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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第23章 灼熱大地の人々
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23.25 南方商人の噂

 創世暦1002年1月17日の深夜、ファルケ島に行った日の夜。シノブは僅かな者だけを伴い、遥か東のヤマト王国に赴いた。


 アーディヴァ王国を操った存在、初代大神官となった男ヴィルーダ。彼は憑依術や符術に詳しかった。代々の大神官の魂を食らって生き長らえた術、複数の魂を束ねて強力な存在に仕立てた術などだ。

 それらの術は、ヤマト王国の禁術使い中部(なかべ)多知麻呂(たちまろ)の技を思わせた。そしてヴィルーダは東のスワンナム地方から渡ってきたという。


 アーディヴァ王国を含むイーディア地方は地球のインドに相当する場所で、スワンナム地方は東南アジアに当たる。この二つは自然の要害や魔獣の海域で隔てられているが、僅かに行き来する者がおり多少の交流もあるらしい。

 同じように、ヤマト王国も西の大陸などと接点があった。シノブは九州に該当する筑紫(つくし)の島で、大陸から伝わったという魔獣を操る術を目にしたことがある。

 つまりヴィルーダの術は、ヤマト王国の禁術と同じ系統かもしれない。そう思ったシノブは、ヤマト王国の王太子である大和(やまと)健琉(たける)に通信筒で問い合わせた。


 そしてタケルからの返答が夕方あり、シノブは更に詳しい話を聞こうと決意した。

 シノブ達が暮らすアマノ王国だと夜更けだから、来訪に適した時間ではない。しかしアマノシュタットとヤマト王国の都には、およそ七時間の時差があった。

 そのためヤマト王国では既に日が変わり、夜明けも近く空も白んでいる。


「だいぶ明るいね……日の出まで一時間くらいか」


 シノブはシャンジーの背の上で呟いた。今はイソミヤの神域から都へと向かっている最中で、シノブの左右にはシャルロットとアミィが並んでいる。


 空は明るさを増しており、大半は青黒いが東の方はオレンジ色に染まっていた。それ(ゆえ)シノブだけではなく、シャルロット達も地平線を飾る彩りへと目を向けている。


「はい! この時期だと七時過ぎです!」


「アマノシュタットより四十分も早いのですね……」


 アミィの言葉に、シャルロットは改めてといった様子で応じた。そしてシャルロットは、興味深げな顔のまま地上へと目を転じる。


 灯りの魔道具が普及しているから、日没と同時に眠ることはない。とはいえ通りを深夜まで照らすのは都市くらいで、外で働くなら日のある時間帯だ。

 そこで殆どの人は、日の出や日の入りに合わせて行動する。眼下の街道でも早立ちの旅人達が多いし、通り過ぎた町村でも井戸などに向かう者が目立った。


「ヤマト王国の都はアマノシュタットに比べると、10度以上も緯度が低いからね」


「羨ましいですね。ヴァルゲン砦にいたころは、早く春になるようにと願ったものです」


 シノブが声を掛けると、シャルロットは顔を上げた。彼女は昔を懐かしむような、柔らかく穏やかな表情をしている。

 メリエンヌ王国は北緯50度から北緯42度までだが、シャルロットが司令官を務めたヴァルゲン砦は最北端に近いから冬は日が短い。それに標高も1000m近いから、今の時期は一日千秋の思いで春を待ち望んだに違いない。


──こっちは暖かくて良いところですよ~。あっ、お仕事に行く人がいます~──


 シャンジーは今でもヤマト王国に時々は訪れる。彼はタケルを弟分としており、週に一度やそこらは会いに行くのだ。

 そのためシャンジーは、ヤマト王国の冬の朝も充分に知っているようだ。


 一月の今は農閑期だが、それでも幾つかの冬野菜を作っているから暇ではない。大根やカブのような根菜、小松菜や水菜、(せり)のような葉物と種類も多く、畑はもちろん空いた田んぼも使っている。

 したがってシノブ達が目にした農村でも、早朝にも関わらず田畑に向かう者もいた。もっとも今のシャンジーは姿消しを使っているから、彼らが空飛ぶ巨大な虎に気付くことはない。


「春の七草か……懐かしいな」


 シノブは今の時期とシャンジーが上げた作物から、日本での食事を思い出す。

 一月の七日に食べる七草粥(ななくさがゆ)には(せり)やカブに大根が含まれている。(すずな)とはカブ、蘿蔔(すずしろ)とは大根のことだ。


──七草って、タケルも食べるそうです~。病気をしなくなるとか言っていたけど、本当かな~?──


 シャンジーは飛翔しながら首を傾げた。

 超越種の子供は魔獣を(かて)とするし、成体になると殆ど自然の魔力だけで暮らせるようになる。そのためシャンジーは人間の食物を味わったことはなく、ましてや特別な日に特別なものを食べる習慣など無縁であった。

 したがってシャンジーはタケル達が伝統として継いだものは尊重しつつも、効果については疑問に思っていたようだ。


「どのような料理なのでしょう?」


「刻んでから茹でて、お(かゆ)に入れるんだけどね……」


 もしかするとシャルロットは作ってみようと思ったのだろうか。シノブの語る調理法に、彼女は耳を傾けている。


 シノブが地球に戻ったとき、母の千穂(ちほ)は様々な料理のレシピを書き記して持たせてくれた。そのためアマノ王家では和食めいたものも珍しくないし、その中には(かゆ)もある。

 それにシノブも母が教えてくれた料理をシャルロットに振る舞い、そのとき彼女は身篭っていたから消化に良いものとして(かゆ)も出した。

 それなら今度は自分が、とシャルロットは考えたのかもしれない。


「お餅は元旦に食べましたけど、七草粥(ななくさがゆ)も良いですね! そうです、タケルさんにお聞きすると良いかも!」


 アミィはヤマト王国で食材を得ようと言い出した。

 エウレア地方とヤマト王国では、野菜や野草の種類も異なる。大根やカブはアマノ王国にもあるが、(せり)やナズナなどは聞かない。

 それに似ていても食用になるか分からないし、こちらのものを使おうというのは納得がいくところだ。


 ちなみに今日のシノブ達は普段と同じ衣装で、三人ともアマノ王国の軍服である。元々の目的が周辺地域との交流についての聞き取りで、一時間かそこらで引き上げるつもりだったのだ。

 そのようなわけで街を巡るのは無理だが、タケルに頼めば集めてくれるだろう。それに七草以外の食材にも興味がある。


「そうだね! そこらで野草を()んで何かあっても困るし!」


 シノブの言葉に、シャルロットとアミィは笑みを浮かべた。そして一同は、冬のヤマト王国に何があるか語らいつつ、都へと向かっていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 都に着いたシャンジーは、タケルが住む小陽舎(しょうようしゃ)の庭に降り立った。既に人払いがされているようで、庭には誰もいない。


 小陽舎(しょうようしゃ)とは内裏(だいり)の一角にある、王太子が住むための建物だ。昨年五月まではタケルの兄である多利彦(たりひこ)の住まいだったが、彼は失脚し筑紫(つくし)の島に流された。

 タケルは暫く以前と同じく秀鳳舎(しゅうほうしゃ)を使っていたが、年が改まる前に小陽舎(しょうようしゃ)へと移った。既に立太子の儀を終えてから半年が過ぎたし、そろそろ兄に遠慮しなくても、という声が大きくなったそうだ。


 それらはシノブも聞いていたが、実際に訪れたのは初めてだ。そのためだろう、シノブは自然と周囲に目を向けていた。


 秀鳳舎(しゅうほうしゃ)大王(おおきみ)威利彦(いりひこ)が住む聖霊殿(せいりょうでん)と同じく、小陽舎(しょうようしゃ)の周囲も立派な和風庭園であった。

 池の向こうには立派な枝振りの松が植わっており、手前は桜や桃、梅などが飾っている。桜や桃は時期が違うが、梅は早咲きの品種があるようだ。紅白それぞれの花が、早朝の庭に彩りを添えている。それに椿なのだろう、赤や白の大きな花も咲いていた。

 白い小石を敷き詰めた周囲には、水仙などだ。僅かに残った雪と同じ純白の輝きが、明るくなってきた庭を更に照らしている。


「綺麗ですね……それに、とても繊細です」


 シャルロットはヤマト王国の庭園を見たことはない。彼女が訪れたのは、イソミヤと筑紫(つくし)の島の神域だけだ。

 そして話に聞くだけだったヤマト王国の都に、シャルロットは惹かれていたらしい。彼女は都の上空に差し掛かったときから、周りを熱心に観察していた。


「……ありがとう」


 感嘆の声を漏らした妻に、シノブは(ささや)きで応じた。

 ここヤマト王国は、日本と酷似した国だ。もちろんシノブがいた現代日本とは大きく違うが、内裏(だいり)の建物は平安時代の国風文化を思わせるし、庭園も当時の日本庭園を(しの)ばせる。

 そのためシノブは、シャルロットが故郷も含めて賞賛してくれたように感じていた。


 シノブは自分達が造り上げたアマノ王国に強い愛着を感じていた。

 アマノシュタットには妻子を含め家族がいるし、エウレア地方での暮らしも来月で一年半だから随分と慣れた。しかし今でもシノブは、石造りの洋風建築より木を多用した和風建築を自然に感じるようだ。

 とはいえ寒冷なアマノ王国だと、ヤマト王国と同じ建物で暮らすのは(つら)いだろう。床に畳を敷く程度ならともかく、障子に戸板の雨戸で寒さを(しの)ぐのは無理がある。


 しかも床に座って暮らす習慣は、エウレア地方に存在しない。したがって畳敷きの部屋を造っても、心休まるのはシノブを除くとアミィを始めとする眷属達くらいだ。

 それ(ゆえ)シノブは、和室を(こしら)えようと思わなかった。しかし故郷の文化への褒め言葉は、意外なほどに心へと染み入ったらしい。


「シノブ、こちらの文化を向こうにも取り入れては? 『大宮殿』はともかく『小宮殿』であれば、貴方の好きなようにしても良いでしょう」


 シャルロットは建物であれば幾つかの部屋、庭園であれば一つか二つくらい好みに改装してはと続けた。

 『白陽宮』でも『大宮殿』は公的な場だから、多くの者が訪れる。しかし『小宮殿』は王族の住居であり、シノブ達が招いた者が来るだけだ。

 『小宮殿』を全部を変えたら侍女や従者も困るだろうが、限られた区画を手直しするくらいなら趣味の範疇(はんちゅう)だとシャルロットは言う。


「そうですね! 寛げる場所を用意するのも大切だと思います!」


「ありがとう。考えておくよ」


 アミィも気になっていたらしい。そう察したシノブは、二人への感謝を示す。

 実際に改修するか、それは別のことだ。洋風の宮殿だから、床に畳を敷いた程度だと違和感が強い。

 しかし二人の気遣いを、シノブは嬉しく思ったのだ。


「さあ、早く入ろう。タケル達は、もう集まっている」


 シノブはシャルロットとアミィの肩に手を掛け、建物へと促す。

 タケルは父のイリヒコに叔母の(いつき)姫、それに自身の婚約者達を集めると(ふみ)に記した。しかも既に、彼を含む全員が小陽舎(しょうようしゃ)にいるようだ。

 そしてシノブの言葉が聞こえていたかのように、障子が開く。


「シノブ様、お久しぶりです」


──兄貴~、早く~──


 中から現れ声を掛けたのは王太子のタケル、それに他の者達も続いて迎える。更に駆け寄ったシャンジーが、タケルの脇で尻尾を振る。


「ああ、久しぶり……三ヶ月近いかな?」


 シノブは微笑みでタケルに応える。

 昨年タケルは、自国の各地に赴いた。ヤマト王国には大王(おおきみ)の下に獣人族の王、エルフの女王、ドワーフの王がおり、それらをタケルは巡ったのだ。

 そして十一月の頭、都に戻ったタケルは王太子として本格的に動き出した。そのため彼は忙しくなり、シノブも訪問を遠慮していたのだ。


「はい。さあシノブ様、シャルロット様、アミィ様、お入りください」


 前に会ったときより、タケルは大人びたようだ。小柄な彼は今も背は大して変わらないようだが、地位に相応しい風格が出てきたような気がする。

 今も父王やヤマト姫である叔母に先んじて声を掛け、そして二人も自然に若き王子に場を任せている。それに四人の婚約者も、大人しく後ろに控えるのみだ。

 やはりタケルは、更に己を磨いたに違いない。


 弟分のような少年への思いが、シノブの笑みを深くした。そしてシノブは顔を綻ばせたまま、タケルと再会の握手を交わした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 挨拶を済ませたシノブ達は、早速本題に入る。シノブ達からすれば深夜の訪問だし、タケル達からすれば一日を始める前だから、時間を無駄には出来ない。


「まず、ヤマト王国の周囲だけど……」


「はい。南にはアコナ列島、北にはワタリ島があります」


 シノブが話を向けると、タケルが頷き応じた。そして彼は、シノブ達の前に大きな地図を広げる。


 地図を見る限り、アコナ列島とは沖縄、ワタリ島とは北海道に相当する場所のようだ。

 ただしタケルによると、どちらも簡単には行き来できないという。双方とも、ヤマト王国との間に魔獣の海域があるからだ。


「幸い大きな領域ではなく通り抜け出来ますが、それでも結構な割合で命を落とすそうです」


筑紫(つくし)の島の南には、近くに大きな島が二つあります。ですが、その南は地図のように広い海で、海の魔獣が沢山棲んでいるのです」


陸奥(みちのく)の国の北は、さほど広くありません。ただし全体が魔獣の海域で、それに私達ドワーフは海を好みませんから」


 タケルに続いたのは、それぞれの地から来た姫達だ。

 筑紫(つくし)の島は熊の獣人の姫、熊祖(くまそ)刃矢女(はやめ)である。武者姫とも呼ばれる彼女は凛々しい顔立ちで、しかも三歳年長のタケルよりも少しだが背が高い。そのためか僅かに縮こまるようにしているのが、何となく可愛らしくもある。

 陸奥(みちのく)の国の姫は、ドワーフの亜日(あび)夜刀美(やとみ)である。こちらはタケルより一つ年下なだけだが種族の特性通りに小柄で、アミィよりも背が低かった。もっとも成人を迎えているだけあり、語る口調はタケルやハヤメと変わらぬ落ち着いたものだ。


「なるほどね……」


 シノブは地図を覗き込む。

 地図は魔獣の海域を濃く塗っており、どこが危険地帯か充分に把握できるものだった。南は地球でいう屋久島と種子島と奄美大島の間が魔獣の海域とされ、北は津軽海峡に相当する部分の全てが濃い色である。


「南が200kmほど、北は20kmを多少下回るようですね」


 地図の隅には縮尺を示す目盛りがあった。シャルロットは、それと問題の海域を比較したのだ。

 ヤマト王国、それにアコナ列島とワタリ島の地形は日本と殆ど完全に一致している。したがって縮尺が正しいなら、シャルロットが口にした通りの距離だろう。


「はい。これは代々のヤマト姫が受け継いできたもので、実際に私達が測れたところも極めて正確でした」


 イリヒコの顔には強い畏れが滲んでいた。どうやら地図の由来に思いを馳せたらしい。


 ヤマト王国にも充分な測量技術があり、山奥はともかく人が赴く場所であれば高い精度で把握している。しかし海の向こう、それも魔獣の海域があり行き来も少ない場所が明らかになっているのは、神々の授けた知識によるものだった。


「神々が……」


「初代の大王(おおきみ)は、筑紫(つくし)の島の神域の近くで地図を授かったそうです。そして、この地を統べて平和を(もたら)すようにと、お言葉を頂いたと教わりました」


 シノブの呟きに、イツキ姫は少し恥ずかしげな様子で応じた。

 ヤマト大王家は統一に成功したものの、三王家との距離は大きく半ば独立状態であった。しかもその状態は長く続き、ようやくタケルが関係改善に成功した。

 その上タケルの活躍はシノブ達の支援があってのことだ。したがってイツキ姫は、ますます言い(づら)かったのかもしれない。


「実は、ワタリ島には暖かくなったら船を送ってみようと思っていました」


 口を(つぐ)んだ叔母に代わり、タケルが説明を続ける。

 ワタリ島は距離が近いこともあり、まだ行き来が容易らしい。しかしドワーフ達は海が苦手だから、実際に往復した者は極めて少ないという。

 それに対し大王領や筑紫(つくし)の島では沿岸航海も盛んで、20kmくらいであれば充分に渡航できる。今まで大王領の者が陸奥(みちのく)の国の最北部まで行くことはなかったが、関係改善されたから渡航の支障は消え去ったのだ。


『ワタリ島は、ちょっと行ってみました~。旅の途中だったから、すぐに戻りましたけど~』


 シャンジーは、タケル達と陸奥(みちのく)の国を巡ったときに、少し北にも足を延ばしたという。

 あのときは彼だけではなく、年長のフェイジーやメイニーも共にいた。そのため三頭は交代で多少遠くにも赴いたのだろう。


 シャンジーは、ワタリ島にも陸奥(みちのく)の国と同じくドワーフ達が住んでいると続けた。

 ドワーフ達は幾つかの部族に分かれ統一する者はいないが、基本的には海峡を挟んだ南と似たような暮らしをしているそうだ。ただしワタリ島は随分と寒いから、稲作はしていないらしい。


「こっちにもドワーフはいるから、仲良く出来るんじゃないかな。それに寒いところに向いた作物なら、エウレア地方にもある。必要なら送るから、遠慮なく言ってくれ」


 あまり口出しする気は無いシノブだが、寒冷地での生活の助けくらいはと思った。

 ここに比べるとアマノ王国は随分と寒いし、更に北にはヴォーリ連合国もある。そしてヴォーリ連合国はドワーフの国だから、ワタリ島のドワーフへの助言や協力も可能だろうと考えたのだ。


「ありがとうございます! それで南のアコナ列島ですが……」


 喜びを顕わにしたタケルだが、再び顔を引き締める。今回の訪問に関係するのは、アコナ列島であった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「アコナ列島に住んでいるのは、エルフだそうです」


「私達と同じ褐色のエルフが暮らしているそうです。実際に何百年も前ですが、伊予(いよ)の島に渡ってきた人がいると聞きました」


 タケルが顔を向けると、褐色エルフの佐香(さか)桃花(ももはな)が口を開いた。

 モモハナによると沖縄に相当する地にいるのは彼女達の同族で、文化的にも共通点があるらしい。女系社会で、巫女による託宣で部族の方針を決めることなどだ。

 ちなみに何百年か前の渡航者は、地球でいうところの黒潮に流されたようだ。そのため近い筑紫(つくし)の島ではなく、四国に相当する伊予(いよ)の島に辿(たど)り着いたのだろう。


「当時は幾つかの部族に分かれていたようですが……」


「近年クマソ王家と交流があるのは、一つの部族のみのようです」


 モモハナは女王ヒミコこと美魔(みま)豊花(とよはな)、ハヤメは父王の威佐雄(いさお)に問い合わせた結果だ。

 シノブはヤマト王国に長距離用の魔力無線を貸与し、ここと三王家の王都、更にシノブが預かるカミタに置かれている。そのため二人が語った内容は、充分に信頼できるものだ。


 ちなみに伝説のドワーフ将弩(まさど)、祖霊となった英雄も、イサオと同様に本来の場所へと戻っていた。彼はカミタの神殿で、シノブに代わって()の地を守っている。


「このアコナ列島を通って大陸に行くのですね?」


「はい。昨日シノブ様にお聞きした筑紫(つくし)の島から北西の経路というのは、思い当たるものがありません」


 シャルロットの問いに、タケルは極めて真剣な表情で応じた。これが今回訪問した理由の一つなのだ。


 神々は、人間が一定の段階に達するまで地域間の衝突が起きないようにしたという。たとえばエウレア地方と南のアフレア大陸の間には南北2000km以上の大海が広がっているし、東のアスレア地方との間も8000m級の高山と魔獣の海域が塞いでいる。

 それらと同じ理由からだろう、朝鮮半島に相当する陸地はなく巨大な魔獣の海域となっているらしい。現にシノブ達の目の前にある地図も対馬や五島列島に当たる島は描かれているが、その北や西には大きな海が広がっているのみだ。


 それ(ゆえ)タケルは、シノブからの(ふみ)を読んだとき非常に驚いたという。彼はシノブがアムテリアに連なる存在と教わったから、自分達が知らない経路や陸地があるのかと驚愕したのだ。


「驚かせて済まなかった。……このアコナ列島の向こうにあるのがダイオ島。更に向こうが大陸で、そこにいるのがカンという人達なんだね」


 シノブは地図の上を指でなぞる。

 日本の地図と同様に、アコナ列島は緩い弧を描いて南西へと伸びている。ただし先に行くと地形が違うのか、この地図が正確ではないのか、台湾らしきダイオという島は随分と丸い。それに少しだけ描かれている大陸も、シノブが記憶しているものと完全には一致しない。

 ちなみに地図の南端はダイオ島までだから、フィリピンに当たる部分は記載されていない。ただしタケルの(ふみ)だと、アコナ列島は南の島々とも交流があるらしい。


「はい。ただ、国として一つに(まと)まっているのではなさそうです」


 アコナ列島には大陸の情報も多少は入っているらしいと、タケルは続ける。クマソ王家が交流のある部族から仕入れた情報だという。


 おそらく大陸は、三国時代や南北朝時代のような状態なのだろう。あるいは五胡十六国時代や五代十国時代のように、もっと細かく分かれているのかもしれない。

 とはいえ仮に十国程度あったとしても、一つずつがヤマト王国より広い可能性はある。今のところ中国に相当する場所の面積は不明だが、仮に地球の半分程度だとしてもヤマト王国の十倍を超えるだろう。


「それと南ですが、面白い情報を(つか)みました。どうも向こうに行った者がいるようです」


泉葉(いずは)がナニワの町にいたころに聞いた話なのですが、南方に行って大儲けした商人がいるとか……」


 タケルが顔を向けると、狐の獣人の少女が口を開いた。彼の婚約者でイツキ姫の側近でもある、穂積(ほづみ)立花(たちはな)だ。


 イズハとはタチハナの又従姉妹で、以前シノブ達が助けた少女だ。まだ幼く、昨年末に誕生日を迎えて八歳となったばかり、当時は僅か七歳でしかない。

 とはいえイズハは随分としっかりした子で、今はタチハナと同様にイツキ姫のところで修行しているくらいだ。したがって充分に根拠のある話に違いない。

 それにナニワの町は大阪に相当する交易の地だから、一攫千金を狙って出航する者がいても当然だ。


 しかしアコナ列島の更に南とは、少々信じ難くもある。

 地図を見る限り、筑紫(つくし)の島とアコナ列島の間の魔獣の海域を乗り越えれば、後は島伝いにダイオ島の手前まで渡れるらしい。

 ただしアコナ列島の先端とダイオ島の間、つまり地球なら与那国島と台湾の間は幅が100km近い魔獣の海域のようだ。したがってダイオ島から先に行こうと思うと、再び命を懸けることになる。


「南にも魔獣の海域がありますが、その商人は何とかして通り抜けたようです。ただし、詳しいことは誰にも語らないとか」


 イツキ姫もタチハナと一緒にイズハの話を聞いたようだ。もっとも彼女はイズハを信頼しても噂自体は眉唾と思っているのか、僅かに首を傾げていた。


「仮に再び行くつもりなら、本当のことは言わないと思います。それに自身は行く気が無いとしても、誰かが成功したら商売に差し支える可能性もあります」


「確かにシャルロット様の仰る通りかもしれませんね……」


 シャルロットの推測を口にすると、イツキ姫は賞賛を顕わにした。

 イツキ姫は幼いころから斎院(さいいん)に篭もり、巫女となるための修行に邁進(まいしん)した。そのためだろう、彼女は少しばかり世間に(うと)いようだ。

 もっともイツキ姫が斎院(さいいん)に入ったのは七歳のときだから、彼女を責めるのは酷と言うべきであろう。


 それはともかくイツキ姫は、シャルロットに深い敬意を(いだ)いているようだ。どうも挨拶を交わしたときに、巫女の力でシャルロットの強い加護を感じ取ったらしい。

 同じく巫女のタチハナやモモハナも何かを感じ、武人のハヤメは力量の差を悟り、ヤトミも超一流の刀鍛冶の感覚だろうか畏敬の視線を注いでいる。

 どうやらヤマト王国の女性達は、シャルロットを特別な存在と受け取ったらしい。


「ところで、その人は何という名なの?」


堺屋(さかいや)助三郎(すけさぶろう)という名です。実はシノブ様もご存知の、サカイ屋の三男でして……」


 シノブの問いに、タケルは懐かしげな笑みと共に答える。おそらくナニワの町での出来事を思い出したのだろう。


『フェイジーの兄貴に攫われたときの~!』


 シャンジーは尻尾を大きく揺らしていた。どうやら彼は偶然の一致に驚いたようだ。

 サカイ屋というのは、タケルが筑紫(つくし)の島から帰還するときに泊まった宿だ。そしてフェイジーがシャンジーを攫ったという知らせを聞き、シノブ達はサカイ屋でタケル達と合流した。

 そのときはアミィもいたし、シャルロットにも帰ってから伝えた。そのため二人もサカイ屋とは何か訊ねることはない。


「まさか……その人、渾名(あだな)があったりしない? 行った場所の名で呼ばれるとか……」


 シノブの言葉に根拠はない。単に耳に入った名前や南の島に渡って大儲けしたという話から、日本の歴史上の人物を連想しただけだ。

 しかし日本に相当する国だけあって、ヤマト王国の人々の感性は良く似ているらしい。


「流石シノブ様! そうなのです、彼は呂尊(るぞん)助三郎(すけさぶろう)と呼ばれています。渡った島がルゾンというそうで……」


 タケルの言葉にシノブは驚きと納得を感じていた。

 おそらくルゾンというのは地球でいうルソン島、つまりフィリピンの一部なのだろう。そしてルゾンで大儲けしたから、呂尊(るぞん)である。


 もっとも名前の一致など、今は些細なことだ。フィリピンも東南アジアの一部、つまりスワンナム地方に含まれる。要するにルゾン・スケサブロウは、スワンナム地方の手掛かりになりうるのだ。

 それに経路からすると台湾に当たるダイオ島にも渡ったか、近くまで行った筈である。したがってカンという国家群の情報も入手できるかもしれない。


「ありがとう! 今日は無理だけど、近いうちにルゾンさんと会うよ!」


「お褒めの言葉、嬉しいです!」


 シノブはタケルへと笑顔を向け、彼の手を握った。するとタケルは喜びのためだろう、頬を紅潮させる。


──シノブ様……皆さんが──


 アミィの思念を受け、シノブは視線をずらした。するとそこには、タケルの婚約者達の複雑そうな顔があった。


 シノブがタケルの笑顔を独占したからだろう、四人の少女は敗北感を覚えたらしい。

 しかし一方で四人とも僅かに頬を染めている。どうやら彼女達は、手を取り合うシノブとタケルに惹かれるものがあったようだ。


「あっ、次は禁術について聞かなくちゃ! さあタケル、教えてよ!」


「そ、そうですね! それでは……」


 シノブは話を()らしにかかり、タケルも意図に気付いたらしく慌ただしく続く。するとイリヒコを含め、一同は声を立てて笑い出す。

 そのため邪悪な術の話は、日の出を迎えてからとなる。そして差し込む陽光(ゆえ)だろう、シノブは少しばかり救われたような気がしていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年7月29日(土)17時の更新となります。


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