24.14 西のドワーフ王
光翔虎のヴェーグは救出したドワーフ達を連れ、一旦アマノシュタットへと移った。彼は百名近いドワーフと共に、魔法の家の転移でスキュタール王国の山中から消え去ったのだ。
『シューナ、出迎えご苦労! 無事に戻ったぞ!』
『ヴェーグさん、ありがとうございます』
扉を開けて進み出たヴェーグは、弟分の玄王亀シューナへと呼びかける。木人への憑依を解いたから発声の術を用いてだが、一夜漬けで覚えたにしては充分に明瞭である。
「さあ皆さん、こちらへどうぞ」
背後の館を指し示したのは、ドワーフの男女だ。魔法の家が出現したのはヴォーリ連合国の駐アマノ王国大使館の庭で、彼らは大使館員である。
「ここがアマノシュタット……」
「お世話になります」
同じドワーフを見て安堵したらしく、魔法の家から現れたドワーフ達の顔は大きく綻んでいる。
鉱夫として働いた男性達に妻だろう女性達、成人より若干少ないが子供もいた。そして彼らは東メーリャ王国出身だから、成人男性は長い髭を蓄えている。
迎える側もヴォーリ連合国の大使館員だけあって、男は同じく立派な髭の持ち主だ。そのため救出された者達も相手が同じ風習を持っていると知り、大いに安心したようだ。
メーリャ地方には彼らの東メーリャ王国とは別に西メーリャ王国があるが、仲は決して良くない。西メーリャ王国の男性は髭を極めて短くするか剃るかで、髭を誇りに思う東メーリャ王国人には受け入れ難いのだ。
もっとも国の違いや風習など、更なる喜びで吹き飛んだかもしれない。
「お父さん! お母さん!」
「会いたかった!」
駆け出したのは一足先に保護された子供達、昨夜アマノシュタットに来た十五人のうちの一部である。どうやら全員の親はいなかったようだが、それでも半数ほどは自身の父母と巡り合えたらしい。
「おお! ツリフ、シャスミ!」
「無事だったのね!」
親達も駆け寄り、我が子を抱き上げる。何しろ数ヶ月ぶりの再会だから、双方とも顔中を涙で濡らしての抱擁である。
鉱夫の募集でスキュタール王国へと発ったドワーフ達には、旅の途中で募集団が真っ当な相手ではないと気付いた者もいた。そこで彼らは脱出を図ったが失敗し、一部の子が逃げたのみで終わったのだ。
「玄王亀様が助けてくださったのね!」
「うん! 亀先生のところにいたの!」
「俺が村長に騙されなければ……」
頬ずりをする母親に、元気良く応じる幼子。その隣では父親が後悔を滲ませつつも、我が子の無事な姿に笑みを漏らす。
募集団の統率者は、巡った地の長に賄賂を渡して勧誘の後押しをさせた。そのためドワーフ達は稼ぎの多い仕事があると勇んでスキュタール王国へと旅立った。
大地の神テッラを奉じるドワーフには、採鉱や鍛冶など金属の発見や加工に長けた者が多い。そのため好条件でドワーフを鉱夫や鍛冶師として招くのも珍しくなく、彼らは疑うこともなかった。
東メーリャ王国からすれば、スキュタール王国はファミル大山脈に遮られて直接の往来は無理だが良い隣人だったようだ。
西メーリャ王国も隣で、更に国境地帯が平地だから街道で容易に移動できる。しかし同じドワーフだから技も同等、重ねて文化や風習の違いで仲違いしており互いに助けを借りはしない。
それに対しスキュタール王国に住むのは人族と獣人族だから、自慢の腕が売り物になる。その上ドワーフ馬の売り先で気候も同じく寒冷だから、東メーリャ王国は西隣の同族より異種族との交流が殆どだ。
もっとも東メーリャ王国と接しているのは西メーリャ王国とスキュタール王国だけで、他に選択肢がないという事情もある。
『玄王山からも近かったのですね……』
『仕方ないさ。お前には子供達の世話があったんだから』
シューナの声は僅かに曇っただけだが、ヴェーグは心の内を察したようで大きく首を振りつつ応じた。
玄王山ことメリャド山はファミル大山脈の西の端、そしてドワーフ達を助け出したイタヴァーシュは幾らか東に戻った南側の山中で遠くはない。そのためシューナは、そんな近場であれば自身の力で救助できたと思ったのだろう。
しかしシューナには十五人もの子供を守るという大切な役目があった。メリャド山には魔獣も棲んでいるから長く空けるのは危険で、彼は生活必需品の調達を除くと子供達の側を離れなかったのだ。
そもそもヴェーグは飛翔の得意な光翔虎で、放浪の最中にスキュタール王国での鉱山開発も聞き及んでいたから簡単に発見できた。しかし移動速度が十分の一にも満たない玄王亀が当てもなく彷徨っても、同じようにはいかないだろう。
『はい。シューナさんが守り通したから、今の笑顔があるのです』
同意の言葉を発したのは、最年少の玄王亀ケリスであった。彼女は同族のシューナの世話をしようと、アマノシュタットに残っていた。
ここのところ超越種の子供達は、アウスト大陸の北にあるカカザン島で日中を過ごす。これはカカザン島の森猿スンウ達に『アマノ式伝達法』を教えるためだ。
伝授は精神感応を得意とするオルムルが中心だが、森猿の島は周囲が魔獣の海域だから狩りや訓練にも都合が良い。そのため昨日まではケリスも一緒に出かけていた。
しかし今日は、ケリスが長く待ち望んだ若き同族シューナがいる。それにシューナは昨夜アマノシュタットに来たばかりだから、色々伝えるべきことも多い。
そこでケリスはシューナと共に、ドワーフの子供達の相手をしていた。子供達も彼らが亀先生と慕うシューナと同じ種族だからケリスを歓迎し、つい先ほどまで二頭は彼らと歌ったり遊んだりと楽しく過ごしていたのだ。
──お疲れ様でした~。ところで親御さん達、全員じゃないようですね~?──
思念で会話に加わったのは虎の獣人に変じたミリィであった。彼女が魔法の家の呼び寄せなど、アマノ王国での後方支援を務めていたのだ。
ミリィは彼女らしからぬ憂い顔で、館に近い一角を見つめている。そこには彼女以上に悲しげな顔をした子供達がいる。
助け出した一団にいたのは、一部の子の親のみであった。それ故ミリィは、残りのドワーフ達がどうなったかと訊ねたわけだ。
『失礼しました! ……お~い、子供達よ! お前達のおとっつぁんとおっかさんの居場所は判っているぜ~! 他の皆は、もうそっちに向かっているんだ!』
ヴェーグの言葉は嘘ではない。
他の者達、つまりシャンジー達や後方支援を務めたメイニーを合わせた五頭の光翔虎、そして潜行術で救出して回った玄王亀達は、新たな鉱山を探りに行った。助け出した中に、同じドワーフの鉱夫が送られた場所を知る者がいたのだ。
しかも新たな鉱山の場所もヴェーグは知っていたから、シャンジー達は間を置かずに次へと動いた。さほど遠くもないし坑道の入り口という目印もあるから、発見は容易な筈だ。
「本当に!?」
『ああ、嘘じゃないぜ! ニュテス様に誓ってな!』
駆け寄ってきた少女の頭を、ヴェーグは前足で優しく撫でた。
この世界でも生前の行いを評定するのは冥神だと伝わっている。闇の神ニュテスの判断で来世が決まり、そのとき彼はどのような嘘も見抜くという。
もちろん死後を知る者はいないが、創世期から伝わる逸話だから神々や眷属の言葉が元と思われる。そのため『ニュテスに誓って』という言葉は、事実だという宣言の一つとなっていた。
「流石は『放浪の虎』さんですね~。あっ……」
褒め称えたミリィだが、直後に通信筒を取り出した。微かに震えているから、何らかの知らせが届いたのだろう。
一同は期待も顕わにミリィを見つめる。光翔虎のヴェーグは尻尾を大きく揺らしつつ、玄王亀のシューナとケリスは思わずといった様子で浮遊してミリィに近づいた。それに子供達も通信筒について教わったから、どんな知らせだろうかと注目している。
「準備が出来たようですよ~」
『では行ってきます! ところでミリィ殿、例の件ですが……』
微笑むミリィに、最初ヴェーグは発声の術で応じた。しかし彼は内密に相談すべきと思ったらしく、途中で思念へと切り替えた。しかも相手をミリィに限定してという念の入れようだ。
「むむむ~。……ならばヴェーグさんの知っているアレにしましょうか~。アレが大元だから、ちょうど良いですし~」
一旦は眉を顰めたミリィだが、名案を思いついたのか笑顔になった。するとヴェーグは大きく頷き、魔法の家の中に姿を消す。
──ケリスさん?──
──気にしない方が良いですよ。ミリィさんですから──
密かに思念で訊ねるシューナに、ケリスは何やら悟ったような調子で応じた。そして二頭が思念を交わした直後、魔法の家は彼らの前から消え去った。
◆ ◆ ◆ ◆
アマノシュタットでの奇妙なやり取りから暫く後、アスレア地方北部訪問団は西メーリャ王国の王都ドロフスクへと到着した。
とはいえ訪問団が乗るのは全長150mを超える飛行船で、しかも四隻もあるから王都の中に降りるのは不可能だ。そもそも予定を繰り上げての訪問で、事前にペヤネスクの太守ロスラフが出した使者は王都に着いたかどうかといった頃合だから勝手に着陸したら攻撃されかねない。
そこで訪問団は、王都から多少離れた軍用地へと向かう。そこはドワーフ馬に騎乗しての大規模演習も行う訓練場で、ロスラフは国王への文で飛行船の係留場所として提案したそうだ。
幸いペヤネスクからの使者は王都に到着していたらしい。訪問団が上空から拡声の魔道具で呼びかけると、訓練場の管理役らしき戦士達は係留すべき場を示してくれた。しかも戦士達は、国王ガシェクへの早馬も早々に出す。
そして四半時もしないうち、まだ日が落ちる前。王都ドロフスクから濛々たる土埃が立つ。
どうやら迎えの使者が来たのだろうとシノブ達は頬を緩ませるが、幾らもしないうちに彼らの表情は驚きと困惑に変わることになる。
「偉大なる西メーリャ王国の主ガシェク陛下と、継嗣たる王太子ドロフ殿下のご到着!」
先を進むドワーフ馬に乗った戦士の呼びかけは、他でも聞くような内容だ。
しかしシノブは、続いて現れた王と王子の格好に度肝を抜かれる。ガシェクとドロフは、上半身を顕わにしていたのだ。しかも油か何かを塗っているのか、良く焼けた肌は西日を受けて輝いている。
──確かに暑いけど……あれは無いんじゃない?──
──ペヤネスクよりは気温が低いですしね──
シノブとアミィは密かに思念を交わす。
熱風を送り込む大砂漠から100km足らずの都市ペヤネスクとは違い、王都ドロフスクは300km以上離れている。それにドロフスクは西メーリャの中央山地とも近く、標高も多少あるようだ。
したがってシノブの体感でも明らかなほど、ドロフスクの方が過ごしやすい。もっとも真夏から残暑に移った程度の変化だから、やはり半袖で充分な気温ではある。
シノブやアミィはアムテリアから授かった軍服風の衣装、適温に保ってくれる服を着けているから普段と変わらぬ長袖と長ズボンだ。それに訪問団の機関担当や技師も安全上の理由から同じような格好で、仕込んだ冷却の魔道具で耐えている。
しかしイヴァールやパヴァーリなど武人でも大半は半袖と膝までのチュニック、文官や情報局員も同じような薄い布服である。それにリョマノフのエレビア王国やヴァサーナのキルーシ王国も同じく温暖な国だから、二人の服も似たようなものだ。
「あれは西メーリャ王家の正装……の一つなのです」
「この暑い地に移ったとき、初代国王ドロフ陛下は民と進んで交わろうとしました。それまで伸ばしていらっしゃった髭を剃って髪も短くし、服も灼熱の大地で働く者達と同様に、と……」
王女マリーガと、ペヤネスクの太守ロスラフが声を抑えつつも語り出す。どうやら二人は、シノブ達が疑問を感じていると察したようだ。
百年ほど前までは西と東に分かれておらず、メーリャ王国として纏まっていた。そのときの王都メリャフスクは現在の両国の境、つまり大砂漠から700km以上も離れているから暑くもなく寒くもなく、という気候だったという。
もっとも現在は国境地帯だから居住は許されず、廃都メリャフスクと呼ばれる荒れ果てた地に変じているそうだ。かつての王都だけあって双方とも譲らず、争いが絶えないから無主の地とされたという。
「なるほど……英明な初代に倣ったのですね」
シノブはドロフという建国王が慕われ、現在の王太子に名を継がせる一端に触れた気がした。
国を割った理由が東西の文化の違いなら、短髪を好み髭を嫌う民に合わせるべきだろう。それが己の拠り所として誇るものであっても、皆と同じにするため捨てる。なかなか出来ることではないと、シノブは感じ入ったのだ。
おそらく現国王と王太子が五分刈りのような短髪で髭を全て剃っているのも、初代の教えを守っているからだろう。そう思うと、少しだけ二人の姿が違って見えたシノブである。
「はい。分裂前のメーリャ王国でも東部の者は長い髭を誇り、それ以外を下に見たそうです。ですから、元々一つの国となるのは無理だったのかもしれません」
「メーリャ王国が生まれたころは他の国で戦が多く、団結する必要があったとか」
下馬する国王と王太子を眺めつつ、マリーガとロスラフが言葉を紡ぐ。
過去の統一は侵略を怖れての措置で、平和になれば無理に纏まる理由はない。どうも、これが彼らの見解らしい。
シノブも当事者の感情を無視して統合を勧めるつもりはない。これは忘れてはならない意見だと胸に刻みつつ、静かに頷き返す。
ただし密やかな語らいは、これで終わりだ。既に国王と王太子が間近に迫っているからである。
「アマノ王国のシノブ殿だな!? 儂が西メーリャの王、ガシェク・ジルロフ・メーリャだ!」
「王太子のドロフ・ガシェク・メーリャと申す!」
国王と王太子は見事な体躯に相応しい堂々たる声で名乗りを上げた。
二人ともイヴァールやロスラフに匹敵する体の持ち主だ。つまり筋肉が多いドワーフでも有数の肉体美である。
身に着けているのは革製らしき裾のない下穿きと、同一素材だろう膝近くまでの長靴だ。そのため隆々たる筋肉や照り輝く体も相まって、シノブはプロレスラーを想起した。
もっとも相手はドワーフだから人族のシノブより頭一つ以上も背が低い。そのため見下ろすような形になるが、逆に肩や胴の分厚さが伝わってくる。
「アマノ王国の国王、シノブ・ド・アマノです」
「大神官のアミィです」
まずシノブとアミィが名乗り、更にリョマノフやヴァサーナ、イヴァール達と続く。
幸いガシェクやドロフは急な到着に不満を抱いていないようで、差し出された手を笑顔で握り返すのみだ。どうやらロスラフ達は、使者に持たせた手紙で訪問団のことを随分と良く書いたらしい。
「この度は急に押しかけて失礼しました」
「なんの! 早く会えて嬉しいことだ!」
予定を繰り上げての到着、しかも同行していない筈の自分やアミィの訪問をシノブは詫びる。しかし国王ガシェクは遠慮無用と笑顔で応じた。
しかし次の一言に、シノブは何と答えるべきか迷う。
「ところでシノブ殿、一つお願いがあるのだが……儂と力比べをしてくれぬか? いや、時間は取らせぬ! 先ほどのように握り合っての勝負だ!」
ガシェクの申し出は意外な気もするが、彼の姿からは自然なようにも思う。何しろ衣装に加え、今のガシェクは自身の肉体を誇示するように様々なポーズを取っていたからだ。
「ふっ! むん! はっ!」
両腕を掲げて上腕二頭筋を隆起させるのは、フロントダブルバイセップスと呼ばれる形にそっくりだ。更に体を横に向けて腰近くで一方の手首を握るサイドチェスト、正面に向き直って僅かに前傾して腕の筋肉や首から肩にかけての僧帽筋を見せ付けるモストマスキュラーと、シノブも見たことがあるポーズが続く。
「その……身体強化ありでしょうか?」
「もちろんだ!」
念のためにとシノブは問うたが、ガシェクは当然のことと即答する。そしてドワーフの筋肉王は自らの肉体に強化や硬化の術を掛けていく。
「シノブ、真剣勝負を挑まれたのだ。断るのは非礼だぞ」
──手加減は侮辱となります……でも、ほどほどでお願いします──
イヴァールの声とアミィの思念を聞きつつ、シノブは右手を差し出した。すると待ち構えていたかのように、ガシェクは素早くシノブの手を握る。
「では、私が判定役を。……始め! ……勝負あり、シノブ殿!」
今回も審判を申し出たのはリョマノフだった。しかし彼が役を務めたのは一瞬でしかなかった。
何故なら瞬きする間もなく、ガシェクが辺りに響き渡る大声で降参を宣言したからである。
◆ ◆ ◆ ◆
シノブ達がいる王都ドロフスクから東南東に800kmは離れた山中。もちろん西メーリャ王国ではなく、スキュタール王国だ。
元々高地が多いスキュタール王国でも、ここはファミル大山脈に入っているから寒さも格別だ。集落の周囲は深い雪で覆われ、境となる丸太の防壁も半ば埋もれている。
もっとも雪深さなど、集った兵士達にとっては意識の外だろう。彼らは集落で最も高い建物の上を見つめるのみだ。
視線が集まる先、屋根の上にはヴェーグ達が憑依した五つの木人の姿がある。今回も全て虎の獣人を模した木人で、五色の服も前回と同じである。
そう、ここがヴェーグ達の向かった場所、ドワーフ達を騙して集めた鉱山の監視所だ。
「誰だ、お前達!」
「問われて名乗るもおこがましいが、生まれは遠い南国の、早くに親の手を離れ、身を立てるべく放浪の、海を越えたる修行旅。覗きはすれど非道はせず、人に情けを運ぶため、東に西に方々で……」
朗々と謡うような口調で語りだしたのは、ヴェーグが憑依した赤い服の木人だ。もっとも非常に精巧な出来だから、見上げる兵士達は人間だと思っているだろう。
今回もヴェーグは術を使って閃光や爆音を発したから、兵士達は大魔術師だと思ったかもしれない。しかし人以外、それも超越種が憑依して操っているなど誰一人として考えていない筈だ。
「……アスレア地方に名も轟く、義賊の首領、赤の虎戦士!!」
「さてその次は遥か西、大森林の……」
ヴェーグの名乗りが終わると、前回と同じく赤い光と雷のような爆音が響く。そして後を受けたのは、今回もフェイジーが宿った青い服の木人だ。
ただしフェイジーもヴェーグに合わせたのか、歌舞伎のような大仰な口調で口上を述べ始める。
この演劇めいた一幕は、ヴェーグがヤマト王国で覚えたものだ。当然そのままではないしヤマト王国と無関係な内容にしているが、一方で彼らの来歴を示すものにはなっている。
しかもイーディア地方やエウレア地方など具体的な名は出さずに纏めた辺り、ヴェーグは相当に苦労して考えたのではないだろうか。
「くっ、近寄れん!」
「あの光、痺れるぞ!」
もっとも兵士達の大半は口上など聞いていない。彼らは梯子を持ち出して屋根に掛けようとする。
しかし名乗りの間も細かな閃光が飛び回り、しかも麻痺の効果があるようで接近を許さない。ならば弓でと矢を放つ者もいるが、突風に絡められ全て外れる。
「いったいアイツらは、何をしたいんだ!?」
「俺が知るかよ!」
少し前に別の集落で交わされたような言葉が飛ぶが、ここでも答えに辿り着く者はいなかった。
ヴェーグ達が注目を集めている間に、メイニーや玄王亀達がドワーフ達を救出する。単純極まりない計画だが、光翔虎や玄王亀を知らなければ姿消しや潜行術で巡っているなど思いもしないだろう。
──流石はヴェーグさん、色々詳しいですね~──
──ちょっと遊びすぎな気もするけど、でも楽しいわね──
──フェイジー兄さんの口上も渋いです~──
順番待ちのシャンジー、ヴァティー、フェイニーは思念を交わしている。
ヤマト王国に頻繁に行くシャンジーは、元となった演劇も知っているらしい。半年ほどの逗留の多くは各地を巡っていたが、その間には都で観劇する機会もあったのだろう。
ヴァティーは少々呆れ気味なようだ。しかし今までイーディア地方から出たことがない彼女からすれば博識で面白い相手なのだろう、好意は減じていないらしい。
フェイニーは自身の兄、といっても三百歳は上のフェイジーの語りに聞き入っている。フェイジーの宿った木人が発しているのは若さと力強さの同居する朗々たる美声だから、妹の贔屓目でもないだろう。
──まあ、俺は北大陸の東半分を隅々まで巡ったからな! 生まれ故郷のイーディア地方から東に渡ってスワンナム地方、そこから北上してカン、海を越えてヤマト王国……最後に北のシバレル地方を通ってアスレア地方入りだ!──
──シバレル地方って、北の海沿いですよね? 船で東メーリャに渡れないんですか?──
自慢げなヴェーグに問うたのは、ヴァティーである。
フェイジーの口上は終わってシャンジーの番になったから、フェイニーは将来の番に注意を向けていた。そしてフェイジーは若い二頭の後押しをしようと思ったのか、会話に加わってこない。
──大北洋は厳しいからな。氷山海豹って、俺達と同じくらい大きいんだぜ?──
ヴェーグの語る内容からするとシバレル地方、つまり地球でのシベリアに相当する北も巨大魔獣の棲む海らしい。
体長20mもの海獣や最大で100mに届く島烏賊や大魔蛸がいたら、相当な大きさの船でも一撃で沈むだろう。そのため大陸の北に広がる大北洋を航海する者は存在しなかった。
そうこうしているうちにシャンジーは名乗り終え、続くヴァティーやフェイニーも滞りなく役をこなす。そして最後は揃っての締めらしく、全員が一歩前に出る。
「五つ連れ立つ虎縞の、五戦士ならぬ虎戦士!」
「東西集う顔ぶれは、若虎衆の五人組!」
「その名も轟く雷の、音に響きし我々は!」
「千年余りの時の中、一際輝く大義賊!」
「深き情けは聖人の、心も熱き五つ星!」
「手柄とすべく捕らえてみろ! ……白浪五人衆!」
ヴェーグから順々に見得を切り、最後は全員で和す。
ちなみに白浪五人衆としたのは、白虎隊なのに白がいないと指摘されたからだろう。もっともアスレア地方の人々には、白浪が盗賊を意味する言葉だと理解できないかもしれないが。
それはともかく長々と名乗りを続けたから、だいぶ時間が稼げたらしい。
──ヴェーグさん、終わったわ! 救出完了よ!──
──了解! ちょうど名乗り終えたところだ!──
山頂に近い方から響くメイニーの思念に、ヴェーグは嬉しさが滲む波動で応じた。しかし彼は続く言葉に少々驚くことになる。
◆ ◆ ◆ ◆
西メーリャ王国の王都ドロフスクを、ドワーフ馬が牽く馬車の一団が進んでいく。向かうは中央の王城、乗るのはもちろんシノブ達だ。
「皆の者よ! こちらのシノブ殿は、儂と力比べで勝ったお方だ! それにシノブ殿の家臣、こちらの二人はペヤネスクのロスラフやボルトフを倒した勇者だぞ!」
「イヴァール殿やパヴァーリ殿も、遥か西のアマノ王国から来た! 東メーリャとは関係ない!」
「こちらのリョマノフ殿も素晴らしい勇士だ!」
「ヴァサーナ様も刀術の使い手です!」
国王ガシェクは並び立つシノブの手を掲げ、王太子のドロフも同様にイヴァールとパヴァーリを王都の民に示す。更にロスラフやマリーガはリョマノフとヴァサーナを称える。
そのため王都のドワーフ達も、アスレア地方北部訪問団を笑顔で迎えている。
訓練場での力比べは、シノブがガシェクを上回ると示すためだったようだ。
理由はともあれ訪問団は、予定や段取りを無視して現れた。そこでガシェクは、シノブ達をいきなり押しかけても歓待したくなる英雄だと示す一幕を作り出したのだろう。
何しろ王女マリーガを太守の娘と偽って探りに行かせたくらいだ。ガシェクが力押しだけの男ではないと、シノブも改めて感心していた。
「……通信筒か? アミィ、頼む」
「はい!」
街の人々に友好を示している最中だから、シノブは自身の通信筒をアミィへと渡した。しかも魔力で掴んで動かしたから、気付いた者は隣のガシェクくらいだろう。
「シャンジーさんですね……」
「無事に救い出せたという連絡でしょう」
「光翔虎様……でしたな」
アミィが挙げた名にシノブは微笑み、ガシェクは感慨深げな声を漏らす。
既にガシェクには不正な鉱夫募集や関連する出来事を伝えている。玄王亀のシューナが保護していた子供達や、ヴェーグ達がスキュタール王国に潜入してドワーフを救い出していることも含めてだ。
対立気味の隣国とはいえ同じドワーフが苦しめられたことに、ガシェク達は大いに憤った。これが自国のことなら今すぐ兵を纏めて攻め込むのだが、と叫んだくらいだ。
ガシェクは東メーリャ王国に使者を出すそうだ。冷えた仲だが国境近くの街道を使わせているくらいだから、向こうの王とやり取りする術はあるという。
他国の問題だから不用意に介入できないが、そのくらいは同族としてすべきだ。それに一時的に矛を収め、共にスキュタール王国に軍を進めても良い。ただし衝突せずに進軍できるか疑わしいが。ガシェクは悩ましげな顔で、そう語った。
シノブも仲立ちを出来ないかと考えてはいた。この機会に両国の王が会談し、何らかの妥協点を見出せたらと期待したのだ。
もっともシノブの思索は、アミィが続けた言葉で途切れてしまう。
「シノブ様、ガシェク陛下! 今回救出した中には西メーリャのドワーフもいます!」
「何だって!?」
「我が国の民が!?」
これがヴェーグを驚かせた原因だ。
それはともかく大声を上げた三人に、他も一瞬だけ振り向いた。しかし親密さを示している最中だと気付いたようで、彼らは最前までの笑顔を車外に向け直す。
「ガシェク殿、焦りは禁物です」
シノブは掲げられた自身の腕に硬化を施しつつ、西メーリャ王国の主へと語りかけた。
ガシェクは国王に相応しい悠然たる笑みを保っている。しかし彼の手は、鉄の棒すら容易に捻じ曲げるだろう怪力でシノブの腕を握り締めていたのだ。
もちろん無意識の行動だろうが、それ故にシノブは隣に立つ男の焦燥を感じずにはいられなかった。
「そうですよ! ヴェーグさん達は全員を助け出しました!」
「ええ。私達は間に合ったのです。ならば罪を問うのは万全の体勢を整えてから……あのテュラーク王国との戦いのように」
アミィが告げる朗報に、シノブは敢えて淡々とした声で続いた。その方がガシェク達の心を静めてくれると思ったからだ。
昨年秋の戦いは、ここ西メーリャ王国にも届いている。多くの国が力を合わせて、禁術に狂った男と彼の妄執に乗ろうとした者達を打ち破った。それも完勝と言うべき形で。
今回も心を一つにして立ち向かおう。可能であれば東メーリャ王国とも手を携えて。シノブは短い言葉に、多くの想いを篭める。
おそらくシノブの願いは伝わったのだろう。ガシェクを始め、一同は大きく顔を綻ばせつつ頷いていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回は、2017年10月25日(水)17時の更新となります。