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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第24章 西と東の繋ぎ手達
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24.08 繋がる者、道、過去

 奉納素無男(ずむお)による交流で、イヴァール達と都市ペヤネスクの住民の距離は縮まった。

 風習が大きく違うエウレア地方のドワーフも同じように力強く生き、己を磨いている。ペヤネスクの者達は、そう理解したのだ。


 お陰で力士以外、つまりアスレア地方北部訪問団そのものも随分と動きやすくなった。

 訪問団の次の目的地は西メーリャ王国の王都ドロフスクだが、その前にペヤネスクで同国の状況を把握するつもりだ。したがって親善のみではなく、聞き取りや書物の閲覧なども充分にしたい。

 仮に打ち解けていなければ形式的な調査で終わってしまうところだが、これなら突っ込んだところまで聞けるだろう。そう期待した外交担当や情報局の者達は、大きな喜びに顔を綻ばしている。


 ドワーフ達も忙しい。彼らのうち技師として訪問団に参加した者達は、早速ペヤネスクの職人達と交流を開始していた。

 それにイヴァールやパヴァーリなど素無男(すむお)を取った者達は、近隣の町村に赴いていた。彼らは更なる融和を目指し、数日間だが素無男(すむお)巡業団として巡るのだ。

 やはりドワーフ同士が打ち解けるには、技を競うのが一番なようだ。巡業団の半数はペヤネスクのドワーフ達で、昨日のように東西に分かれて取組をする。もちろん訪問先のドワーフもペヤネスクの側に入り、体で語り合ってもらう趣向である。


 並行して、遥か昔この地方に現れた玄王亀プロトスについての情報収集も進めている。

 こちらはキルーシ王国の王女ヴァサーナが中心となっていた。鍵を握っているのがペヤネスクの太守の娘マリュカ、どうやら本当は王家の関係者らしき女性だからである。

 ヴァサーナは豹の獣人でマリュカはドワーフと種族は違うが、未婚の女性同士で歳も近い。それに二人は奉納素無男(ずむお)の観戦で大いに親しくなった。そこで当面はヴァサーナが聞き取り役を務めることになったのだ。


 もっともプロトスが現れたのは創世期で、今から九百年は昔のことだ。したがって出現した場所も大まかにしか伝わっていないが、昔のメーリャ王国の王都辺りというのは確からしい。

 ただし元王都に行くのは、少し先になりそうだ。メーリャ王国は百年ほど前に分裂し、西メーリャ王国と東メーリャ王国となった。そして元王都は現在だと二国の国境で、しかも双方は仲が良くないのだ。

 しかしプロトスの仮住まいでも存在したなら、捜索中の若き玄王亀シューナが訪れたかもしれない。玄王亀は地下でも特に魔力が濃い場所、言ってみれば地脈のような特別なところを棲家(すみか)とするからだ。

 そのためシューナも、魔力の流れに乗って先祖と同じ地に向かった可能性は高い。したがって広い西メーリャ王国や東メーリャ王国を当てもなく探すより、プロトスの現れた場所に行く方が効率的である。


 これには訪問団に同行している超越種達、玄王亀の長老アケロなども大きな期待を(いだ)いていた。

 アケロ達が姿を現すのは国交樹立の後としており、今はメーリャの二国での調査をしていない。しかし、この様子なら西メーリャ王国と手を(たずさ)える日は遠くなさそうだ。

 そのためヴァサーナはアケロ達が動くときに備え、プロトスの逸話や関係しそうな事柄を(まと)めている。


 これらの動きは、当然シノブにも伝わっている。

 イヴァールは通信筒を持っているし、ヴァサーナや彼女の婚約者でエレビア王国の王子リョマノフなども同じだ。そのため奉納素無男(ずむお)を密かに観戦しただけで帰ったシノブだが、訪問団の動きを把握していた。

 シノブもイヴァール達と共に訪問や探索をしたいとは思うが、アマノ王国の国王で更にアマノ同盟の盟主でもあるから出かけてばかりもいられない。実際この日のシノブは政務に加え、とある重要な会合に出席していた。

 それはアマノ同盟や友好国の大使達との語らいである。


「イヴァールやパヴァーリ達は、無事に西メーリャ王国に入りました。それにペヤネスクの太守達とも打ち解け、良い関係を築き始めていますよ」


「ほう! それは喜ばしい! 流石は我が孫達だな!」


 シノブの言葉を聞いて満面の笑みを浮かべたのは、イヴァールの母方の祖父ヤンネだ。

 ヤンネはヴォーリ連合国の駐アマノ王国大使で、妻と共にアマノシュタットに赴任中なのだ。酒杯を掲げるヤンネの側には、同じく顔を綻ばせたドワーフの老女ヴェルマがいる。


「安心しました」


「義父上も御活躍ですね」


 デルフィナ共和国の大使アヴェティと彼女の夫ソティオスも笑みを浮かべている。訪問団でエルフの(まと)め役をしているルキアノスは、アヴェティの父なのだ。

 ルキアノスはパヴァーリの怪我も簡単に治したが、それは彼が治癒魔術の達人でもあるからだ。もしルキアノスがいなかったら、潜んでいたシノブ達が出るしかなかっただろう。


「しかも玄王亀の第一世代プロトスの情報も(つか)みました。シューナを探す大きな手掛かりになるでしょう」


「お爺様に縁のある場所ですから、訪問なさったでしょうね」


 シノブが話を続けると、アスレア地方から来た大使の一人が感慨深げな様子で応じた。彼女はアゼルフ共和国の大使アルリア、若い女性のエルフである。

 プロトスの本来の棲家(すみか)はアゼルフ共和国の中央山地で、そこには今も彼の息子アノームと(つがい)のターサが暮らしている。そしてプロトスはアゼルフ共和国のエルフ達にも鍛冶の技を授けたから、アルリア達は彼に深い感謝を(いだ)いていた。

 そのため子孫も、アルリア達にとっては尊崇の対象なのだ。


 もっとも関心を示しているのは、アルリアだけではない。同じくアスレア地方のエレビア王国やキルーシ王国、それにアルバン王国の者達もシノブの話に聞き入っている。


「リョマノフも役に立っているようでホッとしました」


「それにヴァサーナ様も」


 エレビア王国の大使はリョマノフの姉オツヴァ、キルーシ王国の大使は元外務大臣のテサシュだ。こちらも自国の王子や王女の活躍を知り、大いに面目を施したようである。


 ちなみにアルバン王国からアスレア地方北部訪問団に参加したものはなく、()の国の大使は礼儀正しい笑みを浮かべているだけである。アルバン王国は王太子カルターンが、二日後に東域探検船団とタジース王国へ出発する。そのため彼らの活躍は、これからなのだ。

 また同じく訪問団とは直接の接点がない者達、メリエンヌ王国やカンビーニ王国、それにガルゴン王国やアルマン共和国の大使達も聞き手に回っている。これらの国々は、出身者が訪問団にいる程度であった。


陸奥(みちのく)の国の長彦(ながひこ)様にお伝えしましょう」


「ええ、きっと喜ばれます」


 最も遠くから赴任した者達、ヤマト王国の大使と副官が(ささや)きを交わす。大使は王太子健琉(たける)の腹心である文手(ふみて)、副官は同じく側仕えも務めた霧刃(きりは)という若者だ。


 ヤマト王国は遠すぎて通常の手段だと行き来できないが、メリエンヌ学園に留学する者も僅かながら出始めた。そのためヤマト王国もエウレア地方に大使を置くべきとなったわけだ。

 ちなみに今のフミテ達はエウレア地方の衣装に身を包み、『白陽宮』の広間にも馴染んでいる。和服に酷似したヤマト王国の着物だと注目を浴びるから、彼らもアマノ王国で服を(あつら)えたのだ。


 なおフミテとキリハは、昨日タケル達にも直接会ったし、そのときに大半を聞いている。そのため二人は少し下がった場に(とど)まったらしい。


 もちろんシノブの周囲にいるのは賓客だけではない。彼の側にはシャルロットにアミィ、そしてミュリエルやセレスティーヌもいる。

 大よそ月に一度の間隔で催している大使達との会合では、アマノ王家が饗応(きょうおう)役なのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 会合の間には、場を移しての相談もあった。たとえばカンビーニ王国の大使ロマニーノは、とある理由からシノブ達の今後の都合を訊きにきた。

 ここは広間と隣接した別室で、室内にいるのはシノブとロマニーノの二人のみである。大勢の大使が来ているから、シャルロット達は今も持て成しを続けているのだ。


「フィオリーナ様のご出産は、来月の前半だと思われます。陛下の生誕祭と近く大変恐縮ですが、ご都合が付く場合はお招きさせていただきたく……」


 猫の獣人ロマニーノは、向かい側に腰掛けたシノブに頭を下げる。

 フィオリーナとはカンビーニ王国の女公爵で現国王の妹、しかもシャルロットの側近マリエッタの母だ。そのためシノブ達は、彼女が出産したら祝いに行く予定である。

 ただし2月14日はシノブの誕生日でアマノ王国での行事があるから、その日は動けない。


「ああ、もちろんだよ。当日と翌日のファーヴの誕生日は無理だけど、他は可能な限り空けるから」


 シノブは普段と変わらぬ調子で応じた。ロマニーノはシノブの良く知る者達の親族だからだ。

 ロマニーノの祖父はシノブの親衛隊長エンリオだ。つまり彼もイナーリオ一族の一員で、メグレンブルク伯爵アルバーノの甥にしてシノブの側仕えミケリーノや情報局の局長代行ソニアの従兄弟である。

 しかもロマニーノはアルバーノと容姿が良く似ているから、ますますシノブとしては親近感が湧く。


「ありがとうございます。これで肩の荷が下りました……何しろミリアーナ様の件もありますし」


「まだ赤ちゃんじゃないか……でも、今度の訪問ではリヒトも連れていくよ」


 言葉通りに肩から力を抜くロマニーノに、シノブは笑いを(こら)えつつ応じた。

 ミリアーナとは、カンビーニ王国の王太子シルヴェリオの第二子で娘だ。彼女はシノブの息子リヒトの少し後に生まれたから、向こうではリヒトに嫁がせたいという声が大きいそうだ。

 もちろん生まれて間もない同士だから、どんなに早くても結婚は十五年以上も先のことだ。婚約をするにしても数年は待ってからとなるだろうし、シノブとしては十歳前後になるまで待って二人の意向を確かめてからにしたい。


「本当に申し訳ありません」


 ロマニーノは再び深く頭を下げた。

 カンビーニ王国は、なるべく早く二人を合わせて実績を重ねたいようだ。それにフィオリーナの子とも、同様に顔合わせしたいらしい。

 フィオリーナの子が娘なら、やはり嫁ぐ候補として。息子なら、将来の学友として。物心も付かない赤子同士の対面だが、他に先んじて会ったという事実が重要なのだろう。


「いや、問題ないよ。リヒトに友達が出来るのは嬉しいことだしね。……ところでロマニーノ、君の結婚は? ソニアが待っていると思うんだけど?」


 シノブがロマニーノに気安く接するのは、このこともあった。ソニアは従兄弟のロマニーノを好いており、将来の相手と定めているのだ。

 これはソニアと侍女仲間だったアンナやリゼットが聞きだしたことだが、シノブも何となく察していたから驚きはしなかった。ただし今のソニアはアマノ王国の情報収集の中枢におり、ロマニーノは他国の大使である。そのため今のところ、このことは内密にしている。


「陛下の御訪問の後……遅くとも三月末には、後任を用意できるかと」


「それは良かった。情報局は人手が足りないから、なるべく早く頼むよ」


 僅かに頬を染めたロマニーノに、シノブは微笑みで応じた。

 結局イナーリオ一族は、全てアマノ王国に移ることになるようだ。当面はロマニーノの両親やソニアとミケリーノの両親がカンビーニ王国に残るが、彼らも現役から退(しりぞ)いたらアマノ王国に移住するのではないだろうか。

 何しろ彼らの孫は、こちらで生まれることになる。そうなれば普通は老後を子や孫のいる地で過ごしたくなるだろう。


「ご承知の通り、エレビア王国のオツヴァ殿下がシルヴェリオ様の第二妃となられます。ご成婚が三月中ですので、それまでお待ちいただけばと……」


 ロマニーノはカンビーニ王国での最後の仕事、シルヴェリオとオツヴァの婚約に触れる。彼はシルヴェリオの親衛隊員だったから、この件で橋渡しをするには最適だったのだ。

 結婚したらオツヴァはカンビーニ王国で暮らすから、駐アマノ王国大使を辞める。もっとも後任は今も彼女を支えている副官だから、こちらの引き継ぎは問題なさそうだ。


「シルヴェリオ殿とオツヴァ殿か。似合いだとは思うけど、よく国内を調整できたね……」


 双方とも優れた武人で、どちらの国も半島を領土とし海との縁も深い。そのためシノブは自然な組み合わせだと感じていたが、何しろ急なことである。

 それにシルヴェリオには、第一妃アルビーナに続く婚約者がいた。この四月で十一歳になる少女だから後回しにされるのも仕方ないが、侯爵の娘だから軽くは扱えないだろう。


「今回は国の利益になることが明確ですので……。ですが普通なら、貴族達が結束して反対しかねないことでしょう」


 ロマニーノは微かな溜め息を()いた。つつがなく終わりそうな雰囲気に、彼も強く安堵しているらしい。

 カンビーニ王国はエレビア王国との関係強化で、エウレア地方とアスレア地方を結ぶ航路への影響力が高まる。エレビア王国は、エウレア地方に最も近い国だからだ。


 それにシルヴェリオがオツヴァとの間に子を儲けたら、アマノ王国の王子や王女との婚姻に繋がるかもしれない。シノブには妻のシャルロット以外にミュリエルとセレスティーヌという婚約者がおり、まだまだ多数の子が生まれるだろうからだ。

 シルヴェリオには三歳の長男ジュスティーノ、フィオリーナには七歳の息子テレンツィオがいる。もし数年内にシノブの娘が生まれたら、程よい年齢差だ。

 しかしミュリエルは三月で十一歳という若さだから、彼女の子まで視野に入れると更に下の男子がいても良いだろう。それにアマノ王国以外にも国は沢山あるから、もう少々王族を増やしておくのも悪くない。


 同じようにガルゴン王国も、距離が違いアルマン共和国や南のアフレア大陸との窓口であるウピンデ国と縁を繋ごうとしているようだ。

 もっとも前者は昨年の戦いもあるし、後者は遥か南方で大きく風習が違う。そのためガルゴン王国の婚姻政策は、カンビーニ王国ほど急には進まないと思われる。


「そうか……ともかくアマノ王国のイナーリオ子爵となる日を楽しみにしているよ」


 シノブはロマニーノを子爵に任じ、祖父のエンリオを子爵家の先代格とするつもりだった。わざわざ移籍してくれるのだから、一つ上として迎えようと思ったのだ。


「ありがとうございます。オスター大山脈の向こうや大砂漠の件もありますし、可能な限り急ぎます」


 ロマニーノは今後の忙しさを思ったようだ。

 アマノ王国の東端はオスター大山脈という8000m級の高山で、東側の高地にはジャル族という遊牧民が住んでいる。そして更に東の大砂漠の中央には、メジェネ族というオアシスで暮らす人々がいた。


 このジャル族とメジェネ族は、近々アマノ王国に加わることになっていた。

 昨年中からアマノ王国は双方が住む地を飛行船で巡り、友好関係を築いた。しかも双方とも四万人に満たない少数民族だから、二百五十万人以上を抱えるアマノ王国の国力や豊かさに大きな魅力を感じたようだ。

 とはいえ大きく生活が違う人々を同じように統治しても上手く回らないだろう。そこでシノブは双方を自治領にするつもりだった。

 詳細を調べたり決めたりはこれからで、その過程では情報局からも多数の人を送る。そこでロマニーノも、新たな仕事の第一弾は東との関係作りと受け取ったのだろう。


「クルーマとパーラがオスター大山脈を貫通する地下道を掘っているから……でも、繋ぐのは自治領となった後だからなぁ」


「先々も行くことはあるでしょうし……」


 微妙な表情となったシノブに、ロマニーノは似たような顔で応じる。

 北のヴォーリ連合国と繋ぐアケローネ地下道やケリス地下道のように、東にも通路を用意するつもりだ。そこでケリスの両親、玄王亀のクルーマとパーラが準備をしている。しかし開通までは現在と同じく、オスター大山脈を南に大回りするしかない。


 とはいえ先々は大いに役立つし、東西の行き来が促進されるのは間違いない。現在の飛行船ではオスター大山脈を避けているが、完成後は両端に空港を用意してトンネルを往復する蒸気自動車に乗り換えれば良い。

 そうなればアスレア地方との行き来も更に時間短縮される。将来を思ったシノブは、知らず知らずのうちに微笑んでいた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 同じように幾つかの密談を挟みつつ、大使達との懇親会は和やかに終わる。

 大使達は宮殿を辞し、シノブはシャルロット達と共に『小宮殿』へと戻る。これで今日の公務は終わりなのだ。

 しかし、この日のシノブには更なる来客があった。しかも彼らは、『小宮殿』のサロン『永日(えいじつ)の間』で既に待機していた。


──初めまして! シノブの兄貴!──


『突然お邪魔して、ゴメンなさい』


 シノブの前には、二頭の光翔虎がいる。そして片方は思念と『アマノ式伝達法』、もう片方は発声の術で語りかけてきた。


「君はヴェーグだね? 初めまして。……ヴァティー、大丈夫だよ。今日の仕事は全て終わったから」


 シノブは挨拶しつつ、二頭へと真っ直ぐ歩んでいく。

 思念で語りかけてきた雄の光翔虎ヴェーグと、シノブは初めて会う。しかし彼の魔力波動を教わりイーディア地方への帰還を呼びかけたくらいだから、間違うことはない。

 そして発声の術を使った方は、イーディア地方で会ったヴァティーだ。フェイニーとシャンジーの伴侶の座を争った雌の光翔虎である。

 ちなみにヴェーグもヴァティーと同じく普通の虎ほどの大きさに変じているが、これは彼の分の小さくなる腕輪をヴァティーに預けていたからだ。そうでなければ、とてもサロンに入れはしない。


 それはともかくヴァティーは、ヴェーグが無事に帰還したと報告しに来てくれたのだろう。

 ヴァティーは百五十歳ほど、ヴェーグは七十歳近く上と年齢的に釣り合う。そこでシノブはヴァティーの相手として、ヴェーグを紹介したかった。

 しかしヴェーグは成体となり、既にイーディア地方を離れていた。それ(ゆえ)シノブは、忙しくなければ一度戻ってくれないかと思念で呼びかけた。

 おそらくヴェーグは随分と遠くにいたのだろう、既に呼びかけから六日が経過している。光翔虎は急がなくても時速150kmくらいで飛翔できるから、睡眠や休息を充分に取っても一日1000km以上は容易に飛翔できる筈であった。

 イーディア地方からアマノシュタットに来るのは転移の神像を使ったとしても、何日にも及ぶ長距離の飛翔は疲れただろう。それだけの苦労をしたのだから、突然の来訪だろうが温かく迎えるべきだとシノブは思ったのだ。


「初めまして、シャルロットです。お疲れではありませんか?」


「ミュリエルです、ようこそ『白陽宮』へ!」


「セレスティーヌと申します。心から歓迎いたしますわ!」


「ヴェーグさん、眷属のアミィです!」


 シャルロット達も、交わされた言葉で納得したらしい。それぞれ初対面のヴェーグに言葉を掛ける。

 ちなみにアミィは眷属だと明らかにしたが、これはシノブが別の世界から来たことも含め超越種には伝えているからだ。アマノシュタットまで来るのだから、既にヴァティーが話していると彼女は思ったのだろう。


──皆さん、なんと美しい……流石は兄貴のお身内だ! よろしくお願いします!──


 ヴェーグは超越種とは思えぬ、少々軽い調子で思念を発した。それに彼は、大きく尻尾を揺らしている。

 発声の術は難しく一日やそこらでは流暢に話せないから、ヴェーグは思念と伝達法を使っているのだろう。とはいえ伝達法の長短を組み合わせた咆哮(ほうこう)だと、細かい感情表現までは伝えづらい。

 そのため思念を受け取れないミュリエルやセレスティーヌは、特に何とも思わなかったようだ。しかしシャルロットやアミィは驚いたらしく、僅かに表情を動かす。


「ヴェーグは人間を観察することが多かったの?」


 シノブも怪訝に感じたが、口にしたように人間を近くで眺めることが多かったのではと解釈した。

 ヴェーグは、二百二十歳くらいと若い光翔虎だ。それなら若さによる柔軟さというか、影響を受けやすくもあるだろう。

 実際に隣のヴァティーは、フェイニーと張り合うような子供っぽいところも残している。彼女は人間なら少女といったところだから、無理もない。

 それなら年齢的に大人の仲間入りをしただけのヴェーグに、他者の真似をするような可愛げがあっても自然ではないだろうか。


──鋭い! これは東の端に行ったときのクセでして! ……そうだ、ちゃんと自己紹介しないといけませんね!──


 もしかすると、ヴェーグはヤマト王国にでも行ったのだろうか。

 エウレア地方を含む北大陸の東端には、カンと呼ばれる国家群があるという。しかし更に東、海を渡った先にあるのはヤマト王国だ。

 ならば東の端というのは、ヤマト王国のことかもしれない。そう思ったからか、立て板に水と表現すべき滑らかに紡がれる思念を、シノブは日本の下町口調に似ているように感じた。


──それでは! 私、生まれも育ちもイーディア地方のシヴァナです。ガンディ川で産湯を使い、(しゅ)は光翔虎、名はヴェーグ。人呼んで放浪の虎と申します──


 どこか聞き覚えのあるヴェーグの口上に、シノブは何と応ずるべきか迷う。

 おそらくヴェーグは人間が使った名乗りを真似たのだろう。シヴァナというのはヴェーグの父母や妹が棲む森だから、そこまでは事実を当て()めただけだ。しかし水を嫌う光翔虎が産湯を使うとは思えない。


「もしかしてヤマト王国……カミタの近くに行ったことがあるの?」


 シノブの躊躇(ためら)いがちな問いかけに、アミィ以外の三人が不思議そうな顔となる。

 アミィはシノブのスマホから得た知識で、ヴェーグの名乗りの由来に気付いたに違いない。しかしシャルロット、ミュリエル、セレスティーヌの三人は、由緒正しそうな口上と受け取っただけのようだ。


──恐れ入りました! カミタの近く、カワドの城下町にいる人間達が、こんな感じだったのです!──


 やはりヴェーグはヤマト王国、それも江戸城に相当する場所の付近を訪れていた。

 そうするとヴェーグが放浪していたのは東側が中心だったのだろうか。ならばカンやスワンナム地方、つまり東アジアや東南アジアに当たる地域にも詳しいのでは。調査中の二つの地方について新たな情報が得られるのではと、シノブは期待する。


「ヴェーグ、もしかしてカンやスワンナム地方にも長くいたの!? それとも通っただけで、ヤマト王国が中心かな!?」


 シノブの声は興奮で僅かだが上擦っていた。

 現在、双方に超越種が赴き探ってくれている。しかし人間ではない彼らが数日間を巡った程度では、どのような社会か把握するのは難しい。

 一方ヴェーグは、成体となってから二十年ほどを放浪していた。仮に最初の何年か、あるいは十年ほどイーディア地方で修行したとしても、残り十年のうち何年かをカンやスワンナム地方で過ごしたかもしれない。

 それだけ滞在すれば、人間社会についても相当に詳しくなるだろう。そうシノブが受け取るのも、無理からぬことではある。


「そうだとすると、魔獣使いの謎が明らかになるかもしれませんね」


「あのスンウさん達をカカザン島に連れて来た……」


「どのような場所なのでしょう?」


 シャルロット達はヴェーグの返答を待ちつつも、(ささや)きを交わす。

 アウスト大陸の北の島、シノブがカカザン島と名付けた場所にいた森猿スンウ達。彼らの先祖は、スワンナム地方から渡ってきたらしい。それも自然な移動ではなく、魔獣使いの一団がスンウ達の先祖を連れて来たようだ。

 スンウ達は非常に賢いし穏やかな性質だが、人の倍もある巨体の持ち主だ。それに本来の森猿に比べ、彼らは随分と高い知能を誇っているらしい。

 おそらくは魔獣使い達の指導や与えた食物による変化だろうし、島には裏付けとなる魔法植物が多数あった。つまり魔獣使いの集団は、非常に高度な知識を備えていたに違いない。

 そんな集団が悪心を持って動いたら。それをシノブ達は怖れ、彼らの正体を探っているのだ。


──済みません、あまり一箇所に長くいなかったのです! それに、あの辺りは魔獣を操る人間がいるから近寄りたくなかったし……。だから私は東にいたのは少しだけで、それから西の方に行ったのです!──


『……かなりアチコチ巡ったらしいんですよ。凄いですけど、ちょっとフラフラしすぎですよね?』


 ヴェーグの移動の多さを、ヴァティーは行動力の表れと受け取っているようだ。そのため決して悪く思ったわけではないようだが、少々落ち着きがないと感じたのも事実らしい。

 発声の術によるヴァティーの声音(こわね)は、明らかに笑いを含んでいた。


──でも、お陰で兄貴の役に立てるじゃないか。この俺の経験、無駄にはならなかったのよ──


 ヴェーグは、どこか気取った様子で応じていた。

 シノブ達と話すときとは随分と違う口調だが、これが本来のヴェーグの話し方なのだろう。彼が発したのは思念だが、もし声だったなら江戸っ子を思わせる気風(きっぷ)の良さが耳を楽しませてくれるだろう。


「役に立てるとは?」


 シノブは思わず問い返す。

 ヴェーグ達の訪問理由は、帰還の報告ではなかったようだ。報告も含んでいるかもしれないが、伝えたいことがあったから来たのだ。

 しかし有益というのは、何のことだろう。ヴェーグはスワンナム地方やカンではなく、西だという。雰囲気からすると生まれ故郷のイーディア地方のことでもなさそうだ。


──実は兄貴達がお探しのシューナさんですが、一年ほど前に会ったのです!──


『ヴェーグさん、西メーリャや東メーリャってところに行ったそうです。シューナさんの名前もそうですが、確かシノブさんから聞いたなって……』


 ヴェーグとヴァティーが語った内容に、シノブは思わず声を上げそうになる。

 何とヴェーグが訪れたのは昨日シノブが赴いた国、あるいは隣国だった。しかも彼は、捜索中の玄王亀シューナとも遭遇したという。


「今、地図を出しますね!」


 一年前だとは言うが、それでも大きな前進だろう。早速アミィは魔法のカバンから、アスレア地方を含む地図を取り出す。


「アミィさん、手伝います!」


「ええ、私も!」


 ミュリエルとセレスティーヌが駆け寄り、卓上に地図を広げていく。もちろんシノブやシャルロットも続いてテーブルへと寄っていき、更に二頭の光翔虎が後を追う。


「これでケリスの願いが(かな)うかもしれませんね」


「ああ……良い知らせが出来そうだ」


 微笑むシャルロットに、シノブは大きく頷き返した。

 最も幼い超越種、ようやく生後四ヶ月を超えたばかりの玄王亀ケリスをシノブは思い浮かべる。純真無垢な彼女の喜ぶ様子を想像したからだろう、自然とシノブも子供のように朗らかな笑顔となっていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年10月4日(水)17時の更新となります。


 異聞録の第四十八話を公開しました。シリーズ化しているので、目次のリンクからでも辿れます。


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