24.25 王都スクラガンの深層
メーリャの二国はスキュタール王国に備えるため動き出した。
東メーリャ王国の王太子イボルフは形ばかりの即位の儀を済ませると、竜達が運ぶ磐船に乗り込んだ。もちろん彼一人ではなく、大勢の戦士がドワーフ馬と共に付き従う。
イヴァール達もイボルフと共に磐船に乗り、西メーリャ王国とスキュタール王国の国境を目指す。西メーリャ王国の使節団は、王女マリーガも含め全てが同行を選んだのだ。
西メーリャ王国の国王ガシェクは、来たときと同様にホリィの助けで自国に戻った。半日もしないうちに大勢の増援が来るから、早急に受け入れ態勢を整えるのは当然だ。
一方のシノブ達だが、禁術使いの居場所を突き止めようとスキュタール王国を目指した。運ぶのは光翔虎のヴェーグ、その背にシノブとアミィ、更に玄王亀のシューナとケリスが乗って空からの移動だ。
「やっぱり最初は王都スクラガンかな」
──任せてください!──
シノブが行き先を告げると、ヴェーグは威勢の良い思念を返した。そして次の瞬間、彼は猛烈な速度で南へと飛翔する。
「日が低くなったね……短距離転移を使おう」
シノブは早めにスキュタール王国に入りたかった。
一月の終わり近くという時期に加え、東メーリャ王国の王都イボルフスクは北緯50度近いから日が落ちるのは非常に早い。時刻は十五時を少々回ったところだが、おそらく一時間半ほどで日没だろう。
しかし王都スクラガンまでは500kmほど、両国を隔てるファミル大山脈を越えるだけでも半分近い距離がある。そこでシノブは、飛翔するヴェーグごとの連続短距離転移で距離を稼ぐ。
──おお、こいつは速い!──
──ヴェーグさん、スキュタール王国ってどんなところですか?──
驚くヴェーグに、ケリスが問い掛ける。ヴェーグやシューナと違い、ケリスはスキュタール王国に行ったことがないのだ。
──ここと同じで寒い場所だぜ! だから人間や馬も毛が長いんだ!──
──人間は人族と獣人族、馬はドワーフ馬ですよ──
ケリスの下から二つの思念が返ってくる。最初はヴェーグ、次は彼の背に伏せたシューナである。
ヴェーグは体長20mもある元の巨体、シューナはアムテリアが授けた腕輪で十分の一ほどに小さくなっていた。そしてシューナの上に、やはり小さく変じたケリスが乗っている。
ただし二百歳少々のシューナと生後四ヶ月を超えたばかりのケリスだから、まさに親亀の上に子亀という状態である。
「シノブ様、ミリィからです。やはり南は異常なさそうです」
アミィの通信筒に届いたのは、南のアルバン王国に向かったミリィからの知らせだった。
アルバン王国から南に350kmほどのファルケ島には転移の神像がある。そこからミリィは彼の国の王都アールバに向かったのだ。
アールバにはアマノ同盟の大使館があり、長距離用の魔力無線を設置している。そしてアルバン王国がキルーシ王国と共に再建の支援をしているズヴァーク王国は、北西の端でスキュタール王国を接していた。
「スキュタール王国とズヴァーク王国の間は結構な高地だからね」
シノブは予想通りの内容に顔を綻ばせた。
両国とも東に行くほど標高が高く、真冬は越えられない。そう聞いていたシノブだが、念のためにミリィを派遣して確かめたのだ。
スキュタール王国と行き来できるのは、西メーリャ王国とズヴァーク王国のみである。このうち前者は標高が低いし大砂漠からの熱気で降雪も滅多にないが、後者は海抜1000mを大きく超える高地だから豪雪地帯であった。
「はい。相手は式神かもしれませんし、ミリィは予定通り南の国境に向かいます。それと念のため、東域探検船団にも聞きに行くそうです」
アミィは更に読み進める。
式神などの軍団なら、寒さを無視して山越えを挑むかもしれない。そこでミリィは自身の目でも確かめることにしていた。
アールバから問題の場所まで1000kmほどもあるが、金鵄族の全速力なら一時間である。仮に普通に飛んでも二時間半、彼女達は夜間飛行も平気だから日没後でも大丈夫だ。
マリィはイヴァール達と共に磐船で移動、ホリィは西メーリャ国王ガシェクを送り届けたらアマノ王国を出発したマティアス達と合流する。
マティアス率いるアマノ王国軍も磐船での移動だから、半日ほどでやってくる。したがって明朝にはスキュタール王国の西は完全に封鎖できる筈であった。
それに対し南側はミリィのみだが、何かあれば魔法の家などで増援を送れば良い。身長を遥かに超える雪で塞がれているから、万一に備える程度で充分だろう。
──そろそろシャンジー達のいる場所です!──
「分かった!」
ヴェーグの言葉通り、既にファミル大山脈を越えていた。そこでシノブは短距離転移を止め、ヴェーグも宙の一点で静止する。
ただしヴェーグは姿消しを使っているから、察知できるのは同じ能力を持つ光翔虎くらいだ。
──シノブの兄貴~!──
──シノブさ~ん!──
競うように先頭を飛んでいるのはシャンジーとフェイニーだ。こちらも姿消しを使っているが、シノブは魔力波動で充分に判別できる。
後ろにはフェイジーとメイニーの番、更にヴェーグを慕う雌の光翔虎ヴァティーが続いているが、この三頭の接近もシノブは把握していた。
──皆、お待たせ!──
シノブが思念を発した直後、シャンジー達が姿を現した。飛来してきた五頭はヴェーグの姿消しの圏内に入り、自身の術を解いたのだ。
──兄貴~!──
──ポカポカの魔力です~!──
シャンジーは小さくなってヴェーグの背に降り立ったのみだ。しかしフェイニーは猫ほどの大きさに変ずると、そのままシノブの懐に飛び込んだ。
まだフェイニーは一歳と三ヶ月弱だから、百歳を超えたシャンジーと同じ速さでは大量の魔力を消費するのだろう。ただし潜り込むような仕草からすると、彼女は暖を取りたいようでもある。
「ああ、たっぷりあげよう」
シノブは顔を擦り付けるフェイニーに、自身の魔力を注ぎ込んでいく。
ここは寒いスキュタール王国でも更に冷える高空だ。ヴェーグの張っている魔力障壁の中だから風は感じないしシノブやアミィの服はアムテリアが授けた神具で万全の防寒機能を備えているが、本来なら僅かなうちに凍死しかねない場所である。
そこでシノブはフェイニーの望む通りにした。すると小さな白虎は気持ち良さげに喉を鳴らし、喜びを示すかのように身を輝かせた。
◆ ◆ ◆ ◆
合流後も連続短距離転移を使ったから、やはり数分でスクラガンに到着する。そのためシノブ達は、日暮れ前にスキュタール王国の王都を目にしていた。
「ドロフスクやイボルフスクより、ちょっとだけ小規模かな?」
「はい、直径3kmほどですね。向こうより一割ほど小さいです」
シノブが問うとアミィはコクリと頷き、更に具体的な数字を挙げる。
アミィにはシノブのスマホから引き継いだ能力があり、その中には高度な位置把握や計算も含まれている。そのため上空から眺めただけで、彼女は東西メーリャの王都との違いを把握できたのだ。
「そうか……ヴェーグ、中央まで進んでくれ。高さはこのままが良いな」
シノブの魔力感知能力なら、この広さでも全域を探れるが端からだと少々厳しい。そこで中央まで移動してくれとヴェーグに頼む。
──分かりました!──
ヴェーグは高度500mほどを真っ直ぐに進んでいく。そしてシャンジー達が後ろに並び、合わせて六頭の光翔虎が日暮れ間近の空を駆ける。
「やはり王城には鋼人がいるらしい……二体だな。ザヴェフ殿やシュレカ殿に使ったのと同じ種類だと思う」
シノブは真下の城から、鋼人の魔力波動を感じ取った。先ほど東メーリャ王国で見たものと極めて似た波動だから、同じ者が作ったと考えて良いだろう。
他に城から感じるのは人間やドワーフ馬の魔力、それに暖房の魔道具など一般的なものだけだ。人間も人族と獣人族のみで、ドワーフはいない。
──流石はシノブの兄貴……俺には種族の違いなど判らん──
──ええ、せいぜい人と馬くらいね──
フェイジーとメイニーの思念に、残る超越種達も同意を示す。
魔力や気配に鋭い光翔虎でも、シノブのように種族や男女の差まで見抜けない。玄王亀は鉱石や地に宿る魔力の判別は得意だが、生き物に関しては光翔虎と同様だ。
そのため六頭の光翔虎と二頭の玄王亀は、シノブが探るのを見守るのみであった。
「他はどうかな……これは結界か!? 地下だ!」
調査範囲を広げたシノブは、地下に感知を阻む何かがあると気付いた。
結界があるのは一部だけで、都市の全域ではない。しかし城の真下、そして周囲に道のように伸びるもの、更に城壁を越えた先にもあるようだ。
しかも短距離転移と共に会得した空間把握能力でも、結界の中を見通せない。もっと近づけばともかく、上空から掴めたのは地下10mほどにあることだけだ。
「そんなに沢山……」
──地下なら私達が!──
──ええ、潜ってみましょう──
アミィの呟きに、ケリスとシューナの思念が被さった。確かに空間を歪める玄王亀の潜行術なら見破られる危険は少ないし、普通に穴を掘るのと違って時間も掛からない。
「分かった、ならシューナに乗って行こう。……皆も一緒に行く?」
──もちろんお供します!──
──ここで待っているのも退屈ですから~──
シノブが訊ねると、待っていましたとばかりにヴェーグとシャンジーが応じた。それに他も同様で、残る者はいないようだ。
「それじゃヴェーグ、あっちに行ってくれる? あそこでシューナに乗り換えよう」
シノブも別行動は危険だと思っていたから反対はしない。
ここは初めて来た場所で、禁術使いの能力どころか顔すら知らない。幾ら超越種でも、これだけの結界を張る相手なら万一もあるだろう。
そう考えたシノブは、城壁の外を指し示す。そこは結界の一つがある場所とも近いし、街道からも離れていたのだ。
スキュタール王国は騎馬民族の国だけあり、王都スクラガンの周囲にも馬場や牧場は多い。シノブが示したのは馬場らしく、広く整地された空き地だった。
とはいえ一日の殆どが氷点下という土地で、更に日暮れ前だから相当に寒い。そのため訓練する馬もおらず、薄い雪が広がっているのみだ。
したがって乗り換えを邪魔されることなく、シノブ達は無事に地中への侵入を果たす。
──この向こうは広い空間です。私達が元の大きさになっても充分動けるでしょう。それに他の広間とも通じています……おそらく先ほどの場所、城の下にも──
地に潜ったシューナは、暫くすると密やかな思念を発した。玄王亀は地中の広範囲を感知できるから、近くに寄るだけで充分なのだ。
──中には岩の像と鋼の像があります。岩は大岩アナグマを模したもの、鋼は人の姿ですが大きいものは私達と同じくらい……それに小さな紙の人形が浮いています──
──紙は符人形だろうな……大岩アナグマは掘削用、鋼人は戦闘用か?──
シューナが語る内容に、シノブは思わず眉を顰める。
大岩アナグマの式神は予想済みである。西メーリャ王国の名水の源流で残された岩の像を目撃したし、これだけの地下空間を掘るなら当然使うだろうと思っていたからだ。
しかし全長20mの超越種と同じくらい巨大な鋼人や、ヤマト王国で目にしたような符人形は別だった。
──光の額冠を使って異空間に移しましょう~!──
──アマノ空間に引きずり込め~、です~!──
シャンジーとフェイニーは、光の神具の力で王都から離そうと勧める。
シノブや超越種なら巨大鋼人でも倒せるだろうが、よほどの電撃戦でもないと王都に被害が出るだろう。しかし光の額冠で創った異空間に放り込めば、王都に住む人々を傷付けることなく戦える。
かつてアルマン島で異神達を倒したとき、それにイーディア地方で禁術使いのヴィルーダを滅したとき。これまで何回か、強大な相手との戦いで使った手だ。
それ故シャンジー達が、今回も同じ戦法でいけばと思うのは当然だろう。
──待ってください。符人形の使い手なら、遠方からでも異変に気付く筈です。その場合、他の拠点から岩の式神や鋼人が王都に向かい、人々を盾に取るかもしれません──
アミィは憂いの滲む声で言葉を紡いでいく。
符人形は飛翔も速いから伝令や物見として使う場合が多い。それに符人形が倒されたら術者は感知するし、緊急時は自壊するように命じておけば警報機代わりにもなる。
侵入者が現れたら、あるいは手に負えない相手と判断したら即座に自滅する。そして他の拠点に一斉蜂起を促す。
あくまで最悪の場合だが、スクラガンには万を超える人が住んでおり軽々しく試せることではない。
──するってぇと、突っ込んでいたら?──
──マズいことになったかもしれませんね──
ヴェーグとヴァティーも、突入に乗り気だったようだ。ヴェーグは二百二十歳ほど、ヴァティーは百五十歳くらいと若い光翔虎だから、手っ取り早い解決方法に惹かれたのだろう。
しかし多くの命が失われたかもと思ったらしく、二頭は気まずげな様子で顔を見合わせている。
──破るのは難しくなさそうだ……でも、簡単には試せないか──
シノブの感じた通りなら、結界に篭められた魔力は多くない。とはいえ破られたら即連絡という可能性もあり、迂闊な手出しは出来ない。
──ええ。近くに寄ったので判りましたが、物理的な強度は殆どありません。仮に地上から普通に穴を掘っても破れると思います──
──他も探ってみましょう──
アミィは神々の眷属だから、ケリスは非常に重く受け止めたようだ。彼女は他も確かめようと提案する。
玄王亀なら中に入らなくても情報を得られるし、もしかすると無警戒の場所があるかもしれない。それに他の場所に何があるか知ってからでも遅くはないだろう。
ケリスの意見に反対する者はおらず、シノブ達はスクラガンの地下を巡っていく。
スクラガンの地下を調べた結果、式神や鋼人を格納している空間は九つあると判った。王都の中心に一つ、囲むように八方である。
結界を破ればシノブは短距離転移で巡れるし、短時間で光の額冠が創る異空間に相手を移すことが出来る。しかし一箇所に十秒でも全部で一分半、それほど速く回れるという保証もない。
そこでシノブは応援を呼ぶことにした。もちろん相手は潜行術の使い手、玄王亀と朱潜鳳である。
玄王亀は長老夫妻のアケロとローネ、ケリスの両親クルーマとパーラ、シューナの父親アノームだ。ちなみにアノームの番ターサは身篭っており、産卵も間近だから除外した。
これに朱潜鳳のフォルスとラコス、子供のディアスである。
更に親世代の光翔虎も加わり、それぞれに随行する。ただし調査に時間が掛かったから、決行は明朝となった。
超越種はともかく、シノブやアミィには睡眠も必要だ。それにケリスやディアス、フェイニーなど幼い者達も同様である。
そのためシノブは通信筒で各方面に状況を伝え、見張りを申し出てくれたヴェーグ達を残してアマノシュタットへと帰還した。
◆ ◆ ◆ ◆
煌めく朝日、冷たいが爽やかな風。再びシノブ達は王都スクラガンに集った。
──突入開始!──
シノブはケリスの甲羅の上で、強烈な思念を発した。
ここはスクラガンの中心、王城の庭だ。しかしシノブ達が庭にいたのも僅かな間、隣のアミィとディアスを含めて地中へと沈んでいく。
今ごろスクラガンを囲む八方でも、同じように玄王亀や朱潜鳳が潜行している筈だ。もちろん彼らの背には、腕輪の力で小さくなった光翔虎達が乗っている。
そしてシノブ達は王城の地下を制圧したら、短距離転移で八方を巡っていく。結界さえ無くなればシノブは転移先を認識できるし、到着までは超越種達が抑え込んでくれる。
──シノブさん、結界を破ります!──
──次元空間歪曲に引っかかっただけで破れちゃいました!──
やはり結界は物理攻撃に弱かったらしい。ケリスやディアスは特別なことをしなくても結界を突き抜けたし、衝撃も全くない。
ディアスの先祖が眷属から教わったという朱潜鳳流の表現通りなら、空間を歪める力だけで結界を破ったようだ。つまり彼らからすれば、単に地中を進んだだけである。
もっともシノブが結界について考えていたのは、ほんの僅かな間であった。何故なら眼前には、巨大な敵が犇めいていたからだ。
「額冠よ!」
シノブはケリスの甲羅から飛び降り、光の神具の力を発動させて手当たり次第に異空間に放り込む。
大人の背丈の十倍近い鋼人、作業用なのか人間程度のもの、その中間の相手。通路の掘削や保守に使うらしき、四つ足の岩の巨獣。それに組み立て中らしき数々の像。ここの他に八箇所もあるから、細かく確かめずに広間を飛び回る。
立ち向かおうとする鋼人や岩の像もあるが、シノブ達に触れることも出来ずに消えていく。シノブは短距離転移で異空間に移しているからだ。
流石に大工場のような広間の全てを一度に転移対象にできないが、シノブには重力魔術による飛翔があるから問題ない。
「な、何者!?」
豪奢な服を身に着けた人族の中年男性が、シノブの前に現れた。正確にはシノブの進路にいただけだが、それは男性とシノブの双方にとってどうでも良いことだろう。
シノブに知る由もないが、この男はスキュタール王国の王太子カイヴァルとして知られる者だ。彼は昨日と同様に最高級の雪魔狼の毛皮を纏っているが、魔術師が好んで手にするような杖も持っていた。
「人間……いや、鋼人か! ともかく邪魔だ!」
シノブが看破した通り、カイヴァルとして振る舞っていたのは鋼人であった。この鋼人が本当にカイヴァルなのか、あるいは王太子を演じた別人なのか判らないが、ともかく人外の存在だったわけだ。
もっとも今のシノブに確かめる気はないから、他と同様に異空間へと移したのみだ。
「シノブ様、魂移しの祭祀具です! この魔力を覚えてください!」
「ありがとう!」
アミィが持ってきた祭祀具で、シノブは術者の魔力波動を記憶する。
以前ヤマト王国でも、シノブは祭祀具に残った波動を読み取って本人を発見した。術者が地下にいれば良いが、そうでなければ地上に戻ってから魔力波動で探すのだ。
鋼人などは宿った魂の影響が強いらしく、元の術者の波動を確かめるのは困難だ。それに対し祭祀具は当人の魔力や念が残っただけで、術者の波動そのものか極めて近い。
「さて、次に……」
──火の朱潜鳳!──
──超空間玄咆!──
シノブが振り向くと、そこには炎の鳥となって飛び回るディアスと、青白いブレスを放つケリスがいた。どうもディアス達は、僅かに残された魔道具や祭祀具を消し去ろうとしていたようだ。
確かに禁術使いの技は危険である。そこでシノブも目に付くものを異空間へと放り込んでいく。
残り八箇所も同様に始末する。これらは戦闘用と作業用の鋼人や岩の像、それに伝達役らしき式神だけで、人そっくりの鋼人や人間そのものはいなかった。
どうも周囲の八つは製造施設ではないらしい。簡単な修理くらいは出来るが、中央のように一から造るほどの設備はない。
おそらく中央で製造し、地下通路で周辺に運ぶのだろう。周囲に格納所を置いたのは外からの攻撃に備えるためだろうが、地中からの侵入は考慮しておらず全て僅かな間で陥落する。
地下施設の全てを巡ったシノブは宙に飛び出し、祭祀具から知った魔力波動を探る。ただしアミィが幻影魔術を使っているから、スクラガンの住人達は気付くことはない。
せいぜい地下施設の近辺に住む者が、どこかから異様な音が響いたと噂しているくらいである。
「やはり王城か!」
「行きましょう!」
シノブはアミィを腕に抱いたまま、重力魔術で飛翔する。そして城の内部構造を読み取ると、手練の技を発動する。
「転移か!?」
「まさか……」
シノブとアミィが出現すると、二人の男が声を漏らした。
先に叫んだのは狼の獣人の中年男性、続いて呟いたのが人族の老いた男。双方とも先ほどの王太子を模した鋼人同様に、雪魔狼の毛皮の外衣を纏っている。
もちろん中年男性が宰相のジャハーグ、老人が国王フシャールとして知られる人物だ。彼らが本当に人間で、しかも他人の変装などでなければ、だが。
「アマノ王国の王、シノブ・ド・アマノだ! お前が禁術使いだな!」
「大神官のアミィです! 神をも恐れぬ所業、覚悟しなさい!」
シノブとアミィの名乗りに、スキュタール王国の二人は表情すら動かさなかった。
生身で転移を使う者など、シノブの他は創世記の伝説で語られる神々くらいだ。したがって登場自体が既に名乗りのようなものである。
しかしシノブ達と知りつつ動揺を表さないのは、相当な胆力の持ち主だからか。あるいは式神などで異常を知り、何らかの策を用意したのか。男達の顔からは、何も読み取れない。
◆ ◆ ◆ ◆
「私はスキュタール王国の宰相ジャハーグ……と呼ばれている男だ」
「儂は国王のフシャールだ」
中年男性は含みのある答えだったが、老人は簡潔に王だと告げたのみだ。しかしシノブの感知能力は、二人が触れなかったことまで見抜いていた。
「どちらも鋼人だな? お前がやったのか?」
シノブは中年男性を睨みつつ、言葉を紡いでいく。
祭祀具と同じ魔力波動を放っているのは、ジャハーグの名を口にした中年男性だった。つまり彼が地下の鋼人や式神を作った張本人である。
東メーリャ王国からやってきた禁術使いなのか、弟子や末裔なのか、そこまでは分からない。しかし今のシノブには、他に知りたいことがあった。
昨日探ったとき城にいた二体は、魔力波動からすると彼らだろう。
ここにはいない第三者が、彼らを人外の存在に作り変えたのか。それとも一方が自分の意思で人を止め、他方を道連れにしたのか。あるいは双方とも自身の意志で鋼の体を選んだのか。
事件の核心の一つと思われるだけに、シノブは真実を知りたかった。
「ああ、私が望んでしたことだ。彼は老いを逃れたいと願ったから、永遠の命を与えてやったのさ」
宰相として知られる男は、一瞬だけ伯父である筈の老人へと目を向けた。しかし老人は口を噤んだままで、肯定も否定もしない。
「永遠の命……お前、どこで術を学んだ? やはり東のカンから来たのか?」
「ほう、そこまで知っているとは! ああ、私はカンでダージャオという名だった……もっともこちら風ではないから、アスレア地方に入った直後に捨てたがな」
シノブは黙秘するかと思ったが、予想に反して嬉しげな声が返ってくる。
ダージャオと名乗った男は、悠然とした態度を崩さない。余裕は秘策を隠し持つが故、そして自分語りは時間稼ぎだろう。シノブは無表情を保ちつつ、思いを巡らせる。
「するとフシャール王は本人なのですね?」
「その通り、こいつは本物だ。ジャハーグは墓の下……少なくとも体はな」
アミィの冷ややかな問い掛けにも、ダージャオは上機嫌な様子で応じた。そして彼はジャハーグを殺して入れ替わったと続ける。
やはりダージャオは隠し事をしているようだ。しかしシノブには更に訊ねたいことがあったから、乗せられた振りを続ける。
「魂はどうしたんだ? まさか地下の鋼人は……」
あれだけ大量の鋼人を、誰の魂が動かしているのか。シノブが知りたかったのは、このことであった。
少なくとも同じ人数だけ必要、それに巨大鋼人なら複数の魂を融合させたかもしれない。
かつてヤマト王国で倒した禁術使いは、巨大式神を作るのに何頭もの岩猿を使ったという。憑依でも常人が動かせるのは自分の体と同程度の大きさまでだから、よほど魔力に富んだ者でもない限り一人の魂では不可能な筈だ。
「お前の予想通り、人間の魂を使った。心配するな、私が手を掛けたのはジャハーグなど一部のみ……他は自然死だよ」
「全ての魂は、ニュテス様の手で輪廻の輪に戻るのです! それを好き勝手にするなど!」
酷薄な笑みを浮かべるダージャオに、アミィが憤りも顕わに叫び返す。
命を弄ぶなど、神々の眷属として最も見過ごせぬことに違いない。アミィの狐耳は天を突くように立ち、魔力も大きく揺れる。
「これは予想以上! だがお前達は罠に掛かったのだ! この部屋は……」
狂気と狂喜が滲む絶叫は、直後に萎んでいく。どうやらダージャオの想像を超える何かが起きた、あるいは想像していた何かが起きなかったらしい。
「魂を抜き取るんだろう? やってみろよ……さあ!!」
「……お、おかしい、こんな筈は! どうしたんだ!?」
シノブの一喝に気圧されたのか、ダージャオは一歩下がる。それに声こそ発しなかったが、フシャールも同様にたじろいだ。
もっとも慌てふためくダージャオは、隣の老人のことなど見えていないようだ。彼はしきりに周囲を見回している。
「ここはシノブ様が創った異空間の中。そしてこの部屋は、私の幻影魔術による見せ掛け……ほら、この通りに」
アミィの冷たい声が響くと同時に、周囲の光景が一転した。
王城の壁や天井を飾る織物、床に敷かれた毛の長い絨毯。それらは消滅し、代わりに現れたのは七色に輝く不可思議な空と、どこまでも続く平原だ。
「鋼人や式神も全てここに移した……それにあの部屋にあった魂吸収の仕組みも」
シノブが指し示す遥か先には、無数の巨大鋼人や岩の巨獣がいた。作業用の小型のものも含めたら、優に一千を超えるだろう。
しかし何れも地に倒れている。先乗りした超越種達が、邪術の操り人形を撃破したからだ。
そして手前には何かの残骸が落ちている。これが魂吸収の魔道装置の成れの果てだ。
城を探ったシノブは、ダージャオ達がいた部屋で怪しい魔道具が稼動していると気付いた。そこで入る前に魔道装置を細切れにして異空間に飛ばし、それから短距離転移で室内に移った。
しかし室内にいたのは一瞬で、直後に異空間に飛んだ。もちろんアミィが幻影を構築する時間を挟んでだが、あまりの素早さにダージャオ達は短距離転移のみが発動したと思ったに違いない。
「罠に掛かったのは、お前らしいな。さあ、どうする?」
「う……」
詰め寄るシノブに怯えたのか、ダージャオは口篭もり顔を下に向ける。
一方のシノブだが、まだ訊きたいことがあるから催眠の魔術を行使する。するとダージャオとフシャールの鋼人は、気絶したかのように地に倒れ伏した。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2017年12月2日(土)17時の更新となります。