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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第5章 領都の魔術指南役
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05.08 故郷の味 前編

 領軍本部の二階にある会議室には、軍の高官達が揃っていた。そしてシャルロットを先頭にシノブ達が入室すると、彼らは一斉に立ち上がり頭を下げる。


「ご苦労。本日付で伯爵家の魔術指南役となったシノブ・アマノ殿をお連れした。

シノブ・アマノ殿は領軍の指揮系統には入らず父上の顧問となるが、魔術訓練などで意見をお伺いすることもあるだろう。本日は皆を紹介するためにお越しいただいた」


 中央正面の空いている席の前に立つと、シャルロットはシノブを軍幹部に紹介する。シノブも隣に立ち、軍高官達と相対している。


「領都守護隊司令ダニエル・マレシャルと申します。ご高名はかねがね伺っております。アマノ殿ご発案の魔力操作の訓練法は早速採用しておりますが、素晴らしい成果に驚いております」


 一番手前にいた軍人が、シノブに挨拶をすると頭を下げた。おそらくは40代半ばの人族、穏やかそうな面持ちだが歴戦の武人に相応しい堂々たる体の男だ。

 そしてマレシャルを皮切りに、次々に軍人達が自己紹介をしていく。


「魔術師のシノブ・アマノです。

伯爵家の魔術指南役として頑張っていきますので、よろしく頼みます。それと私の事はシノブと呼んでください」


 シノブは(うやうや)しげな口調の男達に若干たじろぐ。しかし内心を(おもて)に表さないように注意しながら、彼らと同様に礼儀正しく挨拶した。


「アハマス族エルッキの息子、イヴァールだ。ヴォーリ連合国大族長エルッキの命を受け、『竜の友』シノブの従者となった」


 シノブに続き、イヴァールも名乗りを上げる。こちらは持ち前の太い声を響かせると、ギロリと(にら)みつけて居並ぶ軍人達を圧する。


「それでは一同着席してくれ」


 シャルロットの声を受け、皆は腰を降ろす。主達を守るように立っていたアリエル、ミレーユ、イヴァールの三人も、両脇の席へと移る。


「初対面ゆえ堅苦しい挨拶をしたが、後は食事しながら自由に意見交換してもらいたい。

マレシャルが言ったように、シノブ殿がお伝えくださった訓練方法は戦力強化に大いに役に立っている。皆、疑問に思うことはなんでも質問したほうがいいぞ」


 シャルロットの言葉通り、既にテーブルの上は食事を運ぶだけとなっている。それぞれの席の前にはナイフやフォークがセットされていたのだ。

 そして彼女の言葉を待っていたのだろう、従卒達が昼食を運んでくる。


「それではシノブ殿。シノブ殿は幼少のころから『アマノ式魔力操作法』で修練していたと伺っておりますが、我々がこの歳から始めても効果が上がるものでしょうか?」


 領軍参謀長のランベール・デロールがシノブに尋ねる。

 『アマノ式魔力操作法』とは、アミィが教えた魔力操作の訓練方法のことだ。領軍では10月から正式に兵士の鍛錬に取り入れたようだが、呼び名がないのは困るから伯爵が命名したという。


「あれは魔力を効率的に使うための練習方法で、年齢は関係ありません。

もちろん若い方が習得は早いです。しかし成人してからでも、限られた魔力を有効に使用できるようになるでしょう」


 シノブは少々言葉を選びつつ応じた。デロールも40歳前後と思われる年齢に相応しい風格の持ち主だったのだ。

 もっとも表現には気を付けたが内容に嘘はない。実際にシャルロット達は上達した魔力制御で格段に強くなっている。向き不向きはあるだろうが、練習すればそれなりに効果が出るはずだ。


「なるほど……。では、これからはシノブ殿が直接ご指導くださるので?」


 デロールは知的な容貌に興味深げな色を浮かべながら、更に問いかける。流石は参謀の(おさ)だけあって感情を顕わにはしないが、それでも大きな関心があるのは確かなようだ。


「もし閣下がお命じになれば、喜んでお伝えします。しかし私は顧問ですので、軍務に直接関わることはないかと」


 まだシノブには、どこまで魔術指南という役割に踏み込むべきかわかっていない。そのため伯爵の意思次第と前面に押し立て、確言を避ける。


「それは残念ですな。シノブ殿の武勇は目に焼きついております。魔術だけでなく、武術指導もしていただきたいところです」


 シノブの言葉に、領都守護隊の本部隊長オーブリー・アジェは残念そうな顔をした。

 熊の獣人だけあって巨漢の彼も、40歳前後とシノブより遥かに年長だ。しかし種族が同じだからかヴァルゲン砦の司令ポネットのように実直そうで、シノブもデロールのときのように構えずに済む。

 実際アジェは裏表のない人物らしく、素直にシノブの実力を認めているようだ。その顔にはシノブの技を習得したいという思いが溢れていた。


「決闘のことですか? あれも魔力操作訓練の賜物です。私が指導するまでもなく、魔力操作に熟達すれば問題ないでしょう」


 領都で見せた武技といえば、シャルロットとの決闘であろう。そう思ったシノブは、自身の武技は魔力操作によるところが大きいと答えた。


 もっとも魔力操作に話を持っていったのは別の理由もある。

 アミィとの訓練のおかげで、シノブも以前のように魔力だけに頼った戦い方はしない。しかし本職の軍人に武術指導をするのは、なんとなく気恥ずかしかったのだ。


「そうですな。我々には我々の戦闘方法があります。魔力操作自体はともかく、部隊としての戦術もありますから、単に強ければ良いというものでもありますまい」


 領軍参謀のアリスト・ジャレットが、シノブの言葉に頷いた。狼の獣人の彼は、頭上の尖った獣耳を時折気忙(きぜわ)しそうに細かく震わせている。

 今までの軍人達にくらべ、ジャレットは明らかに若い。どうも30代前半と思われるが、その割には堅苦しい口調で部隊運用について述べていく。


 しかしシノブは口を挟まず傾聴する。

 確かに軍隊としての武術は、部隊運用と密接に結びついている。それらを無視した技を磨いても、あまり意味がないとはシノブも考えていた。


「ええ、こちらの戦術について私は無知です。いずれそういったことも勉強したいと思っていますが……」


 将来シノブは伯爵家の一員として軍を率いるかもしれず、軍略の習得は優先順位が高いだろう。そう思ったこともあり、参謀という職種に興味を(いだ)く。

 ヴォーリ連合国への旅ではシメオンやアリエルの助言が大いに役立ったが、その中には理論的なものが多かった。そのためシノブは、こちらの軍事的な知識がかなり体系化されていると感じていたのだ。


「それより魔術ですよ! あの光の魔術は私にも使えませんか!?」


 思案に耽るシノブをよそに、領軍参謀のマルタン・ミュレが大きな声を張り上げた。彼は20代半ばという年齢にしては少々落ち着きがないのか、小柄な体を子供のように乗り出している。

 どうやらミュレは、シノブが訓練場で見せたレーザーに興味があるらしい。もっとも参謀ともなれば岩をも切り裂く魔術に興味を示さないほうがおかしいかもしれないが。


「……そうですね。その辺も魔力操作の結果次第ですが。魔力の波動を拡散させずに、特定の方向に揃えることができれば、習得できるかもしれません」


 シノブは激しく興奮するミュレに驚きつつも、問いに答えていく。

 結局のところシノブの魔術の多くは、他にない極めて精密な魔力操作に基づいている。もちろん圧倒的な魔力量で力押しする技も多いが、アミィが教えてくれた訓練法で磨いた制御力あってのことだ。

 治癒魔術やレーザー、岩弾砲など。シノブは今まで習得した魔術を思い出しながら、あらためてアミィに感謝する。


「うわぁ……そんなことをしていたのですか! でも、とにかく魔力操作ですね……もっと頑張ります!」


 参謀の知識か、それとも魔術師だからか、ミュレはシノブの示した方式を理解したようだ。もちろんレーザーの原理を(つか)んではいないだろうが、彼は魔力を揃えることの大変さを察したようで感嘆の声を上げる。

 しかしミュレは心底から魔術が好きらしく、いずれは挑戦してみるようだ。(こぶし)を固く握り締めた彼は、溢れんばかりの熱意を示しつつシノブに(いら)えた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 昼食を終え、シノブ達はシャルロットの執務室に引き上げた。


「シノブ殿。中々良い滑り出しだったではないか」


 ソファーに座るや否や、シャルロットは上機嫌な声でシノブへと語りかけた。彼女は婚約者であるシノブが無難に顔合わせを済ませたことを、とても喜んでいるようだ。

 婚約については内々のことであるため、軍の高官達には告げなかった。あの場ではあくまで領軍第三席司令官と魔術指南役である。

 そのためシャルロットは不必要に彼らの会話には加わらなかったが、内心では心配していたらしい。


「そうかな? 緊張して食事も(ろく)に喉を通らなかったよ」


 シノブは肩を(すく)めながら答える。大袈裟な表現で返したが、余計なことに触れないよう気を使ったのは間違いない。


「とても堂々とされていましたが……」


「私もそう思いました! それに『竜の友』シノブ様が緊張していたなんて、意外ですよ~」


 アリエルとミレーユは、揃って目を丸くしている。

 シノブとしては、それほど上手く取り繕えたとは思えない。しかし二人に悟られなかったなら他も大丈夫だろうと顔を綻ばせる。


「ともかく幹部達も、シノブ殿の考えがわかって安心しただろう。デロールやジャレットは戦術に口を出されないか、警戒していたようだがな」


 シャルロットは、シノブに微笑みながら自分の見解を告げる。彼女も婚約者の意図を充分以上に察していたらしい。


「やっぱり。軍の動かし方はこれから彼らに教わりたいくらいだから、口出しする気はないよ」


 シノブも彼女が指摘したことに、薄々気がついていた。自分の職分を侵されるのは気持ちよいものではなかろう。それを感じ取ったシノブは、敢えて軍務とは距離を置くと宣言したのだ。


「当面はシャルロット様や私がお教えします。あまり初歩的なところから始めると参謀達も逆に戸惑うでしょう」


 アリエルは思慮深い女性だ。そのため彼女は、シノブが恥を掻かないように自分達で最低限の知識を教えたほうが良いと判断したのだろう。

 確かにシャルロットや伯爵の立場を考えれば、婿入りして後々は実質的な領主となる男が迂闊(うかつ)な事を言わないほうが良いに違いない。


「そうだな。これでも父上やお爺様から軍略については仕込まれている。頼りにしてほしい」


「ですね。それにシノブ様は魔術指南役ですから、まずはそちらに専念されたほうがいいですよ」


 シャルロットは自分に教えられることがあるのが嬉しいらしく笑顔で申し出る。それにミレーユも、主や同僚に続いて助言する。


「ありがとう。あまり一度に手を広げるのはマズイからね。まず、本来の役目をきちんとこなさないと」


 シノブはシャルロット達の助言をありがたく受け取った。

 確かにあれこれ手出ししても上手くいかないだろう。まずは自分の職分を果たすべきだ。そう思ったシノブは、彼女達に礼を言った。


「ミュレ参謀が、早速魔術についてお伺いしたいと言っていました。よろしければ、訓練場で披露していただけないでしょうか?」


 アリエルが参謀ミュレの要望をシノブに伝える。魔術に興味津々の彼であれば、取っ掛かりに丁度良いと思ったのかもしれない。


「あの人か。随分魔術好きのようだね。もちろん問題ないよ。これから行こう。……イヴァールは武術の訓練に混じるんだっけ?」


 シノブはアリエルの申し出をありがたく受け、続いてイヴァールの都合を確認した。自身が魔術についての話なら、彼とは別行動になると思ったのだ。


「おお、軍人達と模擬戦だ! 立場上お主は口出しを避けるべきだが、俺には関係ないからな!」


 ついにその腕を振るえると期待しているイヴァールは、嬉しそうにシノブに答える。

 イヴァールは岩竜から贈られた『鉄腕』の二つ名に相応しくなるべく、更なる修行に励もうとしている。それを知っている一同は好ましげな視線を送る。


「それじゃたっぷり鍛錬してきてくれ。しかし、いくら魔術に(うと)いとはいえ食事中は全く手助けしてくれなかったね……」


 シノブも楽しそうなイヴァールの様子に笑みを浮かべていた。しかし、とあることを思い出してしまい溜め息をついた。

 会議の間イヴァールは、自己紹介以外一言も発しないで食事に集中していた。それをシノブは少々恨めしく感じていたのだ。


「何を言う。あれはお主のお披露目だろう。従者に助けられているようでは幹部共も不安になるぞ。

あの場での俺の役目は、お主の後ろで控えていることだ」


 イヴァールも、ただ食事をしていただけではないらしい。彼はシノブの権威を高めるため、(にら)みを利かせていたようだ。

 珍しく自分から大族長の名を持ち出したのも、シノブに箔をつけるためだったのだろう。


「それはその通りだね。イヴァールがいてくれて心強かったよ」


「そうだろう! ああいう場では、軽く見られてはならん。ドワーフを従えた『竜の友』の姿に幹部共も感じ入ったことだろうよ!」


 シノブが感謝を告げると、イヴァールは機嫌よさそうに大笑いする。

 若くして戦士長になった彼は、対抗相手であったレンニ達と色々衝突したようだ。そのため重みを演出すべく、幹部達にシノブの従者として尽くす姿を見せたかったのだろう。


「もっともらしいことを言っているけど、イヴァールさんって料理とお酒に夢中だったじゃないですか~」


 己の思惑通りに行ったのが嬉しいようで呵呵大笑するイヴァールに、ミレーユが悪戯っぽく笑いかける。


「別に良かろう。それに今晩のシノブには故郷の料理があるのだ。腹を空かせたくらいで丁度良かろう。なあシノブ!」


 からかいなど、イヴァールは気にならないようだ。そして彼はアミィの手料理が待っていると、シノブの肩を叩く。


「そうだね……夕食はご飯か……待ち遠しいな……」


 シノブは、アミィが用意してくれる料理を想像して微笑んだ。

 ご飯があるのは間違いないが、昼前から念入りに準備してくれているアミィのことだ。きっとそれ以外にも自分の喜びそうなものを作っているのではないか。

 そう思ったシノブは、しばし夕食のメニューと思い浮かべた。


 普段あまり物に執着しないシノブが、笑顔で夕食を思い浮かべる様子にシャルロット達は驚いたようだ。

 だがシャルロット達は、故郷の味を懐かしむシノブを静かに見守ることにしたらしい。シノブの笑みが伝播したかのように囲む面々も優しい顔となり、喜びも顕わな若者を見つめていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。


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