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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第24章 西と東の繋ぎ手達
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24.17 旅立ちと出会い 中編

 王女マリーガの乗る馬車と囲む騎馬の一団は、廃都メリャフスクを抜けて東メーリャ王国の関所へと迫りつつある。東西メーリャの国境は幅10km弱が緩衝地帯で、廃都は双方の関所の中間に位置しているのだ。

 今は無人のメリャフスクだが東西分裂以前の王都だけあって、メーリャ地方だと最大の半径2km近い規模を誇る。したがって廃都を抜けてから関所まで名馬なら一駆けで、すぐに防壁が見えてくる。


「予定通り、昼過ぎの到着ですわね」


「ええ、皆様のお陰です」


 言葉を交わしたのは魔法の幌馬車に乗る二人、マリィとマリーガだ。マリィがドワーフの少女に姿を変えているから、まるで姉妹が並んでいるようである。

 二人は御者達の後ろから、手前の風景を眺めている。御者台と車内の仕切りを巻き上げているから、真正面の関所に加えて左右に延々と続く石の壁も充分に見て取れるのだ。


 外から見る限り関所は三階建てほどの石造り、屋上には見張りらしき者の姿がある。関所の中央は城門のような構造で、今は門を開けているから奥へと続く石畳が明らかだ。

 左右の防壁は一段低いが、それでも馬車の高さの倍はあるだろう。東西の仲が冷えてから積み増したのか、上半分は若干だが色が異なり新しそうである。


「今ごろガシェク陛下も山越えを終えたでしょう」


「そうですね……父も急いでいますし」


 関所という区切りの場所を目前にしたからだろう、二人は自分達と同じく今朝出立した一団に触れた。国王ガシェクが率いる騎馬軍団は、目的地である都市ノヴゴスクへと進んでいるのだ。

 普通に大街道を通ると遠回りだから、ガシェクが選んだのは西メーリャ王国の中央山地を(かす)める脇街道だ。そのため二割ほどは距離も縮まり更に精鋭が馬を急がせるから、彼らは三日もあればノヴゴスクに着く筈である。


「大丈夫ですよ。何もありませんわ」


 マリィは隣の王女に、柔らかな笑顔を向けた。流石は神の眷属と言うべきか、マリィは先ほどの(いら)えからマリーガの不安と焦燥を感じたようだ。


 ノヴゴスクの太守達が叛意を(いだ)いているとは限らず、何も起きない可能性も充分にある。ガシェクが軍を伴ったのは、あくまで念のための措置でしかない。

 近隣の村人は隣国スキュタール王国の鉱夫募集団に(だま)され、しかも賄賂を貰った村長(むらおさ)などが募集団の後押しをしたという。これに太守や彼を支える重臣が関与していたか、それとも預かり知らぬことなのか、それ次第で出方は大きく異なるだろう。

 ただしノヴゴスクでの邂逅が平穏無事に終わっても、次はスキュタール王国に圧力を掛けるべく国境へと進軍する。したがって予断を許さぬ事態が続くのは確かであった。


 もっとも遠く離れた東メーリャ王国との国境で気を揉んでも、情勢が好転するわけもない。そこでマリィは敢えて楽観的な物言いをしたのだろう。


「お気遣い、ありがとうございます」


「関所を越えたら、様子を見にいきますわ……急げば一時間ほどですし、確認だけなら問題ないでしょう。それに光翔虎の皆さんも、念のためスキュタールを巡っていますから」


 表情を和らげたマリーガに、マリィはガシェク達の進行具合を確かめてくると続けた。

 現在ガシェク達がいるであろう場所まで300kmはあるが、金鵄(きんし)族のマリィにとっては大した障害でもない。彼女達は普通に飛んでも時速400km前後の高速を誇るし、急げば宣言通り一時間で往復できるからだ。

 ただしガシェクは過剰な支援を嫌い、少なくとも国内の問題は自分達で解決すると表明した。そして彼の意思を尊重したシノブも後方支援を選んだから、マリィは空から確認のみに(とど)めるつもりらしい。


 これはヴェーグやシャンジーなど、光翔虎達も同様だ。

 昨日に続き光翔虎達は、密かにスキュタール王国を探っている。助け出したドワーフ達は自分達と一緒に来た者は全員いると語ったが、他にも鉱夫募集団があったかもしれないからだ。

 しかしヴェーグ達も理不尽に拘束された人達は救い出すが、スキュタール王国自体に手を出さないと語った。際限なく介入したら人間のためにならないと、彼らも過度の干渉を避けたのだ。


「はい。これは私達の問題……自分達の知恵と力で乗り越えるべきことです」


 マリーガは大きく頷いた。そして彼女は意気込みを滲ませつつ、至近に迫った国境の関所を真っ直ぐに見つめる。


 どうやらマリーガは、この関所が文字通り第一の関門だと感じているようだ。

 東西メーリャの二国は冷えた仲だが、使者の行き来くらいはあった。そしてマリーガは父王が(したた)めた親書を(たずさ)えており、素気無(すげな)く追い返されることはない筈だ。

 しかし確認に長く時間を割かれ、何日も(とど)められるかもしれない。事前に使者を出したならともかく、いきなり王族が押しかけたのだから上に判断を求める可能性もある。

 東メーリャ王国の王都イボルフスクまで300kmほどもあり、下手すると一週間は待たされかねない。そのためマリーガとしては、ここでのことが先行きを左右すると気を引き締めたのだろう。


「ええ、そうやって一歩ずつ進もうとする意思が大切なのです……さあ、着きましたわ」


「そこの一団、止まれ! 止まるのだ!」


 マリィの声を打ち消すかのように、関所の側から大声が響く。東メーリャのドワーフ達、それも大勢が長柄(ながえ)の斧槍を手に駆け出してきたのだ。


 関所を守護する戦士達の姿は、イヴァール達エウレア地方の同族に近かった。

 長く髪や髭を伸ばし、それらの先を飾り紐で(まと)めている辺りなど殆ど変わらない。鎧も鱗状鎧(スケイルアーマー)で頭に被っているのも角付き兜と、エウレア地方のドワーフ戦士と同じだ。

 ただし武器は異なり、関所の戦士は戦斧ではなくハルバード風の武器を手にしていた。関所の警備隊だから、戦斧より軽く相手との距離も保てる斧槍の方が好都合なのだろうか。


 このところ東西は緊張が続くだけに、関所に詰める人員も多いようだ。走り出してきた戦士だけでも百名近く、もちろん中に残った者もいるだろうから総勢は少なく見積もっても倍以上だろうか。


「お前達、何者だ!」


「名乗りを上げろ!」


 関所の戦士達は斧槍を油断なく構えている。

 魔法の幌馬車を囲むのは三十騎ほど、しかもイヴァール達は重武装で固めている。更に一団にはリョマノフやヴァサーナなど獣人族もおり、ドワーフも半数は東メーリャ王国と同じ長い髪と髭の持ち主だ。

 したがって単なる隊商とは思えないし、どこの国に属しているかも判然としない。これでは関所の戦士達が警戒を顕わにするのも当然である。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「怪しい者ではない! 我々は西メーリャ王国のマリーガ殿下の一団、我らが主君ガシェク陛下から貴国のザヴェフ陛下への親書を(たずさ)えている!」


 西メーリャ王国の戦士がドワーフ馬から降り、前に進み出る。そして彼は、懐から取り出した羊皮紙を広げて関所の戦士達に示す。

 羊皮紙の中央には西メーリャ王国の国章が描かれている。紫の地に黒の円、中に五つの突起を持つ花のような図形が描かれた紋章だ。

 今回は密使ということもあり、旗指物を掲げていなかった。そして可能なら関所でも内密に伝えたかったが、こうなっては正体を示すしかない。


「ガシェク陛下の側仕えの一人、ミャギル族セキシュの息子、ウラノフだ!」


 このウラノフという男は国王ガシェクが守護役にと付けた経験豊かな武人だけあって、突き出された斧槍にも動じることはない。そのためだろう、関所の守り手達も僅かだが警戒を解く。


「関所の守護隊長、ヤヒビク族オンズルの息子、ナドフだ。済まぬが拝見する。……ふむ、確かに西メーリャ王家の紋だな」


 ナドフと名乗った守護隊長は、ウラノフが(かか)げる羊皮紙を仔細に眺めた。そして彼は描かれた紋章が本物だと認める。


「おお……」


「しかし、なぜ我ら東メーリャのドワーフが? それにこちらの獣人族は……」


 安堵らしき溜め息と共に、関所の戦士達は斧槍を引く。しかし守護隊長ナドフの顔には、(いま)だ警戒の色が強い。


 相手は西メーリャの者達、ウラノフのような髭を剃ったドワーフだけではない。そしてナドフはイヴァールなどエウレア地方のドワーフを同国人と受け取ったから、余計に混乱したらしい。東西メーリャは疎遠だから、相手側に雇われる例も少ないのだ。

 しかもリョマノフを始めとする南方系の獣人族を、ナドフは初めて目にするようだ。南方系は獅子や豹など猫科の獣人だが、東メーリャ王国を訪れるのはスキュタール王国に住む北方系の狼や狐や熊の獣人だから、どこの出身か気になったのだろう。


「こちらの方々はエウレア地方のドワーフだ! それに、このお二方は……」


 ウラノフはイヴァール達がアマノ同盟から来たと伝え、更にエレビア王国の王子リョマノフやキルーシ王国の王女ヴァサーナにも触れていく。

 そしてイヴァール達も馬から降りて名乗り、更には馬車からマリーガも現れて同様に名を告げる。


「アマノ同盟……あのテュラーク王国を倒したという……」


「それにキルーシとエレビアの王族だと……」


 錚々(そうそう)たる面々の登場に、関所の者達は騒然となる。

 東メーリャ王国はアスレア地方の北東の端で、彼らが口にした国の(いず)れとも接していない。テュラーク王国の後継ズヴァーク王国なら間に西メーリャ王国とスキュタール王国、キルーシ王国なら西メーリャ王国を経由する。エレビア王国に至っては正反対の西南の端、キルーシ王国の更に向こうだ。

 とはいえ国境の守護隊だから、他国についても多少の知識はある。したがってテュラーク王国打倒にアマノ同盟の支援があったことを含め、彼らは承知していたのだ。


「これらを含め、王都に早馬を出してくれぬか? それと我々の通行を認めてほしい。もちろん案内を兼ねて誰か付けても構わぬ」


 ウラノフは早速交渉へと入る。彼は国王から、なるべく急ぐようにと指示されているのだ。

 スキュタール王国が詐欺まがいの勧誘で鉱夫を集め、その中には東メーリャ王国の民も含まれている。ならば手を(たずさ)えて抗議なり実力行使なりに出たい。それに向こうの面目を潰さないためにも早く知らせるようにと、ガシェクは命じた。


 幸いにも、こちらが王族を代表とする一団と理解してもらえた。後は先触れを頼んで会見を申し入れ、同時に時間を稼ぐべく進ませてもらう。

 当然この規模の武装集団だから、相手も目を離したくはないだろう。そのため案内役という名目で監視の一団を付けても良いと、ウラノフは匂わせる。

 随分と率直な申し入れだが、飾らぬ言葉を好むドワーフ達にとっては普通なことだ。メーリャの二国は王制だから多少は様式を整えているが、それでも他種族の王国より遥かに砕けている。


「む……」


 守護隊長ナドフの顔に逡巡が浮かぶ。それに彼は僅かな間だがイヴァールやリョマノフへと視線を動かしていた。


 おそらくナドフは半信半疑なのだろう。王女の名を出して嘘を()くとは思えないが、ウラノフ達が(だま)されているかもしれない。

 隣国である西メーリャ王国と違い、キルーシ王国やエレビア王国から来た者など皆無だ。アマノ同盟も同様で、仮に国章を示されてもナドフ達に真贋は判断できない。

 とはいえ隣国の王女を前にして、本当に信じて良いのかとは言えないだろう。疑念を(いだ)いても当然な状況だが、あまりに無礼である。


「ナドフ殿。出自の証とは言えぬが、家伝の技をもって代わりとさせてもらえぬか?」


 リョマノフが一歩前に進み出る。状況が状況だけに王族らしくしたのだろう、口調や歩む姿には王者の気風というべき威厳が宿っている。


「それは素晴らしいことですわ。流石は(わたくし)の慕うお方」


「うむ、俺も賛成だ」


 ヴァサーナとイヴァールは、リョマノフの意図を悟ったようだ。

 ここで押し問答をして時間を浪費したくはない。最悪の場合、国王に指示を請うからと待たされる可能性もある。仮に王都イボルフスクまで使者が往復したら早馬を乗り継いでも一日か二日は掛かるし、常の伝令で更に複数の段階を踏んだら倍どころでは済まないだろう。


 ならば常人には不可能な秘術を示し、証の代わりとするのは悪くない手だ。

 貴族や王族、それに代々優秀な戦士や魔術師を輩出した家系は、常人と桁違いの身体能力や魔力量を誇る。つまり極めて高度な技は、地位を示す傍証と成り得るのだ。

 もちろん先祖返りと言うべき事例も、僅かだがある。しかし数万人に一人かそれ以上となると文字通り桁違いの力の持ち主で、やはり特別な地位に就くだろう。

 したがってリョマノフの王家に伝わる武技を披露しようという提案は、完全とは言い難いが手っ取り早い解決法でもあった。


「申し訳ない……」


 守護隊長のナドフは、リョマノフ達に向かって頭を下げた。

 どうやらナドフも、相手が事実を語っていると思い始めたらしい。ただし関所の責任者として確かめないまま通過させるわけにもいかないのだろう、(とど)めることはない。

 そしてイヴァール達は、街道脇の空き地へと場所を移す。街道には他に人の姿はないが、かといって道の真ん中で演武というのも物騒だからである。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 街道脇へと進んだリョマノフは、少々離れた場所にある立ち木へと目を向けた。まだ幹は細く、太さは子供の腕くらいの若木である。


「あの立ち木、斬り飛ばしても構わぬか?」


「問題ない」


 リョマノフが指し示すと、守護隊長のナドフは無造作に頷いた。しかしナドフの表情は、僅かだが怪訝そうであった。


「それくらい、俺でも出来るぞ」


「ああ……」


 東メーリャの戦士達は、失望を滲ませつつ(ささや)いている。

 確かにリョマノフが示した木は、力自慢のドワーフが斧槍を振るえば一撃で断つだろう。他種族でも多少身体強化を使える者が何年か剣や刀の技を習えば、やはり軽々と成し遂げるに違いない。

 つまり稀なる達人と示すには、かなり物足りない対象なのだ。


「……あそこから突進して斬るのか?」


 関所の守護隊の一人が意外そうな顔となる。

 リョマノフが立ち止まったのは、立ち木から十数歩は離れた場所だった。そのため呟いた男は、若き王子が駆け抜けざまの斬撃をすると思ったらしい。

 もっとも走りながらでも多少は難易度が上がる程度だ。そのため男や仲間達は、先ほどと同じ(あなど)るような雰囲気のままだ。


 一方のイヴァール達は意味ありげな笑みを浮かべていた。特にヴァサーナは金色の瞳を輝かせ、自身の婚約者を誇らしげに見つめている。


「それでは……古式一刀流の奥義の一つ『飛燕真空斬り』を」


 技の名を口にしたリョマノフは、腰に佩いた刀を右手で抜き放つ。彼の生まれたエレビア王国や隣のキルーシ王国では、片手用の刀が主流なのだ。ただし地球とは違い身体強化が使えるから、刀身は腕の長さを超える太刀と呼ぶべき品である。

 続いて獅子の獣人の若者は、まるで羽を広げた鳥のように両手を斜め上に差し上げる。刀を持たぬ左手も掲げて体は半身(はんみ)に近い左前、そして右の刀は頭上に掛かるような独特の姿だ。


「がああっ!!」


 『エレビアの若獅子』という異名に相応しい咆哮(ほうこう)と同時に、リョマノフは身を捻りつつ頭上の刀を振り下ろす。刀の軌跡は右上から左下、つまり斜め上段斬りだ。

 すると突風が吹き荒れ、同時に何かが爆発するような音が生じる。


「ま、まさか!」


「あれだけ離れているのに!」


 予想の遥か外だったのだろう、東メーリャの戦士達は周囲を揺るがすほどの大声で叫ぶ。なんとリョマノフは構えた場所から動かぬまま、立ち木を斬り飛ばしたのだ。

 正確には斬撃と同時に一歩踏み出しているが、それでもリョマノフは十数歩も離れた場所におり刀が届く筈もない。つまり技の名が示すように真空斬り、振るった刀の生み出した衝撃が木を断ったわけである。


「古式一刀流は、エレビア一刀流とキルーシ一刀流の源流ですわ。その技は双方に受け継がれていますが、(まこと)の奥義を会得したのは極めて僅かな者のみです」


 満面に笑みを浮かべつつ、ヴァサーナが技について語り出す。しかし彼女が自慢げな声音(こわね)となるのも、無理はない。

 ヴァサーナが触れた通り『飛燕真空斬り』は極めて困難で、近年で成した者は存在しない。源流の古式や分派した後も含め、元となる『飛燕』や『真空斬り』を修めていれば達人と呼ばれるほどである。

 実際リョマノフとヴァサーナが競ったエレビア王国での三番勝負では、名人ラドロメイや次ぐ熟練者テサシュですら前段階の二つを用いたのみだ。


 しかしリョマノフは、シノブ達から教わった『アマノ式魔力操作法』で身体能力を増し、更にアマノ王国のアルノーが編み出した同系統の技も手本として古式の再現を成し遂げた。

 もっともリョマノフの技はアルノーと違い、100mもの先まで届きはしない。ただしアルノーは四十歳で円熟の境地、更に戦闘奴隷として過ごした二十年で引き出された力があってのことだ。

 それに対しリョマノフは十七歳、しかも僅か数ヶ月での成長だ。彼の血の滲むような努力があってこそだが、やはり先祖から受け継ぐ特別な才能も大きく寄与しているに違いない。


「次は俺達の番だ」


 どよめきを野太い声で裂いたのは、愛馬ヒポに騎乗したイヴァールだ。続いてポタに跨ったパヴァーリ、更に後ろには同じくエウレア地方から来た三人のドワーフ戦士が馬を進めている。

 五人ともドワーフ馬に乗り、手にしているのも黒光りする戦斧と変わらない。しかしイヴァールの得物は特別で、刃は明らかに大きく()も別して長い。

 ドワーフ馬達はといえば、元々装着している金属製の馬鎧だけではなく頭部にも面覆いを着けていた。しかも面覆いの目の部分は遮眼革と細かな網で保護しているから、一種独特の迫力を醸し出している。


「もう一度訊くが、あの演習場の中は好きにして良いのだな?」


「ああ……構わぬ」


 どうやらイヴァールは、ヴァサーナが語る間に守護隊長のナドフと話を付けていたらしい。ただし念押しする辺り、よほどのことをするのだろう。

 二人のやり取りから、関所の戦士達も相当な大技が披露されると察したようだ。彼らは(いず)れも一転して押し黙る。


「黒色戦斧騎兵団、突撃!」


 取り戻した静けさを、イヴァールの大音声(だいおんじょう)が吹き飛ばす。そしてヒポが駆け出した直後、他の四人も天に届けと声を張り上げる。


「突進!」


「勇戦!」


「貫徹!」


「粉砕!」


 まずはパヴァーリが叫び、イルッカが間を空けず続く。更にマルッカとカレヴァも同様に一言ずつを受け持った。

 そして五頭のドワーフ馬は宣言通りに突進し、大小の岩の転がる荒れ地へと入る。


 この荒れ地の中には一際目立つ大岩があり、そこにイヴァール達は向かっているようだ。大岩は騎乗の彼らよりも明らかに高く、おそらくは小屋ほどもあるだろう。


「ぶつかるぞ!」


「まさか、あれを!?」


 守護隊の戦士が察したように、イヴァールは戦斧で大岩を打ち砕くつもりらしい。しかし仮に粉砕できたとして、残骸に激突するのではないだろうか。

 イヴァールは鞍から腰を上げて身を乗り出しているし、戦斧も()が長いから振り下ろせばヒポよりも前には出る。とはいえ首の差より少々ある程度だから、岩が消滅でもしない限り次の瞬間には突っ込んでしまう。


「うおおっ!!」


 疑念が渦巻く中、イヴァールは雷のように()えると戦斧を振り下ろした。しかも戦斧が(かす)む速さで縦横無尽に得物を(はし)らせる。

 すると大岩は無数の岩塊へと変じて宙に飛び散っていく。そして流石と言うべきか心配は無用で、イヴァールとヒポは生じた空間を無事に駆け抜けた。


「ば、馬鹿な……」


「あ、残りの四人が!」


 東メーリャの戦士の多くが絶句する中、一人が前を指し示す。するとそこには降り注ぐ岩の雨に突入するパヴァーリ達の姿があった。


「あいつらもか!」


「い、岩を斬った!」


 一つ一つの岩は抱えられるほどだから、東の戦士達もイヴァールのときほどの驚きはないようだ。とはいえ宙を飛ぶ岩を斬り飛ばすパヴァーリ達も充分に賞賛すべきである。

 もちろん戦斧が届く範囲になく、そのまま地に落ちる岩もある。しかし半数近くは四人が振り回す武器で砕け散ったのではないだろうか。


 守護隊の戦士達が唖然(あぜん)とする間に、イヴァールを乗せたヒポを先頭に五人の騎馬戦士が戻ってくる。一方西メーリャ王国から来た者達は、(いず)れも拍手と歓声で出迎えた。


「イヴァール殿、お見事!」


「ええ、本当に!」


「パヴァーリ様も立派です!」


 思わずだろう、リョマノフとヴァサーナは歳相応の闊達(かったつ)さを示す。それにマリーガも華やいだ声で誉めそやした。

 リョマノフはキルーシ王国でイヴァール達と稽古に励み、ヴァサーナも婚約者と共に観戦した。そのため二人は彼らの実力をかなりのところまで把握していた。

 そしてマリーガもペヤネスクでの素無男(すむお)を通し、大よそを察したのだろう。


「素晴らしいですわね」


「ええ、全くです」


 マリィや情報局のセデジオなどアマノ王国に住む者は、落ち着いた表情であった。彼らにとっては普段から目にしていることだから、当然ではある。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「恐ろしいほどの技のキレだな……これも先祖代々の技や訓練法なのか?」


 守護隊長のナドフは、戻ってきたイヴァール達を大きな賞賛と隠し切れぬ関心で迎えた。

 リョマノフの『飛燕真空斬り』も想像外の絶技だったが、ナドフは獣人族の俊敏さが可能とする刀法と受け取ったようだ。もしそうなら、力は別格でも瞬発力で劣るドワーフ達が真似るのは難しい。

 それに対しイヴァール達は同族だから、自分達にも学べる点があると思ったのだろう。


「いや……我らが盟主シノブの思いつきでな。これは斧球(ふきゅう)というのだ」


 イヴァールはヒポから降りると、ナドフの問いに答えていく。

 昨年春にシノブは野球を紹介し、昨年十月のアマノ同盟大祭では各国の代表による大会まで開催した。この大会でイヴァールは捕手を務めたくらいだから、もちろん野球に詳しい。

 そして大会が終わった後、シノブは優勝した自国の代表を祝すと同時に冗談らしきことを口にした。彼はイヴァールに、ドワーフなら岩を球にして戦斧や戦棍(メイス)で打ったら面白いと言ったのだ。

 もっとも単なる絵空事ではなく、この世界の身体能力に優れた者なら充分に可能であった。現に野球を紹介したとき、イヴァールは鉄のボールを芯まで鉄が詰まったバットで打っている。


 そして紆余曲折を経て、ポロのような馬に乗って球を追う競技が二つ生まれた。一つは長い戦棍(メイス)で金属の球を追う棍球(こんきゅう)、もう一つは戦斧で岩の球を砕いたり斬ったりする斧球(ふきゅう)である。

 これらは馴染みのある得物を使うから、(またた)く間にドワーフの戦士達に広まった。もちろんイヴァールのバーレンベルク伯爵領でも、素無男(すむお)を急追する人気競技となっている。


「ほう、それは面白いな! しかし大岩を砕くのは、お主のような英雄でなければ不可能だろう!? それともエウレア地方のドワーフは、皆あれを成すのか!?」


 ナドフは斧球(ふきゅう)の概要を理解しつつも、他の者もイヴァールと同じことが出来るか気になったようだ。確かに小屋ほどもある岩を砕くような者が他にいるか、誰もが関心を示すことではある。


「並ぶ者などおらぬ」


「ああ! 竜が認めた『鉄腕』イヴァールのみ!」


「我らエウレア地方のドワーフの誉れだけが成す技だ!」


 年長のカレヴァが首を振ると、双子のイルッカとマルッカが続いた。

 演武の意図通り、イヴァールは他に不可能な技を用いていた。通常の斧球(ふきゅう)も岩を宙に飛ばして開始するが、使う岩は人の頭ほどの大きさで普通に宙に投じるだけだ。


「いつかは追いついてみせるがな……」


「……そうか」


 パヴァーリが憧れと同時に悔しさを滲ませると、ナドフは顔を綻ばせる。パヴァーリは名乗ったときイヴァールとの関係に触れたから、年長の兄を追う弟の意気込みとナドフは察したのだろう。


「もう良かろう? さあ、我らを通してもらえぬか?」


 イヴァールは先を急ぎたいと(ほの)めかす。しかし僅かに揺れた声音(こわね)や薄く染まった目元からすると、重なる賞賛を避ける意味もあったようだ。


「そうであった……さあ通ってくれ! 早馬も出すし、俺が道案内を務めよう! ようこそ稀なる勇士達よ、我らが東メーリャ王国へ!」


「ようこそ我らが東メーリャ王国へ!」


 守護隊長が声を張り上げると、隊員達も斧槍を掲げて和す。

 もはや疑う者など一人もいない。それどころか東メーリャ王国の戦士達の顔を占めるのは子供のような憧れと心底からの尊敬で、正した姿勢からも熱烈な歓迎は明らかだ。


「感謝します……それでは参りましょう!」


 使節団の代表マリーガの言葉を受け、皆は関所へと歩んでいく。

 西からの使者は大きな喜びを顕わにし、東の守り手達は同じドワーフ達と語らいつつ。そして両者は肩を並べ、新たな地へと繋がる門を(くぐ)っていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年11月4日(土)17時の更新となります。


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