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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第23章 灼熱大地の人々
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23.34 幸せの形 後編

 シノブと共にアウスト大陸に渡ったのは結構な人数だった。移動には魔法の家の呼び寄せを使うし、空間的に拡張された広い石畳の間があるからだ。

 まずアウスト大陸のナンジュマから来たチュカリに、訪問経験があるシャルロットとアミィ。ミュリエルやセレスティーヌもアマノ号に残しておけば問題ないから一緒だ。

 更に馬達を預かる一部を除き、護衛騎士達も戦力として伴う。そのためエンリオやミケリーノ、マリエッタやエマなども念願通りアウスト大陸へと渡ることとなった。


 魔法の家から出たシノブを迎えたのは、一瞬にして西に移った太陽であった。

 今回訪れた地域は、アマノシュタットと時差が七時間もある。そのためアマノシュタットでは朝九時でも、こちらは十六時なのだ。


「皆、お待たせ」


「ちゅ、チュカリです!」


 シノブは柔らかな笑みを浮かべ、チュカリは声を震わせつつ。対照的な二人がアマノ号の甲板へと進む。


 チュカリの声が上擦ったのは、オルムル達を目にしたからだ。飛行中のアマノ号の上には、最年長のラーカから最年少のケリスまで、全ての子が待っていたのだ。

 ちなみにシャンジーや成体の超越種達の多くは探索を続けている。そのため他はアマノ号を運ぶ二頭、岩竜の長老夫妻ヴルムとリントのみである。


『初めまして、岩竜のオルムルです!』


『炎竜のシュメイです!』


 まず手前にいた二頭が発声の術で自己紹介し、他の子供達が続いていく。

 嵐竜ラーカは龍のように長い体を立てるように宙に浮き、海竜リタンも甲板の上で首を(もた)げる。更に光翔虎のフェイニーがチュカリの側に寄り、頬をペロリと舐めた。

 岩竜ファーヴと炎竜フェルンは挨拶の後に竜らしく咆哮(ほうこう)を添え、朱潜鳳ディアスは美しい真紅の羽を広げ、玄王亀のケリスは浮遊しながら御辞儀して。それぞれが種族や名を告げていく。

 とはいえ彼らは腕輪の力で小さくなっているから、可愛らしいものだ。ラーカも全長2mほど、オルムル達はチュカリと同じくらいに変じていた。

 しかし船を運ぶ二頭は、当然ながら元のままの大きさだ。


(われ)が岩竜の長老ヴルムだ』


(つがい)のリントです』


 子供達に続き、上からヴルムとリントが声を掛けた。

 アマノ号は双胴船型で、運ぶための横木は魔法の家を置く位置の両脇だ。そのため後ろ足で横木を(つか)んだ二頭は、足元を覗き込むように頭を下げている。


「えっ……う、うわっ!」


 チュカリは一瞬だがビクッと震えた。そして上を向いた彼女は全長20mもの巨体を誇る老竜達に、思わずといった様子で飛び上がる。


「大丈夫だよ、みんな友達なんだ」


「ええ、私達の仲間です」


「そうだったね……でも、やっぱりビックリするよ」


 シノブとシャルロットが微笑みかけると、チュカリは恥ずかしげに応じた。

 シノブは超越種達について、大まかにだがチュカリに伝えていた。とはいえ実際に目にしたら驚いて当然だろう。

 チュカリは感嘆を(おもて)に浮かべ、頭上のヴルムとリントに再び視線を向ける。そして彼女は憧れも顕わに、大空を悠然と飛翔する巨竜達を見つめ続けた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 主だった者が甲板に揃うと、早速オルムル達が調査の結果を語り始める。

 アウスト大陸の北海岸沿いには、三つの魔獣を使役する魔獣使いの伝説がある。これは少なくとも二百年以上前、おそらくは三百年ほど昔のことらしい。

 この魔獣使いの正式な後継者は、アウスト大陸に残っていないようだ。オルムル達は魔獣使いを名乗る者達を探して聞き込んだが、彼らも伝説として知るだけだという。

 それに現在アウスト大陸にいる魔獣使いは、大型で気の荒い動物を使う程度であった。彼らが使うのは巨大カンガルーのルールーや、人が乗れるくらいのフクロオオカミなどだ。

 これらの動物は魔獣の領域に棲むものより小型で、一般には魔獣と呼ばれない。しかし彼らは自身に箔を付けるため、魔獣使いと自称していた。


「まあ、そのくらいでも少ないけどねえ……」


「ナンジュマにも魔獣使いはいるの?」


 呟いたチュカリに、シノブは顔を向ける。彼女の口調から何か知っていると感じたのだ。

 チュカリはモアモア飼いだから、動物を使う仕事には詳しいだろう。ならば魔獣使いに関する知識があっても不思議ではない。


「あのイキイキイモのお店でもグマグマ……フクログマを飼っているよ。アタシよりも小さいけど、イキイキイモがいる木を見つけてくれるんだ。

魔獣の森には大グマグマっていうのがいるらしいけど、小屋くらいもあるとか……。それに大カミカミも同じくらいだって……」


 チュカリが挙げた魔獣だが、正しくは大袋(おおふくろ)穴熊(あなぐま)大袋(おおふくろ)魔狼(まろう)という。

 アウスト大陸の哺乳類は人間を除くと全て有袋類で、それは魔獣も同じである。したがって北大陸の熊や狼に相当する生き物も外見は似ているが、どれも雌は腹に袋を持っている。


「モアモアにもキビキビを食べさせるけど、ナンジュマの近くには少ないから団子にしないで餌に少し混ぜるくらいだね。モアモアは大人しいから、グマグマみたいにマホマホの草を使わなくても大丈夫だし」


「マホマホとは、どんな効果があるのですか?」


 チュカリが挙げたマホマホというものに、ミュリエルは興味を示したようだ。

 マホマホもキビキビと同じ魔法植物の一種だろう。ミュリエルは治癒術士の勉強もしているから、薬効のある植物が気になったらしい。


「気が荒いのが治まるとか、懐いてくれるとか……でも、使いすぎると逆に暴れるんだよ」


『こちらで聞いたマジュマジュの木と同じかも!』


『似ていますからね~!』


 チュカリに詰め寄ったのは、オルムルとフェイニーだった。そして二頭はマジュマジュがどんな植物か語り始める。

 この北海岸の近くに住む魔獣使いは、マジュマジュという植物をキビキビの団子に混ぜるそうだ。このマジュマジュは葉や花に薬効成分が含まれているが、加工方法は秘伝で詳しいことは聞けなかったという。

 普通のマジュマジュは大人の背の倍くらいもあるらしい。しかし成長が早く、その高さになるのに数ヶ月も掛からないそうだ。


「マホマホはアタシの背と同じくらいだけど……遠いから少し違うのかも」


 チュカリはシノブから聞いたことを思い出したらしい。今いるアウスト大陸北部は、彼女が住むナンジュマから直線距離でも2000kmほどもあるのだ。


「高さが三倍は違いますものね……」


「こちらは緯度が低く更に暑いですから」


 小首を傾げるセレスティーヌに、アミィが緯度や気候の違いを伝えていく。

 チュカリが住むナンジュマは南緯27度ほど、それに対し現在アマノ号がある辺りは南緯18度を少し下回る程度だ。それにナンジュマはサバンナのような気候で、こちらは熱帯に近い。

 暑さに加えて水も豊富だから植物も巨大化するのでは、とアミィは結ぶ。


「魔獣のいる場所は更に暑そうじゃな……」


「暑いのは好き。ここもウピンデムガみたい」


 少々ゲンナリしたらしきマリエッタと逆に嬉しげなエマが、揃って舳先の方を見つめる。

 ここは南半球でアマノ号が向かっているのは北、つまり緯度が低いところだ。したがって寒くなることはあり得ない。

 公女マリエッタが生まれたカンビーニ王国もエウレア地方では低緯度だが、南端でも北緯38度はある。それに対し漆黒の女戦士エマの出身地は北緯18度を下回る。

 二人の表情に大きな差が生まれたのは、そのためだろう。


『ここより赤道に近いですよ』


『海まで100km、更に魔獣の海域まで同じくらいでしょうか』


 ラーカとリタンもマリエッタ達と同じ方向を向く。

 現在、親世代の超越種達はアウスト大陸の北の海を探っている。どうも伝説の魔獣使いは、海から渡ってきたらしいのだ。


 当然ではあるが、オルムル達が聞き込みをした魔獣使い達は一般の者より伝説に詳しかった。そして幾人かは、北から伝わった術を取り入れたと語ったのだ。

 ただしアウスト大陸の魔獣使いが北大陸に渡ったのではなく、伝説の魔獣使いが海の彼方から現れたそうだ。この海から来た魔獣使いは、こちらの魔獣について教わった礼として術の一端を明かしたという。

 しかも手掛かりは、他にも存在した。


「五本の岬があり、星のような形をしている……か」


「そんな島、多くないですよね」


 シノブの親衛隊長エンリオと孫のミケリーノも進む先へと顔を向けていた。

 海の向こうから来た魔獣使いは、五芒星のような形の島を一時的な拠点としていたらしい。ただし島は魔獣の海域の真っ只中で、簡単には辿(たど)り着けないという。

 これを代々伝わる話として、この地の魔獣使いの一人が教えてくれたのだ。


「ヨルムから思念だ! 島を発見したらしい!」


 シノブの声に、どよめき声が上がる。

 五芒星に似た島は、ここから300km近く向こうにあるそうだ。しかし超越種の思念が届くのは150kmほどだから、岩竜ヨルムは更に北にいるシャンジーからの知らせを中継していた。


「シノブ様、どうぞ!」


「ありがとう! ……ヴルム、リント! 連続転移で一気に行く!」


 シノブはアミィから渡された四つの神具を急いで身に着ける。そして光の盾から出した光鏡を、舳先の手前へと回す。

 岩竜が長距離飛行をするときの速度は時速150kmほど、急げば更に何割か増す。しかし一時間を超えるのは間違いないから、シノブは光鏡での連続転移を選んだのだ。


「わあっ! 綺麗だね!」


「あれは光鏡と言うのですよ」


 チュカリとシャルロットが交わした言葉に、思わずシノブは微笑んだ。

 笑みは他の者にも広がっていく。どうやら純粋かつ飾らないチュカリの様子は、甲板に集った人々を大いに和ませたらしい。

 そして次の瞬間、笑顔のシノブ達を乗せたアマノ号は(まばゆ)い光の鏡へと突入していった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 普通に飛んだら二時間近い遠方でも、光鏡での連続転移を使えば十分の一近くの短時間で到着する。そのためシノブ達は、十分少々で問題の島へと到着した。

 途中で岩竜ヨルムとも合流し、更に近場にいた何頭かもやってきた。そのためアマノ号の周囲は今までとは違って賑やかさを増した。

 その中には、島を発見した若き光翔虎シャンジーも当然いる。


『兄貴~、アレってアリですか~?』


「まあ、アリなんじゃないの? 猿だけど……」


 どこか面食らったようなシャンジーに、シノブも当惑気味の言葉を返す。

 しかし、それも無理からぬことである。アマノ号から見えるのは、長い棒を持った猿の群れだったのだ。おそらく最低でも百頭、まだ他にいるとすれば数百や千に届くかもしれない。


「あれだけの数を養えるのでしょうか?」


『広さもありますし、餌も多そうです……しかし初めて目にする魔獣ですね』


 セレスティーヌの疑問に、宙からヨルムが応じた。

 どうもシノブ達が知る猿の魔獣、岩猿とは違うようだ。長毛なのは同じだが、岩のような灰色ではなく茶色である。ここから近いスワンナム地方には森猿(もりざる)というのがいるらしいから、それであろうか。


 それはともかく、どの猿も身長を超える長い棒を持っている。猿達の身長は大人の倍くらいだから、おそらく棒の長さは4m以上だろう。

 岩猿は高い知能を持つが、道具を作ったという例は聞かない。しかし眼下の猿達が持つ棒に枝葉はないし、それどころか皮も剥いたのか白木のように光り輝いている。(こん)のように真っ直ぐな形状といい、とても立ち木を折っただけとは思えない。


 島に人はいないそうだから、アマノ号は透明化の魔道装置を停止させていた。そのため猿達は手に持つ棒を上空に浮かぶ巨船へと振りかざしている。


「まるで武術のようですね……」


「ええ、少し整いすぎです。魔獣使いが教え込んだ技でしょうか?」


 船縁(ふなべり)に寄ったミュリエルとシャルロットは、厳しい表情で猿達を見つめている。それに親衛隊長エンリオやマリエッタを始めとする護衛騎士も同じ意見なのだろう、揃って険しい顔となっていた。


 棒を天へと(かざ)す猿達は、(いず)れも腰が入った姿勢で構えがそっくりなのだ。まるで軍隊のように一糸乱れぬ(さま)は、何らかの人為を感じさせる。


「ギャッ、ガアッ、ギャギャグアッ」


「ギャギャグアッ」


 一際大きな猿が叫ぶと、残りが続いて声を上げた。これも唱和するように揃っており、どこか不気味に感じる。


「何か言葉みたいだな……」


『シノブさん、聞いてきますね!』


 シノブと同じことを考えたのだろう、オルムルが船上から飛び立った。

 オルムルは光竜(こうりゅう)として特別な感応力を授かった。そのため彼女は言葉や思念を使えぬ相手でも、感情の動きや大まかな意思を察する。

 ちなみに眼下の巨猿達は、思念を使えないようだ。念のためシャンジーは思念を送ってみたしシノブも試したが、やり取り出来なかったのだ。


『あの、何をしたいのでしょう?』


「グギャギャ、ギャアッ」


 元の大きさに戻ったオルムルは、一番大きな猿に近づいていた。そして彼女が言葉を発すると、地上で猿が叫び返す。

 まるで言葉を交わしているような光景だが、実際に巨猿は何かを答えているのだろう。暫く同じように、オルムルが問い掛け巨猿が叫ぶ。


 その様子を眺めながら、シノブは密かにアミィへと思念を送る。内密に確かめたいことがあったのだ。


──アミィ……あれって魔術で改造したの?──


──いえ。私も気になって調べたのですが、自然の森猿です。……随分と調教されていますし、特殊な食物を与えているようですが──


 アミィもシノブだけに限定して思念を発していた。

 かつてテュラーク王国の宮廷魔術師ルボジェクは、人間の血や魔力で岩猿を変貌させた。それにアーディヴァ王国の初代大神官ヴィルーダは、無魔(むま)大蛇(おおへび)を使って式神を作った。

 それらのような魔術による変貌かとシノブは思ったが、あくまで調教の範囲で収まることらしい。


 島を上空から見た限りでは、魔法植物が多い場所のようだ。しかも良く見ると、畑や果樹園のように同じ植物のみが植わっている場所すらある。

 それらが元から生えているものか魔獣使いが持ち込んだものか、それは分からない。とはいえ何らかの利用をしたのは間違いないようだ。

 おそらくは調教により高い能力を身に付け、更に栄養が多く魔力の面でも優れた植物で底上げしている。だが、それは人間が飼う動物も同じだろう。したがって神々の定めたことに反してはいないそうだ。


『……つまり、私達が勝てば新たな主と認める。でも、相手は人間だけとする……そうですか?』


「ギャ!」


 オルムルが問うた通りだったらしく、猿は一声()えると頷いた。やはり魔獣使いが相当な訓練をしたのだろう、まるで人間のような仕草である。

 そして一旦やり取りは終わったらしく、オルムルは船上に戻ってくる。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 森猿の代表は、名をスンウというそうだ。そしてスンウは島の森猿の王で、島内には一千頭もの仲間がいるという。

 どうやらスンウ達は、かなり長い間この島にいるらしい。もちろんスンウが何百年も生きたのではなく、何世代も経てである。

 ただし、これ以上のことはシノブ達が勝利してから教えるそうだ。スンウ達は新たな主を待ち望んでいたが、従えるだけの力を確かめたいという。


「それでは陛下、行って参ります」


「ああ、頼むよ」


 騎士の礼をするエンリオに、シノブは大きく頷き返す。まずスンウの配下とシノブの配下で一戦し、更に主同士で戦うのだ。


 勝負は棒を使った格闘。ただし降参は認めるし、命を奪わない。それに超越種が見張り、負傷者を戦場から退(しりぞ)け治癒をする。

 つまりシノブ達が知る決闘と同様の配慮がなされており、断るべき理由もない。それにエンリオ達も是非にと望んでいた。


「まさか猿と棒術で競うとはのう……でも、楽しみじゃな」


「うん、面白い。背丈も倍くらいあるから、結構強いと思う。それに強化も出来るみたいだし」


 マリエッタとエマは満面の笑みを浮かべているし、他の護衛騎士達も同様だ。そして騎士達は、エンリオに続いて船上から飛び降りた。


 既にアマノ号は大地に降りている。ここは島の内陸に広がる草原だ。

 周囲には真っ直ぐ伸びたヤツデのように広い葉を持つ木、おそらくは高さ20mを超えるだろう大木が囲んでいる。

 それらの木々は、小さな白い花を無数に付けている。枝に白い花が連なる様子は目に優しいし、夕日で薄赤く染まった様子も美しい。

 そのため何となく気持ちが(ほぐ)れたのか、船上の者達は戦いの前とは思えぬ柔らかな笑みを浮かべている。


「しかし、桃太郎じゃなくて西遊記だったとはね……」


「猪や河童の魔獣はいませんけど……まだ花果山(かかざん)でしょうか?」


 ほろ苦い笑みをシノブとアミィは交わす。

 三つの魔獣を連れた者とキビキビの団子から、オルムルはシノブが教えた桃太郎の話を思い浮かべたらしい。実際に出てきたのは猿だから、桃太郎でも問題ない。

 しかし棒を操る猿といえば、やはり孫悟空だろう。もっとも猿しかいないから、まだ三蔵法師と巡り合っていないとアミィは返したわけだ。


 これらをシャルロット達は、興味深げな様子で聞いていた。なおオルムルを始めとする子供達は戦いの監視役として各所に散っているから、残念ながら話に加わっていない。


「だとすると、カンというところから来たのかな?」


 シノブは中国に相当する地を思い浮かべた。

 ヤマト王国で、地球の東アジアに相当する地にあるカンという国家群ないし民族の存在を知った。このカンとアウスト大陸の間には東南アジアに当たるスワンナム地方があるから、伝説の魔獣使いも通った筈だ。

 そしてヴィルーダはスワンナム地方からイーディア地方に入り、アーディヴァ王国の初代大神官となった。ならばヴィルーダと伝説の魔獣使いには、何らかの接点があるかもしれない。

 しかしシノブ達の会話は、響き渡った声で断ち切られる。


『始め!』


「行くぞ!」


「ギャ!」


 空でオルムルが開始を告げ、地の一方でエンリオが三十人ほどの騎士達と突進を開始し、それを同数の森猿が迎え撃つ。


 おそらく森猿と合わせたのだろう、エンリオ達は(こん)の中央近くを握って駆けていく。そして横一線に並んだ彼らは、互いの相手と得物を激突させた。

 人と猿は互いに甲高い音を立て、手に持つ棒を二転三転とさせる。まるで水車のように回す者、両端を交互に突き入れる者、更には棒を支点として跳び上がったり蹴りを放ったりする者など、多彩な闘いが繰り広げられる。


「これは楽しそうですね」


「シャルお姉さま、参加されたら良かったのでは?」


 顔を綻ばせるシャルロットに、セレスティーヌが冗談めいた言葉で応じる。どこか和む周囲の光景が、決闘を訓練のように見せたからであろうか。

 しかし長閑(のどか)な情景は、とあるものにより一変する。それは白い花から生まれた薄黄色の(かすみ)である。


「マホマホの花粉! しかもあんなに! 早く逃げて!」


 チュカリの緊迫した叫びに重大事と悟ったのだろう、岩竜の長老夫妻ヴルムとリントはアマノ号を空へと移動させる。それもシノブ達に断らずに、かなりの速度で高度を上げた。

 だが、それは極めて賢明な判断であった。


「ヒャッハー!!」


「ギャッギャー!!」


 いきなり奇声を上げたエンリオに、負けず劣らずの奇妙な叫びで相手の森猿が応じる。それに両者とも、それまでの急所を避けた攻撃ではない。

 幸い達人級のエンリオは全て躱すし、森猿も強靭な肉体の持ち主だから多少打たれても致命傷には至らない。しかし、このままでは倒れる時は近いだろう。


「カンビーニ流棒術は、世界一じゃ~!!」


「ウラウラウラウラ~!!」


 同様にマリエッタやエマなども尋常とは思えぬ様子で棒を振るい、森猿達も狂ったように迎え撃つ。

 どうやら両陣営とも、チュカリのいうマホマホの花粉を吸ったらしい。マホマホとはチュカリの背ほどの草で草原の周囲の木は十何倍かありそうだから、厳密には種類が違うのだろう。

 しかし効果は似たようなものに違いない。来る途中にチュカリが言っていたように、摂取しすぎると凶暴化するのだ。


「チュカリ、あの花粉を吸い込まないようにすれば良いのか!?」


「う、うん! あんなに沢山、絶対にマズいよ!」


 シノブはチュカリの返答を待たずに、宙に飛び出した。そして短距離転移で、一気に戦いの場の真上へと移る。


「俺が魔力障壁で抑える! 皆、花粉を吹き飛ばして!」


 光の大剣を抜き放ったシノブは、宣言した通りに魔力障壁でエンリオ達と森猿の双方を拘束し、催眠の魔術で眠らせる。更にシノブは上空からの風を導き、花粉を遠くに飛ばしていく。

 チュカリの言葉からすると、マホマホとは少量であれば気持ちが穏やかになるらしい。そうであれば、多少吸い込んでも問題がない筈である。しかし視界が(かす)むほどの量だと、凶暴化するのだろう。


──風の術は得意です!──


──ボクも~! あっ、フェイニーちゃん達は念のため上に行ってね~──


 嵐竜のラーカと光翔虎のシャンジーは、意気込みも顕わに術を使い始めた。しかしシャンジーは、同じ光翔虎でも一歳数ヶ月のフェイニーや風属性を使えても更に幼い朱潜鳳のディアスは遠ざける。


──オルムル、私達も離れましょう──


──はい、母さま──


 風属性を得意としない者も同じく遠ざかる。オルムルは母のヨルムに続き、他の子達もアマノ号の側に避難する。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──シノブ様、他にもあります! このままでは他の森猿達、それに島の動物達もおかしくなります! それと、この植物は近辺に存在しないそうです!──


 空から降ってきたのは、アミィの思念だ。

 この白い花が咲く木が他の場所にも生えている。その可能性はシノブの頭にもあったが、次の言葉は予想外だった。

 シノブ達が来たから探索中の超越種達は、全てこの島に向かっている。そこでアミィは何らかの対処法を知る者がいないか問い合わせた。

 しかし返ってきたのは対処法ではなく、意外な答えだった。この付近の島や陸地で同じ木を見た者はいなかったのだ。

 あくまでも推測でしかないが、この木は魔獣使いが持ってきたのだろう。もちろん種や苗木としてだ。おそらくは魔獣を従える薬を作るために。


 それに、この強烈な効果は何らかの品種改良の結果ではないだろうか。チュカリはマホマホの草に、これほどの効果があるとは言わなかった。それにオルムル達が聞き込んだマジュマジュの木も同様だ。

 この島の木の高さはマホマホの草に比べたら十数倍、マジュマジュの木と比較しても五倍はある。近縁種かもしれないが、近隣に同じ種類がないところに人の関与を感じる。


──シノブさん、呼び寄せてください!──


──分かった!──


 オルムルの願いに、シノブは理由を問わずに応じた。それだけ急ぐべき何かがあると察したのだ。


──これは……この木、スンウさん達が育てたものです! 大昔に命じられたのです!──


 激しい憤慨を滲ませた思念が宙に響く。オルムルは感応力で森猿達の心を探ったのだ。

 この木の葉は森猿達にとって、一種の嗜好品らしい。穏やかな気持ちになれるから、彼らも好んでいるという。そのため森猿達は言いつけを守って育てていたのだ。

 そして森猿達が知る限り、今まで花が咲いたことはないようだ。彼らは実から育てるのではなく、挿し木で増やしているらしい。オルムルの脳裏には、木から採った枝を地面に挿している姿が浮かんできたという。


──そんな、酷い! ……シノブさん、ボクに魔力をください! 花粉を全部集めます! シュメイ、フェルン、集めたら燃やして!──


 オルムルに並ぶ憤慨を示したのは、ラーカであった。そして彼は宣言通り、シノブの側へと寄ってくる。


──私も手伝います!──


「行くぞ!」


 オルムルは白く(まばゆ)い光を放つと、シノブと並んでラーカに触れる。そして同時にシノブは魔力を注ぎ始める。


──感じます! この島全ての空気を! ……風よ、僕の頼みを聞いて! お願い!──


 強烈な思念と共に、ラーカは薄く青い光を発し始めた。それは蒼穹(そうきゅう)の色、天空そのものが宿ったかのような輝きだ。

 シノブが魔力を渡し、更にオルムルが感応力で支援したからか。ラーカは本当に島の全域に渡って大気を操っているようだ。

 ラーカが発した風の力が島を包んでいるのを、シノブも魔力波動から感じ取る。


──サジェール様、ありがとうございます!──


 どうやらラーカは、知恵の神にして風の神であるサジェールの加護に目覚めたらしい。少なくとも何か特別なものを感じたようで、彼は神への感謝の言葉を発したのだ。


 そして僅かに遅れ、四方八方から薄黄色の粉と白い花が飛んでくる。おそらく島にある全ての木から集めたのだろう、草原の上空には花と花粉による小さな雲が生じていた。


──燃やします!──


──僕も!──


 炎竜のシュメイとフェルン、更に二頭の親も加わりブレスを放った。そのためラーカが作った雲は、僅かな時間で草原の上から消え去った。


「シノブ様、治癒の杖で一気に治します!」


 アミィがフェイニーに乗って地上に降りてくる。

 他の場所の森猿や動物達も凶暴化しているだろうから、治癒の対象は島全体である。そのためアミィはシノブの魔力を借りることにしたわけだ。


「ああ!」


 シノブはフェイニーの背に乗るアミィへと手を差し出した。そしてアミィは右手に握った治癒の杖を宙に(かざ)す。


「大神アムテリア様の(しもべ)が願い奉る! この島の者達を静め給え!」


 祝詞(のりと)と同時に、柔らかな光が広がっていく。

 そして暫しの間、アミィは治癒の杖を掲げ続ける。おそらく範囲が広く対象も多いからだろう。


「これで島は森猿の楽園に戻るね」


──そうですね……スンウさん達が幸せになれる場所に──


 シノブの呟きに、オルムルが嬉しげな思念を返す。

 この島に森猿達が来たのは、彼らが望んだ結果ではないだろう。しかし今の彼らは、ここでの生活を確立している。最初は魔獣使いが命じた生き方かもしれないが、今は彼ら自身の意志で続けているのだ。

 それに先祖はともかく、スンウ達はこの島の生まれだ。もはや先祖の故郷など知らないだろうし、そこには誰かが暮らしている筈だ。

 ならば、これはこれで幸せな形なのだろう。これ以上、人間の好き勝手で森猿達を翻弄してはいけない。シノブは、そう結論づけた。


──でもシノブさん、スンウさん達の主になったんですよね~?──


──そうですね、アマノシュタットに来たいというかも──


「まあ、そのときはそのときさ。相談されたなら、一緒に道を探るよ。でも、オルムルに通訳してもらわないとね」


 フェイニーとラーカの指摘に、シノブは素直な思いを口にした。すると子供達は嬉しげな咆哮(ほうこう)を上げ、アミィも静かに微笑む。

 神秘の光が覆う空に西から穏やかな陽光が重なり、更に気持ちの良い風が渡ってくる。そして取り戻した平穏を喜ぶように、草原の緑がそよいでいた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年8月30日(水)17時の更新となります。


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