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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第23章 灼熱大地の人々
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23.07 少女達の実力

 マリィは報告を終えると、そのままイーディア地方へと戻っていった。

 一方のシノブは普段通りだ。愛息リヒトを乳母達に預け、庭に出てシャルロットやアミィ、タミィと共に早朝訓練、その後は『陽だまりの間』でミュリエルやセレスティーヌと合流して朝食である。

 そして朝食を済ませたシノブは、探索の状況をミュリエルやセレスティーヌに伝えていく。


「ヴィンやマナスに続いてヴァキとサーラも探索に加わってくれたから、アウスト大陸は手が足りているようだ」


 シノブは、アウスト大陸の探索に触れる。

 ヴァキとサーラは、ヴィンやマナスと同じ嵐竜の(つがい)だ。しかしヴァキ達は預ける子を持たないから、アマノシュタットに来たことが殆どない。これは彼らの長老達も同様だ。


「そこでシャンジーにはイーディア地方に行ってもらうことにしたよ。あちらはホリィとマリィしかいないからね……それにヴィン達には土地勘があるし」


「そうですね、やっぱり近場が良いと思います!」


「ヴィンさん達がアウスト大陸の北、ヴァキさん達が北東でしたわね」


 ミュリエルとセレスティーヌは、シノブの意図を理解したようだ。

 四頭の嵐竜は、元々アウスト大陸の近くに棲んでいる。もっとも近くといっても超越種の感覚で、それぞれアウスト大陸から2000km以上も離れているそうだ。

 とはいえ四種の竜で最速を誇る嵐竜だ。その程度は普通に飛んでも十時間、急げば六時間か七時間である。そのため四頭からすれば、アウスト大陸は近所のようなものらしい。

 そこでシノブはヴィン達をミリィの支援役にしたわけだ。


「あちらに超越種の皆様はいらっしゃらないのですか?」


「アウスト大陸とイーディア地方、どちらも大層広いとか……楽しみですわね」


 ミュリエルとセレスティーヌは、新たな超越種との出会いも期待しているようだ。もっとも現在のところ、超越種の存在を思わせる情報はない。


「どうでしょう? アウスト大陸の地上は随分と調べたようですが……」


「イーディア地方は、まだこれからですね」


 シャルロットがアウスト大陸、そしてアミィがイーディア地方の調査状況に触れる。

 アウスト大陸は四頭の嵐竜が宙から探り、ミリィも本来の青い鷹の姿に戻って偵察した。それに光翔虎であるシャンジーも足掛け四日程度だが調査に加わっている。

 したがって仮にいるとしたら、地下で暮らす玄王亀や朱潜鳳か、放浪中の光翔虎のように明確な棲家(すみか)を持たない相手だと思われる。

 一方イーディア地方は、まだ調査不足かもしれない。派遣したのはホリィとマリィだけで、しかも彼女達は街など人が住むところを優先したからだ。


「イーディア地方は更なる応援が必要かもね……もしお願いするとしたら、バージとパーフかな?」


 アウスト大陸とは違い、シノブはイーディア地方と縁のある超越種を知らなかった。

 しかし光翔虎の雄は、成体となってから(つがい)を得るまで世界各地を放浪するらしい。実際フェイニーの兄フェイジーは、遥か東のヤマト王国の高山で修行していた。

 そのためシノブは彼らならイーディア地方を訪問した者がいるのでは、と考えていた。それにイーディア地方はインドに相当するから、光翔虎が好みそうな気がしたのだ。


 ちなみにシノブがバージ達を挙げたのは、会ったことがある光翔虎で最年長の(つがい)だからである。バージが六百数十歳でパーフが五百数十歳、子もフェイジーとフェイニーの二頭がいる。


「フェイジーさんとメイニーさんは棲家(すみか)造りで忙しいのですよね? それにダージさんやシューフさんも造り直しだとか……」


 ミュリエルは、少しばかり頬を染めていた。彼女が挙げた二組の棲家(すみか)造りや手直しは、子を得るためだからだ。

 フェイジー達は(つがい)になったばかりだから当然初めて、そしてダージ達が望むのはメイニーに続く二番目だ。


「フォージさんとリーフさんはどうなさるのですか?」


 セレスティーヌは残る光翔虎の(つがい)に触れた。

 フォージ達の第一子はシャンジーだが、まだ続く子を得ていない。そのためセレスティーヌは疑問に感じたのだろう。


「そろそろらしい。シャンジーも独り立ちしているからね」


 しばらく前のことをシノブは思い出す。

 シャンジーは百歳ほど、つまり成体の半分程度の年齢だが既に親元を離れて暮らしている。そのためだろう、フォージ達は次の子を育てようかとシノブに語ったのだ。


「もう少ししたら光翔虎の子が何頭も加わるかもしれませんね。随分と賑やかになりそうです」


 シャルロットが語る光景を想像したのだろう、皆が笑みを増す。

 確かに最も自由気ままな子はフェイニーに違いない。単に遊び(ほう)けているわけではないらしいが、彼女が別して日々を楽しく過ごしているのは誰もが頷くところである。


「フェイニーみたいに寝起きの悪い子が増えたら、シュメイが大変ですね」


「もしかするとフェイニーが姉らしく振る舞うかもしれませんよ? 今まで同じ種族で年少の子はいなかったですし」


 タミィとアミィ、どちらの予想が当たるだろうか。シノブは前者のような気がしたが、黙っておくことにした。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ところでシノブさま、シュメイはどのような異名をいただいたのでしょう?」


 シュメイの名が出たからだろう、ミュリエルは一歳を迎えた炎竜が貰った筈の異名を問うた。

 全ての岩竜と炎竜は、それぞれ固有の異名を持っている。これは一歳になったときに長老から贈られるものだ。

 そのためシュメイも、オルムルの光竜(こうりゅう)のように新たな呼び名を得ている。しかしシュメイ達は(いま)だ帰還の最中だから、まだミュリエル達は知らないのだ。


「そうでした、早く教えてくださいませ! シャルお姉さまも御存知なのでしょう!? それにアミィさんやタミィさんも!」


 セレスティーヌは名を挙げた順に視線を動かす。

 今回シャルロットは、北の島に招かれていた。そして殆どの場合アミィはシノブと共に行動する。そのためセレスティーヌは、タミィも含め竜達の儀式に参加したと思ったようだ。


「セレスティーヌ様、私はお留守番しました。リヒトがいますから……」


「そうだったのですか! では……」


 タミィの言葉に頷いたセレスティーヌは、残る三人へと顔を向け直した。それにミュリエルも同じようにシノブ達を見つめている。

 二人とも一刻も早くシュメイを祝福したいのだろう。それに本当は、彼女達も北の島で祝いたかったに違いない。


 シャルロットが招待されたのは、彼女が母なる女神アムテリアの強い加護を持っているからのようだ。竜達はシャルロットをシノブやアミィ達に近い存在としたのだろう。

 一方ミュリエルやセレスティーヌは、まだシャルロットほどの加護を得ていないらしい。もしくは外面から読み取れる影響が小さいというべきか。


 ミュリエルやセレスティーヌもアムテリアから娘と呼ばれるくらいだから、他とは桁違いの大きな加護を持っているのは間違いない。実際に魔力量を含む各種の能力は、成長期というだけでは説明が付かない伸びを示している。

 しかしシャルロットは二人よりも遥かに劇的な変化をし、更に思念を使えるようになった。そのため竜達は、彼女を特別な存在としたようだ。


「実はね、シュメイが自分から伝えたいって……」


 シノブは北の島でのことを思い出しつつ言葉を紡ぐ。

 儀式自体はオルムルのとき、つまり岩竜のものと殆ど同じ流れだった。場所は炎竜の第一世代が眠る、そして先々は今の長老アジドやハーシャが、そして続く炎竜達が安らぐ聖なる洞窟だ。そして長老が司式し、集った竜達が祝う光景も変わらない。違ったのは、先に家造りや狩りをするくらいである。

 ただし二回目だからといってシノブの感動が減ずることはなかった。リヒトの節目を祝う日を重ねたからか、更に深い喜びを得たように感じたのだ。


 それはシノブが親として歩み始めたからだろう。

 まだ子を得たばかりだが、シノブは日々新たなことを学んでいる。とても小さな出来事から、とても大きな発見をする。少しずつ大きくなっていく我が子の、おそらくは他の者なら見逃すだろう成長に気付き、感激する。リヒトが生まれてからの二ヶ月少々は新たな扉を開いてくれたと、シノブは感じていた。


「だからね、まだタミィにも教えていないんだ。シュメイの望みを(かな)えたいのもあるけど、その方が心に響くと思うから……」


 シノブは思い浮かべたことを口に出さず、胸の内に仕舞う。

 それほど待つわけではない。今夜中にシュメイは帰ってくるからだ。ならば、より大きな感激をミュリエル達にも贈るべきだろう。


「分かりました! シュメイの帰りを待ちます!」


「ええ、大きな楽しみは後に取っておくべきですわ!」


 ミュリエルとセレスティーヌは、シノブの意図を理解してくれたようだ。期待が滲む声音(こわね)を響かせる二人の顔に曇りはない。

 もちろんタミィも二人と同じように微笑んでいる。タミィには、朝一番でアミィが伝えているからだ。


「それに夜の方が良いかもしれませんね!」


「私達からも良い報告が出来ますもの!」


「ミュリエル……セレスティーヌ……本当にやるの?」


 楽しげな二人に、シノブは困惑しつつ問い掛ける。

 実は今日の午後、シノブはミュリエルやセレスティーヌと一風変わった勝負をする。正確にはシャルロットやアミィ、そしてタミィも交えてだが。


「はい、もちろんです!」


「シノブ様、私達だって成長しているのですわ!」


 自信も顕わな二人の返答に、シノブは口を(つぐ)んでしまう。そしてシャルロット達は、どこか楽しげな様子で三人を見つめていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは感じた戸惑いを置き、『大宮殿』に場を移す。

 大神殿に行くタミィを見送ったシノブは、残る四人と共に閣議の間へと赴く。そして朝議が終わればミュリエルは商務省、セレスティーヌは外務省だ。

 つまりシノブに同行するのはシャルロットとアミィである。


 アミィは大神官だが、アマノ王家が出席する儀式以外は他の眷属に任せている。ホリィ、マリィ、ミリィ、タミィの四人は大神官補佐だから問題ないが、アミィは殆どの時間を国王の側近として過ごしていた。

 シャルロットは、再びシノブが兼務する三伯爵領を担当している。出産を終えた時点で建国から五ヶ月少々、既に各省庁の体制も固まっている。そして王妃である彼女がシノブ以外の下となるわけにはいかないし、かといって彼女が誰かを押し退()ける筈もない。

 それ(ゆえ)シノブの執務室には、この二人に加え侍従長のジェルヴェと更にそれぞれの配下が集うことになる。


 国王の執務室には、忙しかったときと同様に数多くの机が並んでいる。

 既にアマノ王国は充分に落ち着いたが、だからといって部屋を分けて効率を下げることはない。シノブのみならず、シャルロットやジェルヴェ、そしてアミィまで同意したのだ。

 シノブとしては、いちいち別室にいる者を呼びつけるのは悪いと思うし面倒でもある。それにシャルロットも実際的な性格だから、夫の意見に頷いた。

 アミィやジェルヴェは、シノブ達の動きやすいようにと思ったらしい。どちらも主の意向を優先する主義のようだ。

 そのため多くの事柄は四人を補佐する者達、つまり従者や侍女のいる場で捌かれていく。これは閣僚達が訪れたときも同じで、密議にすべきこと以外は他の耳目があるところで語られる。


 もっとも従者や侍女といっても多くは爵位がある者達かその子供達、残るも騎士である。そのため街の者達からすれば充分に密室だろう。

 これは閣議にしろ各省庁の(おさ)の職場にしろ、大同小異だ。


 そのような状況を改善すべく、シノブは憲法の制定や議会制度の導入を進めようとした。

 しかし、これが実に評判が悪かった。シノブは立憲君主制を意図していたが、国民の多くは大袈裟に表現すると神から与えられた王権の放棄だと感じたらしい。

 この世界の人々は神々の存在を信じているし、実際に神々の存在を裏付けるものは歴史の各所に残っている。そしてアマノ王国が誕生したとき、この星の最高神アムテリアが祝福の言葉を贈っている。つまり神が授けた王権を存分に行使することこそが、正しい道というわけだ。


 エウレア地方の各国は、神の使徒が建国を助けている。そのため程度の差はあれ、どの国も神が承認した国家制度という認識のようだ。

 例外は王制から移行したアルマン共和国だが、これは国王達が邪神に操られた失望からだと思われる。つまり国民は、アルマン王家が神々の信頼に背いたと受け取ったのだろう。


「立憲制に移行するには、国王が失敗すれば良いのか……」


 シノブの出来の悪い冗談を、殆どは聞かなかったことにしたようだ。執務室の中に、妙な静けさが広がっていく。


「……まあ、そんな非常の手段を採るわけにはいかないな」


「ええ、まずは王立顧問会で満足すべきでしょう」


 ほろ苦い笑みと共にシノブが取り繕うと、シャルロットが柔らかな笑みを浮かべつつ頷いた。すると安堵を思わせる微かな溜め息が、そこかしこから起きる。


 この王立顧問会とは、議会の代わりである。シノブ達は立法府としての議会を一旦断念し、王の諮問に答えるための会を設けたのだ。

 多くの人々は、神が認めた国王あるいは代表者こそが国の規範を定め動かすべきという認識らしい。これは族長が率いるヴォーリ連合国やデルフィナ共和国も同じで、彼らは後継者を血族に限定しないだけである。そのため細かな規則ならともかく、国全体に関する法律を定めない統治者には首を傾げるようだ。


 そこでシノブ達は王立顧問会に諮問し、その結果を参考に国法を決めることにした。まずは国王が選任した王立顧問会を、参考という形で用いる。そして徐々に王立顧問会を議会へと変えていく。

 選任も最初は閣僚などの推薦者からだが、より広くから推薦する形式を目指す。その辺りから始めないと、いつまで経っても形にならないと判断したのだ。

 地球の歴史でも、王会や王室顧問会議などと呼ばれた組織が後の議会となった。したがって、いつかは王立顧問会が議会になるに違いない。そして国王自身が後押しするなら、期間も大幅に短縮できる筈だ。シノブは、そう思うことにしていた。


「まずは一歩前進だ。失敗は出来ないからね」


「ええ、混乱を招くより良いと思います」


 シノブの呟きに、シャルロットが頷く。

 理想を追い求めるあまり、国を乱すのでは本末転倒だ。憲法にしろ議会にしろ、より良い治世を実現するためのものだからだ。

 極論だが、国を危うくするくらいなら現状のままで構わない。背負った多くのものが、シノブを慎重にさせる。


「そろそろお昼です!」


 思考に沈むシノブに、アミィの声が届く。彼女の言う通り、既に十一時を過ぎていた。


「昼食会に学校視察、そして最後は軍の演習場でございます」


 ジェルヴェが以降の予定に触れた。

 今日の昼食は、王立顧問会に推薦された者達との懇親会だ。そして学校訪問は、アウスト大陸から戻って以降の取り組みである。


 アウスト大陸で出会ったモアモア飼いの少女チュカリは、まだ七歳だが家業を支えるのに忙しく学びにいく暇もなかった。母のパチャリが身篭るまでも週に一度ほど、身篭ってからは行っていないという。

 パチャリは既に子を産んだが赤子の世話があるから、半年や一年は働けないだろう。その間、チュカリは勉学を中断するしかない。

 そこでシノブは、自国の学習事情を再点検することにした。特に幼年者の就業との兼ね合いである。もっとも調査は昨日指示したばかり、並行しての視察は今日からである。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 懇親会は和やかなまま終わった。王立顧問会に推薦された者は、最初ということもあり人品にしろ能力にしろ申し分のない人々だったからだ。

 それに学校視察も一日目から問題が見つかることはなかった。今日の視察先は王都アマノシュタットの学校だから、あらゆる面で行き届いているのだろう。


 そのためシノブ、シャルロット、アミィの三人は、予定どおりの時間に軍の演習場へと着く。そして演習場ではミュリエル、セレスティーヌ、タミィが待っていた。

 もちろん、この六人だけが集ったわけではない。それぞれの従者に侍女、そして護衛騎士もいる。それどころか、閣僚の一部まで顔を出していた。


「皆様! 模擬戦の準備はよろしいですか!?」


 模擬戦という少々物騒な言葉を発したのは、軍務卿マティアスである。彼の隣には宰相ベランジェと内務卿シメオンが並んでいる。


 実は、これからミュリエルとセレスティーヌが、シノブ、シャルロット、アミィ、タミィの四人と戦う。といってもシノブ達四人は生身ではなく、木人に宿ってである。


「はい! お願いします!」


「大丈夫ですわ!」


 演習場の西側に立っている軍服姿の二人、ミュリエルとセレスティーヌが大声で叫び返した。二人はマティアス達から50mは離れた場所にいるのだ。


『こちらも問題ない!』


『四人とも準備完了しています!』


 東側から、四体並んだ木人のうち中央の二体が叫び返す。声からするとシノブとシャルロットのようだ。そうすると両脇の二体がアミィとタミィだろう。

 こちらもマティアスから50mは離れた場所で、ミュリエル達との距離も同じくらいだ。つまりミュリエル達、四体の木人、マティアスで正三角形を描く形である。


 四つの木人は大人くらいの大きさだ。かなり体格が良く、おそらく身長は2m近いだろう。軍服を着ているが、戦闘用だからか顔などは木の地肌が剥き出しのままだ。そして武器などを持っている様子はない。


「では! ミュリエル様とセレスティーヌ様の勝利条件は四体の木人の撃破、どちらかが捕らえられたら敗北です! どのような手段を使っても構いません!

四体の木人は、常人の三倍程度の力です! それに魔術師はいません! 今回の目的は、そこらの荒くれ男に勝てるかどうかの確認ですから!」


 マティアスは勝利や敗北の条件、そして注意事項を並べていく。

 要するに、これはミュリエルとセレスティーヌがシノブ達に同行できるかの試験だ。つまり街の腕自慢で十数人相当を、二人で倒せば良いわけだ。

 ちなみに、この常人の三倍程度に該当する力の持ち主は、七百人に一人か若干少ない程度だと言われている。つまり軍人でも小隊長程度など非常に優れた者の集団でもない限り、そうはいない筈である。


「マティアス、その辺りで良いんじゃないかね? 条件は双方とも把握済みだよ?」


「気持ちは判りますが……」


 (あき)れたような声でベランジェが、微笑みと共にシメオンが口を挟む。それに左右に並んでいる見学者達、つまり従者や侍女、護衛達も多くは笑いを(こら)えているようだ。


「で、では改めて……用意! ……始め!」


 少々頬を染めたマティアスが開始を宣言すると、東西に別れた者達が動き出す。

 まず東側の木人、つまりシノブ達は僅かに横に広がりつつ西へと駆けていく。既に人間でいうところの身体強化込みの能力を発揮しているようで、走る速度は明らかに常人と違う。

 しかしミュリエルは再来月で十一歳という若年だというのに、木人の数倍の速度で駆けていた。仮に木人が常人の三倍なら、彼女は更に三倍は速いだろう。


「す、凄いです!」


 声を上げたのはシノブの従者ボドワン男爵レナンだ。

 幾らミュリエルが伯爵家の生まれで大きな魔力を持つとはいえ、彼女はレナンより三歳も年下だ。当然ミュリエルは体格も小柄で150cmを幾らか超えた程度、レナンよりも頭半分近く背が低い。

 それにも関わらずミュリエルは、熟練の騎士も顔負けの疾走を披露している。体格の差を考えれば、彼女の身体強化能力が騎士達よりも相当上であるのは間違いない。


「中々やるのう……しかし、相手は四人じゃ」


 落ち着いた声音(こわね)で評したのは護衛騎士のマリエッタだ。

 こちらはカンビーニ王国の公女で現国王の孫娘だから、ミュリエル以上に恵まれた素質の持ち主だ。更に武に関する情熱や修練も別格で、周囲はマリエッタをシャルロットの一番弟子だと捉えているほどである。

 そのため単に速いだけならマリエッタは驚かない。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 接近する前に、三体の木人が大きく散開した。先ほど声を発したシノブが操る一体と両端の二体だ。やはりマリエッタの読んだ通りの展開になったのだ。

 そして残る一体がミュリエルへと向かっていく。つまり、その一体はシャルロットだ。おそらくシノブ達は、ミュリエルとの対戦をシャルロットに譲ったのだろう。


霞礫(かすみつぶて)!」


 何とミュリエルは、シャルロットも使った投擲(とうてき)術を用いた。もちろん姉のように一瞬で何十も飛ばしたりはしないが、それでも十近くは放ったようだ。

 狙ったのは左右から回り込もうとした三体、それらにミュリエルは二つか三つずつの小石を当てていた。しかも顔面を狙った容赦のない攻撃だ。


 普段は大人しげなミュリエルだが、彼女とて『魔槍伯』コルネーユの娘、『雷槍伯』アンリの孫である。そして父や祖父と離れても戦王妃(せんおうひ)シャルロット、敬愛する姉を間近で見ている。一時はアマノ同盟の盟主代理すら務めた『ベルレアンの戦乙女』を。当然ながら、家伝の技も幾つかは学んだのだろう。


『くっ!』


 あまりの速度に躱しきれなかったようで、左右の木人達は一旦崩れ落ちる。木人に憑依しているのはシノブ達だが、能力は大きく制限されているから回避できなかったようだ。


「あれは確か……」


 ベランジェは思い当たるものがあったらしい。彼は並んでいる従者や侍女のうち、ベルレアン出身者へと顔を向ける。


「ベルレアン流無手格闘術です! 一緒に習いました!」


 元気よく手を挙げたのは、ミュリエルの学友のミシェルである。つまりジェルヴェの孫娘、七歳の狐の獣人の少女だ。

 一方シャルロット付きの侍女アンナは頬を赤く染めている。彼女は武術が苦手だから、知ってはいても会得はしていないのだろう。


「メリエンヌ王家秘術……流華斬(りゅうかざん)!」


 西側、元の位置で立ち尽くしたままだったセレスティーヌが叫ぶと、(きら)めく何かが猛烈な勢いで放たれる。

 向かった先は、先ほど霞礫(かすみつぶて)で倒れた三体の木人だ。ようやく立ち上がった木人達だが、膝から下を失い再び地に伏す。


「ベランジェ殿! あれは水の魔術かの!?」


「凄い魔術……時間は掛かるし見切れるとは思うけど……でも受けたら切れそう……」


 興奮も顕わなマリエッタの横では、南のアフレア大陸から来たウピンデ族のエマが呟いている。どうやらエマは攻略法を考えているようだ。


「ああ、水魔術での切断……聖人ミステル・ラマールが教えてくれた技だね。でも、あれだけ遠方にあの威力のまま届かせるのは……私じゃ到底無理、父上や兄上やテオドールを含めても見たことがないよ」


 ベランジェの言葉に周囲の者達は大きくどよめいた。

 普段は奇人めいた振る舞いが目立つベランジェだが、彼は現メリエンヌ国王アルフォンス七世の異母弟だ。つまり彼もメリエンヌ王家の大魔力を受け継ぐ一人である。

 そのベランジェが、あっさりと不可能だと言うのだ。セレスティーヌの技はどれほどの域に達しているのだろうか。


「ともかく、これで残るはシャルロット様の一体ですね。ミュリエル様との一騎打ちでしょうか?」


「はい! あれは巌砕(いわくだ)き! 硬化も使っています!」


 あくまで冷静なシメオンに、こちらは興奮も顕わなミシェルが応じる。

 ミュリエルが放ったのは、膝関節を狙った低い蹴りである。普段の愛らしい彼女からすると信じ難いがベルレアン流の血なのだろうか、まるで熟練の武道家を思わせる無駄のない一撃だ。


『よくぞ! それでこそ我が妹!』


 シャルロットが宿った木人は、常人なら矢のようなというべき正拳突きを放つ。だが、それは彼女自身の(こぶし)に比べるとあまりに遅い。

 普通に戦えば、シャルロットの圧勝だろう。アマノ王国の人口は二百五十万人、そしてシノブやアミィ達を除けば彼女が五本の指に入るのは間違いないし、もしかすると更に上かもしれない。

 しかし今のミュリエルは国一番とまでは言わなくとも、一万人に一人の領域まで達していると思われる。そのため彼女は、無骨な木人が繰り出した(こぶし)を難なく躱す。


「……『流水(りゅうすい)』」


 ミュリエルの微かな声を聞き取った者はいただろうか。しかし聞かなくともベルレアン流を知る者なら何をしたか悟っただろう。

 それはベルレアン流槍術の一つ、稲妻落としの応用。突きの稲妻の返しとして編み出された、巻き落としの変形だ。

 おそらくミュリエルは、相手の動きや体重すら己の技の一部としたのだろう。内に踏み込んだ少女の繊手(せんしゅ)が木人の太い腕に触れると、呆気(あっけ)なく巨体が宙を舞い上下が反転する。

 そして巨体の重量と猛烈な速度が合わさった結果だろう、地に叩きつけられた木人から嫌な音が響く。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 憑依を解いたシノブ達は、皆の前に姿を現す。そして四人は、頬を染めて待つミュリエルとセレスティーヌへと歩んでいく。


「これでは留守番ばかりとはいかないね……もちろん巨大魔獣が出るようなところは連れていけないけど」


「二人とも、素晴らしい戦いでした」


 シノブとシャルロットは勝利した二人を褒め称える。

 単に力押しではない、それぞれ代々受け継いだ技を駆使しての戦いだ。それに前衛のミュリエルと後衛のセレスティーヌという役割分担も的確だった。これなら仮に本職の兵士に囲まれても、条件次第では充分に対処可能だろう。


「そうですね! 実際には私達も一緒ですし!」


「はい! これなら安心できます!」


 アミィとタミィも感嘆を隠さない。もしかすると二人は、ミュリエル達が才能頼りの戦法で来ると思っていたのかもしれない。

 ミュリエルとセレスティーヌは、どちらも常人とは比べものにならない魔力の持ち主だ。そのため身体強化で直線的な攻め、あるいは巨大水弾や岩弾などでの遠距離攻撃を連発しても不思議ではないだろう。

 しかし二人は充分に技を示した。ミュリエルは姉譲りの武技、そしてセレスティーヌも現メリエンヌ王家で並ぶ者がないという魔術だ。

 これならエウレア地方の外でも、危険度の低い場所くらいは同行を許可すべきだろう。


「ありがとうございます!」


「贅沢は言いませんわ! シノブ様やシャルお姉さまと異国の街を歩くだけで良いのです!」


 四人の賞賛を受け、ミュリエルとセレスティーヌは満面の笑みを浮かべる。そして囲む者達は祝福の拍手を送る。


「しかし、シノブ君。大変なことになったねぇ……」


「義伯父上、何がでしょう?」


 意味深な笑みを浮かべるベランジェに、シノブは首を傾げた。

 ミュリエル達は充分な力量を示した。魔獣が出ないところなら、安心して連れていけるとシノブは思っていたのだ。


「何がじゃないよ。幾ら君が強いとはいえ、この怖い二人を娶るんだよ?」


「ベランジェ殿、シノブ様は既にシャルロット様を奥方に迎えておりますから……」


 ベランジェとシメオンの言葉に、とある四人が赤面する。もちろん四人とは、シノブ、シャルロット、ミュリエル、セレスティーヌだ。


「まあ、強いのは良いことですよ。それに私の家族は、理由も無く手を上げたりしません」


 苦し紛れのシノブの言葉だが、それでも一矢報いることが出来たようだ。何故(なぜ)ならベランジェとシメオンは、とても優しい顔で頷いていたからである。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年5月27日(土)17時の更新となります。


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