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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第23章 灼熱大地の人々
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23.21 神王との戦い 中編

 光の額冠が創り出したのは、どこまで続いているかも判然としない広大な空間だった。

 天は遥か高みで七色の光が(きら)めくだけ、雲どころか太陽や月すら存在しない。地も殺風景な荒野が続くのみで、山河や草木は見当たらない。

 もっとも向かい合う両陣営からすれば、ここは単なる戦場である。そのため双方は周囲の光景に目もくれず、相手と定めた者に向かっていく。


 殆どは戦いの場に宙を選んだ。シノブ達の側は超越種達、相手側からは国王ジャルダが呼び出した巨大な八つの黒虎が高みへと移る。

 この黒虎は、アーディヴァ王国の国王達が継いできた神王の力で生み出したものらしい。八体のそれぞれに一人ずつ王の魂が宿っているようだが、今は人ではなく虎の姿となっている。

 光翔虎のドゥングは、初代国王ヴァクダや続く王達に自身の力を与え続けた。その結果、王の霊魂に光翔虎の力が宿ったのだろうか。

 ともかく黒虎の姿形は光翔虎に良く似ている。しかも大きさも尾を除いて体長20mほどと、光翔虎の成体と同じくらいだ。

 ただし光翔虎は白く輝くから、見間違えはしない。(まばゆ)い光を放つ神獣達は、向かいに陣取る漆黒の巨獣とは好対照である。


 シノブ達の側は、まず光翔虎達がドゥングを中心に彼の父母、更にシャンジーとフェイニーと並んでいる。そして光り輝く虎達の脇に、岩竜オルムル、炎竜シュメイ、嵐竜ラーカだ。

 対する黒虎も八頭だから数は同じ、しかしこちらは全て光翔虎の成体に匹敵する巨体だ。そのため見た目では随分と差があるように感じる。

 シャンジーは既に成体と殆ど代わらない大きさだが、まだ一歳少々のオルムル、シュメイ、フェイニーは体長5mにも達していない。二歳に近いラーカだけは10mを超えているが、それは彼が細長い龍体の持ち主だからでもある。

 ただしオルムル達は大きさの違いなど全く気にしていないようで、威風堂々たる姿で謎の黒虎と向き合っている。


 もっとも静かな対峙が続いたのは、ほんの僅かな間であった。

 ドゥングが先陣を切り、眼前の巨獣へと飛びかかったのだ。相手はアーディヴァ王国の初代国王ヴァクダを宿したらしき存在、最も大きな黒虎である。

 このまま語りかけても無駄だ。相手は操られているらしいから、何らかの手段で支配から解き放つか、多少弱らせて捕らえるしかない。どうやらドゥングは、そう判断したようだ。


──ヴァクダよ! 俺がお前を元に戻す!──


 ドゥングは強烈な思念と同時に咆哮(ほうこう)を上げ、ヴァクダが変じたと思われる黒虎へと迫る。

 初手は車輪の絶招牙と呼ばれる縦回転の斬撃だ。飛翔しながら高速の前転をし、爪や牙で敵を斬り裂く技である。


 弾丸のような速度でドゥングが飛び出すと、轟音が生じ空気が大きく揺れた。地上との距離は相当あるが、それでも生じた突風が荒野の石塊(いしくれ)を宙高くに吹き飛ばしている。しかし、それも無理はないだろう。

 ドゥングも本来の大きさに戻っているから、当然ながら相応しい重さを備えている。その巨体と大質量が、猛烈な回転と共に猛禽を超える速度で飛翔したのだ。仮に地上に樹木や家があれば、全て吹き飛ばされたに違いない。


 もっとも相手は謎の力で作り出された仮初(かりそ)めの存在だ。彼らに斬撃が通じるかなど、分かったものではない。


──ドゥング──


 黒虎は微かな思念を発する。この黒虎は先刻もドゥングの名を口にしたから、やはり彼を良く知る魂なのだろう。


 ただし思念は、感情や(るい)するものを殆ど伴っていないようだ。

 国王ジャルダが用いた黒虎に変じさせる術か、今まで百数十年も魂を留めた影響か分からないが、何かが心の動きを奪っているのだろう。(うつ)ろに広がっていく波動は、そこに実体があるのかと疑うほどに無機質であった。

 そして疑念は、ある意味で現実となる。車輪の絶招牙が届く寸前、黒虎は掻き消えたのだ。


──姿消し!? いや、散った!?──


──ドゥングさん、上です!──


 虚空を切り裂いて突き進んだドゥングに、隣のシャンジーが思念を送る。

 ドゥングが狙った黒虎は黒い霧へと変じて攻撃を躱した。そして背後が透けて見えるほどに薄れた霧は幾らか上に移り、そこで再び虎の姿に戻ったのだ。

 多少遠方からであれば、黒虎が霧に変わったと理解できただろう。しかし至近まで迫ったドゥングには、相手が消えたように見えたわけだ。


──ブレスは少し効くみたいです!──


──本当です!──


 オルムルとシュメイは、自身の相手から何らかの手応えを感じたようだ。

 近接攻撃を好む光翔虎とは違い、竜族は遠方からブレスで仕留めることが多い。今もオルムルは漆黒、シュメイは真紅の奔流を自身の相手に放っていた。

 そして二頭のブレスは、確かに何らかの効果があったようだ。黒虎はドゥングのときと同様に黒い霧になって躱すが、多少は(かす)ったのか元の姿に戻っても幾らか魔力が減じていた。


──残念ですけど、私もブレスにします~!──


 フェイニーは大きく開けた口から、(きら)めく魔力を勢い良く打ち出した。

 本来なら光翔虎はブレスを習得しないが、フェイニーは竜達との交流で学んでいた。竜のブレスとは極限まで圧縮した魔力の放出だから、超越種なら多少の向き不向きはあれど会得できる。

 もっともフェイニーのブレスはオルムル達に比べると威力が小さいようで、彼女の狙った黒虎の魔力は殆ど変わっていない。


──ここは無限超大切断ですね!──


 喜び勇んだのはラーカである。彼は言葉通り周囲の空気に自身の魔力を乗せると、前方を埋め尽くすほどの勢いで打ち出していく。

 風属性の嵐竜だけあって、空気の操作はラーカの得意とするところだ。そして彼は以前ミリィの指導を受け、帯状に広がる風のブレス『超大切断』を完成させた。

 これは複数の斬り裂く疾風が広がる技で、多数を同時に倒すことが出来る。しかもラーカは更に進化させ、途切れることなく疾風を放ち続けるまでとなっていた。


 元々が広域向けの技だから、黒虎が霧に変じても充分に魔力を削れる。それに手数も圧倒的に多いから、相手が逃げ回っても逃すことはない。

 そのため無限超大切断は、オルムルやシュメイのブレスとは桁違いの成果を挙げていた。


──魔力か! ならば、流星の絶招牙!──


 魔力での攻撃が効くと知ったドゥングは、技を切り替える。彼が選んだのは、光翔虎に伝わる八つの絶招牙の中でも最も魔力に寄った技だ。


 流星というように、飛翔するドゥングは輝く魔力に包まれていた。ブレスと同様に魔力を放出する技だが、絞って前方に放つのではなく自身の体を包んで突進していく。

 光翔虎は元から白い光を発しているが、更に強く銀に近い輝きは確かに流れ星の名を冠するに相応しい。


──ボクもお供します!──


 どうやらシャンジーは、ドゥングを立てることにしたらしい。

 シャンジーはフェイニーより先にブレスを習得しているし、車輪の絶招牙と組み合わせた回転ブレスも得意としている。しかし今の彼はドゥングと同じ技を選び、(まばゆ)い銀光を(まと)って宙を駆けている。


──我らも行くぞ!──


──ええ!──


 ドゥングの父ヴァーグと母リャンフも流星の絶招牙を選んだ。そのため異空間の天を飾る七色に、四つの流星による白銀が加わる。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 魔力による攻撃なら、霧の状態でも効果がある。とはいえ決め手には程遠く、戦いは長引いていた。

 しかしシノブは、そしてシャルロットやアミィも手出しを控えていた。シャンジーと同様に、ドゥングの思うようにしてやりたかったのだ。


 百九十年ほど前、ドゥングはダクダという戦士と出会った。

 ドゥングは不手際でダクダを死なせそうになり、償いとして自身の血を与え、その後も支えた。そしてダクダはヴァクダと名を変えて世に出ると、アーディヴァ王国を興し初代国王となる。

 ドゥングから力を得ないと、ヴァクダは凶暴化したという。しかも力の供給が長く絶えると、最終的には異形に変ずる運命であった。

 そのためドゥングは建国後もヴァクダの側に(とど)まり続けた。


 ただしドゥングとヴァクダには強い友情があったようだ。これらの話をシノブが聞いたとき、ドゥングは懐かしさを顕わにしていたのだ。

 自身がヴァクダを(ゆが)めたという後悔もあるだろう。しかしヴァクダと過ごした時間は悪いことばかりではなかったと、ドゥングは語った。それだからこそ、ヴァクダを救いたいとも。


 これはドゥングの贖罪なのだ。シノブは、そう感じていた。

 自分達が異神達と戦ったときのように力を振るえば、勝負を終わらせるのは容易だろう。しかし、それでドゥングの心が晴れるか。ヴァクダの魂が心置きなく新たな道に旅立てるか。

 それ(ゆえ)シノブはシャルロットやアミィと共に地上に残った。それにシノブ達は国王ジャルダや大神官バドゥラとの距離を詰めたが、対峙するのみに(とど)めている。


 一方のジャルダ達だが、こちらも動かない。二人は黒虎を操っているのか、異様な魔力の高まりを感ずるが表面上は静かなままである。

 ジャルダは抜き放った長い刀を構え、バドゥラも手にした魔道具らしき杖を(かか)げているだけだ。


 とはいえ、このまま長引かせて良いものだろうか。

 異空間に移ったから街や人々への被害はないが、膠着(こうちゃく)状態の間にジャルダ達が打開策を思いついたら。シノブは僅かながら不安を感じる。


──シノブの兄貴~、何か良い手は無いですか~? このままだとドゥングさん、負けないけど助けられないかも~──


 どうやらシャンジーも、シノブと同じことを考えたらしい。

 シャンジーは内密に相談したいようで、思念の対象をシノブとシャルロット、アミィだけにしていた。シャンジーはドゥングに随分と肩入れしているが、一方で出過ぎた真似をしないように気を付けているらしい。


 これは光翔虎の厳密な上下関係にも関係があるようだ。

 まだ百歳を過ぎたばかりのシャンジーからすれば、三百歳ほども年長のドゥングは敬うべき存在である。何しろシャンジーの父フォージも四百歳ほどでドゥングと同年代だから、一世代上という扱いなのだろう。

 ましてやドゥングの両親ヴァーグとリャンフは六百数十歳だから尚更だ。光翔虎に長老制は存在せず、子育てを終えた(つがい)は世界を放浪する。したがってシャンジーが会ったことのある光翔虎だと、六百数十歳は最年長なのだ。

 ドゥング達と接するときのシャンジーに普段の暢気(のんき)さが欠片もないのは、それ(ゆえ)だろう。


──確かにね。魔力を削り過ぎると、魂にも影響するかもしれない。まだ大丈夫だし捕らえるには仕方ないけど、最後の決め手がないとね──


 シノブは考えを(まと)めつつ思念を返す。

 ヴァクダ達、代々の王の魂が出てきたのは好都合ではある。そして出来れば黒虎として使われているうちに、彼らの魂を確保したい。

 ただし現在の黒虎達は、厳密には王の魂と少々異なるようだ。


──気付いていると思うけど、あの黒虎達は王の魂とドゥングが渡した力……魂の一部が混ざったものらしい──


 シノブは魔力感知能力で(つか)んだことを思念に乗せる。もっとも念のためであり、シャンジーなら理解しているだろうとシノブは思っていた。


 あれが代々の王の霊なら、どういう理由で虎の姿をしているのか。それはドゥングの影響、つまり『吸霊の魔道装置』で吸い上げたものが混ざったからに違いない。

 黒い色はともかく、他は大きさを含め光翔虎と極めて似ているのだ。ジャルダの術で姿を借りただけと思うのは、安易に過ぎる。


──はい~。明らかにボク達と同じ雰囲気です~──


 やはりシャンジーは察していた。彼の(いら)えには強い悔しさが宿っていたが、動揺はない。

 光翔虎のシャンジーが同族の気配を見逃すわけはない。おそらく彼がシノブ達に相談してきたのも、この件があるからだろう。


──個々の魂に分かれたのは好機ですが、更にドゥング殿の影響を取り除かないと、元に戻らないのですね?──


 シャルロットが確認めいた問いを発した。

 歴代の王の魂の集合体に、更に『吸霊の魔道装置』で得たドゥングの魂の一部を加えたもの。それが神王だと思われる。

 そして神王は、国王と共にあるようだ。先ほどジャルダから八つの黒い霧が吹き出して黒虎となったところからすると、普段は当代の王と一つになっているのだろう。


 その場合、本来ならジャルダから神王を引き離した上で、それぞれの魂に分けることになる。したがって外に出てきたのは、シノブ達にとって思わぬ僥倖(ぎょうこう)であった。しかし、更に一段階の分離が必要らしい。


──はい。治癒の杖を使えば、生き物からの憑依は解けます。ですがヴァクダさんの魂がドゥングさんとお話し出来るかどうか──


 アミィが悩ましげな調子で応じる。

 異神の憑依すら解除した治癒の杖なら、ジャルダから神王を除くところまでは問題ない。しかし憑依を解くのは、あくまでも取り憑かれた人への治癒である。


 つまり混ざって一つになった霊魂の分離までしてくれるか疑問が残る。それは輪廻の輪に戻ってから、闇の神ニュテスのみが与える癒しかもしれない。

 そして一旦ジャルダの術から解放すれば、魂は自然に新たな生へと向かうだろう。したがってドゥングが旧友ヴァクダと別れの言葉を交わす目算が立っていなければ、そのまま永遠の別れとなるかもしれない。

 もちろん解放できるだけで充分に素晴らしいことだが、出来ればドゥングとの語らいをと思うのはシノブ達だけではないだろう。


──まずは地上に(とど)めないと駄目か……そうだ! 木人か鋼人(こうじん)に憑依させたらどうかな!?──


 シノブはヤマト王国の伝説のドワーフ将弩(まさど)を思い出した。

 祖霊となったマサドは、シノブ達が用意した鋼人(こうじん)に憑依できた。そしてジャルダは代々の王を祖霊と呼んだし、少なくとも初代国王ヴァクダは没してから百何十年か経っている。したがって後の王達はともかくヴァクダなら鋼人(こうじん)に宿ることは可能だろう。


──シノブ様、それは正気を取り戻さないと難しいです。強制的に封じることは出来ますが、会話できないままかと──


──ですが、時間稼ぎにはなるわけですね?──


 アミィは気まずげな様子だったが、逆にシャルロットは希望を見出したようだ。

 確かに一旦ヴァクダ達の魂を封印してから、分離の方策を練っても良い。それであれば、まずドゥング達に黒虎を捕まえてもらい、更にアミィに封印術を使ってもらえば魂を確保できる。


 アミィは神の眷属だから、ヤマト王国の符術なども含めて知識としては持っていた。実際、彼女の同僚であるマリィはヤマト王国で動物霊が憑依した符を的確に処置している。

 エウレア地方でも高位の神官は鎮魂などの術を修めているが、アミィ達は更に多種多様な技を身に付けているのだ。


──急いで用意しよう! そうだ、念のため動けないようにした方が良いかも! アミィ、出来る?──


──はい、大丈夫です!──


 黒虎込みで封印して、暴れられたら困る。そう思ったシノブだがアミィの返答に安心した。木人や鋼人(こうじん)の魔法回路は、動作を司る部分を外せば身動き出来なくなるのだ。

 ちなみに何か適当なものに憑依させるのは、短時間だと難しかった。符術のように、封印する対象には魔術的な措置を施す必要があるからだ。

 そのためシノブ達の手持ちでは、木人か鋼人(こうじん)に手を加えるのが早道であった。


──流石です~! それでは準備をお願いします~!──


 シャンジーは歓喜の思念を発した。そして彼は、もう少しだけ黒虎を抑えるようにドゥング達へと伝えていく。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アミィは手にした魔法のカバンから、鋼人(こうじん)を八つ取り出した。これにはジャルダやバドゥラも度肝を抜かれたようだ。


「何だ、あれは? それに、どこから出している?」


「魔道具なのでしょうが……」


 ジャルダやバドゥラは、困惑を隠せないようだ。小さなカバンから大人に匹敵する大きさの人形が八体も出てきたのだから、無理もない。

 とはいえ二人は相変わらず動かない。ジャルダは堂々たる体格に相応しい長大な刀を構えたまま、バドゥラも見事な細工の杖を先刻同様に天に向けている。


 それ(ゆえ)シノブも口を(つぐ)んだまま見つめていた。しかし続いて耳に届いた言葉は、少々捨て置けないものであった。


「入れ物は分かりませんが、あれは符人形の一種だと思います」


 空いた手で白髭を捻りつつ、大神官バドゥラは言葉を続けた。どうやら、この老人は憑依術を知っているらしい。


「符術というものか?」


 国王ジャルダも多少の知識を持っているようだ。問い掛ける口調からすると詳しくはなさそうだが、それでも即座に思い出せる程度には心に残っているのだろう。


「符術の存在をどこから? ……まさか他所の地方から学んだのか?」


 シノブが知る限り、つまり今までホリィやマリィが調べた限りだと、イーディア地方の人族や獣人族に符術を使う者はいないらしい。

 そしてドゥングは、イーディア地方は東と僅かながら行き来があると語った。間には魔獣の海域など交通を阻む領域があり何十年に一度という頻度だが、他の三方と違って東だけは往復の記録もあるそうだ。

 つまり他所の地方から来たなら、最も可能性が高いのは東だろう。


「初代大神官ヴィルーダは、この辺りの人々と顔立ちが違ったそうですが……」


 シャルロットもドゥングから聞いた話を思い浮かべたようだ。

 ドゥングによれば自身を封印した男、初代大神官ヴィルーダは異国風の風貌だったという。この地方の人々と同じで肌の色は濃かったが、何となく容貌が異なったそうだ。

 ちなみにイーディア地方の西はアスレア地方だが、そちらの出身ではないのは間違いない。アスレア地方の人々はイーディア地方ほど肌の色が濃くないからである。


「素直に答えるわけは無いでしょう」


 案の定と言うべきか、バドゥラは回答を拒否した。しかし彼の表情が僅かに動いたのを、シノブは見逃さなかった。

 どうやら初代大神官が別の地方から来たのは間違いないらしい。しかもバドゥラまで詳しく伝わっているのも、確かなようだ。


 しかし初代大神官の出自の追及は、一時取りやめとなる。何故(なぜ)なら上空からシャンジーの思念が降ってきたからだ。


──シノブの兄貴~! 皆が良い方法を見つけてくれました~! 行きますよ~!──


 シャンジーはドゥングの両親ヴァーグやリャンフと共に、一頭の黒虎を追いかけている。どうやら彼らは、一頭ずつ片付けることにしたらしい。


──これなら逃げられまい!──


──分身と撃壁です!──


 黒虎は霧に変じて逃げ場を探すが、左右はヴァーグとリャンフに封じられている。しかも後ろからはシャンジーが追い立てるから、黒虎は前に進むしかなかった。


 シャンジー達は、それぞれ数頭ずつに見えるくらいの高速で動き回り、更に両前脚で繰り出した無数の打撃で空気と魔力の壁を作り上げた。高速移動が分身の絶招牙、壁の構築が撃壁の絶招牙である。


──行くぞ!──


 待ち構えていたドゥングは、大きく口を開くと黒虎へと迫っていく。

 対する黒虎は、再び霧に変じた。ドゥングは壁を作っていないから、脇を擦り抜けて逃亡できると思ったのだろうか。


──ドゥング兄さん、森の浄化ですよ~!──


──これがフェイニーさんの力です!──


 光翔虎のフェイニーが新緑に似た優しい光、岩竜オルムルが神々しい白き輝きを放つ。

 オルムルとフェイニーはドゥングの背に乗っていた。しかもドゥングの上にオルムル、その上にフェイニーという変わった乗り方だ。

 そして二頭を乗せたドゥングは、フェイニーと同じような淡い緑の光を放つと、一杯に開けた口で黒い霧を吸い込んでいく。


「な、何だ! 黒霧(こくむ)変化(へんげ)が効かないのか!?」


「脱出と憑依、どちらも出来ないのですか!?」


 地上ではジャルダとバドゥラが驚愕の悲鳴を上げていた。

 どうやら普通なら、吸い込む程度だと黒い霧を捕らえることは出来ないらしい。それどころか、相手に乗っ取られる危険すらあるようだ。

 しかし今、ドゥングは平静なままシノブ達の前に降りてくる。


「黒虎から光翔虎の力だけ吸い上げた……それに浄化もしているようだ」


「元々がドゥング殿の魂だからでしょうか?」


 シノブとシャルロットが呟く中、ドゥングは静かに舞い降りた。神秘の光を放つ巨獣が向くのは治癒の杖を構えるアミィである。


「大神アムテリア様の(しもべ)が願い奉る! この者から迷える魂を祓い給え!」


 アミィが杖を振りつつ舞うと、ドゥングから何かが離脱する。もちろん離れたのはジャルダの先祖、かつてアーディヴァ王国を治めた者の魂だ。

 更にアミィは間を置かずに封印術を行使する。今の黒虎は初代国王ヴァクダの魂が変じたものではないが、念のため一旦は地上に(とど)めることにしたらしい。


「何が起きたのだ!?」


「さあ? 素直に答えるわけは無いだろう?」


 うろたえ気味の問いを発するジャルダに、シノブは先ほどのバドゥラの返答を真似つつ応じた。もちろんシノブはオルムル達がしたことを把握しているが、言葉通り教える必要を感じなかったのだ。


 まずフェイニーは森の女神アルフールから授かった力を行使した。あらゆる生き物を育む森の祝福、生命の源たる癒しの力だ。

 そしてオルムルは、彼女の稀なる精神感応力でフェイニーの力をドゥングへと移した。フェイニーがドゥングの従姉妹と血縁的に近いからだろうか、森の女神が授けた神秘の波動は殆どそのままドゥングへと渡ったのだ。


 しかしシノブには一つだけ分からないことがあった。

 今までフェイニーの力は明らかになっていなかった。彼女が放つ光が緑色だったからアルフールの加護と判断したものの、効果は不明なままだったのだ。


──シノブさん、シュメイが教えてくれたんです──


 どうやらオルムルは、シノブが疑問を(いだ)いていると察したらしい。彼女は二頭目の黒虎に向かうドゥングの背から、思念を届けてくる。


──賢竜(けんりゅう)の力、凄いです~!──


 そして激しい興奮も顕わなフェイニーが、オルムルの後を引き取る。

 シャンジーが鋼人(こうじん)に封印しようと提案した直後、シュメイが新たな力の使い方を教えてくれた。森の女神アルフールの力なら、(よこしま)なものを浄化しつつ奪われた力を取り戻せると。


 代々の国王の霊にドゥングの魂の一部も混ざっているが、神王とされたためだろう激しく変質していた。そのため彼に戻すとき、浄化が必要となったのだ。

 ただし今のフェイニーでは、それだけの大きな力を振るえない。そこでオルムルの感応力を通してドゥングに浄化の術を伝えたわけだ。

 ドゥングは成体だから、フェイニーとは桁違いの魔力を持っている。それに吸収するのは彼自身の魂の一部で、術も直接行使した方が望ましかった。

 そのため三頭が協力しての浄化となったわけだ。


──シュメイ、お手柄だね!──


──ありがとうございます!──


 シノブが褒め称えると、シュメイはブレスを放ちつつ応じる。彼女はラーカと共に、浄化対象以外の黒虎を牽制しているのだ。

 既にドゥングは三頭目の黒虎を浄化し、シャンジー達は四頭目の追い込みに入っている。しかし今少しの間、シュメイ達の牽制は必要であった。そのため彼女はブレスを連射しながら思念を続けていく。


 シュメイによると、賢竜(けんりゅう)の力はいつでも使えるものではないらしい。今回のように唐突に(ひらめ)きはするが、随意の行使は不可能だという。

 どうも賢竜(けんりゅう)の力とは、極めて優れた直観力の発露のようだ。しかし頻度や自由度の低さからすると、お告げのようなものと捉えて依存は避けるべきだろう。


 そうしているうちにもドゥング達による浄化は順調に進んでいた。残るは一頭だけ、初代国王ヴァクダが変じた最大の黒虎である。


──待たせたな、ヴァクダ!──


──ドゥング──


 歓喜の思念を響かせる光翔虎と、相変わらずの無感情な様子で応じる黒虎。シノブはジャルダやバドゥラを警戒しつつも空を見上げてしまう。

 もっとも見守っているのはシノブだけではない。シャルロットやアミィ、それにジャルダ達すら白と黒の虎が激突する瞬間を待ちわびているかのようだ。

 二頭の虎がぶつかったとき、(まぶ)しい若草色の輝きが辺りを満たした。そして降り注ぐ癒しの光の中で、シノブは二つの魂の喜びを感じ取っていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年7月15日(土)17時の更新となります。


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― 新着の感想 ―
[一言] 実は、最初の絶招牙は牙の技だったのです。  その技を作り出したのは後に初代長老になった光翔虎で、彼が絶招牙と名付けました。そして偉大なる初代長老に敬意を表し、撃壁や分身も絶招牙と呼ぶようにな…
[気になる点] シャンジー達は、それぞれ数頭ずつに見えるくらいの高速で動き回り、更に両前脚で繰り出した無数の打撃で空気と魔力の壁を作り上げた。高速移動が分身の絶招牙、壁の構築が撃壁の絶招牙である。 …
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