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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第24章 西と東の繋ぎ手達
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24.22 西の若者と東の王 前編

 西メーリャ王国の酒造の里、カリエフ村とラドコフ村に名水が戻った。

 泉に湧く清水、歓喜に沸く人々。シノブは大きな満足を(いだ)きつつ、アミィや二頭の玄王亀と共にアマノシュタットへと帰る。


 見送った者達も、それぞれ動き始めた。西メーリャ王国の国王ガシェクは馬上の人となり、都市ノヴゴスクを目指す。

 山間の村や手前のダワリチの町に、ガシェクが率いる一千騎を受け入れる余裕はない。そこでガシェク達はノヴゴスク太守シュゴルや家臣達の先導で、夕闇迫る村を後にした。

 ただし残った者達もいる。ダワリチの代官イバノフは汚職で捕縛されたから、シュゴルは信頼する側近を臨時の代理として置いたのだ。

 イバノフの悪行は他にもあるかもしれないし、名水は甦ったが酒造の再開まで時間も掛かるだろう。そこでガシェクやシュゴルは手厚い支援体制を敷こうと、代理となった側近以外にも補佐する者達を多数残した。


 とはいえシュゴルの配下も、大半は都市ノヴゴスクに引き上げた。スキュタール王国の暗躍は明らかで、そちらへの警戒を強めるからだ。

 国王の騎下と太守の家臣で編成した先発隊は、日の落ちた街道を南下する。そしてノヴゴスクの南西、同じくスキュタール王国との国境に近い都市にも早馬を出し、出陣の準備を促す。

 すぐに攻め込むわけではないが、向こうから動くかもしれない。そのためノヴゴスクに(とど)まった本隊も、緊張と共に夜を過ごす。


 もっとも朗報はあり、戦士達の表情は明るい。既に王都ドロフスクも事態を把握し、続々と増援が来る筈だからである。

 ガシェクが記した(ふみ)を、シノブは通信筒でドロフスクに滞在中のアスレア地方北部訪問団に送った。スキュタール王国の背後には強力な式神を使う禁術使いがいると思われ、対応を急ぐべきと判断したからだ。

 今ごろドロフスクでは王太子ドロフが援軍を(まと)めているだろう。それに訪問団の飛行船が輸送や連絡を受け持つから、今後も素早い対応が可能だ。

 今は忙しくとも、西メーリャ王国の未来は明るい。それを示すかのように、朝日が照らすノヴゴスクに一隻の飛行船が到着する。そして空からの使者を、大勢のドワーフ戦士や街の者が歓呼の声で迎えた。


「……だから、西は順調ですわ」


「ありがとうございます。後は私達がザヴェフ陛下を説得するだけですね。……絶対に成し遂げます」


 (ささや)くマリィに頷き返したのは、西メーリャ王国の王女マリーガだ。使節団でのマリィはドワーフの少女の姿だから、会話を別にすると妹に応じる姉のようでもあった。


 ここは東メーリャ王国の王都イボルフスク、それも中央に(そび)える王城である。マリーガの使節団は日の出前からイボルフスクへと急ぎ、昼前に到着したのだ。

 マリィだけではなく、ここにはイヴァールなど通信筒を持つ者が複数いる。そのため昨夕はシノブ、今はアスレア地方北部訪問団の副団長アレクベールからと、随時知らせが入ってくる。

 それ(ゆえ)マリーガ達は、西メーリャ王国との境からでも400kmはあるイボルフスクでも充分に状況を把握していた。


 もっとも一行がいるのは謁見の間に近い一室で、扉の外には東メーリャの戦士達もいる。したがって囲む者達も静かに喜びを示すのみだ。


「……やはり、こちらは随分と寒いのだな」


「ああ……だが兄貴、春がくれば暖かくなるさ」


 その代わりと言うべきか、イヴァールとパヴァーリは意味深な言葉を交わす。

 東メーリャ王国は大砂漠から離れており、王都イボルフスクの辺りだと1000kmを超えている。そのため西からの熱風は届かず、一月の終わりに相応しく昨晩は雪も降った。

 北緯50度近くにしては高めの気温で降雪量も少なく、駆けた街道や王都に入ってから目にした路地も綺麗に除雪されていた。しかし王城の壁は分厚く暖房の魔道具も多く配置されており、冷え込みが厳しい日も多そうだ。

 とはいえ長期滞在するわけでもなし、ここの春など二人には関係ない。


 そもそもイヴァール達の故郷は、イボルフスクより遥かに寒い。

 二人の生まれ育ったセランネ村は僅かだが緯度が高い上に標高もあり、真冬であれば道の両脇に人の背を超えるほどの雪が積み上がる。そのため寒さも別格で、厚手の革服に毛皮の防寒具を重ねてもドワーフ以外にとっては(つら)い地だ。

 この極寒に慣れたイヴァールが敢えて寒さを口にし、パヴァーリが春になればと返す。これは東西メーリャの雪解けは間もなくという一種の隠喩(いんゆ)であろう。


「イヴァール殿達の故郷も、とても寒いのでしたね」


「一度行ってみたいですが、暖かな地で生まれた私達には厳しいかもしれませんわね。でも、北の国々にも夏は訪れるのでしょう?」


 エレビア王国の王子リョマノフと、キルーシ王国の王女ヴァサーナが会話に加わる。こちらも話題はヴォーリ連合国についてだが、顔はマリーガに向けている。


 東メーリャ王国の人々は、やはり西の同族に対して隔意が大きいようだ。

 同国の国境守護隊が先触れを出してくれたから、街の者も友好のための使者だと知ってはいる。それに通りに集まった人々は、自分達と同じく髭を長く伸ばしたイヴァール達に好感を覚えたようで彼らには笑みを向けた。

 しかし髭のない西メーリャ王国の武人達に対し、イボルフスクの住人達は明らかに眉を(ひそ)めたのだ。

 今も持て成す者達が(はべ)るわけでもないし、使節団でも謁見の間に入る十人以外は別棟での待機となった。この辺り、寒々しく感じても仕方がない対応ではある。

 しかし誠意を持って語りかけたら、きっと心を開いてくれるだろう。スキュタール王国に(とら)われた者達は、東西の違いなど関係なく同じドワーフとして助け合った。それを伝え手を(たずさ)えようと訴えかければ、必ず融和は成る。

 口火を切ったイヴァール達、そして乗ったリョマノフ達。ここを越えればと四人は示し、大一番に挑むマリーガを勇気づけようと思ったのだろう。


「そうですね。私達は……」


「準備が整いました! 謁見の間にお進みください!」


 マリーガは何かを言いかけたが、被さるように扉の外から声が響いた。そして扉が開くと、王城に勤める侍女達が現れる。


 西と同じく東もドワーフのみの国だから、侍女達も小柄で少々肌の色が濃い女性達だ。しかし服装は随分と異なり、侍女服は厚手の毛織物で作ったワンピースドレスである。

 これに対し西メーリャ王国は、半袖と膝までの薄い布服を基本としている。男性と違って髭の生えない女性でも、気候の違いが両国の暮らしに大きな差を生み出しているのだ。

 ちなみに今のマリーガ達は同様の作りの服を着ているが、毛織物の肌触りに慣れないようで下に布の服を入れている。やはり風土の違いによる差は、簡単に埋まらないのかもしれない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 内に秘めた思い、押し隠した違い、東西を隔てる溝。もちろん双方とも表に出さないが、それでも謁見の間に隙間風の(ごと)く吹き込むのだろう。

 どこか冷たい空気は、決して広々とした石造りの部屋だけが生み出したものではない。おそらく入室する西の者と居並ぶ東の者の全てが、身に染みるような冷気を感じたに違いない。


 気の弱い者なら首を(すく)めるだろう緊迫を生み出す最大の要因は、謁見の間の最奥にいる人物であった。もちろん彼は東メーリャ王国の主、国王ザヴェフである。

 ザヴェフは三十二歳、西の国王ガシェクより十歳以上も若い。しかし彼は東のドワーフの常として長い髪と髭を蓄えており、それが若さを補って余りある威厳を生み出している。

 豪奢な玉座に腰掛けたザヴェフは、自身と同じく蓬髪と腹まで届く髭のイヴァール達に、一瞬だが視線を動かした。やはり彼もエウレア地方から来た同族達に興味はあるのだろう。

 それに周囲の者達も、同じくイヴァールやパヴァーリが気になるらしい。


 中でもザヴェフの隣、王太子のイボルフは顕著だ。もっとも彼は十歳と幼いから、年齢相応ではある。

 イボルフの椅子は玉座より僅かに小振りだが、大人でも充分な余裕を持って座れる大きさだ。しかし腰掛けるのが髭も生えていない少年だから、余計に年少だと強調している。

 子供らしい好奇心が募るのか、イボルフは獅子の獣人のリョマノフに豹の獣人のヴァサーナ、それに猫の獣人のセデジオなどにも顔を向ける。ここにもスキュタール王国の人族や獣人族が来るが彼らは北方系で、イボルフが南方の猫科の獣人を目にするのは初めてだからと思われる。

 つまりイボルフは、まだ見た目通りの子供なのだろう。西の王太子ドロフに対抗すべく初代国王の名を与えられた彼だが、身を乗り出して瞳を輝かせる姿は可愛らしい男の子でしかない。ただしドロフは二十三歳だから、まだ比べるのは酷である。


 当たり前だが、謁見の間にいるのは王と王太子だけではない。両脇には重臣達が並び、一段下がった場所には高位の戦士や文官らしき者達が続いている。

 ただし女性は侍女くらいで、王妃などは列席していないようだ。これはアスレア地方だと、女性が(おおやけ)の場に出ることが少ないからだ。

 ザヴェフには二人の妻がおり、イボルフの下には六歳の娘もいる。しかし彼女達が出るとしたら、ある程度は親しくなってからだ。めでたく修好となれば宴席などに出るだろうが、今この段階では奥に控えていると思われる。


 西メーリャの王女マリーガは、これらを歩むうちに読み取ったらしく僅かだが表情を硬くした。

 もっとも非常に僅かな変化で、しかも表したのは一瞬だ。進み終えてザヴェフと正対するマリーガは、まるで極めて親しい者と会ったような華やかな笑みを浮かべている。


 マリーガの右脇にはイヴァールとパヴァーリの兄弟、左脇にはリョマノフとヴァサーナが並ぶ。そして五人の後ろに、従者扱いの者達が一人ずつ立つ。

 イヴァールはアマノ王国の伯爵でアスレア地方北部訪問団の団長、パヴァーリは彼の弟で男爵だ。アスレア地方なら太守と一族といった辺りで、更にイヴァールはアマノ同盟の盟主シノブの名代だから王族に準ずる扱いも妥当である。

 リョマノフとヴァサーナは正真正銘の王子と王女だから、当然ながら代表格だ。残るマリィやセデジオ、王子王女の側近達が後ろというのは自然である。

 ただし迎えるザヴェフが厳しい表情のままだから、どうにも空気が重い。それにマリーガ達は君主ではないが各国の代表だから、親しみを示すなら玉座から立つべきだろう。


「……西メーリャ王国の王女、マリーガ・ガシェク・メーリャです」


 どうやらマリーガは、ザヴェフが立ち上がるのを待っていたらしい。しかし相手が動かぬと察したらしく、暫しの間の後に彼女は名乗りを上げた。

 ただしドワーフ達の通例である支族や家名の後に父の名、そして自身の名という形式ではない。彼女も国の代表だから、殊更に拒絶するような相手に(へりくだ)りすぎるのも、と思ったのだろうか。


「東メーリャ王国の国王、ザヴェフ・ヴァデク・メーリャだ」


 ザヴェフは応じたが、こちらも他種族と同様の名乗りで声音(こわね)も硬いままだ。

 ちなみに双方ともメーリャという家名だが、これは東西メーリャの祖が同じだからである。双方の王から四代前がメーリャ王国の最後の王で、その王太子ドロフが西、第二王子イボルフが東に国を興したのだ。


「こちらがアマノ王国のバーレンベルク伯爵イヴァール様、そして……」


 それはともかくマリーガは、左右に並んだ者達を紹介する。そしてイヴァール達は告げられた順で名乗り、ザヴェフも跡継ぎであるイボルフを促す。


「アマノ王国のシノブ陛下は、ご友人である超越種の皆様とメリャド山に赴かれ、そこで玄王亀のシューナ様とお会いになりました。ご友人のお一方……光翔虎のヴェーグ様は、シューナ様の親友だったのです。

そしてシューナ様こそ、私達メーリャのドワーフに鍛冶の技を授けてくださった偉大なるプロトス様の御孫様なのです」


 紹介を終えたマリーガは、スキュタール王国の陰謀に気付いた発端へと触れた。これらは先触れに持たせた(ふみ)にも記しているが、やはり自身の口からもと考えたのだろう。

 そしてマリーガはシューナが匿っていた東メーリャ王国のドワーフの子供達、更に彼らの親や家族であるスキュタール王国で鉱夫として働かされた者達へと触れていく。


「なんと……」


「静かに!」


 居並ぶ者達の半数ほど、末席の辺りが思わずといった声を漏らす。しかし上役だろう年輩の者が彼らを叱責し、静寂が戻った。

 どうやらザヴェフは、事前の知らせを重臣や側近のみに伝えたらしい。それ(ゆえ)ざわめきが生じたようだ。


「……ですが彼らは東メーリャも西メーリャも関係なく助け合い、苦役に耐えました。そしてシューナ様やヴェーグ様達のお力で助け出され、アマノ王国へと逃れたのです」


「おお……」


「素晴らしい!」


 マリーガが微笑むと、謁見の間に喜びの声が広がっていく。しかし主たる国王ザヴェフの鋭い眼光は変わらぬままだ。

 まるで値踏みをするようなザヴェフの雰囲気、それに首脳陣のみで検討し情報の拡散を嫌ったらしき様子。やはり友好へと舵を切ってもらうには、更なる一押しが必要だと思われる。


「西メーリャの名水が涸れたのは、魂を道具にする邪術を使う魔術師の仕業でした。それにスキュタールからの鉱夫募集団が暗躍し、村長(むらおさ)どころか代官まで賄賂を受け取る有様で……。もしかすると東でも……」


 マリーガが触れたのは昨日の午後に判明したばかりのこと、つまり先触れの使者に持たせた(ふみ)には書いていない。そして彼女は、この驚くべき最新情報ならザヴェフを動かせると思ったのだろう。

 しかし事態は、マリーガが予想もしなかっただろう方向へと動く。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「我が家臣が民を売ったというのか!?」


 仁王立ちとなったザヴェフが、謁見の間を揺るがすような大音声(だいおんじょう)で絶叫する。

 初めて席を立った王の顔は憤怒で真っ赤に染まり、しかもマリーガを(にら)みつけている。どうも彼の怒りは、疑いの言葉を発した隣国の王女へと向けられたらしい。


「失礼ですが、可能性は否定できません。間違いであれば謝罪しますが、まずは調べるべきだと思います」


「残念ですが、全ての家臣が善人ということは無いかと。それに(だま)されたり人質を取られたり、何かに付け込まれたかもしれません」


「そうですわ。恥ずかしながら、私達のキルーシ王国でも太守の反逆という前代未聞の醜聞がありましたもの……」


 マリーガの援護をしようと思ったのだろう、リョマノフとヴァサーナが続く。特にヴァサーナは、昨年秋のガザール家の反乱にまで触れる。

 最前列の残る二人、イヴァールやパヴァーリは口を挟まない。しかし双方とも険しい表情で、特にパヴァーリは何かあれば動くつもりか僅かに前のめりとなっていた。


「あの大戦か……」


「確かに過信は禁物だ」


 ここ東メーリャ王国にも、ガザール家の乱を発端とするテュラーク王国の滅亡に繋がった戦は伝わっていた。そのため下座どころか重臣の中にも動揺を滲ませた者がいる。

 一国の滅亡という大事件、しかもキルーシ王国側を完勝に導いたアマノ同盟の存在。多少の混乱はありつつもテュラーク王国は先月の頭に親キルーシ派のズヴァーク王国へと生まれ変わり、新たな道を順調に歩んでいる。もちろん、これもアマノ同盟の支援があってのことだ。

 それを思ったのか、一部の者はイヴァールやパヴァーリ、そして後ろに並ぶセデジオなどに視線を動かしていた。


「だからといって、簡単には信じられん! これを機会に過去の過ちを誤魔化したいだけだろう!」


 ザヴェフの言葉で、場の雰囲気が再び硬さを増した。彼が口にしたのは二十三年前、西メーリャ王国の王太子ドロフの誕生に端を発する件で、東西のメーリャでは有名な出来事だ。


 西メーリャ王国の現国王ガシェクは王太子となる長男の誕生を大変喜び、西の初代国王ドロフの名を彼に与えた。これは中興の祖になってほしいという思いのみであったが、東はそう受け取らなかった。

 西の初代は分裂前の王太子、つまり東西含めての正統後継者というべき人物だ。その名を我が子に与えたのは、次代での再統合を望んでいるのでは。東メーリャ王国の多くは、疑心暗鬼に陥ったのだ。


 そして十年前、東も対抗すべく王太子に自分達の建国王イボルフの名を与えた。

 二十三年前のザヴェフは九歳だから王太子、未成年だからもちろん子はいない。しかもアスレア地方に改名の風習はないから、意趣返ししたくとも次世代となるまで我慢するしかなかった。

 何しろ両王家は(いま)だにメーリャを家名としているくらいだ。それに建国王同士は納得済みで国を割ったらしいが、周囲や後の代は自分達が本家と主張し合ったほど(こだわ)った歴史がある。

 そのため十三年間の鬱屈(うっくつ)は深く浸透し、東の国民は王太子の誕生を諸手を挙げて歓迎したのだ。


 歴史は繰り返すと言うべきか、歓喜に沸く東を西が警戒して国境や街道の守りを固めた。これ自体は単なる国内問題だが、(かさ)んだ経費で関税が上昇する。

 しかも刺々しい雰囲気は国境近くの住人にも伝播し、街道での騒動も増える。それが更に状況を悪化させ、負の循環は進行する。

 おそらく第三者なら、最初ともかく後は双方共に責があったと指摘するだろう。しかし東としては、原因を作った西が謝罪すべきという思いが強いようだ。


「どのようにすれば、信じていただけるでしょうか?」


 こうなっては自国が何らかの譲歩をするしかない。どうやらマリーガは、そう判断したらしい。

 マリーガは父王ガシェクから、全権大使と言うべき大きな裁量を与えられた。もちろん西メーリャ王国の存続に関わることは別だが、金品などの賠償であれば余程の高額でなければ受け入れて良いとされている。

 それに判断に困るなら、国に使者を送れば良い。まずは交渉を始めて対話の中で着地点を模索するのも、(あなが)ち間違いではないだろう。


「ふむ……そうだな、もしお主が我が国に嫁ぐなら……。しかし俺には既に妻が二人いるし、国王への嫁入りは利も大きいから謝罪にならんだろう。イボルフも同じだな、それにお主は十八歳と差も大きい……」


 ザヴェフは長い髭に手を当てながら、考え考えといった様子で呟き始める。

 対するマリーガは感情を押し殺しているようで、(おもて)には何も浮かんでいない。東の王や王太子に嫁ぐのは父王も触れたくらいだから、彼女も予想済みだろう。

 ザヴェフの口振りからすると彼やイボルフではないようだが、王族と呼べるくらいの相手なら同じく想定の範囲。立ち尽くすマリーガからは、運命として受け入れようという諦念めいたものが感じられる。


 脇のリョマノフやヴァサーナは、同じく無表情を貫く。

 マリーガとパヴァーリは慕い合っているようだが、王族であれば政略結婚は避けられぬこと。それに他国同士の問題に軽々しく口を挟めない。王子や王女という生まれが、二人を自制に導いたのであろうか。

 イヴァールにも変化はない。おそらく彼は、マリーガに関する件を弟のパヴァーリに任せたのだろう。正確には、弟を信じていると言うべきか。

 そしてパヴァーリだが、彼は心配げな様子でマリーガを見つめるものの、やはり動かぬままだ。固く握った(こぶし)や真っ赤に染まった顔には強い不満が滲んでいるが、懸命に自身を抑えているようである。


「……む、そうだ!」


 もしかするとザヴェフは、パヴァーリの想いに気付いたのだろうか。遥か遠方から来た若き同族へと、東の王は顔を動かす。

 そしてパヴァーリを眺めたことで何かが頭に浮かんだらしく、直後にザヴェフは横の一角へと向き直る。


「ロウデク、お前の妻にしよう! お前は外孫だが、建国王イボルフの末裔には違いないからな!」


「わ、儂ですか!?」


 上機嫌となったザヴェフの宣言に、居並ぶ者達は大きくどよめいた。何しろ国王に応じたのは、少なくとも六十歳を超えていそうな老人だったのだ。

 生まれに相応しくロウデクという男は重臣のようだ。しかし彼自身も意外だったようで目を見開き、王や他国の使節の前とは思えぬ素っ頓狂な叫びを響かせる。


「ロウデク殿……確かに今は独り身だが……」


「お孫様には未婚で年頃の方もいた筈……」


 東メーリャ王国の者達も、この裁定には大いに首を傾げていた。重臣達はともかく、下座では口々に批判めいたことを(ささや)き合う始末である。

 ロウデクには子や孫がおり、しかも孫は釣り合う年齢らしい。それらをザヴェフも知っているのに、どうして老いたロウデクにと考えるのだろう。

 いや、廷臣達にも思い当たるものがあったに違いない。これはザヴェフの意趣返し、二十数年にも渡る憤怒からの行動だと。


 一同の視線の先で、ザヴェフは悠然と立つのみだ。どうも彼は含み笑いをしているようで、顔の下半分を覆う髭が僅かに揺れている。

 ザヴェフの様子から真意を読み取るのは難しいが、一つだけ確かなことがある。ロウデクが嫁ぐ相手に相応しいなどと、彼は毛筋ほども考えていない。

 それを察したのだろう、マリーガは今にも倒れそうに蒼白な顔となっていた。しかし自国のためと思い定めたらしく、彼女は口を開かぬままである。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ザヴェフ殿!! あんまりではないか!?」


 鼓膜が破けるような怒号を発したのは、国王と王女の間に割って入ったパヴァーリだ。ざわめく謁見の間は、若きドワーフの絶叫で元の静けさを取り戻す。


「パヴァーリ様……」


 思わずだろう、マリーガは自身を守るべく動いた男の名を(ささや)く。そして彼女はパヴァーリの後ろ姿を、熱に浮かされたように一心に見つめる。


 おそらく今のマリーガには、パヴァーリしか見えていないだろう。

 角付き兜に鱗状鎧(スケイルアーマー)の勇ましい姿。まだ鍛える余地は残っているが、ドワーフ戦士の理想と言うべき広い肩や背。普段は背負っている戦斧や戦棍(メイス)を入室前に預けたから、若者の勇姿を(さえぎ)るものはない。


「王の言葉に異を唱えるとは、良い度胸だ。もちろん戦う覚悟も出来ている……そうだな?」


 王者に相応しい(とどろ)くような声で、ザジェフは眼前に立ちはだかる若者に語りかける。

 やはりザジェフはパヴァーリが動くと(にら)んでいたのだろう、彼に驚いた様子はない。むしろ引っかかったと思っていそうな不敵な笑みを浮かべた、傲然たる姿である。


「ああ! 素無男(すむお)でも何でも、受けて立つ!」


 西メーリャ王国での経験から、パヴァーリはドワーフ伝統の格闘技で勝負すると思ったのだろうか。

 まず入国のとき、兄のイヴァールが都市ペヤネスクの太守ロスラフと(うで)素無男(ずむお)で競った。それに自身もペヤネスクの奉納素無男(ずむお)で十一番を勝利し、ロスラフと荒素無男(あらすむお)で決闘した。

 これだけ闘えば、パヴァーリが今回も素無男(すむお)ではと早合点しても無理はない。


「ふふ……素無男(すむお)などでは済まさんぞ。我らドワーフの真髄は、鍛えた肉体と(はがね)を用いての戦いよ……もちろん命懸けだ」


「実戦か!?」


「そんな!?」


 ザヴェフの不穏な発言に我慢できなかったらしく、リョマノフとヴァサーナが声を上げる。

 刀術を修め、しかも勝負で心を通わせた二人だ。とはいえ使ったのは木刀、急所を避けて治癒魔術の使い手が充分に控えていれば命取りとなることも少ない。

 しかしザヴェフの口振りからすると、訓練用の刃を落とした武器ではなさそうだ。


「当然だ。俺は戦斧を使う……刃を研ぎ澄ました、王家に伝わる自慢の品だ。人より大きな岩だろうが鋼鉄だろうが、真っ二つに断ち割るぞ」


 憎々しげにすら感じる声音(こわね)で、ザヴェフは伝家の業物について得々と語る。

 普通なら荒唐無稽としか思えない内容だ。しかしメーリャの硬化に優れた鍛冶の技なら、決して不可能ではない。

 これでは鋼鉄の防具を着けて硬化の術を会得した戦士であっても、危険すぎるのではないか。実際、そう思った者は多いらしく、悲鳴混じりのどよめきが広がっていく。


「もちろん戦う! 俺も戦斧だ!」


「パヴァーリ様、おやめください!」


 受けて立つと応じた若者の背に、王女が(すが)りつく。やはりマリーガも、無事では済まないと思ったのだろう。

 仮にパヴァーリが勝利しても、五体満足とは限らない。おそらく(かす)めただけで、手足など簡単に持っていかれる。そこまでして守ってもらわなくても。涙で顔を濡らすマリーガは、思い(とど)まってもらうべく、切々と訴えかける。


「マリーガ殿……俺を信じてくれ。このアハマス族エルッキの息子、パヴァーリを……」


「パヴァーリ様……」


 振り向き抱き締めるパヴァーリに、マリーガは崩れるように寄り添って胸の内に顔を埋める。

 こうなっては、信じて見守るしかない。ドワーフの戦士が己と父、そして一族の名に懸けて誓ったのだ。リョマノフやヴァサーナを含め、使節団の者達は祈るような面持(おもも)ちで押し黙る。

 それどころか東メーリャの者達まで、どこか同情の視線で抱き合う男女を見つめていた。


「ふ……それが最後の抱擁だ。お前達は……」


「いい加減にしろ!! パヴァーリは、この『鉄腕』イヴァールが鍛えた男!! お主の戦斧が伝家の秘宝だろうが、難なく断ち割ってみせるわ!!」


 ザヴェフの嘲弄(ちょうろう)を打ち消したのは、エウレア地方のドワーフが誇る超戦士イヴァールの大喝(だいかつ)だ。


 流石は岩竜ガンドとヨルムが異名を贈った英傑、今まで余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だったザヴェフすら一歩後ろに退()いていた。

 あまりの迫力(ゆえ)だろう、周囲には転げた者すらいる。意外にも十歳の王太子イボルフは固まりつつも耐えていたが、脇にいた側仕えなど失神したらしく倒れたまま動かない。


「兄貴……」


 信頼に応えるべく、パヴァーリは大きく頷き返す。

 するとイヴァールは僅かに視線を下に動かした。その先はパヴァーリの腕の中、マリーガの背だ。どうやらイヴァールは、愛する女を泣かせたままにするなと言いたいらしい。

 パヴァーリは顔を赤くしつつも、兄の気遣いを受け入れる。彼はマリーガの肩に手を置き、僅かに距離を取ったのだ。


「マリーガ殿、俺は負けない……この髭に懸けて。だから信じて応援してくれないか?」


「は、はい!」


 パヴァーリは自身の髭に手を当て、彼らにとって最も神聖な誓いをする。

 髭を剃るか短くする西メーリャ王国にはない風習だが、マリーガも意味するところは知っている。命に懸けても守るという、決して(たが)えてはならない宣言だと。


 それ(ゆえ)マリーガは、涙を浮かべつつも大輪の華のように顔を綻ばせる。そして二人は周囲のことなど忘れたかのように、燃え盛る炎よりも熱い抱擁を交わした。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年11月22日(水)17時の更新となります。


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