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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第24章 西と東の繋ぎ手達
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24.09 放浪虎の昔語り

 自称『放浪の虎』こと光翔虎のヴェーグは、およそ二十年前に故郷を旅立った。

 光翔虎を含め、超越種は二百歳前後で成体になる。そして光翔虎の場合、成体となった雄は親の棲家(すみか)を離れて修行に励むからである。

 ヴェーグも通例通り、生まれ育ったシヴァナの森を後にした。次に彼は最初の五年ほどを同じイーディア地方の中で鍛え、それから他の地方へと移っていく。

 しかしヴェーグは修行の一方で、人間達の観察にも時間を割いた。彼ら光翔虎は姿消しを使えるから、気付かれずに眺めるなど極めて容易なのだ。


 流石に体長20mもの巨体だと家の中には入れないが、野外だけでも充分に楽しめる。

 超越種は数が少なく、たとえば光翔虎だと二十数頭しかいないらしい。それに対し人間は桁違いの多さで、しかも様々な暮らしをしていた。

 土地ごとの違いも大きく、住む場所も石で造ったり木で造ったりと見て飽きない。服という超越種にはないものも、多様な形や色で目を楽しませる。

 食べ物も動物を狩るだけではなく育てもするし、草や木の世話までする。これらも場所ごとに異なるから、どれだけ観察しても新たな発見があった。

 他の光翔虎と同じく、子供のころのヴェーグも近くの人間達を覗いた。しかし巡っていく先々で人間達は予想もしなかった姿を見せてくれたから、彼の興味が尽きることはなかった。


 そのためヴェーグは一箇所に長く留まらず、一年から数年程度で次の地方に移っていった。まずは東のスワンナム地方に一年、それから北に移動して人間がカンと呼ぶ地域に同じくらい。海を渡った先のヤマト王国では十年近くを過ごしたが、それでも一つの場所に二年から三年だけだ。

 そしてヤマト王国を堪能したヴェーグは、北大陸に戻って北辺を西へと向かっていく。これはスワンナム地方やカンには魔獣使いが多く、ヴェーグが避けたからだ。

 ヴェーグは魔獣使いの使役術を良く思っていなかった。何しろ一部の魔獣使いは虎を使役していたから、彼が嫌うのも無理はない。もちろん普通の虎や魔獣の虎は光翔虎と全く異なる存在だが、良く似た外見の者が飼われていれば彼ならずとも不快に思うだろう。


 ともかくヴェーグは二十年近い東側の旅を終え、アスレア地方へと移った。創世暦1000年の中ごろ、ヴェーグがシノブ達と会う一年半ほど前のことだ。


──なかなか華やかだね! 今まで通った辺りと違って人が多いのが気に入った!──


 夜空を飛びながら、ヴェーグは満足げな思念を発する。

 ここは人間達が言うところの東メーリャ王国だ。この夜ヴェーグは東メーリャ王国に入り、今は新たな地をざっと巡っているところであった。


 ヴェーグはヤマト王国の北端からワタリ島を経て北大陸に移り、そのまま高緯度帯を西に移動してアスレア地方へと入った。地球なら青森から旅立って北海道、オホーツク海を越えて極東ロシア、更にシベリアを通ってモスクワ付近という経路だ。

 ただし北大陸は最北端でも北緯55度くらいまでだから、地球ならモンゴルより少し北、シベリアの南部といった程度でしかない。したがってファミル大山脈を越えてアスレア地方に入るまでも凍土ではなく、ヴェーグが通った一帯もドワーフの集落が点在していた。


 とはいえ発展度合いは、ここ東メーリャ王国ほどではない。こちらには都市と呼ぶべき大集落が多いらしく、ヴェーグは東から西に抜けていく間だけで五つやそこらは大きな灯りの塊を目にしたのだ。


──おっ、良さそうな山だね! 高さもあるし、俺の修行場にはピッタリだ! 見上げたもんだよ御山の光翔虎ってね!──


 ヴェーグが最後に発した地口めいた一節は、ヤマト王国のカワド城下で覚えた駄洒落(だじゃれ)に両親から教わった教訓を組み合わせたものだ。

 若い光翔虎の修行の場としては高山が最適らしい。本来の彼らは暖かい場所に棲むが、敢えて過酷な環境を選んで己を高めるという。

 しかしヴェーグの場合、少々変わった方向にも伸びているようだ。


 それはともかくヴェーグは発見した対象、少し左手の内陸にある高山へと向かっていく。まだ彼は知らないが、そこは東メーリャ王国と西メーリャ王国にスキュタール王国を加えた三国の境界となる場所だった。

 アスレア地方の東端であるファミル大山脈は南北に連なっているが、この一帯だけ1000km以上も西に張り出している。この突き出した部分の北が東メーリャ王国、南の内陸側がスキュタール王国だ。

 そしてヴェーグが向かっているのが山脈の終端近くで、ここから先が西メーリャ王国である。


──おおっ、魔力も結構ありそうだ……それに魔獣も! でも、夜明けまでは一休みだな!──


 三つの国の境になるだけあり、ヴェーグが向かっている山は一段と高く上の方は雪を被っている。

 大砂漠の影響で温暖な西メーリャ王国とも接する一帯で、しかも今は夏前だ。とはいえ西に伸びている部分だと一二を争う高峰だけに標高5000mはあり、地肌が現れているのは七合目辺りから下である。

 そのためだろう、ヴェーグが降りたのは中腹付近だった。どうやら彼は、一眠りしてから山篭りを始めるようである。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ヴェーグは山腹の岩場、その中でも一際高い塔のような巨岩の上に舞い降りた。ただし彼は姿を消したままだから、近くに魔獣などがいたとしても気付かないだろう。

 本来なら雨風を(しの)げる洞窟を探すか掘るかだが、今日は天気も良いから星空の下で充分だ。そこでヴェーグは、他の生き物が近寄れない高所を一夜の宿に選んだらしい。


 地上に棲む生き物では、垂直に切り立った岩を登るのは難しいだろう。森林大猪(しんりんおおいのしし)魔狼(まろう)のような四足獣はもちろん、取っ掛かりがないから大爪熊(おおつめぐま)岩猿(いわざる)のような手を使える魔獣でも不可能に違いない。

 来るとしたら帝王鷲(ていおうわし)のような空を飛べるものだが、光翔虎の姿消しは魔力波動も隠すから察知は極めて難しい。

 もっとも、これらの魔獣は成体の光翔虎からすれば遥かに小さく、大きいものでも全長4mや5mといった程度だ。したがってヴェーグが邪魔されない場所を選んだのは、休息中の面倒を避けるためでしかない。


──明日は仮の棲家(すみか)を造ろうか……。とはいえ、この辺りだと人が来るかもなぁ──


 ヴェーグが選んだ巨岩は見晴らしが良く、遠くまで見渡せる。

 遠方の平原に点在する(きら)めき、灯りを落としつつある都市や町村。それらも放浪好きな光翔虎の視界に入っていた。


 ここまで登れる人間は僅かだろうが、絶対に来ないという保証はない。

 この山には鉱山があるようで、途中までは道が存在する。それに旅の間にヴェーグが知ったドワーフ達には、集団であれば大型の魔獣すら狩る強者(つわもの)もいた。

 人の生活を眺めるのが好きなヴェーグだが、自身の棲家(すみか)を覗かれるのは別である。超越種は人間と言葉を交わせないから、出会っても騒動になるだけと理解しているのだ。

 そこで好奇心旺盛なヴェーグも、今まで人間に姿を見せたことはない。時には非道を目にして手を貸すこともあるが、その場合も陰から風の術で助けた程度だ。


──何だこりゃ? 変な魔力が……。念のために姿消しを強めておくか!──


 暫しの間ヴェーグは(ふもと)側を眺めていた。しかし未知の魔力波動の発生に、彼は自身の術を一段上へと引き上げる。


 息を潜めるヴェーグの前、無数の岩が転がる荒れ地に異変が生じる。地中から大岩のようなものが浮上してきたのだ。

 岩らしきものの形は大雑把に表現するなら上が少し尖った円筒、直径は人間の大人が何人かで手を繋げば囲めるくらいはある。表面は漆黒で岩に似ているが、単なる岩が動くわけはない。


──ちょっと判りづらいが、俺達に似た魔力波動だな……よし、呼びかけてみるか! お~い、大岩さ~ん! 俺は光翔虎のヴェーグ、人呼んで放浪の虎ってもんだ!──


 ヴェーグは姿消しを使ったまま、思念で呼びかける。

 相手の魔力波動を知らないと思念での意思伝達は出来ないし、向こうもヴェーグと同じく何らかの術で魔力を隠蔽しているようだ。

 しかし謎の存在が放つ波動を、ヴェーグは僅かだが感知できた。隠密の術を駆使する光翔虎は、気配を探る(すべ)にも()けている。光翔虎が競うときは姿消しを使うから、彼らにとって魔力感知は習得必須の技なのだ。


──えっ!?──


 謎の大岩は超越種か(るい)する存在だったようで、ヴェーグの思念に反応する。そして漆黒の巨岩に似たものは、発した思念と同時に大きく動いた。

 どうやら今までヴェーグに向いていたのは頭の後ろ側らしい。しかし向きを変えた今は黒い瞳でヴェーグを見つめ、更に口を開けているから赤味を帯びた口腔も明らかだ。


──驚かせて済まなかった! 見ての通り俺は風来坊、邪魔なら去るがここで会ったのも何かの縁、話くらいはできないか?──


 返ってきた思念で超越種と確信したのだろう、ヴェーグは姿を現す。そして彼は流れるような調子で、一夜の語らいをしたいと持ちかけた。


──私は玄王亀のシューナです。光翔虎という種族は初めて知りましたが……私達と同じで周りの場を(ゆが)めて隠れるのですか?──


 謎の存在は、アスレア地方の南西で生まれたシューナだった。後にシノブ達が探す、若い世代の玄王亀である。

 ただし創世暦1000年6月は、この世界にシノブが現れる二ヶ月前だ。しかもシューナと会いたいと望んだ幼い玄王亀ケリスも、まだ生まれてすらいない。


 警戒を解いたのか、シューナも全身を現す。

 シューナは若いとはいえ成体だから、甲羅の長さが20mにも及ぶ巨体だ。そのため四本の脚で大地を踏みしめ頭を(もた)げる彼は、巨岩の上を占めるヴェーグにも匹敵する威容を誇っていた。

 突き出す岩の上には白く輝く光翔虎、大地には漆黒の玄王亀。もし目にした者がいれば、思わず息を呑んだだろう幻想的な光景だ。しかし二頭を見つめるのは、満天の星や高みに昇った月輪のみである。


──俺も玄王亀さんとは初めて会ったよ……しかし場を(ゆが)めるって凄いねえ! これは恐れイリタニの大神様だ!──


 大きな驚きを示そうとしたか、ヴェーグはヤマト王国で知った表現まで用いる。ちなみにイリタニとはカワド城の北東で、歩いて行けるほど近い場所だ。


──あっ、俺のは姿消しっていう光を操る技さ! ほら、こうやって!──


 ヴェーグも自分達が使う術について語り始め、実際に姿を消してみせた。そして彼はシューナの近くに出現する。

 初めて会う相手に対して無用心な気もするが、まだ若いヴェーグは警戒心も薄いのだろう。それに本気の彼を脅かす存在など、二十年近い旅でも出くわすことはなかった。したがって何かあれば対処できるという、自信の表れなのかもしれない。


──この技があるから、修行の合間に人間を見て回れたのさ。だから人間の口癖も覚えちゃってね──


──そうなのですか……私達は地に潜むだけですから、羨ましいです──


 ヴェーグの邪気のない様子に釣られたのか、シューナも素直に感嘆を表す。

 シューナも成体になってから数年だから、ヴェーグほどではないにしても好奇心は強いに違いない。それに年齢が近いのも親近感が湧いた理由の一つだろう。まだ彼らは自身の歳を明かしてはいないが、思念の雰囲気から若手同士だと察したようである。


 そして月明かりの下、光翔虎のヴェーグと玄王亀のシューナは語らいを続けていった。

 二百歳を超えたばかりの若い雄であること、それぞれがどこから来たかなどを二頭は伝え合った。更に話は、何故(なぜ)この山にシューナがいたかに移っていく。


──そうか、お爺さんが来た場所か……だったら一度は見たくなるのも当然だよな!──


──はい。私は祖父と直接会ったことはありませんが、父が少しだけ聞いていたのです。遥か昔、まだ祖父が若かったころに北東に向かったと……そして祖父は、当時をとても懐かしく思っていたようです──


 納得を示すヴェーグに、シューナは大きく頷いた。

 シューナの祖父プロトス、第一世代の玄王亀の一頭はメーリャ地方に棲んだことがあるらしい。といっても短期間であり、彼が(つがい)と居を構えてからは赴くこともなかったようだ。

 これは他の超越種に比べると、玄王亀の移動速度が極めて遅いからである。玄王亀は一日を費やしても200kmを進める程度で、しかも一定以上の魔力の流れがあってのことだ。

 そのため(つがい)を得た玄王亀は、殆どを棲家(すみか)と周囲のみで過ごす。例外は二十年に一度の会合で、このときは全ての玄王亀が当代の長老のところに集まるが、他は日帰り程度の移動のみだ。


──実は祖父が昔使っていた仮の棲家(すみか)が、ここの地下にあったのです──


 この地に来てから数年、シューナは魔力の流れに乗って各地を巡った。そして彼は最近になって、この山の地下1000mほどに祖父プロトスの仮住まいを発見したのだ。

 玄王亀が好むのは、地脈のような魔力の流れや魔力溜りとなっている場所だ。したがって時間を掛けて巡れば、同族が行きそうな場所を発見することは可能であった。

 もっともプロトスがメーリャ地方にいたのは彼が(つがい)を得る前、つまり創世期か近い九百年ほども昔のことだ。そのため現在までに魔力の流れが大きく変化していたら、辿(たど)り着けなかったかもしれない。


──でも、何故(なぜ)祖父が詳しいことを語らなかったのか……。どうしてここに来たかも分かりませんし──


──なるほどねぇ……。よ~し、俺が協力しよう! 大丈夫、この『放浪の虎』ヴェーグさんに任せておけって! これでもアチコチで色々勉強したんだぜ!──


 項垂(うなだ)れたシューナに、ヴェーグは手助けすると宣言した。

 ヴェーグが各地を巡って得た知識は、役に立つこともあるだろう。それに姿消しの術が使える光翔虎なら、情報収集はお手の物だ。


──ありがとうございます!──


──礼なんかいらないって! お前は俺の弟分になったんだからな!──


 喜ぶシューナに、ヴェーグは兄貴風を吹かせる。ヴェーグは光翔虎の習慣に倣ったらしいが、本来は力比べで上下関係を決めてのことだから少々気が早い。

 もっともヴェーグが年長なのは事実で、シューナは当然と受け止めたらしく反対しない。


 こうしてヴェーグとシューナは行動を共にすることになった。そして二頭は更なる親交を深めようと、夜遅くまで語り合っていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 若き光翔虎と玄王亀の交流は、数ヶ月にも及ぶ長期間となった。

 人間に詳しいヴェーグはドワーフ達の集落を巡り、少しずつだがメーリャ地方の逸話を収集した。彼は人語を話せないが聞く分には問題ないし、僅かだが書籍まで手に入れた。彼は長い放浪の間に、簡単な文章が読めるだけの知識を習得していたのだ。

 ヴェーグは創世期や大昔の逸話について記した書籍を見つけると、それが売り物であれば代価に宝石を置いて持ち帰った。巨大な体躯のヴェーグは店内に入れないが、風の術を使えば密かに店頭の品を持ち出すなど造作(ぞうさ)もない。

 同意なしで交換するのは感心しないが、宝石はシューナが玄王亀の技で作り出した高品質の大粒で書物とは桁違いの価値がある。そのため相手も大喜びで、問題となったことはない。


──プロトス殿が眷属様のお手伝いをしたのは間違いないな──


──ええ。眷属様のお力で移動したのかもしれませんが、随分と広範囲ですね──


 ヴェーグとシューナは敷物にもなるくらい大きな地図を覗き込む。といっても巨大な彼らからしたらハンカチ程度しかないから、二頭は頭を寄せ合うようにしていた。


 ここはシューナの仮住まい、つまり遥か昔にプロトスが使った地中の棲家(すみか)である。光翔虎のヴェーグは潜行の術を使えないが、シューナが甲羅に乗せて運ぶのだ。

 その代わり各地を巡るときはヴェーグが弟分を運ぶ。もちろん姿消しを使っているから、人間達は彼らの存在を知らないままだ。


──眷属様か……時間を掛ければ移動できるけど、そうかもなあ。言っちゃ悪いけど、玄王亀は遅いからねえ──


──この玄王山や、近い廃都メリャフスクの辺りが中心……。でも東はイボルフスク、西はドロフスクですからね──


 二頭がいる山は、正しくはメリャド山という。しかし一部の知識人はプロトスのいた場所として崇め、玄王山という名前を贈っていた。

 そして廃都メリャフスクというのは玄王山から北、現在は東西メーリャの国境となっている場所にある。ここが最もプロトスの逸話が多い場所だが、東メーリャ王国の王都イボルフスクや西メーリャ王国の王都ドロフスク周辺の話も僅かながら存在した。

 もっともメーリャ王国が誕生したのは今から四百年ほど前、東西に分裂してからだと僅か百年程度である。そのためシューナが挙げた都市も、創世期だと現在の村か小さな町程度の集落でしかない。


──たぶんさ、一箇所だけに鍛冶技術を伝えたら不公平だから沢山回ったんだよ──


──そうだと思います。それに、お爺さんも人助けをしていたようですから──


 ヴェーグやシューナは聞き込みや書籍集めにより、プロトスが人間社会に大きく関与したと知った。

 もっとも創世期だと珍しいことではなく、眷属や超越種どころか神々も各地で指導や支援をした。そうやって人間は創世から僅か百年ほどで、一定の文明度に達したのだ。


──人助けは俺も好きだな……それに動物を助けるのもね──


──東は魔獣使いが多いのでしたね──


 二頭は互いの過去を教えあった。そのためヴェーグがスワンナム地方やカンの魔獣使いを嫌っていることを、シューナも理解している。

 それに今のヴェーグ達は、メーリャの二国で同じようなことをしていた。


 どうも数年前から東西のメーリャでは騒動が増えたらしい。双方の中枢部が互いを警戒し、国境付近で牽制しあっているからだ。

 それぞれの王子が自国の初代国王の名を持ったという些細なことが原因で、知ったときはヴェーグ達も大いに(あき)れた。しかし衝突で迷惑する商人や旅人を、彼らは超越種の技で密かに助けていたのだ。


──ところでシューナ、これからどうするよ? プロトス殿のことは分かったしさ?──


──ここを一生の棲家(すみか)として整えます……先々(つがい)を得る日に備えて──


 ヴェーグの問いに、シューナは気恥ずかしさを滲ませた思念で応じた。

 成体となった玄王亀の雄は、伴侶と暮らす棲家(すみか)を準備する。地下深くに直径100mほどの空洞を作って居住可能な環境とし、更に得意の技で宝石を作って飾り立てるのだ。

 広い洞窟の全てを宝石や貴金属で覆うのは長い時間が掛かるが、それも含めて修行であり雌に自身の技量をアピールする一大要素でもある。そのため彼らは数十年から百年近くも掛け、自身の住まいを満足がいくまで改良する。

 ちなみに彼の祖父プロトスは、ここを仮住まいとしてのみ使ったようだ。そのため空洞に装飾はなく、生活できる程度に整っていただけだ。


──そうか……ならば俺は旅立つぜ。お前も一人前以上だし、人間とやり取りする(すべ)も身に付けた。それに玄王亀流の姿消しも編み出したから、人間達を観察しながら時には助けてやれば良いさ──


 ヴェーグは大きく頷くと、僅かに間を置く。そして彼は再びシューナを見据えると、別れを宣言した。

 文字を読めるのだから、当然ながら書くことも出来る。この星の言葉と文字は日本語だから、平仮名と片仮名、更に漢字をヴェーグは習得し、それをシューナにも伝えたのだ。

 もちろん旅の最中に独学で身に付けた程度だから難しい漢字は使えないが、助けた人に書き置きするくらいなら全く問題ない。実際にヴェーグやシューナは伝えたいことを岩や地面に刻むなどして、何度も役に立てている。

 しかもシューナは空間歪曲を応用した姿消しの術を作り出した。後にケリスが同様の技を編み出そうと奮闘するが、彼は一足先に完成させていたのだ。

 そのため今のシューナは、ヴェーグに頼らずとも人間を見守ることが可能であった。


──ヴェーグさん……色々ありがとうございました──


──なあに、いいってことよ! お前は俺の弟分なんだからな! それにアスレア地方を一回りしたら、また遊びに来るぜ! そのときまでに、ここをキラキラの御殿にしてくれや!──


 しんみりとしたシューナに、敢えてなのだろうヴェーグは明るく返す。そして放浪好きな光翔虎は、弟分とした玄王亀の頭を前足で撫でた。


──完成するまで来てくれないのですか?──


──おっと、こいつはいけねえ! ……そうさなぁ、一年ほどしたら様子を見に来るぜ!──


 冗談めいた様子でシューナが早期の再訪をねだると、ヴェーグは近々来ると陽気に(やく)した。

 超越種の寿命は千年ほどもあるから、彼らにとって一年は人間の半月程度でしかない。そのためシューナも更に早くと要求することはなく、大きく頷くのみである。


 こうして二頭は、それぞれの道を歩み出した。これが創世暦1001年の初めごろ、今から一年ほど前の出来事だ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──というわけで、シューナは玄王山にいる筈です! きっとアイツも、首を長くして私が来るのを待っているでしょう! もちろん玄王亀の首は伸びませんけどね!──


 昔語りを終えたヴェーグは、最後に冗談らしき一言を付け加える。

 あまり気を使わないでとシノブが言ったこともあり、ヴェーグは兄貴分への敬意を表しつつも少々砕けた口調へと変じていた。それに弟分にしたと伝えたからだろう、シューナに触れるときも目下扱いにしている。


「なるほどね……その辺りだとヴァサーナ殿も書いていたけど、探し回る手間が省けたよ! ヴェーグ、ありがとう!」


「シノブ、これなら密かに会いに行っても良いのでは?」


 顔を綻ばせるシノブに、シャルロットが助言する。

 メリャド山は高峰だけあって面積も広い。しかもシューナの棲家(すみか)があるのは山頂付近の地下だから、平地や(ふもと)近くと違って人は来ない。

 標高に加えて魔獣の領域だから登頂など不可能で、一応は三つの国の境界となっているが訪れた者はいなかった。つまり実質的には無主の地というべき状態なのだ。


「そうすると、ペヤネスクに寄ってアケロさん達と合流するのでしょうか?」


「折角ですから御一緒すべきですわね!」


 ミュリエルとセレスティーヌも早々の訪問に賛成のようだ。

 現在、玄王亀の長老夫妻アケロとローネは西メーリャ王国の都市ペヤネスクにいる。彼らはペヤネスクに滞在中のアスレア地方北部訪問団と共に行動しているのだ。

 それに朱潜鳳のフォルスとラコスも、大砂漠の管理をしつつ空いた時間でアケロ達の支援をしている。朱潜鳳は玄王亀と同じく地下に潜れるからである。

 大砂漠の熱はフォルス達が地下から導いており長く離れることは出来ないが、一日程度の不在は問題ないし交互に外出しても良い。そんなわけでアマノ同盟と国交のあるキルーシ王国など、正体を明らかにしている場所では彼らも調査に加わった。

 それなのに置いていくなど、恩知らずにも程がある。そう二人が考えるのも当然であろう。


「ああ、そうしよう!」


「それでは(ふみ)を送りますね!」


 シノブの宣言を聞き、アミィは通信筒を取り出した。

 イヴァール達はペヤネスクの人々との懇親があるから伴えないが、朗報を知らせるべきだ。それにヴァサーナは、シューナの情報を得るべく太守の娘マリュカなどに訊ねている。しかし棲家(すみか)に行けば間違いなく会えるだろうから、聞き取りを終わりにしても良いと伝えるべきだ。


──それが通信筒ですね! ありがたやありがたや……またまた神具を拝めるなんて、本当に長生きはするもんだよ──


『た、確かに私達は長生きだけど! まだヴェーグさんは若手でしょう!?』


 ヴェーグは後ろ足のみで立ち、空いた前足を拝むように合わせる。すると彼と共に来た雌の光翔虎ヴァティーが、笑いを(こら)えつつといった様子で顔を向けた。

 少々変わったところのあるヴェーグだが、方々巡っただけあって知識は豊富だし独学で文字を覚えるなど感心すべきところも多い。それに話も面白いから、ヴァティーも好感を(いだ)いているようだ。

 今もヴァティーは(あき)れたような口調だったが、一方で大いに楽しんでいるようにもシノブは感じていた。


──それでは兄貴、ケリスちゃんが戻ってきたら出発ですか?──


「ああ。帰ってくるように伝えたから……どうやら戻ってきたようだ」


 ヴェーグの問い掛けに頷いた直後、シノブは『白陽宮』の庭にある創世の聖堂から独特の魔力波動を感じ取った。もちろん、それは転移の神像を使ったときの波動である。

 ケリスだけではなく、オルムルを始めとする全ての子供が揃っているらしい。それに引率役のシャンジーもシノブ達がいるサロンへと向かっているようだ。


『シノブの兄貴~! ただ今戻りました~! ヴェーグさん、初めまして~!』


『ヴェーグさん、ありがとうございます!』


 庭に面した大窓が開け放たれると、まずはシャンジーが飛び込んでくる。そしてシャンジーに乗っていたケリスが、ヴェーグとヴァティーの前に飛び出した。

 玄王亀の浮遊は速度が遅いが、今のケリスは先ごろ会得した空間操作を応用した飛翔術も用いたようだ。宙を進んだときの彼女は、僅かだが青白い光を放っていた。


──これは魂消(たまげ)(こま)下駄(げた)日和(ひより)下駄(げた)!──


 ヴェーグは空間操作を使った飛翔があるとは思いもしなかったようだ。彼は激しい驚きを顕わにする。


『げた……?』


『ヤマト王国の履物だね~。駒下駄は一つの木材をそのまま削って作ったヤツ、日和下駄は晴れているときに使うんだ~』


 ヴェーグが叫んだ地口の意味を、当たり前だがケリスは理解できなかった。

 しかしシャンジーは長い間ヤマト王国にいたし、今でも定期的に訪れる。そのため彼は下駄を知っており、自身の知識をケリスに披露する。

 そこに追いついたオルムル達も加わり、ますます賑やかさを増していく。


「こいつは春から縁起がいいわえ……とでも言っておこうか」


 シノブは笑みと共に呟きを漏らす。

 今は一月だから新春、目の前には神獣とも呼ばれる超越種達。シノブならずとも、何かの吉兆のように感じるだろう。


「シノブ、それは?」


「歌舞伎っていう向こうの劇のセリフだよ。もしかしたら、こっちにも似たような話があるかもね」


 興味を顕わにするシャルロット達に、シノブは簡単だが日本の伝統芸能について語っていく。

 おそらく神々や眷属が伝えたのだろうが、ヴェーグが覚えた地口には日本と全く同じものまである。ならば歌舞伎の題目も、ヤマト王国風にアレンジして教えたかもしれない。シノブは、そう思ったのだ。

 シューナと会ってからだが、落ち着いたらヴェーグに訊ねてみよう。そして彼やシャンジーと共にヤマト王国を再訪しても良い。シノブは新たな出会いに大きな感謝を(いだ)いていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年10月7日(土)17時の更新となります。


 本作の設定集に、アスレア地方北東部の地図を追加しました。

 上記はシリーズ化しているので、目次のリンクからでも辿れます。


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