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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第24章 西と東の繋ぎ手達
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24.27 光の戦王妃

 創世暦1002年1月30日の早朝、シノブが禁術使いのダージャオ達と対峙する少し前。西メーリャ王国とスキュタール王国の境を、山間から覗く朝日が照らす。この辺りは北にファミル大山脈の端、南にロラサス山脈から伸びた尾根と山がちなのだ。

 山から流れてくる水があり、それなりに緑も多い。しかし所々には岩山が突き出し、視界を(さえぎ)っている。


 このように見通しが利かない場所だから、両国は早くから高い物見台を備えた砦を築いた。ここ西メーリャ王国のトーミル砦には三階建ての主要部の四倍ほどもある塔が(そび)えているし、スキュタール王国側も負けじと監視塔を造った。

 西メーリャ王国はドワーフの国、スキュタール王国は人族と獣人族の騎馬民族国家。前者は大砂漠からの熱風で暑く、後者は熱源から離れている上に標高があり寒冷だ。様々な違いから距離を取り、それが警戒に繋がったらしい。


 ただし往来はあり、スキュタール王国の商人が西に入る。これは西メーリャ王国を通過し、東メーリャ王国で金属製品や長毛のドワーフ馬を買い付けるからだ。

 そのためメーリャが二国に分かれた後も商人達は以前のように交易を続け、西メーリャ王国も邪魔しなかった。東メーリャ王国と行き来できるのは西メーリャ王国のみで他に経路はなく、分裂後も既得権益に配慮したのだ。


「スキュタールとの貿易は、貴重な収入源でした。もし途絶えたら牧畜や鍛冶に(たずさ)わる者達が苦しんだでしょう」


「うむ。行き来を禁じたら、再び戦となった筈だ」


 塔の上で昇る太陽を眺めているのは、東西メーリャの王達だ。東は王位を継いだばかりの少年イボルフ、西は三十歳以上も年長のガシェクである。


 二人が出会ったのは昨日の午後だが、まるで父子のように親密だ。

 イボルフは父母を亡くしたばかり、悲しみを押し殺してはいるが心寂しいのも事実だろう。一方のガシェクも同格の君主として接するものの、顔には十歳にして王となった少年への気遣いが滲んでいる。


「実質的には中立地帯だったのでしょうか?」


 問いを発したのは人族の女性、アマノ王国の戦王妃(せんおうひ)シャルロットだ。

 昨日マティアス達と共に国を発ったシャルロットは、予定通り本日未明に到着した。ここトーミル砦はアマノシュタットから2500kmほども離れているが、竜達がアマノ号で運んでくれたのだ。


「その通り……しかし国の境をかつての王都メリャフスクとしたから、ここは我が国となった」


「西は暑く、私達の長毛ドワーフ馬には向いていませんから」


 ガシェクとイボルフは、僅かに目を細めつつ応じた。シャルロットは愛用の全身鎧を着けており、朝日を受けて(きら)めいていたからだ。


 手には光り輝く神槍、兜を取って顔を顕わにしているが結い上げた金髪も陽光で(まぶ)しい。彼女は母となっても、戦場に立てば『ベルレアンの戦乙女』へと戻るのだ。

 もっとも、かつての異名で呼ぶ者は少なくなった。生地とはいえベルレアン伯爵領は、隣国メリエンヌ王国だからである。

 そのためアマノ王国ではシャルロットの称号である戦王妃(せんおうひ)そのものか、シノブの『光の盟主』と対にして『光の戦王妃(せんおうひ)』と呼ぶことが多いようだ。


「ここは少し涼しいようですね」


「だいぶ標高がありますので」


「ペヤネスクやドロフスクでは、暑くて布服一枚でしたの」


 胸壁の側に立ったシャルロットに、西メーリャ王国の王女マリーガとキルーシ王国の王女ヴァサーナが続く。そして三人は、国境に沿って広がった陣に目を向けた。


 既にマティアスは騎下を展開し、砦の前にはアマノ王国の軍旗も加わっている。

 中央は右が西メーリャ王国軍で、短毛のドワーフ馬に跨った鱗状鎧(スケイルアーマー)を角付き兜のドワーフ戦士達。(ひるがえ)るは同国の紫の地に黒円と五花弁の旗だ。

 その左隣が東メーリャ王国軍だ。良く似ているが騎獣が長毛で軍旗は地が黒で紋様が紫だから、判別は容易である。


 アマノ王国軍は更に脇、両翼を占めている。そのため白地に金のアマノ王国旗は、二箇所に立っていた。

 紋章の中央は、大円と囲む六つの小さい円。背後には下に向けた大剣、その(つか)を輝く輪が囲む。神々と四つの光の神具を図案化したものだ。

 更に左右を竜虎が支え、地には黒亀、天には炎鳳が集っている。建国当時の国旗には竜族と光翔虎のみだったが、昨年末に改めて玄王亀と朱潜鳳を加えたのだ。


 ちなみにアマノ王国はメーリャの二国とは違って多種族だから、軍馬も通常の馬とドワーフ馬の二つがある。人族や獣人族の騎士団に加え、ドワーフ戦士による重騎士隊もいるのだ。

 しかもアマノ王国軍の中には、ここアスレア地方の旗も立っている。紋様はエレビア王国の翼を広げた燕、それにキルーシ王国の火の鳥だ。


「リョマノフ様……」


「彼なら大丈夫ですよ。それにパヴァーリ殿も」


 心配げに呟くヴァサーナに、シャルロットは微笑みを向けた。そしてシャルロットは、マリーガへと視線を動かす。

 パヴァーリは兄のイヴァールと共に重騎士隊に加わり、リョマノフはエレビア王国とキルーシ王国の混成団を率いているのだ。


 パヴァーリとリョマノフは相当の達人だが、今回の相手は禁術使いが操る式神かもしれない。そのため乙女達は愛する人を信じつつも、不安を拭えないのだろう。


「お待たせしました!」


 空から青い鷹が舞い降り、ドワーフの少女へと変じた。もちろん彼女は金鵄(きんし)族のマリィ、偵察から戻ってきたのだ。


 少し西の空には飛行船も浮いているが、こちらは越境を控えている。

 飛行船にも透明化の魔道装置を搭載できるが、膨大な魔力が必要で現実的ではない。そのため眷属であるマリィ達や同じく桁違いの魔力を持つ超越種達が、潜入担当となっていた。


「マリィ、温かいものでも用意しましょうか?」


「それでは、お茶でも……」


 シャルロットが(ねぎら)うと、マリィは笑みを深くした。そして二人のやり取りを聞いた近習が、炉の魔道具に掛けていた薬缶(やかん)を手に取る。


「動きはありませんわ。まず砦の……」


 お茶の準備を横目に、マリィは(つか)んだことを語り始めた。彼女は国境に近い一帯を巡ってきたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「向こうが守りを選んだのは幸いだな」


「ですが魔獣ほどもある岩の塊が攻めてきたら……」


 メーリャの王達はマリィが来た東、5kmほど向こうにあるスキュタール王国のシータン砦へと目を向ける。

 シータン砦の戦士達は持ち場を堅持するのみである。ここトーミル砦には三千を優に超える騎馬軍団が集ったが、向こうは多く見積もっても五百程度だから動けないのだ。


 増援を求めたようで、シータン砦には時々小集団がやって来る。しかし近隣の町村から募った程度だから限度はあり、拠点防衛で手一杯に違いない。

 本格的な増援が来るとしたら、王都か都市からだろう。しかし最も近い都市で100km以上あるし、王都スクラガンは500km近く離れている。


 そのため先々は別として、この時点で西メーリャ側が懸念しているのは式神の侵攻であった。

 禁術使いは巨大な式神や鋼人(こうじん)を操るらしい。過去に大岩アナグマを模した像を使って大量の魔力蓄積結晶を採掘したのは明らかだし、昨日のシノブの調査でも王都スクラガンの地下に巨大な(はがね)や岩の像があると判明していた。


「ええ。岩の式神は少々やっかいですね。鋼人(こうじん)なら岩竜や玄王亀の目を誤魔化せないでしょうが、単なる岩では……」


 シャルロットも笑みを収め、東西のドワーフ王に頷き返した。

 シノブは超越種達の助けを借りてスキュタール王国や周辺を検めたが、式神であれば周囲の岩などを集めて即席の体にするから安心できない。


「ヤマト王国の豪利(ごうり)のように、材料は周囲にある石で充分です。そして呪符のまま休眠させたら、感知は難しいでしょう」


 お茶を一服したマリィが、事例を挙げた。

 豪利(ごうり)は多数の岩猿の魂を集めて造った式神で超越種にも匹敵する巨体だが、魔力感知に優れたシノブですら実体化するまで気付かなかった。これは符の状態だと、殆ど魔力を放出しないからだ。

 使っていない魔道具が魔力を発しないように、符に収めておけば魂も活動を停止するようだ。つまり元は生き物でも、魔道具に近い存在に変じているのだろう。


「そして術者の死と共に、式神は崩壊か暴走する……のでしたな?」


「ええ。そのまま輪廻の輪に戻ってくれたら良いのですが……」


 問うたガシェクに、マリィは浮かない顔で応じた。

 イーディア地方の神泉に潜んでいた式神は、主の禁術使いヴィルーダの死で解き放たれ毒を撒いた。同じことが起きたらとマリィは、そしてシノブ達は案じているのだ。


 崩壊と暴走、それは符や使われた魂により異なるようだ。したがってダージャオ達の式神が残っても暴れるとは限らないが、一部だけでも大惨事である。

 ちなみに神泉の式神が毒を放つまで二日ほどあったが、これは周囲に大量の魔力が満ちていたからのようだ。そのため特別な場所でもない限り、短時間で影響が現れるらしい。


 そこで西メーリャ側は式神に備えるべく、国境に軍を展開した。ダージャオが先々の侵略に使おうと、この地に符を置いた可能性を否定できなかったからだ。

 もちろん他にも式神が散っているかもしれないから、スキュタール王国の内外をホリィやミリィ、そして超越種達が見張っている。しかし一番可能性が高いのは、やはり西メーリャ王国との国境近辺だろう。


「あの人達は何も知らないのでしょうね……」


 少年王イボルフは、望遠鏡を覗きこんでいた。筒先が向けられているのは隣国の砦、こちらと同じく塔の上にいる見張り達だ。

 父母の(かたき)をと勇んだイボルフだが、罪もない兵士に怒りをぶつけることはなかった。幼くとも王族だけあり、彼らが国境を守っているだけと理解しているのだろう。


 望遠鏡では細かいところまで見て取れないが、それでも物見の塔の上を慌ただしく行き来しているのは判る。それに連絡を取るのだろう、頻繁に狼煙(のろし)を上げていた。

 その様子からは寝耳に水、砦の者達にとって想定外の事態だと明らかである。


「おそらくは……。ですから禁術使いの(たくら)みだと知らしめれば、和解できるでしょう」


 敢えてなのだろう、シャルロットは明るい展望を示した。

 スキュタール王国を裏から操っているのは禁術使いだ。昨日シノブは()の国の王城で二体の鋼人(こうじん)を感知し、それはシャルロット達にも伝わっている。

 この時点では、ダージャオ達の名や誰と入れ替わったかまで判明していない。しかし禁術使いの介入は明白で、真実を示せば事件は終息する筈だ。

 スキュタール王国でもアムテリアを始めとする七柱を神としているし、隷属や魂の支配を禁忌とするのも同様だからである。


 したがって今のガシェクやイボルフに、スキュタール王国に攻め込むつもりはない。

 罪を償うべきは禁術使い達、それに戦となれば自分の家臣達も傷つき倒れる。他に手段がないならともかく、意味なき戦いで命を散らせるなど愚王の所業。二人は声を揃え、国境での待機を宣言した。


「どなたか良い後継者が……」


──禁術使いを倒した! やはりカンからで、ダージャオとシャオジャオという二人だ! それと王都以外で式神を仕掛けたのは西メーリャとの国境だけ、数は百二十だ!──


 言葉を続けようとしたシャルロットだが、シノブからの思念を受け取り口を(つぐ)む。戦いを終えたシノブは異空間を解除し、スキュタール王国の王都スクラガンへと戻ったのだ。


「シノブ様からの連絡が入りましたわ!」


 マリィは華やいだ声で吉報を皆に伝える。

 シャルロットが思念を使えるのは、極めて一部のみが知る秘事である。そのためマリィは、代わって自分がと思ったのだろう。

 まずは式神について、更にダージャオ達の経歴にスキュタール王族の現在。しかしマリィの言葉は、唐突な地鳴りで途切れてしまう。


「あれは!?」


「岩山が崩れた!?」


 塔すら震えるような揺れの中、一同は発生源へと目を向ける。

 スキュタール王国に入って幾らか、シータン砦の南方。街道や砦から随分と離れた山肌が、地崩れを起こした。塔の上にいる者達は、最初そう思ったことだろう。

 しかし真実は違う。岩山から(こぼ)れた無数の塊は、そこここで集まり百を超える岩の巨獣と化したのだ。


『シャルロットさん、乗ってください!』


 塔の上に向かっているのは、白き岩竜の子オルムルだ。今の彼女は光を発しているから、光竜(こうりゅう)と呼ぶべきかもしれない。


『ガシェクさんも!』


 後ろには同じく岩竜のファーヴが続いている。彼もオルムルと同様に、透明化の魔道具を使って上空に潜んでいたのだ。


「オルムル、行きましょう!」


「感謝しますぞ!」


「私も失礼しますわ!」


 シャルロットはオルムルに、ガシェクはファーヴに乗って前線へと向かっていく。そしてマリィも鷹の姿に戻り、オルムルの隣に並んだ。


「行ってしまいましたね……」


「まだイボルフ殿には早すぎます」


「ええ。焦らず精進なさるべきですわ」


 イボルフが残念そうに呟くと、マリーガとヴァサーナが慰めた。そして三人は胸壁に寄ったまま、国境を見つめ続けた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 岩の式神は大岩アナグマを模したものらしく、ずんぐりとした胴体に比較的小柄な顔だから遠目だと可愛らしくも映る。だが実際には家ほどもあり、四つ足の先にある爪は長さが大人の身長に近い。

 しかも普通の魔獣とは違い、岩の塊だから倒すのは非常に難しい。この(たぐい)の式神は符が無事なら行動可能で、それ以外は傷付けても元通りとなってしまうからだ。


 これでは十歳のイボルフどころか、相当な腕自慢でも相手にならない。そのため国境を越えたのは、極めて限られた者達であった。


「マリエッタ、エマ! 私から離れずに!」


「仰せのままに、なのじゃ!」


「分かりました!」


 シャルロットを追うのは二人、カンビーニ王国の公女マリエッタとウピンデ国の族長の娘エマだ。先刻と同じでシャルロットはオルムルに騎乗、そして虎の獣人の少女マリエッタが光翔虎のフェイニー、獅子の獣人の少女エマは炎竜シュメイの背の上である。


 続く少女達が振りかざすのも神槍、輝く鎧は側仕えで揃えた品だ。今は兜を被り顔も隠しているから、違いは種族の象徴を模した兜飾りくらいである。


『見えました! 急所は頭、眉間の奥です! そこに符があります!』


『流石は賢竜(けんりゅう)シュメイですね~! あっ、大当たりです~!』


 シュメイの指摘は、知恵の神サジェールから授かった直観力によるものだ。そこで試しにと思ったらしきフェイニーが風の術で岩を斬り裂くと、確かに紋様を記した紙が現れる。


「やったのじゃ!」


 マリエッタが突き出した槍で紙が貫かれると、直後に巨大な岩の像が崩れ去る。やはり頭部に入っていた紙が符で間違いないようだ。


「マリエッタ、見事ですよ! それにエマも良い攻撃です!」


「ありがとうございます!」


 もちろんシャルロットやエマも、同様に槍を(ひらめ)かせている。エマはマリエッタと同じく一体、シャルロットは何と三体も倒していた。


「ここか!」


「やったぞ!」


 少々離れた場所で声を張り上げたのは、嵐竜ラーカに跨るイヴァールとパヴァーリの兄弟だ。ラーカは最年長で、しかも嵐竜の彼は蛇のように長い体を持つ。そのため二人を乗せてとなったわけだ。

 兄は自身の戦斧、そして弟は東メーリャ王家の月輪(がちりん)を手にしている。少年王イボルフは自身の代わりに振るってくれと、パヴァーリに先祖伝来の秘宝を託したのだ。

 長大な戦斧、もちろん重量も凄まじい。そのため二人も楽々と岩を割り、邪術に(とら)われた魂を輪廻の輪に戻す。


「まずは一つ!」


 ドワーフの兄弟の右隣では、ガシェクがファーヴの背から日輪(にちりん)を振るっている。こちらも鉄すら断ち切る秘宝だから、岩など真っ二つに割れるのみだ。


「古式一刀流奥義『飛燕真空斬り』……がああっ!!」


 反対側は海竜リタンに乗ったリョマノフ、手にしているのは愛用の刀である。

 リタンは戦場までは水の術を応用し、飛翔に近い速度を出した。しかし今は普段の浮遊に切り替え、そこからリョマノフが真空斬りを放っている。

 ただし先日とは違って相手は岩だから、剣先からの距離は振るう刀と同程度だ。それでも衝撃のみで岩を斬るなど、信じ難い絶技ではある。


 この四人も一丸となり、シャルロットと反対側に回っていく。相手は式神だから、最初は組になっての行動としたのだ。

 とはいえ遊撃隊というべき者達も、存在する。


「フェルン殿、右にお願いします!」


 跨る炎竜に行く先を伝えたのは、シノブの親衛隊長のエンリオだ。老いて益々盛んな猫の獣人も、今回の戦に加わっていたのだ。

 もっとも今エンリオの種族を知るのは難しい。親衛隊長ということもあってエンリオは全身鎧を着用しているし、後ろにはマントが(なび)いており尻尾も隠れている。

 そのため兜の獣耳を収める膨らみで、どうにか甲冑の主が獣人と分かる程度だ。


『任せてください!』


 フェルンはエンリオが神槍で示した先、岩の巨獣が突進してくる前面に周りこむ。どうやらエンリオは、シャルロット達に寄っていく群れを抑えようとしたらしい。

 シャルロットの腕は格段に上がったし、乗せているのはオルムルだから心配無用だろう。しかし王家の守り手としては、万全を期したいようだ。


「親父! 手伝うぞ!」


「助勢いたします」


 駆けて来たのは軍服姿の猫の獣人と狼の獣人、つまりエンリオの息子アルバーノと親友のアルノーだ。二人もマティアスと共に、今回の軍に加わっていたのだ。

 この二人も手にしているのは神槍だから、岩など軽々と貫いていく。しかも神槍には呼び戻し機能が備わっており、地上からでも投擲(とうてき)すれば問題ない。

 ただし二人は、鳥のように自由自在に飛び回る。地から敵の肩の上、背を駆けたかと思うと次。変幻自在の戦闘術には、式神達も翻弄されるのみである。


 とはいえ最も人々の目を惹き付ける存在は、やはり戦王妃(せんおうひ)シャルロットであった。


──シャルロットさん、思いのままに戦ってください!──


──ええ!──


 オルムルの思念に、シャルロットは密かに応じる。するとオルムルの速度が更に増し、放つ光も一段と強くなる。

 そして流星のように飛び回るオルムルの上で、シャルロットは自在に槍を繰り出していく。


 オルムルは右の一体に迫ったかと思うと、瞬時に切り返して左へと向かう。そして向かった先の式神を(かす)めると、更に次を目指す。

 不規則としか思えぬオルムルの飛翔だが、それでもシャルロットは全てを貫き通していた。まさに彼女達は一つになり、敵手の至近を飛び抜けていく。


「す、凄いのじゃ!」


「まだまだ足元にも及ばない……」


 組んで動くマリエッタやエマから離れず、シャルロットは先頭を大きく蛇行するのみだ。そのため付き従う二人も困ることはないし、むしろ多くをシャルロットが撃破してくれるから最初より攻撃に専念できるくらいであった。

 つまりシャルロットに守られているわけで、二人は師との差を改めて痛感したようである。


『シャルロットさんも凄いですけど、オルムルお姉さまの感応力も大きいのですよ』


光竜(こうりゅう)の力だから、私達には無理ですね~』


 少女達を慰めようと思ったのか、シュメイとフェイニーが種明かしをする。

 シュメイの直観力は発動する頻度が低く、しかも願ったものが得られるとも限らない。そのためオルムルのように共に戦う仲間を補助し続けるのは、賢竜(けんりゅう)の力では不可能である。

 フェイニーは癒しの力だから尚更だ。もし式神が毒でも使えば別だが、現状では使いどころがない。


「残り少なくなりましたね! マリエッタ、エマ、上に!」


 どうやらシャルロットは大技を放つようで、オルムルは高度を上げていった。一方のマリエッタ達は詳しく聞かなくとも察したのだろう、主にして師の言葉通りに更に上空へと移る。


「……ベルレアン流槍術、魔槍(まそう)気針(きしん)!」


 シャルロットが叫ぶと、地上に無数の光が降り注いだ。

 技の名が示す通り、針のような、もしくは矢のような。槍ほどもある(きら)めきが、二十近い岩の巨獣の頭部へと降り注ぐ。

 そして輝く槍で貫かれた式神達の群れは、全て岩屑へと変わり果てる。


 これはシャルロットの父コルネーユが得意とする魔槍術の一つである。先日イーディア地方で用いたのは空気を鉄槌と化す魔槍(まそう)気震(きしん)だったが、今回は鋭利な針と変えて貫く技だ。

 光るのは圧縮した大気が多くの魔力を含むからで、術としては風の系統である。しかし(まぶ)しい輝きが降り注ぐ様子は、魔術に詳しくない者なら光属性と思ってしまうだろう。


『いつ見ても凄いですね~!』


「うむ。じゃがの、この技の一番恐ろしいところは別なのじゃ」


 歓声を上げるフェイニーに、マリエッタが重々しい口調で応じる。

 シャルロットの一番弟子と言うべきマリエッタだから、当然ベルレアン流の奥義にも詳しい。もちろん魔槍は風の魔術との組み合わせで放出系が苦手な獣人族の彼女やエマには使えないが、二人は幾度となく目にしている。


『確かに優れた攻撃ですが……どういったところでしょう?』


「名前。……鉄槌の技も針の技も『まそうきしん』だから、叫んでも区別できない」


「それに動きもそっくりなのじゃ」


 問うたシュメイは、エマとマリエッタの返答に絶句したらしい。名や動作が同じでも超越種なら魔力の流れで違いを知るから、この答えは予想外だったようだ。

 もっとも魔力感知能力の低いマリエッタ達にとっては、切実な悩みに違いない。そのためフェイニーも気遣ったのか、こちらも口を挟まぬままであった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 少女達のやり取りから幾らもしないうちに、全ての符は単なる紙切れへと戻った。それらはマリィが回収したから、シャルロット達も西メーリャ王国へと引き上げていく。

 ちなみに式神との戦いの間、スキュタール王国の防衛隊は動かなかった。砦から遠かったこともあり、彼らは防御を固めるのみに(とど)めたらしい。


 一方の西メーリャ王国側では歓呼と感嘆の声が響く。もちろん発したのは、集った合同軍の戦士達だ。


「光の戦王妃(せんおうひ)シャルロット様、万歳!」


「見事な勝利、おめでとうございます!」


 アマノ王国の軍人達でも、この場に来るような精鋭はシャルロットの技も承知している。そのため彼らは天を震わせ大地を揺らすような熱狂振りを示していた。


「あの方がシノブ陛下の奥方……」


「凄いな……」


 残るアスレア地方の者達は、魂を抜かれたように立ち尽くすのみだ。僅かに声を発する者も、呆然(ぼうぜん)たる表情からすると自身が何を言っているかすら理解していないだろう。


 おそらく遠くから目に付いたのは、天空から光を降らせたとしか思えぬシャルロットの奥義だったに違いない。

 それに光竜(こうりゅう)の名に相応しく輝くオルムルの姿も、まるで創世期の奇跡を描いた名画のように神秘的だ。更にオルムルは帰還する一団の先頭に位置しているから、まるで彼女とシャルロットが率いているように映る。


「快勝、お祝い申し上げます!」


 疾駆する軍馬から叫んだのは、アマノ王国の軍務卿マティアスだ。それに各国の主だった者も、集まってくる。

 上空には飛行船があるから、周辺に危険がないのは明らかだ。それに式神もシノブが告げたのと同数を倒したから、これで国境の戦いは終わりと判断したのだろう。

 そしてマティアス達が下馬したのと殆ど同時に、シャルロット達も地に降り立つ。


「私も戦いたかったところですが……」


「マティアス殿は、今回の総司令でしょう?」


 僅かに羨ましげなマティアスに、シャルロットは微笑みと小声で応じた。

 シャルロットが声を落としたのは、自身も王妃なのに戦ったからだろう。それにマティアスが指揮権を預かったのは軍務卿だから当然だが、シャルロットの代理という側面もある。

 地位が上で司令官としての経験もあるシャルロットが軍を束ね、マティアスが式神退治に加わっても良かったのだ。


「そうですよ、軍務卿で侯爵のマティアス殿が後ろに残るのは当然のことです」


「その通りかと」


 からかうようなアルバーノに淡々としたアルノーと大違いだが、双方ともシャルロットの味方なのは同じらしい。

 母であり王妃たるシャルロットに人との戦いをさせたくはないが、このような相手なら別だろう。それに磨いた技を寝かせたままにしておくのも、ある意味では悲劇に違いない。

 どこか優しさを感じる二人の表情と声音(こわね)は、そう告げているようだった。


「確かにな……そうでした! 実はシノブ様から続報がありまして!」


「どのような?」


 破顔したマティアスの様子から、シャルロットは良い知らせだと思ったのだろう。彼女は期待を顔に滲ませつつ、続きを待つ。


「スキュタール王国の王族の一人、パムダルという人物が見つかりました。パムダル殿は宰相ジャハーグの弟ですが、閑職に飛ばされていたようです。おそらく禁術使いのダージャオが遠ざけたのでしょう」


「王太子殿下とご家族は行方不明のままですが、最悪の事態は免れたようです」


 マティアスに続いたのは、東メーリャ王国の重臣ロウデクだ。

 ジャハーグは現国王の甥だからパムダルという人物も同じ、つまり前国王の孫である。直系である王太子に継がせるのが最善だとしても、万が一の代わりはあった方が良い。


「ふむ……とはいえカイヴァル殿の行方が知れないことには、即位は難しいな」


「仰せの通りです。それにシノブ陛下からは、パムダル殿も難色を示していると……」


 眉根を寄せたガシェクに、ロウデクが同じく渋い顔で同意を示した。

 スキュタール王国の国王フシャールは鋼人(こうじん)で、体は十年以上前に失われている。幸い彼の魂は式神化されておらず、精神を縛っていた魔法回路を取り外したら正常に戻った。そのためフシャールには真実を公表してもらうが、その後は近々に輪廻の輪に戻すことになる。

 そうなるとパムダルも次代の王の候補だが、即位した後に正統後継者が現れては国が乱れるに違いない。それ(ゆえ)パムダル自身も、当面は空位にと願ったのだ。


「案ずるより産むが易しです。今日明日にもカイヴァル殿下が姿を現すかもしれませんし、フシャール陛下が真実を告げたら、スキュタールの要人とも会談できるでしょう」


『向こうにはシノブさんがいます! だから、きっと大丈夫です!』


 シャルロットが示す明るい未来と、オルムルの無限の信頼を宿した言葉。この二つが一同の表情から曇りを取り去った。

 先ほど目にした、光の竜に乗った勇ましくも美しい戦王妃(せんおうひ)の姿。人々は彼女達が言うのならと、愁眉を開いたのだ。

 希望は歓呼へと繋がり、更にオルムル達が咆哮(ほうこう)で和す。そして東の空では、昇る朝日が励ますように光を送っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年12月9日(土)17時の更新となります。


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