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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第23章 灼熱大地の人々
577/745

23.24 子供達の願い

 アーディヴァ王国を(ゆが)めていた原因は消え去った。

 代々の大神官として国を操った禁術使い、魂を食らった卑劣漢は(たお)れた。そして国王ジャルダも邪術の影響から脱し、神王とされた魂達も本来の姿を取り戻した。


 そこでシノブは異空間を消し去り、アーディヴァ王国の王都アグーヴァナへと戻る。

 幸い異空間を作る前にジャルダは人払いしており、シノブ達は誰にも気付かれることなく王宮の一室に帰ってきた。そして彼らは今後について幾つかのことを決め、それぞれ動き出す。


 国王ジャルダは昏睡したままだから、意識を取り戻すまで初代国王ヴァクダが代理を務める。更に光翔虎のドゥングも、彼を支えるべく(とど)まることになった。

 アーディヴァ王国の上層部は、ドゥングのことを神王虎として崇めている。そこで祖霊となった初代国王ヴァクダと共に、ドゥングが邪悪な禁術使いを滅ぼしたことにする。


 ヴァクダが宿っている鋼人(こうじん)は、変装の魔道具を用いて現国王と同じ虎の獣人に見えるようにした。そしてジャルダの状態や大神官達が禁術使いに魂を食われていたことなどを、ヴァクダは説明する。

 ヴァクダは神王の一部としてジャルダに憑依していたから、国政や王宮内も熟知している。しかもドゥングという後ろ盾もあるから、廷臣達も一時の驚愕から覚めると素直に従った。

 それらを見届けたシノブ達は、念のために補佐としたホリィを残してパルタゴーマへと向かう。


 パルタゴーマの新領主アシャタは、望まぬ戦から民を守るべく国に反旗を(ひるがえ)した。そしてアシャタはマリィ達の助けを借り、国王軍の襲来に備えている。

 しかし戦を望んだ禁術使いは(たお)れ、危険は去った。そこでシノブは王都でのことを伝えに行ったのだ。

 急展開に驚愕するアシャタにシノブは、近日中に国王からの使者が来るだろうと伝えた。そして王都と同様に、マリィを補佐役に置いて辞去する。


 エウレア地方から応援に駆け付けた光翔虎、バージ達もシノブと共に引き上げていく。イーディア地方にも光翔虎の家族が二組おり、彼らがドゥングを支えるからだ。

 アーディヴァ王国には禁術使いが何かを残しているかもしれないし、周辺の国々にも影響が及んでいるかもしれない。そこでイーディア地方の光翔虎達は、暫く陰から見守ることにした。

 こうなれば更なる支援は不要と、バージ達は判断したわけだ。


 同じくミリィもアウスト大陸へと戻った。

 オルムルの夢の一件は解決したから、もはやアウスト大陸を調べなくとも良い。しかし共に調査してくれた嵐竜達にも、イーディア地方での出来事を伝えるべきだろう。

 それに新たに判明した事実、複数地方に禁術使いが渡っていたことも気になる。アーディヴァ王国の初代大神官ヴィルーダとなった禁術使いは、地球の東南アジアに相当する場所、スワンナム地方から来たという。そのため隣接しているだろうアウスト大陸にも禁術使いがいないとは言い切れない。

 したがってミリィはスワンナム地方と近い側を中心に、再びアウスト大陸を調べることになったのだ。


 もっともアーディヴァ王国にヴィルーダが現れたのは二百年近くも前だ。そこでシノブはミリィやイーディア地方の光翔虎達にも、慌てる必要はないと伝えておいた。

 禁術使いやスワンナム地方に関して放置するつもりはないが、アーディヴァ王国の建て直しもある。急ぐべき何かが見つからない限り、まずは既出の件から解決すべきだとシノブは思ったのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 翌日、政務を午前中で終えたシノブは家族と共に南海の小島を訪れた。向かったのはアスレア海に浮かぶファルケ島だ。


 アスレア海は名前の通りアスレア地方の近海で、ファルケ島はエウレア地方から2000km近く離れている。しかし異神ヤムの探索でシノブ達が発見するまで、この島を領土とした国はなかった。そのためファルケ島は、飛び地としてアマノ王国に編入されたのだ。

 ただしアスレア地方からでも300kmは離れており、現在はファルケ島に常駐する者もおらず領土といっても名目上でしかない。将来は南のアフレア大陸に渡る航路が出来たら寄港地とするが、そこまで手が回っていないのだ。

 アスレア地方の沿岸は東域探検船団が調査と航路開発を進めているが、遠洋に出る余力はなかった。もう少しして沿岸航路の整備が終わったら、他の調査も始まるだろう。


 そのため今のファルケ島は、アマノ王家の保養地というべき状態であった。島の中央に築いたピラミッドには転移の神像があり、アマノシュタットから一瞬で移動できるからだ。

 しかし今回ファルケ島を訪れたのは、寛ぐ以外にも理由があった。


『シノブさん、待っていました!』


『皆さん、お疲れ様です~!』


 玄王亀のケリスと光翔虎のフェイニーが、ファルケ島に着いたシノブ達を迎える。

 双方とも発声の術を用いての呼びかけである。共に来たのはシャルロットやアミィだけではなく、思念を使えないミュリエルやセレスティーヌもいるからだ。


 二頭を含む超越種の子供達は、朝からファルケ島に渡っていた。

 同じようにアマノ王国の領土としたリムノ島も暖かいし綺麗な海を持つが、ゾウにも匹敵する巨大な魔獣が棲んでいる。したがってリムノ島だと、ミュリエルやセレスティーヌは結界とした場所で過ごすしかない。

 それに対しファルケ島の陸上や周辺の海に、魔獣は皆無であった。それに一月半ばだから北緯31度弱のファルケ島でも泳ぐには早いが、散策などで充分に南国気分を味わえる。


「ああ、遅くなったね!」


「済みません!」


「お仕事が長引いてしまいましたの!」


 シノブに続き、ミュリエルとセレスティーヌが宙から手を振る。シノブ達はシャンジーの背に乗っているのだ。

 ピラミッドには地上への階段もあるが、高さが100mほどと非常に高い。そこでシャンジーがシノブ達を迎えにいったわけである。


「オルムル達はどうしたのですか?」


「修行でしょうか?」


 シャルロットとアミィは、他の子供達が気になったらしい。シャンジーが降りた砂浜には、ケリスとフェイニーしかいなかったのだ。


『その……ラーカさんやリタンさんに付き合っています』


 浮遊して迎えたケリスは、僅かに戸惑いが滲む声で応じた。そして彼女は体の向きを変え、アミィと同じく海上を眺める。

 どうやら嵐竜ラーカや海竜リタンは修行で、他も一緒に海の上にいるらしい。


『ファーヴやフェルン、ディアスも一緒です~。元気ですよね~』


 フェイニーはシャンジーの頭に降り立つと、(あき)れたように首を振った。そして彼女は、何があったか説明していく。


 昨日フェイニーは森の女神アルフールの加護に目覚め、癒しの力を発動させた。彼女はオルムルとシュメイに続き、他にはない力を授かったのだ。

 このことにラーカとリタンは、大きな衝撃を受けたらしい。


 加護の発現の条件は定かではないが、オルムル、シュメイ、フェイニーに共通する点から見当は付いている。彼女達は一歳を超えており、シノブから魔力を貰うようになったのも他より早いのだ。

 しかしラーカは三ヶ月半もしたら二歳で、リタンも一歳を過ぎてから二ヶ月半だ。したがって年齢は満たしている上、リタンがシノブと出会ったのはシュメイの半月後といった程度だ。

 そのため二頭は、そろそろ自分もと気が()いたのだろう。


「ファーヴは後一ヶ月で一歳だしね……。フェルンとディアスは半年近く先だけど、兄貴分達に感化されたのかな?」


 同じ男としての共感を(いだ)きつつ、シノブは呟く。シノブも来月で二十歳(はたち)という若者だから、早く追いつきたいという気持ちを痛いほど理解できたのだ。


 岩竜ファーヴは一歳になれば、オルムルやシュメイと同じく北極圏の聖地に赴き儀式を受ける。シノブは聖地での儀式を済ませたら加護が発現すると思うのだが、それまでファーヴは我慢できないのかもしれない。

 炎竜フェルンと朱潜鳳ディアスは、まだまだ先だろう。しかし先輩が挑戦する様子から、何かを学び取ろうと思ったのだろうか。

 そんなことを考えたシノブは、知らず知らずのうちに頬を緩ませていた。


「向上心は良いことですよ」


 自身の修行時代を思い出したのか、シャルロットは懐かしげな表情でシノブに応じた。

 シャルロットは才能と環境の双方に恵まれたが、それ(ゆえ)に早く伯爵継嗣に相応しい実力をと気負ったに違いない。もしかすると彼女も、祖父や父、それに逸話として伝わる代々の伯爵達と上達や習得の時期を比べたのだろうか。

 シノブは(きら)めく海を見つめる妻の横顔から、幼い日の彼女を想像する。


「オルムルとシュメイは、指導役ですか?」


 アミィも微笑ましく感じたらしい。十歳くらいにしか見えない彼女だが、年長者のような慈しみを(おもて)に浮かべている。


 アミィによれば、眷属も先輩が後輩を指導するそうだ。少なくとも彼女が眷属となったころには、そういった体制が確立されていたという。

 実際にアミィも妹分のタミィを教え導いたし、ホリィ達も神界にいたころは同様のようだ。したがってアミィ達も、早く追いつきたいという後輩に()かされたことがあるだろう。


『はい』


『シノブの兄貴~、見に行きますか~?』


 ケリスが言葉を返すと、シャンジーが問いを発した。

 せっかく砂浜に着いたのに、誰も背から降りようとしない。おそらく皆はラーカ達の訓練に興味津々なのだろう。どうやらシャンジーは、そう考えたらしい。


「そうしようか。綺麗な海の上を飛ぶのも楽しいしね。……ケリス、お()で!」


『はい!』


 シノブは宙に浮いたケリスへと手を差し伸べた。すると彼女は抱えられるくらいの大きさとなり、シノブの腕の中に納まる。


『それでは~!』


 シャンジーは一気に宙へと舞い上がる。そして彼は矢のような速さで、昼過ぎの南海の上に飛び出した。


 輝く空と(きら)めく海。風は穏やかなようで、波も少ない。異神ヤムを探した日々とは違い、シノブは心から自然の美を楽しんだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 嵐竜ラーカと海竜リタンのうち、近くにいるのは後者らしい。シノブが魔力感知で察したことをシャンジーも感じ取ったようで、彼は高度10mくらいまで降りていく。


 海面が澄んでいるから、泳ぐ魚まで良く見える。南方だけあって、鮮やかに輝く赤や青など派手な魚も多いようだ。

 ファルケ島から少し離れると水深1000mや2000mにもなるが、所々には浅い海域もある。この辺りも随分と浅く、魚群の下には珊瑚らしきものが広がっていた。

 そのためシャルロットやミュリエル、セレスティーヌは歓声を上げ、海面下の風景を楽しんでいた。シノブとアミィは異神ヤムの探索で何度も巡った場所だが、三人からすれば充分に物珍しいようだ。

 そして海中の様子に目を奪われていたからだろう、シャルロット達はリタンの接近に気付くのが遅れたらしい。


「あれは!?」


「シノブ様、リタンさんは飛んでいるのですか!?」


 ミュリエルとセレスティーヌは驚愕も顕わな様子で、シノブを見つめている。それにシャルロットも声こそ立てないが、物問いたげな様子は同じである。


 遠方の海上を、リタンは物凄い速度で滑るように進んでいる。しかも彼の胴体は海面の上に浮いていた。

 海竜は首長竜のような体型だから胴と同じくらい長い首を持ち、更に四肢の全てが(ひれ)と化している。したがって通常なら泳ぐときは、首長竜と同様に体の全てか殆どを海中に沈めて(ひれ)を羽ばたかせるように動かして進む。

 しかし今のリタンは、全く違う。波飛沫(なみしぶき)で隠れがちだが彼は(ひれ)の先だけを海に()け、腹部は完全に海面の上らしい。


 そしてリタンの上をシュメイが飛翔している。こちらは上空100m以上だろう、リタンを追うように少し後ろから続いている。


「いや。リタンは重力操作で体を軽くしているけど、今は浮くほどじゃない。海竜は他の超越種に比べると重いから、重力操作で体を完全に浮かせると多くの魔力を使ってしまうんだ。

実は俺の生まれた場所、地球には水中翼船っていうのがあってね……」


 シノブは種明かしをしていく。

 海竜も浮遊で移動できるが、進む速度は人間の歩みと似たようなものだ。これはシノブが触れた通り、他より大きく重い体を浮かせるだけで手一杯だからである。

 ちなみに岩竜や炎竜は海竜に比べて小柄で体重も半分くらい、しかも翼があるから揚力も得られる。嵐竜や光翔虎は翼がない代わりに風の術を用いるし、朱潜鳳は名前の通り体型は鳥そのものだから最も飛翔に向いている。

 しかし海竜や玄王亀は重力制御だけで体を浮かせた場合、推進力に回せる魔力は殆ど残らない。それに海竜が得意なのは水属性、玄王亀は土属性の術で、飛翔向きではなかった。


『先日お見せしたように、重力操作で体を浮かしてブレスの応用で飛翔できます。リタンさんも水のブレスで今のシュメイさんと同じくらい早く飛べるんですよ。

でも、それだと僅かな時間で魔力を使い果たしてしまいます』


 ケリスが数日前メリエンヌ学園に行ったときに披露した、ブレスの応用による飛翔を例として挙げる。

 竜のブレスは口からを基本としているが、訓練次第で場所を選ばずに可能となるそうだ。そこでケリスは、魔力を口ではなく後ろ足から放って推進力とした。


 リタンも体の後方から放出して推進力と出来るようになったが、やはり長時間を重力制御と魔力放出のみで飛ぶのは無理があった。そこで完全に飛翔するのではなく、水による浮力や揚力を得つつ進む方式を彼は選んだ。


「少し(ひれ)けただけで、それほど大きな力が生じるのですか?」


 シャルロットが不思議に思うのも無理はない。

 どう見ても、リタンは(ひれ)の先端しか水に入れていない。それで体の殆どが海上に出るなら、浮遊に近い大魔力を重力制御に用いていることになる。


「リタンは(ひれ)を魔力障壁で包んでいるんだ。だから実際の長さの倍近くあるよ」


 シノブは飛沫(しぶき)を立てて進むリタンを見ながら説明を続ける。

 今のリタンは体長8m少々で、その半分が胴体だ。そして(ひれ)の長さは胴体の四割といったところだろうか。それらを考えると、水中にあるのは30cm程度かもしれない。

 しかし魔力による薄い壁を四肢と同じくらい延ばしているから、充分な揚力が得られるのだ。


「今の速度は時速150km近いと思います。岩竜や炎竜、それに光翔虎が長時間を飛ぶときと同じくらいです」


 アミィは彼女独自の能力、つまりシノブのスマホから得た計算や計時の能力を使ったようだ。彼女はリタンの進む速さを皆に伝える。


「ありがとうございます……ですが、これは加護を授かる訓練になるのでしょうか?」


「そうですわね……オルムルさん達のように、何かを感じ取ったり癒したりする力かと思っていましたわ」


 ミュリエルとセレスティーヌは、大まかにだが原理を理解したらしい。しかし二人は一方で、移動能力を磨いても目的を達成できるのかと疑問に感じたようだ。


「さあね……」


『限界突破すれば新たな力を授かる~! ミリィさんが言っていました~!』


 シノブが首を傾げると、フェイニーが何となく自慢げな様子で応じた。

 フェイニーはシャンジーの頭の上で前方を見つめていたが、今は後ろの面々に向き直っている。しかも体を立てて胸を張っており、彼女も心から信じているのが窺える。


──限界突破です!──


 まるで聞こえていたかのように、間を置かずにリタンが思念を発した。

 かなり距離があるから、フェイニーの言葉はリタンに届いていないだろう。それに先ほどのフェイニーは思念も発していない。

 しかし何かが伝わったかのような絶妙の間、そして海面を斬り裂くような響きである。一同は吸いつけられたように、蒼い竜の子を見つめている。

 そして次の瞬間、まるで弾かれたようにリタンは加速していく。


「凄いぞ!」


 シノブは大きく顔を綻ばせた。

 数秒もしないうちに、リタンの速度は倍近くまで跳ね上がった。少なくともシノブの目には、そう映っていた。

 しかしシノブの笑みは長く続かなかった。リタンの体勢が急に崩れたのだ。


「ああっ!」


「大丈夫でしょうか!?」


 大きな水柱が生じる中、シノブは、そしてシャルロット達は声を上げた。

 既にシャンジーは、リタンの側へ一直線に飛翔している。彼もリタンが無事か心配なようで、それこそ先ほどのリタンに匹敵する速さで宙を突き進んでいく。


──リタンさん!?──


──大丈夫です……ご心配をお掛けしました──


 シュメイが思念を送ると、海中からリタンが応じる。

 思念の様子は気恥ずかしさが感じられる以外は普段通りで、海中から感じる魔力にも変わりはない。どうやら無事らしいとシノブが安堵したとき、海面にリタンが浮かび上がってきた。


 傷を負った様子もないし、単にバランスを崩して水中に突っ込んだだけなのだろう。

 速度を上げすぎて体を浮かせる重力操作が(おろそ)かになったのか、あるいは(ひれ)を覆っていた魔力障壁が薄れたか。重力操作に魔力障壁、推進のための水操作、少なくとも三つの術を調和させつつ限界まで振り絞るのだから、非常に困難なことに違いない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 リタンを励ましたシノブ達は、次にラーカのところに向かった。

 指導兼監視役としてシュメイがリタンに付いている。それに短距離転移があるから、何かあっても彼女が助けを呼んでから駆けつければ充分に間に合う。

 そもそも見物していると分かったら、リタンも集中できないだろう。シノブは、そう思ったのだ。


 ラーカは十数kmも離れた場所にいた。おそらくは危険を避けるため、距離を取ったのだろう。

 風を操り宙を舞う嵐竜だけあって、修行の場は当然ながら宙である。彼は猛烈な速度で天空を飛翔していたのだ。


「普段の倍くらいかな?」


「そうですね。ホリィ達と同じで時速400kmは出ていると思います」


 顔を向けたシノブに、アミィが頷き返した。

 あまりに速度があるためか、それとも訓練上の理由からか、ラーカは一箇所で円を描きつつ飛んでいた。まるで竜巻か何かのように、彼は狭い半径で円柱を形作っている。


 そして真似をしているのか、ファーヴ、フェルン、ディアスがそれぞれ少し離れたところで同じようにグルグルと回っている。

 こちらはファーヴが通常よりだいぶ速いようだが、フェルンとディアスは少し速い程度である。


 オルムルはといえば、四つの竜巻を見張るように少し離れた場所に浮いていた。どうも彼女は、誰かが近づかないか見張っているらしい。

 四つの竜巻、特にラーカのものは自然災害なら史上最強級と表現しても良さそうな激しさだ。真下の海面は渦を巻き、そこから大量の水が巻き上げられ遥か天空へと放たれている。竜巻自身が高さ500mを超えていそうな規模だから、上空には放出された水で雲まで生じていた。

 仮に漁船でも近づいたら大惨事は間違いないだろう。


「フェイニー、これは飛翔速度を上げる訓練なのですか?」


 シャルロットは、リタンのときのようにフェイニーが何か知っていると思ったらしい。

 既に加護を授かっているフェイニーなら、リタンやラーカから相談されたこともあるのでは。おそらくシャルロットは、そう考えたのだろう。


『そうです~! ラーカさん達は光翔虎と同じで風の術が得意ですから~!』


 限界まで力を出すのが発現の近道と、フェイニーは考えているようだ。

 確かにフェイニーを含み、感情が高まっているときや強い思いを(いだ)いたときに能力に目覚めたようではある。そこで極限状態に自身を置き、隠された力を発現させようと意図したのだろう。


──竜巻形態……強化!──


 ラーカは更に速度を上げていく。はっきりとは分からないが、二割か三割は回転が速まったようだ。


──僕も! もうちょっとで並べるんだ!──


──負けないぞ!──


──朱潜鳳の名に掛けて頑張ります!──


 触発されたらしく、ファーヴ、フェルン、ディアスも続く。

 やはり雄だけあって本能的に能力を競うのだろうか。岩竜に炎竜、そして朱潜鳳と種族が別々であるにも関わらず、他者を意識しているようでもある。


 ファーヴの目標は、おそらく少し年長の同族オルムルと同じ領域なのだろう。岩竜の彼が嵐竜に飛翔で勝つのは無理があるから、ラーカと並ぶつもりはなかろう。

 しかしフェルンは、どうもディアスを意識しているらしい。彼らは数日違いで生まれたから、種族が違っても気になるようだ。ただし朱潜鳳の飛翔速度は段違いだから、かなり無理がある。

 ディアスは純粋に飛翔を楽しんでいるようだ。しかし彼も、本来は最速の筈の朱潜鳳が二番手の嵐竜と変わらないことに衝撃を受けたらしい。


 別に喧嘩をするわけでもなし、心行くまで競えば良い。そう思ったシノブだが、ほろ苦い笑みを浮かべることになった。


──うわっ!──


──目が~!──


──やっぱりキツイです!──


──クルクルしすぎですね~!──


 やはり超越種の彼らでも、長い時間を急旋回し続けるのには無理があるのだろうか。四つの竜巻から、それぞれが弾き出されるように飛び出した。


──み、みんな!──


 一度に全員が失敗したから、オルムルは救助の対象を迷ったらしい。そして彼女の動揺が滲む思念が響いた直後、ラーカ達は全て海中に突入していた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



『シノブさん、魔力をください……ついでに加護に目覚めさせてください……』


「ラーカ……」


 やっとのことでシノブは手を動かし、自身に巻き付いた嵐竜ラーカの頭を撫でた。

 嵐竜は地球でいう龍のような姿だから、大きさ次第では充分に人間を簀巻きに出来る。ちなみに二歳に満たないラーカでも全長10mほどもあり大きすぎるが、彼はアムテリアから授かった腕輪で程よく変じている。


 それはともかく、シノブも出来ることなら何とかしてあげたかった。ラーカは冗談に紛れさせているが、こういったものを含めて彼が弱音を吐いた姿など、シノブは見たことがなかったのだ。

 内心では、とても悩んでいるに違いないとシノブは(うれ)う。


『上手く行きませんでした……』


 海竜リタンも、すぐ脇で項垂(うなだ)れている。普段は温厚かつ冷静な彼も、次々に加護を得る仲間達には平静ではいられなかったようだ。


 今、海岸にはシノブと超越種の子供達しかいない。シャルロット達四人は、砂浜に設置した魔法の家の中である。


 実は明日、アーディヴァ王国に全員で出かける。幾つかの用事もあるし、ミュリエルやセレスティーヌが向こうの風物に興味を示したからでもある。

 農業に明るいミュリエルは、向こうの農村にも興味があるようだ。それならパルタゴーマの近くのサシャマ村、シノブ達も立ち寄った村がどうなったか見るのも良い。


 サシャマ村の少年シダールや少女アーシュカ、『ヴァシュカの舞』と重なる二人に再会したい。シノブだけではなく、シャルロットやアミィも可能ならと思っていたそうだ。

 パルタゴーマに残ったマリィによればサシャマ村は平穏無事だというが、それならそれで彼らの笑顔を眺めたい。そして悲恋の少女ヴァシュカと少年ダクダ、闇の神ニュテスに仕える眷属と初代国王にして祖霊のヴァクダに伝えたい。シノブ達は、そう語り合ったのだ。


 今、ミュリエルとセレスティーヌは魔法の家で衣装を変えている。そして着替え終わったら、外に出て押さえておくべき挙措を確かめる。


 アマノシュタットとアーディヴァ王国では、気温や日射量が全く違う。そのため街歩きまで考えるなら、似た条件で多少は慣れるべきだろう。

 ここファルケ島はアーディヴァ王国と緯度も近いから、外気温も似たようなものである。それなら雪が積もる高緯度帯のアマノシュタットではなく、ファルケ島で練習しようとなったわけだ。


──シノブさん……お願いします──


 オルムルが極めて微量な魔力で思念を送ってくる。おそらく彼女はラーカやリタンを気遣ったのだろう。

 思念での伝達は意図した相手に限定できるが、魔力波動自体は気付かれてしまう。特に今のラーカ達はシノブの至近にいるから、細心の注意が必要であった。


 シャンジーやシュメイにフェイニー、年少のファーヴ達もシノブを見つめている。やはりオルムルと同じで、ラーカとリタンが加護を得る(すべ)を知りたいのだろう。


「分かった……良い方法があるか母上にお伺いしよう」


 シノブは禁じ手を用いることにした。それは神々の御紋での質問だ。

 今でもシノブは、母なる女神に日常のことを伝えている。しかし自身の力で道を切り開くべく、先に関わることや相談事は口にしないように気を付けていた。

 とはいえ神々の加護を授かる方法など、流石にお手上げである。それこそ神託でも試すべきことだろう。

 もちろん無理に訊くつもりはないし、手掛かり程度に(とど)める。しかし我が子と同じく愛する彼らが、ここまで思い詰めているのだ。せめて一言でも何か、とシノブは願ったのだ。


『ありがとうございます……』


『済みません……』


 ラーカはシノブから離れて宙に浮き、リタンは長い首を動かし頭を下げる。そしてシノブは懐中から神々の御紋を取り出した。


「これは……サジェールの兄上?」


 シノブが御紋の表面に指を伸ばす前に、紋章が光を放つ。そして紋章に代わり、知恵の神の名が浮かび上がる。


『遠慮し過ぎないことです』


 シノブが御紋の表面に触れると、待ち構えていたかのようにサジェールの言葉が響く。

 サジェールが合理的で余計なことを言わないのはシノブも熟知しているから、そこまでなら驚くべきことではない。しかし続いての声に、シノブは何と応じるべきか迷ってしまう。


『そうね。加護を得る条件くらい、ハッキリさせておくべきよ』


「……デューネの姉上」


 シノブが口にしたのは確認めいた一言のみであった。

 海の女神デューネが会話に加わった理由を、シノブは察していた。リタンは海竜だから、加護を授けるのは彼女が相応しいだろう。

 そうなるとサジェールは嵐竜ラーカの担当だが、これも納得がいく。サジェールは知だけではなく、風も司るからである。


『端的に言います。加護は貴方を慕う超越種の子、全てが授かります。そしてラーカはアウスト大陸、リタンはイーディア地方に連れていきなさい』


「ありがとうございます」


 シノブは思わず頭を下げてしまう。そしてシノブの周囲では、オルムル達が歓呼の叫びを上げる。


 流石は知恵の神というべきか、サジェールはシノブが知りたかったことに過不足なく答えてくれた。

 加護は分け隔てなく授かる。それに行くべき場所も示された。それで充分、これ以上は自身で解決すべきことである。


『そこには試練が待っている……かも()()()


『アルフール! 私の声色(こわいろ)で変なこと言わないでよ!』


 何と森の女神アルフールまで割り込んできた。

 シノブは思わず声を立てて笑ってしまう。どのような試練があるのか、あるいはアルフールの冗談で何もないのか。それは分からないし、今はどうでも良いことである。

 それ(ゆえ)シノブは、すべきことをする。子供達と共に、改めて神々に謝意を伝えたのだ。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年7月26日(水)17時の更新となります。


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