24.28 縮まる距離
騎馬民族の国だけあって、スキュタール王国は男達が率いる国だった。もちろん女性にも馬術の達者はいるが、身篭れば騎乗できないから長には選ばれないという。
今のスキュタール王国には王都や都市があり相当な人数が定住しているものの、それでも昔の風習は強く残っている。これは他国も同じだが、魔獣退治など武力を示す機会は幾らでもあるからだ。
代々のスキュタール王も男性のみ、若干の女性王族はいるが遠い将来はともかく次代の君主はないだろう。実際に新王に女性を推す者は一人もおらず、行方不明の王太子一家の捜索を最優先としていた。
王太子カイヴァルが妻子共々姿を消したのは、禁術使いダージャオが害そうとしたからだ。
まずダージャオは王族の一人ジャハーグを暗殺して成り代わり、次に国王フシャールを殺して操り人形とした。フシャールの鋼人には当人の魂が宿っているが内蔵された魔法回路で心を縛られ逆らえず、彼は命じられるままにジャハーグを宰相とした。
最後にダージャオは王太子も鋼人に置き換えようとしたが、カイヴァル達は辛くも逃れた。どうもカイヴァルは父や従兄弟の異変を薄々察し、警戒していたようだ。
これは入れ替わりに長期間を要したからだと思われる。
禁術使いとして何百年も生きたダージャオ達でも人間そっくりの鋼人の製造は困難で、およそ五年に一体しか造れなかったらしい。しかも彼らは東メーリャ王国の国王ザヴェフと第一王妃シュレカを優先したから、ジャハーグの入れ替わりから数えると二十年ほども経過していたのだ。
これだけあればカイヴァルが何かを感じても不思議ではないが、国王と宰相の権力は強大で真実を暴くには至らなかった。しかし彼は家族と落ち延び、以降はダージャオの弟子シャオジャオがカイヴァルと瓜二つの像に宿って王太子を演じた。
こうしてスキュタール王国の中枢を掌握したダージャオ達だが、カイヴァルを生かしておいては全てが水泡と帰しかねない。そのため彼らは式神を駆使して探したが、行方は杳として知れぬままであった。
「おそらく、カイヴァル殿下は国外に逃れたのだと思います」
宰相ジャハーグの弟パムダルは、浮かない顔をシノブ達に向けた。
パムダルは二十八歳だが、狐の獣人だけあって体は細めで何歳か若いように感じる。彼もスキュタール王国の風習に倣って髭を蓄えているものの、この辺りでは珍しい薄茶色だから何となく優しげでもあった。
もっとも体は鍛えているようで、細身といっても締まっているからだ。彼は王族にも関わらず森の監督官で、体を使う機会が多かったからだろう。
宰相ジャハーグとなったダージャオは正体の露見を恐れ、パムダルを幼いうちから別邸に移した。
成人したパムダルは、早々に森林監督官とされて今に至る。そのため彼は王都北の森近くに住み暮らし、妻子をここ王都スクラガンに残していた。
パムダルも先王の孫だから王族だが、周囲は宰相ジャハーグの権勢を恐れて手を差し伸べる者もいなかったという。しかもスキュタール王国は直系優先で今回も王太子の捜索が第一とされ、シノブは同情の念を禁じえなかった。
「何か根拠が?」
「どちらに行ったか分かりませんか?」
問いを発したシノブやアミィと同様に、残りもパムダルを注視している。
スクラガンの王城の一室に集ったのは、極めて限られた者達のみだ。超越種からは玄王亀のシューナとケリス、そしてフシャール王を宿した鋼人、更にスキュタールの重臣が数人である。
既にダージャオとシャオジャオの魂は、輪廻の輪に戻した。そしてフシャールの鋼人から精神を縛る魔法回路を取り外し、老王は主だった者に真実を語った。
しかし残る大半は、未だ何があったか知らないままだ。そこで広く王都の皆に公表しようと、家臣達は王城の庭へと招くべく奔走していた。また王都以外にも人を送り、禁術使いの非道を知らしめると同時に王太子の捜索をしている。
シューナとケリス以外の超越種は伝達担当を各地に運び、その後は空から呼びかける。これにホリィも加わったから、残った者達だけで過去の経緯を確かめていた。
「おそらくは南東からテュラーク……現在のズヴァーク王国に抜けたのだと……」
夏の終わりごろ王都の家に不審な投函があったと、パムダルは打ち明けた。
署名もない怪文書には、家族と共にスクラガンを脱出するようにと記されていた。そして西は避けてテュラークへと抜けるべき、なぜなら宰相ジャハーグは西への交易路を牛耳っており西メーリャに行く道を選んではならないと続けていた。
しかしパムダル達は誰からとも知れぬ手紙を怪しみ、従来通りに過ごしたという。
「むしろ私は、兄の策略だと思ったのです。私が務めを放棄したと罰するか、更なる辺地に送るか……そんなことではないかと」
パムダルは早くから兄に遠ざけられたから、自身が疎まれているのも承知の上だ。
ただしフシャールによるとダージャオがジャハーグに成りすましたのは二十一年前で、そのころ七歳前後の少年が真実に辿り着く筈もない。しかしパムダルは兄に隙を見せては危ないと、気を付けてはいたのだ。
「それで良かったのだ。ダージャオ達は、カイヴァルが病死でもしたらお前を鋼人にしようと言ったことがある……まだティルームが生まれる前のことだがな」
フシャールによれば、パムダルは一種の保険として生かされたようだ。
スキュタール王家の直系男子は少なく、フシャールの後継者は王太子カイヴァルと彼の息子ティルームのみだ。そして先王の子孫まで含めてもジャハーグとパムダル、そしてパムダルの長男のみである。
ちなみにジャハーグが死去したのは二十歳過ぎ、妻はいたが子を得ぬままだった。その妻もダージャオが手に掛けたから、偽りの子を用意することも不可能だ。
「そんな……」
パムダルの顔は青ざめていた。彼自身も危ういところであったが、もしかすると自分の妻子もと思ったのだろう。
「禁術使い達は倒しました。これからのことを考えましょう」
「パムダル、済まぬがカイヴァルと共にスキュタールを建て直してくれ。……儂は王都の者達に真実を伝えたら、この世を去る」
シノブに続いて言葉を発したのは、フシャールであった。やはりフシャールも、死者が偽りの体で永らえるのを良しとしなかったのだ。
どのような経緯であれ、没したら輪廻の輪に戻るのが神々の定め。これを抜け出すのは祖霊と呼ばれるほど強い魂のみ、並の者が真似しても不幸になるだけ。それに死を免れる術があると知ったら、何とか自分もと人々は渇望するだろう。
十何年も邪術に縛られたからだろう、フシャールは仮初めの生を憎んですらいるようだ。
「伯父上……」
「陛下……」
パムダルや重臣達は溢れる涙で頬を濡らし、老王を囲んで手や袖に縋った。そして王城の奥を、さざめくような歔欷が満たしていく。
◆ ◆ ◆ ◆
別れは辛いが、フシャール達には国を保つ責務がある。予定通り彼らは、王城の庭を埋めた人々に禁術使いの悪事を明かしていった。
フシャール達は高楼から声を張り上げ、それをアミィが拡声の術で補助する。そのため城の敷地に入れなかった者達も、多くは事態を理解できたようだ。
「陛下が操り人形……まさか!?」
「いや、あれを見ろ!」
人々の目は諸肌を脱いだフシャールへと向けられていた。老王は腹部を開き、鋼人の中身を顕わにしたのだ。
「父上や母上と同じ……」
「ああ、命への冒涜だ」
東メーリャ王国の少年王イボルフと、西メーリャ王国の壮年王ガシェクが囁き合う。彼らはシャルロット達と共にアマノ号に乗り、スキュタール王国へと入ったのだ。
入国にはフシャールや重臣達の同意を得ているが、メーリャの二国からの強い要望もあってのことだ。
禁術使いの企みとはいえ、メーリャの民が騙されて苦役に就いたのは動かせぬ事実だ。そのため両国からすれば、何らかの詫びがないことには収まりがつかなかった。
仮に王達が和解を願っても、相応の賠償がなくては家臣や民が退かないだろう。そこでシノブは、直接語らう場を設けたのだ。
シノブやアミィ、それにシャルロットやマティアスなどアマノ同盟の面々は仲立ちのため、それにエレビア王国の王子リョマノフやキルーシ王国の王女ヴァサーナも同じアスレア地方の一員として加わった。
イヴァールやパヴァーリ、それに西メーリャ王国の王女マリーガも見届けたいと望んだから、護衛達も含め結構な人数が王城の客となっていた。
「それでは『光の盟主』シノブ様、そしてアミィ様……お願いします」
語り終えたフシャールは、横に立つシノブとアミィに向き直って跪く。
フシャールはシノブ達が神々の使者だと暗示した。そのため背後に並ぶパムダルや重臣達、更には眼下の人々まで倣う。
「フシャール殿の魂は、輪廻の輪に戻る! 地上での長き務めを終え、邪術による偽りの体から解き放たれ、闇の神に抱かれるのだ!」
仰々しいことは苦手なシノブだが、これはフシャールからの願いで無下に断ることも出来なかった。
禁術使いの関与を語った上で鋼の体だと示しても、騙されているのではと疑う者もいるだろう。メーリャの二国、あるいはパムダルやカイヴァルの謀略と先々誰かが扇動するかもしれない。それらをフシャールは懸念したのだ。
世の乱れの元とならぬよう何卒と縋られては、シノブも首を縦に振るしかない。まさしく現世で最後、去りゆく人の頼みなのだから。
「大神アムテリア様の僕が願い奉る! 王の魂に安らぎを与え給え!」
アミィが治癒の杖を宙に翳し祝詞を唱えると、柔らかな光が広がっていく。そして光はフシャールを包み、更には王城の外も埋め尽くす。
「スキュタールの民よ……邪なものを退け、神々の示す正しき道を歩むように」
胸に染み入るような言葉が、光の中心から響き渡る。そして老王の遺言がスクラガンの隅々まで届くと、神秘の輝きは収まって降り注ぐのは冬の陽光のみとなる。
「フシャール殿の遺志を継ぎ、前に進むのだ!」
シノブは葬送の儀を締めくくるべく、声を張り上げた。
本当はフシャールも、我が子カイヴァルや孫達の行方を知りたかっただろう。しかし彼は私情を捨て、あくまで王として振る舞った。
子や孫が見つかるまでと口にすれば、いつか同じように猶予を願う者が現れる。世の規範となるべき王が、そのような愚行を犯すわけにはいかない。前を向いて歩めと促すべき自分がと、フシャールは笑ったのだ。
フシャールの、そしてシノブの思いは人々に通じたのだろう。王都スクラガンを埋め尽くす高らかな声は、地を覆う雪すら消え去るような熱を伴っていた。
きっとスキュタール王国には明るい未来が訪れる。城の中へと戻りつつ、シノブはフシャールの願いが叶うように祈っていた。
「シノブ、お疲れ様です。良い手向けとなったでしょう」
「ありがとう。さて、これからだけど……まずは連絡手段かな?」
迎えてくれたシャルロットに、シノブは笑みを返す。
メーリャの二国への補償はスキュタール王国も同意したし、三国は遠征したシノブ達にも代価を支払うと明言した。もちろん詳細はこれからだが、三つの国は歩み寄って一歩目を踏み出したのだ。
そのためシノブとしては相談役を残し、他は帰国させるつもりだった。
ここスキュタール王国では禁術使いの調査を進めたいから、メリエンヌ学園の研究所などで希望者を募ろう。そうなると、暫くは護衛を兼ねて武官も置くべきだ。
残るメーリャの二国だが、こちらは同族のイヴァール達に任せておけば良いだろう。とはいえ三国は離れているから、長距離用の魔力無線装置が届くまで要所要所に飛行船を配置するしかない。
「マリィが試験中ですけど、どうなったでしょう?」
アミィは小首を傾げると、同僚の名を挙げた。
アスレア地方北部訪問団の四隻は東西メーリャを結ぶだけで手一杯だから、先ほどシノブは追加の飛行船を取り寄せた。アマノシュタットにはタミィが残っているから、向こうで飛行船を魔法のカバンに入れてもらって呼び寄せれば良いのだ。
操船の人員はマリィが魔法の幌馬車で移動させ、今はスクラガンの郊外でメーリャ側との通信を試している。スクラガンから東メーリャ王国の王都イボルフスクまでは500kmほど、西メーリャ王国の国境とも同程度だから何とか交信可能な筈であった。
──シノブ様、アミィ! 西の国境までは届きましたが、イボルフスクは駄目です! たぶんファミル大山脈の影響ですわ!──
「……シノブ、どうしたのだ?」
マリィの思念が響いた直後、イヴァールが怪訝そうな声を発する。彼は思念を感じ取れないから、何故シノブが顔を曇らせたのか理解できる筈もなかった。
もっとも王城にいる者で思念を使えるのはシノブとアミィにシャルロットの三人だけ、人以外では玄王亀のシューナとケリスのみだ。そのため殆どの者がイヴァールと同様にシノブを見つめている。
「飛行船の魔力無線だと、届くのは西メーリャの国境だけ……今の五箇所に逗留させるしかない」
「国境から西メーリャの王都ドロフスクと東メーリャのグルホスクは大丈夫です。その先の王都イボルフスクはグルホスク経由ですね」
シノブとアミィの説明に、ある者は笑みを浮かべ別の者は憂い顔となる。
表情を緩めたのは、主にスキュタール王国の者達だ。彼らは飛行船や魔力無線について殆ど知らないから、連絡可能という言葉を素直に喜んだようだ。
しかしマティアスなどアマノ王国の面々、更にアスレア地方でもリョマノフやヴァサーナなど飛行船に乗ったことがある者達は、輸送への差し障りを案じたのだろう。
「まだ回せるとは思いますが……」
マティアスは軍務卿、そして飛行船は軍の管轄だ。そのため彼が言うなら何とかなるのだろう。
しかし今の五隻に加えて更に何隻か派遣する場合、どこかに無理が生じるのも確かなようだ。
「まずはマルタン達に聞いてみよう。案外、長距離用の魔力無線が完成しているかもしれないし」
シノブは研究所の所長であるミュレ子爵マルタンに問い合わせることにした。そこでアミィが文を記し、通信筒へと放り込む。
しかし返ってきたのは、意外な知らせであった。
◆ ◆ ◆ ◆
「凄いですよ! これで魔力無線の通信距離は数倍に跳ね上がります!」
「持ってきましたぞ! すぐに取り付けましょう!」
魔法の幌馬車から出てくるなり魔道具の部品らしきものを振りかざしたのは、マルタンと魔道具開発の責任者ハレール男爵ピッカールであった。
カロルと結婚してからのマルタンは身綺麗で、ヨレヨレの服やボサボサの髪ではない。それにピッカールも養子のアントン少年と養女のリーヌが面倒を見るらしく、こちらも服装は整っている。
しかし挨拶もしないで手にした装置を振り回す姿は、とても子爵と男爵とは思えなかった。
「長距離用は未完成……でしたな?」
「それで、このガラクタ……いや、部品か……」
「兄貴、幾らなんでも……。確かに剥き出しだが……」
マティアス、イヴァール、パヴァーリの三人は明らかに引き気味であった。
もっともシノブも他国の者を連れてこなくて良かったと思ったくらいだ。それにシャルロットにアミィとマリィの三人も同感らしく、研究者達を庇いはしない。
ここは飛行船とアマノ号を降ろした郊外、軍の演習場だという空き地だ。アマノ号の脇には岩竜の長老夫妻ヴルムとリント、他は見張りの軍人が立っているのみである。
アスレア地方の者達は今後について会談中、そのため演習場に来たのは他に玄王亀のシューナとケリスのみであった。
「ガラクタとは失礼な!」
「良いですか!」
マルタンとピッカール老人は、顔を真っ赤にして叫ぶ。特に後者は禿頭から湯気を発する勢いだ。
それはともかく二人は部品に魔力を込めたらしく、シノブも知る波動が発生する。
『これは、空間を歪める装置ですか?』
『私達が使う力に似ています!』
玄王亀は空間を歪めて地中を移動する。そのためシューナとケリスは、研究者達が持つ部品が空間歪曲に使うものだと気付いたわけだ。
シノブも空間歪曲から短距離転移を編み出したし、研究所で実験中の転移装置も目にしている。そのため玄王亀達と同じく、この波動を熟知していた。
「ご名答! 流石はシューナ様にケリス様!」
「お言葉通り、これは転移装置の一種ですぞ!」
一転して笑顔となった研究者達は、捲し立てるように説明を始める。
研究所では早くからベーリンゲン帝国が残した転移装置の解析に入ったが、破損が激しく中々進まなかった。それでも昨年末には試験機を完成させるが、かなりの人数で魔力を注入しても転移距離は部屋の端から端くらいだった。
現在も移動用としての研究を進めているが、実用化の見通しは立っていない。そこでマルタン達は今の装置でも役立つ使い方を模索した。
「魔力波動を送るだけなら針の穴程度、いや、その百分の一で充分です! 超空間魔力無線です!」
「小石ですら今いる広場ほどの幅、それも飛行船の全魔力を回して何とか……しかし魔力無線なら使用時間や頻度次第ですが十倍だっていけますぞ!」
超空間魔力無線には制約があり、転移装置と同様に送る側と着く側の双方の改修が必要だ。しかし見ての通り部品は持ち運べる程度、消費魔力も二倍や三倍の距離なら飛行船の運用に差し障るほどではないという。
「そうか……ありがとう、良く頑張ってくれた」
シノブはマルタン達に感謝の言葉を贈る。
実はシノブも、この方式を思い付いていた。短距離とはいえ転移を会得済み、それに光鏡を使っても経験した。そして現代日本で生まれ育ったシノブだから、超空間通信に辿り着くまで大して時間も掛からなかった。
しかし何から何まで自分が口を出して、真の発展はあるのか。与えられただけの知識で、次の一歩を踏み出せるだろうか。
もちろん異神の侵略のような非常事態なら、出し惜しみはしない。だが超常の危機が去った以上、自然な進歩を待つべきだろう。そう思ったシノブは、敢えて口を噤んだのだ。
そして今、待ち望んだ瞬間がやって来た。この星に生まれた者が、また一つ新たな発見を成し遂げた。
元から承知している自分とは違い、全くの無から宝を見出すのはどれほど大変だっただろう。シノブは短い言葉に無限の、そして心からの賞賛を篭める。
「ええ、素晴らしい成果です」
「歴史に燦然と輝く発見ですね!」
「そうですわ!」
拍手で称えたのはシャルロット、アミィ、マリィの三人だ。そして一瞬遅れ、マティアス達が続く。
どうやら女性陣はシノブの思いにも気付いたようだ。シノブが超空間通信の発見を他者に託したことは別としても、待ち望んでいたことは察したらしい。
「ともかくお疲れ様です!」
「ああ、早く使ってみよう!」
「どうやって取り付けるのですか!?」
それに対しマティアス達は、純粋に労いと期待からだと思われる。もっとも大いに感心しているのは声や表情から明らかで、マルタン達は照れつつも誇らしげな顔となる。
「アレクベールが通信筒を持っているから、ドロフスクかな?」
「ああ、本隊は西の王都に残してきた」
シノブが顔を向けると、イヴァールは大きく頷く。
訪問団の副団長アレクベールには魔法の家などの呼び寄せ権限も、停止状態で付与している。そのため通信筒で知らせたら、一瞬で移動可能だ。
そこでアレクベールのところには、ピッカール老人を送ることにする。
◆ ◆ ◆ ◆
「こちらシノブ。アレクベール、聞こえるか?」
『アレクベールです。受信状態は良好です』
シノブが呼び掛けると、飛行船の通信装置から柔らかな声音が返ってきた。もちろんシノブやアマノ王国の者達が良く知る、テリエ子爵アレクベールの声である。
「スクラガンからドロフスクまで900km弱、大成功です!」
「そ、そんなに遠くまで!」
アミィが告げた距離に、パムダルは目を白黒させる。もっともスキュタール王国の者達は同様で、驚きの声を上げる者ばかりだ。
東西メーリャの者達は魔力無線について多少の知識はあるし、これまでも飛行船同士での通信は幾度となくあった。そのため彼らは距離が倍近くなったことには感銘を受けたようだが、それもアマノ王国の技術なら可能だろうと思ったのか多くは平静なままだ。
「凄いぞ! これなら家族とも!?」
「魔道具子爵様、万歳!」
一方で飛行船の乗組員達は、スキュタール王国人に次ぐ大きな声で喜びを示していた。彼らは今までの改良を重ねてきた経緯も熟知しているし、実際に大きな恩恵を被っているからだろう。
仮に2000km程度に達したらスクラガンからでもアマノ王国の東端まで届くし、西メーリャ王国の王都ドロフスクからであれば東部の六伯爵領も圏内だ。もしかすると遠征先からでも家族と会話できると、乗組員達が期待するのも自然なことであった。
「いやあ……あっ、マリィ様が残り三箇所にも巡っていらっしゃいます。ですから飛行船の間での通信は、今日中に出来ますよ」
魔道具子爵ことマルタンが頭を掻きつつ応じると、更なる歓声が上がる。
やはり初めての異国で一隻のみというのは、かなりの重圧のようだ。この地の人々が友好的でも魔力無線が壊れたら助けも呼べないし、人里離れた場所なら生死すら危うい。
今回は多くの超越種の協力があるが、それでも案じはするだろう。
「キルーイヴやエレビスの魔力無線にも付けてもらえば、通信できるのかな?」
「可能でございます。これは六箇所まで設定できますから、二箇所分が残っております」
興味深げなリョマノフに、マルタンは微笑みを浮かべながら応じた。
対となる相手には同じ魔力波動を持たせるが、現状だと設定変更できない。しかし同じ装置を足せば更に相手先を増やせる。ただし一対一の通信で、相手先が使っていると超空間での交信は出来ない。それらにもマルタンは触れていく。
「先々はアスレア地方の全てを直接結べますわね! マリーガ様、これからもお話できますわ!」
「ええ、そうなると嬉しいですね」
大喜びしたのはキルーシ王国の王女ヴァサーナだ。彼女は同じ十代半ばのマリーガ、西メーリャ王国の王女と別れがたく思っていたようだ。
もっともマリーガも大きく顔を綻ばせている。同じような立場のヴァサーナを、彼女も友と感じているのだろう。
「ガシェク殿、イボルフ殿、パムダル殿。三国で語らい、良き道を探ってください」
通信装置を離れたシノブは、メーリャの王達と当面のスキュタール王国の代表者へと歩み寄る。
パムダルは期限付きで宰相代行に就任した。当人は実力不足と固辞したが、重臣達が王族の彼しかいないと押し切ったのだ。どうやらスキュタール王国は、かなり血統を重んじる国のようだ。
王太子カイヴァルが見つかれば彼が王位を継ぐが、仮に一年経っても発見できなければパムダルを王とする。流石に何年も空位とはいかないし、それだけ探しても見つからないなら亡くなっているに違いない。
そのため当面は、パムダルを含めた三人で関係修復を模索してもらうことになる。
「この日輪斧に誓って」
「私も月輪斧に」
西のドワーフ王ガシェクが背負う王家の秘宝を示すと、少年王イボルフは家臣から大戦斧を受け取る。
「私は自身の胸に誓いましょう」
パムダルは宣言通り、胸に手を当てた。スキュタール王国にも王家の宝剣はあるが、彼は宰相代行だからと受け取らなかったのだ。
『三国が真の意味で手を携えたとき、私が贈り物をしましょう。私の棲家である玄王山は、三つの国の境ですから』
浮遊しつつ寄ってきたのは、玄王亀のシューナだ。後ろにはケリスも続いているが、この地に暮らす者達に遠慮したのか彼女は口を挟まない。
玄王山ことメリャド山は西メーリャ王国、東メーリャ王国、スキュタール王国の境界でもある。したがってシューナにとって、この三国の人々は文字通り隣人なのだ。
「ありがたきお言葉!」
三国の代表は声を揃えて跪き、深々と頭を垂れる。相手が聖獣とも神獣とも呼ばれる超越種だからであろう、彼らは贈り物が何かと聞き返すこともない。
──その日が早く来ると良いね。三つの国を繋ぐ、最後の経路を結ぶ日が──
シノブはシューナから相談を受けており、贈り物が何か知っていた。シューナはスキュタール王国と東メーリャ王国を繋ぐトンネルを掘るつもりなのだ。
エウレア地方で同族達が造った、山脈を貫く大地下道。それが三国の融和に必要だと、シューナはシノブに語った。
三国で欠けているのは、この経路である。西メーリャ王国は他の二国と直接行き来できるが、南北を隔てるファミル大山脈が残る一つを塞いでいる。
もしスキュタール王国と東メーリャ王国に直接の道があれば、三国は完全に対等な仲になれる。しかし人間達の努力があってのことで、それまでは明かしたくない。シューナの決断を、シノブも尊重した。
──きっとすぐに来ます!──
──ええ、私も信じていますよ──
幼いケリスの無垢な思念に、シューナは柔らかく応じた。
二百年以上も生きたシューナだが、放つ波動には生まれて四ヶ月少々のケリスと変わらぬ純真さがあった。ただし高々と聳える山のような厳しさも、彼は併せ持っている。
まるでシューナが暮らすメリャド山のような純白の新雪と目も眩む氷壁を、シノブは幻視する。
──俺達も見守ろう。それに、そろそろ帰らなきゃ──
シノブは帰還を決意する。
禁術使いに関しては調査を継続するが、内政や他国同士の問題に口を挟むのは筋違いだ。いずれ手を携える日を願いはするが、それまで待つ強さも必要だとシノブは感じていた。
──ええ、リヒトも待っているでしょう──
──そう言えば、近々イソミヤにお連れするのでしたね?──
シャルロットとアミィの応えに、シノブは笑みを浮かべた。
まだヤマト王国の神域は夕方、これから訪問するのも悪くはない。しかし忙しすぎると、二人は呆れるだろうか。
あれこれ相談するのも楽しいものだ。そう思い直したシノブは、最愛の妻や最も信頼する導き手と密やかな語らいを続けていった。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2017年12月13日(水)17時の更新となります。