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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第5章 領都の魔術指南役
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05.10 冷徹なる次官 前編

「やあ、シメオン。お邪魔するよ」


 シノブは、伯爵の館の南側にある領政庁のシメオンの執務室を訪れた。

 領都に戻ってから、午後はジェルヴェの講義を受けてから彼の元に赴くようになっていた。シノブは、ジェルヴェからは貴族の習慣や作法など、シメオンからは領内統治について学ぶことにしたのだ。

 内務次官である彼は、領政庁の二階に立派な執務室を持っている。シノブは夕方にかけての一時間くらいを、彼から領政について聞く時間に当てていた。


「軍のほうはいかがですか?」


 シメオンは執務机で何か書き綴っていたが、シノブが入室するのを見て、その手を止めた。

 彼は部下にお茶の用意を命ずると、脇のソファーへと移動する。


「ああ。今日も参謀のミュレさんが熱心に質問してきてね。

彼を中心に、数人の希望者に色々説明しているところさ」


 シノブもシメオンに答えながら、イヴァールとソファーへ移動していく。

 アミィは夕食の準備をするため、ここにはいない。彼女はシノブから和食を褒められたのが大層嬉しかったようだ。そのため、和食のさらなる再現に熱心に取り組んでいるのだ。

 ここ数日、シノブ達はミュリエル達の魔力操作訓練を終えると領軍本部に行っている。

 昼までは参謀のミュレなど希望者に対して魔術の講義や実演を行い、シャルロット達と昼食を共にする。そして昼食後、館で待つジェルヴェの(もと)に向かうスケジュールとなっていた。

 アミィはジェルヴェの講義まではシノブに同行するが、その後は特別な用がないかぎり、夕食の準備をしに魔法の家へと戻っていく。

 イヴァールが従者に加わったこともあり、アミィも常にシノブの(もと)に張り付いている必要はないと考えたのかもしれない。


「その辺から始めていくのが良いでしょうね。あまり口出しすると反発を受けます。まずは軍の中に貴方の信奉者を作り、その信奉者が貴方の知識を広めればいい。

シノブ殿の能力が桁外れでも、体は一つしかありませんし」


 お茶を用意した部下を下がらせると、シメオンはシノブに同意した。

 彼の言うとおり、シノブが全てを行う必要は無い。むしろ、その意を受けて動く者達を増やしていくほうが大事(だいじ)だろう。


「そうだな。若い軍人達はシノブの武術に目が行っているから問題なかろう。だが、軍を率いるのは上に立つ者達だ。そいつらを従えるのがこれからの課題だろうな」


 イヴァールもシメオンの言葉に頷く。

 ドワーフの社会は長老衆など目上の者の権威が強い。彼は経験上、父親ほどの世代を説得するのが面倒だと知っているのだろう。


「そうですね。『竜の友』シノブ殿の武勇についてはもはや疑う者はいないでしょう。

今後は統治者としての能力を高めていくべきです」


 シメオンは、シノブに治世家として研鑽すべきだと進言する。

 シノブが竜を抑えてドワーフの村々に平和を取り戻したことは、家臣達の間にも広まっている。

 シャルロットとの決闘やレーザーの魔術、ヴァルゲン砦演習場での模擬戦など、彼の戦闘能力について疑いを挟む者は既にいない。


「ああ。シャルロットを支えるには、必要なことだからね。頑張るよ」


 シノブも、シメオンの言わんとしていることはわかっているので神妙な様子で頷いた。


「貴方が旅の間に見せた統率力や判断力は中々のものでした。心配はしていませんよ」


 シメオンは、シノブに対して微かに微笑みかける。

 彼は領都セリュジエールに戻って以来、以前より感情を面に出すようになった。シノブは、シャルロットの婿候補が見つかって彼も肩の荷が下りたのだろうか、と考えていた。


「そうだな。シノブには(おさ)の素質があるぞ」


 イヴァールはシノブに笑いかける。彼もシノブの将来を心配していないらしい。


「できれば統治方面でも、何でもいいから早めに成果を出したほうが良いですね。

私も早朝の魔力操作の訓練に加えていただきましたが、あのような目に見える成果があれば、内政官も納得しやすいでしょう」


 シメオンは、少し考え込むような様子を見せた。


「魔術で何かしろってこと?」


 シノブは、シメオンに問いかける。

 魔力操作が内政に役立つとは思えないが、他に何か使えそうな魔術はないだろうかと彼は考えた。


「魔術に限りませんが、何らかのわかりやすい改革を行えば……いずれにしても、そのためには領内のことを知ってもらう必要がありますが」


 シノブが考え込む様子を見て、シメオンは再び僅かに微笑んだ。


「今日もよろしく頼むよ、シメオン先生!」


 シメオンが言うとおり、領内のことを良く知らないで改革案もないだろう。

 そう思ったシノブは冗談っぽく答えつつも、シメオンの講義を拝聴すべく居住まいを改めた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ベルレアン伯爵領には、領都セリュジエールとそれに続く三大都市アデラール、セヴラン、ルプティがある。これらは一万人を超える大都市だ。

 そして、それらに続く1000人以上の住民を持つ25の町と、さらに小規模な900ほどの村々がある。領内の人口は概算で三十万人にもなるという。

 三大都市には代官がいるが、町村にはそれぞれ町長・村長がいるだけだ。彼らは住民から選出されるが、多くは世襲となっている。


「領内の都市や町村はおおよそこんなところです。昨日までの説明とも重複する部分もありましたが……」


 シメオンは、都市や町村の概要に加え、領民の暮らしについて簡単に説明した。


「ありがとう。村と違って町は随分魔道具が使われているんだね」


 この世界には魔道具があるので、シノブの想像よりは便利な生活をしているようだ。

 ただし魔道具は高価であり万能でもないので、普通の道具や機械式のものも発達している。たとえば、時計などは機械式らしい。

 魔道具の製造には特別な結晶が必要であり、どうしても高価になってしまう。

 たとえば貴族や大商人などは、邸の照明も魔道具だ。それに軍には携帯用の明かりの魔道具もある。だが、収入の少ない者は蝋燭(ろうそく)やランプも使っているという。

 それでも水抽出の魔道具や浄化の魔道具は、都市生活に必要であるため優先的に製造されている。

 そのため大都市や町では、周辺の河から引いてきた上水道から水抽出の魔道具で綺麗な水を得たり、浄化の魔道具で下水設備を構築したりして、衛生的な生活が営まれている。


「ええ、水抽出や浄化は都市には欠かせません。着火の魔道具も多くの者が所持しています」


 シメオンは、シノブの言葉に頷いた。


「魔道具は作ったことがないんだよね」


 シノブは頭を掻きつつ言う。


「シノブ殿なら教わればできると思いますが、自身で作成する必要はないでしょう。貴方は統治者となるべき方です。魔道具作りに熱中されても困ります」


 自分で作ってみようかと考えるシノブを見て、シメオンは釘を刺した。

 確かに、彼が魔道具を開発しなくても良いし、その暇も無いだろう。


「そうだね。そういえば、アミィが料理に魔術を使っていたよ」


 シメオンの忠告を素直に聞き入れたシノブはアミィの料理を思い出し、シメオンにその詳細を教える。


「なるほど……抽出や操作の魔道具を上手く使えば、様々な産業に役立つかもしれませんね。これは検討する価値があります」


 シノブからアミィが水分の浸透や脱水、にがりの抽出に魔術を使ったと聞いたシメオンは、少し考え込む様子を見せた。

 侍女のアンナも言っていたが、操作の精度や魔力量の関係で、こういう使い方をした人は殆どいないらしい。シノブは、魔力量はともかく精密な操作については道具にしたほうが上手くいくかもしれないと思った。


「あと、シメオンは俺達の心の声を領内の統治や軍事に使えないか、って言ってただろ?」


 シノブは、旅の間シメオンと交わした会話を思い出した。


「はい。早馬での伝達にも限界がありますし、そもそも優秀な軍馬は限られています。誰もが良馬を使えるわけではありません」


 シメオンは、シノブに伝令などが使っている軍馬について説明する。


「俺の故郷には、音や光の長さで言葉を伝達する方法があってね……」


 シノブは、モールス信号を思い浮かべながら、シメオンにその概念を伝えた。

 短音と長音、あるいは短時間と長時間の点灯。これらを組み合わせて文字や数字を表す方法を、シノブは大まかに解説する。


「それは……確かに明かりの魔道具でも使えば、誰でも簡単にできますね。夜間であれば早馬よりも確実で便利でしょう。

驚きました。これは上手くいけば領内の統治が大幅に変わるかもしれませんよ」


 シメオンは新たな伝達方法の概念を理解したらしい。あまり表情を動かすことのない彼だが、頬を僅かに紅潮させ興奮した様子を見せていた。


「うむ。今まではせいぜい鐘を何回鳴らしたら敵襲だとか、そんな簡単な伝達しかしていなかったからな」


 イヴァールも感心した様子で黒々とした長い髭を撫でている。


「軍事なら、内部でしか通じない暗号と組み合わせて使ったほうがいいと思うけど。事前に暗号を表にして渡しておくとか」


 シノブは、軍で使うなら暗号表でも作ったほうが良いだろうと思い、そう付け足した。


「そうですね。そちらはシャルロット様を通して参謀達に諮ったほうが良いでしょう。

『アマノ式魔力操作法』に続いて『アマノ式伝達法』ですか。この調子で軍政両面を改革していけばシノブ殿が認められるのも案外早いかもしれませんね。

やはり、他家に介入されないうちにシャルロット様との婚姻を進めるべきですね」


 シメオンは、軍事利用に関してはシャルロットを通すべきだとシノブに忠告した。

 そして、早くもシノブが教えた通信方法に名前をつけて感嘆している。彼は、新しい伝達方式の効果とその影響を想像しているようだ。表情を改め、シノブへと自身の予想を伝えていた。


「う~ん。『他家の介入』って避けられないものかな」


 伯爵も気にしていた他家の介入。シノブはそれを回避する方法がないか、シメオンに聞いてみた。


「無理ですね。王家どころか、他国からの介入すら考えられます。『竜の友』の名はそれだけのものですから」


 シメオンは、あっさり回避は不可能だと言った。

 竜を鎮めたシノブが注目されないはずはないし、他国からも注目されると答える。


「その……王家が出てくることもあるのかな……」


 シノブは、恐る恐るシメオンに質問する。

 他の伯爵家であれば、同格のベルレアン伯爵家であれば対抗できるとシノブは思っていた。しかし、王家の権力は別格であろう。彼は王家から口を出されることを一番恐れていた。


「ああ、セレスティーヌ様ですね。可能性としてはありますが、シャルロット様とカトリーヌ様が嘆願すれば、陛下も悪いようにはされないでしょう。

シャルロット様は先王陛下の孫ですし、王家からみればどちらと結婚しても一族には違いありません。

私が心配しているのは、シャルロット様と新たな公爵家を興すか既存の公爵家を継ぐよう命じられないかです」


 シメオンは、王女との婚姻よりも、シャルロットとシノブで公爵家を新設したり、既にある家を継承したりするほうを心配しているらしい。

 シメオンによれば、女伯爵は過去に何例かあるが女公爵は前例がないという。とはいえ『竜の友』を取り込むには前例を(くつがえ)す可能性はあると説明した。


「そうか……そうなったら伯爵家にいるわけにもいかないからね」


 シノブは、シメオンの言うほうが現実にありえるのかもしれないと思った。

 カトリーヌも結婚自体については自分の兄や父を説得する自信がありそうだった。しかし、結婚させてから引き抜く方法だってあるのだ。

 そんなことになったら伯爵家に尽くしてきたシャルロットが悲しむだろうとシノブは憂慮した。


「ええ。もしカトリーヌ様の御子が男子であったとしても、器量が優れているかはわかりません。仮に優れた方に成長しても、領主になるには最低20年、できれば30年欲しいところです。

ですから、シャルロット様が爵位を継承しなくても、一定期間伯爵家を支えていただく必要があります。

もっとも公爵として外から支援いただくのも悪くはありませんが。たとえばアシャール公爵なら、地理的にも近いですし、実質的に伯爵領が広がったともいえます。

ですが、遠方に所領を与えられた場合はそうもいきません」


 この国の制度では、公爵は王領内の都市とその周辺の土地を所領として与えられる。そして、都市アシャールは、王都メリエの北、ベルレアン伯爵領の都市アデラールの南である。

 そのくらい近くであれば伯爵領を見守ることも可能かもしれないが、彼が言うように遠くの都市を治めるようになったら伯爵家を支援するのも難しいだろう。


「あまり先のことを心配しても仕方がないだろう。いざとなったらシノブが他国に逃げ出すといって脅せば、あまり無体なことは言わないのではないか?」


 イヴァールは、先のことで悩む二人に、強い口調で言った。


「それもそうですね。ですが、その為にも王都の情報は探っておく必要があります。

領都に戻ってから、二人ほど部下を王都に派遣しましたが……」


 イヴァールの提案は極論ではあるが、案じすぎるのもよくないだろう。彼の言葉に納得した様子のシメオンは、情報収集に努めるとシノブに言った。


「頼むよ、シメオン。伯爵領のためにもね」


 伯爵領のことも充分に把握していないシノブは、シメオンの手腕に期待するしかない。彼は真剣な顔でシメオンに頭を下げた。


「ええ、シャルロット様のために頑張ります」


 シメオンは、そんなシノブの様子を久々にからかいたくなったようだ。わざわざ『シャルロット様のために』と言いなおし、シノブに微笑む。


「シノブよ! 言い繕ってもお主が何を心配しているかはお見通しのようだぞ!

それに心配しなくても、俺達がお主を助けるに決まっておる。戦いは俺、統治はシメオン殿がついている」


 イヴァールもシメオンに続き、真面目な顔をしたシノブに笑いかける。

 彼は、シノブの肩を叩きながら気勢を上げた。


「そうです。ですからもっと率直に仰ってください。シャルロット様が悲しむ顔は見たくない、とね」


 自分を気遣うシメオンの言葉に、シノブは大きく頷き仲間達に感謝した。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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