


「カカザン島とアマノシュタットは七時間近い時差でしたね」


「ここにいる者の生地だと、一番西がガルゴン王国のメイニーさん、東はラーカのスワンナム地方の島……九時間近いです」


 シノブが呟くと、シャルロットとアミィが(ささや)き返す。

 アスレア地方の中の東西、エウレア地方とアスレア地方、更に向こうの地方まで。カンを始めとする未訪問の場所も多いが、それでも様々な者達が巡り合って交流の輪を広げてきた。

 きっと、これからも広がる。違いを乗り越え、手を取り合う。シノブは自分達の隣、今日結ばれたばかりの二人へと顔を向ける。

 長い髭を誇るヴォーリ連合国出身のパヴァーリと、髭を嫌う西メーリャ王国で生まれたマリーガ。しかし二人は互いを尊重し、前に進もうとしている。そして東西メーリャから、賛同する者が移住者として名乗りを上げている。


「シノブ、お主も加わらんか!?」


「ああ、めでたい日だからね!」


 これも交流だとシノブは立ち上がる。そして誘ったイヴァールと連れ立って、支度部屋へと歩き出す。


「おお!? 光が!」


「夕日!? いや、これは……」


 人々の見つめる先では、七つの神像が淡く光を放っていた。差し込む夕日だけとは思えない、不可思議な輝きである。


「シノブ?」


「お待たせしちゃいけないね。多くの人や種族が集う姿、競う技を奉納しよう」


 物問いたげなイヴァールに、シノブは(ぼか)した言葉を返す。シノブには神々の似姿が微笑んでいるように思えたのだ。

 異神の消滅以来、神々は姿を現すのを控えているらしい。しかし時々は、こうやって励ましてくれる。

 ならば自分達も感謝を示そう。そして次に向かって進んでいこう。シノブの足取りは、自然と速くなっていく。

 熱意を顕わにする姿を、神々は愛おしく思ったのだろうか。シノブの背中を夕日にも似た大きく力強い輝きが照らしていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回から第25章になります。


 次回ですが二週間後、2018年1月6日(土)17時の更新となります。その後は再び週二回に戻す予定です。


 本作の設定集に24章の登場人物の紹介文を追加しました。

 上記はシリーズ化しているので、目次のリンクからでも辿れます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ