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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第23章 灼熱大地の人々
558/745

23.05 それぞれの心

 ルールーこと巨大カンガルーの群れは去り、ナンジュマの街に平穏が戻った。しかし街の危機を作り出した原因を放置しておくわけにはいかない。

 欲に目が(くら)んだ者達がルールーの子を捕らえなければ、親達が押しかけることもなかった。つまり、これは人災なのだ。

 元々この辺りでは、親離れしていないルールーに手出しをしてはならないという掟がある。子を奪われたルールーは、今回のように荒れ狂うからだ。そのため、この掟を破ると非常に重い罰が課せられるという。


 そこでシノブ達は、街を守る武人達に騒動の元である男達を引き渡した。

 幸い武人達はシノブの話を素直に聞き、掟破りの一団を捕縛した。シノブは奥の手である短距離転移も使ったが、アミィの幻影とミリィの幻惑で武人達は誤魔化されたから説明も簡単に済む。


「……それでは頼みます」


「はい! ……おい、とりあえず髪と髭だけ剃っておけ!」


 シノブが語り終えると、北門の隊長を務める武人が若手に指示を飛ばした。ナンジュマや近辺だと、重罪人は頭髪と髭を全て剃り落とすのだ。


 地位や身分で服装や頭に巻く布を定めているように、罪人と示す恰好も決められていた。そして重罪人の場合、丸坊主で頭の布も無く、服も粗末な短衣のみであった。

 これは万一脱走したときなど、一目で見分けるためだ。


「はっ!」


「ほら、お前からだ!」


 武人達は縛り上げられた十人の男を手にした棒で打ち据える。続いて剃刀(かみそり)を手にした武人が、一番手前にいた男の頭から布をむしり取り、頭髪を落としていく。


──黒豹の獣人かな~?──


──でも、丸坊主になるから……ハゲ豹~?──


 上空から光翔虎のシャンジーとフェイニーの思念が響く。ただし地上にいる者で思念を感じ取れるのはシノブ、シャルロット、アミィ、ミリィの四人だけだから、武人達は平静なまま作業を続けている。

 モアモア飼いの子チュカリも同様で、ならず者達が坊主頭になっていく(さま)をシノブの隣で眺めているだけだ。


「チュカリ、この辺りだと掟を破ってルールーの子を狩った者はどうなるのかな?」


「坑道に放り込まれるんだよ! いい気味さ!」


 問うたシノブをチュカリは見上げ、ナンジュマの掟について語りだした。

 ナンジュマには元々金鉱があり、そのため大集落となった。ナンジュマの中央付近に坑道の入り口があり、そこを囲むように街が出来たという。

 その坑道は既に掘り尽くされ、今は街から少し離れた場所に新たなものがあるそうだ。したがって掟破り達は、その新しい坑道で強制労働させられることになる。


「明日の朝、縛り上げた奴らを(さら)し者にします。あの剃り上げた頭で街の中を一周させ、それから坑道に連れていきます」


 北門の隊長がチュカリの言葉を補足した。これから掟破り達は牢で一晩を過ごし、朝になったら街への周知を兼ねた仕置きというわけだ。


「ありがとうございます」


 シノブは再び罪人達に顔を向けた。

 男達は観念したのか身動きもしないし、表情を変えることもなく黙ったままだ。その妙に(いさぎよ)い態度が、何となくシノブの気に(さわ)る。


──シノブ、何かあるのでは?──


──ああ……そもそも彼らが禁制の品に手を出したのは、買い手がいるからだ──


 シャルロットの思念に、シノブは静かに応じた。

 男達はルールーの子の肉が高く売れると言っていたが、これだけ厳格な掟があるなら街で売るわけにもいかないだろう。ならば裏で買う者がいる筈で、この男達は単なる手先かもしれない。


──シノブさん……細かいことは判りませんが、この人達は何かを待っているみたいです。たぶん、助けが来るのでしょう──


 岩竜オルムルは、掟破り達の真上にいるようだ。どうやら彼女は男達を探りに行ったらしい。

 オルムルは極めて高度な精神感応力を持っているが、思考の全てを読み取るわけではない。しかしオルムルは、男達が何らかの希望を持っていると感じたそうだ。


──ならば、そいつも捕まえるか。この際だから黒幕も退治しよう──


──シノブの兄貴~、ボクが見張りますよ~──


──私もです~!──


 シノブが救出の者を待ち受けると宣言すると、シャンジーとフェイニーが見張り役に立候補した。もっともフェイニーは、将来の伴侶と定めたシャンジーの側にいたいだけのようではあるが。


 シノブ達が思念を交わしている間に、最初の一人を剃り終えたようだ。そのためチュカリは二番目の男へと顔を向けている。


「次は獅子の獣人か! コイツは剃るのが大変だね!」


「髭が多いですからね~。フサフサです~!」


 叫ぶチュカリにミリィが応じた。おそらくミリィはシノブ達が密談している間、思念が使えないチュカリの相手をしようと考えたのだろう。


「さっきの豹の獣人は鼻の下だけでしたからね」


 アミィも同僚と同じことを思ったのだろう、会話に加わる。

 アウスト大陸の男達には、髭の濃い者も薄い者もいるようだ。そのためだろう、武人達も含め髭の有り無しや形状は様々であった。


──髭……ですか──


──オルムル、何か思い出したの?──


 シノブは期待と共にオルムルに問うた。

 オルムルは、ナンジュマの訪問中に夢で見たことを幾つか思い出した。どうやら夢と同じような気候のナンジュマに来たことが、良い方向に働いたようだ。


──夢の中の男の人は、全て髭を生やしていたと思います!──


 オルムルは自信ありげな思念を発した。鼻の下だけや頬や顎まで覆うなど、夢の中で見た髭は様々だったと彼女は言う。しかし全ての男が髭を蓄えていたそうだ。


──なるほど! それは大きな手がかりだね!──


 シノブも一歩前進、それも大きな一歩だと感じた。

 こちらに来てからオルムルが思い出したことを総合すると、夢で見た場所は(ひら)けたところにある独立した建物のようだ。そこに何らかの理由で大勢の人々が集まっていたらしい。つまり何かの儀式だと思われる。

 その場合は集まった者達が髭を蓄えていただけかもしれないが、それならそれで当て()まる儀式を探せば良い。したがって考えようによっては、むしろ特定しやすくなったと言えるだろう。


 シノブの喜びはオルムルにも伝わったらしい。

 オルムルは姿を消したまま、シノブの肩にそっと舞い降りる。そして彼女は深い信頼を示すかのように、シノブの頭に自身の顔を擦り付けた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 掟破りの男達は、シャンジーとフェイニーが見張ってくれる。そこでシノブ達はオルムルと共に、ナンジュマの見物へと戻る。

 北門ではアミィやミリィが魔術で誤魔化したから、シノブ達は注目されることもなく街を巡っていく。まずは中央の神殿、そして大商人達の店など。それから集会場などの公共施設と言うべき建物などだ。


 この辺りの集落はナンジュマを含め、有力者による合議制で運営している。そのため集会場とは議会でもあるが、出席できる者は極めて少数のようだ。

 ここナンジュマのように五千人以上が住む大集落でも会議に参加できるのは十名だけ、しかも彼らは代々同じ家から出るのみであった。そのため合議ではあるが一種の貴族制だと言えるかもしれない。

 ナンジュマの場合、合議に出る十家は最初に金鉱を発見した者達であった。つまり彼らは地主でもあり、単なる名家というだけではなかった。

 そのため十家の権力は非常に大きく、彼らに意見できる者は中央神殿の神官長くらいだという。


──黒幕は十家の中の誰かかな?──


 シノブは思念でシャルロットに語りかけた。

 既に各所を周り終えてチュカリの家に戻る最中で、シノブ達は巨鳥モアモアの背の上だ。これまでと同様に先を行くのが雌のモエモエでチュカリとアミィ、ミリィが乗り、続く雄のモリモリにシノブとシャルロットが騎乗している。


──そうかもしれませんね。彼らなら桁外れの報酬を支払うことも出来るでしょう……何とも嘆かわしいことです──


 シャルロットは(いきどお)りが滲む思念で応じた。

 伯爵家の継嗣として育ったシャルロットは、極めて厳格な倫理観を持っている。そのため彼女は、支配者である十家が掟を破っているかもしれないという状況に激しく落胆したようだ。


──でも、統治者なら街が壊されたら困るのでは?──


──あの百頭の群れは、十個くらいの群れが集まったものみたいです。だから、あんなに沢山来ると思わなかったのかも──


 疑問を(いだ)いたアミィに、オルムルがルールーとの接触で読み取ったことを教える。

 確かに十頭くらいなら、ナンジュマの武人だけでも防ぎ通したかもしれない。ナンジュマには総勢百名の守り手がいるからだ。


「昔の坑道って、今はどうなっているんですか~? 偉い人が隠しているとか~?」


 どうやらミリィは、依頼者が十家の者だとしたら万一のときは古い坑道で脱出すると考えたようだ。彼女は単なる噂話を装いつつ、チュカリへと訊ねかける。


「埋めちゃったって言うけど、そういう噂もあるねえ。敵が来たときに隠れたり、街の外に逃げ出したりってね」


 チュカリの返答を聞いたシノブ達は、思わず顔を見合わせてしまう。

 ルールーが街に侵入したら、黒幕は自分だけ難を逃れるつもりだったのか。そうだとしたら、ますます見逃せない。先入観は危険だと思いつつも、シノブは不愉快な想像を膨らませてしまう。


「そうなんですか~」


「ああ、アタシ達には本当のことは分からないけどね……あっ、お父さん!」


 ミリィに応じかけたチュカリだが、突然モエモエを急がせる。彼女が見つめているのは、脇の通りから現れたモアモアに乗った男性だ。おそらく彼がチュカリの父ラグンギだろう。


「おお、チュカリ!」


 大きな声で応じた男は、自分が乗っているモアモアの他に更に二羽を連れていた。チュカリの家は五羽のモアモアを飼っているから、これで全てが揃ったことになる。


「お父さん、赤ちゃんだよ! 男の子だ!」


 素早くモエモエを走らせたチュカリは、そのまま父のモアモアの脇に並ばせる。そして彼女は、これまでのことを語り始めた。


「……で、この人が、名治癒術士のジブングさん! こちらが奥さんのシャールウさんで、アタシの後ろの二人がジブングさんの妹のアムリさんとミラニさん!」


 チュカリはルールーの事件について触れなかった。面倒なことになるだろうと思ったシノブが、伏せてほしいと頼んだからだ。

 そのためチュカリは母のパチャリの出産を語った後、シノブ達を紹介したのみで終わりにする。


「そうか……ジブングさん、ありがとうございます! それに皆さんも!」


 チュカリの一家は全て虎の獣人だ。そしてラグンギは、いかにも虎の獣人といった大男だった。

 その大男が巨体に相応しい大声を上げたものだから、道を往く人々は全て彼に注目する。


「治癒術士として当然のことをしただけです。それより早く赤ちゃんを!」


「そうですよ。パチャリさんも待っていますから」


 シノブが頬を染めたからだろう、シャルロットも帰宅を促した。もっともシャルロットは、出産という大仕事を成し遂げたパチャリを(いたわ)ってほしかったようでもある。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ジブングさん、また来てね!」


「ああ、必ず来るよ」


 シノブは(すが)りつくチュカリの頭を撫でる。

 祝いの夕食会も終わり、そろそろ辞去をとシノブが言った途端、チュカリは大粒の涙を浮かべた。しかし彼女は再びナンジュマに来たら寄ってほしいと言うのみで、シノブを(とど)めはしなかった。


 まだ七歳のチュカリだが、彼女はモアモア飼いの娘なのだ。当然、旅する者のことは良く知っている。

 出会いがあれば、別れがある。それぞれに道は違う。しかし旅を続けていれば、いつかは戻ってくるだろう。幼いチュカリだが、日常を通して肌身で理解しているのだ。


 ちなみにシノブ達は、チュカリや彼女の父が稼いでいるのとは別の街道に朝早く旅立つことにしている。実際には夜のうちにアマノシュタットに戻るから、見送りに来られても困るからだ。

 そのため別れは早まったわけだが、こればかりはどうしようもない。


「お願いしますよ。このジブングにも、命の恩人のジブングさんに礼を言わせたいですから」


「ええ、本当に……」


 父のラグンギと母のパチャリも再訪をと願う。

 チュカリの弟はジブングと名付けられた。そう、シノブの偽名ジブングが赤子の名となったのだ。

 ミリィが適当に付けた仮の名が、と思ったシノブは翻意を促した。しかしチュカリを含む三人の意思は固かった。

 それに恩人の名を貰うというのは、この辺りでは良くあることらしい。共に夕食をいただいた治癒術士のラナウや助手のマタニも、三人の望みを(かな)えてやってはと言い添えた。

 そのためシノブも、最後には了承するしかなかったわけだ。


「ええ、絶対に」


「ジブングちゃんが大きくなる前に来ますよ~」


「そうです! 何度でも来ますから!」


 シャルロットとミリィ、アミィはパチャリに抱かれた赤子ジブングへと手を伸ばす。

 逆子で出産のときは難儀したジブングだが生まれてからは健康そのもの、むしろ元気が良すぎるくらいであった。もっとも先ほどまで大声を上げて泣いていたからだろう、今は大人しく眠っておりシャルロット達が触れても目を開けることはない。


「チュカリ、これからもお父さんやお母さんを助けてね。でも、あまり無理をしちゃいけないよ」


 シノブは矛盾した言葉だと思いつつも、感じたままに言葉を紡いだ。

 本来チュカリの家は、ラグンギとパチャリの二人が働いていたが、これからパチャリは赤子を育てる。したがってチュカリも当分、父を助けて働くだろう。

 シノブとしては、まだ七歳のチュカリに学んでほしいこともあるし、労働よりも子供らしい体験をと思いもする。しかし、ここの生活も充分に知らないまま勝手なことは言えない。そのためシノブは、多くを口に出来なかった。


「うん、ジブングさんの言う通りにするよ! それに、たまには勉強もする!」


「チュカリ……」


 顔を上げて微笑むチュカリに、シノブは思わず絶句した。

 確かにシノブは、神殿に学びにいかないのかとチュカリに問うた。そのとき彼女は、パチャリのお腹が大きくなる前は週に一度くらい学びにいったと答えたが、あまり勉強熱心ではなさそうだった。

 そのチュカリが何故(なぜ)、とシノブは思ったのだ。


「ジブングさんやシャールウさん、それにアムリさんやミラニさんも凄く色々知っているんだもの……今度会うときまでに、アタシも少し賢くなりたいなって。そうじゃないと恥ずかしくて会えないよ……それにアタシもお姉さんなんだし……」


 チュカリは再びシノブの胸に顔を埋めた。どうやら彼女は赤く染まった顔を隠そうとしたらしい。


「そうか……でも、無理しなくて良いんだよ。私は元気なチュカリも大好きだから」


「ジブングさん……ジブングさん!」


 シノブの胸の中で、チュカリは嗚咽を上げ始める。

 チュカリを抱きしめつつ、シノブはナンジュマを豊かにする方法に思いを馳せる。チュカリのように幼い子が働かずに、あるいは働きつつも学べる環境を用意できないかと。

 アマノ同盟として船や飛行船で訪れるには、アウスト大陸は遠すぎる。そうなると転移の神像や超越種の力を借りた交流だが、それでは地上の正常な成長を妨げるのではないか。

 この地のことは、ここに住む人々が決めるべきことだ。シノブは、そう結論付けた。


 いつかはアマノ同盟もアウスト大陸に到達するだろう。それまでは密かに見守り、時にはチュカリを訪ねよう。シノブは自身の仮の名を呼ぶ少女の背を撫でさすりながら、静かに決意した。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 シノブは宿として借りた小屋で、夜空に浮かぶ星を見つめていた。窓際に腰を降ろし、そこから(きら)めく星々を見上げているのだ。

 別行動をしていた三頭の嵐竜も既に戻り、後は黒幕を捕まえるだけだ。しかし相手は動かず、シノブは少し暇を持て余していた。


「シノブ、まるで娘を想う父のようですね」


 シャルロットがシノブに寄る。からかいめいた笑みを浮かべた彼女だが、声には夫への(いたわ)りも滲んでいる。


「ああ……俺の故郷では、あんなに幼いうちから働く子はいないからね。少なくとも俺が住んでいた国だと……そういえばチュカリの歳は絵美(えみ)の半分か……」


 シノブは空に浮かぶ星を見つめながら、シャルロットに答えた。妹や両親を思い出したのが気恥ずかしいのもあるが、星の彼方に地球があるような気がしたからだ。

 実際には地球は別の世界にあり、この星と連続した空間にはない。しかしシノブは異なる世界を感じる力を持っていないから、己の見える場所に代わりを求めたのだ。


「シノブ……チュカリに本当のことを教えても良かったのでは? 彼女なら貴方が遠い国から来たと知っても、受け止めてくれると思いますが……」


「ルールーの件も秘密にしてくれましたし……」


 シャルロットは夫の肩に手を置き、アミィも二人の側へと歩む。

 どうやら二人は、かなりチュカリに気を許しているらしい。もちろんシノブが気にしているからだが、しかし根底にはチュカリへの強い信頼があるようだ。


 ちなみにミリィとオルムルは、とある用事で外出している。それにシャンジーとフェイニーも掟破りの罪人達を見張り続けている。そのため、ここにいるのは三人のみだった。


「ああ、それは次のときにでも教えるよ。実は今日も伝えようかと思ったんだけど、その前にラグンギさんが来ちゃったから」


 シノブは最愛の妻と最も信頼する導き手へと顔を向けなおす。すると二人は、良く似た安心したような笑みを浮かべていた。


 ラグンギと出会ってからは寄り道せずに戻ったし、夕食のときもパチャリや他の者達がいた。そのためシノブはチュカリだけと話す機会がなかったのだ。


「遠方の集落に行くことにしたから、一週間後くらいが……」


──シノブの兄貴~! 来ました~!──


 シノブが再会をいつにするか口にしかけたとき、シャンジーの思念が届いた。予想通り、罪人達を脱出させるべく動いた者が現れたのだ。


「それじゃ、シャンジー達のところに転移するよ」


「はい!」


「お願いします」


 シノブは立ち上がり、アミィとシャルロットが差し出された手を握る。そして次の瞬間、三人は薄暗い地下牢へと短距離転移で移動した。


──兄貴~、面倒だから眠らせました~──


──この人達、壁の向こうから現れたんですよ~。抜け穴です~──


 シャンジーとフェイニーの足下には、合わせて十六人の男が倒れていた。元々牢に入っていた罪人が十人、そして抜け穴から現れたのが四人、そして最後の二人は牢番だった。

 シャンジーは催眠の術を使ったらしいが、騒がれると面倒だからか牢番まで眠らせたようだ。


「……やはり昔の坑道なんだろうね」


 シノブは抜け穴を覗きこむ。それは以前サドホルン鉱山で見た坑道にどこか似ている穴だった。


──シノブさん、連れてきました──


──神官長さんです~──


 外からオルムルとミリィの思念が響く。オルムル達は中央神殿の神官長に事態を伝えにいったのだ。


 ミリィは神々に関係する者だと神官長に明かし、街に巣食う悪党の断罪を頼んだ。そしてオルムルが同行したのは、彼が清らな心の持ち主か確かめるためである。神官は殆ど例外なく徳の高い人物だが、初めて訪れた土地ということもあり、念には念を入れて確かめたわけだ。


「初めまして。ナンジュマの神官長ヴラグンと申します」


 白い長衣の老人がシノブに名乗り、深々と頭を下げる。

 アウスト大陸も他と同じく神官の服は白だが、頭に布を巻いているのはエウレア地方とは違う。ただし神に仕える者らしく澄んだ声音(こわね)は、どこかシノブが知る神官達と似ていた。


「顔を上げてください……早速ですが、この四人がどこの者か分かりますでしょうか?」


 最敬礼する神官長に、シノブは抜け穴から来たという四人を指し示した。

 あまり仰々しいことを、という思いもあるが、主な理由は黒幕を逃がしたくないからである。脱出担当の戻りが遅ければ黒幕が姿を(くら)ますかもしれないと、シノブは思ったのだ。


「これはジギダイの店員……用心棒を兼ねている側近達です。やはりジギダイが不正を働いたのですね」


 神官長は一目で四人の正体を見抜いた。ただし、これはシノブ達も予想済みであり驚きはしない。

 ナンジュマを握る十家しか知らないだろう廃坑道から四人は来た。これは彼らが相当の地位にあることを意味している。秘事中の秘事を教えるなら、腹心のみとするだろうからだ。


「シノブ様~。ダナンドという大店の主は比較的良い人みたいです~。それにジギダイと反目し合っているようで~。『アイツは意地汚い』って嫌っているそうです~」


 ミリィは神官長から十家の当主について詳しく教わった。そのため問題のジギダイどころか、彼の政敵まで把握していたのだ。


「よし、こっちはジギダイの家に行く。……ヴラグン殿、ダナンドさんを連れてきていただけますでしょうか?」


 シノブは二手に分けることにした。

 まずジギダイのところには自身とシャルロット、そしてアミィとオルムル、更に嵐竜達で行く。そして神官長にはミリィ、シャンジー、フェイニーを付ける。

 早くしないとジギダイが逃亡するかもしれないからだ。


「仰せの通りに」


 神官長のヴラグンは、再び背中が見えるほどの礼をした。

 ミリィは自分達のことを内密にするようにと、ヴラグンに言ったそうだ。しかしシノブは、何となく再訪しにくくなったような気がしていた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



『ジギダイよ。(われ)はルールーの王である。我らが幼子を(あや)めようとした罪……その体で償ってもらうぞ』


 大商人ジギダイの邸宅の庭に出現した巨大なカンガルーは、何と言葉を操った。それも雷鳴のように低く響く、恐ろしげな声だ。


 もっとも、これには仕掛けがある。このルールーはオルムルが化けたものだ。

 岩竜は後ろ足で立つ肉食恐竜に羽を付けたような姿だから、羽を畳めばカンガルーと似ていなくもない。もちろん元のままではルールーには見えないが、アミィが幻影の魔術を使っている。

 通常ルールーは全高が人間の大人の倍くらいだが、オルムルも本来の大きさで首を(もた)げれば同じくらいだ。したがってルールーに成り済ますには、彼女が最適だったのだ。


「ひいっ! ……お許しを!」


 涙で顔を濡らし懇願しているのは、丸々と太った老人だ。これがジギダイ、ルールーの子を食べようとした男である。

 ジギダイは随分と素直だが、これはオルムルが魔力で縛り上げているからだ。そのため老人は、身動きすら出来ないまま寝室から引き摺り出された。


「旦那様……」


「お、お爺様……」


 邸宅の中からは、家族や使用人らしき者が恐る恐る外を覗いている。

 シノブが魔力障壁で邸宅全体を封鎖しているから、彼らは逃げ出すことも出来ない。それに孫にとっては良い祖父なのか、チュカリと同じくらいの歳の男の子が心配そうにジギダイを見つめていた。


『ならば、こうしよう。(われ)も老いた肉など好みではない……だから、そこの子にする』


 オルムルは父のガンドのような低く太い声で、ジギダイの代わりに孫を貰うと宣言した。その言葉に、ジギダイどころか家中の者が悲鳴を上げる。


「そ、そんな殺生な! どうか、この老体を! 八つ裂きにでもなんでもしてください!」


「若い肉がお好みなら、私を代わりに!」


 おそらくは目に入れても痛くないほど孫を可愛がっているのだろう、ジギダイは打って変わって自身をと言い出す。それに母親だろう、奥から若い女性が走り出るとジギダイに並んで平伏した。


『愚か者が! ……ルールーもお前達と同じなのだ。

生き物同士が戦い敗者を(かて)とするのは、神々が定めた掟、世の(ことわり)である。しかし子供を(いと)おしむ心があるなら、何故(なぜ)他に思いを巡らせぬ。

お前が孫を守ろうとしたように、他の生き物も必死に子を守っている。その大切なものを奪うなら、奪われる覚悟もしておくことだ。……それに、人間より強い生き物は幾らでもいるぞ?』


 オルムルの声が邸宅の庭に静かに響く。

 身動き出来ぬジギダイは、そのまま滂沱(ぼうだ)の涙と共に聞き、他は庭に出た女性と同様に全て平伏する。流石に自身の子や孫と並べられては、彼らも己の過ちを悟るしかなかったようだ。


「だから言ったでしょう。意地汚い真似をし続けると、いつか自分に跳ね返ってくると」


 唐突に響いたのは、中年男性の声だ。そして声の主は神官長のヴラグンやミリィと共に庭に入ってくる。彼が十家の当主の一人、ダナンドである。


「ダナンド……ヴラグン様……」


「貴方が腹心に牢破りをさせたことも明らかです」


 ヴラグンの言葉と同時に、空から牢破りと掟破りの合計十四人が降りてくる。三頭の嵐竜ヴィン、マナス、ラーカが罪人達を連れて来たのだ。


『人の子達よ。そなたらが仲間を正しく裁くと信じている。しかし(われ)の信頼を裏切ったとき、そなたらの命は尽きる。そのときは子供だろうが容赦せぬぞ』


 ダナンドやヴラグンも合わせ平伏する中、オルムルは緩やかな速度で宙に舞い上がる。そして潜んでいたシノブ達も短距離転移や飛翔で空へと消えた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「オルムル、ご苦労様」


「素晴らしい演説でしたよ」


 シノブは自身の肩の上に収まったオルムルを撫で、隣のシャルロットは嬉しげな子竜を褒め称える。そしてシノブ達の後ろでは、アミィとミリィも称賛の言葉を贈っている。


『嬉しいです~!』


 猫ほどの大きさとなり照れたような声を発するオルムルには、先ほどまでの威厳など全くない。もちろん声も普段と同じ、女の子のように可愛らしいものだ。


 ここは嵐竜ヴィンの背の上だ。左右にはマナスとラーカ、そしてフェイニーを乗せたシャンジーが僅かに上に浮いている。


「さて、そろそろアマノシュタットに帰ろうか」


『はい!』


 シノブの言葉にオルムルは力強く応じた。そして彼女は宙に舞い上がり本来の大きさに戻る。


 嵐竜ヴィンは既に西の砂漠へと向かっている。これからヴィン達が見つけた砂漠の大奇岩に、転移の神像を造るのだ。

 大奇岩は砂漠の奥、人が近づけない魔獣の領域だ。そのためヴィン達は一気に速度を上げていく。


「アウスト大陸には、色々変わったものがあったね。モアモアにゴアラ、それにイキイキイモとか……でも、人々の心は同じだった。良いものも、悪いものも……」


「ええ。子を思う親の心、親を支え新たな命の誕生を喜ぶ心、そして皆で支え合う心……私達と同じでしたね。我欲に走る者もいましたが、それはエウレア地方も同じこと」


 シノブの呟きに、シャルロットが真摯な声音(こわね)(いら)えた。

 エウレア地方とアウスト大陸は大きく違う。だが、人々の根本は変わらない。僅か一日にも満たない滞在だったが、それらは明らかであった。


「その通りです!」


「住むところや食べるものが違っても、皆同じです~」


 後ろからアミィとミリィが、嬉しげな声を投げかける。そして超越種達も弾むような飛翔で更に速度を増していった。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年5月20日(土)17時の更新となります。


 異聞録の第四十三話を公開しました。シリーズ化しているので、目次のリンクからでも辿れます。


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