表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第23章 灼熱大地の人々
564/745

23.11 師の心 後編

 先代ベルレアン伯爵アンリの案内で、シノブ達はメリエンヌ学園の西に広がる演習場へと向かっていた。これは本格的な模擬戦なども行う場で、校舎などから随分と離れている。


 反対の東側はアマテール鉄道が敷かれ、南北に走る線路に加え駅まで存在する。そして学園の正門がある南側は空港、つまり飛行船の発着や係留のための場だ。

 そのため東や南は綺麗に整備され、学園都市といった様相を(てい)していた。駅前や正門前には来訪者向けの宿屋や商会の支店などが置かれ、普通の住居も目立つようになってきたのだ。

 ちなみに残る北は手前が工房街、奥が温室なども備えた試験農場であった。工房では飛行船や蒸気機関車のような大物から個人が使う武具や魔道具まで様々なものを扱い、試験農場では各地から集められた植物を研究している。


 したがって演習場が離れた場所に置かれるのは、無理もないことであった。

 演習場では大型弩砲(バリスタ)投石機(カタパルト)を使うこともある。そこで数km四方の敷地は、更に幅1km以上もの空き地に囲まれていた。

 もっともシノブ達の目に入るのは、(そび)え立つ白い雪の壁だけである。空き地の外は農地や牧草地だが、今は一月だから道以外は全てが雪で覆われているのだ。

 しかし道は綺麗に除雪されていた。そのためシノブ達は校庭と変わらぬ速度で歩んでいく。


「お天気で良かったですね!」


「そうだね。学生達はともかく、参観者もいるからね」


 微笑むアミィに、シノブも同じく顔を綻ばせつつ頷き返す。そしてシノブは、更に後ろへと顔を向ける。


 先頭はアンリにシャルロット、シノブとアミィ、更に数名の教官達だ。それに六十名ほどの学生が続き、最後が学生の家族達、つまり参観者である。

 後ろに続くのは武術特級や魔術特級の学生達だ。先頭の半数ほどが十歳以上で初級部や上級部、そして後ろが十歳未満の幼年部である。

 父兄参観の家族は学生の同数ほどで、隊列は百二十名を超えている。そして二列になって進んでいるから、シノブの位置だと最後尾は目に入らない。


「雪掻きは学生達がしているのですか?」


「うむ、あの者達も含めてな。エスファニアは全く苦にせん……槍術で鍛えているからだろう。アデレシアは水操作で片付ける……流石は海の神具を授かったアルマンの(すえ)だな」


 シャルロットの問いに、アンリは後ろを振り返りつつ応じた。

 武術特級の先頭はガルゴン王国の王太子の娘エスファニア、魔術特級は元王女で今はアルマン共和国の伯爵令妹アデレシアだ。それに二人に続く者達も、高位貴族や族長一族の子や孫が多い。

 これは武術や魔術の力量は元々備える能力に大きく左右されるからだ。


 この世界の人類は魔力量の差が激しく、極めて一部の者は他の十倍以上にもなる。また魔力がある者も属性による向き不向きが大きく、何でも出来るわけではない。

 これらは親から子に遺伝するから、多くの武人や魔術師は婚姻相手の素質や家系を重視する。その結果、王族や貴族は他を圧倒する力を維持し続けたわけだ。


 そのため能力別で級を分けると出自に偏りが出るが、かといって何倍もの差がある者が一緒に訓練するのは難しいだろう。シノブとしては複雑だが、能力を基準にするのであれば致し方ないことではあった。


「将として立つのであれば、兵の苦労を知らねばならぬ。弟達やコルネーユにも雪掻きをさせたし、お前にも仕込んだだろう?」


 アンリの言葉は事実であった。

 ベルレアン伯爵領の北にあるヴァルゲン砦は、ここメリエンヌ学園と同じく冬は雪が多い。そこで冬場の兵士は雪掻きや雪道作りに精を出す。

 そしてベルレアン伯爵家だと継嗣は伯爵となる前にヴァルゲン砦の司令官を務める。これは領内で最も厳しい場所で跡取りを修行させるという意図からだ。

 そのため若き日のアンリは砦に来た弟達を雪掻きに連れ出し、後に息子のコルネーユや孫のシャルロットにも兵に混じっての作業をさせたわけである。


「何事も自分でやってみるべきだ。ここでは城壁造りや建築、鍛冶や魔道具作成も経験させている。農業や商業もな……そちらだと特級とはいかないようだが、それも含めて知るべきことだろう」


 再び振り向いたアンリの顔には、楽しげな笑みが浮かんでいた。どうやら彼は、それぞれの教官から聞いた教え子達の奮闘を想起したらしい。

 武術特級や魔術特級というのは、あくまで該当する科目の級でしかない。ここでは特級とされる子達も、別の分野では後塵を拝することもあって当然だ。

 もっとも全ての科目を最後まで学びはしない。アンリは出来るだけ多くに触れさせる主義らしいが、どこまで学ぶかは子供達に任せているようだ。


「雪掻きなど力仕事は当番としているが、奥深いところは素人が加わってもな……」


「それでも大変さが理解できれば、良い将や領主になれると思います」


 アンリとシャルロットのやり取りに、シノブは笑みを浮かべた。

 (いか)つい顔に慈しみを滲ませるアンリ。強い敬意を浮かべつつも楽しげなシャルロット。シノブは二人の姿から、変わらぬ師弟の結びつきと祖父と孫の愛情を感じたのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 アンリによれば、最も人気がある科目は魔道具技術らしい。

 武術や魔術は適性を備えている者達にとって極めて魅力な選択肢だが、該当するのは少数でしかない。何しろ騎士として活躍できるほどの適格者は七百人に一人ほど、魔術師は更に狭き門である。

 それに対し魔道具技師だと魔力量は程々で構わないし、魔力の有無を確認できる程度の感知能力があれば良い。しかも学園には魔道具技術で名を挙げた人物が多いから、魔道具技師が非常に魅力的な職業に映るのだろう。


 次いで人気なのは内政官だという。これも魔力などに左右されることはないし、それでいて出世できるからだろう。

 農業や商業、鍛冶などは親の職を継ぎたいという者が殆どだそうだ。そのため多くが集まりはするが、他と比べて堅実志向が強いらしい。

 シノブは商業志望に一旗揚げたい者が集うのではと思っていたが、少々違うようだ。封建制度で身分差がある社会だから、官職を得て従士から騎士、そして貴族へと願うのだろう。


「とはいえ内政官も親から子へという例が多い。一方、ここ暫くで魔道具技術は大きく進歩した。それにミュレ子爵やハレール男爵という実例も側にあるからな」


 アンリは研究所の所長ミュレと魔道具班の責任者ハレール老人の名を挙げた。双方とも平民として生まれて爵位を得た、いわば立志伝中の人物である。


「そうですね。発明や開発自体もそうですが、技術系の内政官も必要だと思います」


「魔力無線や蒸気機関車、そして飛行船のように全く新たな技術を伸ばしていくには、率いる側も相応の理解力が必要ですから」


 シノブの言葉に、シャルロットが頷く。

 ミュレ達は技術者だが、技術官僚でもあった。彼らはシノブ達が必要とするものを形にし、更に生産体制や運用面も含め作り上げていった。二人のように双方の能力を持ち合わせる者は稀だから、技術を知る内政官がいれば助かるのは確かである。


「そうだ、飛行船といえばイヴァール殿がアスレア地方に旅立つのだろう? 昨日、ここで調整をした飛行船がバーレンベルクに向かったぞ」


 アンリはイヴァールのアスレア地方遠征が気になるらしい。今日の彼が学園や教育以外に触れたのは初めてだから、よほど興味があるのだろう。


 イヴァールはアマノ王国のバーレンベルク伯爵、つまり大領の主だ。その彼が国外への遠征をするのは行き先の西メーリャ王国や隣国の東メーリャ王国が同じドワーフの国だからである。

 したがって人族のアンリが同行する理由はない。しかし彼は未知の国への興味を抑えきれないようで、子供のように瞳を輝かせている。


「はい。二日後にアマノシュタットを発ち、十日ほどを掛けて西メーリャ王国を目指します」


 シノブの説明通り、イヴァールのアスレア地方行きは余裕を持った日程であった。

 アマノシュタットから西メーリャ王国の西南の端まで、大砂漠の南端周りで2400kmと少々だ。しかし現在の飛行船は一日あたり800kmから1000kmは飛べるから、移動するだけなら三日もあれば充分だ。

 しかし途中のエレビア王国やキルーシ王国を素通りとはいかないし、キルーシ王国では案内役も付けてもらう。そこでエレビア王国で一日、キルーシ王国では打ち合わせも含めて三日ほど留まることにした。これに西メーリャ王国に入ってからの旅程を加え、およそ十日としたわけだ。


 これだけ時間を掛けて移動するのは、目的地で面倒事が予想されているからだ。

 西メーリャ王国や隣国の東メーリャ王国は元々一つの国で、そのため現在でも仲が良くないらしい。これはキルーシ王国の大使テサシュによれば、彼らの風習の違いが原因だという。

 そこでイヴァール達は、両国の違いをキルーシ王国で学んでいくことにしたわけだ。


「ふむ……学園関係のドワーフにも期待する者は多いのだ。エルフはアゼルフ共和国から訪れる者も出始めたが、他の地方のドワーフを見た者は稀だからな」


 アンリはイヴァールの妹アウネや祖父のタハヴォも強い興味を示していたと続ける。

 それを聞いたシノブは、思わず後ろを振り返った。アウネは武術特級として一行に加わっていたからだ。

 もっともドワーフのアウネは背が低く、他の学生に隠れてしまっている。シノブから見えるのは彼女が担いでいる戦斧だけだ。


「儂らは先の戦いで亜日(あび)長彦(ながひこ)殿と会った。それにイヴァール殿は密かに彼らの住む地にも訪れたのだろう? それが余計に火を付けたようだぞ」


 アンリはヤマト王国の一部、陸奥(みちのく)の国を治めるドワーフの名を挙げた。

 陸奥(みちのく)の国はドワーフ達が住む地だ。それにシノブは会ったことがないが、アウスト大陸の南のゴディア島やイーディア地方の高山帯にもドワーフはいるという。

 もっとも今のところ通常の手段で到達できるのは、アスレア地方や南のアフレア大陸の一部だけだ。そしてアフレア大陸にドワーフがいるか、現在のところ定かではない。

 そのためエウレア地方のドワーフ達は、イヴァールの遠征に随分と期待しているらしい。


「タハヴォ殿は、アマテール開拓団を誰かに任せようかと言っておった。冗談だ、と付け加えたがな……」


「エルッキ殿も早く交流したいようですからね」


 アンリが触れた件は、シノブも耳にしていた。

 エウレア地方のドワーフ達は、同族が持つ技術を見たくて(たま)らないようだ。イヴァールは父のエルッキ、つまりヴォーリ連合国の大族長からも随分と急かされたと語っていた。

 異国のドワーフがどのようなものを作り上げたか。工芸品や武器に防具、建物や日常の品。それらを目にするだけでも、得られるものは多いとエルッキは語ったそうだ。


 シノブはタハヴォやエルッキにヤマト王国の刀を見せた。ナガヒコの娘で鍛冶姫の夜刀美(やとみ)が作った夜刀之鋼虎(やとのこうこ)、そして再生された神刀、大和之雄槌(やまとのおづち)である。

 どうも、これが良くなかったらしい。タハヴォやエルッキは自身が知らない工夫に驚愕し、まだ見ぬ同族達への思いを募らせたようだ。

 遥か東のヤマト王国に行くのは無理としても、アスレア地方なら既に交流が始まっている。そこで、まずは近い同族を、となったのだと思われる。


「玄王亀の長老達も同行してくださいますし、きっと上首尾となるでしょう」


「朱潜鳳のフォルスさんとラコスさんも協力してくださるそうです!」


「それはまた豪勢だな」


 シャルロットとアミィの言葉にアンリは怪訝そうな顔となる。しかし彼は二人の説明で納得したらしく、顔を綻ばせた。


 アスレア地方の北部には、シノブ達が会ったことのない玄王亀がいるらしい。アゼルフ共和国のあるアズル半島の中央山脈に棲むアノームとターサの息子シューナである。

 シューナは数年前に成体となり、北東を目指して旅立ったという。そちらは西メーリャ王国の東部や東メーリャ王国だから、もしかすると出会えるかもしれない。

 ただし玄王亀が棲むのは地下1000mほどである。そこで同族や同じく地面の下を自在に移動できる朱潜鳳の出番となったわけだ。

 長老アケロとローネは飛行船に同乗し、フォルスとラコスは現地に着いたら支援してくれる。彼らは人間同士の交流には関与しないが、それでも一緒にいてくれるのは何かと心強い。


「……偉大なる種族のことは判らんが、東のドワーフ達との交流が上手く行けばと願っておる。新たな技術は、この地の技術を更に進めてくれるだろうからな。

出来れば戦以外にも役立つ技術であれば良いが……もっとも多くの技は、どのようにでも使えるのだが」


 アンリの呟きに、シノブは静かに頷いた。

 『アマノ式伝達法』や魔力無線は各国のやり取りを活性化させたが、戦でも欠かせない技術でもある。飛行船も先日のアスレア地方での戦いで大きな役割を担った。細菌やウィルスの魔力波動を弱める治癒の魔道装置は、対象を人間に設定すれば無力化の魔道具となった。技術に正邪はなく使う人次第である。

 それだからこそ、心を鍛える意味があるのだろう。大きな力の誘惑に勝てる、強い心を得るために。


「先代様の育てた子供達なら、きっと正しく使ってくれます」


「嬉しいことを言ってくれる……さあ、着いたぞ。儂がどのように育てたか、しかと見てもらおう」


 真っ直ぐに見つめるシノブから、アンリは顔を()らし正面へと向いた。

 おそらくアンリは率直な賞賛に照れたのだろう。まだ昼を過ぎて幾らも経っていないというのに、老武人の横顔は赤く染まっていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「砦の西2km、大岩猿が出現! 全高、推定4m! 数、二十五!」


 少年の若々しい声が示す通り、西から並外れた背丈の一団が迫ってくる。ただし彼の報告とは違い、押し寄せてくるのは巨大な木人であった。

 メリエンヌ学園では、模擬戦の相手に木人を使っているのだ。


「これは凄い」


「ええ……」


 抑え気味の声を響かせたのは大人達、参観の父兄達である。彼らの多くは教官達から渡された双眼鏡を覗いている。もちろんシノブ達や見学の幼年部の子も同様だ。


 シノブ達がいるのは演習場にある砦の最上階だ。砦は訓練用に築かれたものだが、随分と本格的で城壁の高さは10mを超えている。そのため遥か遠方の巨人達も、室内から充分に見て取れる。

 砦は演習場の東端近く、つまり学園の中心に近い側だ。西には自然を再現した原野が広がっているが、今は雪に覆われ大半が白い。ただし街道を模しているのだろう、砦の西側には石畳が敷かれ、更に結構な幅が除雪されていた。


 その東西を貫く道を、巨大木人の集団が殆ど横一列に進んでくる。魔獣の突進を真似ているからだろう、武器などは持っていないが巨体ということもあって相当な迫力だ。


大型弩砲(バリスタ)投石機(カタパルト)、準備! 大型弩砲(バリスタ)は準備が終わり次第、攻撃!」


 命令を発したのは指揮官役のイポリート、燃えるような赤毛も勇ましい少女だ。

 メリエンヌ王国の軍務卿エチエンヌ侯爵の娘だけあって、イポリートは入学以前から軍学を教わっている。そのためだろう、矢継ぎ早に指示を出す彼女の姿は単なる学生とは思えないほど堂に入っている。


「騎士隊、重騎士隊、大型弩砲(バリスタ)の斉射の後に突撃! 投石機(カタパルト)は砦に迫った敵を狙え!」


 まずは大型弩砲(バリスタ)で数を減らし、騎士隊の突撃で仕留める。そして投石機(カタパルト)は前衛を掻い潜ってきた敵の掃討。どうやらイポリートの選んだ策は、このようなものらしい。


大型弩砲(バリスタ)、準備完了!」


投石機(カタパルト)、装填中!」


 叫び返すのは、通信担当の学生達だ。

 砦には特級以外の学生が先乗りしており、彼らも各所に加わっている。そのため模擬戦に参加するのは、一級から三級までを加えた総勢百名ほどだという。


「両騎士隊、砦前に展開!」


 通信担当が騎士隊の様子を告げると、観戦する者達は一斉に視線を動かす。

 砦の前に進み出る人馬の一団は、陽光を受けて(まぶ)しく輝いていた。騎乗している者達は全員が全身鎧で身を包み、更に馬達も要所に金属の防具を着けているからだ。

 ちなみに騎士隊とは普通の軍馬、重騎士隊とはドワーフ馬に騎乗した部隊であった。前者には一人、後者には二人が乗っている。ただし後者の最後尾だけは単独で騎乗し、大荷物を背負っていた。どうも形状からすると、荷物は通信の魔道具らしい。


 騎士隊の者達は腰に長剣を佩き、更に何本かの長槍を(たずさ)えている。一方ドワーフ馬の乗り手達は、前に跨った者が長柄(ながえ)の戦斧一つ、後ろは何も手にしていない。どうやら双方の役割は大きく違うようだ。


「騎士隊を率いるのはエスファニア殿、そして重騎士隊はアウネか」


「騎士のガルゴン王国、そしてドワーフ馬といえばヴォーリ連合国ですから妥当ですね」


 シノブの呟きにシャルロットが応じた。似たような甲冑で兜も被っているが、乗り手は番号付きのマントを着けているから判別は容易である。


大型弩砲(バリスタ)、斉射! 七頭が脱落!」


 空気を揺るがす低音が響き、僅かに遅れ射撃の戦果が入ってくる。

 大型弩砲(バリスタ)は、一体の木人を複数で狙ったようだ。倒れた木人には何本もの巨大な矢が刺さっている。

 木人は矢を受けたからといって行動不能になるとは限らないが、今回は大岩猿の代わりである。したがって胴を貫かれたものなどは、戦闘継続不可能としていた。


「おお! 見事ですな!」


「しかも飛距離が……」


 感嘆の声を上げたのは参観者でも一際目立つ二人、ガルゴン王国の国王フェデリーコ十世とカンビーニ王国の国王レオン二十一世だ。


「学園の試作最新型です。射程は従来と比べて大きく向上し、1300mを超えました。学生からはメーリやラウナが加わっています」


 教員が挙げたのはドワーフの少女達だ。

 メーリの父と兄は武器職人で、大型弩砲(バリスタ)の製造も得意としていた。ラウナは戦士の娘だが、父とは違い工作に向いていたようだ。

 もちろん二人とも武器製作だけではなく、工芸や建築なども学んでいる。この砦や周囲の城壁も、彼女達の成果の一つなのだ。


「騎士隊、投擲(とうてき)により四頭を撃破!」


「重騎士隊、魔術兵により三頭を撃破!」


 先を行く軍馬の一団が長槍を投げると、続くドワーフ馬の乗り手達は魔術を放った。通信担当が叫んだ通り、ドワーフ馬に相乗りしていたのは魔術師達だったのだ。

 鋼鉄の長槍を追ったのは、魔術で作り出した炎であった。先行する軍馬が左右に分かれると、距離を縮めたドワーフ馬から魔術師達は紅蓮の奔流を放っていた。周囲が雪原だから、延焼の危険はないと判断したのだろう。


 木人達は道の脇にある岩を投げ、更に足を速めて迫ろうとする。しかし騎士隊は双方とも素早く反転しているから、彼らは反撃できないままだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「突進での投槍は『雷槍伯』アンリ殿から伝授いただいたのでしょうが……」


「……これは驚きました」


 参観の大人達は驚愕を顕わにしていた。

 アンリが『雷槍伯』の名を得たのは、二十二年前のベーリンゲン帝国との戦いで敵将を投槍にて討ち取ったからである。今、学生達が披露したような乗馬での突進からの遠投だ。

 そのため槍の投擲(とうてき)については多くが予想の範疇(はんちゅう)だったようだが、馬上からの魔術行使は参観者達の頭になかったらしい。


 戦闘に使えるほどの大魔術は極度の精神集中を伴う。極めて一部の例外を除くと、体を動かしながら攻撃魔術を使うのは困難なのだ。

 シノブやアミィ達は剣や槍、あるいは素手で戦いながらでも魔術を使えるし、ベルレアン伯爵コルネーユのように槍術と魔術を組み合わせて魔槍術とした者もいる。しかし、これらは達人中の達人というのが世間一般での認識であった。


「魔術師も多少の身体強化が出来る者達です。全力で突進する馬に同乗しますので……」


 教官の言葉を聞きつつ、シノブはドワーフ馬に乗っている者達へと双眼鏡を向ける。

 アウネの後ろにはアデレシア、他も高位貴族の子など武術と魔術の双方の素質を持つ者達だ。このような者は極めて少ないから、同じような部隊を揃えるのは困難だろう。

 力強さや持久力に特化したドワーフ馬がいなくては不可能だが、移動砲台とでも言うべき戦法は大きな発明かもしれない。


「魔術師の代わりに弓兵を乗せても良さそうですね」


「確かにね」


 (ささや)くアミィに、シノブは静かに頷き返す。

 もっとも今回の模擬戦だと、通常の弓の出番はないと思われる。敵として想定している大岩猿は、通常の岩猿よりも更に矢が通り難いからだ。

 もちろんシャルロットやミレーユのような達人級なら別だ。しかし彼女達と並ぶ腕の持ち主で一部隊を作るのは、優秀な魔術師を集めるのと並ぶ難事だと思われる。


 シノブは双眼鏡から目を離す。シャルロットならどう評するかと頭に思い浮かんだからだ。


「堅実で危険が少ない戦術だと思います。後は……」


「最後まで続けられるか、だな」


 シャルロットの呟きを引き取るかのように、アンリが小声で応じた。どうやら二人は、学生達の耳に届かないように声を抑えたらしい。


 当然ながら、観戦者が語らう間にも戦いは続いている。二つの騎士隊が離れた直後、再び大型弩砲(バリスタ)が巨矢を放ち、更に八体を倒していた。

 残る木人は三体、先ほどは投槍と魔術の攻撃で七体を倒したから同じ戦法で充分だろう。それに砦までは相当あるから、万一失敗しても三回目の攻撃をすれば良いだけだ。


「両騎士隊、遠方からの攻撃を継続!」


「遠方からの攻撃を継続!」


 イポリートの命令を通信担当が前線へと伝える。

 重騎士隊には通信の魔道具を担いだ者がいるから、細かな指示を前線に送ることが出来る。しかし指示を出したからといって全てが思い通りに動くとは限らない。


 騎士隊の投擲(とうてき)で二体が倒れ、残るは一体だけとなった。そして早く決着をと思ったのか、一騎が少々近くに寄っている。


「あれは!?」


「セドリックかと!」


 飛び出したのは、ポワズール伯爵の嫡男セドリックであった。

 他の騎士が反転した軌道より、セドリックは僅かに遅れていた。どうも彼は、もう一回だけ投じようと欲張ってしまったらしい。そして距離が詰まったからだろう、木人の投げた岩が接近した馬を(かす)めた。


 馬が良かったのか、セドリックが反射的に操ったのか、岩は当たらなかったらしい。しかし大きく馬体を捻ったからだろう、軍馬は転倒しセドリックが放り出される。


「動かないぞ!」


「気絶か!? それとも怪我か!?」


 セドリックは地に伏したままだ。

 一方の木人だが、操る者は岩猿らしい行動をと思ったのかもしれない。人に倍する巨大な手を伸ばし、セドリックを(つか)み上げようとする。

 これでは後続の魔術師達も攻撃できない。木人とセドリックの距離が近すぎて火炎は不可能、岩弾なども当たりかねないからだ。


「エスファニア殿!? それにユベール殿か!?」


 誰かが叫んだ通り、騎士隊の先頭にいた筈のエスファニアが引き返していた。それにセドリックの手前を走っていたユベール、セドリックの学友を務める少年も続いている。

 エスファニアは隊長として、ユベールは友人として助けずにはいられないのだろう。二人は素晴らしい勢いで乗馬を突き進ませる。


 まずエスファニアとユベールは手持ちの槍を全て投じる。そしてエスファニアが長剣を抜き放ち、馬上に伸び上がると木人の首を切り落とす。

 一方のユベールは学友の側に降り立っていた。どうやらセドリックは気絶しただけらしい。ユベールが揺すると、落馬した少年は首を振りつつ立ち上がったのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 セドリックの無事を知り、シノブ達は安堵の溜め息を()く。そして観戦の一同は、再び周囲と穏やかな笑顔で語らい始めた。


「軍人なら処罰すべきだが……」


 言葉とは裏腹に、アンリは優しげな笑みを浮かべていた。

 おそらくアンリは、学生のうちに失敗して経験を積むべきと思っているのだろう。笑みと同じくらい愛情に溢れた声音(こわね)から、そうシノブは感じていた。


「ところでお爺様、あの木人達は誰が操っていたのですか? あれだけの大きさなら随分と限られると思いますが?」


 シャルロットも模擬戦での失態を取り上げるつもりはないようだ。

 そもそも相手は木人であり、本当に危険であれば戦闘を中断するだろう。それに木人がセドリックに手を伸ばしたのも、倒れた少年の状態を確かめるつもりだったのかもしれない。


「あれも学生達だよ。あのくらいだとエルフの学生なら簡単に動かせるし、人族でも可能だ。随分と改良したからではあるがな……」


 アンリによれば、以前の木人より少ない魔力で動かせるような工夫が施されているという。しかも、これらの開発や製造にも、多くの学生達が加わっていた。


「改良された大型弩砲(バリスタ)や木人、それに新たな戦術。少し恐ろしくはありますね」


 僅かに冗談めかしたような口調で、シャルロットは祖父に語り掛ける。

 エウレア地方から国同士の争いは無くなったが、魔獣もいるから守るための戦いは変わらず存在する。それに再び戦が起きるかもしれない。そのため軍事技術の維持や向上は、相変わらず必要ではあった。

 しかし、より強い力には、より大きな危険が潜んでいるのも事実だ。


「確かにな……だから、強く明るい心をと願うのだ。それが武器を持つ者、人の上に立つ者には、何より必要だと思うのだよ」


「立派に芽吹いていると思いますよ。自身の危険を(かえり)みず、部下や友を助ける。一歩間違えたら蛮勇ですが、とても尊いことだと思います」


 真顔となったアンリに、シノブは敢えて微笑みつつ応じた。

 アンリの心は、確実に子供達に届いている。先ほどのエスファニアとユベールの行動が、何よりもの証拠だろう。シノブは、そう思ったのだ。


「そうです、力は使う者次第です!」


 アミィは窓の外へと視線を転じた。彼女が見つめる先には輝く太陽がある。この星を預かる女神、アムテリアの象徴が。

 地上の者達を慈しみつつも、見守り育てることに徹した神々。それは大きな力を持つ者の、一つの姿なのだろう。


 シノブは地上へと顔を向ける。そこにはアンリの心を受け継ぐ子供達がいる。

 きっと母なる女神も子供達を祝福しているのだろう。学生達が(まと)う甲冑や兜は、冬の柔らかな光の中で何よりも(まぶ)しく輝いていた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年6月10日(土)17時の更新となります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ