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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第23章 灼熱大地の人々
575/745

23.22 神王との戦い 後編

 アミィが治癒の杖を振るうと、柔らかな光を放つ球体が光翔虎のドゥングから現れ()でる。この光り輝く玉こそが、アーディヴァ王国の初代国王ヴァクダの魂だ。

 そして先に助け出した七人の王と同様に、ヴァクダも鋼人(こうじん)に封印される。


──ヴァクダ……長い間、済まなかった──


 ドゥングはヴァクダを宿した鋼人(こうじん)の前に移る。そして今まで彼の背に乗っていた岩竜オルムルと光翔虎のフェイニーも両脇に浮く。


『謝るのは俺の方だ。お前の優しさに甘え、頼ってしまったのだから』


 ヴァクダは鋼人(こうじん)の発声機能を使って言葉を返した。鋼人(こうじん)からは体を動かすための魔法回路を外したが、会話に必要な機能は残していたのだ。


 ただしヴァクダ以外の七人が言葉を発することはない。どうも彼らは、ヴァクダとは桁違いに消耗しているらしい。

 やはり初代だけあって、ヴァクダは魂も別格の強さを持っているのだろう。


『ヴァシュカの捜索も国を興すのも、ドゥングがいてくれたから出来たことだよ』


──ヴァシュカ……お前は今でも……済まぬ──


 ヴァクダは懐かしげな口調で続けていく。しかしドゥングは、ますます申し訳なさそうに項垂(うなだ)れる。


 悄然とするドゥングに、シノブ達は声を掛けることも出来なかった。

 ドゥングの父母ヴァーグとリャンフ、宙から舞い降りた二頭も囲むのみで言葉を発しない。光翔虎のシャンジーに炎竜シュメイと嵐竜ラーカも、同じく近寄っただけだ。


 『ヴァシュカの舞』として知られる昔語りは、ある意味で真実であった。国を興す前のヴァクダ、つまり戦士ダクダは幼馴染みの少女ヴァシュカと再会できなかったのだ。

 ドゥングの助けを借り、ヴァクダは幼馴染みを攫った戦士達に勝利した。しかし戦士達は何年も前にヴァシュカを売り払っており、足取りを追うのも楽ではなかった。

 幾ら光翔虎のドゥングでも、会ったこともない人間の居場所を知る力など持っていない。それに今の彼は腕輪の力で小さくなれるが、当時は家の中に入ることも出来ないから支援も限定的であった。

 もちろんドゥングは(ひら)けた場所の戦いでは大いに活躍したし、飛翔も移動や逃走には重宝した。しかしヴァクダが建物に入ってしまえば、外から風の術で補助する程度である。


 そのためヴァクダが人間の仲間を募ったのは必然であった。彼は自身と同じく体制に不満を持つ者達を集めていく。

 しかし、そうなるとヴァシュカの捜索だけを優先するわけにもいかない。集った面々も同じように妻子や恋人と引き離されたり失ったりしているからだ。

 ヴァクダは反体制の頭目として担ぎ上げられ、そちらに大きく時間を割くことになる。その結果ヴァシュカの居場所を(つか)んで駆けつけたのは更に何年も後のことで、しかも既に彼女は没していた。


『何を言うんだ。ドゥングの助けが無かったら、ヴァシュカの最期を知ることすら出来なかった……本当に感謝しているよ』


 魂だけになった影響か、ヴァクダの言葉には青年のような若々しさがあった。

 アーディヴァ王国の歴史に記された通りなら、ヴァクダは八十歳まで生きたようだ。したがって晩年の彼は、もっと老人らしい声や口調だった筈である。

 しかし鋼人(こうじん)が発する声は、どう聞いても三十前としか思えない。もしかすると魂となったことで、肉体的な老いから解放されたのであろうか。


──ヴァクダ……ありがとう。もう少しだけ待っていてくれ──


『ああ。済まないが俺の子孫……ジャルダを頼む』


 顔を上げたドゥングに、今度はヴァクダが遠慮がちな様子で語りかける。

 黒虎として使役されたヴァクダだが、それでもジャルダは慈しむべき子孫の一人なのだろう。それにジャルダも神王の影響下にあるとしたら、彼の責任とも言い難い。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 少しばかり前、アミィが治癒の杖を使う直前のことだ。シノブとシャルロットは残る相手、つまり国王ジャルダと大神官バドゥラへと向かっていた。

 相手は二人だけだが、シノブ達は警戒を解いていない。それはジャルダ達が、(いま)だ人間とは思えない巨大な魔力を保持していたからだ。


 どうやらジャルダは、まだ神王の力をかなり残しているらしい。隣のバドゥラもそうだが、エルフの大魔術師すら遥かに超える強力な波動を放出している。

 そのためだろうか、二人はシノブとシャルロットの接近にも全く動じていないようだ。シノブは光の大剣、シャルロットは神槍を向けているが、双方とも表情を動かすこともない。


──八割近く残っているな──


 距離を詰めつつ、シノブは相手の魔力を量っていた。

 シノブが感じ取った通りなら、国王ジャルダの魔力は黒虎を出す前と比べて四分の三以上ある。そのためシノブはシャルロットに思念を送り、注意を促した。

 シャルロットはシノブやアミィと会ってからの修行で感知能力を磨き、更にアムテリアの祝福で基礎能力も段違いに高まった。そのため彼女も大よそのところは察しているだろう。

 とはいえ魔力や感知はシノブの方が遥かに上だから、念のために伝えたのだ。


──代々の王の魂ではなく、長年ドゥング殿から吸ったものが核なのでしょうか?──


 シャルロットも相手の異常なまでの魔力は察していたようだ。彼女の(いら)えは平静だったが、どうしてそれだけの力を残しているのか理解しかねているらしい。


 初代のヴァクダと同じくジャルダも虎の獣人だから、普通に考えると魔力に優れているとは思えない。したがって彼の稀なる魔力は、神王に由来するものだろう。

 そして神王とは、シノブ達が思っていた以上にドゥングから得た力を元にしているようだ。


 ドゥングは百六十年近くも封じられ、その間は魔力だけではなく魂の一部も削られていた。それだけの長期間で奪っただけあって、吸い取った総量は代々の王の魔力を足したものより遥かに大きいのだろう。


──おそらく大神官もドゥングさんの力を得ています。済みませんが、まずは彼らの意識を断ってください──


 後ろからアミィが思念を送ってくる。

 治癒の杖は治癒魔術と同じく、対象となる相手が抵抗したら効果が大きく減ずる。したがって異形を元に戻すときなどは、まず無抵抗な状態に持っていった。

 今回は異形ではないが、ジャルダにしろバドゥラにしろ黙ってドゥングの力を返すわけがない。そのため気絶させるなど、何らかの措置が必要なのは明白であった。


 シノブとしても、ジャルダ達の命までは奪いたくない。ドゥングやヴァクダの望みを(かな)えたいのもあるが、そんなことをしたらアーディヴァ王国が大きく乱れるだろうからだ。

 ジャルダ達が正道に立ち返ってくれたら、アーディヴァ王国は混乱せずに良い方向に向かうだろう。もし改心しなくても、彼らの口から経緯を語らせた方が周囲も納得するに違いない。


 そこでシノブは、ジャルダ達を生け捕りにしてドゥングの力を回収したかった。

 ただし催眠の魔術などが効く相手ではなさそうだ。治癒魔術と同じで、相手の精神に働きかける術も強い抵抗力を備える者には効果が薄い。そして普通の人間を超えた彼らなら、充分な耐性を持っている筈である。

 つまり一戦して気絶させるか、抵抗力を奪ってから術を掛けるしかない。


「……生け捕りにするつもりですか? しかし、出来ますかな!?」


 先手を打ったのは、大神官のバドゥラであった。彼は右手で杖を掲げ、空いた左手も天に伸ばす。

 金糸で飾られた白き衣を(まと)った白髪白髯(はくはつはくぜん)の老人が、魔力で満ちた杖を振り上げる。その様子は、まさに高位の神官に相応しい。

 しかしバドゥラの顔は皮肉げに(ゆが)んでおり、口調も憎々しげだ。そのため大神官というより、邪悪な魔術師のようである。


(われ)バドゥラが神王の力を解き放つ! 我らを満たす神獣よ、(しん)の姿を取り戻せ! 長き時で吸った魂、愚かなる民草の心で練りし力を現すのだ!」


 バドゥラの叫びと共に、彼やジャルダの魔力が急激に増加していく。

 どうやら二人は、今まで表に出していた以上の力を隠し持っていたらしい。どちらも今までの何倍もの魔力を放っている。

 しかしシノブには、魔力よりも気になることがあった。


「今、何と言った!?」


「まさか貴方達は民にも!?」


 バドゥラの絶叫、その最後の部分にシノブは思わず足を(とど)めてしまう。それにシャルロットの顔からも、血の気が引いていた。


 長き時で吸った魂とはドゥングだろうか。それとも彼らは人にも魔の手を伸ばしていたのか。狂気すら感じるバドゥラの顔や声音(こわね)から、シノブは後者ではという疑念を払拭できなかった。


「ガアアッ! ガオオオッ!」


 唐突に響いた咆哮(ほうこう)が、シノブの思索を断ち切った。それはバドゥラから少し離れて立つ男、国王ジャルダが発したものだ。


 何とジャルダの頭部は、虎へと変じていた。

 獣人族といっても、他種族との違いは獣耳を頭上に持ち腰の後ろに尻尾があるだけだ。顔は人族やエルフ、ドワーフと変わらないし、特に毛深いわけでもない。

 しかし今、布が弾け飛んで顕わになった彼の頭は、頭蓋骨自体が虎に似た形状に変わったとしか思えないものであった。それに顔付きも人間とは全く違う。

 全てが毛で覆われた顔の中央には太い鼻面。その下には大きく広がる口があり、長い牙が覗いている。黄色と黒、そして白い毛に包まれた顔には人間のときの面影は全くない。


 体も筋肉が増加したのか、上半身の服は細切れになって吹き飛んでいた。こちらも虎のような縞模様の毛で覆われているが、頭とは違って人の姿を保っている。

 腕や手も太さが増して獣毛が生えた以外、大きな変化はないようだ。右手には長い刀を握ったままだし、空いた左手を見ても形は人間と変わらない。

 竜の血で変じた人間が竜人なら、ジャルダはまさに虎人というべき姿である。


「余所見とは余裕だな!」


「お前はバドゥラなのか!?」


 迫り来る大火球を、シノブは魔力障壁で流しつつ応じた。

 バドゥラが立っていた位置には、シノブと大して変わらぬ歳の青年がいた。服はバドゥラと同じ大神官の衣装だから、彼が若返ったのだと思われる。

 こちらはジャルダのように異形となったわけではない。しかし髪や髭は黒く(つや)やか、肌は(しわ)が完全に消えて瑞々(みずみず)しく張っており、先刻までの姿からは想像できぬ変わりようである。


「ああ、俺がバドゥラだ! この国の大神官バドゥラ様だ!」


「シャルロット、俺がバドゥラの相手をする!」


 雨あられと降り注ぐ火の玉を防ぎながら、シノブは妻へと叫んだ。

 シノブがバドゥラを選んだのは、彼が魔術師という理由のみではない。今のシャルロットなら、このような火球くらい躱すか打ち払うかするだろう。しかしバドゥラには、まだ何らかの奥の手がありそうな気がしたのだ。


 ジャルダを異形に変え、自身を若返らせた術だけではない。もっと根源的な何かをバドゥラは隠し持っている。シノブは、それを確かめるべく距離を詰めていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──シャルロット殿!──


 光翔虎のドゥングがシャルロットへと飛翔していく。ヴァクダと言葉を交わし終えた彼の目に入ったのは、虎人に変じたジャルダへと向かうシャルロットだったのだ。


 シャルロットに万一のことがあったらと、ドゥングは案じたようでもある。

 アムテリアの血族であるシノブに助けはいらないだろう。しかしシャルロットは神の加護を授かってはいるが、シノブやアミィとの差は大きい。

 そこでドゥングは、自身もジャルダとの戦いに加わろうと考えたようだ。


──ドゥングさん、大丈夫です~!──


 年長者を上回る勢いで飛び出し(とど)めたのは、若き光翔虎シャンジーだ。そして彼は信じてくれと言うように、真っ直ぐドゥングを見つめた。


──ここは任せてください!──


 強烈な思念を残し、シャルロットは流星のような跳躍へと移る。一瞬にして高めた魔力は彼女に想像を絶する速度を与え、全力で飛翔する光翔虎にも等しい突進を生み出したのだ。


「グオオオッ!」


──稲妻!──


 ジャルダは獣の素早さで大太刀を振るうが、シャルロットは更に速かった。彼女は技の名に相応しい雷光と見紛う素早さで神槍を繰り出すと、敵手の武器を貫き通した。

 そう、シャルロットは突きでジャルダの大太刀を破壊したのだ。


 シャルロットが狙ったのは、大太刀の鍔元(つばもと)から(こぶし)一つ分ほど先だ。そして狙い(あやま)たず、ジャルダが手にした豪刀は、呆気(あっけ)なく断たれた。

 しかもシャルロットは既に飛び退(すさ)り、立身中正の姿勢へと戻っていた。腰を落とした中段で静かに槍を構える彼女からは、まるで弟子に稽古をつける師のような落ち着きが漂っている。


 これにはドゥングも大いに驚いたようだ。彼は宙に(とど)まったまま、シャルロットを見つめるのみだ。


──ここはお任せしましょう!──


──シャルロットさん、とても強いですよ~──


──シノブさんやアミィさんから沢山教わっていますから!──


──それに最近は僕達とも修行しているんですよ!──


 オルムルとフェイニーが、ドゥングの両脇に並ぶ。続いてやってきたシュメイやラーカも合わせた四頭は、シャルロットが常人とは違うと力説する。


 シャルロットと対等に戦える武人は、アマノ王国でも極めて僅かとなった。しかも王宮にはシノブやアミィくらいしかいない。それ(ゆえ)この頃のシャルロットは、オルムル達とも技を競うこともあった。

 もちろんシャルロットといえど超越種に(かな)いはしない。しかし普段と違う相手だと得るものも多いのか、彼女はオルムル達との訓練も非常に楽しみにしているようである。


──人の過ちは人が正します。ドゥング殿には申し訳ありませんが、今回は譲れません──


──シャルロット殿──


 シャルロットの静かな思念に、ドゥングは何かを感じ取ったようだ。

 生き物を造り変え、そして命を(もてあそ)ぶ者への怒り。ドゥングはベーリンゲン帝国との戦いを知らないが、シャルロットの言葉から彼女が目にしてきた事柄を感じ取ったのかもしれない。


──ドゥング、済まないが俺達に任せてほしい──


 シノブもバドゥラの攻撃を封じつつ、思念を飛ばす。

 今のシャルロットなら、異形に変じたジャルダにも充分に勝てる。それにシャルロットにはアミィが付いている。

 アミィは、いつでも助けに入れるようにシャルロットを支える場所に位置していた。そしてシノブはバドゥラと戦いつつも、それぞれの動きを魔力感知で把握していたのだ。


──シャルロット様!──


──ええ! ベルレアン流槍術、魔槍(まそう)気震(きしん)!──


 アミィの呼び掛けに押されたように、シャルロットが技を放つ。彼女の父コルネーユが得意とする、風属性の魔術と槍術を組み合わせた魔槍術の一つだ。


 突きと同時に大気が震え、濃い魔力を含んだ(きら)めく疾風が槍の穂先から生じる。しかもシャルロットは目にも留まらぬ連撃を放ったから、全てを吹き飛ばすような烈風が光と共に走っていく。


「ガッ!? ガアアアッ!」


 ジャルダには人間に近い知能が残っているのだろうか。それとも獣の超感覚で危機を察したのか。彼は慌てて飛び退()こうとした。

 しかしシャルロットが放った大気の鉄槌は、ジャルダの四肢や体に貫くような衝撃を与え、更に彼を高々と宙に舞わせる。


「大神アムテリア様の(しもべ)が願い奉る! この哀れな異形を元の姿に戻し給え!」


 地に落ちた虎人にアミィがすかさず駆け寄る。そして彼女は治癒の杖を四方に打ち振り、ジャルダが元に戻るようにと祈願しつつ身を(ひるがえ)す。

 すると杖の先端の宝玉から七色の神秘の光が溢れ出し、倒れ伏した虎人を包み込む。そして光が消え去ると、本来の姿を取り戻したジャルダが現れた。


──おお、ジャルダが!──


──大神アムテリア様がお授けくださった神具……何と素晴らしい──


──ええ、本当に──


 ドゥングに続き、彼の父母ヴァーグとリャンフも感嘆を顕わにする。三頭は異形を元に戻すところを初めて目にしたから、驚くのも無理はない。


 流石に破れた衣服は復元されないし、ジャルダも気絶したままだ。しかし彼の頭は人間のものに戻り、肌を覆っていた獣毛も消え去った。

 今までの例からすると、ジャルダが目覚めるまで多少の時間が掛かるだろう。竜人から元に戻ると一日かそこらは昏睡したままだから、今日は目覚めぬままかもしれない。

 しかし幾らもしないうちに元の生活に戻れる筈だ。それを幾度も目にしてきたシャルロット達は、柔らかな表情で笑みを交わす。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シャルロットにアミィ、そしてオルムルを始めとする超越種達は、シノブのところへ向かう。すると、こちらの戦いも既に終わっていた。

 何しろ異神をも倒したシノブである。大神官バドゥラが如何(いか)なる技を持っていようと、相手になるわけがない。


 バドゥラはシノブの魔力障壁で身動きを封じられていた。しかも彼は、いつの間にか元の白髪白髯(はくはつはくぜん)の老人に戻っている。

 そして宙吊りになったバドゥラの前に、腕組みしたシノブが険しい表情で立っている。


「……シノブ?」


「ああ。こいつの魔力を吸い取ったんだけど、とても不味(まず)くてね」


 怪訝そうな表情のシャルロットに、シノブは事情を説明する。

 シノブはバドゥラの魔術を封じるため、彼の魔力を奪った。しかし邪悪な術に手を出すだけあって、バドゥラの魔力は通常とは懸け離れたものだった。


 オルムルとフェイニー、ドゥングは力を合わせて黒虎の浄化をした。フェイニーが得た森の女神アルフールの力を、オルムルが感応力でドゥングに渡したのだ。

 黒虎に加えられていたのはドゥングの魂の一部だったから、それを彼が自身に戻すのは自然なことだ。しかもフェイニーは彼の従姉妹だから、ますます好都合であった。


 しかしシノブはドゥングと血縁関係はないし、浄化の力もない。そのため邪術で変質した魔力を強引に吸い取るしかなく、不快感に耐えつつの行使となったのだ。


──シノブさん、森の癒しです~──


「フェイニー、ありがとう。楽になったよ」


 フェイニーは猫ほどに小さくなってシノブの頭に乗ると、若草色の光を放つ。するとシノブが感じていた胃もたれのような感覚が失せていく。


「ドゥング、元は君の魔力だから返すよ」


──それでは失礼します──


 シノブが手を伸ばすと、ドゥングは普通の虎くらいの大きさに変じて側に寄る。そしてシノブは、ドゥングの負担にならない範囲で吸い上げた魔力を渡していく。


「シノブ様、この人の魂は……」


「アミィの想像通りだ……こいつに宿っているのは、初代大神官ヴィルーダだよ」


 バドゥラへの嫌悪を滲ませるアミィに、強い(いきどお)りを篭めつつシノブは応じた。すると集った者達にも同じ感情が広がっていく。

 シャルロットは蒼白な顔となり、オルムル達の魔力波動が大きく動く。特にオルムルの動揺は激しかったようで、腕輪の力で大きさを変えると真っ直ぐにシノブの胸へと飛び込む。


──シノブさん!──


「……たぶん夢でオルムルが感じた怖れは、こいつが原因だろうな。こいつは……後継者となる神官の魂を食って、二百年以上を生きたんだ」


 顔を埋めるオルムルに、シノブは言おうか言うまいか迷ったことを伝えていく。

 感応力に優れたオルムルだから、既に殆どを察しただろう。そのためシノブは隠さずに答えることにしたのだ。


 シノブが違和感を覚えたのは、バドゥラの魔力を吸い上げたときだ。

 魔力を吸収するだけに、物理的にも精神的にも極めて近い距離に立つ。そのためシノブは、バドゥラに宿っている魂が百歳やそこらとは思えないほど老成していると察した。


 最初シノブは、引き継いだ魂にバドゥラが影響されたのではと思った。それはドゥングの魂の一部かもしれないし、ジャルダのように代々の大神官の力を引き継いだかもしれない。そう考えたシノブだが、魔力の吸収と共に揺らぐ魂から、恐るべきことを感じ取る。

 バドゥラに宿った魂は、魔力の吸い上げで揺らぐドゥングの魂の欠片と似た動きを示した。つまり現在バドゥラを動かしている魂は、彼本来のものではないということだ。


「どうしてそのようなことを!」


「訊かねば判らぬか? 長寿は誰もが(いだ)く夢、お前達も何かを食べて命を繋いでいる筈だ。(われ)にとって、それが魂というだけのこと」


 怒りも顕わなシャルロットに応じたのは、それまでバドゥラが発した声のどれとも違っていた。

 最初の老人に相応しい慇懃(いんぎん)さ。若返ったときの傲慢さ。そのどちらでもない、おそらく初代大神官ヴィルーダの本性だと思われる第三の声音(こわね)だ。


──これがヴィルーダ!? ならば俺やヴァクダも(だま)されていたのか!?──


「ようやく気付いたか。(われ)が持った名は、ヴィルーダが最初ではない」


 驚愕するドゥングに、バドゥラに宿った魂は嘲笑(ちょうしょう)を返した。

 ドゥングがヴィルーダと出会ってから封印されるまで、三十年近い時間が過ぎている。それにヴァクダは半世紀近くもヴィルーダと接していた。

 それだけ長く共にいても本来の人格を悟られないのだから、演技の域を大きく超えているのだろう。こうなるとヴィルーダとなるまで、更に何人か食い潰してきた可能性すらある。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 バドゥラに宿った魂から引き出せた情報は少なかった。彼は自身が輪廻の輪に戻されると理解し、しかも神々に連なる者が勝手に魂を消さないと知っていたからだ。

 つまり脅したり交換条件を持ち出したりという手は使えない。逃れることは出来ないと悟っているが、それ(ゆえ)に命を絶つ者に利する気は毛頭ない。そんなところのようだ。

 オルムルやシュメイは自分の感応力や直観力ならと言ったが、シノブは断固として拒否した。我が子にも等しい存在に、人とも思えぬ醜悪な心に触れさせたくないと思うのは当然だろう。


 (かろ)うじて得られたのは彼がヴィルーダだったときイーディア地方の外から来たこと、そして符術を知ったのもイーディア地方以外という二点のみである。

 以前ドゥングは、初代大神官ヴィルーダがイーディア地方の人々とは容貌が異なると語った。そこでシノブが問い詰めたところ、何とかそれだけは聞き出せたのだ。


 多くは謎のままだが、いつまでも彼に関わってもいられない。そこでシノブはバドゥラの体に宿った魂を輪廻の輪に戻すことにした。


『ヴィルーダよ。俺達の国造りを助けたのは、大神官となって長く君臨するためだけだったのか?』


 初代国王ヴァクダが宿った鋼人(こうじん)が、苦々しげな調子で最後に問うた。

 アミィは彼の鋼人(こうじん)だけ、動作に必要な魔法回路を戻した。そのためヴァクダだけは動けるようになったのだ。

 ちなみに他の七人の王は、まだ魂が深い眠りについたままで動ける状態ではなかった。そして虎人から戻った現国王ジャルダも昏睡状態だから、ヴァクダがアーディヴァ王国の代表として見届けに来たのだ。


 少なくともジャルダが目覚めるまで、ヴァクダは地上に残る。ここで起きたことをジャルダに伝えるためである。

 このままだとジャルダは何が起きたか判らないままだ。シノブ達が話しても素直に聞いてくれるとも限らないから、先祖であるヴァクダに語ってもらおうとなったわけだ。

 それもあってヴァクダは、現在の制度を作り上げた大神官の真意を確かめておきたいのだろう。


「高い魔力を持つ者を探しつつ放浪するのは疲れたからな。魔力による階級制度を作り、大神官の候補を集める。これなら居ながらにして憑依に適した素材を見繕えるし、超越種の力も魅力だった。

お前が獣人族でなければ、もっと楽だった。獣人族は憑依に適さないし、高い魔力を持たせるには超越種の力を吸わせるしかないが、加減が難しい。そこでエルフの血に切り替えようとしたが……」


 どういうわけだか、かつてヴィルーダと名乗った魂はヴァクダには素直に答えた。といっても、これ以上語る気はないらしく、再び口を(つぐ)む。


 大神官に就任したのは、新たな器を得るため。そしてドゥングを封印したのは、良質な力を得るため。どうやら、そういうことらしい。

 しかし超越種の力は大きすぎ、獣人族の王達は不安定になる。そこで楽に安定させるための方策としてエルフに目を付け、南進を促したようだ。


 ともかく、これ以上を引き出すのは無理だろうし、ジャルダにはヴァクダから話してもらえば良いだけだ。それにシノブも、こんな身勝手で不愉快な話を聞き続けるのは飽き飽きした。

 アミィも同じことを思ったようで、彼女は治癒の杖を手に進み出る。


「大神アムテリア様の(しもべ)が願い奉る! この愚かな魂を祓い給え!」


 アミィが治癒の杖を掲げると、バドゥラの体から不気味な色をした雲のようなものが抜け出す。

 おぞましすぎるものを目にしたからだろう、シャルロットはシノブに寄り、シノブも妻を慰めようと肩を(いだ)く。だが、シノブ達は宙に昇る魂から目を離すことはなかった。

 どんなに(けが)れた存在でも、自分達が(たお)した相手だ。ならば最期を見届ける義務がある筈だ。

 シャルロット達もシノブと同じことを考えたのだろう。誰も声を漏らさず、思念も発しないまま見上げている。そのためシノブが作った異空間を、静寂が包む。


 しかし静けさは長く続かなかった。七色に輝く空間が、唐突に(まばゆ)い輝きを放ったのだ。

 そして昇る魂を迎えるように、白い輝きに包まれた少女が空から降りてくる。


「シノブ、あれは!?」


「まさか……眷属か?」


 驚くシャルロットに、シノブは思い浮かんだ言葉を返した。

 どうやら少女は、アミィと同じ神の眷属の一人らしい。ただしアミィよりは随分と小柄だから、まだ眷属となってさほど経っていないのだろう。

 それに姿からすると天狐族とは少々違うようだ。(まばゆ)い光で分かり難いが、頭上の耳はアミィとは違って尖っていないのは確かだ。


──シノブ様。ニュテス様の(めい)を受け、この魂を預かりに来ました──


 輝く少女が手を動かすと、昇りつつあった魂が消え去った。彼女は言葉通り、魂を何処(いずこ)かに移したようだ。


「そうか、ありがとう」


 シノブは神々の長兄、闇の神ニュテスの配慮に感謝した。

 長い年月を憑依して生き長らえた魂だから、このまま素直に輪廻の輪に戻るか少々不安である。しかし眷属が回収してくれたのだから、間違いはない。シノブは、そう思ったのだ。


「貴女は……」


──はい。アミィさん、お久しぶりです。……そしてダクダも──


 懐かしげなアミィだったが、眷属の最後の一言に表情を変えた。

 もちろんシノブ達も同じだ。どうやら迎えの眷属は初代国王ヴァクダの縁者らしい。しかも彼が捨てた名を知っているなら、相当昔からの知り合いなのだろう。


『まさか……』


 もしや、この眷属が幼馴染みのヴァシュカなのか。そう考えたのだろう、ヴァクダの宿った鋼人(こうじん)が一歩前に進み出る。

 そして皆が注視する中、光り輝く少女は静かに舞い降りた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年7月19日(水)17時の更新となります。


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