表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第23章 灼熱大地の人々
565/745

23.12 イーディア地方へ

 メリエンヌ学園に訪問した二日後、創世暦1002年1月15日の朝。シノブ達はアマノシュタット郊外にある軍の演習場へと赴いた。バーレンベルク伯爵イヴァールが率いる四隻の飛行船、アスレア地方北部訪問団を見送るためである。


 旅立ちの時を待つ四隻は、昨年十月の対テュラーク戦に加わった七式アマテール型飛行船の改良型だ。

 船体は全長150mほど、これは以前と変わっていない。しかし速度は若干増して平常運転でも時速90km、魔力の蓄積や消費の効率も上がり航続距離も幾らか伸びている。

 しかも飛行船は大砂漠やアスレア地方と何度も往復しており、乗組員も多くの経験を積んだ。


 ちなみに七式アマテール型飛行船改の搭乗定員は五十名、したがって訪問団は合計で二百人ほどだ。

 このうち一番多いのはイヴァール達ドワーフで、半分以上を占める。これは目的地の西メーリャ王国と東メーリャ王国が、ドワーフの国だからである。

 残りは人族と獣人族が約三十名ずつ、エルフが四十名少々であった。彼らの殆どは操船に(たずさ)わる乗組員だが、外交官や情報局員も含んでいる。

 外交官は外務省副長官のテリエ子爵アレクベールなど、東域探検船団にも加わった者が多い。探検船団の赴いた国々には既にアマノ同盟の大使を置いたから、アレクベール達は新たな訪問先に回ったのだ。

 情報局の諜報員はセデジオやミリテオなど、アスレア地方に赴いたことがある者達だ。彼ら西メーリャ王国の一つ手前、キルーシ王国への潜入経験もあり心強い。


 そのためだろう、訪問団の面々は(いず)れも自信に満ちた顔をしている。シノブは彼らに頼もしさを感じつつ、言葉を紡いでいた。

 シノブは出発前の訓示をしている最中であった。前には訪問団など、後ろにはシャルロットやアミィ達、そして宰相ベランジェを含む閣僚達がいる。


「……今回の訪問の目的は、アスレア地方のドワーフ達との接点を作ることだ。知っての通りキルーシ王国は案内人を付けてくれるから、交渉に入るのは難しくないだろう。

しかし初めて赴く地、油断や過信は禁物だ。私が何よりも望むのは全員の無事な帰還……それを忘れないでほしい」


 くどいとは思いつつも、シノブは最後に注意を添える。

 旅には玄王亀の長老アケロと(つがい)のローネも同行してくれるし、朱潜鳳のフォルスとラコスの協力もある。そのためシノブは不安を(いだ)いてなどいないが、万一ということもある。


「王の金言、しかと胸に刻み申した! 必ずや全員で戻りますぞ!」


 イヴァールはドワーフ流の誓い、髭に手を当てての宣誓をした。

 普段は友としてシノブと接するイヴァールだが、大勢が見つめる中での答礼ともなると流石に口調も改める。壮行すべく集った軍や省庁の一団もいるから当然だが、シノブとしては少しばかり堅苦しさを感じる。


「その誓い、確かに受け取った! 勇士達よ、ここで再び会おう!」


「御意! ……総員、搭乗開始!」


 シノブとイヴァールのやり取りが終わると同時に、軍楽隊が勇壮な曲を(かな)で始めた。そしてイヴァールの配下達は整然と列を作って、背後の飛行船へと進んでいく。


 一方のイヴァールだが、団員とは反対に前へと進む。

 乗組員が搭乗して出発準備が終わるまで、多少の時間が必要だ。その間イヴァールは、シノブ達と語らうことにしたようだ。


「必ず吉報を届けるぞ」


「無事な帰りが一番だけどね」


 歩み寄ってきたイヴァールと、シノブは固い握手を交わした。

 シノブとしては、今回の遠征でメーリャの二国の様子が知れたら充分であった。この二国は仲が良くないというから、まずは接触して実情を把握するだけで良いという考えである。

 しかしイヴァール達は国交樹立まで漕ぎつけたいようだ。どうも彼らは、順調に各国と友好を結んだ東域探検船団に負けたくないらしい。


 東域探検船団は、エレビア王国、キルーシ王国、アゼルフ共和国、アルバン王国との関係作りに成功した。そのためイヴァール達は、最低でも一国くらいと意気込んでいるのだろう。


「アケロ殿達の助けもあるし、通信筒で連絡できる。それに魔力無線も大使館や領事館に置いたから、通信筒を使わなくとも問題ない。あまり心配せんでも良いと思うが?」


「ティニヤさんと生まれてくる子の代わりに俺が言っておかなくちゃってね……。それにイヴァール以外にも大勢いるだろ?」


 (あき)れたような笑みを浮かべたイヴァールに、シノブは真剣な表情のまま応じた。

 イヴァールの妻ティニヤは、出産予定日まで二ヶ月を切った。順調に行けば再来月の三月上旬に、イヴァールの第一子は誕生する。


 アスレア地方北部訪問団は予定だと一ヶ月ほどで出産には充分間に合うし、遅れたら魔法の家や魔法の馬車で一時的に帰還させることも可能だ。とはいえ訪問団には他にも子持ちや身重の妻を持つ者もいるから、一人だけ優遇するわけにもいかない。

 それに遅れ程度なら良いが、もっと深刻な事態もあり得る。それ(ゆえ)シノブは、しつこいとは思いつつも気を付けてと繰り返してしまう。


「そうです。子供達のためにも、細心の注意を払ってください」


「絶対ですよ!」


「バーレンベルク伯爵なら間違いないと思いますが、それでもお気を付けくださいませ」


 シャルロット、ミュリエル、セレスティーヌもシノブに続き念を押す。

 母となったシャルロット、そして未婚だがリヒトを通して子供を身近に感じるようになったミュリエルとセレスティーヌ。三人もシノブに劣らぬ真剣な表情である。


「うむ……重ねて約束するぞ。絶対に帰ってくるし、無理もしないとな。……しかしシノブよ、最近は教育の点検に熱心だと聞いたが、本当だったようだな?」


 真顔で誓い直したイヴァールだが、再び表情を和らげる。そして彼は、ここ暫くシノブが力を入れている件に触れた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 二日前のメリエンヌ学園訪問で、シノブ達は様々な授業を覗いてみた。模擬戦を見学した後、校内を巡っていたミュリエル達と合流したのだ。

 内政官向け、魔術系、技術系、芸術系など、メリエンヌ学園では様々な科目を教えている。そして(いず)れでも学生達は、目指す職業に就くべく必要な知識や技を真摯に学んでいた。


 更に昨日はアマノ王国の地方の学校にも行った。王都や都市とは離れた、村々の子が集まる農村地区の学校である。

 そこでは農学、それも実学として使える事柄を中心に教えていた。麦や付近で一般的な野菜や果樹の世話、家畜の飼育などである。

 読み書きや計算なども同じだった。農業に使う用語に絡めたり、面積や体積の計算で土地や収穫物を例にしたりだ。

 当たり前だが、どこで使うかも分からない知識より日常で役立つことの方が興味を惹く。そのため農学以外も、村々を担当する役人や自警団の仕事など身近な職業で必要な事柄を重点的に紹介していた。


 したがって王都の学校と地方の学校では、授業内容が大きく異なっていた。

 とはいえ王都が上で地方が下ではない。どちらも家業や身近な職業に必要な知識、実例が近くにある事柄を教えているだけだ。つまり、より職業に直結した教育である。

 軍付属の見習い向けや魔道具技師の養成など目的別の学校もあるが、これらも該当する職業に就くための機関だ。元々生きる術を早く身に付けるという意識が強いから、純粋な学問より実地で役立つ知恵が優先されるようだ。


 ただしメリエンヌ学園と同様に、これらも心の教育を重視していた。神殿での教育と同様に、慈しみや融和を(たっと)んでいるのだ。

 そのため学校の種別や地域を問わず、実学優先ではありながらも他者や自然との調和も重視する、ある種の抑制が効いた教育がなされていた。


「俺の故郷とは違うけど、この地に合った教育が広がっていると思ったよ。もちろん改善すべき点はあるけど、今のまま一歩ずつ進めていくべきだ」


 ここ数日で目にしたものを、シノブは振り返る。

 全員に広範な知識習得を課さず、それぞれに必要なことを必要なだけ示す。子供達が自分で必要だと思ったものを必要なだけ学ぶと言うべきか。


 もちろん良い点ばかりではない。農村地区の学校では縁遠く紹介されない分野も多いから、それらを必要だと思う子供は少ないだろう。

 しかし画一的に広く学んでいくほど、彼らに時間はない。遅くとも十五歳になれば世の中に出るし、普通は更に何年も前から職場で学びながら一人前を目指す。

 もし全ての子供達を成人まで学業だけに専念させるなら、先に子供が働かなくて済む余裕を作り出すべきだ。それどころか彼らが成人してから職業訓練を始めた場合、更に数年は半人前ということになる。


 子供達になるべく多くの知識や選択肢を与えたいと、シノブは今でも思っている。しかし子供達を家業から離して一家の生活が破綻するなら、それは本末転倒である。


「……広く深い知識の習得に掛けた時間に見合う利点があり、それを支えるだけの社会基盤がある。これが理想だけど、辿(たど)り着くには相応の期間が必要だね」


「月並みですけど、一歩ずつ進むしかありません」


 シノブが締めくくると、アミィが微笑みと共に一言を添えた。

 アミィはシノブに次いで地球のことに詳しい。神々の眷属は地球に関して一定の知識を持っている上、彼女はシノブのスマホに入っていた情報を引き継いでもいる。

 そのためアミィは現代日本の制度をそのまま適用できないと、他よりも実感していたに違いない。


「そうか……だが、他のやり方を知っているというのは大きな強みだと思うぞ。それを求めて俺達も遠征するのだからな」


 イヴァールが納得した様子で呟くと、更に二人の男が歩み寄ってきた。それは宰相ベランジェと内務卿のシメオンだ。


「私もそう思うよ! だからアスレア地方のドワーフの技を、たっぷり学んできたまえ! 首を長くしている訪問団の皆とね!」


「ええ。イヴァール殿、そろそろ搭乗してほしいようですよ?」


 ベランジェとシメオンは、飛行船へと顔を向けた。

 飛行船の手前には軍務卿のマティアスがいる。どうやら彼はイヴァールが来るのを待っているらしく、シノブ達の方を見つめている。

 それに軍楽隊の演奏も、とっくに終わっていた。


「長話しすぎたな! では、行ってくる!」


「引き止めて悪かった! 無事を祈っているよ!」


 イヴァールは今一度シノブと握手した。そして彼は身を(ひるがえ)し、飛行船へと駆けていく。

 見送る一同は、再び訪問団に声を掛ける。旅の平穏、無事な帰り、良き成果。それらの願いが響く中、四隻の白い巨船は静かに宙に浮かび上がり、遥か東へと向かっていった。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達はアマノシュタットの中央『白陽宮』へと戻った。

 朝議はイヴァール達の見送りの前に済ませているから、多くはそのまま自身の職場へと移動する。例えばベランジェは『大宮殿』の執務室、ミュリエルは商務省、セレスティーヌは外務省といった具合である。


 一方シノブとシャルロット、そしてアミィは『小宮殿』へと入る。これから三人は、イーディア地方へと出かけるのだ。

 ホリィとマリィがイーディア地方に渡って既に十日近く、シャンジーが加わってからも四日が過ぎた。そのため随分と準備も進み、これならシノブ達を招いても隠密裏に行動できると二人と一頭は判断したようだ。


 もっともホリィ達は用心もしているらしい。イーディア地方に来るのは、シノブとシャルロットとアミィ、そして一歳以上の超越種の子だけにすべきだと主張したのだ。

 そのためミュリエルとセレスティーヌは、今回も留守番となっていた。


「身分の上下に厳しいとか、色々面倒なところらしいな……だから確かめて安全だったら、二人を連れて行こう。もしイーディア地方が駄目なら、アウスト大陸でも良いな」


「ナンジュマなら大丈夫そうですね! それにチュカリさんやジブングちゃんとも会いたいですし!」


 シノブがアウスト大陸を挙げると、アミィは笑顔となった。

 モアモア飼いの子チュカリと彼女の一家に関しては、その後もミリィが見守っていた。もちろんミリィも張り付いているわけではないが、一日に一度はナンジュマに訪れているようだ。


 チュカリは変わらず元気で、父のラグンギと巨鳥モアモアを用いた輸送業を頑張っている。そして一週間前に生まれた弟のジブングも順調に育ち、母のパチャリもジブングの世話をしつつ家を守っている。

 ルールーこと巨大カンガルーの子に手を出した者達も、黒幕の大商人ジギダイを含め掟通りに鉱山送りとなった。そして街自体も平穏そのもの、もちろん再びルールーが押し寄せるようなことはない。


「ナンジュマの街中なら良いと思います。ミュリエルやセレスティーヌもチュカリと会いたいようですし、モアモアやルールーの実物も見たいと言っていました」


 シャルロットは街の中と限定したが、同行自体は賛成のようだ。

 ミュリエル達は異国の少女にも興味があるようだが、アウスト大陸の生き物も直接見たいらしい。二人はアミィが作り出した幻影、モアモアやルールーの姿に随分と興味を示したのだ。


「さて、リヒトは……」


 シノブは真っ直ぐに育児室に向かう。その後を追うのは、微笑みを交わしたシャルロットとアミィだ。


「あれ、お風呂?」


「はい、先ほどオシメを……」


 部屋に入ったシノブに応じたのは虎の獣人の女性、乳母のアネルダだ。もう一人、人族の乳母イモーネがリヒトを子供用の湯船に入れている。


『このお風呂は便利ですね!』


『お湯が幾らでも湧いてきますから!』


 岩竜の子オルムルと炎竜の子シュメイが、シノブ達へと向き直る。二頭はリヒト達の頭上に浮き、入浴の様子を見つめていたのだ。

 リヒトが()かっているのは、海の女神デューネが授けた『温泉の子供湯船』である。そのためシュメイが幾らでもお湯が湧くと言ったのは、比喩ではなく言葉通りの意味であった。


『シノブさん、待っていました~!』


『お出かけ、楽しみです!』


 光翔虎の子フェイニーと嵐竜の子ラーカはシノブへと向かってくる。こちらの二頭は魔道具や入浴に興味はないらしい。


 ちなみに一歳以上だと他に海竜の子リタンがいるが、今回の訪問先に海や湖は存在しない。そのためリタンは、年少の子供達の世話役として残っていた。

 そしてリタン達は炎竜イジェとニトラの引率でリムノ島へと出かけたから、ここにいるのはオルムル達の四頭だけである。


「フェイニー、ラーカ、待たせたね。それにオルムルやシュメイもリヒトを見てくれてありがとう」


 シノブはフェイニーを頭の上に乗せ、横に浮くラーカを撫でつつ奥へと歩んでいく。そして湯船の脇に着くと、オルムルとシュメイにも(ねぎら)いの言葉を掛ける。


 オルムル達は思念や魔力でリヒトの感情や状態を察し、乳母達に伝えている。そのため今も四頭は単に眺めているだけではなく、育児の手助けをしていたのだ。

 それどころか、オルムル達は抱き上げたり着替えさせたりすることもある。多くの場合は乳母達に任せているが、時々は直接的な世話もしてみたいようだ。

 今のオルムル達は幼児並みに小さく変じているが、本来は人間よりも遥かに大きい。そのため抱きかかえるのも充分に可能だし、魔力操作で浮かせることもあるのだ。


「リヒト~、お父さんはお出かけするけど、良い子にしているんだよ~」


「あ~、あぅ~」


 入浴の邪魔にならないようにと、シノブは側に寄ったが声を掛けるだけで済ませようとした。しかしリヒトは可愛らしい手をシノブに向ける。


「そうか、リヒトも離れたくないか! 嬉しいなぁ……」


「あう~!」


 シノブは笑み崩れたまま、我が子へと手を差し出す。するとリヒトは歓声を上げ、シノブの指をギュッと握った。


 もし知らない者が見たら、立派な親馬鹿だと受け取るだろう。しかし真実は少々違う。

 リヒトは思念の萌芽とでも呼ぶべきものが使える。そしてシノブは、自身の子から一緒にいたいという意思を感じていたのだ。


「リヒト、綺麗になりましたね……」


「イモーネさん、水操作でお湯を落としますね!」


 シャルロットもシノブと同様に手を伸ばす中、アミィは入浴の手伝いに回っていた。シノブやアミィほどの腕なら、タオルで拭かなくとも魔術で充分に対処可能であった。


「リヒト様、オシメをお付けしますね……」


 アネルダはタオルを置き、代わりに新たなオシメや服を手にする。そして彼女は手早くリヒトに服を着せていった。


「あぅ~、あ~!」


 一方のリヒトは新しい服が気持ち良いのか、再び上機嫌な声を上げ始めた。そしてシノブ達は暫しの間、愛らしい赤子を見つめ続けた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「シノブ様、イヴァールさん達の出発が遅れたのでしょうか?」


 ホリィは小首を傾げつつシノブに問うた。今日の彼女は虎の獣人に変じているから、合わせて頭上の耳も微かに動く。


「……いや、リヒトが可愛くてね」


 シノブは赤面しつつ応じた。本当は一時間近く前にイーディア地方へと呼び寄せてもらう筈だったが、リヒトと(たわむ)れているうちに随分と時間が過ぎてしまったのだ。


 ここはイーディア地方の北西部、巨大な岩が無数に転がる砂漠だ。もっともシノブ達がいるのは魔法の家の中で、暑さとは無縁である。


「そうでしたか……これを巻きますね」


 ホリィは微笑みを浮かべると、朱色に染めた長い布を手に取る。そして彼女は、ソファーに腰掛けたシノブの頭に手際よく布を巻きつけていく。

 イーディア地方はインドに相当する地だけあって、衣装も南アジア風であった。上は脛近くまである長衣で下は太く余裕のあるズボン、頭にはターバン風の布だ。ちなみに身分が高い男性だと、長衣に加えて大きな布を更に羽織る。

 今シノブが身に着けているのは、長衣とズボンとターバンのみである。服は上下ともオレンジで、中級の商人に許された組み合わせだそうだ。


「シノブ、準備できました」


 同じく衣装を替えたシャルロットがリビングに入ってきた。

 シャルロットは半袖で裾が足首まであるワンピースの上に、サリーを思わせる布を巻いている。もちろん、こちらもイーディア地方の女性が着ける衣装である。

 服の色はオレンジ色で、ワンピースが少し薄めの色、サリー風の布は濃い。そして今は着けていないが、外に出るときは朱色のヴェールを被る。

 要するにシノブの服と同じ配色、中級の商人の妻の衣装なのだ。


「綺麗だよ……」


 シノブは立ち上がり、シャルロットへと歩み寄る。

 シャルロットもシノブと同じく濃い褐色の肌と黒髪の人族に姿を変え、普段とは随分と印象が違っている。しかしシャルロットは真っ直ぐで長い黒髪となったから、どことなく日本の女性を思わせる。その(つや)やかな黒髪が、シノブに故郷を感じさせたようだ。


「どちらも、お似合いですよ!」


「ええ、衣装も本人同士も!」


 シャルロットに続いて入ってきたのは、アミィとマリィであった。ちなみに種族はホリィと同じで虎の獣人だ。

 ホリィ達の衣装もシャルロットと同じだ。イーディア地方は身分ごとの取り決めが厳しく、服装の形や色の自由が殆ど無いからである。


「……ありがとう、というべきかな?」


「マリィ……」


 照れ隠しにシノブは頭を掻き、シャルロットは頬を染める。

 シノブとシャルロットは結婚から一年を過ぎ、子も生まれた。したがって普段なら多少の褒め言葉に恥ずかしさを感じないが、こういう予想外の時と場では違うようだ。


「シノブ様、シャンジーさん達が待っていますよ」


「ああ、外に行こう」


 助け舟を出そうとしたらしいホリィに、シノブはありがたく乗った。そして五人は廊下への扉へと歩んでいく。


 外ではシャンジーとオルムル達、合わせて五頭が待っている。

 ここは岩石砂漠の奥だから人が来ることは殆どないが、万一ということもある。そのためシャンジー達は、見張りをしてくれているのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブ達はシャンジーに乗って人里近くへと移動していく。ただし例によって姿消しや透明化の魔道具を使っているから、見つかる危険はない。


 目的地はパルタゴーマ、怪しいという大集落アグーヴァナと同じアーディヴァ王国だが、少し離れた別の集落である。アグーヴァナに比べて小規模だから、小手調べには良いとなったのだ。


「身分ごとっていうより、魔力量で分けているんだって?」


「はい。生まれ持った魔力が多ければ上の階級、少なければ下になります。しかも上の者には多くの権利が与えられるため、無体なこともあるようです」


「他の地方も有用な能力次第なところはありますが、イーディア地方は随分と極端ですわ」


 シノブの問いに、ホリィとマリィは苦々しげな様子で応じた。

 エウレア地方でも大魔力を持つ者が出世する可能性は高いし、そういった人々が特別な家系として定着し、王族や貴族となっている。しかし内政官などは魔力の多寡に左右されない。

 例を挙げるとアマノ王国の内務卿シメオン、シノブの友人にしてシャルロットやミュリエルの又従兄弟である。彼の魔力量は貴族としては平凡で、魔術師なら中級の下といった辺りだ。

 しかしシメオンは現在アマノ王国に三人しかいない侯爵で、内務省の頂点に立っている。魔力と治世の能力は無関係だから当然で、他にもそういった者は多い。


 それに対しイーディア地方だと、魔力が少ないと高位に就くことは出来ないという。これは生まれとは関係なく、仮に王の子であっても並の魔力しかなければ平民とされるらしい。


「能力主義が悪いとは思わないけど、無関係な能力で決めるのはな……。商人の級も魔力で決めるって……魔力で商売が上手くなるわけじゃあるまいし」


 概要は事前に聞いていたシノブだが、改めて聞くとますます酷い制度だと感じてしまう。

 商人の場合、特級、上級、中級、下級の四階級があるが、これも魔力量で決まる。測定用の魔道具があり、それにどれだけ魔力を通せるかで階級分けされるのだ。


「はい。今回私達は中級の商人としましたが、これだとどこでも商売ができ、大まかに言えば国や軍の仕事以外は受けることが出来ます」


「これが下級だと居住地のみ、品目も食料や衣服など生活に不可欠なものだけ。つまり交易は出来ませんし、貴金属や装飾品なども扱えませんわ」


 ホリィとマリィが中級の商人を選んだのは、このような事情からだった。

 測定で魔力を抑えれば下の級と判定されるから、シノブ達ならどの級にでもなれる。しかし特級や上級だと目立つし、かといって下級だと一箇所に縛られる。したがって中級が一番無難というわけだ。

 それに中級までは地方官が認定するというのも都合が良かった。そこで二人は幻惑や催眠を使って地方官を誤魔化し、中級の商人一家になりすました。


「魔力さえあれば実力とは関係なく将軍になれるのですか……」


──そうなんです~、だから魔力を注ぎ込む練習しかしない人もいるんですよ~──


 不愉快そうなシャルロットに、同じくらい苦々しげな思念でシャンジーが応じた。どちらも戦う者として他の何倍も努力しているから、信じたくないようである。


 しかし実際にイーディア地方だと、そのような事例は日常的だという。

 魔力量は遺伝するから、魔力が多い者を優遇すれば高位の術者を輩出できるかもしれない。それに普通の魔道具なら属性や魔術師としての練度は関係ないから、魔力が多いだけで充分という場合もあるだろう。


「少し間違った方向に進んでいるのかな……」


 短絡的に決め付けてはならないと思いつつも、シノブは厳しい意見に傾いてしまう。

 魔術師や武人であれば、魔力量や身体強化への適性で大きく将来が変わる。どんなに努力しても素質次第という分野は、間違いなく存在するのだ。

 しかし関係のない職種や、知恵で補える分野も多数存在する。前者は商人や内政官、後者は魔道具技師や参謀などだ。

 それらに思いを馳せたシノブだが、不自然な魔力の揺らぎに気が付き顔を上げる。


「シャンジー、あっちに進んでくれ! 誰かが争っている……それも大勢が数人を追っているようだ!」


──判りました~。……何だアレ!?──


 シノブが頼むと、最初シャンジーは普段の穏やかな思念で応じた。しかし次の瞬間、若き光翔虎は激しい憤慨を顕わにし、何倍もの速さで空を突き進む。


──逃げているのは子供二人、追っ手は大人三十五人です!──


──酷い!──


 それまで自身で飛んでいたオルムルとシュメイだが、慌ててシャンジーに飛び乗った。まだ一歳少々の彼女達だと、百歳を超えたシャンジーの本気には(かな)わないからだ。


──剣を抜いています!──


──危ない!──


 ラーカも体を小さくしてオルムル達に倣う。例外はフェイニーで、こちらは最初からシャンジーの頭に乗っていた。


「先に行く!」


「お願いします!」


 短距離転移で飛び出すシノブに、シャルロットが声を掛ける。

 続いてホリィとマリィ、更にオルムル達も宙に散開した。どうやら念の為の後方支援をと考えたらしい。


「諦めるな!」


「う、うん!」


 街道や畑から外れた荒野を必死に走るのは、灰色の衣服を(まと)った狼の獣人らしき少年と少女である。まだ十歳にもなっていないだろう。

 追うのは血に酔ったような(ゆが)んだ笑みを浮かべ、奇声を発する赤い衣の戦士達だ。こちらはオルムルが教えてくれた通り、全員が成人だと思われる。

 戦士達は全員が剣を抜いており、しかも子供達とは十歩程度しか離れていない。


何故(なぜ)この子達を追う? ……答えろ」


 シノブは二人の子供と戦士達の間に転移した。そして同時に魔力障壁を展開し、戦士達の行く手を阻む。

 もはやシノブには、超常の技を隠す気もなかった。少しでも遅れたら、この子達はどうなっただろうか。その思いが全てである。


「お、俺達は上級の武人だ! 下級の農民を討って何が悪い!」


「お前、どこから……いや、中級の商人風情が邪魔するな!」


 突然出現したシノブに、戦士達は(おび)えたようだ。

 しかし無理からぬことではある。転移は超高速での疾駆と思ったかもしれないが、行く手の全てを塞ぐ魔力障壁は今も彼らを縛り上げている。そのため彼らの顔を彩るのは嗜虐(しぎゃく)から、絶望に変わっていた。


「あ、アーシュカが戦士様の服に泥を跳ねてしまって……」


「お願いします、助けてください!」


 シノブの後ろから少年と少女の声が響く。

 畑に運ぶ水をアーシュカという少女が(こぼ)し、戦士の服を汚した。それだけのことだが、ここアーディヴァ王国では場合によって大問題となる。

 上級以上の武人は下級の民が相手なら無礼討ちが可能と、アーディヴァ王国の法には明記されている。つまり恥辱を与えた者を斬り捨てても良いとされているのだ。


「安心して……俺が君達を守る」


 シノブの声は荒れ野に静かに響いた。そして暫しの間、音が消える。

 三十五名の戦士は狭まった魔力障壁で絞め落とされ、全員が失神していた。そして少年と少女は、驚愕で絶句していたからだ。


 子供達を守れたことに、シノブは大きな安堵を(いだ)く。しかし同時に、このような理不尽を許してはおけないという感情も湧いてくる。

 まずは子供達を安全な場所に。全てはそれからだ。シノブは穏やかな笑みを浮かべると、背後の二人へと振り返った。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年6月14日(水)17時の更新となります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ