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女神に誘われ異世界へ  作者: 新垣すぎ太(sugi)
第23章 灼熱大地の人々
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23.02 モアモア飼いの子供

 シノブ達が着いた街道脇の小集落は、ドゥアルという名前らしい。集落を囲む石造りの防壁の前に、ドゥアルと記された杭があったのだ。

 上空から見る限り五十戸にも満たない集落だが、良い井戸があるようで中央の広場には大きな水飲み場もある。そのため街道を行く者達の休憩場所となり、彼らを目当てとする商売人達が集う場のようだ。

 そしてシノブ達は集落に入る前に、前者と後者の双方に出会う。


「そこのオジサン達、ウチのモアモアに乗っていかないかい!?」


 道行く四人の男に声を張り上げているのは、十歳には少しありそうな子供だ。アミィやミリィに比べても小柄な子だが、大きな声は元気よく遠方のシノブ達にも充分届く。

 子供は頭に布を巻いているし、側面は波打つ髪で隠されているから種族は分からない。それに茶色の長衣は膝の下まであるから、尻尾があるかどうかも不明だ。

 全体的な印象としては、くりくりした目とヤンチャそうな顔付きが記憶に残る、活発そうな子供である。


「ウチのモアモア、力も強いし速いんだよ!」


 子供が言うモアモアとは、ここアウスト大陸で馬代わりに使われる巨鳥である。モアモアは全高が大人の倍くらいもあり成人三人を乗せても軽快に走るが、それでいて穏やかだから扱いやすいらしい。

 実際、子供の後ろの杭には二羽のモアモアが繋がれているが、どちらも静かに控えている。周囲の数人と合わせると全部で十数羽のモアモアがいるが、どれも大人しく水を飲んだり休んだりするのみだ。

 これはゴアラこと巨大コアラ、荷車を()く家畜も同様である。こちらはモアモア達と反対側に固まっているが、熊よりも大きな体にも関わらず従順で鳴いたりすることもなく大人しい。


 そのようなわけで集落前の広場に響くのは、客引きをする人間達の声だけである。モアモア飼いとゴアラ飼い、合わせて十人ほどが競うように呼びかけている。


「ねえ、オジサン! ナンジュマへの戻りだから半額で良いよ、どうだい!?」


 子供が見つめる先にいるのは、四人連れの男達だ。

 事前のミリィの調査だと、ここからナンジュマという街までは30km以上あるそうだ。仮にモアモアに乗れば一時間ほどだが、ゴアラの荷車だと五時間は掛かるらしい。そして途中は激しく乾燥した荒野が多いから、徒歩での旅は(つら)い。

 男達は、まだ乗り物を決めていないらしい。そして彼らは四人だから、子供は二羽を連れた自分に手頃だと思ったらしく盛んに呼び掛ける。


「オジサン、オジサンって……失礼なガキだな!」


「俺達は二十歳(はたち)を過ぎたばかりだぞ!」


 オジサンと呼ばれた四人だが、言葉通り三十前らしく声も若々しい。ちなみに客引きと同じく男達も肌の色が濃く、しかも服は長衣で頭には布を巻いているから顔だけでは年齢を判断しがたい。

 もっとも男達の怒りようからすると、嘘を言っているわけではなさそうだ。


「ご、ゴメンなさい……」


 客引きの子は、慌てた様子で頭を下げている。子供としては単なる呼びかけだったようで、ここまで相手が怒ると思っていなかったらしい。


 男達は街道を旅する者らしく杖代わりにもなる手槍を持っているし、腰には短剣も差していた。そのため子供が(おび)えるのは無理もない。

 この辺り、特に街道沿いでは魔獣が現れることはないらしいが、それでもフクロオオカミやフクロライオンなどの野獣は稀に出没するという。そのため街道を歩く者達は武器を必ず持ち歩く。

 現に目の前の子供ですら大振りのナイフらしきものを腰に下げているし、シノブ達も同様のものを(たずさ)えている。


──兄貴~。ちょっと可哀想かも~──


 シノブ達に思念を送ったのはシャンジーだ。彼はオルムルやフェイニーと共に、姿を消したまま上空に控えている。


──周りの人は手を出さないようですね~──


──乱暴者が怖いのでしょうか?──


 フェイニーやオルムルが言うように、周囲の客引き達は動かない。

 もしかすると、この程度の騒動は良くあることなのだろうか。あるいは自身の客になるかもしれない男達に食ってかかるのを避けたのか。シノブは遠巻きに見つめるだけの人々を見ながら、そんなことを考える。


──乱暴するなら割って入ろう──


 シノブの思念にシャルロット、アミィ、ミリィの三人が頷いた。シャルロットも思念を使えるようになったから、シノブと上空のやり取りを理解しているのだ。


「ま、子供に怒っても仕方ないか……」


「せめて『カッコいいお兄さん』くらいは言うもんだ! 分かったな!」


 男のうち三人は怒りを収めたらしく、そのまま立ち去ろうとした。しかし残る一人は、去り際に子供を突き飛ばそうとする。


──俺が行く!──


 シノブは子供の前に割り込み、乱暴を働きかけた男の腕を(つか)み上げる。そしてアミィは念の為と思ったのか、シノブの横に並ぶ。


「え……どこから?」


 男はシノブに全く気付かなかったらしく、茫然自失といった様子である。

 だが、それも仕方ないだろう。シノブは目立たない程度だが、身体強化をして駆け寄ったからだ。


「その辺にしたらどうかな? 相手はまだ小さな子供だよ?」


「わ、分かった! 離してくれ!」


 シノブの握力と静かな迫力に怖れを感じたらしく、男は蒼白な顔で何度も頷く。そしてシノブが解放すると、彼は連れと共に足早に立ち去っていった。


「もう大丈夫ですよ」


「男の子でしょ~、泣いちゃダメですよ~」


 シャルロットとミリィは、子供を落ち着かせようとしていた。

 シノブが振り返ると、子供の目には涙が滲んでいた。もっとも相手は槍と短剣で武装した大人だから、腰を抜かさないだけ立派である。

 そんなことを考えたシノブだが、子供の魔力波動からあることに気が付いた。シノブは察知したことを口にしようとするが、先に子供が憤慨気味の声を上げる。


「アタシは女だよ!」


「あれれ~、それは失礼しました~」


 怒りを顕わにした子供に、ミリィが失敗したと言いたげな顔で謝った。

 シノブは卓越した魔力感知能力で種族や性別を見分けるが、これはアミィを含む眷属達でも無理であった。そのためミリィは相手を男の子だと勘違いしたわけだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



「ゴメンなさい、助けてもらったのに……」


 幸い客引きの子は、すぐに落ち着きを取り戻した。そして彼女は深々と頭を下げる。どうやら少々短気なところはあるが、根は素直な子供らしい。


「そんなに謝らなくても~。間違えたのは私ですし~」


「ああ。ところで君は?」


 ミリィは気にしないでと笑顔で応じ、シノブも大きく頷いてみせる。それが功を奏したのだろう、少女の顔から曇りが晴れた。


「アタシはナンジュマのチュカリ、見ての通りモアモア飼いの子だよ」


 チュカリは東の大集落ナンジュマに両親と三人で住んでいるそうだ。家業は彼女が口にした通り、モアモアでの輸送である。

 チュカリの家は五羽のモアモアを所有しており、本来は父と母が商売をしている。しかし今は母親が身重で、代わりにチュカリが二羽を受け持っているという。


「それは大変ですね……」


「モリモリとモエモエは、ウチの子でも大人しい方だから」


 眉を(ひそ)めるシャルロットに、チュカリは何でもないといった様子で微笑みを返した。

 チュカリは七歳になったばかりだが、このくらいの年齢から働いている子は大勢いるそうだ。もちろん彼女のように一人で遠くまで来る子供は稀だが、モアモア飼いの子なら餌やりや(ひな)の世話などで親達を助けるという。


「二羽いればアタシを含めて六人乗せられるから。さっきの人達もそうだけど、数人連れの客って多いんだよ。それに、アタシは虎の獣人だから!」


 チュカリは両親と同じく虎の獣人で、七歳にしては大柄で力も強い。それもあって彼女は、30kmも離れた集落までの商売を任されたそうだ。


「そうか……私はジブング、こちらは妻のシャールウだ。この二人は妹のアムリとミラニだよ。見ての通り、治癒術士の一家さ」


 シノブは自分達が名乗っていないことに気が付いた。そこで事前に決めていた偽名を口にする。


 アウスト大陸の人名は一定の法則性があるのだが、エウレア地方とは随分と違う。

 まず男性だが、通常は四音節で濁音を多用する。つまりシノブという名は使えず、ミリィが考えた仮の名を用いている。

 一方の女性だが、こちらは清音(せいおん)の三音節が基本であった。長音や拗音(ようおん)や促音、つまり伸ばしたり『ャ』や『ッ』などが入ったりするが、その場合でも三音節になるという。そのためシャルロットでは目立つだろうと、彼女もミリィが提案した名前にしている。


 シノブとしては、まるで悪役ロボットのような名前に違和感を覚えはする。しかし、これがアウスト大陸風だとミリィは言うから、そのまま採用したわけだ。


「うん、赤い外套(がいとう)に赤の楕円の印だもんね! シャールウさんは赤の下向き三角だから助手なんだね?」


 実際そういう名前が多いのだろう、チュカリも不自然には感じていないようだ。それに彼女は、シノブ達が人族と獣人族の二人ずつなのも気にしていない。

 シノブが人族で、妹のアミィとミリィが虎の獣人。これは両親が人族と虎の獣人ならあり得ることだ。そしてアウスト大陸では人族と獣人族の婚姻も稀ではなかった。

 それよりチュカリはシノブ達の職業が気になるらしく、服や額の紋章へと目を向けていた。


「ああ、彼女は治癒魔術を使えないからね。だが、いつも私を助けてくれる素晴らしい人だよ」


 答えたシノブ自身、そしてアミィとミリィは治癒術士の赤い楕円の印を付けていた。残るシャルロットは身内で助手の印である赤い三角だ。

 ちなみにチュカリや客引き達、それに先ほどの男達の額に印はない。印を付けるのは、高位か特別な職業の者だけなのだ。


「そうなんだ……あっ、ジブングさん! ウチのモアモアに乗っていかない? 助けてもらったしナンジュマならタダで良いから!」


 チュカリが連れているモアモアは二羽だけだが、一羽に三人は乗れるから問題ない。しかも大人はシノブとシャルロットだけだから、チュカリを合わせた五人でも重量は成人四名に満たないだろう。


「それならお世話になろうかな。でも、お代はキチンと全額払うよ」


 シノブはチュカリの申し出を受けることにしたが、一方で通常通りの代金を払うと主張した。

 チュカリの母は出産を控えているから、お金もいるだろう。そもそも子供の彼女が遠方まで来ているのは、稼ぎを補うために違いない。

 先ほどは半額にすると言って呼び込んでいたが、それも少しでも収入を得たいからではないだろうか。シノブは、そう思ったのだ。


「あ、ありがとうございます! ジブングさん!」


 空の太陽にも勝る輝く笑顔となったチュカリを前に、シノブは複雑な思いを(いだ)いていた。やはり、この偽名は慣れないと。

 もっともシノブは穏やかな笑みで応じたから、チュカリは何も気が付かなかったようだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 二羽のモアモアは、モリモリが雄でモエモエが雌だった。もっともモアモアは雌雄での体格差はないらしく、外見上は殆ど変わらない。

 元となったらしきジャイアントモアは雌の方が随分と大柄だったというが、騎獣にするなら差がない方が好都合だ。おそらく神々も、それを意図して雌雄の大きさを揃えたのだろう。


 今が創世暦1002年というように、この惑星の歴史は千年少々しかない。しかも創世暦元年は、女神アムテリアが惑星を整え生き物を創り出した年である。そのため家畜も人間が長い間に改良したのではなく、最初から飼育可能な種族が用意されていた。

 当然、創世から千年の間に多少の改良がされ、馬であれば軍馬や荷駄用などの品種が登場してはいる。とはいえ多くの場合、創世の時代に近い姿を保っているという。


 これはアウスト大陸も同様で、モアモアやゴアラにも幾つかの種類があるそうだ。そしてシノブ達が乗っている二羽は騎乗用の血統であり、脚も相当に速かった。

 酷暑で長時間の疾走にも関わらず、モリモリとモエモエは時速30km以上を保っているようだ。しかもチュカリは、これを負担がない程度の走りだという。彼女によれば、極めて短時間であれば二倍や三倍の速さは充分に出せるらしい。


「モエモエ~! キュンキュンです~!」


 先を行く雌のモエモエの背から、ミリィの楽しげな声が響いてくる。モエモエにはチュカリとアミィ、ミリィが乗り、それをシノブとシャルロットが乗る雄のモリモリが追いかけているのだ。

 これは雄が雌を追うという、モアモアの性質を利用したものだ。モリモリとモエモエは(つがい)で、モエモエが走れば何もしなくてもモリモリは付いてくる。

 そのためチュカリがモエモエを御すだけで、二羽はナンジュマの町を目指して一直線に駆けていく。


 もっともモリモリの側も、一応は御者がいる。それはシノブではなくシャルロットだ。

 シャルロットは馬とモアモアの違いが気になったらしい。彼女は自身が手綱を握ってみたいと言ったのだ。そこでシノブはシャルロットの後ろに収まっている。


「これは面白いですね! 二本足だから小回りも利きますし、跳躍も得意なようです!」


「……ここでは普通に走ってよ」


 興奮気味の声を発するシャルロットに、シノブは笑いを含んだ言葉を返した。

 荷車を()くゴアラの列の脇を、二羽のモアモアは駆け抜けている。もし、ここで急な方向転換や跳躍をしたら、大惨事になるだろう。仮にシャルロットがモリモリを上手く御したとしても、驚き慌てたゴアラ達が暴走するかもしれない。


「もちろん冗談ですよ!」


 言葉通りシャルロットは本気ではないようで、実際にはモリモリが走るに任せているだけである。

 シャルロットほどの乗馬の名手であれば、乗っているだけで多くを(つか)めるに違いない。そのため思い浮かべた内容が、口を()いて出ただけなのだろう。


「なら良いけど……」


 シノブは妻を信じることにし、ドゥアルの入り口や街道で目にしたものを思い起こす。

 人の背の倍近くはある岩壁、貨幣ではないが金などの貴金属を対価にした商い、そして金属を用いた槍や短剣にナイフ。かなりの技術がアウスト大陸では日常的に用いられているようだ。

 モアモアに乗る代金としてシノブがチュカリに払ったのも、小さな銀の粒である。それに彼女が持つ大振りのナイフも鉄製だという。

 しかし、これらはアウスト大陸に相当する場所、つまり地球のオーストラリアの過去には存在しなかった筈である。


 創世期の神々は、各地に独自の文化を根付かせようとしたという。そのためシノブが今まで見た他の地域は、何となく元とした地域を思わせるものだった。

 一方で神々は、各地に同水準の知識や技術を授けたらしい。地域の特質を残しつつも同じ程度の生活基盤を与えたわけだ。

 これは将来の交流が始まったときに備えた、神々の配慮のようだ。持てる力の差による一方的な支配や差別が起きないように、というわけである。


 創世記に基本となった技術水準は、日本でいえば大よそ飛鳥時代に相当するものらしい。

 文字があり、鉄器の作成や機織りを知り、貨幣や代替となるものを持ち、石や材木を使った強固な建物を築く。これに加えて神々は魔術や魔道具による治癒や抽出に浄化などを教えたから、実際には地球より随分と過ごしやすい社会が誕生したようだ。

 更に千年の間に多くの地は中世前半、エウレア地方やヤマト王国など特殊な事情があった地域は中世後半くらいとなった。それはアウスト大陸も同じようで、見た限りだと前者の域には達していそうだ。


 一方オーストラリアの古代人は金属器や文字を持たず、大型の家畜となる動物や農耕に適した植物も存在しなかったから活用のしようがない。つまりシノブが目にしている街道脇に点在する農地など、彼らは知らなかった筈である。


「……シノブ、どうしたのですか?」


 シャルロットは手綱を手にし前を向いたまま、後ろの夫へと問い掛ける。どうやら彼女は、シノブが長く黙ったのが気に掛かったようだ。


「ここは地球とは違うな、と思ってね。ミリィ達の報告で知ってはいたけど……ただ、地球のままで良いとも思わない。いつかは誰かが外から来るだろうし……」


「ええ……私達アマノ同盟は神々の教えを守るでしょうし、そう私達が導けば良いことです。ですが、先に来る者がいないとは限りませんね。イーディア地方など、アウスト大陸に近い地域はありますから」


 シノブの言葉は曖昧なものだったが、それでもシャルロットは充分に理解したようだ。

 イーディア地方、つまりインドに相当する地は少し遠いが、そこから東ならアウスト大陸の至近である。そこに住む誰かが魔獣の海域を越えるだけの技を得たら、アウスト大陸へと渡るのも時間の問題だ。

 仮にアウスト大陸への来訪者が野心的で、この地に住む人々を組し易しと判断したら。そして来訪者が神々の定めた教え、ある種の制約に縛られない者達であったら。彼らは苛烈な侵略をするかもしれない。


 それらを考えると、アウスト大陸にも他と同じ水準の知識を(もたら)すべきであろう。その結果、地球のオーストラリアとは全く違った文明が誕生しても。

 シャルロットも今日を迎えるまでにシノブやアミィから聞いた話で、そのように結論付けたようだ。


「おそらくモアモアやゴアラを家畜としたのは、この地にあるものを活かしつつ人々の暮らしを形作ったからなんだろうな。でも麦畑まであるし、あまりらしさを感じないかも……」


 それらしくあれば良いとシノブも決め付けるつもりはない。地球の真似をするために、この地の人々がいるわけではないから。もっとも、どことなく寂しい気がするのも事実ではあった。

 しかし、そんなシノブの感傷を明るい声が吹き飛ばす。


「ジブングさ~ん! シャールウさ~ん! 家に着いたら、イキイキイモを御馳走するよ~!」


「ありがとう! 楽しみにしているよ!」


 前から届くチュカリの声に、シノブは身を乗り出して叫び返す。

 シノブはイキイキイモというものを知らない。しかしシノブ達は近隣の治癒術士に化けているから、聞き返すわけにもいかないだろう。

 名前からすると森の女神アルフールが創った植物のようでもある。そこでシノブは、食べたら活力が湧いてくる魔力に富んだ芋ではないかと想像した。


──し、シノブ様~、イキイキイモは巨大芋虫ですよ~。生きているから『イキイキ』なんです~──


──つまりミリィが報告書に記した、木倒虫(きたおしむし)ですね?──


 まずはミリィの笑いを(こら)えているらしき思念が届く。そして次に、アミィの同僚への問い掛けがシノブの心に響いた。

 そしてシャルロットも二人の言葉を受け取ったようで、ピクリと体を震わせる。


「虫ですか……あるとは聞いていましたが……」


「らしいものがあったのを忘れていたよ……。シャルロット、日本ではハチの子やイナゴを佃煮とかにするんだよ……俺は殆ど食べたことがないけど」


 強い困惑を滲ませるシャルロットにシノブは同情しつつ、自身の数少ない体験を伝えていく。

 確かイナゴはエビに似ていたようだ。シノブは僅か一度か二度、それも随分と昔のことを思い出す。


──だ、大丈夫です~! 調理すると芋のクリーム煮みたいなんですよ~!──


 ミリィの思念は焦り気味であった。どうやら彼女は、自分の伝え方が悪かったせいでチュカリを悲しませてしまうのでは、と思ったようだ。


──虫か~。小さすぎるね~──


──魔力も少ないでしょうね──


──それじゃダメダメです~──


 こちらは上空のシャンジー達だ。先刻同様シャンジーはオルムルやフェイニーと共に、姿を消したまま追っているのだ。

 ちなみに竜にしろ光翔虎にしろ、虫は食べないようである。おそらくエウレア地方に虫の巨大魔獣が存在しないからだろう。


「ミリィが保証してくれたんだ、安心して御馳走になろう」


「え、ええ……。私も『ベルレアンの戦乙女』と呼ばれた女……出された料理から逃げ帰るなど出来ません。それが虫であろうとも……」


 シノブが肩を叩くと、シャルロットは悲壮に感じる声音(こわね)(いら)えた。

 どうもシャルロットは動揺したままらしい。そう察したシノブは妻を落ち着かせるべく、彼女の体を強く抱きしめた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ナンジュマという集落は、この辺りでも最大だという。豊富な水量を誇る地下水により井戸や水場も多く、自然と人が集まったからのようだ。

 周囲の土地も平坦で、近場には麦や雑穀の畑が広がっている。そして畑の間にはシノブ達が通った街道以外にも何本もの道が走り、ナンジュマへと向かっている。ナンジュマは交通の要衝でもあるのだ。

 ちなみにチュカリの父は、別の街道で商売をしているそうだ。


「さあ、着いたよ! ようこそ、ナンジュマへ!」


「ありがとう……立派な街だね」


 自慢げなチュカリを見たからだろう、シノブは彼女の生まれ育った町への賞賛を礼の言葉に添えた。

 確かにナンジュマは大きな集落だった。チュカリによれば戸数は千を優に超えるというから、少なくとも五千人が住んでいるのは間違いないだろう。


 街に入る大門前の広場には、ドゥアルと比較にならないほど多数のモアモアやゴアラが並んでいる。もちろん彼らの飼い主達も大勢おり、大きな声を張り上げて客引きをしている。


「石壁かい? これでもルールーの大物だと跳び越えるのがいるんだよ……まあ、そんなのが来るのは年に一度くらいだけど」


 チュカリは後ろを振り向き、集落を囲む石壁を見上げる。

 家畜達と主の集団の向こうには、高さが大人の背の三倍はありそうな立派な石壁が(そび)え立っていた。もはや城壁と呼ぶべき堅牢さだが、これでも魔獣や大型の獣なら一跳びで越えていくものも稀に出るそうだ。

 ここアウスト大陸には、元となった地球のオーストラリアと同じく各種の有袋類がいる。そして当然ながらカンガルーに(るい)する獣も存在するのだ。


「ともかく中まで案内するよ! まだ商売の途中だけど、アタシもお昼休みにするつもりだったし!」


「それじゃ、お願いするよ」


 チュカリは二羽のモアモアの手綱を手にして歩き始め、シノブ達は続いていく。

 案内役がいるのは助かるし、チュカリと一緒なら疑問に感じたことも訊ける。もっとも、あまり常識的なことを問うわけにはいかないから、注意は必要だが。そんなことを暢気(のんき)に考えたシノブだが、本来の目的も忘れてはいなかった。


──オルムル、ここは似ているかな?──


 シノブは歩きながら、岩竜の子オルムルへと思念を送る。オルムルは猫ほどの大きさとなり、シノブの少し上に浮いているのだ。

 ただしオルムルは透明化の魔道具で姿を消しており、ナンジュマの人達は気が付かない。


──何となく……あまり建物は覚えていませんが──


──中に入れば何か分かるかもしれませんよ~──


 オルムルに元気付けるような言葉を掛けたのは、光翔虎の子フェイニーだ。彼女もオルムルと同じくらいに変じ、こちらはシャルロットの側を浮遊している。

 ちなみにシャンジーは虎くらいの大きさで更に上だ。彼は元が成体と殆ど変わらない巨体だから、オルムルやフェイニーと同じくらいの大きさだと大量に魔力を消費してしまうからだ。


──そうか……オルムル、フェイニーの言う通りだよ。色々見ていけば手掛かりを発見するかも……それに今日はアウスト大陸に……──


「チュカリ! 良かった、戻ってきたんだね!」


 シノブの思念に被さるように、女性の声が響いた。そこでシノブは声のした方へと顔を向ける。

 おそらく女性は中年くらいなのだろうが、例によって濃い肌色で年齢は把握し難い。それ(ゆえ)シノブの注意は彼女の衣服などに移る。

 外套(がいとう)は赤で、額の紋章は同色の下を向いた三角だ。どうやら彼女は治癒術士の助手らしい。


「マタニおばさん、もう赤ちゃん生まれたのかな!?」


 チュカリは顔を輝かせ、女性に向かって駆け出した。道々シノブ達も聞いたが、チュカリの母は既に臨月に入っていたのだ。


「それが……逆子なんだよ。それで中々出てこなくて……。だからチュカリ、パチャリを励ましてやっておくれよ!」


 マタニという女性は、チュカリに母を応援してくれと言い出した。

 ちなみに帝王切開に相当する手術法はあり、しかも治癒魔術で傷を治せるから母子共に助かる可能性も高い。ただし、これは治癒術士が相当の魔術の使い手でなくては成功しない。そこで可能な限り自然分娩を促すのが一般的だという。


「分かったよ! ジブングさん、悪いけど……」


 大きく頷いたチュカリはシノブ達へと振り向き、済まなそうな顔で見つめる。

 この状況では、ゆっくり街を案内しつつとはいかないし、昼食を振る舞う余裕もない。そのためチュカリは、ここでシノブ達と別れるしかないと思ったのだろう。


「私達も一緒に行くよ。これでも治癒術士だから、何か役に立てるかもしれない」


「ええ。夫達は魔術の名手なのですよ」


 微笑むシノブに続き、シャルロットも安堵させるように頷いてみせた。するとチュカリやマタニの顔が大きく綻ぶ。

 チュカリはともかくマタニが反対しないところを見ると、かなり切羽詰まっているのかもしれない。シノブは笑みを浮かべつつも、気を引き締める。


「ありがとう! 出産が終わったら、沢山イキイキイモを御馳走するから!」


「それじゃチュカリ、皆さんも!」


 チュカリは二羽のモアモアを()いて駆け出し、マタニも負けず劣らずの速さで後に続いていく。そしてシノブ達も同じく走り出した。


「イキイキイモですか……頑張って食べます」


「生じゃないから大丈夫ですよ~。私は生も好きですけど~」


「……それは元の姿の場合では?」


 女性達の(ささや)きに、シノブは思わず笑ってしまう。

 確かに金鵄(きんし)族のミリィなら、本来の青い鷹の姿に戻れば虫を(ついば)むこともあるかもしれない。しかしアミィが言うように、ミリィも人間の姿のときは生の虫を食べないだろう。シノブは、そう思ったのだ。


「せっかくだから食べて、皆に教えてあげよう。こちらの名物料理をね!」


 シノブはアマノシュタットに残ったミュリエルやセレスティーヌ、それに超越種の年少の子供達を思い浮かべる。

 シャルロットと違い充分な武力を持たないから、ミュリエルやセレスティーヌには留守番をしてもらった。しかし二人も強い興味を示していたのだ。


 ミュリエルやセレスティーヌは、どのような顔で土産話に聞き入るだろうか。

 おそらくシャルロットのように驚愕する筈だ。しかし、これもシャルロットと同じく挑戦すると言うに違いない。彼女達は強い意思と偏見のない心の持ち主だから。

 自身の家族の全てを連れて再訪するときを、シノブは想像した。そして思い浮かべた光景は、駆けるシノブに更なる力を与えてくれた。


 お読みいただき、ありがとうございます。

 次回は、2017年5月10日(水)17時の更新となります。


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