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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第23章 灼熱大地の人々
572/745

23.19 少年と国王

 百数十年もの間、光翔虎のドゥングは魔力を吸われ魂を削られていた。そのため治癒の杖を用いても、いきなり完全復調とはいかなかった。

 ドゥングには激しい衰弱の影響が残っており、戦えるような状態ではなかったのだ。


 竜人から元に戻った人間とは違って身動きも可能だが、多少の静養は必要らしい。そこでシノブ達は大神殿から撤収し、ドゥングの故郷である遥か南の森林へと移ることにした。

 幸いアムテリアはドゥングにも小さくなる腕輪や神々の御紋を授けてくれた。そこでドゥングが普通の虎ほどに大きさを変えてから、シノブの短距離転移で大神殿を脱する。


「後は頼んだよ」


 上空への転移を済ませたシノブは、ホリィとミリィに声を掛ける。シノブは二人を大神殿や王都アグーヴァナの見張りに残すことにしたのだ。

 他はドゥングの生まれた地へと移動する。シャルロットとアミィはシノブと共に光翔虎のシャンジーに乗り、オルムルを始めとする超越種の子供は囲むように浮いている。そしてドゥングは父であるヴァーグの背の上だ。


 行く先は南南東に1400kmほど、距離はあるが連続短距離転移なら二十分程度だ。しかも到着したら転移の神像を設置するから、戻ってくるのは一瞬である。

 それ(ゆえ)、まずは安心できるところに行こうとなったのだ。


──お任せください!──


──きっちり見張ります~──


 ホリィとミリィは金鵄(きんし)族本来の青い鷹の姿に戻ったから、言葉を発することはできない。そこで彼女達は思念でシノブに応じる。


 今のところ王都や大神殿に動きはない。既に昼を過ぎているからパルタゴーマに国王の密偵でもいれば到着しても良さそうなものだが、上空から見る限り王都は静かなものだ。それにパルタゴーマにいるマリィや親世代の光翔虎達に訊ねても、異変はないという。

 もっともパルタゴーマと王都アグーヴァナの距離からすると、そろそろ到着といったところだろう。そこでシノブは変わったことがあれば知らせてくれと言い置き、短距離転移を発動する。


 今いるアーディヴァ王国の領土は大よそ400km先まで、そこから向こうは別の国々だ。しかもドゥングの生地を含む国は、アーディヴァ王国と隣接していない。

 したがってヴァーグと彼の(つがい)リャンフも、この辺りに来ることは殆どなく、近寄っても単に通過するのみだったという。


──この辺りは乾燥しているからな──


──やっぱり広い森が良いですよね~──


 隣を飛翔するヴァーグに、シャンジーが相槌(あいづち)を打つ。一応は飛んでいるものの、彼らもシノブの転移で移動しているだけだから、少しばかり暇なようだ。


 アーディヴァ王国の西は砂漠だから、国土の多くは荒野や水の少ない場所だ。伏流水を活用できる場所は麦や綿花などの畑があるし牧草地も広がっているが、他は農業や畜産には少々厳しかった。

 王都アグーヴァナの南には小規模な山地まで存在するし、国境の向こうはイーディア地方の中央を占めるダクシア高地帯で、それらや周囲も木々は少ない。したがって光翔虎が好むような森林など、アーディヴァ王国には皆無であった。


 それに対しイーディア地方の南部は暑さに加えて降雨も多い。そのためヴァーグ達の棲家(すみか)がある森の他にも西海岸に熱帯雨林が広がっており、そちらにも別の光翔虎の(つがい)が棲んでいる。


──こちらに来たのは修行のためか?──


 背の上の息子に、ヴァーグは問いを発する。彼は移動の間に少しでも聞き取ろうと考えたらしい。


──ああ……。俺は西の砂漠で暫く過ごしてから、北の高山帯で修行するつもりだった──


 やはり長年の虜囚による衰弱が激しいようで、ドゥングの思念は超越種にしては随分と弱かった。しかし力を吸う魔道装置に閉じ込められていたときとは違って意識は明瞭らしく、彼は筋道立った言葉を返す。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 およそ百九十年前、成体となった直後のドゥングは今とは逆に南から北へと移動していた。彼は生まれ育った森からダクシア高地帯、そして現在はアーディヴァ王国となっている北西部へと向かったのだ。


 ヴァーグなど棲家(すみか)を持つ親世代は、好みに合う南部や海岸部を中心に行動する。しかし成体になったばかりの雄は自身を鍛えるため、敢えて合わない場所を巡っていく。

 最初ドゥングは、生まれた森に近いイーディア地方の南半分で数年を過ごし、更にダクシア高地帯に同じく何年か滞在した。そして彼は、これまで体験したことがない乾燥や熱砂、氷点下の高山を次の修行の場に選んだ。砂漠や高山で己を磨いてから、広い世界を巡ろうとしたわけだ。


──父さんや母さんは砂漠に巨大な魔獣が棲んでいると言っていたな……無魔(むま)大蛇(おおへび)とかいう俺達と変わらない大物もいるとか──


 ドゥングは飛翔しながら、前方に見えてきた不毛の地を眺めている。

 光翔虎の成体は、尾を除いても体長20mはある。その巨体と匹敵する大蛇だから、ヴァーグやリャンフも息子に繰り返し危険を説いたのだろう。

 無魔(むま)大蛇(おおへび)は、名前の通り魔力を隠して潜む魔獣だ。したがって油断して群れの接近を許すと、超越種でも厄介な相手には違いない。


 もっとも二百歳を超えて少々のドゥングである。思い浮かべた両親の言葉で気を引き締めつつも、隠しきれないほど強い好奇心も(いだ)いているようだ。

 面倒な魔獣であれば良い修行相手となるだろうし、(かて)としての意味もある。超越種は成体になると自然の魔力だけで充分に生きていけるが、成体となった直後だと子供時代のように魔獣から得ることも多かった。


 そのようなわけで砂漠の上空に到達したドゥングは、獲物となる魔獣を探していた。

 これまで彼が倒したのは魔狼(まろう)岩猿(いわざる)大爪熊(おおつめぐま)などだが、今の彼と比べたら最大でも三分の一程度しかなかった。もちろん全長6mもあれば並外れた大物だが、彼からすれば物足りないに違いない。

 しかし砂漠の無魔(むま)大蛇(おおへび)や大砂サソリは、どちらもドゥングと匹敵する巨大魔獣らしい。魔獣と超越種には大きな力量差があるが、一度に何十匹も現れたら若い彼にとっては良い修行相手であろう。


──あれは!?──


 ドゥングは砂漠の上に数え切れないほどの細長い生き物を発見した。彼は無魔(むま)大蛇(おおへび)の大群を見つけたのだ。


 普通なら身を潜めている筈の大蛇達が姿を現しているのは、何かあったのか。たとえば獲物を追っているのか、逆に獲物として追われているのか。

 そんな疑念が生じたらしく、ドゥングは暫し宙に(とど)まり魔力を探る。しかし危険な存在は見つからなかったのか、彼は無魔(むま)大蛇(おおへび)の群れへと一直線に飛翔していく。


──まずは分身の絶招牙! 次は車輪だ!──


 大蛇の群れに迫ったドゥングは瞬間的に何倍もの速度を発揮し、殆ど一瞬で複数の相手を切り裂いた。そして彼は視認するのも困難なくらい高速の縦回転に移ると、そのまま砂地の上すれすれを飛んで刀のように鋭い爪で切り裂いていく。


 幾ら無魔(むま)大蛇(おおへび)が魔力を隠す特殊能力を備えていても、姿が丸見えでは意味がない。並の人間であれば充分以上の脅威だが、遥か格上の超越種が相手では大勢での奇襲攻撃でもないと対抗できない。


──これで全部か……ま、まさか!?──


 戦い終えたドゥングは満足げな思念を発したが、途中で悲鳴に近い驚愕の叫びを上げた。

 何と大蛇の死骸の群れの中に、一人の男が埋もれていた。どうも虎の獣人らしく、金の地に黒い縞の入った髪が僅かに見えている。


──どうして無魔(むま)大蛇(おおへび)と一緒に!? いや、助けないと!──


 ドゥングは自身と大蛇の戦いに、倒れている人物が巻き込まれたと思ったようだ。彼は戦っていたときを上回る速度で男に寄っていく。


──治癒を……駄目だ、間に合わない! それに体が……──


 ドゥングは治癒の術を使うが、男は大量の失血をしているから傷を塞いだとしても助けるのは難しい。

 しかもドゥングの技か大蛇の牙か分からないが、男の手足は切断されていた。したがって元に戻さないことには助かったとしても以前のような生活は不可能である。


──仕方ない……俺のせいだから。父さん達から聞いた人間の伝説が正しければ──


 ドゥングは自身の前足に傷を付けると、吹き出た血を男に掛けていく。彼は(みずか)らの血を治療に使うことにしたのだ。


 人間が竜を始めとする超越種に戦いを挑むのは、語り合う(すべ)がない以外にも理由があった。それは超越種の血肉が信じられないほど優れた薬になるという言い伝えである。


 魔法植物の中には、魔力や体力を回復させるものがある。そのため特別に魔力が多い生き物を食べたら何らかの効能があるのでは、という説は古くから存在した。

 実際、超越種は魔力を(かて)としているから、単なる俗説ではないのは確かだ。ただし、この時点の人間は極めて一部の例外を除いて超越種と意思を交わす(すべ)を持っていないから、真実を知る者は皆無に近い。


 ドゥングには知る(よし)もないが、このころ最も真実に近づいたのはベーリンゲン帝国の皇帝達だろう。

 五百年ほど前の創世暦300年ごろにアスレア地方にいたヴラディズフ、初代皇帝となった男は朱潜鳳のロークを捕らえ彼の血から超人を作った。逆に百九十年近く後の創世暦1001年には、最後の皇帝が炎竜の血を悪用した。

 おそらくベーリンゲン帝国の皇帝には、超越種の血についての伝承が語り継がれていたに違いない。


 ちなみに超越種で最も広く知られているのは、竜族である。光翔虎は姿消しを使えるし、玄王亀や朱潜鳳は地底に棲む。そのため創世期のように超越種が頻繁に現れた時代でも、殆どは竜との邂逅だったようだ。

 しかし姿を消せる光翔虎は、密かに人間の観察をすることがあった。それ(ゆえ)ドゥングの父母も、人間達の伝承を耳にしていたのだろう。


──何とか元に戻ったか……──


 ドゥングの治療が早かったからか、あるいは投与した血が多かったからか、男は元通りの体となっていた。それに超越種の血は造血も促したらしく、男の顔は若さに相応しい血色を取り戻している。


 虎の獣人の男は、顔立ちや肌の(つや)などからすると二十代半ばだと思われる。褐色の肌は若者らしい生気に溢れているから間違いないだろう。

 かなり筋肉質で、しかも締まった体の持ち主だから、職業は戦士か何かのようだ。近くに落ちていた長槍は身長の倍近くありそうで、しかも随分と重そうである。それだけの武器を振るえるのだから、素人ではないだろう。


──ともかく気が付くまで待とう──


 ドゥングは少し離れると、腰を落として座り直す。こちらも既に血は()まっており、しかも彼は浄化の術で自身の汚れを吹き飛ばしたから戦いなど嘘であったかのように光り輝いている。


「お、俺は……」


 待つほどもなく、虎の獣人の男は目を開ける。そして彼は微かに頭を振ると、ゆっくりと身を起こした。

 まだ本調子ではないらしいが、ドゥングの血が相当に効いたようで動きは危なげないものだ。


──気が付いたか……良かった──


「お、お前が助けてくれたのか!?」


 何と男は、ドゥングの思念を理解していた。

 ドゥングは人間の全血量の数倍におよぶ血を、男の治癒に用いた。そのため男は、極めて僅かな時間で思念を受ける能力に開眼したのだろう。


──ああ。俺はドゥング……南の森の光翔虎ヴァーグの息子、ドゥングだ──


 驚く男に、ドゥングは自身の名と種族を伝えた。そして彼は自身と無魔(むま)大蛇(おおへび)達の戦いに巻き込んでしまったと続け、頭を下げる。


──俺が初めて目にする魔獣に気を取られていたから……──


「いや、気にしないでくれ。砂漠に逃げ込んだのは俺の意思だし、無魔(むま)大蛇(おおへび)の群れに囲まれて死にそうになっていたんだ。お前が来なかったら、俺はここで死んでいただろう。

……俺は戦士ダクダ。見ての通り、獣人族で魔力も少ない下っ端だよ」


 済まなげなドゥングに、ダクダと名乗った男は笑みを返した。そしてダクダは、砂漠に入った経緯を語り始める。


 元々ダクダは農民の子だったが、幼馴染みの娘が町の戦士達に攫われた。そこで彼は村を飛び出し追いかけていった。

 とはいえ当時のダクダは単なる少年だから、足取りを追うだけでも随分と掛かった。戦士達はゾウに乗って去っていったし、どこの町から来たかも告げなかったから尚更だ。そのためダクダが幼馴染みの消息を(つか)むまでに何年もの歳月が過ぎ、いつしかダクダ自身も戦士となっていた。


「やっとヴァシュカを連れ去った奴らを見つけたんだが、相手は大勢だから失敗してな……逆に追われて砂漠に逃げ込んだのさ。……ああ、ヴァシュカってのは幼馴染みの名だよ」


 恥ずかしげに微笑むダクダの顔は、少年のように純粋な輝きを伴っていた。そのためだろう、ドゥングは思念も発しないまま静かに相手を見つめ続けていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「助けた相手は初代国王のヴァクダじゃないのか? いや……」


「まさか『ヴァシュカの舞』の少年ダクダが、初代国王なのでしょうか?」


 シノブとシャルロットは顔を見合わせる。それに他の者達も同様に驚きを顕わにしていた。


 既に一行はヴァーグの棲家(すみか)へと着いていた。移動中に途中まで聞き、転移の神像を造るための中断を挟んでから再度ドゥングの話へと戻った。

 今シノブ達は、棲家(すみか)の前の空き地でドゥングを囲んでいる。


 シノブの隣にはシャルロットとアミィ、そして手前に猫ほどの大きさになった岩竜オルムル、炎竜シュメイ、光翔虎フェイニーが並んでいる。

 シャンジーは普通の虎くらい、嵐竜ラーカは長さが大人の背ほどとなってシノブ達の左右、そして向かいには棲家(すみか)の主ヴァーグが息子と並んで地に伏せている。


──はい。ダクダがアーディヴァ王国の初代国王ヴァクダです。彼は慕う娘の名を自身の名の一部としたのです──


 ドゥングは大きく頷き、更に名前の謎を明かす。ヴァクダという名は、ヴァシュカとダクダの合わさったものだったのだ。


 『ヴァシュカの舞』は、シャルロットがパルタゴーマの前領主パグダの前で演じた舞踏である。

 出だしはドゥングの語りに含まれていたものと同じで、小さな村の少女ヴァシュカと少年ダクダが引き離されるところから始まり、幼馴染みを取り替えそうと村を出たダクダが戦士に身を投じる段へと続く。

 ダクダは何度かヴァシュカの消息を(つか)み、後一歩というところまで迫る。しかし二人は擦れ違い、時に顔を合わせるが再び手を取ることは(かな)わず没する。そして輪廻転生の先でようやく結ばれるという、アーディヴァ王国では有名な悲恋だ。


 しかし『ヴァシュカの舞』だとダクダは戦士のままで、王位になど就いていない。彼は優れた武人として名を残したが、舞踏の中では傭兵か中級以下の武人といった描写であった。


──その『ヴァシュカの舞』とは、おそらく私が大神殿で眠りに就いた後に出来たものでしょう。少なくとも私がヴァクダの側にいたころにはありませんでした──


 およそ四百歳のドゥングだが、シノブ達には礼を尽くした態度を崩さない。それに彼は父と話すときとは違い、自身を『私』と呼んでいる。

 シノブがアムテリアの血族だと明かしたのもあるが、ドゥングは助けられたのをかなり恩に感じているようだ。


「ドゥングさんは、いつごろ封印されたのですか? それに当時の大神官……初代大神官とは、どんな人物だったのでしょう?」


 アミィは神の眷属だから、怪しげな封印術を使う大神官が気になったのだろう。

 創世から千年と少々、神々が地上を去ってからでも九百年は過ぎている。そのため伝えたことが徐々に変わっていくのは仕方ないし、当然ですらある。

 とはいえ他者の力や魂を吸い上げる魔道装置は、流石に看過できないのだろう。ドゥングは封印に同意したというが、大神官が施す術とは思えないのは確かである。


──そうです~! ドゥング兄さんを閉じ込めた悪いヤツはどうなったのですか~!?──


 フェイニーはアミィとは別の理由で憤慨していた。

 ドゥングは彼女の従兄弟なのだ。フェイニーの父バージの双子の妹が、ドゥングの母リャンフである。


 ちなみにリャンフは娘、つまりドゥングの妹と共に棲家(すみか)に戻る最中である。どちらもドゥングを探すべくイーディア地方を回っていたのだ。

 先ほど二頭の思念が届いたが、到着までは三十分以上かかるだろう。


──私が封印されたのは、建国から二十五年が過ぎたころでした。それまで直接ヴァクダの異常を抑えていたのですが年々難しくなり、封印装置で大幅に力を与えるしかないとヴィルーダが言いまして。

フェイニー、ヴィルーダは死んだよ。もう百年以上……百二十年くらい前かな──


 ドゥングは初代大神官ヴィルーダについて語り始める。

 ヴァクダやドゥングが神官ヴィルーダと出会ったのは建国の三年ほど前、つまり創世暦817年だという。そのころヴァクダは随分と名を挙げており、ヴィルーダは彼の治める地の神官になりたいと言ったそうだ。


 ドゥングは光翔虎だから、人間のように経典や書物で神々の教えを学んではいない。元々超越種は文字を使わない上、非常に知能が高いし記憶力も確かだから口伝で正確に伝達できる。そのため彼は人間達の神殿や教義について、口出ししたことはないそうだ。

 ただしドゥングもヴィルーダが他の神官とは違うと気付いていたし、彼が魔力量での階級を厳格化したのも理解していた。しかし同時にドゥングは、それがヴァクダの地位を確立する手段だと分かっているから、やはり非介入を保ち続けた。

 ドゥングは弱肉強食の世界を生きる光翔虎で、しかも彼らは雄同士の序列を決闘で決める。そのため人間達が階級を作るのも、初めは争いを避けるためだと誤解していたのだ。


 それよりドゥングには気になることがあった。ヴィルーダと出会ったころ、彼は自身の力を定期的に与えないとヴァクダが荒れることに気付いたのだ。

 ドゥングは人間同士のことは人間に任せて、自身はヴァクダを安定させようと決めた。既にヴァクダは小さいながらも領地を得ていたから、彼がおかしくなると多くの人が悲惨な目に会うからである。


 しかしヴァクダを抑えるのは、年々難しくなった。そしてあるとき、大神官ヴィルーダはドゥングに封印術の使用を進言したのだ。

 既にヴァクダは王位に就いているし、彼が退位したら国が割れて再び戦乱の世に戻ってしまう。それにヴァクダの子は王位を継ぐには若かった。そこでドゥングも大神官の提案を受け入れたのだ。

 そして魔道装置が完成して封印術を用いたのが創世暦845年、大神官ヴィルーダが没したのが創世暦882年だという。


──ヴィルーダは、どこか普通の神官と違う人間でした。とはいえ彼の作った制度が定着して随分と経ちました。今の神官達は昔とは違い、魔力量での区別に疑問を感じていないでしょう──


 ドゥングは残念そうに結んだ。

 砂漠でドゥングが気を付けていれば、ヴァクダに血を与えずに済んだかもしれない。そのため彼にヴァクダへの負い目があるのは間違いないだろう。

 しかしドゥングがいなくても、無魔(むま)大蛇(おおへび)によりヴァクダが命を落とした可能性は高い。そのためシノブは、少々気にしすぎではないかと思ってしまう。


──ドゥングさん、普通と違うって、どの辺りですか~? 性格~、それとも姿かな~?──


 シャンジーは首を傾げつつ問いを発した。どうやら彼は、アーディヴァ王国の悪しき制度を作ったのが初代大神官ヴィルーダだと判断したようだ。


──もしかして、私達みたいに他の地方から来たのでしょうか?──


──アスレア地方から?──


──いえ、反対側かも──


 オルムル、ラーカ、シュメイがそれぞれ思念を発する。

 ラーカはアスレア地方を挙げるが、イーディア地方との行き来が難しいことは既に判明していた。陸は高山帯で仕切られ、海は魔獣の海域がある。それに高山帯の手前には砂漠が広がっているから、陸路での往来は無理だと思われる。

 そこでシュメイは反対側の東、つまり地球で言うところの東南アジア方面に触れる。


──何となく顔立ちが違うような気はしたよ。もし他所からだとしたら東かな? 西と南の海は魔獣の海域で通り抜け出来ないようだけど、東はたまに行き来に成功したっていう話を聞いたからね──


 ドゥングによれば北のマハーリャ山脈を越えた人間はいないそうだ。マハーリャ山脈はヒマラヤ山脈に相当するだけあって8000m級の山が連なっているから、それも当然だろう。

 そして西側はホリィやマリィが調べたから、こちらも常人では無理だと判っている。海は西や南を越えたという話は聞かないが、残る東には商人の成功譚というか伝説があった。

 どうやら東側はエウレア地方と南のアフレア大陸のように、何十年に一度かそこらだが成功者が現れるようだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



──随分と詳しくなったな。それも人の子から教わったのか?──


──多くは封印される前の三十年ほどで……。それと封印されてからも、特別なときは大神殿の中くらいは意識を飛ばせたから──


 父のヴァーグの問いに、ドゥングは恥ずかしさが滲む思念で応じた。

 ドゥングは長期の失踪について、深く反省しているようだ。ヴァクダとの邂逅での失態もあるが、その後も封印されるまでは親元に顔を出す機会もあったと思われる。

 おそらく独り立ちしたのに親を頼るのは、と躊躇(ちゅうちょ)したのだろう。しかし彼の遠慮が余計に事を大きくしたのは間違いない。

 もっともシノブには、他に気になることがあった。


「もしかして七年前の即位の儀式も?」


 国王の即位ほど特別なものもないだろう。それ(ゆえ)シノブは、オルムルが夢で見たらしき現国王の即位の儀は、ドゥングが見た光景ではないかと思ったのだ。


「なるほど……つまりオルムルはドゥング殿の意識に感応したというわけですか」


──ドゥングさん、そうなのですか!?──


 シャルロットやオルムルもシノブの意見に魅力を感じたようだ。

 既に夢の場所や内容が何かは、殆ど確実と言えるだけの傍証がある。しかし、そんな夢を何故(なにゆえ)オルムルが見たか知りたいのは、皆に共通した思いだろう。それにオルムルからすれば原因不明なままだと不安に違いない。


──たぶん、そうだと思います。おそらくですがオルムルが夢を見たのは、先日ジャルダが補充に訪れたときでしょう。訪問で私の意識が目覚めかけ、そのとき私が彼の即位を思い出したのかと──


 ドゥングが触れたジャルダとは、現在の国王だ。

 代々の王は、大神殿で定期的にドゥングから吸い上げたものを補給している。そして、この補給が滞ると彼らは異形への道を歩むらしい。もっとも大神殿に来るのは月に数度だから、一日や二日で異変が起きることはない。


 それはともかくドゥングの言葉通りなら、やはりオルムルは直接過去視をしたのではないようだ。彼女はドゥングが思い出した過去を追体験しただけである。

 とはいえ4500km以上も離れた場所にいる相手と精神感応するだけでも、充分に途轍(とてつ)もないことだが。


「ありがとう。ドゥング、これから俺達はジャルダ達と対決してくる。国王と大神官……この二人から神王の影響を取り除けば、アーディヴァ王国は元に戻るだろう」


 シノブは異形に変ずる因子を滅ぼせば、ジャルダと話し合うことも可能では、と期待した。

 もちろんジャルダから神王が離れても、平行線に終わるかもしれない。しかし新生パルタゴーマと国王側の全面戦争を回避できる可能性があるなら、試す価値は充分ある。

 大神官については(いま)だ不明な点が多いし、百何十年も現行の体制や教えを続けているなら簡単には変わらないかもしれない。とはいえ真実を明らかにしたら、神官達も従来のやり方に疑問を感じるのではないか。

 ならば国王達がパルタゴーマに軍を出す前に動こう。それにドゥングの話で神王が何者か大よそ理解できたから、勝機は充分以上にある。シノブは、そう思ったのだ。


──私も行きます。ヴァクダの成れの果てである神王……正しくは少し違いますが、いずれにしても私には大きな責任がありますから──


 ドゥングの思念には、様々な感情が混じっているようだ。

 過去の過ちへの贖罪。自分が正しい方向に戻さなければという責任感。旧友を懐かしみつつ待ちわびるような心情。そして今のシノブには想像できない、何百年もの間で積み重ねた何か。それらが互いに影響しながら複雑に絡み合った、喜怒哀楽では簡単に割り切れぬ深くて大きな心の動きだ。


「分かった、お願いするよ」


 シノブには、(とど)めることなど出来なかった。

 まだドゥングの体は、完全に癒えていない。しかし彼の心を癒すには、共に行くべきである。

 ドゥングにとって、ヴァクダは大切な友人なのだ。ならば見送らずに先へ進めるわけがない。

 シノブの気持ちが伝わったのだろう。ドゥングは身を起こして首を高々と(もた)げると、天に向けて哀切極まりない咆哮(ほうこう)を響かせた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年7月8日(土)17時の更新となります。


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