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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第24章 西と東の繋ぎ手達
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24.23 西の若者と東の王 後編

 西メーリャ王国の王女マリーガを始めとする使節団は、謁見の間から下がった。決闘に挑むパヴァーリの支度をするためだ。


 周囲など目に入らないのだろう、マリーガはパヴァーリのみを見つめていた。慕う相手が自身を守ろうと立ち上がったのだから、彼女は嬉しく思いつつも強く案じているに違いない。

 マリーガの守護役ウラノフは、イヴァールと共に若き戦士の装備に綻びがないか検め始めた。イヴァールが鱗状鎧(スケイルアーマー)、ウラノフが角付き兜の担当だ。


「幾らなんでも酷すぎる!」


「ええ! 理不尽にも程がありますわ!」


 (いきどお)りも顕わにして叫んだのは、エレビア王国の王子リョマノフとキルーシ王国の王女ヴァサーナだ。

 会見前と同様に、室内は使節団の十人だけだ。そのため二人は、東メーリャ王国の主ザヴェフへの不信を遠慮なく言い立てる。


 ザヴェフは挑発としか思えぬ言動を貫き、あまつさえ東西の関係改善を望むなら老人に嫁げとマリーガに言い放った。

 これは東メーリャ王国側ですら不適当と受け取ったようで、同席した廷臣にはマリーガへの同情を示す者も多かった。ましてやマリーガと友誼を交わした二人、年齢も近いリョマノフ達が怒るのも当然だ。


「ナドフ殿と離されたのは痛いですな。良いお方ですから、それとなくでも……」


「ええ。王と近しくないようですが、多少なりとも聞けたかと」


 こちらはリョマノフの筆頭侍従ヨドシュと、ヴァサーナの女官長ラジュダである。

 ヨドシュは王子の教育係も兼ねる老人、ラジュダは歳こそ半分ほどだが長年奥を支えた逸材である。その二人からしても、ザヴェフの不可解な行動は理解しかねたようだ。


 これからパヴァーリとザヴェフは、刃を備えた戦斧を使って命懸けの戦いをする。

 可能なら決闘前にザヴェフの戦い方を知りたいが、ここまで案内した国境の守護隊長ナドフは別の場だ。現在彼は使節団の残りと共に別棟におり、しかも会いに行く時間はない。

 ナドフもザヴェフの家臣だから答えてくれるか疑問だが、他に伝手はないからヨドシュ達は惜しがったようだ。


「もうすぐ昼ですな……。東メーリャには陛下のお好きな醤油もありますし、会食を楽しみにしていたのですが」


 軽口を叩いたのは、諜報担当のセデジオである。彼はヤマト王国に派遣されたこともあり醤油や味噌などを知っているし、それらがシノブの好物だとも承知している。


 ここ王都イボルフスクまでの道程でも、醤油などを用いた料理が出された。東メーリャ王国はアスレア地方では最も東、ファミル大山脈という天然の要害があるから陸路で行き来できないが、それでも東部から来た者がいるらしい。

 おそらく彼らは北の海を越えたのだろう。この大北洋と呼ばれる海には大型海生魔獣が多く、一般には航海できないとされている。ただしスキュタール王国に渡ったらしき禁術使いなど、非常に稀だが成功者はいるらしい。

 そのためセデジオはイボルフスクでも東方風の事物を探るつもりで、今の言葉も禁術使いを念頭に置いたものだろう。


「……少し良いですか? パヴァーリさん達もお願いします」


 どこか常とは違う声音(こわね)で、マリィが皆を呼ぶ。

 普段のマリィは、上流階級の女性のような華やかな口調を好む。発言内容は神の眷属に相応しく深い思慮や高度な知識を窺わせるが、十歳程度の少女としか思えない声や外見が背伸びしているようで愛らしさが先に立つ。

 しかし今のマリィは、神聖にすら感じる清浄な空気を(まと)っている。そのためだろう、パヴァーリやイヴァール達も含めた全員が足早に寄ってくる。


「お気付きになったことが?」


「何か探っていたようだが……」


 パヴァーリとイヴァールは、マリィが謁見の間で一言も発しなかったのを疑問に思っていたようだ。

 それに情報局員のセデジオも、期待の表情となっていた。彼はヤマト王国ではマリィやホリィと共に行動し、その後も接することが多いから何かあると察していたらしい。


「何があったのでしょう?」


 まだ出会ってから日の浅いマリーガだが、既にマリィが常人ではないと知っている。そのため彼女やウラノフも、今までとは違った意味の緊張を(おもて)に浮かべていた。


「魔力波動に異常がありました」


「……まさか隷属や使役か?」


 声量を落としたマリィに、イヴァールが同じく抑えつつも強い不快を滲ませつつ問い掛けた。

 隷属の魔道具は、かつて存在したベーリンゲン帝国が用いた忌まわしき品だ。戦友のアルノーやアルバーノなどの獣人達が戦闘奴隷として長く苦しんだ原因を、イヴァールが忘れる筈もない。

 使役は隷属の元となった技で、ここアスレア地方から西に渡って初代ベーリンゲン帝国皇帝となったヴラディズフが編み出した。元は異神バアルが授けたらしく、隷属と合わせて禁術でも代表格とされている。


「いえ、特定に時間が掛かりましたが違います。もっと近くに……」


 マリィの言葉で、全員が触れんばかりに顔を寄せる。そして間を置かずに、聞き入る九人の顔に驚きが広がっていく。


 一般的にドワーフや獣人族は狭義の魔術に向いていない。そして聞き手はリョマノフが獅子の獣人、ヴァサーナが豹の獣人、セデジオ、ヨドシュ、ラジュダが猫の獣人、残る四人がドワーフだ。

 一方マリィは神の眷属だから、同等の者など魔術に向いた人族やエルフでも皆無である。更なる能力を持つシノブを別にしたら、何とか比較対象となる域でも超越種くらいだ。


 おそらくマリィの語る内容は、九人にとって知る(すべ)すらないのだろう。囲む者達は、ただただ耳を傾けるのみである。


「……遠慮はいりません。パヴァーリさん、思い切り戦ってください」


「分かりました。ご忠告、感謝いたします」


 マリィが語り終えると、パヴァーリは僅かに離れると(ひざまず)き謝意を表す。

 やはり神々を支える者ならではの教示があったのだろう。他も厳粛な面持(おもも)ちで、(こうべ)を垂れる者も多い。

 そんな中、一人動いた男がいる。それはパヴァーリの兄、イヴァールだ。


「これを使え」


「兄貴……」


 イヴァールが弟に渡したのは、自身の戦斧だ。二人と同じセランネ村出身の名匠、イヴァールの義父トイヴァが鍛えた逸品である。

 エウレア地方のドワーフ達が好む両刃で長柄(ながえ)の戦斧、ここアスレア地方でも斧槍と並んで広く使われている。しかし大きさが尋常ではなく、パヴァーリやウラノフの得物との差は明らかだ。

 かつて(あつら)え直したものから更に代替わりし、大きさも重さも相当に増した。もちろん硬度や刃の鋭さも向上し、それこそ鋼鉄だろうが易々と断ち割る業物だ。

 ただしイヴァールの卓越した技量と、重ねた修練で威力を増した強化や硬化があってのことだ。そのため彼は、この戦斧を誰にも貸したことはなかった。


「ありがたく使わせてもらう」


「今のお前なら扱える……さあ、行くぞ」


 押し頂くようにして受け取ったパヴァーリに、イヴァールは大きく頷き返した。そしてエウレア地方が誇るドワーフの超戦士は、手ずから技を授けた弟の肩を押して扉へと(いざな)った。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 決闘の場は、王城の敷地内にある修練場であった。本丸というべき高く(そび)える建物と、奥宮殿の間である。

 南の奥宮殿は高い場所でも三階程度、しかも周囲は大人の背の倍ほどもある石垣で囲まれて大半は隠れている。東西の塀も同じほど、残る北は天守を備えた高層建築だから分厚い石造りの壁しか目に入らない。


 王城でも奥に近い場所だけあって、集まったのは限られた者のみだ。マリーガを始めとする使節団は先ほどと同じ十名だけ、対する東メーリャ側も謁見の間の列席者しかいない。

 西に陣取ったのは使節団、反対の東は国王ザヴェフと王太子のイボルフを先頭に重職達、南北に残りの廷臣が並んでいる。そのため三方は東メーリャ王国側だが、西に並んだ十人に動揺はない。


 覚悟は出来ていると告げるように、パヴァーリは真っ直ぐザヴェフを(にら)み返す。その姿は十幾つも年長の国王にも負けていない。

 戦いに挑む若者の両脇は、同じくドワーフ戦士だ。イヴァールは弟の戦斧、ウラノフは自身の得物を体の前に突き立て、険しい表情で腕組みをしている。

 その右にマリーガとマリィ、左はリョマノフとヴァサーナ、残る三人は後ろに並んでいる。こちらは武器を誇示しないが、女性達すら即座に抜刀できると言わんばかりの鋭さだ。

 もはや決闘というより、戦そのもの。死闘を暗示するかのように、南に昇った日輪がパヴァーリの戦斧を美しくも冷たい輝きで彩った。


月輪(がちりん)と並ぶ業物では?」


「まさか……いや……」


 パヴァーリが担ぐ戦斧の(きら)めきに、東メーリャ王国の廷臣達がざわめく。

 月輪(がちりん)とは東メーリャ王家に伝わる品で、分裂前のメーリャ王国でも対になる戦斧と共に秘宝とされていた。残る一つの日輪(にちりん)を西の王家が継いだから、パヴァーリ達もマリーガやウラノフから恐るべき伝説を聞いている。


 四百年ほど前の初代メーリャ国王は、この二つの戦斧を両手で縦横に振るってメーリャの地を統一した。

 どちらも()は身長に匹敵する長さ、刃渡りは肩幅ほどもある大業物だ。並のドワーフ戦士なら(たずさ)えて動くだけで一苦労、熟練の勇士でも一つを両手で握ってですら数合しか打ち合えない。

 これを片手に一つずつ持って何時間でも戦った英雄だから、風土や文化の違いをものともせず東西を一つに出来たのだろう。


「これは楽しめそうだ」


 手にする得物は東が受け継いだ一つのみ、しかし軽々と担いで進み出るザヴェフは先祖に恥じぬ腕だと明らかだ。

 イヴァール達と同じく身を守るのは角付き兜に鱗状鎧(スケイルアーマー)、しかし目を惹くのは何といっても月輪(がちりん)である。

 メーリャの他より硬度が高い(はがね)は、黒々とした独特の輝きを放つ。その中でも王家の秘宝は特別なのか、黒の漆器に似た(つや)やかな光は死の世界に(いざな)うかのように人々を魅了する。

 月輪(がちりん)はパヴァーリの手にした戦斧より僅かに大きいが、遠目だと気付かないくらいだ。そのため歩む二人は鏡写しのように良く似ている。


「パヴァーリ殿……。父上……」


 国王の後ろで呟いたのは、息子の王太子イボルフだ。

 何故(なぜ)かイボルフは、自身の父より敵手の名を先に口にした。父が上と考えてパヴァーリを心配したのか、それとも他の理由があるのだろうか。


 まだ十歳で髭が生えていないから、イボルフの表情は読み取りやすい。

 並ぶ重臣や廷臣達は、男であればエウレア地方の仲間と同じく髪と髭を長く伸ばし、見て取れるのは目と周囲くらいだ。これが西メーリャ王国だとウラノフのように髭を剃り上げており判別は容易だが、東だとそうはいかない。

 とはいえイボルフの顔から窺えるのは強い葛藤のみ、原因までは(つか)めない。せいぜい視線から、これから戦う二人のどちらかを憂えたと推測できる程度だ。


 もし王妃達やイボルフの妹がいれば、更なる情報を得られた可能性はある。しかし今回も女性王族は姿を現さないし、僅かにいる侍女達も男達の背に隠れていた。

 もっとも周囲まで思いを巡らせた者など、ごく少数だろう。何故(なぜ)なら中央に進んだ戦士達は、間合いに入ると同時に戦いを始めたからだ。


「うおおっ!」


「良い筋だ」


 振り下ろしたパヴァーリの戦斧を、ザヴェフは事もなげに弾いた。そのため轟音や火花と共に、二人は再び数歩分も離れる。

 よほど硬度があるのだろう、月輪(がちりん)は真正面から受け止めたのに刃毀(はこぼ)れ一つない。ただしパヴァーリの戦斧も同様で、双方の硬さは互角として良さそうだ。


「向こうも欠けていない!?」


「斧が優れているのか? それとも……」


 廷臣達の漏らした言葉が示すように、この結果は武器の性能だけとも限らない。

 戦闘用の硬化術は、当人のみならず武器にも及ぶ。これはドワーフ達に限ったことではなく殆ど全ての闘法が伝える技術で、適性と一定の魔力は必要だが習得者は多い。

 しかし魔力量や操作の練度によって、効果は大違いである。多少の上乗せをする程度から、攻めれば鋼鉄の城門すら吹き飛ばし受けては素肌でも刀槍すら通さないイヴァールのような達人まで様々なのだ。

 そしてパヴァーリとザヴェフだが、後者に近いのは間違いない。幾ら名品でも硬化なしでは、音を追い越すほど速い一撃で無傷とはいかないからだ。


「ふっ! があっ! おああっ!」


「甘い!」


 小刻みに動いて素早く攻めるパヴァーリ、機械のような正確さで反撃するザヴェフ。どちらも遠慮など全くない、戦場さながらの技の応酬だ。


「パヴァーリ様!」


「硬化で防いでいます!」


 悲鳴を上げるマリーガに、ヴァサーナが心配ないと叫び返す。ザヴェフの漆黒の戦斧がパヴァーリの腕を襲ったのだ。

 ヴァサーナは刀術を始め各種の武術を修め、身体強化にも優れている。そのため断ったとしか思えぬ猛撃を、彼女は問題ないと見切っていた。


 鋼鉄を両断する一撃を受けて無事なのは、鎧を硬化術で支えるからだ。

 それにパヴァーリも一つ二つを当てており、全くの防戦でもない。とはいえ体に届く攻撃はザヴェフが上回り、このままではパヴァーリが不利だ。

 防御にも術を使うから、受けた分だけ魔力消費が早まる。それに魔力を守りに回してばかりでは、有効な攻めが出来ない。


 そのためパヴァーリは足を使って前後左右へと動く。速度はパヴァーリの方が勝っているようで、そこに勝機があると思ったのだろうか。

 受けずに退()いて躱す。死角に回り込んで打ち込む。紫電のような動きにも魔力を使っているが、それでも痛打を硬化術で耐えるより消耗が少ない。


「速い!」


「陛下の硬化が上です!」


 少年王子イボルフは、パヴァーリの速度に目を丸くしていた。しかし囲む者の殆どは、鉄壁の防御を続けるザヴェフを称えている。

 術での防御もあり、ザヴェフは力強い攻撃を続けている。そして廷臣達の声から察するに、まだザヴェフには余裕があるのだろう。

 老練な武人なら、僅かな魔力の瞬間的な行使で大きな効果を得る。そして攻防の見極めが甘ければ魔力を用いる時間は増え、一回は秒単位の差でも積もり積もれば勝敗を分けるほどとなる。

 ドワーフ達は魔力感知に()けていないが、それを重ねた修練で熟知しているのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「そろそろですね」


「ああ……良く耐えた」


 意味深な言葉を交わしたのはリョマノフとイヴァールだ。パヴァーリには何らかの秘策があるようで、並ぶ者達も揺らがぬ信頼と共に若き戦士を見つめ続ける。


「パヴァーリ様……」


 マリーガの顔からは血の気が引いている。しかし潤む瞳にはパヴァーリへの強い想いが宿り、彼女も勝利を信じていると声高に示している。


「玄王流硬化術……」


「馬鹿が!」


 戦斧を振り上げ飛び込むパヴァーリを、ザヴェフは嘲弄(ちょうろう)と共に迎え撃つ。

 ザヴェフは頭上に月輪(がちりん)(かざ)した万全の体勢だ。長年研鑽した技と王家の秘宝であれば充分に受けきれるとの自信だろう、彼は王者に相応しい威厳すら漂わせている。

 しかしザヴェフは知らない。パヴァーリの硬化術が、玄王亀ケリスの両親クルーマとパーラから教わったものだと。


 イヴァールが領主を務めるバーレンベルク伯爵領の北には、クルーマ達の棲家(すみか)がある。そして昨年六月の邂逅から、両者は交流を続けていた。

 ドワーフ達は金属を扱う技や硬化などに興味を示したから、クルーマやパーラは人間の扱える範囲で伝えた。そしてイヴァール達は、元々会得していた硬化術を桁違いの域へと昇華させた。

 ただし超越種の技だけあって魔力の消費も激しいし、行使までの時間も別して長い。何しろパヴァーリは開始から今まで、技の準備をしつつ戦っていたくらいである。


鬼甲斬(きこうざん)!!」


 城外までも響くような絶叫と同時に、パヴァーリは兄から借りた戦斧を振り下ろした。すると受けた月輪(がちりん)(やいば)を断たれ、そのまま左右に分かれる。

 しかもパヴァーリの攻撃は終わらなかった。彼は戦斧を()めず、ザヴェフまで両断したのだ。


「へ、陛下!」


「そこまでするか!?」


 命を懸けた戦いだが、相手の武器を破壊したのだから勝利は確定的である。それなのに殺さなくとも良いと、廷臣達が(いきどお)るのも当然だろう。


 東の多くが武器を抜き放ち、パヴァーリへと駆けていく。そして使節団の者達も同じく走り出した。

 使節団の先頭にいるのはマリィだ。単なるドワーフの少女を演じていた彼女だが、今は誰よりも速く疾走し、一瞬で中央に達する。


「魂を捕らえましたわ!」


「これは父上ではない!」


「えっ!? ほ、本当です、中は金属だ!」


「アミィ、魂を!」


「はい、シノブ様!」


 様々な叫びが交錯する。

 まずマリィが安堵も顕わな声を上げた。抱え込むように広げた彼女の両腕の間には、光る球体が浮かんでいる。

 王太子イボルフは真っ二つになったザヴェフを指差し、人外の存在だと示す。家臣達は狼狽を滲ませつつも切断面を確かめ、人どころか生き物ですらないと知る。

 そして天守の上から飛び降りた者達は、シノブとアミィだ。シノブが抱えた人間そっくりの木人に、アミィが光の球を封じ込める。


「シノブ、こいつは本物の王か!?」


「ザヴェフ殿だと思う……木人に魂を移したから、質問できるだろう」


 問うたイヴァールに、シノブは探った事柄からの推測で応じた。

 マリィからの知らせを受けたシノブ達は、ここイボルフスクへと急行した。玄王山ことメリャド山の転移の神像からだと400kmほどで、全力の連続短距離転移なら十分も掛からない。

 そして姿を消しつつ寄ったシノブは、ザヴェフが人間そっくりの外装の鋼人(こうじん)であること、中の魂が王太子のイボルフと似ていると魔力波動で確かめたのだ。


「これほどの技がアスレア地方に……やはり東の系統でしょうか?」


「ええ、おそらく例の禁術使いでしょう」


 セデジオとマリィは(ささや)くような小声で言葉を交わしていた。

 二人はヤマト王国の伊予(いよ)の島で、女王ヒミコを模した木人を見ている。あの木人も人間同様の精巧な出来だったから、東から進んだ木人製造術を持ち込んだ可能性は考慮すべきだ。

 そして東から来た禁術使いは式神の使い手で、魂を移すなど容易いだろう。そのため二人は禁術使いの陰謀だと(にら)んだわけだ。


「シノブ様、第一王妃のシュレカ様です……やはり鋼人(こうじん)ですが」


「第二王妃のエメシェ様と王女のエルヴァちゃんは無事でした~」


 南の奥宮殿の前に出現したのは、ドワーフの少女に変じたホリィとミリィである。二人もシノブと共にイボルフスクに入ったのだ。


「そんな……母上も、父上と同じなの!?」


「残念ですが……今は催眠の術で眠らせています」


 ホリィに駆け寄ったのは、少年王子のイボルフだ。

 第一王妃のシュレカの正体も、人間そっくりの鋼人(こうじん)だった。そのためホリィは彼女を眠らせて抱きかかえていた。

 一方の第二王妃と彼女の娘は無事で、二人はミリィと共に立っている。


「この鷲の式神が連絡役だと思います~」


 ミリィは鷲らしき大きな鳥を片手で(つか)んでいた。背後にいる者の指令を、この鳥の式神がザヴェフ達に伝えたようだ。


「済みません……この木人にシュレカ様の魂を移します。その、お話できると思いますので……」


「……はい、お願いします」


 遠慮がちに声を掛けたアミィに、イボルフは気丈にも笑顔を作って応じた。彼の耳に入ったのは推測を多分に含む断片的な言葉のみだが、かなり聡明なようで大よそ理解したらしい。


 むしろ周囲の大人達の方が、強い衝撃を受けたようだ。

 第二王妃のエメシェは立っているのがやっとなのだろう。彼女は娘のエルヴァと手を繋いでいるものの、幼い娘が見上げているのにも気付いていないと思われる。

 マリーガも表情が暗い。国は分かれたとはいえ、彼女にとってザヴェフは先祖を同じくする一人だ。

 そして東メーリャ王国の廷臣達は物問いたげだが、真実を知るのが恐ろしいのか口を(つぐ)んだままである。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「気が付きましたわ!」


「こちらも催眠の術を解きました!」


 沈黙を破ったのは、マリィとホリィだ。二人は殆ど同時にシノブへと顔を向ける。

 鋼人(こうじん)とはいえ体を両断されたからだろう、ザヴェフの魂は気絶のような状態に陥っていたらしい。一方のシュレカは術で眠らされただけだから、解除するだけだ。

 そのため二人が新たな体に移った時間は前後したが、目覚めは同時となったわけだ。


「貴方はザヴェフ殿ですか?」


「その通り……迷惑を掛けて申し訳ない」


 シノブの問い掛けに、ザヴェフは静かに応じた。それに今までの記憶もあるらしく、彼が宿った像は頭を下げる。


 木人は人族を模したもので、先ほどとは声も異なる。それに憑き物が落ちたように穏やかな口調も大違いだ。しかし魂が同じだからか、やはりザヴェフだと感じさせる(いら)えではあった。

 ちなみに今は木人の動作を制限していない。シノブは魂の波動に異常ないと感じ取ったし、アミィが調べたところ鋼人(こうじん)の側に心の動きを抑える術があったと判ったからだ。


「俺達は、六年近く前に死んだ……」


「スキュタールから来た魔術師の仕業です」


「そんな!」


「私達が見ていたのは、ずっと人形だったのか!?」


 国王と第一王妃の告白に、東の者達は大きくどよめいた。

 双方とも鋼人(こうじん)に施された術で精神を縛られ、周囲に打ち明けることすら出来なかった。そして本人そっくりの像だから、共に暮らす者でも容易には気付けない。

 二人は第二王妃のエメシェや王女のエルヴァも遠ざけた。そのためエメシェは不審に思いつつも、夫の愛を失ったと思っていたそうだ。

 なおエメシェ達に手を出さなかったのは、エルヴァが生まれた直後だからという。木人術では成長を再現できないし、授乳も無理だからである。


「僕が小さいころから父上や母上と離されたのも?」


「ああ。露見を魔術師が恐れた……。ヤツの目的は、この国を思うままに操り続けることだからな」


 イボルフの問いに、ザヴェフの宿った像は大きく頷き返した。

 魔術師は去った後も鳥の式神で指示を送り、ザヴェフは必要に応じて伺いを立てた。魔術師は真意どころか名前すら明かすことはなかったが、五年以上にも渡るやり取りでザヴェフは大よそを察したのだ。

 一方のイボルフは意外にも落ち着いている。おそらく彼は、急に冷たさを増した父に漠然とした疑問を覚えていたのだろう。


「今回も魔術師の?」


「我が国と戦わせるためでしょうか?」


「そうだ……」


 アミィとマリーガが問うと、ザヴェフは核心へと話を転じた。

 マリーガ達の訪れを知ったザヴェフは、魔術師に(ふみ)を出した。異変があれば即座に知らせるようにと命令されていたからだ。

 魔術師の返答は、わざと敵対し戦に誘導しろというものだった。しかも魔術師は、東西の戦いが始まったらスキュタール王国も西を攻めるから連携しろと記していた。つまり時間稼ぎをしつつ、二つの国の相手は無理と西メーリャ王国の戦意を(くじ)く意図なのだろう。


 ちなみに魔術師との連絡を含め、対外的なことはザヴェフが受け持った。それに対し第一王妃は他の王族の監視役だという。


「……次代以降もあるから、イボルフやエルヴァを成人させたかったのだろう」


 苦々しげに結ぶザヴェフに、応じる者はいなかった。(ぼか)した表現だが、彼が示唆(しさ)するところを誰もが理解したからだろう。


「シノブ殿、俺達を輪廻の輪に戻してくれぬか」


「私達の体は、とうの昔に失われております」


「父上、母上!」


「ダメ! いっしょにいて!」


 別れを告げる二人へと、子供達が走り寄る。イボルフはザヴェフが宿った木人の手を取り、エルヴァはシュレカの木人に(すが)りつく。

 姿形は違ってもイボルフにとっては大切な父、エルヴァからしても産みの母ではないが家族である。第二王妃のエメシェは大人だけあり自制しているようだが、彼女も心が揺れているのは明らかだ。


「そのような天地の道理に(もと)ること……お前も王子なら判るだろう?」


「エメシェ殿がいますよ……それにイボルフが兄として導いてくれます」


 ザヴェフとシュレカは子供達をそっと押しやる。

 自分達を木人に(とど)めたら、死を逃れたい者が殺到するに違いない。神々が新たな生を授けてくれると知っていても、やはり別離は(つら)いし生まれ変われば全てを忘れてしまう。ならば木人としてでも今生を続けたいと願うだろう。

 そのため世の(ことわり)に従うべきと、二人は子供達を諭す。


「陛下……」


「シュレカ様……」


 囲む者達も涙を隠さない。屈強な戦士達ですら瞳を濡らし、侍女達は顔を覆っている。

 マリーガはパヴァーリ、ヴァサーナはリョマノフの胸に顔を伏せている。そして愛する人を(いだ)く若者達も、激情を抑えるかのように(こぶし)を震わせていた。


「ザヴェフ殿、シュレカ殿……二人は我々が支えます。……アミィ、封印術を解いてくれ」


 シノブも親となったから、去りゆく者達の心は痛いほどに理解できる。それだけに掛ける言葉など思い浮かばなかった。

 そこでシノブは後事を任せてくれと口にしたのみで、最も信頼する導き手に新たな道に旅立たせてほしいと願う。


「はい」


 アミィが短く呟くと、集った者達は居住まいを正した。

 イヴァールやパヴァーリなどドワーフの男は、戦場の儀礼同様に戦斧を掲げ。第二王妃や侍女達は見送るべく(ひざまず)き。そして残る者達も、それぞれの仕草で哀悼の意を示す。


「父上、母上! 立派な王になります! だから心配しないで!」


「ああ、信じているぞ」


「強く生きるのですよ」


 泣きじゃくる妹を支えつつ、王太子のイボルフが叫ぶ。その姿に明るい将来を感じたのだろう、親達が宿る木人は柔らかな笑みと共に頷き返す。


「二人に良き来世を……」


 アミィが術を解くと、ザヴェフ達の魂は木人を離れて光球と化す。そして幼い王子は気丈にも涙を(こら)え、天に向かって昇っていく父母の霊を見送る。

 囲む者達も王子と同じく南の空を見つめ、非業の最期を遂げた二人の冥福を祈った。


「禁術使い……絶対に許さん」


「ああ、必ず倒す……そして(まこと)の幸せを取り戻すんだ」


 怒りも顕わなイヴァールに、シノブは遥か南を見つめつつ静かに応じた。

 奥宮殿の間からは、微かだが遥か遠方のファミル大山脈が覗いている。大山脈は踏破不可能な高山帯だが、その向こうが禁術使いの潜むスキュタール王国だ。そして()の国でも、禁術使いは偽りと悲しみを撒き散らしているに違いない。

 シノブは白い山脈の上にかかる日輪、冬の柔らかな太陽を仰ぐ。そして母なる存在の象徴に、シノブは悲劇を一刻も早く終わらせると誓いを立てた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年11月25日(土)17時の更新となります。


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