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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第23章 灼熱大地の人々
566/745

23.13 獣人達の村

「もう大丈夫だよ」


 シノブは助けた少年と少女に微笑みを向ける。

 二人は狼の獣人で、この近くの村の子供のようだ。背丈や容貌からすると十歳未満は確実、おそらくは八歳か七歳ほどと思われる。


「……あ、ありがとうございます!」


「ありがとうございます!」


 少年と少女がシノブに言葉を返すまで、多少の間があった。

 無礼討ちを理由に二人を追っていた戦士達はシノブの魔力障壁で絞め落とされたが、(いま)だ魔力障壁で拘束されたままだ。そのため合わせて三十五名の男達は失神しているにも関わらず、何かに支えられているかのように直立している。

 その異様な光景に、子供達は今まで言葉を失っていたのだ。


「私はシノヴァというのだが……」


 シノブは事前に決めていた偽名を口にする。

 今回シノブは中級商人シノヴァとして、ここイーディア地方を巡るつもりだった。これはホリィとマリィが用意してくれた身分証にも記載している名である。


「君達、名前は? 確か君がアーシュカだったね? それと、どこに住んでいるの?」


 シノブは子供達に名や住んでいる場所を問うた。

 先ほど少年は、少女のことをアーシュカと呼んだ。しかし少年の名や二人が住んでいる場所も含め、他は知らないことばかりであった。


 幸い、ここは街道や畑から離れた荒野で人目につくこともない。そこでシノブは最低限の事情を聞き取ってから動こうと思ったのだ。


「は、はい! アーシュカです!」


「僕はシダールです! 二人ともサシャマ村の子です」


 サシャマ村は、今日シノブ達が行く予定だった集落パルタゴーマに近い小村だそうだ。戸数は三十ほど、人口は百五十人を幾らか上回る程度である。

 そして戦士達はパルタゴーマにいる領主の家臣だという。パルタゴーマの領主は、サシャマ村を含む近隣も領地としているのだ。


「戦士達が帰らないと面倒なことになりそうだな……」


「は、はい……」


 シノブの呟きに、シダールは声を震わせながら応じた。彼の隣では、アーシュカも顔を青くしている。

 三十五人もの家臣が帰ってこない。これを放っておく領主などいないだろう。そうなると、遅かれ早かれサシャマ村に調査の手が伸びるに違いない。


 アーシュカは運んでいた水を戦士に掛けてしまった。これが無礼討ちの理由だが、その瞬間を見た者は他にいないようだ。とはいえ戦士達は、今日の予定を領主や同僚に伝えたかもしれない。

 その場合どうなるだろうか。何しろ無礼を働いたというだけで、子供に命で償わせようとする者達だ。村を調べるときも、自分達は上級戦士で相手は下級の農民だとして横暴を働くのではないだろうか。


 おそらくシノブの想像は間違っていないのだろう。シダールやアーシュカの深刻極まりない表情からすると、穏便に済むとは思えない。


「シノヴァ、無事に救助できたのですね」


「流石お兄様です!」


 荒野の岩陰から、シャルロットとホリィが姿を現した。

 先ほどまでシャルロットは光翔虎のシャンジーに乗っていた。しかし光り輝く虎を見たらシダール達が驚愕するに違いない。そこで二人は歩いてきたように装ったのだ。

 ちなみに二人もシノブと同じで中級商人の装い、ただし女性だから半袖のワンピースとサリー風の布にヴェールという組み合わせである。


──シノブ、マリィにはパルタゴーマに行ってもらいました。アミィは魔法の家を準備しています──


──シャンジーさん達は上空で警戒しています。でも、急いだ方が良いでしょう──


 シャルロットとホリィは思念で他の状況をシノブに知らせる。シノブは聞き取ったことを思念で伝えていたから、ここにいない者達も動き出していたのだ。

 まずマリィだが、パルタゴーマの領主や家臣達を探りに行った。サシャマ村に手を出す者がいるとしたら彼らだろうから当然である。

 次にアミィは、捕らえた戦士達を輸送すべく少し離れた場所に魔法の家を出した。とりあえず三十五人の戦士の大半をアマノシュタットに転移させる。以前、ホリィ達がアスレア地方の盗賊を捕らえたときと同様に、軍の施設で監禁するのだ。

 シャンジーは上空で見張りを続けている。岩竜オルムル、炎竜シュメイ、嵐竜ラーカ、光翔虎のフェイニーも一緒だ。


「こちらは私の妻のシャーティだ。この子は妹のホーリカだよ」


 シノブはシダール達にシャルロットとホリィを紹介した。ただし急ぐ必要があるし、こちらでは衣装で職業などが分かるから細かいことは省略する。


 シノブのターバン風の布とシャルロット達の頭に被ったヴェールは朱色で、服はオレンジ色だ。これは中級商人の組み合わせで、イーディア地方の者なら子供でも知っているという。

 ちなみにシダール達は灰色の服で被り物はないが、彼らは下級農民だから他の衣装は許されていない。イーディア地方には厳格な身分制度があり、偽ると処罰されるのだ。


「その……シノヴァさん達は、本当に中級商人なのですか?」


「こんな凄い魔術……聞いたことが……」


 シダールが遠慮がちに問うと、アーシュカも続く。

 どう見ても魔術としか思えない技を使っているのだから、単なる商人とは思い難い。特にイーディア地方では魔力量で階級を決めるから、戦いに使えるほどの魔術を習得しているのに中級商人というのは不自然だ。

 秘密にしているのであれば暴きたくはないが、もし教えてくれるなら聞いてみたい。二人は躊躇(ためら)いと興味の双方を顔に浮かべていた。


「ただの中級商人じゃないのは確かだよ。でも、今は詳しいことを話している時間がないからね……」


「そうですね。さあ、村に行きましょう。村の大人達と今後のことを相談しなくては」


 シノブを助けようと思ったのだろう、シャルロットは二人の肩に手を掛けて諭すように語り掛ける。

 戦士達が帰還しなければ、パルタゴーマの領主が何らかの手を打つだろう。それが夜なのか明日以降か分からないが、急いだ方が良いのは確かである。


「せ、戦士様は……」


 シダールも戦士をどうすべきかが気になったらしい。それにアーシュカも不安げな顔で見上げている。


「こいつらは、ある場所に閉じ込めておく。ここには絶対に帰れないくらい遠くにね」


 シノブは短距離転移を使い、戦士達を魔法の家に移動させた。場所は入ってすぐの石畳の広間である。


 もっとも、そんなことはシダールやアーシュカには分からない。そのため二人は再び絶句し、シノブ達から声を掛けられるまで彫像のように立ち尽くしていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シダールとアーシュカの先導で、シノブ、シャルロット、ホリィの三人はサシャマ村へと向かう。

 サシャマ村は、この辺りでは典型的な農村らしい。主な作物は小麦や豆類、綿花などだという。

 殆どが乾燥した土地だが、場所によっては北の高山帯からの伏流水から豊富な水が得られる。サシャマ村も、そういった井戸水を農業に使っているのだ。


 村へと向かう途中の畑は殆どが麦と綿花のようだ。シダール達によると麦は三月から五月ごろに収穫、綿花はそろそろ収穫が終わるらしい。

 イーディア地方は地球でいうインド亜大陸に相当する場所で、ここサシャマ村も一月半ばだというのに随分と暖かい。ホリィによると最低気温でも10℃弱だという。

 そのため冬場でも植物は充分に育つし、逆に真夏などの酷暑期では合わない作物も多い。


 そんなわけでシノブ達が歩んでいるのは、雪に覆われたアマノシュタットとは全く違う緑溢れる場所であった。

 今は昼過ぎで気温も20℃を幾らか超えている。冬だから太陽はさほど高くないが、それでも高度は40度近くありそうだ。

 もっともオルムルの謎の夢とは随分と条件が違う。


──夏になると、この前のアウスト大陸……ナンジュマのようになるのでしょうね──


──すると、ここも夢の条件に当て()まるのですね──


──アミィさんは北緯28度くらいって言っていました。ナンジュマが南緯27度でしたから、半年したら殆ど同じですね──


 シノブ達の上空ではオルムルとシュメイ、そしてラーカが思念を交わしている。三頭はシノブ達と共にサシャマ村に向かっているのだ。

 夢の中と季節は違うが、風景や建物などから何か思い出すかもしれない。そこでオルムルは少しでも多くのものを見ようと同行したわけだ。


──南の方だと、もっと木が多いし雨も沢山降るんだけどね~──


──そっちの方が好みですね~──


 遠方からシャンジーとフェイニーが会話に加わってくる。

 アミィは魔法の家と共に、一度アマノシュタットに戻った。そこでシャンジー達が、こちらに残した五人の戦士を見張っている。

 とはいえ催眠魔術で戦士達を眠らせたから、することがないのだろう。二頭の思念には、普段と同じ暢気(のんき)さが漂っている。


「あれがサシャマ村だよ」


 シダールが指し示したのは、大人の背より多少高い石垣で囲まれた集落だった。

 この辺りに大型の魔獣が現れることは少ないそうだ。しかも三十戸ほどの小さな村だから、守りに使える労力も限られている。


 それに垣根が必要なのは村の周囲だけではない。この辺りでは牧畜も盛んで、シノブ達も多数の牛やヤギを見かけた。

 貴重な財産である家畜を害獣から守るための柵は必須だし、作物を荒らさないように畑とも仕切る必要がある。そのため村の石垣ばかりに力を注ぐわけにもいかないのだろう。


「そうか……誰かいるよ?」


「あ、お父さん! それにシダールのお父さんも!」


 シノブが指し示すと、アーシュカが声を上げる。そして彼女は父達に向かって走り出した。

 シダールとアーシュカは、家が隣同士だという。しかもシダールが八歳でアーシュカが七歳と一つ違いだから、自然と一緒にいるようになったそうだ。


「アーシュカ!」


「シダールも!」


 父親達も駆けてくる。どちらも狼の獣人らしく、シダール達と同じ尖った獣耳が頭上にある。


 ちなみに父親達も灰色の服、つまり下級の農民だ。

 イーディア地方では魔力量によって階級が決まるが、一般的に獣人族は魔力が少ない。そのため獣人族の大半は下級に属しているという。

 実際にシノブが捕らえた上級の戦士達も殆どが人族だった。


「どこに行っていたんだ? 畑や井戸端にいなかったから、心配したんだぞ?」


「さっき村に戦士様が来たから、粗相でもしないかと……」


 二人は子供達を抱き上げると、案じ顔で訊ね始める。

 どうやらシノブが捕らえた戦士達は、先に村に寄ったらしい。そのため父親達も、何かあってはと焦ったのだろう。


「実は……」


 シノブは声を落としつつ、これまでのことを二人に伝えていく。

 シダールやアーシュカが剣を抜いた戦士達に追われていたこと、それを自分が助けたこと、戦士達は捕らえたことなどである。もちろん仮の名や経歴も合わせて触れる。


「彼らが戻ってくることはありませんが、他にはいませんか?」


「村にはいません……シノヴァ様が捕らえてくださったので全てでしょう」


「ですが、これは……」


 シノブの説明に、父親達は目まぐるしく顔色を変えた。

 子供達が襲われたと知り、青ざめ。間一髪でシノブが助けたと聞き、安堵の表情を浮かべ。そして最後の問いで今後の難事に思い至り、再び顔を曇らせ。あまりのことに、二人は礼を言う余裕もないようだ。


「ともかく、村にお()でいただけないでしょうか? 私はバジャイと言います」


「ガナンドです。申し訳ありませんが、(おさ)にも今のことを……」


 シダールの父がバジャイ、アーシュカの父がガナンドと名乗った。そして二人は、子供を抱いたまま村に向かって足早に歩き始める。

 サシャマ村で戦士達が消えたと知ったら、領主が厳しく追及するだろう。駆け足に近い速度で進む二人の様子からすると、単なる事情聴取で済むようなことはなさそうだ。


「父さん達、お礼を言わなきゃ!」


「そうよ! いつも私達に言うのに!」


 親達の腕の中で、シダールとアーシュカが憤慨の声を上げた。確かにバジャイ達は、まだ明確な礼を口にしていない。


「こ、これは……失礼しました! シノヴァ様、ありがとうございます!」


「二人を救っていただき、本当に感謝しております!」


 立ち止まったバジャイとガナンドは、慌てた様子で感謝の意を表した。二人は子供を抱いているにも関わらず、深々と頭を下げる。


「いえ、お気持ちは充分に伝わっていました。ともかく急ぎましょう、大切なのは今後どうするかです」


「ええ。いつ領主が気付くか分かりませんが、遅くとも明日には動くのでは?」


 シノブとシャルロットの言葉に、バジャイ達は深く頷いた。そして一行は、先ほどに勝る速さで村へと向かっていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達は村長(むらおさ)の家に通された。三十戸ほどの小村ということもあり、サシャマ村に集会場などは存在しなかったのだ。


 家は石壁に漆喰で、そこはアウスト大陸で見たものと似ている。ただし円筒形ではなく、四角い箱型だ。それに屋根は木の板を敷いて上に石を載せ、床は土が剥き出しのままというのも違う。

 ただしアウスト大陸で訪れたナンジュマは、千戸以上ある大きな街だ。そのため小さなサシャマ村と比較するのは不適切かもしれない。


 もっともシノブが建物を眺めていたのは、中に入るまでの僅かな間だけだった。バジャイやガナンドが、各戸に声を掛け、あっという間に代表者が集まったからである。

 ちなみに全員が獣人族だ。魔力が少なく下級とされた獣人達は大きな集落に住めないという。


「本当にそんなことが?」


「シダールとアーシュカは、嘘など()かん!」


 疑うような男の言葉に、バジャイが強い口調で反論する。

 しかし男が疑問に思うのも無理はないだろう。戦士が乱暴を働いたというのは、シダールとアーシュカ、それにシノブ達が語っただけだ。つまり客観的に判断できる材料は存在しない。

 それにシノブが戦士達に用いた技は、常識に照らし合わせたら上級や特級の魔術師でも不可能である。


──やはり、こちらに残した戦士を見てもらうしかないだろうね。密かに調査したかったけど、それは出直しだ──


──ええ。調査はやり直せば良いことです──


──別の変装にすれば、私達だと分かりませんし──


 シノブの思念に、シャルロットとホリィは賛同を示した。

 せっかく準備してくれたホリィやマリィには悪いが、こうなっては中級商人シノヴァとその家族という仮の姿は使えないだろう。今回の件を片付け、しかもシノヴァという人物が表に出ないような結果にでもならない限り。


 しかしホリィの言葉通り、手間は掛かるが別の変装にすれば良いだけだ。

 新たな変装で中級商人か同程度の身分を得るのは、一日あれば良い。今回ホリィ達は身分を(こしら)える際に幻惑や催眠を使い、シノブやシャルロットの代わりとすべく情報局の諜報員も一時的に呼んだ。正確には偽装が通じそうな地方官がいる町を探すなど更に多少の手間が必要だが、それを含めても数日である。


「それでは、戦士を見ていただきましょう」


 こうなると思っていたシノブは、アミィ達も呼んでいた。

 アミィは既にイーディア地方に戻り、シャンジーとフェイニー、そして五人の戦士と共に上空に潜んでいる。もっともシャンジーは姿消しを使っているから、誰も気が付くことはない。


「……中央を空けてください」


 シノブの言葉を受け、村人達は壁際に体を寄せていく。

 ここは(おさ)となった者が使う特別な家だから、今いる部屋も他の家にはない広間だという。とはいえ場所を作った結果、村人達は今までのように胡坐を掻いて座ることが出来ず、殆ど全員が立っていた。

 それはともかく、場が空いたのを確認したシノブは、戦士達を短距離転移で移動させる。


「おおっ!」


「どこから!?」


 部屋の中央に五人の戦士達が現れると、村人達は一斉にどよめいた。

 一方の戦士達は身動き一つしない。まだ彼らは催眠の魔術で眠ったままなのだ。


「一人だけ起こします。拘束したままなので、心配しないでください」


「……ここは? サシャマ村か? み、身動きが……」


 シノブの言葉から僅かに遅れ、戦士の一人が目を覚ました。

 戦士は自身がどこにいるか把握したようだが、同時に体が動かないままだと理解したらしく蒼白な顔になる。おそらく彼は、囲んでいる村人からの報復を思い浮かべたのだろう。


「お、俺に手出ししたら領主様が……」


「黙れ……死にたくなかったらな。お前に許されているのは、こちらの質問に対する返答だけだ」


 シノブが前に進むと、戦士は顔を大きく(ゆが)ませた。しかし彼に出来たのは表情を変えることだけだ。

 魔力障壁は戦士の全身を包んでいる。そのため身動き一つできないし、今は口も障壁が塞いでいるから声を発することすら不可能であった。


何故(なぜ)子供達を襲った? 泥を跳ねただけが理由なのか?」


「ぶ、無礼を理由に、何人か従者にしようと……」


 シノブが問うと、戦士は意外なことを語り始めた。

 通常だと戦士の従者は希望者が就く職で、もちろん俸給も支払われる。しかし今回は、子供の無礼を帳消しにする代わりに無給で従者にしようと目論んだという。


「僕達の代わりに、父さん達を?」


「そんな……」


 シダールは呆然(ぼうぜん)とした様子で呟き、アーシュカも絶句する。

 もっとも(あき)れたのは二人だけではないらしい。集まった村人達の多くは、苦々しげに顔を(ゆが)めている。


「報酬を惜しんだ……それだけか?」


 シノブは首を傾げる。

 事前にホリィやマリィから聞いていた話だと、上級の戦士というのはエウレア地方なら騎士階級でも上の方に相当するそうだ。それだけの収入があれば従者を何人か雇うくらい容易だろうと、シノブは思ったのだ。


「そ、それは……」


「もしや、戦が近いのでは?」


 戦士が口篭もると、村長(むらおさ)のサンジャがシノブへと顔を向けた。どうやら彼には、思い当たることがあるらしい。

 サンジャは虎の獣人だが、老齢で髪は全て白くなり種族の特徴である黒い縞も消えている。しかし彼の金色の瞳には、代わりに積み重ねた歳月による知恵の光が宿っていた。


「戦士の階級も魔力量で決めますが、ご存知の通り魔力があっても強いとは限りません。そこで大きな戦が近くなると、従者に腕自慢を置こうとするとか」


 村長(むらおさ)サンジャによれば、遥か過去にもそのようなことはあったという。ただし近年サシャマ村を含むパルタゴーマの領内では大きな戦がなく、彼も子供のころに聞いただけだそうだ。


 ここアーディヴァ王国は戦に熱心だというマリィの言葉を、シノブは思い出す。

 パルタゴーマの領主が治める地に隣接するのは自国の他領と砂漠だけだ。そのためパルタゴーマの領主や家臣は、長く戦に出なかったのかもしれない。

 しかし大規模な戦が近々あり、パルタゴーマも援軍を出す。そのため久々の出陣の準備を進めている。シノブは、そんなことを想像する。


「そうだ……だが、腕自慢だと引っ張りだこになる。しかも報酬の良い方に行くから、活躍したら天井知らずだ。とはいえケチったら、戦で命を落としかねん」


 (おさ)の言葉を、戦士は肯定した。

 戦士達がシダールとアーシュカを本気で追い詰めないのを、シノブは嗜虐(しぎゃく)からだと思っていた。しかし、それは半分しか当たっていなかったらしい。

 確かに戦士達は追い詰める喜びを感じていただろうが、最終的な狙いはシダール達の命ではなかった。二人を盾にして親達やサシャマ村の若い男を無償の配下にしたかったのだ。

 報酬もいらず、逃げられる心配もない。そして危機に陥ったときは、身代わりとなって死ぬ。そんな都合の良い従者達を、彼らは欲しかったのだ。


「それで将官を務めようなど! 武力も無く、軍略も無く、人徳も無く! そのような者は戦場で散れば良い!」


 (いきどお)りも顕わに叫んだのは、シャルロットであった。

 装いは商人の妻に変えていても、顔と声音(こわね)は『ベルレアンの戦乙女』として軍を率い、戦王妃(せんおうひ)として国を守る彼女本来の凛々しさ溢れるものだ。そのためだろう、戦士や村人達は(しわぶき)一つ漏らさず静まり返っている。


「その通り。……さて皆さん、まだ醜い言い訳を聞くべきでしょうか?」


「いえ……」


 シノブの問い掛けに、村長(むらおさ)のサンジャは首を振った。もちろん他の者達も異論を述べることはない。

 そこでシノブは尋問した戦士を催眠魔術で眠らせ、他の四人と共にアミィ達のところに送り返した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 戦士達の目的は子供達の無礼討ちを盾にした不当な従者契約、捨て駒の確保だった。それらを知ったからだろう、陰鬱な沈黙が村長(むらおさ)の家に広がっていく。


「シノヴァ様、私がパルタゴーマの戦士達の従者になります。このまま彼らが帰ってこなかったら、領主が……」


「私も従者に。この村に戦士達が来たのは、調べれば分かることです。そうなったら領主は村の全員を罰するでしょうから」


 口を開いたのは、シダールの父バジャイとアーシュカの父ガナンドだ。

 確かに二人の懸念通り、領主が動けば遅かれ早かれ戦士達がサシャマ村で姿を消したと分かるだろう。そうなれば領主は村人全員を厳罰に処するだろうし、最悪は全員処刑かもしれない。ならば戦士達を戻してもらい、自分達が命を捨てると彼らは言う。


「そうだな……俺も行くよ。ウチの子は大きくなったから、俺がいなくても何とかなる」


「儂も行こう。少し歳を食っておるが、これでも若いときは村一番の力持ちだったからな」


 更に数人が名乗り出た。彼らも覚悟を決めたのだろう、清々(すがすが)しいとすらいえる笑みを浮かべている。


 子供達のためなら村の全てを懸けても抗うが、自分達の命で救えるなら諦めもつく。自身の命は子に受け継がれる。そもそも親は子を守り育てる存在なのだから。

 揺らぎのない澄んだ声音(こわね)と穏やかな表情で、彼らは続けていく。


「そんな! 父さんが死ぬなんて嫌だ!」


「お父さん、私やお母さんの側にいて! お願い!」


 シダールとアーシュカに(すが)り付かれ、父親達は一瞬だけ顔を曇らせた。しかし二人は毅然とした表情を取り戻し、静かに我が子を抱き締める。


「皆さん、私に任せていただけませんか?」


 シノブはサシャマ村の人々を最後まで支援しようと決めていた。

 魔力量が多いだけで普段は努力もせず、戦が迫ると従者に頼って切り抜ける。しかも活躍に相応しい地位や報酬を与えるならともかく、見返りなしで使い倒す。それも子供の命で縛り付けて。

 まるで、かつてのベーリンゲン帝国のようではないか。獣人族の全てを奴隷とした忌まわしき国に似ている。シノブは、そう思わずにはいられなかった。


 イーディア地方では魔力量で階級を決めているから、獣人族でも一部は高い地位を得るだろう。

 たとえばカンビーニ王家、『銀獅子レオン』の末裔のような。あるいは長い苦難の末に超人的な力を(つか)んだアルノーやアルバーノ達のような。しかし、それらは全体からすれば極めて稀な例外である。

 それに階級制度を悪用して陥れるやり方は許せない。このような不平等を放置しておいたら、同じような悲劇が次々に生まれるだろう。いや、既に別の村にも同じような悪徳戦士が巡っているに違いない。

 そのような人買いめいた所業は、あらゆる(すべ)を使って阻止する。その思いが更なる言葉を紡がせる。


「実は私は、とある国の王なのです」


「それに私達の国には、沢山の友好国があります」


 シノブにシャルロットも続く。

 この場で暮らせるようにするのが一番だが、アマノ王国に移住してもらっても良い。アマノ王国は北方で気候が大きく違うが、大砂漠の南端に造った補給港の農園もある。それにアマノ同盟の加盟国や友好国だって、受け入れてくれるだろう。


 サシャマ村の人々はエウレア地方やアスレア地方の存在すら知らない。そのためシノブとシャルロットは国名や場所には触れず、助ける力があり、受け入れる場所や余裕があることだけを伝える。


「そうだったのですか……」


「やはり……」


 サシャマ村の人々はシノブ達の言葉を疑わなかった。

 いきなり宙から人が出現し、消えていった。そのような技を使う者など、創世期の伝説に記された神々や眷属くらいだ。

 ならばシノブが国王であっても不思議ではない。魔力量で階級を決めるイーディア地方の人々だけに、むしろ王で当然だと思ったようである。


「私達には、強い味方もいるんですよ」


「そうだね……」


 ホリィはシノブが王であると示す代わりに、超越種を紹介しようと考えたらしい。シノブも何の証も無いよりは安心してもらえるだろうと思い、宙へと思念を飛ばす。

 シャンジーは五人の戦士を乗せたままだし、アミィには念の為に見張ってもらいたい。そこでシノブはオルムル達だけを呼ぶ。


『私達も助けます!』


『だから大丈夫ですよ!』


『それに、もっと沢山の仲間がいます!』


『悪い領主や国王は、オシオキです~!』


 岩竜オルムル、炎竜シュメイ、嵐竜ラーカ、光翔虎のフェイニーが、唐突に出現した。四頭は透明化の魔道具や姿消しを使って入ってきたのだ。


「は、話した!?」


「それに飛んでいる!?」


 集った村人達は、シノブを囲む四頭を順繰りに眺めている。しかし、ある人物だけは一箇所を凝視している。それはサシャマ村の(おさ)サンジャだ。


「ま、まさか神王虎(しんおうこ)様……」


 サンジャが見つめているのは、フェイニーであった。どうやら彼は光翔虎か類似する種族を知っているらしい。


「その神王虎について、教えていただけませんか?」


 シノブはイーディア地方の神獣らしき存在に強い興味を(いだ)いた。

 今までホリィやマリィ、それにシャンジーの調査でも超越種がいるか不明なままだった。しかし、この地方にも守護者や神獣として崇められる者がいるなら、知っておいて損はないと思ったのだ。


『私は光翔虎ですよ~。でも神王虎という呼び名も素敵ですね~』


『もしかすると、イーディア地方での光翔虎の名では?』


『それはありそうですね』


 違うと言いつつも嬉しげなフェイニーの脇で、シュメイとラーカが言葉を交わす。そしてオルムルも、同じく光り輝く小さな虎を見つめている。


「光翔虎様……ですか。……ともかく私が知る神王虎様の伝説をお伝えします」


──神王……虎──


 村長(むらおさ)サンジャが語る中、オルムルは微かな思念を発した。

 発声の術を使わずに、ほんの僅かな魔力波動で。しかしシノブの胸には、オルムルの念じた言葉が深く染み入る。おそらくシノブしか聞き取れなかっただろう思念には、恐怖と呼ぶべき感情が宿っていたからだ。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年6月17日(土)17時の更新となります。


 異聞録の第四十四話を公開しました。シリーズ化しているので、目次のリンクからでも辿れます。


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