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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第24章 西と東の繋ぎ手達
603/745

24.15 王の道、王女の道

 光翔虎のヴェーグ達が救出したのは、東メーリャ王国の人々だけではなかった。ここ西メーリャ王国のドワーフもいると、彼らは伝えてきたのだ。

 シャンジーが通信筒で送ってきた(ふみ)によると、彼らは西メーリャ王国でも東寄りの村の出身だという。


 西メーリャ王国の東部は東メーリャ王国やスキュタール王国と接しており、二国とも繋がるメリャド街道が走っている。そして東メーリャ王国とスキュタール王国の間にはファミル大山脈があり直接の行き来は不可能だから、二国の人々も通る。

 ちなみに玄王亀シューナが保護した子供達、東メーリャ王国の村の子もメリャド街道を通ってスキュタール王国に向かう予定であった。しかし彼らは自身を異国へと(いざな)う一団の正体に気付き、(から)くも脱出したのだ。


 そして今回助けた中に含まれていた者達は、このメリャド街道の南寄りにある都市ノヴゴスクの周辺の村人だという。つまりスキュタール王国との国境に近い村の住人である。それ(ゆえ)スキュタール王国の鉱夫募集団は、彼らに目を付けたのだろう。

 鉱夫募集団は過酷な労働条件を隠し、村長(むらおさ)などに賄賂を渡して後押しさせた。東メーリャ王国の村人を勧誘したときと同じ手口である。

 しかも今回は寒冷な高地で働くことも伏せたようだ。西メーリャ王国は大砂漠からの熱風で暑く、東端近くのノヴゴスク周辺でも薄手の布服で充分である。そのため国境を越えるが大して気温が変わらぬ近場と、募集団は偽ったという。


 幸い超越種達の活躍で、鉱夫とされた東西メーリャのドワーフ達は全て救い出された。二つの鉱山にいたドワーフ達が知る限り、家族も含めスキュタール王国に連れていかれた全員が揃っているそうだ。

 したがってシノブ達は焦ることはなかったが、西メーリャ王国の王ガシェクは早速動く。


「ドロフ、軍を(まと)めろ! 明朝出発、早急に集めるのだ!」


 街を抜けて王城の敷地に入ると同時に、ガシェクは笑みを収めて長男の王太子へと叫ぶ。

 ガシェクが身に着けているのは、西メーリャ王家の正装の一つだという裾のない下穿(したば)きと膝下までの長靴(ちょうか)のみだ。そのため顔どころか、全身を染めているのが明らかだ。

 シノブ達との親密さを示すため、先ほどまでガシェクは笑顔で街の者達に手を振っていた。しかし抑えていた分だけ、彼の怒りは激しさを増したようだ。


 ガシェクは王、民を守るのが務めである。その彼にとって、自国民が(だま)され国外に拉致されるなど見過ごせることではない。しかも村長(むらおさ)が犯罪の片棒を担ぐなど、統治する側の腐敗というべき由々しき事態だ。

 そこでガシェクは、(みずか)ら現地に赴いて調べると宣言した。これは賄賂で懐柔されたのが村長(むらおさ)のみとは限らないからだ。

 もし村々を監督する役人も袖の下を受け取っていたら。それどころかノヴゴスクの太守や支える重臣にも及んでいたら。太守達を信じたいが、念には念を入れるべき。ガシェクは、そう判断したのだろう。


 そうなると直臣達を率いていくしかない。しかしノヴゴスクまで主要街道を使って進めば500kmほど、山道などを使っても縮まるのは二割程度という長旅だ。

 王が側近のみを率いて気軽に出かける距離ではないし、もし太守達がスキュタール王国に丸め込まれているなら対抗できる兵力が必要である。

 そこでガシェクは、王都や近隣の守護隊から集めた戦士で遠征団を結成することにした。


「おう、任せろ!」


 王太子ドロフは馬車から飛び降りると、猛烈な勢いで駆けていく。彼も父と同じ格好だからプロレスラーの突進を思わせる姿だが、速度が桁違いだ。

 足が遅いドワーフとは思えない疾走だから、ドロフは全力で身体強化をしたに違いない。彼は(まばた)きする間に、石造りの(いか)つい建物へと消えた。


 既に日没も近いから、翌朝までに出陣の準備を整えるのは目も回るような忙しさだろう。

 アスレア地方でもアマノ同盟の友好国となった国々なら、王都や都市などに魔力無線装置が置かれている。そのため近距離どころか長距離であっても即時に連絡できるが、ここ西メーリャ王国は違う。そして移動手段は騎馬や馬車に徒歩だから、近隣からも呼ぶなら急ぐに越したことはない。


「取り越し苦労で済めば良いのですが……」


「ええ……」


 西メーリャ王国の王女マリーガに、隣国の一つであるキルーシ王国の王女ヴァサーナが応じた。それにイヴァールやパヴァーリも口にはしないが僅かに頷き、女性達に賛意を示す。


「あくまで念のためですから!」


 アミィは敢えてなのだろう、声音(こわね)は普段通りで微笑みも浮かべている。

 シノブ達なら飛行船があるから最短距離を進めるし、好天であればノヴゴスクまでを四時間弱で移動できる。しかし騎馬で急いでも二日、(まと)まって行軍すれば五日は掛かる道程だから気軽に増援を呼べはしない。

 そこで最悪を想定して軍を出すが、実際にはノヴゴスクで何も起きない可能性が高いだろう。


「シノブよ、訪問団が助力しても良いか?」


「確かに輸送だけでも……」


 イヴァールに続いたのは、エレビア王国の王子リョマノフである。どうやらリョマノフも、可能であれば助勢をしたいと考えていたようだ。

 イヴァールが率いるアスレア地方北部訪問団は、四隻の飛行船で旅をしてきた。リョマノフやヴァサーナ達を合わせると一行は二百名少々で、これは規定した乗員の上限に近い。

 しかし上限は長旅が前提で、積載する食料なども考えての設定だ。したがって数時間を乗せていくだけなら充分に余裕はあるし、ここドロフスクに訪問団の一部を残しても良いだろう。


 もっとも訪問団の目的はアスレア地方のドワーフ達との関係樹立、つまり西メーリャ王国や東メーリャ王国との交流だ。内政への介入や戦の支援など、当然ながら予定していない。それ(ゆえ)イヴァールは、アマノ同盟の盟主たるシノブへと問うたわけだ。

 そしてリョマノフはヴァサーナと共に案内役を務めているが、協力者に過ぎないから訪問団の意思決定に加われる立場にない。そのためだろう、彼らしからぬ遠慮がちな物言いと表情である。


「……大型弩砲(バリスタ)の射程に入らないこと。少なくとも倍は距離を確保するのが条件だ。ただし決定は、もう少し詳しく訊いてからにする」


 シノブは条件を示したが、協力の決定自体は保留した。何しろ訪問団の安全に関わることだから、義侠心や道義心だけで動けることではない。


 飛行船の外装は通常の弓矢なら充分に耐えられるが、数人掛かりで操る大型弩砲(バリスタ)は別だ。

 ヘリウムが入った気嚢(きのう)は多数に分かれており、一つが破れたからといって落ちはしない。それに飛行船にも大型弩砲(バリスタ)などの武装はあるし、先に上空からの攻撃で撃破すれば安全に着陸できるかもしれない。

 しかし訪問団の軍人達も、異国の内乱にまで首を突っ込んで命を奪いたくないだろう。それに墜落でもしたら大惨事だし、着陸できても再び飛べないほど損傷したら地上戦は必至である。


 たとえば都市ノヴゴスクに近い山中で、ガシェク達を密かに降ろす。あるいはアルマン島の戦いで使ったハンググライダーや後に開発したパラシュートなどで降下させる。

 その程度の協力なら良いとシノブは思ったが、安易に約束することでもない。それに状況が判らないまま論じても仕方ないから、浮かんだ考えには触れずに口を閉ざす。


「シノブ殿……ありがとう。しかし助けてもらうなら、相応の礼をせねばならん。こちらも簡単にはお願いできんよ」


 感極まったようなガシェクだが、それでも国王に相応しい威厳と矜持(きょうじ)を示す。

 シノブは、軽率な申し出などガシェクの誇りを傷付けただろうと感じた。そして同時に、飾らぬガシェクの言葉に好感を覚える。


「ええ。ですから、まずは互いを知りましょう」


 もっとガシェクや西メーリャ王国を理解しよう。そして共に最良の道を探るのだ。シノブは思いを表そうと、ガシェクに手を差し出す。


「その通りだ! さあ、我が西メーリャ自慢の料理を味わってくれ! そろそろ城の厨房も準備を終えただろう!」


 ガシェクはシノブの手を握り返す。そして二人が固い握手を交わしたとき、馬車は中央正面の大扉の前で停車した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ドロフスクの王城は堅固な造りで、あまり風通しは良くない。もっとも西の大砂漠から渡ってくる風を入れたら余計に暑くなるから、この方が好都合なのだろう。

 代わりに王城の中に冷たい地下水を引いて、室温を下げていた。邸宅の中に水路を引いて涼むのは地球の古代でも実際にあった方式で、空気が乾燥しがちな西メーリャでは保湿の役にも立つそうだ。

 シノブ達が通された広間も四方は堀のように流水が満ち、更に奥の壁は滝のように水が流れ落ちている。この滝は気化熱による冷却効果を意図したもので、確かに室外より遥かに過ごしやすい。


 次に目を惹くのは、周囲を飾る多くの彫像である。これは広間までの通路にも置かれていたが、まるで生きているかのように精巧な石像が壁際に幾つも並んでいるのだ。

 到着したときにガシェクが示したような、筋肉を強調するポーズの像。戦いの一幕を表したらしき像。男性だけではなく、女性を象ったものもある。地球の歴史で類似のものを挙げるなら、古代ギリシャや古代ローマのように極めて写実的な作風である。

 もっともドワーフの国だから全て彼らの姿を模した像で、頭身は地球のものと大きく異なる。


「さて、(うたげ)を始めよう! 『全ての命を造りし大神アムテリア様に感謝を』」


 ガシェクに続き、広間に集った者達が唱和する。ただし人数は、さほど多くない。

 歓待される側はシノブとアミィ、イヴァールとパヴァーリ、リョマノフとヴァサーナのみだ。そして饗応(きょうおう)する者達も少なく、国王ガシェクに彼の二人の妻、長女のマリーガに次女のルネヴァ、更に王太子ドロフの妻とペヤネスク太守ロスラフだけである。

 ちなみに王太子は軍編成に忙しく祝宴には出ず、給仕の者を除けば僅か十三人しかいない。


 何しろ内密に話すべきことが多い。救出した人々の件、都市ノヴゴスクへの移動の件、スキュタール王国や東メーリャ王国への対応など、(おおやけ)に語れぬことも話題に出るだろう。

 そこで訪問団の副団長アレクベールなど幹部級は別室で重臣達と、他も地位や職種に応じて相応しい者と会食をしている。そもそも訪問団の目的は行く先々との関係樹立だから、多くと懇親を深めるべきである。


「シノブ殿は酒に強いのだな!」


「それほどでもありませんが」


 ガシェクの驚嘆に、シノブは謙遜で応じた。

 既にガシェクは他と同じ半袖膝丈のチュニックに着替え、それまでのプロレスラー風の衣装ではない。そのため国王らしさが増したと思ったシノブだが、流石に口にはしない。


「いや、人族にしては相当に強い方ではないか?」


「ああ、俺もそう思う……これは良い酒だな」


 顔を向けたガシェクに、イヴァールは無造作に頷いてから酒杯を干す。

 並べられた酒の大半はウォッカのように度数の高いものだから、ガシェクが賞賛するのも当然ではある。シノブも国王として各種の(うたげ)に出るうちに、かなり酒に慣れたのだ。

 料理を味わってくれとガシェクは言ったが、ドワーフだけあって酒もふんだんに出された。というよりドワーフ達からすれば酒は水と同じくらい身近なもので、料理と合わせて酒が出るのは語るまでもないことだ。

 実際にイヴァールやパヴァーリ、ペヤネスクの太守ロスラフも、並んだ料理に匹敵するくらい酒を飲んでいた。


「私には強すぎますね……」


 獅子の獣人だけあってリョマノフは大柄だが、ドワーフ達に対抗するのは避けたらしくジュースで割って飲んでいる。状況次第では翌朝早くに飛行船で発つから、彼は少々控えたのかもしれない。


「リョマノフ様、新しいのを作りましたわ」


「仲がよろしいのですね……」


 手ずからカクテルを作って差し出すヴァサーナを、国王の次女ルネヴァは興味深げに見つめる。

 二人は豹の獣人とドワーフと種族は異なるが同じ十四歳だから、互いに親近感を覚えたらしい。もっとも手にしている飲み物は全く異なる。

 ヴァサーナは果実のジュースや水のみを口にしているが、ルネヴァは父と同じ()のウォッカを飲んでいるのだ。人族なら八歳か九歳といった小柄な体にも関わらず、である。


 他種族とは違い、ドワーフは十歳くらいから酒を飲む。そして男女とも、僅かなうちに大人と変わらぬほどの強さになる。

 実際にルネヴァはウォッカを何杯も干しているが、それでも殆ど酔った様子はない。もちろん十八歳のマリーガや、更に年長の王妃達や王太子妃も同様である。


「こちらの名水も美味(おい)しいですよ。だから良いお酒が出来るのでしょうね」


 アミィはノンアルコールだ。彼女は眷属だからシノブ達より遥かに長く生きているが、十歳ほどの外見だから飲酒することはない。


「そうだね……ノヴゴスクの辺りは異常があったようだけど……」


 シノブは先ほどシューナから聞いたことを思い浮かべた。

 ペヤネスクのときと同様に、シューナは魔法の馬車で一旦こちらにやってきた。そのときシューナは救出した西メーリャ王国のドワーフの代表を伴っており、彼らが何故(なぜ)出稼ぎする羽目になったのか、理由の一端が判ったのだ。


 ノヴゴスクの近辺も酒どころで、しかも水も良いから他より優れた味を誇っていた。しかし数年前から自慢の名水が涸れてきて大打撃、そこに良い稼ぎの仕事があると紹介されたから話に乗ってしまったという。


「シュゴル殿も臨時の減免をすれば良かろうに」


 シュゴルというのはノヴゴスクの太守の名だ。ロスラフは同じ太守として苦々しく感じたのだろう、顔を曇らせている。


「その辺りは確かめよう。ロスラフ、お前はここで訪問団の世話役を務めてくれ」


 ガシェクは再び、国王である自身がノヴゴスクに出向くと宣言する。

 太守のシュゴルに何があったか問うのだから、格上の者が行かなくては話にならないだろう。そして村人達の話を聞く限りだと、不穏な気配や事態が急変する要素はなさそうだ。

 そのためガシェクは王太子に王都を任せ、自身が軍を率いるという。確かに名水の涸渇が原因なら数日ほど急いでも大きな違いはないから、飛行船を出してもらってまで急行しなくても良いかもしれない。


「後は東メーリャとスキュタールだな……」


「スキュタールには断固とした姿勢で(のぞ)むとして、東メーリャはどうするのだ?」


 ガシェクの独白めいた言葉に、イヴァールが興味深げな顔となる。

 助け出した者のうち、西メーリャ王国の村人はガシェクとシュゴルの会談次第で元の村に帰還できるかもしれない。村長(むらおさ)など賄賂を貰った者を罰してからとなるだろうが、こちらはノヴゴスクの太守や家臣が真っ当な考えの持ち主なら面倒なことにはならない筈だ。

 しかし東メーリャ王国の村人は、今のところ戻る目処は立っていない。シノブ達に東メーリャ王国との伝手はないし、ガシェク達も疎遠だからである。明日ガシェクは東メーリャ王国に使者を出すが、こちらと同じように向こうも原因追及するか読めないのだ。


「それなのだが……マリーガ、お前に頼みたいことがあるのだが」


「私で良ければ何なりと……」


 父王の問いに、マリーガは静かに応じる。どうも彼女は父の頼みがどんなものか察しているようで、表情は明らかに変じていた。

 そしてマリーガの予想する内容は、彼女にとって望ましくないものらしい。彼女の顔には微かな憂いが滲み、それに声も僅かだが曇っている。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ガシェク殿、どのようなことか伺っても?」


 シノブは問わずにいられなかった。マリーガの悲しげな顔から、余程の難事か自身を犠牲にするようなことだと感じ取ったのだ。

 思い返せばマリーガは、(うたげ)が始まる前から予感していたらしき(ふし)がある。彼女はヴァサーナと親密になったようだが今は妹のルネヴァに相手をさせ、自身は殆ど話に加わらなかったからだ。


「うむ……。マリーガには、ザヴェフ殿かイボルフ殿に嫁いでもらうつもりだ。実は前から考えていたのだが……」


「マリーガ殿が!?」


 重々しく響くガシェクの声を(さえぎ)ったのは、パヴァーリの広間中に響く大声である。彼は他に遠慮したのか兄のイヴァールの脇で控えるのみだったが、今は血相を変えて席から立っている。


 しかしパヴァーリの驚愕も当然ではある。東メーリャ王国の国王ザヴェフは三十二歳、逆に王太子のイボルフは十歳でしかない。前者はマリーガの十四歳上、後者は八歳下である。

 ザヴェフとマリーガなら年齢差はあるが、王族や貴族なら十歳以上違う夫婦も珍しくない。とはいえザヴェフには既に二人の妻がいる。

 イボルフは未成年だから、マリーガは最低でも五年は待つことになる。それに通例だと夫が年長か同い年という例が多い。

 そのためどちらにしても、いかにも政略結婚といった印象なのだ。


 薄々そんなことではと想像していたシノブも残念に感じたし、アミィも同様に眉を(ひそ)めている。それにイヴァールも同様で険しい顔となっていた。

 対照的にリョマノフやヴァサーナは、憂いを滲ませているものの非難する様子はない。今は相思相愛の二人だが、元々はエレビア王国とキルーシ王国の関係改善のために婚約したくらいだ。生まれつきの王族として、二人は果たすべき責務と受け取ったのだろう。

 同様に西メーリャの王妃達や王太子妃も表情を動かさない。共に暮らす彼女達だから、こうなる運命と感じていたに違いない。


「パヴァーリ様、これは王家に生まれた者の務めなのです。

憩いの場に波風を立てるかもしれぬ女など、ザヴェフ陛下も好まぬでしょう。それにイボルフ殿下も、八つ上の第一夫人など……。ですが今まで額に汗することなく己の研鑽に邁進(まいしん)できたのは、民の支えがあってのこと。両国を結ぶ絆となって……報いねば……」


 マリーガは穏やかな表情で言葉を紡いでいく。しかしパヴァーリを見つめる彼女の瞳は潤んでおり、己を押し殺しているのは誰の目からも明らかであった。


 シノブには、マリーガに掛ける言葉がなかった。私事より統治者や同盟の盟主としての責務を優先すべきと、自身も思っていたからだ。

 愛する者達の側にいたい。家族との語らいや触れ合いに時間を割きたい。しかし心の赴くままに動く前に、やるべきことがある。それだけ多くのものを受け取っているのだから。シノブの胸の内に宿る信念は、マリーガの言葉と重なっていた。


 シャルロットと生きると決めた日のことを、シノブは想起する。

 愛する人と共に歩むため、シノブは貴族になるという束縛を受け入れた。シャルロットの笑顔は彼女が慈しむ人々と共にあり、不可分だからである。

 そしてシノブも領主や国王として暮らすうちに、自然とシャルロットの心に近づいた。誇り高く生きる妻を、より深く理解しようと願ったからだ。


「マリーガ……済まぬ。使者に持たせる(ふみ)には和解への証として、お前を嫁がせたいと……そうすれば今度こそ……」


 ガシェクも娘を心から愛しているに違いない。ドワーフ王の声は今までの力強いものとは違い、大きく揺れていた。


 東西の二国はメーリャ王国として一つになった時期もあったが、風土の違いによる文化的な差異は無視できず三百年ほどで分裂した。ただし現在のように冷たい関係になったのは、ここ十年ほどだ。

 まず西メーリャ王国が王太子に建国王ドロフの名を与えた。そして対抗心からのようだが、東メーリャ王国も初代イボルフの名を王太子に授けた。西が二十三年前、東が十年前である。

 最終的な一押しは東側だが発端は西、つまりガシェクの行いからだ。ガシェクは次代が初代と同じ英君となり更なる繁栄をと願いを篭めただけだが、責任を感じてもいたのだろう。

 そして関係改善の一手として娘を東に嫁がせる機会を探っていたが、今までは素っ気なく断られていたようだ。


 しかし今回、東メーリャ王国の者達を救い出した。もちろん救出を成したのは超越種達だが、仲を取り持てば関係修復の切っ掛けにはなるだろう。そして、この千載一遇の時を逃したら次はいつになるか判らない。

 思えば双方の村人が不正な勧誘に乗ったのも、東西の二つのメーリャが疎遠になった隙を突かれた面もあるのでは。両国が盛んに交流していれば、わざわざスキュタール王国で出稼ぎしなくても済んだかもしれない。それに何かあっても、もっと早く対処できただろう。

 シノブの脳裏に、そんなことが思い浮かぶ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 これは西メーリャ王国の選択で、自身が口を挟むべきことではない。そうシノブが思ったとき、再び激情の発露が広間に響く。


「ガシェク殿! 俺は納得できない!」


 もちろん声を張り上げたのはパヴァーリだ。彼は先刻と同様に、仁王立ちでガシェクを(にら)みつけている。


「俺が東メーリャとの仲を取り持とう! だからマリーガ殿の件を申し入れるのは待ってくれ!」


 パヴァーリは自身の髭に手を当てていた。

 それは彼らヴォーリ連合国出身のドワーフに、そしておそらくは同じく長い髭を持つドワーフの全てに伝わる誓いの印。己の命を投じても必ず成し遂げるという、彼らが最も厳粛で神聖とする宣言である。


「……成算があると?」


 ガシェクも髭の誓いを出されては、言下に断るわけにはいかないのだろう。

 ここ西メーリャ王国のドワーフは髭を非常に短くするか全て剃る。そしてガシェクは後者で、彼の顔に髭は存在しない。

 しかし隣国には今も伝わり、百年ほど前に国を分かつまで彼らの先祖もした筈の誓いである。


 それに髭の誓いは、西メーリャ王家にも形を変えて受け継がれている。

 初代国王ドロフは髭を剃り落とし短髪にして西の民と合わせ、心を重ねたという。そして代々の王は初代の意思を受け継ぎ、髪を短くし髭を生やさない。

 西メーリャ王家が伝える風習も、彼らにとっての髭の誓いなのだ。その証拠に、ガシェクは無意識かもしれないが自身の顎に触れていた。


「成算なぞあるものか! 身命を賭して実現させるのみよ! このアハマス族エルッキの息子、パヴァーリの全てを懸けてな!」


 パヴァーリの宣言に、シノブはシャルロットを愛していると気付いた日を思い出した。それは内々の婚約より十日ほど前、ヴォーリ連合国の竜の棲家(すみか)でのことである。


 岩竜ガンドとヨルムとの戦いでシャルロットが倒れたとき、シノブは彼女を助けることしか頭になかった。彼女しか見えていなかった。全てを忘れて(いと)おしい人のために動いた。計算も何もない、純粋な感情の発露である。

 パヴァーリを突き動かしているのは、あのときの自分と同じ感情だろうか。彼はマリーガへの愛に目覚めつつあるのか。シノブの胸中に一種独特な感慨が広がっていく。


「パヴァーリ様……」


 微かな呟きが、マリーガの口から漏れた。王族として許されぬことと心を抑えつけていたが、ついに我慢できなくなったのだろう。


 他の者達も、感動を(こら)えきれぬようだ。

 ヴァサーナは頬を濡らし、寄り添うリョマノフに体を預けている。そしてリョマノフの目にも輝きが宿っている。

 西メーリャ王国の女性達も、ここまで真っ直ぐな宣言には胸を打たれたようだ。成人前と多感なルネヴァは、ヴァサーナと同様に輝く(しずく)が顔を伝っている。それに王妃達や王太子妃も、ハンカチを目元に当てていた。

 イヴァールやロスラフは、柔らかな笑みを浮かべていた。伯爵に太守と大領を預かる彼らだが本質は熱き戦士、やはり愛する者のために己の身を投じたときがあるに違いない。

 もちろんアミィは、全てを包み込むような慈しみの笑みを浮かべている。小さな体に宿した眷属の大きな魂が、若き命の叫びを(いと)おしく感じたのだろう。


「パヴァーリ殿……お主には負けたよ。マリーガは、お主に預ける……吉報を待っている」


 相変わらずガシェクは顎に手を当てていた。彼に髭はないが、同じく誓いをと思ったのだろう。

 ガシェクの瞳には最前までとは違う(きら)めき、おそらくは僅かに滲んだものの揺らめきがある。シノブは、そこに無骨なドワーフ王の心の動きを感じたのだ。


「ガシェク殿……パヴァーリのわがままを聞いてくれ、感謝する。仲を取り持つのは弟だから手を出さぬが、西メーリャに迷惑は掛けぬよ……俺の髭に誓ってな」


 イヴァールも本心では弟を助けたいのだろう。しかし弟が誓ったことだからと、彼は西メーリャ王国に不幸を(もたら)さぬとだけ宣言した。


「本当は儂がすべきこと、どうなろうが文句を言えた筋合いではない。だがな、儂はパヴァーリ殿ならと信じておる」


 ガシェクは穏やかな笑みを浮かべ、パヴァーリを見つめていた。

 己が認めた一廉(ひとかど)の男を眺めるように満ち足りた顔。ガシェクは娘を託す父のような表情をしている。

 パヴァーリにマリーガを預けると伝えたのは、言葉通り彼を娘婿として認めたという意味だろう。シノブは、そう感じていた。


「私も陰ながら見守ります。さあ、めでたき日に乾杯しましょう!」


 シノブもイヴァールに倣い、手出しを控えるが応援すると表明した。そして朗らかな声と共に、酒杯を掲げる。


「マリーガ様! パヴァーリさんなら、きっと幸せにしてくれます!」


 アミィはシノブが言外に篭めた意味を理解したようだ。もっとも気付かぬ者などいないだろう。

 皆の視線を受けた二人は、真っ赤な顔をしている。そして見つめる者達もシノブ同様に杯を手に、直截的な表現を避けつつも若い男女を祝福する。

 そして新たな絆の誕生を寿(ことほ)いだ一同は、更に多くと手を結ぶべく語らいを続けていった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年10月28日(土)17時の更新となります。


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