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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第24章 西と東の繋ぎ手達
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24.06 ドワーフと街 中編

 創世暦1002年1月23日の昼過ぎ、イヴァール達は都市ペヤネスクの大神殿へと赴いた。素無男(すむお)大会は大神殿で行われるからだ。


 どの地方のドワーフも神前素無男(ずむお)を好むが、これは素無男(すむお)が相撲を元にしているからだろう。

 この星に住む者達は知らないが、神々は出身地である日本の風習を所々に散りばめていた。神々は各地に相応しい文化を育てようとしているが、それでも長く接したものへの郷愁が時折は現れてしまうらしい。

 そのようなわけで大神殿に入るイヴァール達の姿は、(まげ)を結っていないことを除けば大相撲の力士のようであった。

 力士達が身に着けているのは、まわしのみである。ここ西メーリャ王国は極めて暑いから、エウレア地方のドワーフとは違って下に革のズボンを着けないのだ。

 西メーリャ王国では普段の衣服も薄手の布製で、革の衣服というのは殆ど目にしない。武人や猟師などが、防具の一種として革の上着を着ける程度である。実際に力士以外は全て半袖と膝下までの布服で、履いているのもサンダルという軽装だ。


「立派な神像だな」


「ああ。この辺りは良い石材が採れるそうだ」


 イヴァールの呟きに、弟のパヴァーリが同じく声を潜めつつ応じる。もちろん双方とも、まわしを締めた力士姿である。


 二人が見上げているのは、聖堂の正面に(そび)える七柱の神々を表した石像だ。

 大人の背の五倍以上もある巨大な立像は、素材が大理石のようで白く輝いて美しい。細工物が得意なドワーフ達だけあって神像は精緻を極め、今にも動き出しそうな完成度の高さだ。


「大神アムテリア様! 今日は西から来た同族、エウレア地方のドワーフ達との素無男(すむお)を奉納させていただきます!」


 ペヤネスクの太守ロスラフが、聖堂の外にも響くような大音声(だいおんじょう)を張り上げる。

 神像の配置は、ドワーフ達に一般的な形式だ。つまり中央に最高神アムテリア、右が大地の神テッラで左が戦いの神ポヴォールという並びである。

 どの種族や国であっても、星を統べる女神アムテリアを中央に持ってくるのは同じである。しかし他は、それぞれが特に敬う神を優先する。

 そして力を(たっと)ぶドワーフは、男神(おがみ)の二柱テッラやポヴォールを(あつ)く信仰していた。何しろ素無男(すむお)を授けたのも彼らと伝えられているくらいだから、ドワーフ達が崇めるのも当然であろう。

 ちなみにペヤネスクの場合、テッラの右隣は闇の神ニュテスに海の女神デューネ、ポヴォールの左は知恵の神サジェールに森の女神アルフールとなっていた。どうやら他の神々の配置は、長幼の順にしたらしい。

 創世記だとアムテリアは六柱の従属神を同時に創り出したとしているが、それでも長子はニュテスで末子はアルフールとなっているのだ。


「それでは土俵入りを行います! まずは私、ロスラフ・ダルネグ・ペヤネスクが!」


 ロスラフが聖堂の中央にある土俵へと向かうと、大きなどよめきが生じる。聖堂には大勢の観衆が詰め掛けており、彼らが口々にロスラフを称えたからだ。


「ロスラフ様! ロスラフ様!」


「ペヤネスクの英雄、ロスラフ様!」


 観衆の声は、巨大な聖堂を揺らがさんばかりであった。

 聖堂は正方形で、その中央に土俵が築かれている。そして周囲は観客席となっており、近くから太守の家族や重臣達、イヴァールと共に来たアスレア地方北部訪問団の幹部などが座る。

 その後ろは緩い傾斜の段状になっており、ここは前の列こそ武人や内政官だが後ろは街の者も多かった。しかも街の者が座る辺りは一人分の場所が狭く、もしかすると二千人以上が詰め込まれているかもしれない。そのため声の多くは、後者が大半なようだ。


「おお、太刀持ちはボルトフ様で露払いはゴウドル様か!」


「お二人とも立派な若武者振りね!」


 ロスラフと共に土俵に上がったのは、彼の息子ボルトフと戦士長の息子ゴウドルであった。このようなときは、若手の有力者を連れて上がるものらしい。

 実際ボルトフとゴウドルは、ロスラフほどではないが筋骨隆々というべき体躯の持ち主だ。錦のようなもので(こしら)えた化粧まわしが色を添え、称えられるのも納得の美麗かつ堂々たる姿である。

 ちなみに観客が叫んだ通り、ボルトフは鞘に収めた刀を持っている。アスレア地方は日本刀に似た湾刀が主流で、しかもボルトフが持っているのは黒鞘だから尚更それらしく感じる。


 もちろん中央のロスラフも負けてはいない。

 化粧まわしの上から太い綱を締めた太守は、四十代に入ったとは思えない肉体美を誇っている。それはテッラの神像に似た、力の象徴たる威容だ。

 そのためだろう、聖堂に集った者達は思わずといった様子の嘆声めいたものを発する。しかし感嘆の声を発したのは、彼らだけではなかった。


──まるで日本の大相撲みたいだね──


──シノブ様がいらした世界の武術ですね?──


 聖堂の入り口の上、窓枠に腰掛けた二人が思念を交わす。それは透明化の魔道具で姿を消したシノブと大和(やまと)健琉(たける)である。

 二人の脇にはアミィとミリィが座っている。神像のある側を正面とすると、四人は(むこう)正面(じょうめん)の二階席というべき位置にいるのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 この日の朝、タケルはシノブの住むアマノシュタットを訪れた。ヤマト王国の王太子として忙しい彼だが、とある相談をシノブが持ちかけたところ直接話したいと答えたのだ。


 相談事は異種族との共存についてである。タケルは人族だが彼の婚約者は獣人族にエルフ、ドワーフと種族が異なる。そこでシノブは彼なら種族の違う者との暮らしについて一家言あると思ったわけだ。

 通信筒での(ふみ)のやり取りで済まそうと考えたシノブだが、タケルが会いたいなら否やはない。そこでシノブは比較的近いアウスト大陸にいたミリィに頼み、タケルと彼の婚約者達を連れてきてもらった。

 現在アウスト大陸は嵐竜達が見張っているし、北大陸と繋がる一帯も他の超越種が調べている。そのため以前とは違ってミリィも常駐しなくても良くなったのだ。


「お久しぶりです、シノブ様!」


「まだ一週間も経っていないけど……」


 駆け寄り手を取ったタケルに、シノブは少々驚きつつ応じた。満面に笑みを浮かべる若き王子の、(まぶ)しいくらいの好意と信頼に照れたからでもある。


「やはりタケル様は……」


「ま、負けないように頑張りましょう」


「ですが、少々不安な気も……」


「だ、大丈夫です!」


 後ろで(ささや)き合ったのは、タケルの婚約者達だ。狐の獣人の穂積(ほづみ)立花(たちはな)、褐色エルフの佐香(さか)桃花(ももはな)、熊の獣人の熊祖(くまそ)刃矢女(はやめ)、そしてドワーフの亜日(あび)夜刀美(やとみ)である。

 四人の少女は、(いず)れも何かを案じているかのように眉を(ひそ)めている。どうも彼女達は、婚約者のタケルが自分達に見せるのと同じくらい顔を輝かせているのが気になったらしい。


「ふふふ……大丈夫ですよ~。ねっ、泉葉(いずは)ちゃ~ん?」


 ミリィはタケル達の随員の一人、穂積(ほづみ)泉葉(いずは)へと振り向いた。

 イズハはタチハナの又従姉妹で、しかも以前エウレア地方に来たこともある。そのため、こういった訪問では供となることが多いようだ。


「えっ、はい! ミリィ様のお言葉の通りかと!」


 そのイズハだが、ミリィの怪しげな微笑みの意味を理解できなかったようだ。彼女が驚いたのは神の眷属たるミリィが呼びかけたからで、他に理由はないらしい。

 もっともイズハは八歳になったばかりだから、成人も近いタチハナ達と違うのも当然だろう。


「さあ皆さん、こちらに」


「あ、あぅ~」


 シャルロットが微笑みかけると、腕の中のリヒトもタケル達を歓迎しているのか顔を綻ばせる。

 そのためだろう、タチハナ達も笑顔を取り戻した。自身が子を得る日を思ったのか、四人は頬を上気させている。


「ここは寒いですから!」


 アミィも来客を中に(いざな)った。

 ここは『小宮殿』の庭で、タケル達は魔法の馬車から出たところである。冬のアマノシュタットの朝は寒いから、いつまでも外に立たせておくべきではないだろう。


「ええ、中にどうぞ!」


「準備は出来ておりますわ」


 ミュリエルとセレスティーヌも、手招きをする。

 普段なら政務へと赴く時間だが、今日は特別であった。アマノシュタットとヤマト王国は七時間も時差があるから、こちらだと朝の十時でも向こうは日暮れ前である。そこでタケル達に合わせて、今日の政務は前倒しで済ませていた。


「さあタケル、中に入ろう」


「は、はい!」


 肩を押すシノブに、タケルは頬を染めつつ応じた。どうやらタケルは、少々感激を示しすぎたと恥じたらしい。

 もっともタケルはシノブの側を離れる気はないらしい。そのためだろう、タチハナ達の表情は先刻と似たものとなっていた。


呂尊(るぞん)助三郎(すけさぶろう)が見つからなかったのは残念ですね……」


 タケルは歩みながら、シノブとの語らいを始めていた。

 ルゾン・スケサブロウとはヤマト王国の交易商で、南方で大儲けしたという人物だ。日本に相当するヤマト王国の南方だから、彼が赴いたのは地球でのフィリピンに相当する辺りのことらしい。


「航路は分かっているから、筑紫(つくし)の島で会えるんじゃないかな」


 シノブが挙げた筑紫(つくし)の島とは九州に当たる場所だ。交易商ルゾンはナニワの町、つまり地球でいう大阪から出港した。そして彼が辿(たど)る航路は、ナニワの店で調査済みであった。

 ルゾンは筑紫(つくし)の島で最大の都市、ヒムカに寄る予定だ。このヒムカには筑紫(つくし)の島の王である熊祖(くまそ)威佐雄(いさお)がいるから、寄港した船を押さえるのは容易だろう。


「それにルゾン島は、レヴィさんとイアスさんも調べています!」


「海の魔獣が美味(おい)しいそうですよ~」


 アミィとミリィが触れた通り、海竜リタンの両親レヴィとイアスはルゾン島の周辺を調べている。

 ルゾン島とは、ルゾン・スケサブロウが大儲けの種を見つけた場所らしい。彼の本名は堺屋(さかいや)助三郎(すけさぶろう)というのだが、巨額の富を得た地を冠されるようになったわけだ。


「レヴィ達が着いたのは三日前だったかな? 調べているのは海が中心だけど、航路や行き来している場所は結構分かったよ」


 シノブはレヴィ達から寄せられた情報を思い起こした。

 ルゾン島とは、地球でいうところのルソン島に当たるようだ。つまりフィリピンの北部に相当する。

 海上交易は非常に盛んらしく、レヴィとイアスはルゾン島から入出港する無数の船を目にしていた。それらの船は北の台湾に当たる島や南の島々を通って、大陸とも行き来しているという。


「少なくともルゾン島は、北回りと南回りの二つで大陸に行けるみたいだね。レヴィ達も海生魔獣が少ない場所があると言っていた」


 シノブの理解したところだと安全には程遠く、上手くすれば何とか通過できる程度らしい。

 ルゾン島を含むスワンナム地方の帆船はエウレア地方のものより随分と簡素な造りで、夏場は台風も来るから魔獣以外にも危険はある。しかし遠方から仕入れた珍品奇品は桁違いの高値で売れるから、商人達は競って冒険航海に乗り出すそうだ。


 ただし、これはシノブの推測で補足した部分も多い。

 レヴィ達は極めて高い知能を持つ超越種で、しかも小さくなる腕輪や透明化の魔道具を持っているから陸上も探っている。とはいえ全く生活形態が異なる人間社会だと、彼らの理解が及ばぬことも多いようだ。

 しかしスワンナム地方やカンを調べている超越種達も同様だが、地形や集落の有無が分かるだけでも非常に助かる。したがってシノブは、両地方の調査を当分この方式で進めるつもりだった。


「やはり我が国からアコナ列島……更にダイオ島と進めば大陸に辿(たど)り着けるのですね。しかも、もっと南にも……」


 タケルが口にしたアコナ列島とは沖縄、ダイオ島とは台湾に相当する。そこまで行けば大陸の東端であるカンは目前だ。それにルゾン島に渡れば、スワンナム地方を南方の島々を伝って回り込めるかもしれない。


「これでリョマノフとの勝負も、少しは目処が立ちそうだね……」


 シノブは以前、二人の若者が交わした約束を思い出した。タケルの遠くを見るような表情が、自然と想起させたのだ。

 リョマノフは西から、タケルは東から海路を辿(たど)る。そして二人は進んだ距離を競うのだ。


「はい! こちらはまだ国から出てもいませんが、先々に備えておきたいですし!」


 (はや)る心を抑えきれないのだろう、タケルの声は僅かに上擦っていた。

 まだリョマノフも航海に乗り出していないが、東域探検船団はアスレア地方の東端であるタジース王国に進もうとしていた。したがって途中まで航路が明らかになっている分、リョマノフが有利である。


「そうだ……リョマノフだけど、今日は西メーリャ王国で素無男(すむお)を取るんだってね」


「ええ!? そうなのですか、私には教えてくれませんでした!」


 シノブの言葉に、タケルは驚愕したらしい。

 タケルとリョマノフは、双方とも通信筒を持っている。そして二人は、数日に一度は(ふみ)を交わす仲であった。

 昨日遅く、シノブにはイヴァールから通信筒で連絡があった。そのためシノブはタケルも聞いているかと思ったが、意外と言うべきかリョマノフは伝えていなかったのだ。


「タケル、見に行こうか? 昼過ぎに始まるようだから、まだ間に合うよ?」


「……よろしいのですか?」


 シノブの誘いに、タケルは強く惹かれたようだ。しかし彼は別の役目で来たことを思い出したのだろう、声には躊躇(ためら)いと遠慮が滲んでいた。


「タケル様。種族の違いや交流に関しては、私達がお伝えします!」


「お、お任せください!」


「たまには女同士の語らいも良いものです!」


「大丈夫です!」


 どうやらタチハナ達は、ここは内助の功を示すべきだと思ったらしい。

 一番タケルと付き合いの長いタチハナは、優しい笑顔で後押しするように。少々引っ込み思案な巫女姫モモハナは僅かに声を震わせて。武者姫として名高いハヤメは力強く。そして努力家の鍛冶姫ヤトミは(こぶし)を握り締め。婚約者達は、四者四様の仕草で問題ないと伝えていた。


「シノブ、せっかくの気遣いですから……ここは私達に」


「はい! 三人でおもてなしします!」


「ええ、行ってらっしゃいませ!」


 こちらも賛成のようで、笑顔のシャルロットにミュリエルとセレスティーヌが続く。

 確かにタケルと婚約者達の暮らし振りなら、シノブがいては話し(づら)いことも多いだろう。それに話は後でも聞けるが、リョマノフの力士姿を拝めるのは今回だけかもしれない。

 そのようなわけで、シノブはタケルと共に西メーリャ王国へと赴くことになったのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 移動は訪問団にいる諜報員のセデジオに頼んだから、一瞬で終わった。セデジオはヤマト王国に潜入したときに、魔法の馬車の呼び寄せ権限を得ていたからだ。

 もちろん普段は停止状態だが、解除すれば呼び寄せ可能となる。そこでセデジオが都市ペヤネスクの郊外へと赴き、密かにシノブとタケル、それにアミィとミリィを呼んだのだ。


 そのようなわけでシノブ達四人は、イヴァール達に先回りしてペヤネスクの大神殿に辿(たど)り着き、誰にも知られずに潜入した。シノブ達がいると知っているのはセデジオから伝えられたイヴァールなど、極めて僅かな者のみである。


──あれは雲竜型ですね~。こちらではテッラの型と言うんですよ~──


 ミリィは土俵入りをするロスラフを指差していた。

 せり上がりをするロスラフは、左手を胸に当てて右手を伸ばしている。確かに彼の姿は、大相撲でいう雲竜型の土俵入りに酷似していた。


──テッラの型は攻防兼備と言われています。ポヴォールの型は攻撃の型……日本の大相撲なら不知火型ですね──


──なるほど……やはり神々のお伝えくださった型なのですね──


 アミィの思念を聞き、タケルが感嘆を滲ませる。シノブはタケルにも概要のみだが自身の来歴を伝えたから、彼も日本と神々の関係について理解しているのだ。

 これはシノブがヤマト王国にある禁域の生まれとしたことに関係している。シノブが出身地としたニホンを、アムテリアはヤマト王国の秘された別称とした。そのためシノブも、タケル達に自身の一端を明かしたわけだ。


──しかし、何となく国技館に似た造りだね……二階席はないけど──


 シノブも日本でのことを伏せずに思念に乗せる。聖堂が正方形で中央に土俵があるから、シノブは家族と共に行った両国国技館を思い出したのだ。

 土俵の上に屋根のようなものが吊り下げられているのも良く似ている。ちなみに聖堂の中は人で一杯だから大相撲なら満員御礼の札が下がるところだが、流石にそれはない。


──今度はイヴァールか! 太刀持ちはリョマノフ、そして露払いがパヴァーリだね!──


 親友の登場に、シノブは顔を綻ばせる。

 土俵入りは西メーリャ側だけではなく、訪問団も行うのだ。こちらも全員が立派な化粧まわしを締め、イヴァールは更に太い綱を腰に巻いている。

 しかもイヴァールの綱にはロスラフと同じで五本の御幣、白い紙垂(しで)が下がっている。これで(まげ)さえあれば、大相撲と変わらぬ姿だ。


──流石にリョマノフさんを露払いには出来ませんからね~──


 沸き立つ歓声の中、ミリィが悪戯っぽい調子の思念を発した。

 大相撲なら、露払いより太刀持ちが格上である。それを知っている辺り、彼女は神界にいるとき相撲中継を頻繁に鑑賞したのだろう。

 ミリィは地球好きだから、神々の(いず)れかが地球を眺めるときは進んで同席したらしい。そして日本出身の神々であれば、大相撲を楽しむことも多かったに違いない。


──こちらは不知火型か……イヴァールには似合っているかもね──


 シノブの視線の先には、両手を大きく広げ、せり上がっていくイヴァールがいる。

 残念ながらイヴァール達が向いているのは正面、つまり神像がある方向だから背中しか見えない。しかしシノブの脳裏には、親友の凛々しい顔が自然と浮かんできた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ひが~し~、アサノフ山~。に~し~、パヴァーリ山~」


 行司役の老ドワーフは、これから闘う両者の名を呼び上げる。訪問団が西から来たからだろう、西はイヴァール達、そして東はペヤネスクの者達だ。


「アイツ、また闘うのか……」


「よくやるな……」


 聖堂の各所から、感嘆とも(あき)れとも付かぬ声が上がった。実は訪問団の側は、何度も同じ力士が上がっていたのだ。

 大相撲と同様に、ここペヤネスクの奉納素無男(ずむお)にも序ノ口から幕内まであるようで大勢の力士が出場していた。彼らは専業ではなく街の力自慢から武人まで様々だが、全部で百名はいるらしい。

 一方の訪問団だが、総員は二百名ほどもいるが半数以上は飛行船のメンテナンスや警備の担当だ。そのためペヤネスクの街に入ったのは数十名だけで、しかもドワーフは更に半数ほどである。

 獅子の獣人リョマノフのように他種族でも素無男(すむお)に参加する者はいるが、それは僅かな例外だ。したがって訪問団の力士は四十人に満たなかった。


 もちろんロスラフも、訪問団が用意できる人数に揃えようと提案した。しかしイヴァールは若者達の修行になると、正規の奉納素無男(ずむお)の取組数をこなそうと返したのだ。

 そのため訪問団の力士達は、殆どが二人以上と闘っていた。例外はイヴァールで、彼は最後の一番でロスラフと対戦するのみである。

 しかしパヴァーリほど多くと当たっている者はいない。彼は既に七人との取組を終え、これが八人目である。


「また勝ったぞ! 凄い若者だ!」


「八戦全勝か! こりゃあ驚いた!」


 パヴァーリが相手の力士を小手投げで倒すと、聖堂を揺るがすような響きが生まれた。彼らが口にした通り、パヴァーリは今までの取組を土付かずで終えていた。


「パヴァーリ山~」


「ふう……」


 勝利を告げる行司役に、パヴァーリは太い吐息を漏らしつつも表情は変えずに頭を下げた。

 最初は序ノ口や序二段、三段目に相当する若手だからともかく、今のアサノフは熟練の戦士である。大相撲なら平幕に差し掛かったくらいであろうか。

 そのためパヴァーリも、今回は多少苦労したようだ。今までは一突きで押し出していた彼も、アサノフとは四つに組んでからの投げに持っていった。

 つまりパヴァーリは、アサノフを単なる力押しでは危ない相手と察したのだろう。


──これはパヴァーリ殿の試練なのですね?──


──ああ。イヴァールは、この機会にパヴァーリを一人前と示したいようだ──


 タケルの問いに、シノブは深く頷き返す。イヴァールからの(ふみ)には、彼の思いが余すところなく記されていたのだ。


 弟のパヴァーリが自身を支えようと奮闘しているのは感謝しているし、大いに助けられてもいる。しかしパヴァーリが自身の補助役で終わってしまうのは寂しいし、それで終わる男ではないと信じている。

 パヴァーリも『アマノ式魔力操作法』に励み、訓練でも長足の成長を示している。しかし平和になった今、実力を発揮する場は少なく本人どころか周囲も過小評価に傾いているようだ。

 今回のメーリャの二国への訪問、アスレア地方北部訪問団で弟の実力を示す機会があれば。そう思っていた矢先の、素無男(すむお)大会である。

 ここで十番全勝などの結果を残したら、本人の意識や周囲の見る目も変わるだろう。そうイヴァールは綴っていた。


──良いお兄さんですね……イヴァール殿は──


 タケルの寂しそうな思念に、シノブは思わず彼へと向き直る。

 既にパヴァーリ達に続く一番は始まっており、タケルも組み合う二人を見つめているようだ。しかし彼が見ているのは目の前の取組ではないと、シノブは思ってしまう。


 おそらくタケルの脳裏にあるのは、実兄の多利彦(たりひこ)だろう。禁術使いと組んで国を危うくした元第一王子、廃嫡されて筑紫(つくし)の島で労役に就いている男である。

 タリヒコの(たくら)みでタケルは都を追われたこともあったが、それでも完全には嫌いになれないようだ。幾ら悪人であっても、身内だから当然ではある。


──タケル、そのうちタリヒコ殿と会える日が来るよ。彼を鍛え直しているのは、あのイサオ殿だ……何年後か分からないが、きっといつかは──


 シノブには、本当にタリヒコが立ち直るか確信が持てなかった。しかし一方で、人は変わることが出来るとシノブは信じていた。

 タリヒコは多感な少年時代に母を失い、そこを禁術使いに狙われた。実は母を失った事件も禁術使いの仕業で、後の行いの全てがタリヒコの責だとは言い難い。

 それだからタケルも、兄の更生を願うのだろう。そして仮に不幸な出来事がなければ、自身と兄もパヴァーリとイヴァールのように信頼で結ばれたかもしれないと、夢想しているのだ。


──はい、兄を……そしてイサオ殿を信じます!──


 タケルは憂いの晴れた顔をシノブへと向ける。

 筑紫(つくし)の島の王イサオなら、きっと兄を正道に導いてくれるだろう。タケルの顔には、相手への深い信頼が浮かんでいた。

 ヤマト王国の各地をタケルはイサオと共に旅し、その間に統治や武術など多くのことを教わった。今やタケルにとって、イサオは第二の父と言うべき存在なのだ。


──そうですよ~。頑張る人には多くの人が手助けしてくれるのです~。私もマリィとかに、いつも助けられています~。同じくらい叱られていますけど~──


 ミリィの思念に、タケルは吹き出しそうになったらしい。

 マリィとミリィは半月ほどヤマト王国に滞在したことがある。それ(ゆえ)タケルも、二人について随分と理解が進んだようだ。


 一方シノブは、ふざけたらしきミリィの言葉をそのまま受け取れなかった。以前シノブは、マリィとミリィが前世では姉妹だったと聞いていたからだ。

 このことは胸の内に収めてくれと、アミィとホリィに言われている。そのためシノブも余計なことを口にするつもりはない。

 しかしシノブは、思わずアミィへと視線を動かす。するとアミィはシノブにだけ分かる程度だが、微かに頷き返した。


──さ、さあ! 素無男(すむお)を見ましょ~! 次はリョマノフさんですよ~!──


 照れたのだろう、ほんの少しだがミリィの口調は揺らいでいた。それに彼女の頬は、薄くだが赤く染まっている。

 もっともリョマノフの出番というのは本当であった。まわし姿の彼は、土俵へと足を掛けている。


 既にリョマノフも一番を取り終えており、これが二人目の相手である。しかし流石は武術に()けた彼だけあって、体調は万全のようだ。


「リョマノフ様~! 頑張って~!」


 砂かぶり席というべき至近から、キルーシ王国の王女ヴァサーナが声を張り上げる。彼女はロスラフの娘マリュカ、もしかすると王女マリーガかもしれない女性と並んでいた。

 ちなみに力士でもロスラフとイヴァール、最後に闘う二人は反対側に並んで座っている。その他のリョマノフやパヴァーリなどは、聖殿の脇にある部屋に下がって出番を待つ形だ。


──今のところ変なところはないけど……でも本当の王女を知らないからなぁ──


──王女が訪問団を見に来たというのは、それだけ重要視しているからでしょうか?──


 ぼやき気味の思念を発したシノブに、タケルが問い掛ける。

 これまでの取組の間に、タケルもペヤネスクの諸々について聞いていた。そのため昨夜イヴァール達が懸念を(いだ)いた一件も、タケルは承知していたのだ。


──本当に王女なら、そういうことなんだろうね──


──心配はしていませんが……王女かどうかは分かりませんね──


 シノブも同じように考えていたから、案じてはいなかった。アミィも同様らしく、気にしているものの危険とは思っていないようだ。


 イヴァール達は、(おおむ)ね友好的に迎えられている。

 最初は長い髭のドワーフに対する嫌悪が強かったらしき街の者達も、素無男(すむお)で互角に戦う姿を見たからか随分と打ち解けたらしい。連勝するパヴァーリに向けられた彼らの目は純粋な賞賛に満ちていたし、他の訪問団の力士達に対しても同じで温かい拍手が送られていた。

 それ(ゆえ)マリュカが王家の手の者であっても、悪くは思わないだろう。シノブ達は、そう考えていたのだ。


──大丈夫ですよ~。マリなんとかさんは、心優しいお姉さんだと決まっていますから~──


 どことなく自慢げなミリィの宣言に、シノブは思わず吹き出してしまった。それにアミィやタケルも同じで、慌てて口を押さえている。

 もっともシノブ達の声は大きな声援に打ち消され、誰の耳にも届かなかったようだ。その証拠に聖堂に集った人々の視線は、全てリョマノフと相手の力士へと向けられていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年9月27日(水)17時の更新となります。


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