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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第24章 西と東の繋ぎ手達
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24.11 王女の真実 前編

 シノブ達は玄王山ことメリャド山から、一旦アマノシュタットに引き上げた。魔法の馬車には転移の絵画があるし『白陽宮』の創世の聖堂にも転移の神像があるから、移動は一瞬だ。


 そして創世の聖堂でシノブ達は二手に分かれた。

 まずシャルロット、ミュリエル、セレスティーヌの三人が『白陽宮』に宰相ベランジェや閣僚を呼び寄せて事態を伝える。遥か東のメリャド山とは違って王都アマノシュタットは二十時前で、まだ就寝するほど遅くないからだ。

 残りは宮殿からも程近いヴォーリ連合国大使館へと向かう。玄王亀のシューナが保護していたドワーフの子供達を、()の国の駐アマノ王国大使ヤンネと妻のヴェルマに預けるからだ。

 ヤンネ達もドワーフで、しかもイヴァールとパヴァーリの母方の祖父母だ。そのためシノブも二人ならと安心して子供達を連れていった。


「しかと引き受けるぞ」


「ええ、安心してくださいな。さあ、シューナ様や皆様もどうぞ」


 急な依頼にも関わらず、ヤンネとヴェルマは笑顔で迎え入れてくれた。それに二人は、玄王亀のシューナも含めて中へと招く。


 子供達からすれば初めての異国、しかも故国の東メーリャ王国があるアスレア地方ですらない。幾ら宿の主が同じドワーフでも、これでは落ち着けないだろう。

 子供達は数ヶ月も匿い養育してくれたシューナがいればと口にし、シューナも迷惑でなければと同行を希望した。その結果シューナも含め、大使館に泊まることになったのだ。


「今日は亀先生と一緒に寝る!」


「私も~! これなら大丈夫だよね!」


 子供達は願いが(かな)って嬉しそうだ。転移や異国の風景に驚いた彼らだが、望み通り亀先生ことシューナも一緒だから大はしゃぎである。

 しかも今までとは違い、シューナは小さくなる腕輪で人間と変わらぬくらいに変じている。そのため子供達は、就寝時も離れずに済むと大喜びだ。


 ここは大使館にある来客用の大部屋だ。子供達は十五人もいるから、普通の広さだと一緒に寝かせることは出来ない。とはいえ見知らぬところに来たのだから、離れたくはないだろう。

 そこでヤンネ達は、随行員向けの大きな部屋を用意した。幸いベッドも人数分あるし、一応は来客用だから狭苦しくはない。


──ええ、一緒ですよ──


『シューナさんが『一緒です』と言っています』


 シューナの思念を通訳したのは、最年少の玄王亀ケリスだ。彼女はシューナを助けたいと、大使館に残ることにしたのだ。

 シューナとケリスがいるのは、部屋に置かれたソファーの上だ。しかも二頭だけではなく、オルムルを始めとする超越種の子供達も一緒にいる。

 オルムル達もケリスと共に、アマノ王国のことを伝えたり発声の術を教えたりするそうだ。


──二十年も放浪したが、人間の住まいにお邪魔するのは初めてだねぇ。……これは大角鹿(おおつのしか)の革だな! 鹿だけにシカと覚えているってね!──


『……本当の大きさじゃ入れないですから』


 『放浪の虎』こと光翔虎のヴェーグと同じくイーディア地方生まれのヴァティーは、興味深げな様子で部屋の中を回っている。

 ヴェーグも各地を巡ったとはいえ、本来は体長20mもあるから窓から覗く程度だ。そのため彼は家具が気になるようで、テーブルやソファーに触ったり匂いを()いだりと忙しい。

 一方のヴァティーは冗談にこそ乗らなかったものの、やはり珍しく感じているらしい。彼女もヴェーグを追いつつ周囲に触れていた。


──ところでヴァティーは帰らなくて良いのかい? 発声の術だったら心配はいらねえ、ここで教わるからさ──


 ヴェーグもシューナと共に発声の術を習うことにしたようだ。既に習得しているヴァティーから教わっても良い筈だが、どうもヴェーグは暫く弟分であるシューナの側にいるべきと考えたらしい。


『そうですね、泊まってくると伝えてきます。押しかけられても困りますから』


 ヴァティーは魔力で窓を開け、そこから飛び出す。

 光翔虎の雌は成体になるまで親元で暮らすが、ヴァティーは百五十歳ほどだから独り立ちには五十年近くある。そのため知らせておかないと親が捜しに来ると思ったのだろう。


──あまり無理言っちゃいけねえよ~。でもシノブの兄貴の御膝元だから大丈夫か……飛んでも八分とは、このことだねえ──


 ちなみにヴァティーの親の棲家(すみか)にもシノブ達が転移の神像を造ったから行き来は容易で、ヴェーグも驚きはしない。実際のところ親達が認めたら、ヴァティーは八分どころか五分としないうちに戻ってくるだろう。


『許可してくれますかね~?』


『さあね~。でも似合いだと思うよ~』


 こちらは同じ光翔虎のフェイニーとシャンジーである。どちらもヴァティーより更に若いのに故郷を離れているが、親の許しがあってのことだ。


「着替えですよ」


 ヴェルマは大使館員の女性達と寝巻きを持ってきた。どうも大使館の備品らしく少々大きめだが、彼女達もドワーフだから他種族ほど差はないだろう。


「後はお願いします」


「おお、任せてくれ」


 シノブはヤンネに言葉を掛け、大部屋を後にする。シノブとアミィの二人、そしてイヴァールとパヴァーリの兄弟は再びアスレア地方に戻るのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 玄王山ことメリャド山に引き返したシノブ達は、転移の神像を設置した。

 実はシューナの許可を得て、彼の棲家(すみか)からも遠くない地下に空洞を造っている。もちろん空洞を掘ったのは玄王亀達、長老夫妻のアケロとローネ、そしてシューナの父のアノームだ。

 三頭もいるから往復の間に立派な洞窟が完成し、そこにシノブとアミィが転移の神像を作り上げる。


 こうしてメリャド山への再訪は僅かな間で終わり、それぞれ引き上げていく。

 アケロとローネ、アノーム、そしてアマノ号を運んだ朱潜鳳の(つがい)フォルスとラコスは、出来立ての神像での帰還だ。捜し求めたシューナと出会えた彼らは満足気な様子で、それぞれの棲家(すみか)へと去る。

 イヴァールとパヴァーリの行き先は西メーリャ王国の都市ペヤネスク、アスレア地方北部訪問団が飛行船を置く牧場だ。ここは転移の神像は存在しないから、魔法の馬車の呼び寄せによる移動である。


「上々の首尾、おめでとうございます」


 呼び寄せを担当した猫の獣人、諜報員のセデジオは満面の笑みでシノブを迎えた。通信筒があるから、既に彼にも概略を伝えているのだ。


「まあ、確かに上々だけど……乗ってくれないか?」


「馬車は幻影魔術で気付かれないようにしていますから」


 外に出たシノブに続き、魔法の馬車からアミィが顔を出す。

 一方のセデジオは表情を引き締める。おそらく彼は、車外で話せない内容だと悟ったのだろう。


「……少々お待ちを」


 セデジオは背負っていた魔力無線装置で何やら話し出す。どうやら部下への連絡らしい。

 ちなみにセデジオが担いでいる魔力無線装置は結構な重さだが、初老にも関わらず苦にしている様子はない。彼は諜報員だが、一流の武人でもあるからだ。


「お待たせしました」


「いや……それじゃ中に」


 セデジオに頷き返したシノブは、連れ立って馬車へと乗り込む。そしてシノブはアミィ、セデジオは向かい側のイヴァールとパヴァーリと並んで腰掛けた。


「夜も遅いから手短に。ペヤネスクの太守の娘……マリュカ殿って、王女かもしれないんだよね? だったらメリャド山でのことを明かした方が良いんじゃないか?」


「マリュカ殿は信頼できると思うのですが……」


 シノブに続いたのは、何とパヴァーリであった。というより、これはパヴァーリが提案したことなのだ。

 昨日の素無男(すむお)大会の後、パヴァーリはマリュカと語らう機会があった。大会で殊勲賞を得たパヴァーリは、祝勝パレードでマリュカと共に街を巡ったからだ。

 そのときパヴァーリは、マリュカの正体はともかく人物としては信用に足ると感じたらしい。


「ふむ……。昨日から部下と聞き込みをしていますが、マリーガ姫に関して悪い噂は聞きません。もっともペヤネスクは王都ドロフスクと300km近く離れていますから、悪評があるとしても入っていない可能性は否定できませんが」


 セデジオは、マリュカが太守ロスラフの娘であった場合と王女マリーガの仮の姿だった場合の双方で調べていた。しかし(いず)れも集めた情報では人物や言動に問題ないという。


「ただしマリュカ殿にしろマリーガ姫にしろ、物造りへの興味は薄いようです。どちらも知性派で博学だそうですが、知識として学んでいるだけのようで」


「すると飛行船で俺に色々訊ねたのは?」


 表面上は本筋から離れたようなセデジオの言葉に、イヴァールは興味を示していた。

 キルーシ王国の国境からペヤネスクまで、訪問団はロスラフと家族達を乗せた。そのときマリュカは飛行船の仕組みや操縦室にある計器や装置についてイヴァールが辟易とするくらいに質問した。

 したがってイヴァールは、マリュカが何らかの職人に弟子入りしていると受け取っていたらしい。


「こちらの技術力を量りたかっただけかと……」


「どれだけの脅威か、あるいは味方にしたらどうなるか……そんなところかな?」


 セデジオの推測に一応は訊ね返したものの、シノブは充分に考慮の価値があると感じていた。

 仮に王女自身が乗り込んできたのなら、単に自身の好みを満たすだけとも思えない。それに知識欲を優先させたなら、その後もマリュカは飛行船に入り(びた)る筈だ。

 しかしペヤネスクに到着した後、マリュカは飛行船を見に来ないという。そうであればセデジオの説、アマノ同盟を知るために乗り込んだという方が真実に近いのではないだろうか。


「そういえば私とも素無男(すむお)や武術の話ばかり……。こっちが武人だから合わせてくれたのかと……」


「それはパヴァーリさんのことが知りたかったんですよ!」


 納得したように頷くパヴァーリに、アミィが社交辞令ではないと反論する。どうもアミィはパヴァーリとマリュカの仲が上手くいくのを願っているようだ。

 もっともイヴァールもアミィと同じらしく、こちらも目元を緩めている。


「武術好き……というか観戦好きなのは確かなようですが、私もアミィ様と同意見ですよ。あの激闘を目にしたら、大抵の女性は好感度を上げるでしょうな」


「話を戻すけど、王女がアマノ同盟を調べているとして、悪いことではないと思っているんだね?」


 あまりパヴァーリを話題にしても可哀想だろう。そう思ったシノブは、セデジオの女性評を(さえぎ)った。

 シノブにも初恋らしきパヴァーリを応援したい気持ちはあるが、過度の介入は彼が嫌うだろう。それにマリュカが王女で何らかの協力を頼むなら、そちらの段取りを優先すべきである。


「はい。どうも東メーリャやスキュタールについての疑念は、西メーリャの中枢部にもあるようです。もちろん彼らは今回の不正な鉱夫募集を知ってはいませんが……」


 セデジオも真剣な表情に戻る。そして彼は、ここ西メーリャ王国を含む三国の関係に話を転じた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 元々西メーリャ王国と東メーリャ王国は同一の国、メーリャ王国だった。しかも分裂したのは僅か百年ほど前だから、今でも過去を引き摺っている。

 分裂した要因の一つは、双方の文化や風習の違いだ。アスレア地方は大砂漠の影響で西は暑く乾いているのに対し、東は緯度相応の気候である。メーリャの二国も例に漏れず、西メーリャ王国だと半袖に膝までの薄い布服でも充分だが東メーリャ王国は厚い革や毛皮を(まと)う。

 それに西では髪や髭を短くするが、東はイヴァール達と同様に長く伸ばす。このように大きな差異があるから互いに馴染めず、同じドワーフの国だというのに交流は少ない。

 しかし東メーリャ王国と行き来できるのは西メーリャ王国だけで、完全に断交したら東のドワーフは孤立してしまう。そうなれば戦は必至だから、西メーリャ王国は関税などを徴収するが南への通行を妨げてはいなかった。


 そして東メーリャ王国の南が残る一つ、スキュタール王国だ。

 スキュタール王国は人族と獣人族の国で、ドワーフの二国とは種族自体が異なる。しかし彼らはメーリャのドワーフ達が作る硬化魔術に向いた(はがね)やドワーフ馬を欲していた。

 スキュタール王国は騎馬民族系の国だが、乗馬として用いるのはドワーフ馬だったのだ。


「ドワーフ馬に?」


「東ですし緯度や標高が高いので、随分と寒いようです」


 首を傾げるイヴァールに、セデジオは理由を明かした。

 東メーリャ王国と同様にスキュタール王国も大砂漠から遠く、緯度相応どころか更に寒冷だ。東のドワーフ達を鉱夫に誘うのも似た気候だからで、今のように冬であれば雪に閉ざされるところも珍しくないという。

 したがってスキュタール王国では、寒さに強いドワーフ馬が人気らしい。普通の軍馬に比べれば背丈は低いが凍傷になりにくいし、雪を掻き分けて進む力強さもあるからだ。


「そのようなこともあり東メーリャはスキュタールと、そして西メーリャは自国同様に暑いキルーシ王国と親密になりました。ですが、どうもスキュタールで政変があったらしいのです」


 この政変が王女出馬の原因ではないかと、セデジオは続ける。

 西メーリャ王国とスキュタール王国は交流も少なく、詳細までは伝わってこない。しかし流れてくる噂だと、王族の一部が姿を消したようだ。

 残った者達は武装強化に努めているが、国内の鉄資源で手が届くものは掘り尽くしている。後は高い掘削技術が必要なところか、魔獣の領域だという。

 しかし刀槍や鎧兜、それに騎馬の蹄鉄などには高品質の(はがね)が欠かせない。


「そこに鉱夫の募集が繋がるのではないかと……従来は東メーリャから輸入していましたが、製品として買い付けるより国内で生産させたら安上がりです。ただでさえ高いのですが、往復のとき西メーリャに通行税を払うから尚更でしょう」


「だからといって不当な搾取をするとはな……」


 セデジオが語り終えると、イヴァールは憤懣(ふんまん)やる(かた)ないといった様子で呟いた。しかし彼が怒るのも無理はないだろう。

 あくまでセデジオの推測が事実だった場合だが、スキュタール王国は友好国を(だま)して人材を集めたわけだ。表向きは単なる長期の出稼ぎ募集として、実態は家族を盾にとっての無償に近い酷使で。それも相手側の有力者に賄賂を贈って勧誘を手伝わせた。

 この悪辣な手段は、イヴァールならずとも見過ごせないだろう。


「西メーリャ王国は、万一のときの後ろ盾を望んだのかな?」


「それとも、こちらが何か情報を(つか)んでいると思ったのでしょうか?」


「……正直、どちらとも。ただ私個人の意見としては、双方が入り混じった結果のように思います」


 シノブとアミィの問いに、セデジオは口を濁しつつ応じた。

 訪問団がペヤネスクに到着したのは一昨日の夕方だから、どんなにセデジオ達が優秀でも全てを知るなど不可能だ。透明化の魔道具があり警戒されずに街を巡れるとはいえ、そうそう都合よく隣国の噂をしてはいないだろう。


「ありがとう、良く調べてくれた。……ところでスキュタール王国が軍備を強化していたとして、その理由は? 昨年のテュラーク王国との戦いに介入するにしては、少々時期が合わないけど……」


 セデジオを賞賛したシノブだが、残る疑問を口にする。

 シューナが子供達を保護したのは、昨年十月より前だという。したがって今は無きテュラーク王国がキルーシ王国に戦いを挑んだ件が原因とは限らない。

 スキュタール王国からするとテュラーク王国は南の隣国だから動向を把握していたかもしれないが、一ヶ月や二ヶ月で増産できる量など知れている。そのためシノブは、他に何か理由があるのではと思ったのだ。


「もしテュラーク対策だとすれば、防備を強化するためではないでしょうか?」


 答えはしたものの、セデジオも確信には程遠いようだ。彼はスキュタール王国に足を運んだことはないから、それも当然ではある。

 仮にテュラーク王国が原因でも、キルーシ攻めをしている間に後ろを狙おうとしたかもしれない。関税を払うのを嫌い、西メーリャ王国の領土を削ろうとした可能性もある。それに国内の支配強化など、動機は幾らでも考えられる。


「イヴァール、やはりマリュカ殿に明かそう」


 シノブはマリュカが戦を回避しようと動いたなら、手を貸すべきだと考えた。

 出来れば訪問団が国王や王太子と会ってからにしたかったが、ゆっくりしていると子供達の親がどうなるか分からない。それに他にも似たような件はある筈だ。

 子供達の保護以降のシューナは遠出を避けていたから、類似の不当な募集があったとしても発見できないだろう。しかし大規模な採鉱や製錬なら何十人かのドワーフを招いた程度では足りないから、更に多くがスキュタール王国に渡ったと考えるべきだ。

 したがって国交樹立を待ってからと悠長に構えていられない。


「うむ。ロスラフ殿は立派な戦士だ……二度も闘った俺が保証する。それにマリュカ殿はパヴァーリが保証するそうだ」


 最初は真面目な顔で同意したイヴァールだが、途中から冗談めかした物言いとなる。そして彼は最後に、自身の弟パヴァーリへと顔を向けた。


「あ、兄貴!」


 対するパヴァーリは真っ赤な顔で叫ぶが、否定はしなかった。やはり彼もマリュカを憎からず思っているに違いない。

 初心な若者の姿に、大して年齢の違わないシノブだが微笑ましく感じる。それはアミィやセデジオにも共通する感情だったらしく、二人も笑みを浮かべていた。


「だがシノブよ、組むなら正体を明かしてもらう。他種族ならともかくドワーフ同士、お主と違って神々の秘事でもあるまい。であれば俺達の流儀を通させてもらうぞ」


「……マリュカ殿に自分から真実を語ってもらう方法が?」


 真顔になったイヴァールの宣言に、最初シノブは驚いた。

 確かに向こうが協力を求めて接触してきたなら、自身から素性を明かすべきだろう。こちらもシノブ達の密かな訪れや超越種の存在は伏せているが、ペヤネスクで交流している者達は身分や所属を偽っていない。

 それに、ここまで来て流儀に外れるからと無下にはしないだろう。そこでシノブは、イヴァールに何らかの策があると察したのだ。


「無論だ。パヴァーリ……」


「俺が!? でも、それなら確かに……」


 語り出すイヴァールに、パヴァーリは驚愕も顕わな顔を向ける。しかし彼は兄の策に有用性を認めたようで、反対することはなかった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 この夜、ヴェーグとシューナは発声の術の特訓を受けた。彼らは事件の解決に加わることを希望し、それには人間と直接会話できた方が良いと判断したらしい。

 『アマノ式伝達法』は便利だが、音の長短の組み合わせを符号としただけで信号表を渡さないと普通の人は理解できない。文字を記すのは確実だが、(ひら)けた場所が必要である。

 そこでヴェーグ達は、夜を徹して訓練に励む。幼いオルムル達とは違って成体なら睡眠時間は短くても問題ないし、百歳ほどとなったシャンジーも同様だ。


 翌朝、シノブ達も動く。

 シャルロットは軍務卿のマティアスと共に、軍の編成を練っている。これまでは暑い西メーリャ王国の作戦を想定して大砂漠の補給地で訓練を重ねていたが、寒冷なスキュタール王国であればアマノ王国内の高地が適切だ。そこで半数ほどを戻して雪上戦闘の演習をさせるという。

 ミュリエルとセレスティーヌはアスレア地方に置いた大使館を通しての情報収集だ。商務と外務を司る二人は、元々そちらに部下達がいる。そこで彼らにスキュタール王国についての噂を収集させるのだ。


 そしてシノブとアミィは、この日も都市ペヤネスクを訪れた。とはいえアミィの幻影魔術で姿を消してだから、来訪を知るのはイヴァールなど一部だけである。

 二人がいるのは太守の館の庭だ。これからイヴァール達はペヤネスクのドワーフと共に朝稽古に励み、そこでパヴァーリが兄の授けた策を実行するのだ。


 素無男(すむお)の修練場、中央に立派な土俵まである一角には既に大勢が集まっていた。

 主だった者を挙げると訪問団からイヴァールやパヴァーリ、それにエレビア王国の第二王子リョマノフだ。ちなみにリョマノフは獅子の獣人だが、まわし姿で四股(しこ)を踏んだり股割りで体を(ほぐ)したりと全く遜色がない。

 ペヤネスク側はロスラフと彼の息子ボルトフなどだ。こちらは当然だがドワーフだけである。

 それに女性陣も朝稽古の場に現れている。といっても彼女達は観戦するのみだから普段と変わらぬ衣装で、キルーシ王国の王女ヴァサーナがマリュカやロスラフの次女エシェナと談笑している。


──果たして上手くいくかな?──


──イヴァールさんは自信ありげでしたが──


 シノブとアミィは女性陣とは反対側、庭と外を仕切る塀の上に腰掛けていた。

 既に到着はイヴァールに伝えた。密かに接近し、彼の肩を叩いて知らせたのだ。そのためシノブ達は見守りつつ思念を交わすくらいしかすることがない。


──お、準備が終わったらしい──


──いよいよですね──


 シノブとアミィはパヴァーリへと視線を向けた。若きドワーフは、太守ロスラフへと歩んでいく。

 ただしロスラフが驚くことはない。どうやら彼は、ぶつかり稽古の相手に自身が選ばれたと思ったらしく、穏やかな笑みを浮かべて待っている。

 地球の相撲と同じく、ぶつかり稽古では格下が格上の胸を借りる。ここでパヴァーリより明らかに上なのはイヴァールとロスラフくらいだから、自然なことなのだ。


「ロスラフ殿! お主の娘、あちらにいるマリュカ殿を妻に望む! アハマス族エルッキの息子、パヴァーリの挑戦を受けてくれまいか!」


 パヴァーリは相手を見据えたまま、マリュカを指し示す。

 まるで決闘の申し込みのように気迫の篭もった声は庭の隅々まで響いた。そのため力士達は稽古の手を休めてパヴァーリへと向き直り、女性陣も全員が彼を見つめていた。

 もちろんパヴァーリが指し示した相手、マリュカも含めてである。


「……お、おお」


 パヴァーリの鋭い視線と声に、ロスラフは僅かに押されたようでもある。あるいは意外な発言に戸惑ったのか。

 とはいえロスラフは同意らしき言葉を口にしたわけで、稽古場には大きなざわめきが広がっていく。しかし交わされた内容には、大きな差があった。


「これは似合いだな」


「ああ。太守殿も文句はなかろう」


 訪問団でも昨夜のことを知らない者達は、暢気(のんき)に言葉を交わしている。

 パヴァーリの兄イヴァールは伯爵だから、こちらの制度に当て()めるなら太守が最も近い。つまり同格の身内同士なら良き組み合わせというのが、彼らの認識である。


「マズいぞ……」


「マリュカ様は……」


 反対にロスラフの側、息子のボルトフや家臣達は浮かない顔となっていた。

 仮にマリュカが王女マリーガなら、太守のロスラフが勝手に承諾するわけにはいかない。そして彼らの反応からすると、ここにいるマリュカがロスラフの保護下にないのは確かなようだ。


「パヴァーリ殿……」


 注目の人となったマリュカは絶句していた。しかし恥じらいに頬を染めつつも己の名を口にした相手を一心に見つめる辺り、充分に脈はありそうだ。


「これは突然ですわね」


 ヴァサーナは素知らぬ様子で(ささや)きかける。彼女やリョマノフは何が起きるか事前に聞いているから、驚く筈もない。

 ロスラフの二人の妻や幼いエシェナが驚愕の叫びを上げたとき、ヴァサーナも不審に思われないためだろう彼女達に倣った。しかし実際には、今もマリュカの反応を確かめているらしい。


──断ると思ったけど……勝てると踏んだかな?──


──そうですね……。『自分は結婚を許す立場にない。何故(なぜ)なら彼女は……』という筋書きだったのですが──


 シノブとアミィは顔を見合わせる。

 パヴァーリは衆人環視の中で宣言したし、彼は明確にマリュカを指し示した。そのため結婚を認めた相手は、別のマリュカだったという言い逃れは出来ない。

 もし本当にマリュカが王女ならロスラフは何とかして回避するだろうし、そこから真実へと繋げる算段だった。しかしロスラフには自身が勝って断る道も残っているから、敢えて勝負を受けたのかもしれない。


「それでは、中立の私が審判を務めましょう」


 前に進み出たのは獅子の獣人の若者、エレビア王国のリョマノフだ。彼はイヴァールとロスラフの(うで)素無男(ずむお)と同様に、第三者である自身が判定役を担うべきと考えたらしい。

 エレビア王国はアマノ同盟の友好国だから、厳密には中立と言い難い。しかし当事者達が所属するアマノ王国や西メーリャ王国の者よりは適任である。

 それにリョマノフは素無男(すむお)大会でも好成績を残したから、反対する者もいなかった。


「うむ」


「お、お願いします」


 ロスラフは悠然と、パヴァーリは少々緊張気味な様子でリョマノフに応じた。そして若き王子の先導で、二人は修練場の中央に(こしら)えた土俵へと歩んでいく。

 他の者達も場所を移す。もちろんイヴァールも同様で、彼は土俵の至近に腰を降ろし腕を組む。


──イヴァール、笑っているな──


──これも予想のうちだったのでしょうか?──


 付き合いの長いシノブ達には、長い髭に隠れたイヴァールの顔が綻んでいると理解できた。その様子からすると、彼はロスラフが断らなかった場合も想定していたようでもある。

 イヴァールは、どうせロスラフは断るだろうとパヴァーリを炊きつけた。それ(ゆえ)パヴァーリは安心していたらしいが、それも含めてイヴァールの策略だったのかもしれない。


 どんな形であれ、妻となるなら夫に真実を伝えるだろう。それに素無男(すむお)大会に続いて弟を鍛える良い機会である。

 熟練者との真剣勝負で得るものは大きい筈だ。案外イヴァールは、パヴァーリの育成を優先させたのかもしれない。

 そんな想像をしたからだろう、シノブの顔は自然と綻んでいく。


──シノブ様?──


──イヴァールがパヴァーリのために用意した場だ。きっと良い結果になるさ──


 怪訝そうなアミィに、シノブは朗らかな思念で応じた。そのためだろう、アミィも満面の笑みとなる。

 パヴァーリは十一連勝をしたくらいだから、ペヤネスク最強と言われるロスラフと闘っても一方的な展開にはならないだろう。それにイヴァールの落ち着いた様子からすると、秘策の一つや二つくらい授けていそうな気もする。

 果たして結果は。シノブは土俵に上がる二人の力士を見つめつつ、これから幕を開ける一番へと思いを馳せていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年10月14日(土)17時の更新となります。


 本作の設定集に、ヤマト王国とアウスト大陸の地図を追加しました。

 上記はシリーズ化しているので、目次のリンクからでも辿れます。


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