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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第23章 灼熱大地の人々
573/745

23.20 神王との戦い 前編

 アーディヴァ王国の宮殿は、大神殿と似た白い大理石の巨大かつ美麗な建築物であった。しかも宮殿が置かれた王都アグーヴァナの中心は他より幾らか高いこともあり、街のどこからでも優美な曲線を描くドームが目に入る。

 したがって逆に宮殿の上階からも、王都の端まで充分に見渡せた。


「街は栄えている……そして国も。しかし、これ以上の発展を望むには……」


「ええ。リシュムーカ王国を制して海に抜けなくては」


 上層部の窓に寄った二人の男が、夕方前の街を見下ろしていた。

 一月半ばで太陽は大して高くないが、日暮れまでは充分にあるから通りは賑わっている。道を行く人々は夕日を思わせるような赤やオレンジの衣服が殆ど、つまり戦士や商人が多い。それに赤に白い模様の入った服も目立つから、文官も相当いるのだろう。

 しかも人々は例外なく赤か朱色の布を頭に巻いているから、少なくとも中級以上であるのは間違いない。やはり王都だけあって、職業や階級をかなり厳しく制限しているようだ。


 とはいえ窓際に立つ二人は、衣装にしろ風格にしろ眼下の者達とは段違いである。

 片方の偉丈夫が身に着けているのは真紅の長衣と金地の布やマントで、しかも随所には宝石が散りばめられている。もう片方の白髪白髯(はくはつはくぜん)の老人は、衣と頭の布の双方とも白いが金の刺繍(ししゅう)で同じく光り輝いている。

 それも当然で、彼らはアーディヴァ王国の国王と大神官であった。


 国王のジャルダ・アーディヴァは当年とって四十歳、かなりの長身に加えて鎧のように分厚い筋肉の持ち主という王者に相応しい肉体の持ち主だ。しかも浅黒い顔を見事な髭で覆っているから、ますます威厳に満ちている。

 ジャルダは代々の王と同じく虎の獣人だが、頭の布は側面も隠しているし後ろは長いマントだから一瞥しただけでは種族を判別できない。もっとも彼を目にした者は、溢れんばかりの威厳や豪華絢爛(けんらん)な衣装に目を奪われ、他のことは後回しになるだろう。

 もし目を向けるとすれば、腰に佩いた長剣だろうか。緩く湾曲しているから長めの刀というべきかもしれないが、金銀細工の(つか)や鞘が実に美麗である。


 大神官のバドゥラは白い髪や髭が示すように、七十をとっくに超えていた。ちなみにイーディア地方では神官になると家名を捨てるから、彼の名はバドゥラだけである。

 バドゥラは身長こそ人並みだが、老齢だからか随分と体が細い。しかも巨漢のジャルダと並んでいるから、余計に小さく見える。

 もっとも少し魔力感知に秀でた者なら、バドゥラも常人ではないと察しただろう。それに手にした杖も特別に優れた魔道具らしく、異様なほどの魔力を宿している。


 国王ジャルダは人としては極めて大きい魔力を持っているらしい。おそらくは代々受け継ぐ謎の力、神王なる不可思議な存在の影響だろうが、エルフの神官や巫女に並ぶか超える膨大な魔力を秘めているようだ。

 しかしバドゥラの魔力も負けてはいなかった。大神官だから当然かもしれないが、彼もジャルダに匹敵する魔力の持ち主であった。もしかすると、こちらも神王の力を授かっているのではと思うくらいである。


「リシュムーカの南方はエルフの森、そして神王虎の故郷だ。そしてエルフは海に出ない。つまり海から攻めたら簡単に落とせる……そうだな?」


「ええ。エルフの魔力があれば、新たな神王虎を得るのも容易でしょう。そうなれば陛下の力は倍増、このイーディア地方の全てを征服できるに違いありません」


 国王ジャルダが好戦的なのはまだしも、バドゥラは大神官なのに戦に反対する様子もない。

 他の地方の神官は、神の教えで人々に平穏を(もたら)し融和へと導くことを(むね)としている。そのため彼らは原則として政治に関わらず、せいぜいが即位の儀式や年初の儀などを司式する程度だ。

 しかしアーディヴァ王国は随分と違うようで、バドゥラは為政にも意見を述べるしジャルダも当然といった様子で耳を傾けている。


「エルフの力か……このままでは(われ)は王都から十日と離れられん。『吸霊の魔道装置』で力を得る必要があるからな。しかしエルフを得たら……」


「はい。エルフの魔力があれば、陛下の……そして後の王達が継いでいく神王の力は安定するでしょう」


 どうやらジャルダとバドゥラは、神王の力を自在に振るいたいようだ。

 『吸霊の魔道装置』とは、大神殿の地下に封じた光翔虎ドゥングの力を吸い上げる仕組みだろう。そしてドゥングが語ったところだと、代々の王は彼の力を一定間隔で吸収しないと異常を(きた)すらしい。


 もし国王ジャルダが口にしたことが本当なら、吸収の間隔は十日前後なのだろう。

 イーディア地方だと高位の戦士はゾウに乗るが、軍用のゾウでも一日の移動距離は100km程度だ。しかし王都アグーヴァナからリシュムーカ王国の国境は直線距離で300km少々、向こうの王都は更に200km以上も先だ。そうすると十日だと往復だけで終わってしまう。

 つまり現状だとジャルダ自身が国境を越えるのは難しく、良くて国境地帯から少し侵入した程度だろう。これではリシュムーカ中心部への国王親征など不可能に近い。


 もちろん相手の王や軍の主力を国境近くまで誘き寄せるなど、手段は幾つかある。しかしイーディア地方は南北2000km以上で幅も同程度はある巨大な半島だから、それらの手が使えるのは隣国までだ。

 それに隣国を得ても反乱が起きたらどうするのか。もし親征できる範囲が王都アグーヴァナからの一部だけなら、せっかく広げた国土を維持できずに離反される。


 そこで二人は吸収の間隔を伸ばす方法を模索しているらしい。

 エルフがドゥングと同じように力の供給元になる。もしくは神王の力の暴走を抑えて異形への変貌を回避できる。おそらくは、そんなところだろう。

 かつてエウレア地方でもベーリンゲン帝国の残党がエルフの力を狙ったし、ベーリンゲン帝国の初代皇帝となったヴラディズフは故地であるアスレア地方でエルフを捕らえた。このようにエルフの膨大な魔力や稀なる術に目を付けた例は多々あり、イーディア地方のエルフも他所と同じく他種族と距離を置いていた。

 したがって二人は、まずリシュムーカ王国を手に入れ、次に隣接する西海岸沿いの森に進出しようと考えたようだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 国王ジャルダと大神官バドゥラは隣国との戦いを思ったか口を(つぐ)み、室内には暫し静寂が満ちる。しかし無音となったのは僅かな間であった。


「申し訳ありません! 大神殿から至急の使者が!」


「通せ!」


 外から響いた女性の声に、ジャルダは国王に相応しい威厳に満ちた声で応じた。すると白い神官服を着た男が急ぎ足で入室する。


 入ってきた男は、大神官のバドゥラほどではないが立派な衣装を着用していた。白地の服や頭の布には抑え目だが金糸の刺繍(ししゅう)もあるから、彼は特級の神官なのだろう。


「陛下、バドゥラ様。その……」


 扉が閉まると、特級の神官は遠慮がちに切り出した。

 入室させた侍女らしき女性は既に下がっており、室内には特級の神官を合わせても三人しかいない。どうやら彼が(たずさ)えてきた知らせは、非常に言い難いことのようだ。


「何だ? 早く言え」


「その……『祝福の部屋』に異常が起きまして……魔力が失われたようなのです」


 ジャルダが促すと、特級の神官は恐る恐るといった様子で報告をし始めた。

 どうやら『祝福の部屋』とは、大神殿にある特別な部屋で一種の魔道装置らしい。そして、この報告に来た神官が管理担当の一人のようだ。


「何だと……」


「故障の可能性は?」


 今まで悠然とした(てい)を保っていたジャルダとバドゥラだが、この報告は聞き捨てならぬものだったようだ。無意識なのだろうが、双方とも一歩足を踏み出している。

 それに顔色も変わったようだ。イーディア地方の人々は褐色の肌だから見分け難いが、少しばかり血の気が引いたらしくもある。


「私達が点検できる範囲では異常を発見できません。つきましては大変恐縮ですがバドゥラ様にお戻りいただき、我々の立ち入れぬ場所の調査をお願いしたいのですが……」


 特級の神官は平身低頭といった(さま)で、大神官バドゥラに申し立てる。

 管理担当者といっても、彼は『祝福の部屋』に入室できないから調査可能な範囲も当然ながら一部だけだ。しかし大神官は違うらしい。

 おそらく、この『祝福の部屋』が『吸霊の魔道装置』なのだろう。もしそうだとしたら、中に入れるのは代々の国王と大神官のみだと思われる。


「分かった……お前は戻るのだ。そして出来る範囲で調査を続けろ」


「は、はい!」


 国王ジャルダが退出を命ずると、特級の神官は安堵も顕わに一礼をする。そして彼は入ったとき以上の速さで部屋から去る。


「リシュムーカ王国への遠征軍を整え始めたばかりだというのに……」


「前回『吸霊の魔道装置』を使ってから日が経っていないのは、不幸中の幸いですが……」


 二人だけに戻った部屋で、ジャルダとバドゥラは顔を見合わせる。

 やはり『祝福の部屋』は『吸霊の魔道装置』と同じものらしい。おそらくはドゥングが封じられていた地下室や石の箱を含む全体が『吸霊の魔道装置』で、吸い上げた魔力や魂の一部を得る場所が『祝福の部屋』なのだろう。

 そして管理担当の神官達は、地下がどうなっているか知らないようだ。少なくとも彼らが参照できる情報には地下に関するものは含まれていないし、ましてやドゥングが解放されたなど知る(よし)もないのだろう。


 それどころか管理担当者がドゥングを知っているかすら怪しい。

 もし彼らがドゥングについて教わっているなら、第一に脱出を疑うだろう。しかし報告に来た特級の神官は、魔力の消失しか触れなかった。もしかすると国王や大神官以外は、『祝福の部屋』を単に周辺の魔力を吸い上げる装置だと思っているのだろうか。


「ともかく確かめよう。こうなったら軍を出すどころではない」


 どうやらジャルダも大神殿に向かうようだ。彼はバドゥラに声を掛け、更に扉へと歩み始める。


「ええ、時間を空けすぎると陛下の心身に影響が……」


 頷いたバドゥラも、国王に続いていく。

 二人は急いではいるが、かといって駆けるほどでもない。どうやら、まだ次の吸収まで最低でも何日かあるようだ。


 とはいえドゥングの言葉通りなら、抑える力が薄れたら一大事だ。まずは心の変質により凶暴になり、悪化すると肉体自体が変化して異形になるという。

 おそらく異形とはシノブ達も目にしたことがある竜人や、七百年近くも昔の記録に残るベーリンゲン帝国の超人のことだろう。そうだとすれば人とは思えぬ異質な存在であり、王位に就いたままというわけにもいかない。

 それに姿形の変化を許容できたとしても、正気を失うのは精神的な死と等しい。したがって普通の者なら、絶対に避けたい筈である。


 遠くない将来に異変が生じるだろうジャルダだが、やはり一国の王だけあって胆力は並大抵ではないらしい。彼の顔は平静で、歩みも落ち着きを保ったままだ。

 バドゥラも泰然とした様子である。自分が確かめれば『吸霊の魔道装置』を直せると思っているのか、あるいは最悪の事態になったらジャルダを見捨て逃げ出すつもりなのか。(いず)れにしろ、こちらも冷静な様子を崩さない。

 しかし二人は、再び表情を変えることになる。


「大神殿に行く必要はない」


 扉へと向かう二人に背後から呼びかけたのは、シノブであった。そしてシノブの左右にはシャルロットとアミィがいる。

 アミィの幻影の術で姿を消し、三人は窓の外に潜んでいたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 リシュムーカ王国についてのジャルダとバドゥラの会話も含め、シノブ達は至近で聞いていた。それ(ゆえ)シノブは何のために二人が戦を望んだかも充分に把握していたし、ここに来るまでにドゥングが語った内容からも大よそは察していた。

 そこでシノブは理由を問うようなことはせず、手にした光の大剣を静かに構える。


 もちろんシャルロットやアミィも同様だ。シャルロットは神槍、アミィは炎の細剣(レイピア)を無言のままジャルダ達へと向けている。


──油断するな。この二人、やはり相当な魔力を持っている──


 シノブは思念を用い、シャルロット達に密やかな警告を送る。

 アミィは神の眷属だから、ジャルダとバドゥラの異常とも思える力を察しているだろう。しかしシャルロットは力を増したとはいえ、人の範疇(はんちゅう)である。

 そのためシノブは念のために注意を促したのだ。


──はい。確かに飛び抜けた力を備えているようです──


 幸いシャルロットは、ジャルダ達の力を正しく把握しているようだ。落ち着きの中にも程よい緊張を含んだ(いら)えが返ってくる。

 しかし同時に、シャルロットの返答には隠しきれぬ怒りが篭もっていた。それは夫であるシノブだから気付けた僅かな表れだが、彼女の思念には手にした神槍にも匹敵する鋭さがあった。


 それはアミィも同じで、彼女も触れたら切れそうな気配を漂わせている。

 アミィはシノブやシャルロットと同じくアムテリアが授けた軍装に身を包んではいるが、普段なら小柄で愛らしい容姿と優しい微笑みが雰囲気を和らげる。しかし今の彼女は、神が地上に遣わした断罪の使徒と見紛う冷たさを放っている。


 とはいえ二人が激怒するのも無理からぬことだ。

 何しろジャルダ達は、自身のためだけにエルフ達から魔力を奪おうと(たくら)んだのだ。このバアル神や彼の使徒達と重なる所業、つまり邪神の陰謀を思わせる行為はシャルロットやアミィにとって神々の教えに真っ向から背く非道に違いない。

 もちろんシノブも不快に感じている。しかし神の眷属として何百年も過ごしたアミィや、物心が付いたときから信心深く過ごしてきたシャルロットの方が、大きな衝撃を受けたようだ。


「……お前は?」


「その武器……相当な魔道具のようですな」


 国王ジャルダは抜剣しつつ、そして大神官バドゥラは杖を構えつつ振り向いた。どちらもシノブ達が並の相手ではないと察しているようだ。


 護衛や宮殿で働く者達に気付かれないよう、シノブ達は魔力を抑えている。ただし三人が(たずさ)える神具は魔力を隠蔽した程度だと誤魔化せないようだ。

 神々の手になる武器や防具、そして衣服である。隠蔽を併用しても、それ自体が持つ輝きは減じないのだろう。

 特にシノブは光の神具を四つとも帯びているから、超常の力を備えた者なら何か感じるに違いない。


「俺はアマノ王国のシノブ。遥か西から来た……そしてドゥングを救出した者だ!」


 シノブは自身の名に続き、光翔虎のドゥングについて触れた。そしてシノブは、反応を探るべくジャルダ達の表情を伺う。


 現在のアーディヴァ王国に、ドゥングのことを知る者は少ない。パルタゴーマの新領主アシャタなどに聞いたところだと、該当するのは王家や領主一族、そして中級以上の戦士や文官くらいのようだ。ただし彼らは光翔虎やドゥングという名を知らず、代わりに神王虎と呼んでいる。

 そこでシノブは、敢えてドゥングという名を用いた。国王や大神官なら、建国時代からの伝説を受け継いでいるのでは、と思ったからだ。


 初代国王ヴァクダ・アーディヴァにドゥングは自身の種族や名を告げたから、代々の王が伝えてきた可能性は高い。

 ドゥングが封印されたのは創世暦845年、つまり今から百五十七年も前だ。この時点でアーディヴァ王国の建国から四半世紀が過ぎているが、(いま)だヴァクダは健在で国王として君臨していた。

 そして第二代国王の誕生は建国の一年前だから、当時は二十六歳である。したがって第二代も封印前のドゥングと会ったことがあるし、充分に覚えているだろう。

 つまり初代や第二代の王が見聞きしたことを、彼ら自身か神王が三代目以降に教えた筈だ。


 神々とも戦ったシノブだから、単にジャルダ達を倒すだけなら問題ない。

 しかしシノブは、今の国王や大神官が誰かに操られているなら解放したかった。その上で彼らに償うべきことがあれば償ってほしいが、超自然の存在については彼らの責任の外だろう。

 どうも初代の大神官が、ドゥングを封じて魔力を得るべきと進言したようだ。もし彼に国王達が(だま)されていたら、そして二代目以降の大神官も同様なら。その場合、当代の二人に罪はないか軽いだろう。

 そして国王達から神王を引き離すなら、まずは揺さぶって少しでも相手の情報を得るべき。シノブは、そう考えたのだ。


「ドゥング! まさか光翔虎の!?」


「陛下、神王虎です!」


 現在の国王ジャルダと大神官バドゥラは、ドゥングと光翔虎の双方を知っていた。しかも彼らのやり取りから、シノブは更にあることを読み取った。


──現在の大神官も、何らかの方法で国王を操っているのか?──


──おそらくは。精神操作や催眠とは違うようですが、バドゥラが叫んだとき明らかに普通とは違う魔力が動きました──


──直後にジャルダの魔力も大きく揺らぎましたね。もしかすると彼の中にいる神王かもしれませんが──


 シノブの思念にアミィとシャルロットが応じる。

 大神官が操ろうとしたのは、ジャルダではなく神王なのか。自身の想像を、一旦シノブは保留した。

 下手に結論付けるのは、害悪ですらある。それ(ゆえ)シノブは、それぞれの可能性をそのまま記憶に(とど)めたのだ。


「シノブとやら、お前が神王虎を奪ったのなら、倒して取り戻すまで!」


 ジャルダが叫ぶと魔力が大きく(うごめ)く。おそらく何らかの術が発動する前兆だろう。


「額冠よ!」


 対するシノブは、光の額冠を用いて異空間を作り出した。

 元々シノブは、こうするつもりであった。神王と名乗るだけの存在と宮殿や街中で戦ったら、どれだけ被害が出るか分からない。そこで額冠が作る空間にジャルダ達を隔離したわけだ。

 そして周囲が一変したからだろう、ジャルダは術の行使を中断したようで彼の魔力が静まる。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 異空間に移ると同時に、シノブの背後に光り輝く巨大な虎が現れる。それは先ほどから話題に挙がったドゥング、遥か昔にヴァクダに力を授けた光翔虎である。

 光翔虎であるドゥングは姿消しを使えるから、シノブ達と同様に宮殿の外に潜んでいた。そしてシノブは彼も含めて異空間に移したわけだ。


──ジャルダ……そしてヴァクダよ。無駄な抵抗は()めるのだ──


 ドゥングは思念で国王ジャルダに語り掛ける。

 初代国王ヴァクダは元々単なる村の少年で、しかも獣人族だから魔力も少なく思念どころか魔術とも縁がなかった。しかしヴァクダは、ドゥングの血を得たことで思念を使えるようになった。

 そして代々の国王はヴァクダの力を受け継いでいるから、ジャルダも思念を使えるに違いない。


「抵抗するなだと……?」


 ジャルダが不愉快そうな声を上げる。やはり当代も初代と同じく思念を受け取れたのだ。

 ちなみに思念は届けたいと思った相手しか伝わらない。しかし今の思念はジャルダも対象としているから、彼はドゥングの呼び掛けを理解できたわけだ。


「……何を馬鹿なことを」


「陛下、これは好機です。神王の力で再度封印しましょう」


 よほど自信があるのか、ジャルダは(あき)れたような声を発する。そして大神官バドゥラは封印術を受け継いでいるのか、余裕が滲む声音(こわね)で国王に応じた。


「ああ……。神王よ! 祖霊となった代々の王達よ! 我が前に現れ()でて敵を討て!」


 ジャルダの絶叫から僅かに遅れて、彼の体から黒い霧が吹き出し始めた。そして一瞬にして辺りを満たした黒雲のようなものは、次第にジャルダを囲むように各所で凝縮していく。


「全部で八つか?」


 思念で密かに伝える必要もないから、シノブは普通に呟いた。

 黒い霧は国王の周囲で八つに分かれていた。ジャルダを中心にして、それぞれの塊が八角形の頂点となっている。


「ジャルダは九代目ですから、それまでの八人の王でしょうか?」


「ですが、何か獣のような……」


 こちらはシャルロットとアミィだ。

 黒い塊は八つだから、初代のヴァクダからジャルダの前までの八人の王の魂かもしれない。しかし黒雲の形は人というより四肢で大地を踏みしめた動物のようでもある。


「確かに、これは代々の王の霊魂だ。しかしただの魂ではないぞ?」


「長年吸い続けた神王虎の力がありましてな」


 ジャルダとバドゥラの得意げな声が響く中、黒い塊は更に形を整えていく。

 もはや誰の目にも、それが虎を模していることは明らかであった。黒一色の霧が元だから虎のような縞は存在しないが、ドゥングの姿を写し取ったかのような漆黒の猛獣が八つ出現する。

 黒い獣はドゥングに匹敵するくらい巨大だから、体長は尾を除いても20m近いようだ。ただし元が霧だから、中身が詰まっているか定かではない。


「そちらは三人と一体。それに対し、こちらは二人と八体。さあ、どうやって戦う?」


「大人しく神王虎を渡して去ったらどうですかな?」


 本心からか、あるいは駆け引きの一種なのか。アーディヴァ王国の国王と大神官は、憎らしいほど落ち着いた声を響かせる。

 しかし余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった態度は次の瞬間、(もろ)くも消え去った。


『光翔虎のシャンジー! 義によってドゥング殿に助太刀する!』


 まずはシャンジーがドゥングの隣に現れた。そして発声の術で凛々しい名乗りを上げた彼は、恐ろしげな咆哮(ほうこう)を辺りに響かせる。

 相当に怒っているのだろう、今のシャンジーには普段の穏やかさなど寸毫(すんごう)たりとも存在しない。


光竜(こうりゅう)オルムルです! 超越種の力を悪用するなど許せません!』


賢竜(けんりゅう)シュメイです! 同じく邪悪な(やから)を成敗します!』


『ドゥング兄さんの従姉妹、フェイニーです! 覚悟しなさい!』


『嵐竜ラーカ、降伏するなら今のうちですよ!』


 続いて岩竜オルムル、炎竜シュメイ、光翔虎のフェイニー、嵐竜ラーカが姿を現した。こちらもシャンジーと同じで本来の大きさだから、かなりの威容である。


──(われ)はヴァーグ。ドゥングの父だ──


──母のリャンフです──


 発声の術は、一時間や二時間では習得できない。そのためヴァーグとリャンフは、ドゥングと同じく思念で名乗りを上げる。

 しかしジャルダは思念を使えるし、どうやらバドゥラも同じらしく二頭の言葉を理解したようだ。二人は揃って驚愕の表情となる。


「まだ呼んでも良いが、とりあえずここまでにしておこうか。さあ、どうする?」


 シノブが最後を締めくくる。

 ちなみに異空間の外、つまり王都アグーヴァナには他にホリィとミリィ、そしてドゥングの妹などイーディア地方の光翔虎達も潜んでいる。したがって応援を呼べるというシノブの言葉は、純然たる事実である。


 あまり多くが加勢してもドゥング達が気にするだろうから、とりあえず同じ程度にした。しかし必要であれば、シノブは額冠の力で更に呼び寄せるつもりであった。


──ヴァクダ……いやダクダよ。こうやって素のままで会うのは久しぶりだな──


 とある黒虎の前に進み出たドゥングは、懐かしさが滲む思念を響かせた。

 ダクダとは、初代国王ヴァクダの本当の名だ。彼はドゥングと出会った後、捜し求める幼馴染みの少女ヴァシュカと自身の名を繋げ、新たな名を作ったのだ。


 ドゥングによると、ダクダが名を変えたのは幾つかの理由があったらしい。

 最大の理由は、虎の獣人の戦士ダクダがお尋ね者とされたことだ。ダクダはドゥングと会う少し前、ヴァシュカを攫った戦士達を襲撃したが失敗した。そのため彼は、元の名を使えなくなったのだ。

 それにドゥングの血で、ダクダは獣人族としてはあり得ない膨大な魔力を得た。それ(ゆえ)ダクダは種族を隠すことにし、同時に名前も変えたわけだ。

 そして新たな名に幼馴染みの名の一部を入れたのは、絶対に見つけ出すという決意の表れであった。残念ながら戦士達は既にヴァシュカを売り払っていたから、再襲撃したダクダが(つか)んだのは彼女が豪商の侍女となったことだけだ。しかしダクダは、その後も長く捜索を続けたのだ。


──ドゥング──


 ヴァクダの魂が宿っているらしき黒虎から、(うつ)ろな言葉が返ってくる。ドゥングの発した思念とは対照的に、とても無機質な寒々しさすら感じる波動である。


 もしかすると封印されていたときのドゥングと同様に、八つの黒虎となった霊魂は半覚醒状態なのかもしれない。シノブは心の動きが感じられない思念から、そんなことを感じる。

 早く解放しなくては。シノブは前に踏み出しつつ、密かに思う。初代国王ヴァクダ、つまりダクダは幼馴染みを探すため村を飛び出すくらいだから、不屈の闘志の持ち主だったに違いない。しかし今の彼は、まるで感情を消されたかのようだ。

 そのような魂を冒涜する行為は、絶対に許せない。シノブと同じことを思ったのだろう、シャルロットやアミィも決然たる表情で異空間の大地を歩んでいた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年7月12日(水)17時の更新となります。


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