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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第24章 西と東の繋ぎ手達
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24.20 甦る名水 前編

 創世暦1002年1月28日の早朝、薄明るくなってきた西メーリャ王国の平原。国王ガシェクが率いる騎馬戦士団は、目的地の都市ノヴゴスクまで半日の地点を行軍していた。

 ガシェクが率いるのは王都ドロフスクと周辺から集めた一千騎ほどだ。もちろん騎獣は全て西メーリャ特産の短毛ドワーフ馬である。

 この辺りは西の大砂漠から500kmは離れているが、それでも熱風の影響で相当に暑い。まだ冬で更に日の出前だというのに気温は20℃を超えているから、馬と戦士の双方とも軽装だ。

 戦場に入れば戦士は革鎧と角付き兜、ドワーフ馬も馬鎧を装着する。しかし高気温での消耗を避けるべく、今は続く輜重隊が彼らの装備を運んでいる。

 そのため騎馬戦士団は軽やかに進んでいるが、戦士達の表情は対照的に固かった。


「……ノヴゴスクは、どう出るかな?」


「なるべくなら戦いたくないが……」


 青々とした草原、西から東に背を押すような暖かな風。これが単なる行幸なら、戦士達も笑顔で冗談でも飛ばしつつ馬を進めるのだろう。

 しかしノヴゴスク太守シュゴルの出方次第で、武力行使となりかねない状況だ。やはり魔獣討伐や他国との戦とは違い、同国人が相手となると戦士達も気が重いに違いない。


 その証拠に、馬上のドワーフ達は殆ど酒袋に手を伸ばさない。

 ドワーフ馬は例外なく鞍前に酒袋を下げており、戦士達は普段なら水分補給を兼ねて頻繁に口に運ぶ。他種族なら酔って乗馬どころではないが、ドワーフ達は酒への耐性が段違いだから水の代わりとしているのだ。

 しかし同胞と戦うかもしれないという懸念で、戦士達も酒を楽しむどころではなかった。


「伝令! 王都からの伝令! 陛下の御前に通るぞ!」


 重い空気を切り裂いたのは、後方から響く大声であった。叫んでいる通り、駆けてくるのは伝令を担当する騎馬戦士だ。

 西メーリャ王国に『アマノ式伝達法』や魔力無線のような通信手段は存在しないから、急ぎの伝令は通った道々に配した乗馬自慢達によるものだ。今は王都ドロフスクから350km近く、およそ10kmごとに伝令担当を置いたから、三十人以上が継いできた筈である。


「何があったんだ?」


「夜は飛ばせないから、昨日の夕方くらいか?」


 ざわめきながらも道を譲る戦士達の脇を、伝令を乗せた馬が土埃を上げて駆け抜ける。

 ここは山間を抜けての脇道だから大街道より遥かに狭く、せいぜい馬を三頭並べて進めるかどうかといった程度だ。そのため戦士達が避けないと、伝令は前に進めない。


「陛下、これを」


 側仕えの一人が乗馬のまま、伝令から受け取った書面を国王ガシェクに差し出す。予定通りに行軍してもノヴゴスク到着は夕方だから、足を(とど)めはしないらしい。


「うむ……」


 ガシェクは受け取った書状の封を切ると、馬を進めながら読んでいく。

 気になるのだろう、周囲の戦士達は(いず)れもガシェクに注目をしている。王都に異変が生じたのか、あるいは何か新たな情報でも(つか)んだか。内容次第では進む先すら変わりかねないだけに、戦士達は息を呑んで主を見つめている。


「案ずるな、良い知らせだ! ノヴゴスクの涸れた名水は、玄王亀のシューナ様が何とかしてくださるそうだ! それにマリーガ達も予定通りに進んでイボルフスクまで後二日! 昨夕の知らせだ!」


 ガシェクが読んだ(ふみ)には、当然もっと細かいことも書いてある。しかし彼は早く家臣達の不安を拭おうと思ったのだろう、口にしたのは要点のみであった。


「おお! 流石は玄王亀様!」


「東メーリャも妙なことはしないか……」


 戦士達に安堵の声が広がっていく。

 かなり遠方までガシェクの声は響いたが、騎馬戦士団は街道に長く伸びているから届かぬところも多い。しかし聞いた者が更に向こうへと伝えるから、幾らもしないうちに前後の端まで朗報だと広まったようだ。


「しかしアマノ同盟は凄いな」


「シューナ様は今、アマノ王国にいるんだろ?」


「ああ。それにマリーガ様は東メーリャの街道を進んでいるのに……」


 戦士達は遥か遠方へと思いを馳せたようだ。

 シューナがいるアマノ王国の王都アマノシュタットは、ここから2400km以上も西である。そして東メーリャ王国の王都イボルフスクを目指しているマリーガやイヴァール達とも、500kmは離れているだろう。

 もちろん戦士達は正確な距離まで知らないが、それでも容易に連絡できない場所と承知しているようだ。


 何しろ自分達の伝令は夜を挟んだとはいえ、王都からの350kmほどに半日を使った。それに対し桁違いに離れたアマノシュタットや伝達手段がない筈の隣国からの知らせ、しかも出してから僅かしか経っていないと思われる内容だ。

 つまり現在ドロフスクに逗留中のアスレア地方北部訪問団は、これらを可能にする技術を持っている。どうやら戦士達は、そう受け取ったらしい。

 もっとも事実は少々異なり、アマノ同盟が生み出した技ではない。アマノシュタットからはシノブ、マリーガを代表とする使節団は金鵄(きんし)族のマリィが、通信筒でアスレア地方北部訪問団に知らせていた。

 ちなみに書状の主である訪問団の副団長アレクベールは、それらについても記していた。しかしガシェクは、神が授けた奇跡の品に触れるのを避けたようである。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 吉報に明るさを増した一団だが、中枢部は穏やかな様子を保ちつつも密やかに言葉を交わしていた。国王ガシェクを、副司令たる重鎮や続く者達が囲んでいる。


「シューナ様が名水を……ノヴゴスクの異変には何か裏があったので?」


 副司令官を務める戦士アタケルは、周囲に聞かれるのを恐れたようで口元に手を当てていた。西メーリャ王国のドワーフ独特の髭を剃りあげた顔からは、僅かだが緊張が窺える。


 ノヴゴスク近隣の村人がスキュタール王国の鉱夫募集団の誘いに応じたのは、名水が涸れて酒造で稼げなくなったからだ。募集団から賄賂を受け取った村長(むらおさ)の後押しがあったとはいえ、困窮しなければ他国での出稼ぎなど考えるわけもない。

 しかしシューナは、自然の変化なら手を出さないとガシェクに伝えた。誘拐紛いの勧誘に(だま)された人々は救ったが、これは異国での奴隷のような苦役から一刻も早く解放するためだ。それに対しノヴゴスクの件は天然自然の出来事が元で、内政問題として西メーリャ王国の人々で対処できる筈だった。


 アタケルは副司令官だから、それらも王から聞いている。したがって彼は、シューナが解決に乗り出すような超自然の異変があったと思い至ったようである。


「シューナ様やシノブ殿は、地脈を操った者がいると考えている。しかも、マリーガ達が東で聞いた話とも重なるようだ」


「なんと!」


 ガシェクの返答は、アタケルの予想を超えていたようだ。国王と同年代で四十代半ばの副司令官だが、重ねた年月に相応しい落ち着きは完全に消し飛んでいた。


 何十年か前に東メーリャ王国の端、アスレア地方の東端ファミル大山脈に近い海岸に魔術師が流れ着いた。この魔術師は船で漂着したというから多少は仲間もいた筈だが、上手く紛れ込んだらしく辿(たど)った経路は明らかではない。

 しかし現れた村では魔術師が売った魔法薬で様々な騒動が起き、現在まで伝えられている。この謎の魔術師が現れた場所は、シューナによれば全て地中に魔力が多い場所の付近らしい。


「……その流れにノヴゴスクも?」


「そうだ。名水が名水たり得るのも、魔力を多く含んでいるから……つまり、薄めた魔法薬のようなものだろう」


 アタケルの問いに、ガシェクは深く頷いた。そして国王は更に話を続ける。


 シューナはシノブと共に、名水の出が悪くなった原因を探りに行く。そして何者かの関与だと明らかになれば、シューナが地脈の流れを修復する。

 シノブ達は今朝から動くと記しており、今ごろはノヴゴスクに近い地中にいるか向かう最中だろう。したがって今日明日にも更に進展するかもしれない。


 しかし謎の魔術師の行方は不明なままだ。そのため魔術師や末裔が、まだノヴゴスクに(とど)まっている可能性もある。

 それ(ゆえ)シノブは、充分に注意してほしいと忠告していた。


「なるほど……シュゴル殿の出迎え、魔術による罠を警戒すべきでしょうか?」


「注意して損はないだろう。もちろん既にスキュタール王国に渡った可能性もあるがな……」


 表情を引き締めたアタケルに、ガシェクも浮かぬ顔で応じた。

 ドワーフは魔力が少なく、魔術師と呼べるほどの術者は殆どいない。例外的に鍛冶や金属加工などに魔力を用いる者はいるが、これは大地と親しい種族だからである。

 実際、ガシェクが率いる騎馬団に魔術師などいなかった。そのため魔術を使う相手が現れたらと、二人が悩むのも無理はない。


「もっとも東メーリャの言い伝えでは、魔術師は人族だったようだ。もし迎えの一団に交じっていれば、すぐに判るだろう」


 ガシェクの言葉通り、人族であればドワーフと体格が大きく違う。他種族に比べ、ドワーフは頭一つ分も背が低いのだ。

 それに筋肉の塊のような体で低身長というのは、ドワーフ以外だと珍しい。他種族なら分厚い体に応じて背も高くなるからだ。

 そのためドワーフの集団に人族がいれば、一目で分かる筈である。


「……ノヴゴスクに入らずに会談しますか?」


 アタケルは都市に足を踏み入れない方がと提案する。

 建物の中なら、壁越しの魔術行使も可能だ。したがって充分な力量を持った魔術師なら、隣室から何らかの術を使うかもしれない。

 それに対し(ひら)けた場所であれば、危険は遥かに小さい。もし天幕の中で話し合ったとしても、こちらの戦士を周囲に配したら怪しい者の接近を防げる。


「儂は王だぞ? いるか分からぬ魔術師を恐れて街に入れぬなど、論外だ。……大丈夫、仮に儂が倒れても、王都にはドロフを残しているからな」


 ドロフとはガシェクの息子で王太子だ。彼は既に二十三歳で戦士としても若手一番だから、万一のときは王として立つに充分ではある。

 ただし悪い冗談と言うべき王の言葉に、聞き手のアタケルは何と応じて良いか迷ったようで口を(つぐ)む。


「それよりシュゴルだ。アイツは酒に目がないから、名水を涸らす(たくら)みに乗るとは思えん」


「少々単純すぎるくらい、真っ直ぐな御仁ですから……。もしノヴゴスクの者が関わっているとすれば、家臣達ではないかと……あるいはシュゴル殿が(だま)されたか……」


 首を傾げる国王に、副司令官は同じく怪訝そうな顔となる。どうやら二人は、ノヴゴスクの太守シュゴルを(みずか)ら陰謀に加わる性格ではないと思っているようだ。

 しかし誰かがシュゴルの裏で糸を引いているかもしれないし、実直な人物であれば(たばか)られても不思議ではない。そのため双方とも、注意すべきは太守ではなく周囲だと考えたのだろう。


「……まあ、行ってみれば分かるさ」


「はい、我らはドワーフです。会わずに疑うより、会って確かめるべきでしょう」


 色々と思いを巡らせた二人だが、結局は彼らドワーフの流儀を通すことにしたようだ。

 ガシェクの力強い笑みにアタケルも朗らかな表情で応じる。そして二人は揃って前を向き、刻々と明るさを増していく東の空へと視線を向けた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 そのころシノブ達はガシェク達のいる場所より、少々南にいた。都市ノヴゴスクの西北西、幾らか西メーリャ王国の中央山地に寄った辺りだ。

 もっともシノブ達がいるのは地中だから、仮にガシェク達が近くを通ったとしても気が付かないだろう。


──ここですね──


 玄王亀のシューナは、地中の一箇所で(とど)まる。

 シューナは甲羅の長さが20mほどもある本来の巨体、その上にシノブとアミィ、そして最も幼い玄王亀のケリスが乗っている。

 ただし玄王亀は空間を(ゆが)めて地中を進むから、シューナが通ってきた道筋にも穴など存在しない。その代わりではないが、シューナの左右には直径2mほどの細長い洞窟が存在する。

 この左右の洞窟は、元からあったものだ。シューナやシノブ達を包む歪曲空間が、洞窟を横切るように重なったのだ。


「この穴は?」


「ドワーフ達が掘ったのでしょうか?」


──確かに人間が通れる大きさですが……何かが違うような──


 顔を見合わせるだけのシノブやアミィと違い、ケリスは何かを感じ取ったようだ。おそらく彼女は、シューナと同じことに気付いたのだろう。


──ケリス、良く分かりましたね。これは大岩アナグマの掘る穴に似ています──


 シューナが挙げた大岩アナグマとは魔獣の一種で、名前の通り地下に穴を掘って巣を作る動物だ。したがって玄王亀のシューナやケリスからすれば、比較的身近な生き物ではある。


 洞窟の壁面には、僅かだが爪で削ったような跡がある。おそらくシューナやケリスは、それを見て大岩アナグマが掘ったと判断したのだろう。


「大岩アナグマって、こんな深いところまで来るの?」


 シノブは疑問に感じたことを訊ねてみる。

 先ほどシューナは、地下200mを超えたと教えてくれた。そこまで深い場所まで巣を広げる必要があるのか、シノブは不思議に思ったのだ。

 玄王亀や朱潜鳳など空間を(ゆが)めて地に潜る者達は、地下数百m以上もの深みに棲家(すみか)を造る。しかし彼らが成体になると魔力だけで生きていける超越種だからで、他にいるのは極めて微小な生物くらいだ。


──そこなのです。私が知る……いえ、両親から教わった知識でも、ここまで深くは来ない筈です。大岩アナグマは動物を食べないと生きていけませんが、こんな深みに彼らを支えるほどの餌はありませんから──


 ここにシューナが(とど)まったのも、発端はシノブと同じ理由からのようである。

 ドワーフ達が掘る坑道は更に深いこともあるが、シューナは人の手で掘ったものではないと見抜いた。とはいえ通常の生き物が暮らすには深すぎるから、謎の魔術師が関わっているのではと推測したわけだ。


──シューナさん、東には魔獣使いがいます。謎の魔術師は魔獣使いなのでしょうか?──


──どうでしょう? これだけの穴を掘る大岩アナグマを連れていたら、目立つと思うのですが。何しろ、この辺りには生息していない筈ですし──


 ケリスに応じながら、シューナは左側の穴へと向きを変えた。そして彼は穴の先へと進んでいく。

 どうやらシューナは、何らかの手段で左側が下に続いていると察知したようだ。シノブからすると左右の穴は同じ高さにあるとしか思えなかったが、確かに少し進むと明らかに下り勾配に変化する。

 もっとも歪曲空間の中にいるシノブ達からすると、シューナの少し前に洞窟があるようにしか見えない。したがって目に映る光景としては、目の前の穴が水平より幾らか下に移っただけである。


「この穴を掘るなら、少なくとも体長4m以上はあるだろうね」


「そんな魔獣を連れていたら、言い伝えにも残りますよね……それ以前に村に入れないでしょうけど」


 シノブとアミィは、首を傾げたまま見詰め合う。

 穴の直径が胴幅と近いなら、シノブが想像したような巨大な魔獣になるだろう。実際に大岩アナグマの成体なら、それくらいの大きさに育つ。

 とはいえ、そんな大魔獣を連れて旅できるのだろうか。幾らなんでも大岩アナグマで地中を掘り進めて旅したわけでもなかろうに。そんなことを考えていたシノブだが、とあることに思い当たる。


「式神っていうのはどうかな? ヤマト王国で岩猿の式神がいただろ?」


「シャンジーさんが倒した豪利(ごうり)ですか……」


 シノブの思いつきを充分にあり得ると思ったらしく、アミィは表情を曇らせる。

 式神なら使うとき以外は符に収めておけるから、旅する障害にならない。しかし符に魂を封じて輪廻の輪から引き離すなど、神々の眷属であるアミィにとって非常に嘆かわしいことだろう。


──シューナさん、式神かどうか分かりますか?──


──流石にそこまでは……そもそも私は式神を見たことがありませんし、今あるのは穴だけですからね──


 大きな期待を(いだ)いたらしきケリスに、シューナは済まなげに首を振る。

 仮に式神だったとしても、元の生き物と行動自体は同じに違いない。したがって魔獣のままだろうが式神だろうが、掘り方は同じで洞窟の壁に残る跡も変わらない筈だ。

 つまり穴の様子からの判別など、幾ら地中の専門家たる玄王亀であっても難しい。


「この先に手掛かりがあると良いけどね。上空から見ただけだと、全く分からないし」


 ここまで来る間のことを、シノブは思い浮かべる。

 今回シノブ達は、玄王山ことメリャド山に造った転移の神像を使って移動した。そこからだと200km少々で、残りはシノブが飛翔と連続短距離転移を使えば数分である。

 そのため最初は空からの観察となったが、上から見る限りでは洞穴など存在しなかったのだ。


「遠くに入り口があるのでしょうか?」


──いえ、反対側は10kmほどで行き止まりです。かなり地上に近いようですね──


 アミィの問い掛けに、シューナは迷うことなく応じた。玄王亀は地中の広範囲を探れるから、この程度なら行かずとも判別できるのだ。


──凄いです……まだ私はダメです──


「そのうちケリスも出来るよ」


──ええ。このくらいの広さを感じ取れたのは、私も百歳を超えたころだったと思います。だから気にすることはありませんよ──


 残念そうに項垂(うなだ)れたケリスを、シノブは撫でつつ慰める。それにシューナも自身の経験を例に挙げた。

 今のシューナは成体になってから数年、つまり二百数歳だ。しかしケリスは生後四ヶ月を過ぎたばかり、大きさは十分の一程度しかない。したがって、彼女がシューナに及ばなくて当然である。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──終点です。広間に出ます──


 シューナの思念から幾らもしないうちに、進む先が急激に(ひら)ける。それもシューナの巨体の何倍もある巨大な空間だ。

 広さに比べると高さはさほどでもない。しかしシューナの甲羅の上でシノブが立って手を伸ばしても、まだ天井には届かないだろう。


──術を解きますね。降りても良いですよ──


 シューナは中央まで進むと、宣言通り空間歪曲を解除して自身の四肢で洞窟の床を踏みしめた。玄王亀達が空間を(ゆが)めて移動する最中は重力制御による浮遊だから、今までは足を使っていなかったのだ。

 更にシューナは視界を確保すべく、光の球を自身の周囲に広げる。


「それじゃ降りるよ!」


「私も行きます!」


──私も──


 シノブが飛び降りるとアミィが続き、更にケリスも浮遊で追う。

 これだけ広い空間を造ったのだから、きっと重大な理由があるに違いない。シノブは胸の高鳴りを覚えつつ、周囲を見回す。

 すると見覚えのある輝きが、シノブの目に入った。それは床に転がっていた拳大の石が発したものだ。


「これは魔力蓄積結晶なのかな?」


「はい! ここにもあります!」


 シノブが拾い上げた結晶を掲げると、アミィは大きく頷いた。そして彼女も同じように(きら)めく石を手に取る。

 どうも、この辺りは魔力蓄積結晶が多い場所らしい。もちろん全部が魔力蓄積結晶ではなく、大半は普通の岩のようだ。しかし落ちている石でも充分に質が良さそうなところからすると、かなり良質の鉱脈があったに違いない。


──周りにも少し残っているようです──


──ええ。ですが、ここほど多くはないでしょう──


 ケリスとシューナは玄王亀の能力を使い、岩壁の向こうまで探ったらしい。

 魔力蓄積結晶の分布からすると、おそらくここが中心で最も含有率が高かった場所だと思われる。そしてシューナは、ここは他にも大きな意味を持っているという。


──ここの結晶が、地下の魔力を地上近くに導く役割を果たしていました。下から柱のように魔力の道があったのですが、ここで途切れています──


 名水の元となる地下水は、もっと上を流れている。そこまで魔力が上がっていたから、特別な水となったのだとシューナは続ける。

 この空洞が造られたのは、シューナによれば三十年ほど前らしい。そして名水が涸れた原因は、空洞が出来たことによる地盤沈下だという。

 つまり地盤が下がった影響で、地下水が別の経路に流れてしまったようだ。


「地下水の流れは地盤を支えれば戻るとして、魔力は?」


 数年前に水が涸れたのは、地盤の沈降が緩やかに進んだからだろう。そこは理解したシノブだが、このままで魔力が上がっていくのか疑問に感じたのだ。


──このままでも多少は上昇すると思いますが、出来れば昔のように結晶を置いた方が良いでしょう。しかしそれだけの結晶を造るなら、私達でも一ヶ月以上かかるかと──


──それに空洞を支えるなら、全体を固めないとダメですね──


 シューナとケリスは周囲を見回しながら思念を返す。

 二頭によれば、壁を固めるのは大して難しくないようだ。しかし周囲の石から魔力蓄積結晶を造るのは、桁違いに時間が掛かるという。

 単なる圧縮とは違い、必要な元素を抽出して結晶として構造を整えるのは多くの魔力を必要とするらしい。そのため成体の玄王亀でも、一日で作成可能な量は限られるのだ。


「どこかで集めてこようか……アケロ達に教えてもらおうか?」


 シノブは成体の玄王亀なら、魔力蓄積結晶が多い場所にも詳しいだろうと考えた。長老夫妻のアケロやローネは八百歳を超えているから、良い鉱脈にも詳しいと思ったのだ。


「シノブ様、シューナさんに魔力を渡したらどうでしょう?」


──やってみましょう。実はケリスさんから聞いて、気になっていたのです──


 アミィの提案に、シューナは即刻賛成した。

 ケリスを含む超越種の子供は、日々シノブの魔力を吸収している。超越種にとって、シノブの魔力は最良の栄養源なのだ。

 それにオルムルを始め、シノブから魔力を得て普段以上の力を発揮した例は数多い。またアミィも転移の神像を造るときはシノブの魔力を貰ってだから、超越種の子供に限った話ではない。

 もちろん大魔力を渡されても耐えられる体があっての話だが、超越種で成体のシューナであれば問題はないだろう。


「やってみるか……何かあったらすぐに教えて」


──私も手伝います!──


 シノブがシューナの体に右手を添えると、ケリスが浮遊で寄ってくる。そこでシノブはケリスの甲羅にも左手を当てた。


「行くよ……最初は少なめにするね」


──ああ……体中に力が満ちていきます!──


──シューナさん、お日様みたいに温かくて幸せな気分でしょう!?──


 シノブは双方に合わせた波動を作り出し、魔力を送り込んでいく。

 右手はシューナで左手はケリスと別々の波動で、量も左右で変えている。しかしシノブにとっては慣れた行為で、それぞれを脳裏に思い浮かべるだけであった。


──もっとください!──


──私も!──


「それじゃ……」


 シューナとケリスの要求に応じ、シノブは注ぎ込む魔力を増やしていく。

 流石にケリスは控えめにしたままだが、巨大なだけあってシューナは相当に余裕がありそうだ。そこでシノブは様子を探りつつも、シューナに渡す量を加速度的に上げていく。


──まずは地盤からいきます──


──よいしょ、よいしょ!──


 シューナの静かな宣言と同時に、ケリスが可愛らしい掛け声を発する。

 ケリスも魔力で周囲の壁を固めているらしいが、シューナには(かな)わないのは悟っているようだ。そのため彼女は、あくまでも補助役として支えているらしい。

 思わず表情を緩めたシノブは、アミィへと視線を動かした。すると彼女も笑顔で頷き返す。


 しかし二人は周囲からの鈍い音で、ケリスから壁面へと顔を動かす。音というより振動のような重低音が、周り中から響いてきたのだ。


「洞窟が……」


「壁の色が変わりましたね……」


 シノブが思わず呟くと、アミィも同じように独り言のような声を漏らす。

 圧縮の効果が現れたのだろう、周りは濃い色へと変じていく。それも壁だけではなく、床や天井も含めた全てが金属のような硬質な輝きを放ち出した。

 そして変化と同時に、幾らか天井が高くなったようだ。どうやら大人の背の倍くらいは上昇したらしい。


──これで地盤沈下は元に戻りました。水も正しい経路に向かっています──


──あっ、私にも判ります!──


 シューナに続き、ケリスが歓声を上げた。彼女はシノブの魔力で、一時的に本来より遥かに高い感知能力を得たようだ。


──次は結晶ですね。この壁に散りばめます──


──キラキラに飾りましょう!──


 玄王亀の棲家(すみか)は、長い時を費やして各種の宝石や貴金属で飾り立てる。雌の興味を惹くため、雄が自身の技の限りを尽くすのだ。

 生まれて一年も経っていないケリスだが、既に立派な女の子だ。シューナへの華やぐ(いら)えに、シノブは先ほどとは違う微笑ましさを感じてしまう。


「ああ……本当にキラキラだ」


「ええ……素敵ですね」


 シノブとアミィは、再び嘆声を漏らす。もっとも、この光景を見て心を動かさぬ者など皆無に違いないとシノブは感じていた。


 まるでプラネタリウムのように、黒い背景に輝きが浮いている。夜空に(きら)めく星々のように、魔力蓄積結晶となった部分が光っているのだ。

 地下から上がってくる魔力が結晶を通り、(まばゆ)い光となる。しかも光は昇る魔力の揺れからか、闇の神ニュテスの彩りである夜の宝石と同じく(またた)いている。

 もしかすると、本当に神々の長兄からの贈り物では。あまりの美しさから、シノブの脳裏にあり得ぬ筈の思いが浮かんできた。


──これで大丈夫です! 魔力が上の水脈まで届きました!──


──とても良い水ですよ!──


 シューナとケリスが完了を宣言する。やり遂げたという思いからだろう、どちらも弾むような思念だ。

 シノブも短距離転移に付随する空間把握能力で水脈を探ってみるが、確かに魔力を多く含む水が遥か上を流れているらしい。


「それじゃ地上に戻ろうか! あっ、出口付近も調べておこう! 謎の魔術師が細工したか、分かるかもしれないし!」


「そうですね! それと折角の名水ですから()んで帰りましょう!」


 シノブに続きアミィも朗らかな声を響かせ、シューナとケリスも和す。

 二人と二頭の華やぎは、魔力となって周囲に散ったのだろうか。魔力蓄積結晶による地下の星空は、一際(まぶ)しい輝きを放つ。


 まるで満天の星が全て新星となったような、溢れんばかりの光の競演。この素晴らしい輝きが生み出した名水を、地上で待つ皆に届けよう。シノブは大きな喜びを胸に(いだ)きつつ、シューナの背へと戻っていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年11月15日(水)17時の更新となります。


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