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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第5章 領都の魔術指南役
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05.07 家族の手料理 後編

 11月も近づいてきた領都セリュジエールは寒い日も多い。

 どうも寒暖の差が激しいらしく、暖かい日は外で運動していても気にならない。だが、寒い日は秋用のコートを羽織ったりするようである。

 今日は曇りがちで肌寒かった。そのため、ミュリエルやミシェルとの魔力操作の訓練は、ベルレアン伯爵の第二夫人ブリジットの居室で行うことになった。

 軍人であるシャルロット達との訓練は屋外で行っているが、子供であるミュリエルやミシェルをわざわざ寒空の下に連れ出さないらしい。やはり、貴族の子女だけあって大切にされているようだ。


 居室に行くと、アミィは早速ミュリエルとミシェルの指導を開始した。

 ブリジットの居室には、伯爵の第一夫人カトリーヌも既に来ていた。彼女は子供達が可愛く踊る姿を見るのが好きらしい。シノブはソファーから夫人達とアミィ達の練習風景を見守った。

 子供達の魔力操作訓練は、女騎士達の軍隊風訓練とは異なり、お遊戯のようにほのぼのとしたものだ。シノブは久々に見る風景に思わず心が和んだ。

 ソファーの後ろに控えるイヴァールも初めて見る光景に驚いたようだが、目元を緩めて眺めている。


「シノブ様、昨晩主人に聞きました。ご配慮ありがとうございます」


 いつものように子供達が楽しく歌い踊る様を見ていたカトリーヌだが、シノブに礼の言葉を(ささや)く。

 どうやら伯爵は、カトリーヌにお腹の子が男子だと告げたらしい。


「ブリジットさんにはお話しましたが、他の方には伝えていません。私達()()の秘密です」


 カトリーヌは、僅かに微笑みながらシノブに言う。

 博愛を(むね)とするカトリーヌだけあって、ブリジットを除け者にしなかったようだ。普段から遠慮がちなブリジットに対する彼女らしい配慮だといえる。

 隣ではブリジットも遠慮がちだが笑みを浮かべ、目礼でカトリーヌに続く。


「経過は問題ありませんから、気を楽に持ってくださいね」


 最近こればかり言っているような気がするが、それでもシノブは言わざるを得なかった。男子懐妊ということで、カトリーヌが今まで以上に神経質にならないか心配したのだ。


「大丈夫ですよ。ますます出産が楽しみになりました。待ち遠しいくらいです」


 カトリーヌは、彼の心配が何を意味するかわかったのだろう、その笑みを深くして答える。


 彼女が『身内』と言うとおり、シノブとシャルロットの婚約については、帰還を祝う晩餐にて参加した一同に告げられていた。伯爵は正式には国王の許可を得てからと言っていたが、祝宴ではそんなことは忘れたかのように『婚約者』『私の息子』と何度も繰り返していた。

 晩餐に参加したのはヴォーリ連合国へと旅した面々と、伯爵の家族にジェルヴェのみであったので、驚かれることはなかったが、満面の笑みでシノブの肩を(いだ)く伯爵に、一同は微笑みを隠せなかった。


「お義父様にもお伝えできれば良かったのですが……王都にお出かけになったままですものね」


 カトリーヌが言うとおり、先代伯爵アンリ・ド・セリュジエは王都メリエに行ったままだ。

 シャルロット暗殺事件の黒幕を探しに行って早くも二ヶ月近くが過ぎている。表向きはマクシムの借金を返した後は、王都で彼が集めるはずだった傭兵を募集し、訓練しているということになっている。

 実際にアンリは王都にある伯爵の別邸や王国軍の訓練所で、集めた傭兵を(しご)いているらしい。いずれ先代伯爵の厳しい訓練を乗り越えた傭兵が、ベルレアン伯爵領に送られてくるはずである。


「先代様は王都で傭兵の訓練に忙しいそうですから……『雷槍伯』の名に惹かれて多くの傭兵が集まっていると聞きました。きっと、選抜も大変なのでは?」


 カトリーヌの言葉に、シノブは表向きの理由で答える。

 『雷槍伯』とは先代伯爵が先王エクトル六世から授かった二つ名だ。20年前のベーリンゲン帝国との戦いで、敵将軍を討ち取った先代伯爵の武名は王国中に鳴り響いている。

 そのため王都の別邸には、『雷槍伯』に手ほどきを受けたという肩書きが欲しいばかりに興味本位で集まってくる者すらいるという。先代伯爵が忙しいのは嘘ではなかった。


「そうですね。でも、お義父様も楽しんでいるのではないかと思います」


 カトリーヌは静かに、しかし自信ありげに言葉を紡いだ。

 確かに、根っからの武人である先代伯爵は楽しく稽古をつけていそうな気がする。そう感じたシノブは、義母となる女性に穏やかな笑みと共に頷いた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ミュリエル達の訓練が終わった後、アミィは侍女のアンナと料理をしに魔法の家に戻っていった。

 まだお昼前、しかも10時過ぎだというのに、これから料理を開始するらしい。

 精米からでも、ご飯を炊くのに半日かかることはないはずだ。シノブは、よほど手の込んだ料理を作るつもりなのだろうかと思ったが、夕食の楽しみに取っておくことにした。


 シノブとイヴァールは意気込む彼女達と別れ、そのまま領軍本部へと向かった。


 ベルレアン伯爵領の領軍本部は、伯爵の館の南西側にある。

 領都セリュジエールは、東西南北の城門から続く大通りで四分割されている。大通りが交わる場所には大きな広場があり、その中央には四方を見下ろす時計塔が立っている。

 領軍本部は、館とは大広場を挟んだ斜向(はすむ)かいにあたる位置にある。大通りから敷地に入ると、手前側は広々とした訓練場となっている。

 軍の演習は領都郊外の演習場で行うが、武術や攻撃魔術の試射くらいは本部でも行うため、百数十m四方の敷地の北側半分以上を訓練場としている。


 シノブ達は、大勢の兵士が剣や槍の型を繰り返している訓練場を横切ると、石造りの巨大な本部へと近づいていった。

 シャルロットによれば、本部の建物は東西100m、南北30mくらいだという。

 四階建ての建物は左右対称であり、石壁には簡素な装飾が施されている。軍事施設らしい質実剛健な外壁には、アーチで構成された窓が整然と並んでいた。

 シノブは、近づいてきた兵士に用件を告げた。そして、兵士に案内され、イヴァールと共に本部の中に入っていった。


「シノブ殿。よく来られた」


 シノブ達は右翼側の三階にある、領軍第三席司令官の執務室に通された。

 そこには部屋の主であるシャルロットが、アリエルやミレーユと共に待っていた。シャルロットはシノブの来訪が嬉しいようで頬が上気しているが、昨日の宣言どおり口調は以前のものに戻していた。

 どうやら、軍務などの間はこれで通すつもりらしい。


「お待たせ……昼食を取りながら幹部の人達に紹介してもらうんだったね」


 シノブはシャルロットに微笑みながら、予定を確認した。


「そうだ。12時には下の会議室でマレシャル達と会う手はずになっている。アリエル?」


 執務机の向こう側にいるシャルロットは、シノブに答えた後、隣に立つアリエルに問いかける。


「はい。領都守護隊司令マレシャル殿、本部隊長アジェ殿、領軍参謀長デロール殿などが参加される予定です」


 アリエルはシャルロットの言葉を肯定し、参加する主な者の名前を挙げた。


「……だそうだ。それまではここで寛いでほしい」


 シャルロットはシノブをソファーへと(いざな)った。


「ありがとう……綺麗な部屋だね」


 シノブは、ソファーに座り部屋の中を見回すとシャルロットへ賛辞を送る。

 彼は、この部屋に来るのは初めてだった。今までは食客という曖昧な立場だった。そのため、用がない限り軍や政庁には行かなかったので、この建物に入ったのもほんの数回だけだ。


「アリエルやミレーユが整えてくれたからな。特にミレーユは色々取り揃えてくれた」


 ソファーに座ったシャルロットはそう答えると、アリエルと共に後ろに立つミレーユを振り向いた。


「花の一つもないのは殺風景ですからね~。ところでシノブ様、今日はアミィさんはいないんですか?」


 シャルロットから褒められたミレーユは嬉しそうにシャルロットに答えると、シノブにアミィの所在を問いかける。彼女は、いつもシノブと一緒にいるアミィがいないのを不思議に思ったようだ。


「ああ、アミィは今日は料理が忙しくてね。ついに米が手に入ったんだ」


 シノブは入手した米でアミィが昼前から料理をしていると答えた。


「ああ、シノブ様の故郷の主食ですね。

どんな風に食べるんですか? 確か粉にせずに、そのまま調理するんですよね?」


 ヴォーリ連合国への旅の直前に、ジェルヴェが米を手配していることを聞いていたミレーユは、シノブの言葉に納得したようだ。


「水につけて炊くんだけど……見てもらったほうが早いかな。そのうち食事に招待するよ」


 知らない人に説明するのは意外に難しいものだ。シノブは早々に諦め、いずれ実際に見せると伝えた。


「シノブ殿。そのうちと言わず、今日の夕食でも構わないのだが……」


 シャルロットは、内々だが婚約者となったシノブと一緒に居たいのか、色の薄い頬を美しく染めながら自身の願いを伝える。


「ごめんね。最初はどんな風になるかわからないから、上手くいったら招待するよ」


 シノブは彼女の申し出をやんわりと断った。

 シャルロットと一緒に食事したい気持ちもあったが、入念に準備して頑張っていたアミィのことを考えると、まずは彼女とご飯を味わいたかったのだ。


「そうか……そのときを楽しみにしているぞ」


 シャルロットはシノブの言葉に僅かに寂しそうな顔をしたが、次の瞬間には明るく彼に微笑んだ。


「お食事に招かれるのを楽しみにしていて良いんですか?

シノブ様に、シャルロット様の手料理を食べさせないと!」


 ミレーユは、冗談めいた口調でソファーに座るシャルロットに問いかける。彼女の青い瞳は悪戯っぽく輝いていた。


「そうですね。このままではいずれアミィさんに奪われてしまいますよ」


 アリエルも同僚の尻馬に乗り、シャルロットへと笑いかける。


「な、何を言う!」


 シャルロットは、慌てて後ろの女騎士達を振り向き叫んだ。

 彼女の動きに合わせて綺麗に結い上げたプラチナブロンドが(きら)めく。だが、シャルロット同様にアリエルとミレーユの言葉に動揺しているシノブには、その様をゆっくり眺めている余裕はなかった。


「……シノブ、やはり料理が出来たほうが良いのですか!?」


 シャルロットは正面に向き直ってシノブに問いかける。

 驚きのあまりか口調が変わっているが、彼女は気がついていないようだ。


「そりゃ、出来る出来ないで言ったら、出来たほうが良いとは思うけど……」


 彼女の慌てように驚いたままのシノブは、思わず素直に答える。


「ドワーフなら料理も出来ん女は一人前とは言えんな」


 シャルロットの気持ちを知ってか知らずか、イヴァールが無造作にドワーフの常識を口にする。


「イヴァール! それはドワーフのことだろ!

……シャルロット。お互い学んでいくことは多いんだ。俺も軍や政治のことは何も知らないし……だから、一緒にゆっくり勉強しよう」


 シノブはイヴァールの言葉に覆い被せるように叫ぶと、シャルロットに優しく語りかけた。

 軍務で忙しかったシャルロットが料理を学ぶ時間があったとは思えないし、シノブだって足りないところは沢山ある。そんなことで彼女を非難するつもりは全くない。


「ありがとう……」


 シャルロットは、シノブの真剣な様子に嘘を言っていないと悟ったようだ。彼女は落ち着きを取り戻し、にっこり微笑む。


「……いずれシノブ殿に私の手料理を食べさせる。その日を待っていてほしい」


 いつかは自分の手で。はにかみながら宣言するシャルロットを、シノブは呼吸すら忘れて見惚れていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。


 本作の設定資料に登場人物のイメージ第二弾を追加しました。

 画像は「ちびメーカー」で組み合わせ可能な素材で作成しているため、本編とは異なります。なるべく作者のイメージに近づけてはいますが「だいたいこんな感じ」とお考え下さい。

 読者様の登場人物に対する印象が損なわれる可能性もありますので、閲覧時はその点ご留意ください。


 設定資料はシリーズ化しています。目次のリンクから辿っていただくようお願いします。


 なお「ちびメーカー」についてはMie様の小説「そだ☆シス」にて知りました。

 ご存知の方も多いかと思いますが「そだ☆シス」は「小説家になろう」にて連載中です。

 楽しいツールを知るきっかけを与えてくれ、二番煎じを快く許可してくださったMie様に感謝の意を捧げます。(2014/09/11)


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