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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第1章 狐耳の従者
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01.04 メイドのごとく?

 アミィは短時間で夕食の後片付けを終えた。そして彼女はシノブの待つリビングに戻ってくる。

 魔法の家のリビングには、低いテーブルを(はさ)んで柔らかなソファーが二脚置かれている。その片方にシノブは座っているのだ。


「お疲れ様、後片付けありがとう」


 シノブは向かい側に腰掛けたアミィを(ねぎら)った。するとオレンジがかった明るい茶色の髪をした狐の獣人の少女は、嬉しげに顔を綻ばせる。


「今まで教えてもらった感じだと、地球と文化的な共通点は多そうだね」


 食事を終えたシノブは少々眠たくなってきた。しかし彼は、風呂に入るまで眠気覚ましに話を続けることにしたのだ。


「そうですね。地球ほどは発展していませんが、根本は似たところが多いと思います」


 シノブの問い掛けにアミィは優しい笑顔で頷く。その動きに合わせ彼女の頭の上で狐耳が微かに揺れ動くのが、シノブの目に入る。

 アミィは狐の獣人であるが神の眷属でもある。しかも彼女は、シノブが天野(あまの)(しのぶ)であったころに持っていたスマートフォンの機能の幾つかを、女神アムテリアによって付与されている。そのため彼女は地球の知識をある程度理解し、この世界と地球のある世界の違いも大まかだが把握しているのだ。


「基本的なことに違いが少ないのは助かるよ」


 シノブは思わず顔を綻ばせていた。

 この世界には、魔法など地球に無いものがある。しかし生活面の常識が似通っているのは日常での戸惑いが少ないだろうから、非常にありがたい。

 とはいえ細々した違いは多いだろう。食べ物などは西洋風だとアミィは言っていたが、他はどうだろうか。そんな思いが、シノブの心に生まれてくる。


「そう言えばアミィは俺がメートル、って言っても理解していたし、湖までの時間も二十分って言っていたけど、スマホの辞書で覚えたのかな? こっちの単位ってどんなの?」


 シノブは、ここまで来る間の会話を思い出し、アミィに訊ねる。

 今まで見ていた限りだと、日の落ち方は地球と大して変わらないようだ。したがって一日の長さは地球に近いはずだが、厳密には異なるだろう。それに長さや重さは、様々な単位系が存在する。

 そのためシノブは、アミィが地球での単位に置き換えて表現してくれたと思ったのだ。


「長さや重さの単位も地球と同じでメートルやグラム、って言います。時間の呼び方も同じです。アムテリア様が授けてくださった知識の一つですね」


 アミィによれば、アムテリアは自身が守護する惑星の人々に地球由来の知識をある程度授けたらしい。

 名称だけではなく、それが表す長さや質量も地球と同じだという。また、時間についても同様である。ただし科学が未発達なため、ワットやジュールなどの単位はないそうだ。

 あまりの一致をシノブは疑問に思ったが、そもそもこの惑星自体がアムテリアによって地球と同サイズで同じ自転や公転の周期となるように調整されたとのこと。

 経緯はともかく、シノブとしては今までと同様で面倒がなく大変助かる。


(アムテリア様も面倒に思ったのかな……)


 シノブは何の根拠もないが、なんとなくそんな風に思った。

 時刻に関するものは一日の長さが同じなら自然ではあるが、メートルやグラムはどのように説明したのだろうか。シノブは、そんなことを考えるともなしに考えた。

 しかしシノブは、もっと重要に思い至る。


「あっ、そうだ。こちらの言葉ってどんな感じ?」


「実は、この世界の共通語は日本語なんです」


 新たな言語を覚えるのかと思ったシノブだが、アミィの答えにホッとした。

 日本語が共通語の西洋風世界というのも変な気がしたが、日本の女神であったアムテリアが知識を授ける際に何語で伝えたのか、と考えてみれば当然なのかもしれない。

 何しろ、この惑星の生き物はアムテリアが創り出したのだ。おそらく言語自体もアムテリアが授けた知識の一つなのだろう。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 しばらくすると、風呂が沸いたことを示すメロディがリビングに響いた。シノブはこんなところまで再現しているのか、と感心しつつも僅かに(あき)れにも似た感情を(いだ)く。


「シノブ様、どうぞお入りになってください」


 アミィは魔法のカバンからシノブの着替えを取出し、渡してくる。

 魔法のカバンは、普段から携帯していても邪魔にならない大きさだが、外見からは想像できない容量を誇る。そのためアミィは、大半の品をカバンに入れたままにしているのだ。


「それじゃ、先に入らせてもらうよ」


 幼い少女を待たせて先に入るのは、とシノブは思った。とはいえアミィは、従者であることに誇りを(いだ)いているらしい。そのためシノブも逆らわずに頷き、バスルームへと向かっていく。


 アミィが渡した着替えは下着だけであった。しかし洗面室のリネン庫にパジャマやタオルがあるから、遠慮なくそれらを使わせてもらう。


(ほんとに至れり尽くせりだよね)


 シノブはアムテリアに、もはや何度目になるか分からない感謝を捧げつつ、バスルームに入った。

 バスルームにはボディソープやシャンプーなども置いてあるし、洗い場には大きな鏡もあればシャワーもある。現代日本の住居と全く代わらない設備なのだ。


(しかし、これが俺だなんて……)


 洗い場に置かれた椅子に腰掛けたシノブは、目の前の鏡に映る自身の姿を見て溜息をついた。

 金髪碧眼に白い肌。北欧系の容貌とでも言えば良いのだろうか。僅かに天野忍の面影もあるため、ハーフのような顔立ちである。

 元が、それなりに整った優しげな風貌であったため、今の顔も男性的ではあるが柔らかな印象を受ける。とはいえ今日この姿になったばかりのシノブからすると、見慣れないという思いが先に立ってしまう。


(自分の顔なんだし早く慣れるしかないか……こっちの世界で魔法を使えるようにアムテリア様が作り変えてくれた体だもの、文句を言っちゃいけないよね……)


 今更そんなことを考えてもしょうがない、とシノブは思考を切り替えた。

 シノブは軽く掛け湯をし、ボディソープを付けたスポンジで体を洗い始める。綺麗好きな彼は、浴槽に入る前に充分に流し、上がってからもう一回しっかり洗うのが習慣であった。

 そろそろ体も洗い終わり、ボディソープの泡も流してお湯に()かるか、と思ったそのとき。


 突然「お背中ながしますね~」という言葉と共に、アミィがバスルームに入ってきた。


「うわっ!」


 いきなりのことに驚き、反射的に振り向くシノブ。するとバスルームの入り口には、メイド服を着たアミィがにっこり微笑みながら立っていた。


「スポンジを貸してくださいね~」


 アミィはシノブが持っているスポンジに手を伸ばそうとする。

 しかし少女に背を流してもらうわけにはいかないだろう。動揺と羞恥に慌てたシノブは、前に向き直りスポンジを握り直して縮こまる。


「自分で洗えるから!」


「どうぞ遠慮なさらずに。これも従者の仕事です!」


 シノブは拒否するが、アミィに退()く様子はない。

 アミィの声音(こわね)からは、主に尽くそうという真摯な思いが感じられる。少なくとも単なる思い付きなどで現れたわけではなさそうだ。


「従者の仕事を尊重する、といっても限度があるよ! ダメ、絶対!」


 なんだかどこかのキャンペーン運動のキャッチフレーズみたいなことを叫ぶシノブ。もっとも、受け入れたら人としての道を踏み外しそう、という意味では適切なのかもしれないが。


「だいたいなんでメイド服なの!?」


 シノブが叫んだとおり、アミィの服装は彼がバスルームに向かったときとは違う。

 つい先ほどまでのアミィは、長袖の白いシャツと茶色の革ズボンであった。食事の前に革のジャンパーこそ脱いだが、それ以外は森林や山野での活動を意識した服のままだったのだ。

 しかし今のアミィは、濃紺のワンピースに白いエプロンを着けている。しかも頭上には飾りらしきものまであるようだ。


「これは家の中でお仕事するときの服装ですよ。流石に裸や下着姿では恥ずかしいですし」


 アミィは微かに頬を染めていた。彼女は、口にしたような姿で背を流す情景を想像したのかもしれない。


「とにかく自分で洗うから! 大丈夫だからお願い!」


 シノブは話がずれていったことに気が付いた。そこで彼は、改めてアミィに譲歩してくれるように願う。


「むぅ~、仕方ないですね~」


 アミィは不満げな口調であった。どうやら彼女は、従者としての職務を奪われたと思ったようだ。

 しかしアミィは、なんとか納得してくれたようでもある。彼女はシノブの言葉に従い、バスルームから出ると扉を閉めた。


「はぁ、なんだか風呂に入る前より疲れたような気がするよ……」


 シノブは安堵の溜息をついた。

 従者との暮らしも楽ではないのかも。そう感じたシノブは、苦笑を浮かべつつ一日の汗と今の冷や汗を流していく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「アミィ、上がったよ」


 リビングに戻ったシノブは、先ほどのドタバタでの動揺など忘れたかのように落ち着いていた。そのため彼は、ソファーに座ったアミィに穏やかな声で語り掛けることができた。


(あのサラダセット、心を鎮める効果もあるそうだからね。消化されて効いてきたのかも)


 ソファーへと歩むシノブの心に、そんな思いが浮かんでくる。

 ゆっくりお湯に()かったのもあるだろう。しかし、もしかすると例の状態異常回復のサラダセットのお陰かもしれない。シノブは、そう思ったのだ。


「アミィ、従者の仕事に一生懸命なのは嬉しいけど、お風呂の中でまで世話してくれなくていいんだよ」


 シノブは落ち着いた声音(こわね)と口調で、自身の希望をアミィに語っていく。

 この世界で、シノブはアミィと共に暮らす。彼女は頼りになるし、シノブもとても感謝している。それに共に歩む人がいるのは素直に嬉しい。

 だが、一緒に暮らすのであれば、率直に語り合うことも必要だ。そして、話し合うなら早い方が良いだろう。そこでシノブは自身の思いを素直に伝えることにしたのだ。


「でも、私はシノブ様のお役に立ちたいんです……」


 アミィは悲しげな声でシノブに答えた。

 (うつむ)きがちな彼女の表情はシノブに見て取れないが、きっと声と同様に曇っているだろう。シノブは、そう確信した。


「日本では従者だからってお風呂の世話までしないんだよ。俺は今まで日本で生きてきたから日本風のお世話の仕方のほうが嬉しいんだ」


 向かい側に腰掛けたシノブは、日本でのことを交えつつ自身の望みを口にした。

 そもそもシノブは日本で従者など見かけたことがないので、風呂の世話をするかどうかなんて知らない。でも、要はアミィを納得させることができれば良いのだ。これも方便、と割り切って話す。


「俺は、お世話って相手に負担を掛けるものではないと思うんだ」


 シノブはアミィを傷付けないように、優しく続けていく。

 決して自身の希望だけを押し付けるつもりはない。共に過ごすために、自身も受け入れるべきものは受け入れる。そして、可能であれば他のことで彼女の願いに応えたい。それらをシノブは順々と伝えていった。


「……はい、(わか)りました。シノブ様のご意思を尊重できないようでは従者失格ですよね」


 シノブの心が通じたのか、アミィはどうにか理解してくれたようだ。彼女は顔を上げ、シノブを薄紫色の瞳で見つめ返す。

 アミィの瞳は、うっすらと濡れているようだ。シノブは彼女に悪いことをしたのでは、と心が痛む。しかし一方で、シノブは互いの距離が少しだけ縮まったようにも感じていた。


「ご意思ってほどのものじゃないけど、これからずっと一緒にいるんだ。お互いに負担にならないように折り合いをつけるのも大事(だいじ)じゃないかな」


 シノブはソファーから立ち上がると、アミィの側に歩んでいく。そして彼は小柄な少女の肩に手を置きながら、柔らかな笑みと共に冗談めかした口調で自身の思いを告げた。


「はい、そうですね!」


 アミィは納得がいったのか、普段の明るさを取り戻し微笑んだ。彼女の顔は室内の魔力灯にも勝るほどに輝いている。どうやらアミィは、シノブの望む姿がどのようなものか理解してくれたようだ。

 主と従者だが、もう少し近い距離で。とはいえ近すぎることもなく、少しずつ歩み寄り共に前に進んでいきたい。それが、シノブの願いである。


「解ってくれて嬉しいよ。アミィ、お風呂に入ってきたら? 済まないけど俺は先に休ませてもらうよ」


「はい! それでは失礼します!」


 シノブが微笑むとアミィは憂いの去った声音(こわね)を返し、足取りも軽くバスルームへと向かっていく。彼女の弾むような歩みは、背後の尻尾だけではなくメイド服の裾も大きく揺らしていた。

 そんなアミィの姿に、シノブはまだ伝えることがあったのを思い出した。


「アミィ」


「はい、なんでしょう?」


 シノブが声を掛けると、アミィは立ち止まり振り返った。小首を傾げた少女の顔には少しばかりの疑問が浮かんでおり、そのためか頭上の狐耳も僅かに揺れていた。


「そのメイド服、とっても可愛いよ」


 シノブは大きな笑みと共に、アミィの姿を賞賛した。

 濃紺のワンピースに白いフリルで飾られたエプロンを着けた、いわゆるエプロンドレス。そのスカートの後ろからは、フサフサした尻尾が見えている。そして膝丈のスカートから覗く細い足は、白いソックスで覆われている。

 頭の上にはホワイトブリム。狐耳の邪魔にならないためか、細く装飾も少なめであるが、可愛らしいアクセントになっている。

 全体的にシンプルで伝統的な清楚さを感じさせるデザインが、小柄なアミィと調和して愛らしさを増していた。


「うん、とてもアミィに似合っているね。まるでお人形さんみたいだ」


「あっ、ありがとうございます、シノブ様!」


 シノブが賛辞を重ねると、アミィはその言葉に解きほぐされたかのように満面の笑みを浮かべた。

 輝く瞳に、うっすらと染まった頬。それらはアミィに更なる華を添える。そのためだろう、シノブの顔も自然と綻びを増していった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アミィを見送ったシノブは寝室に向かった。食事のときに、一番大きな寝室をシノブが、その脇のちょっと小さな寝室をアミィが使うと部屋割りを決めたのだ。

 シノブ用の寝室は八畳弱の洋室である。一人で使うのだから、これでも充分な大きさだ。


(今日は色々あったな……)


 現代日本にありそうな飾り気のないベッドに寝転がりながら、シノブは今日の出来事を思い出す。


 神域に迷い込んで、洞窟での崩落に絶望していたら女神アムテリアに助けられた。異世界に行ったらどうなるのだろう、と案じていたが可愛い従者が待っていて安心した。自分の持ち物が色んな魔道具になっていたのは衝撃的だった。


(身体強化もビックリしたな……でも一番驚いたのは姿が変わっちゃったことだけど……)


 魔道具や身体強化も現実離れしていたが、自分自身が全く別人のように変化したのが異世界に来てから一番の驚きだったと、改めて感じる。


(アミィは良い子だし頼りになるから不安に思うことも少なかった……それに立派な家まであるし)


 アムテリアの計らいに感謝しなくちゃ、とシノブは心の底から思う。女神の支援があり、彼女が送ってくれた従者がいるから、異世界でも日本と代わらぬ安らぎを得られた。シノブは、それを大きな安堵と共に実感していた。


 様々な驚きがあり、安らぎを得たからか。

 明日は、どんな一日になるのだろう、異世界ってどんな人がいるのだろう、そんなことを考えているうちに、いつの間にかシノブは眠ってしまった。


お読みいただき、ありがとうございます。


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