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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第24章 西と東の繋ぎ手達
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24.19 待つ者と探す者

 ヤマト王国に出かけた翌日、シャルロットは友人達に会いに行った。彼女は午後の空いた時間を使い、身重のアリエルとミレーユを見舞ったのだ。

 昨日シメオンは、妻のミレーユを置いて外出したら怒られると語った。多分に冗談めいていたが、シャルロットは友人の無聊を慰めようと思い立ったわけだ。

 ちなみに赴いた先はアリエルの住まい、つまり軍務卿マティアスの公邸である。


「度重なるお越し、申し訳ありません。……それにミレーユ、足を運ばせてごめんなさい」


 アリエルは動きづらいのだろう、ゆっくりと頭を下げた。

 出産予定日まで五週間ほど、アリエルは大きなお腹を抱えている。それに座しているのも寝椅子に近い背もたれが深く傾斜したソファーだから、ますます大変だ。

 部屋は暖房の魔道具で適温を保ち、身に着けているのも緩やかなドレスと快適この上ない。とはいえ腹部の重みや動きにくさが改善されるわけもなく、顔を上げたアリエルは大きく息を吐く。


「良いのです。ちょうど時間も出来ましたから」


「シャルロット様はともかく、後輩の私に遠慮は無用ですよ~」


 シャルロットはミレーユと寄り添いつつ部屋の中に進んでいく。ミレーユの予定日もアリエルと同じ三月上旬だから、念のために介助しているのだ。

 それにミレーユを支えている者は他にもいた。シャルロットの侍女アンナが、主と反対側から赤毛の若き侯爵夫人に手を貸している。


 内務卿シメオンの館、つまりミレーユの住まいは通りを挟んだだけの至近距離だ。そのため移動が負担になるほどではないし、ミレーユは極めて優れた武人だから足取りも確かである。

 とはいえ何かあってはと思うのだろう、シャルロットとアンナは万全の体制でミレーユを導いていく。


「それにしても……」


 重ねて恐縮を示してもと思ったのか、アリエルは口篭もる。

 シャルロットは五日前も、アリエルとミレーユを見舞った。幾ら『白陽宮』と隣接する場所でも、王妃が頻繁に訪れる家など他には宰相ベランジェのところだけだ。

 ただし同じ侯爵家でもベランジェはシャルロットの伯父で、出身のメリエンヌ王国では王弟でもある。そのためアリエルが自分達とは段違いと感じても、無理からぬことだ。


「私も友人達と会いたいのですよ……同じベルレアン出身の者とも」


 シャルロットはミレーユを挟んで反対側、アンナへと顔を向けた。アンナのラブラシュリ家は代々ベルレアン伯爵家に仕えており、当然ながら彼女はベルレアン伯爵領の生まれである。

 ちなみにアリエルとミレーユはベルレアンの生まれではなく、隣接する男爵家の娘だ。ただし双方とも十歳でシャルロットの側仕えとなったから、ベルレアン育ちと称して良いだろう。


「はい……。そうでした……アンナ、結婚おめでとう」


 アリエルはアンナと会うのが久々だと思い出したようだ。

 アンナは一週間前にハーゲン子爵ヘリベルトと結婚したが、身重のアリエルやミレーユは式や披露宴への出席を遠慮した。そして今日はアンナが結婚してから初めての出仕で、前回アリエルが会ったのは半月以上も前のことなのだ。


「ありがとうございます!」


 アンナは頭上の狼耳をピンと立て、朗らかな声で応じた。それに背後では尻尾も動いたらしく、スカートの裾が僅かに揺れる。

 先ほどまでアリエルの側には侍女達が控えていたが、シャルロットが友人達と気兼ねなく過ごしたいと願ったから今は四人だけだ。そのためアンナも侍女の慎みより同郷の親しみを選んだようで、屈託のない笑みを浮かべている。


「……シノブ様は、お仕事でしょうか?」


 来客達が腰を降ろすと、アリエルは僅かに怪訝そうな面持ちで問いを発した。彼女は前回のようにシノブやアミィも来ると思っていたらしい。


「自分が行くと周囲が気を使うからと……。今日はミュリエルやセレスティーヌと共に、助け出したメーリャのドワーフ達を訪ねました」


 シャルロットは僅かに笑みを浮かべていた。

 友人同士で存分に語り合えばと、シノブは妻を送り出した。おそらく彼女は、そのときのことを思い出したのだろう。

 一方のシャルロットだが、今日はミュリエルやセレスティーヌを伴うべきと夫に勧めた。昨日シャルロットはシノブやアミィとヤマト王国に赴いたから、その代わりである。

 これらを聞いて理解の色を浮かべたアリエルだが、同時に新たな感情も生じたようだ。どうやら彼女の心に宿ったのは知的好奇心に(るい)するものらしく、琥珀色の瞳が僅かに(きら)めく。


「メーリャのドワーフ達ですか……彼らは、いつ故国に戻れるのでしょう?」


 アリエルはシャルロットの参謀役を長く務めた。そのため彼女の思考は、自然と昔と同じように動いたのだろう。


「早くても西メーリャは明日、東メーリャは明後日でしょうね」


「西は国王ガシェク陛下がノヴゴスクって街に着いたとき、東はイヴァールさん達のイボルフスク入りですね~」


 シャルロットとミレーユが東西メーリャの動向を伝える。ミレーユは馬車での移動中に、同じことをシャルロットに問うたのだ。


 スキュタール王国から助け出したドワーフのうち、西メーリャ出身者は都市ノヴゴスクの近辺から連れてこられた人々だった。しかも彼らが住んでいた村の(おさ)はスキュタール王国の募集団から賄賂を受け取り、裏があると知りつつ後押しをしたという。

 そのためガシェクはノヴゴスクの太守シュゴルに会って真実を確かめるべく、軍を率いて王都を発った。仮にシュゴルが事件と関係なければ村長(むらおさ)は処罰され早期の帰還が(かな)う筈だが、そうでなければ長引くのは必至である。


 もう一方の東メーリャ王国だが、まずは向こうに事件を知らせないと話が始まらない。

 西メーリャ王国の王女マリーガを代表とした使節団は、順調に街道を進んでいる。しかし東メーリャ王国の王都イボルフスクに入ったとして、そこからどうなるかは読み難い。

 ここ十年ほど東西の二国は疎遠だから、マリーガの言葉を疑うことなく聞いてくれる保証はない。ただし証人となる村人達はいるし魔法の幌馬車には転移の絵画もあるから連れていくことは可能で、門前払いはないだろう。

 とはいえ東の村長(むらおさ)も賄賂を受け取っており、更に上も加わっての不祥事なら誰かが横槍を入れても不思議ではない。


「大丈夫です、念のために軍も準備していますが派遣の可能性は低いでしょう。私が出ることはありません……それにマティアス殿も」


 穏やかな表情で語ったシャルロットだが、最後は少しばかり悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 マティアスは軍務卿として万一の事態に備え、雪深い山中で軍を率いて演習を続けている。東メーリャ王国やスキュタール王国は寒冷な上に今は一月下旬だから、現地を想定した雪中訓練をしているのだ。

 アマノシュタットでの仕事もあるし演習場所には飛行船で往復しているから、毎日マティアスは帰ってくる。しかし在宅は深夜から早朝だけで、アリエルと言葉を交わす時間は少ないらしい。

 そこでシャルロットは、心配無用だと伝えたわけだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ヤマト王国はどうだったのですか~? こちらへの航海は出来そうですか~?」


 ミレーユは遥か東の地へと話題を転じた。どうも同僚の不安を薄める意図らしいが、単に自身の興味を優先したようでもある。


「航路は確立できると思いますが、大陸に到達するだけで二十日(はつか)近くも掛かるそうですよ」


 シャルロットは昨日ヒムカで得た知識を披露する。

 交易商の呂尊(るぞん)助三郎(すけさぶろう)によると、ヒムカを出発してから筑紫(つくし)の島の南端まで二日、そこから魔獣の海域を迂回してアコナ列島の北東部まで一週間、更にアコナ列島の西南まで五日だそうだ。つまり地球なら九州の宮崎から与那国島まで、およそ二週間だ。

 そこから台湾に当たるダイオ島までは魔獣の海域を避けるから三日、大陸までは更に一日か二日だという。したがって風待ちなどが入れば、三週間どころか一ヶ月すらあり得る。


「そんなに遠いのですか」


「向こうの船は、こちらほど性能が良くないようですね。それにルゾン殿の船は商船ですから」


 驚くアリエルに、シャルロットは船の差が大きいと返した。

 ヒムカからダイオ島まで、魔獣の海域を避けつつ進んでも2000kmを幾らか超える程度のようだ。したがって東域探検船団で使っている高速軍艦なら、おそらく十日で充分だろう。

 一方ルゾンの船だが、ヤマト王国では快速船と呼ばれる部類だという。航路には陸のない場所も多いから、積載量より足の速さを優先したわけだ。

 船乗りも腕自慢を多数揃え、大洋を渡る間は三交代で休まず進む。しかし寄港地では売り買いのため(とど)まるから、結果的にはシャルロット達が知る軍艦の半分程度となるようだ。

 シャルロットはアンナが広げた地図を眺めながら、ヤマト王国の船舶事情を友人達に教える。


「おそらくダイオ島からスワンナム半島の南端まで、更に倍は掛かるでしょう」


「うわぁ……スワンナム半島は飛行船で飛び越えた方が良さそうですね~。ダイオ島の辺りなら400kmないですよ~?」


 シャルロットが経路を指で示すと、ミレーユは(あき)れたような表情となった。

 確かに北大陸から南に突き出しているスワンナム半島は、ヤマト王国より遥かに長い。ヤマト王国は地球での本州の北端から九州の南端までに相当するが、スワンナム半島は倍以上ありそうだ。

 しかしスワンナム半島は象の鼻のような形で東西の幅は狭いから、飛行船なら半日も掛からず横断できる。そのためミレーユならずとも、空の旅を勧めたくなるだろう。


「飛行船で越えるとしても、非常時の着陸を考えると関係作りが必須ですね。しかしダイオ島の西、エンナム王国は自国の商人を非常に厚く遇すると聞きました……ですから簡単にはいかないのでは?」


 シャルロットは楽しげな笑みを浮かべていた。

 まだベルレアン伯爵領にいたころ、こうやって武術や兵法について語り合った日々。アリエルやミレーユと共に己を磨いた時間。夢見るような眼差しのシャルロットは、これらの懐かしい記憶と今を重ねているに違いない。


 同じ思いを(いだ)いたらしく、アリエルとミレーユも頬を緩めている。

 話題は遠い東の海や空、子を宿した身では訪問も(かな)わぬ遠方だ。しかし二人にとって、シャルロットと語らうこと自体が喜びなのだろう。


「東域探検船団がタジース王国に着くのは三日後でしたね。こちらは事前交渉が済んでいるとか?」


「ええ。アルバン王国から使者を出していますし、王太子のカルターン殿が同行していますから」


「そうなると来月にはイーディア地方ですか~?」


 アリエルが問い、シャルロットが応じ、ミレーユが瞳を輝かせつつ更に訊ねる。その様子をアンナは微笑みと共に見守っている。

 これがアンナの見つめてきた日常なのだろう、彼女の顔もシャルロット達に勝るとも劣らぬくらいに輝いている。毎日のように集うことは無くなったものの、今も変わらぬ絆がある。それは目の前の光景を見れば明らかだと言いたげに、アンナの表情は誇らしげであった。


「アスレア地方の憂いをなくしてからイーディア地方にと、シノブは考えています。ですからイーディア地方との航路を開くのは早くて三月、おそらくは四月以降ではないでしょうか? ……ミレーユ、貴女も行けるかもしれませんよ?」


 シャルロットは友人が何を望んでいるか察したようだ。彼女は先刻のように意味ありげな笑みで応じる。


 アマノ同盟とタジース王国が友好関係を樹立しても、東メーリャ王国やスキュタール王国を仲間外れにして前に進むわけにはいかない。少なくとも彼らと会い、交流したいと伝えてから。そして可能であればアスレア地方の全ての国と手を結んでから。シノブは、そう明言していた。

 そうなるとシャルロットが口にしたように、どんなに幸運でも一ヶ月や二ヶ月は過ぎると考えるべきだ。


 そのころにはアリエルとミレーユは出産を終えており、二人はシャルロットと共に各地を訪問できる。既にシノブやシャルロットはイーディア地方に訪れているが、彼女達も加われるのだ。


「それは嬉しいですね~! あっ、動いた! この子も喜んでいます!」


 歓声を挙げたミレーユは、直後に自身の腹に手を当てた。彼女の子が異国に興味を示したか定かではないが、大きく胎動したのは事実らしい。


「流石はミレーユの子ですね」


「シメオン殿に似て落ち着いた性格かと思いましたが……」


 微笑むシャルロットとは対照的に、アリエルは大袈裟に肩を(すく)めていた。ただし笑いを(こら)えているような表情からすると、アリエルも本気ではなさそうだ。

 ミレーユは高い身体能力や優れた武術の才を持つためか、行動力に富んでいる。それを評価しつつも手綱を引くのが、先輩としてのアリエルだった。そして今も二人の関係に、大きな変化はないらしい。

 もっとも、これも気の置けない仲だからであろう。ミレーユは笑顔のままで、シャルロットやアンナも口を挟むことはない。


「リヒトの友人達と会える日が楽しみですね」


 シャルロットが発した熱の篭もった言葉に、三人の女性は静かに頷いた。

 アリエルやミレーユが出産するころ、アマノ王国では二つの伯爵家に子が生まれる予定であった。それはイヴァールとティニヤのバーレンベルク伯爵家、アルノーとアデージュのゴドヴィング伯爵家だ。

 ティニヤとアデージュは領地にいるから頻繁には会えないが、定期的にアミィ達が検診しに行っている。そして二人は順調で、三月になればアリエルやミレーユの子と合わせて四人の赤子が生まれる筈であった。


 おそらく、この四人は長じたらリヒトの側近になるだろう。きっと自分達のように手を(たずさ)えて進んでいくのだ。シャルロット達の顔には、未来への大きな期待が溢れていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 そして同じころ、予定通りシノブ達はヴォーリ連合国の駐アマノ王国大使館を訪れていた。スキュタール王国から救い出したドワーフ達は、今も大使館に逗留しているのだ。


 王都アマノシュタットにも多くのドワーフが住んでいるが、彼らの殆どはメーリャの二国を名前しか知らない。何しろイヴァール達は西メーリャ王国に着いたばかりだから、当然ではある。

 助け出したドワーフ達も、他所に移るのを嫌った。彼らはエウレア地方の存在すら知らなかったくらいで、ばらばらにされるよりは一箇所で(まと)まるのを望んだ。

 ここに玄王亀のシューナがいたのも、メーリャのドワーフ達が(とど)まった理由であった。彼らは創世の時代に現れた玄王亀プロトスを、鍛冶技術を授けた者として語り継いでいたからだ。

 それにシューナは助けた子供達に慕われており、仮に伝説がなくてもドワーフ達の心を開いたであろう。


「亀先生~、遊んで~!」


小亀(こがめ)先生も~!」


 大使館の敷地に入ったシノブが目にしたのは、シューナとケリスを囲むドワーフの子供達であった。

 子供達はシューナがメリャド山で匿った十五人だけではない。少なくとも倍はいるから、新たに助けた一団の子も混じっているのは確かである。


「ケリスは小亀先生か」


「今の大きさはシューナさんと同じくらいですけど」


 シノブとアミィは笑みを交わした。

 ケリスは甲羅の全長が2mと少し、シューナも腕輪の力で彼女に合わせたらしく同程度だ。ただし本来のシューナは今の十倍近い巨体である。

 シューナは二百歳少々でケリスは生後四ヶ月を過ぎたばかりと、年齢差が非常に大きいのだ。


「ケリスはシューナさんと一緒で嬉しいのですね」


「歳の差は大きいですけど、似合いかもしれませんわね」


 ミュリエルとセレスティーヌも、微笑みを浮かべている。シューナは雄でケリスは雌、そして子供達の輪の中で並ぶ二頭は確かに好一対と言うべき姿であった。


 ケリスはアマノ王国に来て間もないシューナを助けようと、毎日大使館を訪れ手伝っていた。そのため子供達は、ケリスも先生としたらしい。

 年齢でいえば子供達より幼いケリスだが、超越種の知能は人間を遥かに超えている。それに彼女は浮遊や地中潜行など多くの術を使いこなすから、他の能力も人間の及ぶところではない。

 したがって子供だけではなく親達も、ケリスに伝説の一族に対する敬意を払っているようだ。


「おお、シノブ殿」


 大使を務める老ドワーフ、イヴァールの母方の祖父ヤンネがシノブ達に寄ってきた。彼は大使館の者達に、何かを指示していたらしい。


「ヤンネ殿、お出かけでしたか?」


「儂は出かけんが、大使館の者達でアマノシュタットの案内をするのだ」


 声を掛けたシノブに、ヤンネは顔を綻ばせつつ応じた。

 メーリャのドワーフ達も大使館に篭もっているだけでは退屈だろう。そこでヤンネは彼らに街を見せることにしたわけだ。

 しかし一度に全員を連れて行けるほど大使館員は多くないから、何回かに分けて交代で案内するという。


「そうでしたか……それでは残った者達と話しても?」


「うむ、準備は出来ておる。東西の代表格を数名ずつ揃えておるよ」


 シノブはヤンネと共に館へと進んでいく。もちろんアミィやミュリエル、セレスティーヌも一緒だ。

 するとシューナやケリスも気が付いたらしく、シノブ達の方に頭を向けた。


『皆さん、私はシノブ殿と話がありますので』


「え~!?」


「行っちゃイヤだ~!」


 同席予定のシューナが去ろうとすると、子供達から不満の声が上がる。それもシューナが保護した十五人だけではない。


『私が残りますから。背中に乗せてあげますよ』


「先生達に無理を言っちゃダメよ」


「……分かった」


 ケリスに続き年長の子が声を掛けると、ようやくざわめきは収まった。やはりケリスは相当に慕われているらしい。


 あの小さかったケリスがと感慨を(いだ)いたシノブだが、眺めているうちに別のことに気付いた。

 ケリスを囲む輪には、東メーリャ王国の子もいれば西メーリャ王国の子もいるようだ。それに大使館員の先導で大通りに出る者達も出身に関係なく集い、和気藹々(わきあいあい)と語らっている。

 同じ苦難を味わったからか、彼らは東西の違いを乗り越えたらしい。外出する者達には東の髭を伸ばした者も西の剃り上げた者もいるが、風習の違いなど全く気にしていないようだ。


「彼らは分かり合えたのですね」


「ああ。東西の二国も、きっと和解できる」


 シノブの呟きに、ヤンネは力強く応じた。そして暫しの間シノブ達は、足を(とど)めて新たな時代を迎えたドワーフ達を見つめていた。


『お待たせしました』


「それじゃ行こうか。気になることがあるそうだね?」


 浮遊しながら寄ってきたシューナを、シノブは期待の表情で迎える。

 昨日ヤマト王国から戻った後、シノブはマリィからの知らせを受け取った。何十年か前の東メーリャ王国に、禁術めいた技を使う魔術師がいたという内容だ。

 そこでシノブはシューナに何か知らないかと問うてみた。ここ数年、シューナは東メーリャ王国に滞在していたからだ。

 シューナが棲んでいたのは国境地帯、玄王山ことメリャド山だから知っていることにも限度がある。しかし彼は光翔虎のヴェーグと出会ってから、ドワーフ達の記した書物を収集するなど人間の暮らしも幾らかは学んだ。

 それ(ゆえ)シノブは、シューナの知識に期待したわけだ。


『ええ。どうもマリィ殿が聞き及んだ者は、地脈を探していたように思います』


「玄王亀さん達が好む、魔力の多い大地の流れですか」


 他に聞かれたくないのだろう、シューナとアミィは密やかに言葉を交わす。

 玄王亀は空間を(ゆが)めて地中を進むが、彼らが移動に用いるのは他より魔力が多い場所だ。魔力の消費が少ない短距離なら気にしないが、長距離だと魔力の流れに沿って動き消耗を抑えるという。

 それに謎の魔術師が辿(たど)った経路は、シューナによると地脈と呼ぶべき魔力を多く含む場所が大半のようだ。


『一部は枯渇気味ですが、そこも以前は豊富だった形跡があります』


 しかもシューナは、問題の経路に救出したドワーフ達の故郷が含まれていると続けた。そしてドワーフ達が出稼ぎを思い立った困窮は、謎の魔術師が関わっているのではとシューナは結ぶ。

 もちろん単なる憶測ではなく、ドワーフ達に訊ねた結果だ。


「ありがとう。では、確かめようか」


「そうですね、原因が明らかになったら元に戻せるかもしれませんし」


「村に戻っても貧しいままでは困りますわ。でも豊かになるなら、帰還をお勧めできますもの」


 期待を胸に足を速めるシノブに、ミュリエルとセレスティーヌも明るい表情で続く。

 賄賂を受け取った村長(むらおさ)が裁かれても、暮らしが成り立たないなら帰りたくない。ドワーフ達は住み慣れた地への郷愁と現実的な問題の狭間で揺れていた。

 しかし障害が除かれたら帰還したいと、彼らは声を揃えたそうだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「俺達のカリエフ村や、こいつのラドコフ村は酒どころとして有名だった」


「自慢の名水があったのだ」


 最初に口を開いたのは西メーリャ王国のドワーフ、つまり都市ノヴゴスクの近隣を故郷とする者達だった。シノブも小耳に挟んではいたが、同国の中央山地からの名水で良い酒が出来るという地域だ。

 カリエフ村やラドコフ村は農業や鍛冶などで身を立てる者が多いが、副収入として酒造に(たずさ)わる者も珍しくないらしい。しかし名水は数年前に涸れてしまい、酒造りも大打撃を受けたという。


「数年前……」


『地脈に手を加えても、すぐに影響が出るとは限りません』


 シノブが何を思ったか、シューナは容易に察したらしい。

 謎の魔術師が通ったのは数十年前らしいが、地脈の変化が緩やかなら最近になって影響が出るのは充分にあり得ることだ。何しろ地脈の専門家たる玄王亀が保証するのだから、間違いない。


『魔力の変動で大地が隆起や沈降をして、地下水の流れが変わることはあります。それに魔力が多い水を好む生き物は多いようです』


 シューナの説明に思い当たることがあったのか、ドワーフ達の一部が深く頷く。

 ドワーフは魔術に(うと)いが、大地に関しては他の追随を許さない知識の持ち主だ。それに創世の時代にメーリャのドワーフ達を指導したのは、シューナの祖父プロトスである。彼らの先祖もプロトスから同じことを学んだのかもしれない。


「天然の魔法薬ですね。でも……」


「謎の魔術師は怪しげな薬を売ったそうですから、原料にしたのかもしれませんわ」


 ミュリエルの(ささや)きに、セレスティーヌも同じくらいの小声で応じた。どちらも自身の想像から禍々しいものを感じたのだろう、浮かない表情となっている。

 薬を作るためなのか、それとも別の目的があるのか現時点では知りようもない。しかし絶えた名水からの連想か、シノブも良からぬ(たくら)みの結果だと思わずにはいられなかった。


『私が行けば、あらましを(つか)めると思います。それに地脈を修復できるかもしれません』


「おお!」


「シューナ様、ありがとうございます!」


 シューナが自信ありげに宣言すると、西メーリャのドワーフ達は沸き立った。彼らはアマノシュタットでの生活に馴染みつつあるが、やはり故郷が恋しいのだろう。

 それに今は大使館で暮らせるが、彼らも心苦しく感じていたらしい。随分と気が早いが、戻ったら造った酒で礼をすると叫ぶ者までいる。


「それじゃシューナ、お願いするよ。明日ガシェク殿がノヴゴスクに着くから、上手くすれば一気に解決できるな」


 シノブは西メーリャ王国の国王ガシェクとの会話を思い浮かべる。

 これは国内問題だから手出し無用と、ガシェクは語った。しかし地脈に手を加えるなど容易に出来ることではないし、魔術の苦手なドワーフ達には不可能だと思われる。

 そのためシノブは、地脈や魔術師に関連することなら手を貸そうと決心した。


「シューナさん、東メーリャでも名水が?」


『ええ。こちらは酒という飲み物ではないそうですが』


 アミィが残る東メーリャへと話題を転じた。東の者達も期待の表情で待っていたのだ。


「俺達が造っているのは醤油というものだ。おそらく東メーリャだけの特産物だろうが、大昔から……」


「醤油だって!?」


 シノブは予想外の言葉に、叫んでしまう。

 この世界で醤油を造っているのは、シノブの知る範囲だとヤマト王国だけだった。シノブは大陸の東部なら似た調味料が存在すると考えていたが、まさか中央より西のアスレア地方にあるとは思わなかったのだ。

 とはいえマリィの(ふみ)によると、謎の魔術師は東から来たらしい。それにアスレア地方と東の地方を分けるファミル大山脈は海岸沿いだと狭く、200kmを幾らか下回るそうだ。

 問題の場所は大型海生魔獣が(ひし)めくだけに、越えた事例は例の魔術師くらいのようだ。しかし他に渡航に成功した者がいたら、醤油か類似の品を持ち込む可能性はある。


「東はイヴァール達の到着後だから、明後日以降だな!」


「お、おお……」


 意気込むシノブに、東のドワーフの代表者は引き気味に応じた。

 どうやら代表のドワーフは、シノブが醤油を知っていると思わなかったようだ。ここアマノ王国で醤油を使うのはアマノ王家くらい、それも神々から授かった品かヤマト王国で入手した品を密かに使うだけだから、驚くのも無理はない。


 ちなみに東メーリャ王国の醤油は大豆と小麦を原料としているそうだ。つまり製法次第だがシノブが知る醤油と似た味の可能性はあり、しかもヤマト王国と違って通常の手段での交易も充分に可能である。

 それらを思ったシノブは、知らず知らずのうちに微笑みを浮かべていた。


「シノブさま……」


「皆様が……」


「す、済まない! こちらも全力で支援するよ!」


 袖を引くミュリエルと微笑むセレスティーヌに、シノブは思わず赤面した。

 ドワーフ達もシノブが醤油を好むと理解したようだが、同時に大恩人を(はずかし)めてはと思ったらしい。彼らは笑みを(こら)えたのだろう、(いず)れも強張った表情で肩を微かに震わせる。

 一方のシノブだが僅かな寂しさを感じていた。目の前の人々からは敬意を感じるが、同時に距離も感じたからだ。


「醤油の名産地ですからね!」


「ああ、しょ~ゆ~ことさ!」


 アミィはシノブの胸中を察したらしく、駄目押しと言わんばかりの一言を発する。そこでシノブも、敢えて駄洒落(だじゃれ)で応じてみた。

 すると集ったドワーフ達は、一人残らず笑い出す。東も西も関係なく、全ての者が腹を抱え膝を叩き声を立てて。髭のあるドワーフも、髭のないドワーフも、皆が等しく笑いに身を委ねていた。

 心を開けば東西の融和も、きっと現実となる。今、この場にいる人々のように。(いだ)いた確信に、シノブの顔にも負けず劣らずの晴れやかな笑みが広がっていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年11月11日(土)17時の更新となります。


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